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悩む上条の前に積み上げられたのは、食い手を今か今かと待つ色取り取りのパンたちだ。明らかに3人分以上ありそうな気がするのは、立花が上条のために大量のパンを買っていた――どうやってそんな量を買ったのかは不明である――からなのだが、上条がそれに気づく由はない。 しかし、『それ』は上条の悩みを取り払うのに十分だった。「ええい、たかがパンが怖くて空腹に耐えられますか!! こんなパン一口で食ってやる!!」 所詮パンだと。空腹には耐えられないと。ここに、上条当麻は『くさや&ばななパン』に勝負を挑むことを決意した。 教室内から歓声が上がり、彼は一瞬にして注目の的となった。ある者は期待の、ある者は羨望の眼差しを向け、またある者は驚愕の表情を彼に向ける。上条に昼食のパンを買ったはずの立花でさえ、その目には少しだけ期待の色が混ざっている。 教室内は無言。それを確認すると、上条はヒーローになったかのような気持ちで『くさや&ばななパン』の封を開けた。 まずは肝心のブツを掌の上に乗せる。見た目は色、形、大きさ共に何の変哲もなさそうなクリームパン、臭いは無い。ここまでは聞いていたとおりだ。聞いた話によるとパン生地は普通で中に入っているクリームが『異常』な程に不味いらしい。「さあ、カミやん、食うんだ! 我らが宿敵をぶっ潰すんだにゃー!!」「そうや! それができるんはカミやんしかおらんで!」「おう、やってやるぜえぇぇぇ!!」 『クラスの三バカ《デルタフォース》』による三者三様の叫び声が上がり、その一瞬後、上条は掌に乗っていたパンを全て口の中に詰め込んだ。 実際、上条にはちょっとした勝算があった。それは『くさや&ばななパン』のパン生地は極普通のパン生地だという点である。要するに中のクリームが出てくる前にさっさと飲み込んでしまえばいいのだろう、と上条は思っていたのだ。 それが、どれだけ浅はかな考えかも知らずに。 実はこのパン、かなりの薄皮なのだ。しかも学園都市の進んだ技術を無駄に利用しているせいでパン生地の厚さは1mmを切る。そのため、噛むどころか口の中に入れただけでもクリームの、くさや七・ばなな三の風味が口の中に広がるのだ。 そしてそれは上条とて例外ではない。口の中に広がる、くさやなのかどうかも怪しい味、そのすぐ後に妙にフルーティーなばななの味、最後にほんの少しだけパン。 その三つが織り成す味は、上条の想像を、想像できるかどうかは別として、遥かに上回っていた。上条は両手で口を押さえて床を転げまわる。その姿を、誰もが無言で見つめていた。 それから約一分後。静まりかえった教室内に、「ぐっあああぁぁぁぁ!? まずぅーーーーー!!」という、上条の叫び声が木霊していた。 4 第4学区へと続く道路を赤いスポーツカーが走っていた。運転しているのは東雲百合、ここでも気だるそうに助手席に乗っているのが木下匡だ。 平日の昼過ぎということもあってか、道路を走る車どころか、歩いている人さえ少ないような気もする。「……あの聞き方はよくないんじゃないかしら。あの子、明らかに怪しがってたわよ?」「別に構わんさ。俺たちが知りたいのは『アレ』の事だけだ。その過程でたかが女子生徒に怪しまれようが問題ない……違うか?」 それもそうね、と東雲は運転に集中する。確かに木下の言うとおり、別にあの少女に信用してもらう必要は無い。そのせいで事件のことを詳しく語ってくれなかったことに問題はないのか、と問われても問題ないと答えられる。恐らく昨日の事件の全容は監視カメラにでも映っているだろうし、そこで何が起こったのかは容易に想像できる。 『上条当麻』が自らの『能力』で男の能力を打ち消し、殴り倒した。 この程度のことだろう。状況から見てそうなったのは十中八九間違いない、が、東雲は内心でため息を吐いていた。隣に座る木下に対してだ。 木下は、仕事の出来る男かそうでないかというと、誰もが出来ると答えるほどの男だ。しかし、一度何かしらの目標を持つと、他の事を蔑ろにしがちなのが玉に瑕なのである。まあそれを解っていて行動を共にしている自分にも、きっと問題があるのだろう。「しかし、奴の『幻想殺し《イマジンブレイカー》』とは一体何なんだろうな」 ふと、車が信号待ちで止まっている時、木下が思いついたように呟いた。信号待ちで停まっているとはいえ、未だ運転中なので大げさに首を向けることはせず東雲は答える。