インディー(141)



カウンターには、私とユキ。

「こちらミュージシャンの卵のユキ」

「はじめまして」
とやっさん。

ユキは生意気な会釈だけ。

どうも、ユキというやつは、初対面が苦手のようだった。


「なににしましょうか?」

「とりあえずジントニック。ライムをたっぷり絞って!」

「あたしも」
とユキ。

二人とも喉が渇いていたのだ。

「あとで藤沢常務と伊原さんも来るから」

「かしこまりました」

やっさんには、一言ですべて通じてしまう。

それ以上、説明する必要は、全くなかった。


BONOのカウンターテーブルは吉野杉の削りだしの一枚板。

オープンしたてのころは、その香りが強烈で、店の雰囲気を支配していたが、今は、すっかり香りは薄らいでいた。

最初のころは、削りだしの杉の感触が気持ち良くて、カウンターテーブルに突っ伏して、寝てしまう子が多かった。

今でも、そこそこ感触は良かったが、当時の面影は薄れている。

その代わり、店を訪れたミュージシャンたちのサインが、カウンターテーブルのそこかしこに記されていた。

ジントニックをグビリと飲みながら
「これ、誰のサイン?」
とユキ。

「chir」
と私。

「ふうん」
とユキ。

やっさんがキッチンから、皿に盛られたカポナータを運んで来た。

「これでも、つまんどいてください。もうすぐ、二人も来るでしょう」


やっさんのカポナータは、いつもいつもうまかった。


もちろん、食べるなら夏!


「酸っぱくてオイシイ!」
とユキ。

やっさんは、満足そうにユキが食べる姿を眺めていた。

「後でツナの冷製パスタを頼みたいんだけど」

「かしこまりました。みなさん、おそろいになってから、用意いたしましょう」
といつもより気取ったしゃべり。

「やっさんはね、いろんな過去を持った男なんだよ」
とユキに話かける。

突然、やっさんが、だみ声で
「叩けば、ホコリの出るオトコ~~!」
と歌舞伎調でかます。

「フフフッ」
と気の抜けた笑いのユキ


「神戸に出て来たころは、彫金師。そのあと、ナナハンの整備士。そのあとは、ロスに渡ってサーファーのカメラマン、だよね?」


「他にも、いろいろやりましたよ」
とやっさん

「なぜか震災で荒れ果てた神戸に戻って来て、LOVE FMのDJ、そしてイカサマバーテンダー」

「ハハハッ!」

フフフッがハハハッに変わった


(つづく)

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