Washiroh その日その日

2012.05.26
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カテゴリ: シテュアシオン
  • 20120526 street1 07.JPG



 8時半に起きたが、その前6時半に早番のかみさんを見送った。新聞に目を通して再び眠り、もはや覚えていないが大層な夢を見ていた。

 8時半に起きてからはすぐにシャワーを浴びた。
 膨満感が気になり、朝めしはマフィン1個とコーヒーだけ。

 昼前に家を出て新宿へ。
 紀伊國屋サザンシアターでの 青年劇場公演『臨界幻想2011』 を見るのだ。

 自転車の陽くんと京王八王子駅中央改札で落ち合う。
 京王線新宿駅からサザンシアターまではけっこう長く歩かなければならず、呼吸の乱れが気になった。

 ルミネ経由で南口に出、小田急百貨店のエスカレーターを利用してミロードへ。

 ここを歩くのは何年ぶりだろうと思い返すが、いつ来たかが思い出せない。

 1時間位の余裕をみて出てきたが、何しろゆるゆるとしか歩けないので、劇場に着いたらちょうど開場時刻となった。
 かなり前のほうの席だった。
 ありがたいけれど、ロビーへ出るまでのに階段を上らねばならず、きつい。

『臨海幻想2011』

 1981年初演の芝居だ。
 だからタイトルに2011の西暦が加えられている。

 驚くのは、この時点で原子力発電所の事故を描く舞台をつくっていたこと。
 初演当時は「近未来」を見据えた劇だったのだろうが、311の東京電力・福島第1原発メルトダウンを経験したいまは、ここに描かれた恐怖が現実のものとなっていることを観客はみな知っている。
 結果論的には30年前にそれを見透していたわけで、いってみればそれは論理の具現化ともいえるできごとであるわけだ。


 いま見ていると、作者・ふじたあさやさんは、30年前に東電福島第1原発のメルトダウンを取り込んだ脚本を書いていたとしか思えないのだ。

 さらに考えるのだが、初演以来の30年間に日本の原子力発電所が54基という数になってしまったことだ。
 1981年の初演、1982年の再演。
 作者と劇団は、そこで原発についての明確な提示をしていた。

 ぼくはそのころ東京にいなかったと思えるが、原子力発電所が抱える危険への恐怖と憤りを棄てたことはなかった。

 ドイツでも反原発の意志表示は不断に行われているんだなと思ったことを思い出す。

 で、今回の再々演を見て、胸の中に去年つくづく実感した敗北感をあらためて抱え直した気がするのだった。
 原発に反対しながら原発を廃止させられなかった。
 それどころか、電力会社に対し54基もの設置を許してしまったという内容の敗北感が消えない。

 しかし何ができただろうかといった疑問は生まれてくるけれど、問題はそこにはなく、何をやってきただろうという疑問が膨らむ。

 思い浮かぶのはスリーマイル事故のときにニューヨークにいて、ニューヨークタイムズ紙やニューズウィーク誌を読み、チャイナ・シンドローム(地下深くまで至る炉心溶融)にはならずに済んだのだなと安心したことだ。

 要するにぼくは、どこかで、原発には反対だけど、おそらく大丈夫だと思ったに違いないわけで、きょう観た芝居は「そう思っていたよな?」という問いを突きつけてくるのだった。





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最終更新日  2012.07.01 01:25:31
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