「超能力ならどんなものであっても、消し飛ばしてしまうそうよ。昨日、あの不良の男と対峙した『上条当麻』がやったことと大差ないんじゃないかしら?」「そう、それだ。超能力であれば消し飛ばせる? しかも演算や制限もなしにだと? 馬鹿げてる。奴は化け物かってんだ」 明らかな悪態をつく木下を横目に、東雲は何も言わずにアクセルを踏み込む。二人で彼の能力について推測してみたところで結論が出るわけでもない。彼女はそう考えている。 事実、能力の持ち主である上条でさえ自身の右手に宿る力が何なのか、何のために存在しているのかを理解していないのだから東雲の考えは間違ってはいないと言えるだろう。「東雲。お前は奴の判定が何故『無能力』なんだと思う? 俺には全くわからんよ。あれだけ価値のありそうな能力なのになぁ」 そう言って、木下はシートのリクライニングを操作して半ば寝そべるような形になった。窮屈な車内に耐えられなかったのか、それともその姿勢の方が考え事がしやすいのか。どちらにせよ、現在も運転中の東雲にとっては思わず半目で見てしまうようなものでしかない。 幸か不幸か、赤いスポーツカーは再び交差点で信号に停められた。そうして東雲は僅かな、信号が変わるまでの間、自己の中に埋没する。彼女が考え事をする時はいつもそうなのだ。周囲が見えなくなり、長い時は数時間この状態になっていることもある。 何気ない顔で彼女の横顔を見る。考え込んでいる東雲は、どうやら信号が変わろうとしていることに気がついていないらしい。 信号が変わるまでの時間はそれほど長くないものだ。一分か、二分か。運転手にとって長いと思われる時間も、数値にしてみればその程度なのである。「信号、青になるぞ」「え? あ、そうね。ありがとう」「まあ、いつものことだ。ところで、考えは纏まったのか?」「……ええ、ある程度は」 アクセルを踏み込みながら東雲は自信なさげに答えた。少しの時間だったのだから当然といえば当然。相も変わらず人の少ない通りを右折しながら彼女は自らの推測を口にする。「私が考えたのは二つの理由よ。一つ目は能力自体が判定し辛い、または出来ないという可能性。他の能力を消す、なんて能力、測定する方法が殆どないもの。それこそ、能力者と戦わせでもしない限り」 上条当麻の持つ能力『幻想殺し』は強力だ。が、その特性ゆえに単体での測定が出来ない。誰かと戦わせる、などという方法は教職員が許すはずもない。 そもそも、彼らは根本的なところで勘違いをしている。二人は上条の能力が開発によって発現したものだと思っているのだが、実際は『幻想殺し』とは彼が生まれつき持っている力なのである。即ち、超能力ではない。 その間違いに気づかぬまま木下と東雲の会話は続いてゆく。「ふむ、確かにそれなら理由になるかもな。それじゃあもう一つは?」 木下は、仰向けで両手を枕にしながら聞いていた。いつの間にやらシートは限界まで倒されている。 彼の視線は彼女の方には向いておらず、車内の灰色の天井に向けてのみ放たれていた。彼としては真面目に話しているつもりはないらしい。 だが、「上が、彼の能力を隠そうとしている可能性もあるわ」「上って、上層部がってことか?」東雲の言葉に、思わず飛び起きるような形で座りなおした。予想外の言葉だったのか、目が見開かれていた。 東雲は頷きだけで答える。目的地は近い。おおよそ500m先の交差点を左折し、そこから少し小道に入れば彼らの帰るべき場所がある。だから話の続きは帰ってからでもいいだろうと思っていたのだが、木下は話すことを止めようとはしない。「もう少し詳しく聞かせてくれ。興味がわいた」 赤いスポーツカーは交差点へと差し掛かり、「使い方によっては『超能力』にさえ勝る能力だもの」交差点を左折して、「利用しようと考えるのなら、隠しておいた方が悪用される心配もないしね。それに」その先にある少し小さめの交差点を直進し、「それに?」向かって右側にある小道に入ると、「彼が関わっていると思われる学園都市内の事件が数件」T字路を元の大通りに戻るような形で右折して、「それなのに彼に何も追求がいってないというのは、隠そうとしているようにしか思えないのよ」白く大きな建物のある敷地内に入ると、「なるほどな。中々、好奇心をそそられる話だ」その駐車場に赤いスポーツカーは止まった。「――さあ、入りましょう。話の続きは中でも出来るでしょう?」 そう言って、車から降りた東雲の前には、大きな大きな、それでいて中はとてつもなく狭い、彼らの帰るべき『研究所』が聳え立っていた。横には、何か言いたそうに東雲を見つめた後、彼女と同じように聳え立つ建物を見る木下の姿があった。――――――――――あとがきここで第一章が終わります。少々短いですが、元々が短編小説の予定なのでそれもありかな、とか思ってます。第二章からは美琴、黒子の二人も参戦します。上条君との間で一騒動あるとかないとか。
