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Feb 7, 2006
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 多くの宗教がそうであるように、仏教にもさまざまな宗派があります。

 なぜ、さまざまな宗教、さまざまな宗派があるのかという理由について
光の存在は、「受け取る人がさまざまだから」という意味のことを言っています。

 つまり、インドの六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻するという考えをもつ人々に対する教え方と、神道を信じていた日本人に対する教え方は、違うほうが良いし、同じ日本人でも武士と農民では違う教え方が必要だからこそ、いろいろな宗教や宗派が生まれるのですね。


 しかし、宗派という違いが発生して、その教え方や修行などのやり方に違いがあっても、
教祖である釈尊の教えの基本部分から外れてしまったら、
それはもう似ているけれど別の宗教ということになるはずですよね。

 ですから、宗派が違っていても、仏教であるからには、
釈尊の教えの基本部分は踏襲しているのです。


親鸞の浄土真宗の教えを「阿弥陀の本願によって極楽往生することが、救済されること」というような解釈がされることも多いと思います。

 辞書を引くと「極楽往生」とは、「この世を去って極楽浄土に生れること」とあります。
(広辞苑より)

 このとき、身体、物質に囚われた見方をすると、極楽とは、あの世のことにしか見えないのですね。


 スウェーデンボルグはその著「霊界日記」の中でこう書いています。
「天界は、場所ではなく、生命の状態、つまり愛、仁愛、および信仰の生命の状態である」

 簡単に言い換えると、天国とか地獄というのは、場所ではなく意識の状態なんですね。

 だからこそ、悟りを開いた釈尊は、生きたまま彼岸に渡っているんです。


 釈尊の教えは、そのポイントは、ちょー簡単説明では(笑)
1.今(此岸には)、四苦八苦の苦しみがある
2.此岸(煩悩)から彼岸(涅槃、悟りの境地)へ渡ることによって、苦を超えられる




そうではないのです。

 物質に囚われ、煩悩(悩みを生じさせるすべての妄念)を持った凡夫の意識の中に苦が生じているのです。

 病気が苦なのではなく、病気を嫌なものだと思う気持ち(妄念)が苦を感じさせるのです。

 煩悩という縁がなければ、それはたちまち、涅槃なのです。

煩悩、妄念とは、認知療法でいうところの、「ゆがんだ認知(考え)」ですね。


 非常に単純でしょう?

 我が子が死んだことを信じられず苦しみ続けるゴータミーに対し、お釈迦さまが「死人を出したことがない家から芥子の実をもらってきたら、治してあげる」と方便を言って、ゴータミーを苦しみが救ったという「キサー・ゴータミーのお話」があります。

 知らない人がいるかなあ?当然いるだろうなあ

掲載しておきましょう


(サンユッタニカーヤ)

キサー・ゴータミーの話

 コーサラ国の舎衛国(しゃえいこく、シュラーヴァスティー)にキサー・ゴータミーという名の女性が住んでいました。

 ゴータミーは結婚してかわいい男の子を授かり、この子を大変かわいがり大切に育てていましたが、
男の子がようやく歩いて遊ぶようになったころ、病にかかり突然死んでしまったのです。

 ゴータミーには我が子が死んだことを信じられず、動転したまま、その冷たい骸を抱いて町に飛び出し、会う人ごとに
「この子の病気を治してください」と町じゅうを頼み歩いたのです。

 ある日、お釈迦さまの信者がそれを見かねて、ゴータミーを呼び止めてこう言いました。
「その子の病は重い。世間の医者の手に負えるものではない。ただひとり、その子の病気を治して下さる方がいらっしゃる。それは今、祇園精舎におられるお釈迦さまだ。そこを訪ねなさい」
 ゴータミーはただちに祇園精舎のお釈迦さまのもとを訪ね、
「どうかこの子をお救い下さい」とお願いしました。

 静かにゴータミーの話を聞いていらっしゃったお釈迦さまは、やがてやさしくこうおっしゃいました。

 「この子の病を治すには、芥子(ケシ)の実が5・6粒いる。町へ行ってもらって来なさい」
 ゴータミーは、すぐに町へ出かけようとしましたが、お釈迦さまは、はやるゴータミーを呼び止め、
「ただし、その芥子の実は、まだ一度も死人を出したことのない家からもらってくるのだよ」とおっしゃったのでした。
 ゴータミーはその意味を飲み込めませんでしたが、そのことを深く考える余裕はありませんでした。とにかく急いで町に出かけ、芥子のみを求めて、一軒ずつ家々をまわって歩いたのです。

