Washiroh その日その日

2013.01.01
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カテゴリ: 回り灯籠
20130101 Fuji.JPG



 新年最初のブログだ。

 5時半に目覚め、早番で6時半に出かける予定のかみさんに声をかける。
 ここで時刻をいいまちがえてしまい、6時半だよといったものだから彼女はびっくりして「ええっ?」と叫びながら目を覚ますという騒ぎになった。
 ごめんごめんまちがえた、5時半だといい直す。

 明けましておめでとうと述べ合い、ぼくは起き上がってコーヒーを淹れた。
 かみさん用にはミルクコーヒーである。

 もち焼き網やら、卓上コンロやらを用意する。
 かみさんが午後まで仕事なので、ぼくはおせちや雑煮はそのあとにしようと思っているけれど、彼女は陽くんと食べていてくれという。
 ま、適当にやるよ。


 ラジオをつけると、朝の名物番組、文化放送「吉田照美のソコダイジナトコ」のパーソナリティが内田誠さんに代わっている。
 吉田照美さんが休暇中ゆえのショート・リリーフらしいが、もの静かで謙虚な語り口がわるくない。
 4月の番組改変ではこのひとをメイン・パーソナリティーにしなさい。 

 10時ごろ陽くんが起きてきた。
 「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と軽く頭を下げるのを見て、口にはしなかったが「なかなかよろしい」と思った。

 と、すぐに戻ってきて「おせちはママが帰ってきてから食べるつもり?」と訊ねられる。
 「うん、そうだ」と答える。
 出がけに陽くんと先に食べててと雑煮の用意はしていってくれたけど、それも帰ってきてからにすると付け加えた。
 すると陽くんは「じゃあシリアル(グラノーラ)にするからいいよ」という。

 それも可愛そうだなと思い、チャーハンを作るんじゃないのかと注文をつけたら「作っておくれ」という返答。
 「味付けにうるさいんだから」と、きのうの陽くん製チャーハンが辛かったので文句をいったことを混ぜっ返してきた。


 むかしから卵チャーハンを作ると紅茶を添えることにしている。
 戸棚を見るとフォートナム・メイソンの四角い缶(ロイヤル・ティー)がある、これを淹れよう。

 ほどなく出来上り、ふたりで喰う。
 いかにもふだん通りの朝昼兼用食。
 なんとなく愉快な正月だ。


 食後、陽くんが録画済みリストを見ながら「美輪明宏……」と口にした。
 え?
 紅白歌合戦の美輪明宏をとってあるのか?

 「美輪明宏のところだけを録画した」という。
 「それはうれしい、見よう。さっきTwitterで紅白の美輪明宏を見た感想を読んで、しまった見たかったなと思っていたんだ。よく録画しておいてくれたね」

 ぼくが『ヨイトマケの唄』を聴いたのは、そうだな、ラストタイムを25歳のときだったとして45年ぶりということになるか。
 ラストではなく、初めて聴いたのはその6年前ぐらいだから50年以上の年月を隔てたころに聴いたことになる。

 というようなことを書くのは、驚くことに、冒頭のエンヤコラを終えてメロディーとともに「今も聞こえる……」の歌詞が始まる歌い出しの部分の声や調子、表現法などが、初めて聴いたころとほとんど変わっていないからだ。

 少年ふうの髪型と黒っぽい衣装のせいもあっただろうが、歌い出された瞬間、ぼくは50年前の銀巴里で聞いていた丸山明宏さんの姿を見ているような気分になったものだ。

 銀巴里にはほぼ毎週のように行っていた。
 生まれて初めてあの店に連れて行ってもらったのは12歳の秋で、雨が降っていたことを覚えているが、これはまぁ、それだけのことだ。
 自分の小遣いを使って銀巴里に出入りするようになったのは17歳のころだった。
 高校時代だな。
 さまざま懐かしい、昭和30年代初頭の高校時代……。

 録画の『ヨイトマケの唄』を見ていて銀巴里のステージを思い浮かべる場面がまだあった。
 歌うアクションだ。
 いじめられた日々をつたえるところで、身をかばうように両腕をひたいの前で組み合わせる動きがあるが、あれは50年前にこの歌を歌うときにも同じかたちで表現していたアクションなのだ。
 なつかしい。

 銀巴里に行って丸山明宏さん(どうしても「さん」づけになる。よく座席にきてくれて、それはそれはたくさんの話を聞かせてくれたのだ)の歌を聴くとき、ぼくは第1回目のステージか、遅くとも第2回目のステージから聴き始め、いつも最終ステージまでいた。
 ピアノ伴奏はかならず結城久さんだった。
 丸山明宏さんの絶対的な希望であったらしい。

 ぼくはそのころ、丸山明宏さんの歌のなかで『ボン・ヴォヤージュ』が大好きだった。
 少しあとで『ミロール』を歌うようになり、丸山明宏さんが歌うこの曲も好きだったなぁ。
 結城さんと丸山明宏さんの組み合わせがそれらの歌を創造したのだと考えていた。

 いま、書きながら「結城さんはどうしていらっしゃるかな」と思い、探ってみた。
 あった!
 お元気なのだと知り、何やらうれしくなった。

 ある晩、その結城さんが、最終ステージの丸山明宏さんは本当の本意気になるという話を聞かせてくれた。

 結城さんはピアノを弾いているから、演奏中は丸山明宏さんの背中を見ることになる。
 で、最後のステージで『ボン・ヴォヤージュ』を歌うときは「涙がしたたり落ちるのを見る」というのだ。

 ぼくはたいがい前のほうで聞いていたから演奏メンバーひとりひとりの表情まで見えていた。
 客席から見ると、ピアノは舞台下手(左)側にある。
 そこで弾いている結城さんが丸山明宏さんをちらっと見ることは頻繁にあった。

 歌い手には当然スポットライトの光が当たっている。
 結城さんから見ると丸山明宏さんの姿はシルエットになっているわけだ。

 逆光の中で、結城さんは丸山明宏さんが涙を流しながら歌う姿をよく見るというのである。
 「ピアノのところからだからライトの逆光でよく見える」といっていた結城さんの話かたをいまも思い出す。
 「頬づたいにしたたり落ちるの」ともいった。

 客席からは、それは汗のようにしか見えていなかった。
 結城さんの話を聞いたぼくは、目から頬までの数センチを一瞬のうちに流れる涙をいっているのだなと思った。
 汗とはちがって飛び散ったりはせず、真っ直ぐにきらきらとしたたり落ちるのが見えるのだろうと思って結城さんの話を聞いていた。

 そういう席で、いま聞いた『ヨイトマケの唄』を聞くことは毎回のようだった。
 丸山明宏さんは「シンギング・アーティスト」といわれていたが、それはじっさいに歌う姿を前にして聴かないと「よさ」がつたわらないという意味がこめられている。
 ぼくは目の前で丸山明宏さんを見ながら『ヨイトマケの唄』を聞くとき、道路工事でヨイトマケの綱を引く作業の場面が、生まれ育った家の近所にある道に重なるのだった。

 きょう、久しぶりにそういう感覚を味わった。

 何をするでもなくときが過ぎていく午後、まことにのんびりした元旦だ。
 さっき、ずうっと気になりながら連絡しないでいた寺崎くんに電話をかけたら道子さんが出た。
 ああ病院から正月帰宅の許可をもらえたのだなと思い、うれしかった。
 よかったよ、本当に。

 午後3時すぎにかみさんが仕事から帰り、おせちが食卓を埋める。
 しかし、きょうはもう、充分書いちゃった。
 それについては、ま、あしたにでも書こう。





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最終更新日  2013.01.03 02:24:37
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