2009.05.27
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3 乃依が教室へと戻るのとほぼ同時刻。常盤台中学とはレベルも場所もかけ離れた高校のとある教室に、ツンツン頭の少年、上条当麻がいた。身長は一般的な男子高校生の平均よりは少し低いが、体の引き締まり具合だけは平均より上であろう彼は、一人へばっている。時折もぞもぞと動くたびに、少しだけあるファッションへの気遣いを見て取れる髪が揺れていた。「……うだ~~~…………」 上条は思わずいつものように「不幸だー!」と叫びそうになる。そう叫ぶとクラスの男子どもから何故か謂れもない攻撃を受けるのだが、そんなことは関係なしに叫びたい、というか叫ぶ体力があったら叫んでいるところだ。 上条の不幸は昨日の夕方から現在進行形で続いている。 昨日、居残り(この時点で理不尽なものがあった気がするがそれはさておき)を終えて学生寮に戻ってみたところ、買い置きしていたはずの食料が全て亡くなっていた。『亡くなっていた』というのもあながち間違いではない。何せ一週間分程度の量があったのだから。 その後、半ばやけくそで食料の買出しに出発。途中で不良に追いかけられている少女と遭遇し、助けたまではよかったものの、帰ってみるとそこには大口を開けた暴食シスターが待っていた。遅くなった理由を説明してみたところ、何故かシスターの機嫌は更に悪くなり、気を失うまで噛み付かれ続けた。 そして日付が変わって今日。これは昼休みに入ってから気づいたことなのだが、何とお金がない。そのため昼飯は恐らく抜きになるだろう。ほぼ間違いなく。 三つ目以外は間違いなくあの暴食シスターのせいだ、と上条は思う。ただ面と向かって言うと「それはとうまがわるいんだよ!」とか何とか言われて噛み付かれそうなので、間違っても口にしてはいけない。我が家の家計簿と自らの体にダメージを与えないためにも。 あと、誰かにお金を借りるとか、女の子がお弁当をくれるとかいうことには期待してはいけない。これは誰にも――家族にすらも――話していないことなのだが、上条当麻は記憶喪失である。七月二十日以前の記憶が全くない上に、直る見込みもゼロという少なからず彼を悩ませているものだ。 それ故に、上条は誰と仲がいいかなんてことはよく解らないし、女子と仲がよくて弁当を貰える、なんてことはまずありえないはずだ。実際のところは上条に弁当を渡そうとしている女子は少なくないのだが、それは上条の知るところではない。(しかし、何なんでせうかこの不幸の三段活用は……カミジョーさんは泣きそうなのです) 一人ごちる。その原因は自らによるところが多いのだが、彼の性分なのだから仕様がないといえば仕様がない。「まあ、いいや。寝よ……」このまま起きていても無駄に体力を使うだけだし、午後は幸い体を動かすこともないので次に起きたら放課後であることを祈ろう。まあ、そんな幻想は上条の友人によって容易く殺されるのであるが。「カミや~ん。元気してるかにゃー?」「寝るにはまだ早いでー、カミやん」 元気すぎる声で話しかけてきたのは上条の友人、土御門元春と青髪ピアスだ。この二人は、記憶喪失になった上条でも解るような、至極解りやすい『友人』である。動かしたくもない顔を向けると、二人は手元に幾つかのパンを持っていた。戦場のような購買からよくもそんなに買ってこれたな、という量のパンを抱えている二人は、全く疲れていないようにも見える。 いろいろと不思議に思う点はあったが、とりあえず上条は真っ先に言いたいことを口にする。「土御門、青ピ。お前ら、俺が昼飯食えないの知ってんだろ?」 明らかに怒りの篭った発言である。これ見よがしに昼食を見せびらかしに来た二人に対しての。 確かに、普段の土御門と青髪ピアスなら、上条が昼食を食べれないのを知ってこれでもかというぐらいにからかっていただろう。だが、今日は違う、今日のような日だけは。