インディー(45)



ヤベのいつもの威勢のいい
「イラッシャイマセ!」
(ここは寿司屋か?とぼやく)

カウンターの奥に女性の先客


若い女

厚化粧

細長いタバコを指にはさんで、せわしなく吸っては、まるでタコのように唇をとんがらせて、煙を斜め上方に吹き上げている。


なかなか、熟練された吹き上げ方だ。


私の方を一瞥して、軽く顎を斜めに下げるだけの挨拶。


私は、目だけで挨拶返し。


「いつものやつ・・」


「ハイ!かしこまりました!」とヤベ。


カウンターの奥に座っているだけで、店の空気が変わってしまうような匂いをその女は発してた。

女の前に置かれた小さな灰皿には、吸い殻の山。


突然、女が声を発した。


「あたし、帰るわ」

良く通る声。


どうやら、私が邪魔者になってしまったようだ。


バッグを肩にかけ、さっさと出て行った。


まだ、通路でエレベーター待ちしてるかも知れないのに

私は待ち切れず、声をひそめて

「今の女、なに?」
とヤベにささやく。


「え、まぁ、ちょっと・・」
と、いつになく歯切れの悪いヤベ。

「もしかして、ヤベの彼女か?」
と露骨に聞く。

「え、まぁ、そんなとこッス!」
とヤベ。


「お水?」


「いえ、まぁ・・」


「いつものヤベと違うねぇ」

「金策の相談事でも、してたの?」


「ん、まぁ・・」


と、それ以上は話さない。


(余計な詮索はしないでほしい)
と言う感情が、ヤベの仕草にあらわれていたので話題を変えた。


「オレの行きつけの喫茶ルーンのママがヤベに会いたいってさ!」

ようやくヤベの硬い表情が緩み始める。


「ママさんて、いくつぐらいの人ですか?」
と、さっそく話に乗って来た。


「歳聞いてどうすんの?」


「いや、別に・」


「おれと同じくらいだよ」


「来週、土曜の昼間から花見酒やんない?ママの店で。ナオミやヒロトや他の人たちも呼んで」


「土曜の昼間っからッスかぁ?ちょっとつらいッスねぇ」


「そいじゃ、夕方からでもいいよ。そうそう、祇園のバーit’sのオーナーも呼ぶよ!知ってるだろう?」

「エッ!オカチャン、it’sのオーナーさんとお知り合いなんッスかぁ?it’sは有名ですからね!オーナーさんとは会ったことはないけど、噂は聞いています」


「そうやろ。お水関係では、珍しく筋の通ったオーナーや。」
「ところで、オレは、いつからオカチャンになったんや?ちゃんとした名前があるのに・・・」


「そやかて、ナオミはここ来るたびに、オカチャン、オカチャンゆうてますよ」


「知らんわ」

「ナオミ、オカチャンに惚れてるのんとちゃいますか?」


「アホ、飲みに誘っても、ヒロトと一緒なら、やで」


「またまた~、女心は揺れて揺れてですわ」


ヤベの
惚れてるのとちゃいますか?と言う一言で、すっかり気分を良くしてしまい、それ以後、コート・ドールではオカチャンで通すことになってしまった。
ヤベは、人の心の機微をつかまえて持ち上げる才能にたけたやつだった。

「イラッシャイ!」


噂をすれば影。
ナオミのオデマシ。


やはり、ヒロトと一緒のときと違って、地味なスタイル、地味な化粧。

「やぁ、こないだはどうも」

「いえ、こちらこそ楽しかったです」

「ファウルチップの引き合わせですまんかった」

「いえいえ」


ナオミはチャイナブルーをオーダー。

「それにしても・・」

とナオミ。

「あのシャンペン、おいかったですわ」


「テタンジェ、ブラン・ド・ブラン、93ね!」


「あんなおいしいシャンペンを飲んでしまったら、もう他のは飲めなくなってしまいそうで怖いです」


「そうだろ、そうだろ、テタンジェ、ブラン・ド・ブランは罪作りなシャンペンだよ」


「マスターがゆうてはった007ロシアより愛を込めて、さっそく借りました」


「大したことなかったやろ?」

「確かに・・」

「昔のアクション映画ってみんなチャチイね。今は、特撮の技術も進んでいるし、かける金も桁が違う」


「ショーン・コネリーって昔より、最近の方がずっとカッコエエですね」


「うん、うん」

「あたし、薔薇の名前でショーン・コネリーのファンになったんです」


「彼は、歳取ってから味が良くなったね。アンタッチャブルの演技も良かったよ。オレはジャン・レノあたりより、ショーン・コネリーの方が好きやね」


「あたしも。あんな人がパトロンになってくれたらうれしいなぁって思います」


「パトロンて・・。若いときから、楽して暮らそうおもたら、あかん!」


(つづく)


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