 みな、親切に芥子の実をくれようとしましたが、しかし、死人を出したことがないかと聞かれて、「一度も出したことはない」と答える家はなかったのです。

 そうして家々を回るあいだに、ゴータミーの狂気は少しづつ鎮まっていきます。
『愛する人に死なれて悲しみ苦しんでいるのは 自分だけではないのだ 』と気づいていきます。
 やがて夕闇がせまり疲れ果てるまで芥子の実を探し回ったゴータミーは、ようやく冷静になり、お釈迦さまの言葉の意味を理解しました。
生まれたものは、いつかは死んでいかねばならない。死別の悲しみのない家はないのです。

 そのことに気づいたゴータミーは、ようやく我が子が死んだのだという事実を受け入れることができたのでした。

 穏やかな心を手にしたゴータミーは愛児を墓に埋めてやり、再びお釈迦さまを訪ねるとお釈迦さまは、
「ゴータミーよ、芥子の粒はもらえたかね」
と静かに問われました。
「いいえ、ですがもう芥子の粒はいりません。家々を訪ねて廻るうちに、死なない人などいないということがわかったのです。ようやく我が子の死を受け入れることができました。今はもう穏やかな心でいられます。ありがとうございました。どうぞ、わたしをあなたの弟子にしてください」
とゴータミーはお願いし、お弟子の列に加えられたといいます。




 苦しみはどこにありました?

 出来事そのものは変わらないのに、苦しみはなくなりましたよね。
ゴータミーは、苦しみを超えたのです。

 苦しみから逃れるのと、苦しみを超える、というはの別のことです。

 お酒や薬に溺れたり、映画「マイノリティー・リポート」のように、過去の映像を見ることで逃げていても、根本的な解決にはなりません。

 苦があるという現実を認めること、
その原因を見つけ、対処すること
その方法はさまざまでも、基本はこれなのです。


浄土真宗親鸞会のサイト の「 親鸞聖人ってどんな方? 」他にこんな説明が載っていました。

すべての人の願いは、苦しみ悩みから解放されて、いかにこの難度海を、明るく楽しく渡るかに尽きます。
(絶対の幸福とは、どんな事態が起きても壊れない安心、満足、喜びということ)

人生に目的(苦しみ悩みから解放されて幸せに生きること)がある。
だから早く達成せよ。これ以外に親鸞聖人90年のメッセージはありませんでした。


 これによると、死んでから苦しみから救済します、とは言っていないですよね。
その部分は、方便なんですね。

 方便という言葉の原語は「ウパーヤ」といい、目的に「近づく」という意味とのことです。そして、そこから、目的に近づけるための手段も方便といわれます。

 この方便の方が一般的な解釈として広まっているけれど、実際は、釈尊の教えと同じなのです。

 その方法が、浄土真宗の場合は、阿弥陀如来の救済を絶対的に信じることで、
今まで否定していたことを、それ以降否定するのを止めることで、
苦しみを超えるという方法なのですね。


<続く>



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最終更新日  Feb 7, 2006 04:49:33 PM
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Re:【悟り09】宗派と釈尊の教え(02/07)  
たすく24  さん
先日からの質問に答えていただいたのですね。
何回にもわたってありがとうございます。

そうですね。その通りです。
今やっと、スコッと見えてきたような気がします。
一番肝心な所を受け取っていなかったんですね。
とても楽になれた気分です。
ありがとうございました。
(Feb 7, 2006 05:23:41 PM)

Re[1]:【悟り09】宗派と釈尊の教え(02/07)  
wing-space  さん
>先日からの質問に答えていただいたのですね。

はい、そうでもあり、そうでもなく(^^;

>何回にもわたってありがとうございます。
いえいえ、勝手に書いていますから(^^)

>そうですね。その通りです。
>今やっと、スコッと見えてきたような気がします。

それはよかった(^^)

>一番肝心な所を受け取っていなかったんですね。
そうですね。
今の日本の仏教、お坊さんは、枝葉の勉強ばかりして、真髄を掴み取ろうとしていないんじゃないかなあ


>とても楽になれた気分です。
>ありがとうございました。
どういたしましてです。(^^)

(Feb 7, 2006 10:18:00 PM)

Re:【悟り09】宗派と釈尊の教え(02/07)  
トノ01  さん
 スウェーデンボルグはその著「霊界日記」の中でこう書いています。
「天界は、場所ではなく、生命の状態、つまり愛、仁愛、および信仰の生命の状態である」
 簡単に言い換えると、天国とか地獄というのは、場所ではなく意識の状態なんですね。

 有難うございます。 (Jul 14, 2007 08:37:18 AM)

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