「そんなカミやんに朗報だぜい。なんと、土御門さん達からのプレゼントですにゃー」「そーそー、へばってるカミやんにプレゼントや。ありがたく食いや」 土御門と青髪ピアスは明らかに二人分にしては多いパンを上条の眼前へと積んでいく。この時、上条には二人が天使のように――断じて、『御使堕し《エンゼルフォール》』の時のような天使ではない――に見えていた。「…………マジですか?」「マジだにゃー」「ありがとうございますっっ!!」 雨の中拾われた子犬のような目を向ける上条。そのまま泣き出しそうだ。しかし、それに対する二人の胸のうちはやりきれない思いでいっぱいだった。(なんで? なんでカミやんだけ女の子にモテるのん!? ボクらがへばってても誰も反応すらしてくれへんのに!!)(答えはそれがカミジョー属性というものだからだにゃー……) 二人はアイコンタクトで嘆きあうと、同時につい10分ほど前のことを思い出す。場所は昼休みになると戦場と化す、食料を求める生徒の集う購買の前。土御門、青髪ピアスの両人が、教室に戻りながら上条の三つ目の不幸について語り合っていた時のことだった。「相変わらずカミやんはおもろいなぁ。普通、財布の中にお金ないのに気づかんってありえへんで?」「確かに、普通は電車に乗る時にでも気づくぜい。まあ、そこら辺がカミやんのカミやんたる所以かもしれんですたい」「えっと、あの……」「はいはーい! ボクらに話しかける女の子はどなた? ボクは女の子の声だけは聞き逃さへんでー!?」 二人の後ろから話しかける少女の声に先に反応したのは青髪ピアスだった。その反応速度が異常だったのと、彼の目が異様に輝いていたため話しかけた少女は一歩後ろに下がってしまった。「ひいっ」という短い悲鳴を上げながら。「あれ、立花さん、どしたん? まさかボクと一緒にご飯食べてくれるとか!?」「それだったら俺も嬉しいにゃー」 そこにいたのは肩まである髪を額の真ん中で分けている、同じクラスの立花という女子生徒だった。クラスの中では比較的おとなしい方に入るが、可愛い部類に入るため密かに狙っている輩も少なくない。ちなみに青髪ピアスがさりげなく『ボクら』ではなく『ボク』と言っていたことに土御門は気づいていない。 そんな少女を嬉々とした眼差しで見つめる二人だが、「ち、違うの。その……このパンを上条君に渡してもらいたくて」という、そのガラスの心臓を打ち抜こうとでもいうような、立花の言葉によって立ち直れないほどのショックを受けてしまった。「か、カミやんに……?」「う、うん。今日、上条君がお昼食べれないって言ってたから。でも、直接渡すのは……その、恥ずかしいし…………」 何とか声を絞り出したのは土御門だ。青髪ピアスの方は時を止められたかのようにピクリとも動かない。 そんな二人の様子を無視するように、『狙撃手』立花は続ける。「あ、あの、私からっていうのは言わなくていいから。それじゃあ、お願いします」「……オーケー。引き受けたぜよ」 そう言った土御門の声は震えていた。それがどんな感情によるものかは解らないが、その時の土御門の拳は固く握られていたという。 立花の方はというと、パンを渡し、土御門の返事が聞けたことに満足したのか、すぐにいなくなってしまった。教室に戻ったのだろう。 その後、青髪ピアスが正気を取り戻すまで5分ほどかかったのであった。 時は戻って再び上条のいる教室。土御門と青髪ピアスの前には歓喜の表情を見せる上条がおり、それを不安そうに見守る立花――詰まるところ彼女もカミジョー属性の被害者なのだが――も教室の中にいた。その『何となく不穏な』空気を察知して幾人かの女子生徒が警戒態勢に入ったのは恐らく気のせいではないだろう。「ただし。パンをやるのはいいが、一つだけ条件を付けさせてもらうぜい、カミやん」 今にもパンに手を出しそうな上条の前に人差し指を立てた土御門の右手が突き出された。後ろにいる青髪ピアスの顔は邪な笑みを浮かべているが、彼の顔は全く笑っていない。 当の上条はギリギリのところでおあずけを受けたのが気に食わないのか「条件? 何だよそれ?」と不機嫌そうに二人の方を見ていた。 そんな上条の前に置かれたのはとある一つのパンだった。「こ、これは、食べた者全てが地にひれ伏したという『くさや&ばななパン』……!」 上条の言葉に教室内に戦慄が走った。教室内には「まじかよ」「あれを買ったのか…?」などと、主に男子たちが発する言葉が渦巻いている。 それもそのはず。土御門が上条の前に置いたパンは、夏休み明けから購買に入荷され始めた新製品だというのに、その不味さゆえに二日もしないうちに買い手がいなくなったという伝説を持つパンである。誰も買わなくなってから一週間近く経つというのに、何故未だに入荷され続けているかは解らない。 これは、上条が憎い、しかし女子からの頼み事は断れない、悲しき男たちのせめてもの復讐の気持ちだった。「まさかこれを食え、と仰いますのでせうか?」「やだなー、カミやん。当たり前のこと聞かんといてやー。こんなん、ボクらで処理できるわけないやろ?」「そうだにゃー。ということで食え、いいから食え」 土御門と青髪ピアスの二人はあくまでふざけた様子である。だが、彼らの目は笑っていないことに上条は気づいていた。まだ『くさや&ばななパン』を食べたことはないが、その威力だけは嫌でも耳に入ってきていたので、さすがの上条も焦る。(こいつらマジだ! さすがにこれはヤバイか? いや、でもこれさえ乗り越えたらパンが食えるわけだし、そうすればこの空腹から逃れられるあぁぁどうしようどうしよう)「さあ、頑張れカミやん! こいつらがお前を待ってるぜい!!」「――へ?」――――――――注意書き(のようなもの)Part3が非常に微妙な長さで1回の投稿では入りきらないので、次はPart3の残りとPart4という形になります。ご了承ください。
2009.05.27
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1 明けて九月十一日。 少女が不良の男に襲われ、通りすがりの少年に助けられた次の日。首辺りまでしかないが綺麗な黒い髪、やや丸い輪郭に大きめの瞳が特徴的な、それでいて少し大人びた印象を受ける少女は、授業中も、今現在である昼休みに入ってからもずっとあの少年のことを考えていた。 明日からは大覇星祭の準備期間で半日授業になるので、それを知っている生徒たちは少し浮かれたような雰囲気が感じられたが、この少女にだけはそんな様子は全く感じられない。あの後、少年は警備員《アンチスキル》と風紀委員《ジャッジメント》を呼び、先に到着した風紀委員――白井黒子《しらい くろこ》という、この学校に在学している風紀委員――に私を預けるとすぐにいなくなってしまった。その風紀委員が「またあなたですの?」とか「無責任」とか「無節操」とか、最後の言葉が気になるが、少年に言っていたところを見る限り顔見知りらしい。 すぐにいなくなってしまった、というのは助けられた側としてどうかとも思うのだが、助けてもらわなければ(恐らくだが)ここには居られないので愚痴を言うわけにもいかない。 ただ、昨日逃げている途中でどこかに落としてしまった鞄は見つからなかった。そのせいでいつもとは違う鞄を使わなければならないし、お気に入りのペンはどこかにいってしまった。「ちょっと、乃依? あなた朝から変だけど大丈夫?」 ふと、クラスメイトから話しかけられた。昨日の件は警備員や風紀委員が秘密裏に処理してくれたため、学校内では一部の人間しか知らない。教師やこの学校に居る風紀委員などだ。 あとは寮で相部屋の子ぐらいだろう。さすがにボロボロの格好で部屋に帰り、何も言わないというわけにもいかなかったので軽く事情は説明した。事情を察してくれてそれ以上何も聞かれなかったことはよかった、と思う。「う、うん。ちょっとね……」「もしかして恋の悩み? そうだったら聞かせなさいよ。ほら、どんな人か白状しなさい」 ロングの髪を肩の辺りからロールにしているクラスメイトは、途中から『恋の悩み』だと決め付けて少女の頬を指で突いている。その顔は何とも楽しそうな表情をしている。 少女、こと乃依は友人の甘い幻想《かんちがい》を殺そう《ただそう》として、ふと、本当に否定できるのかどうか危ういことに気づいた。彼女は昨日助けられてから今まで、寝ているとき意外ほとんど自分を助けてくれた少年について考えていた。どうして助けてくれたんだろう、とか、一体何者なんだろうとか。 これでは恋する乙女と何ら大差無いではないか。いや、もしかすると自分はあの少年に対して感謝を飛び越えて恋愛感情まで抱いているのかもしれない。 そこら辺は、そういったことに疎い彼女には、今一解らなかった。 傍らでは、むぅ、と唸る乃依を見て「え? 何? 本当なの?」とクラスメイトが困惑していたが、考え込む乃依の視界には入らない。そんな時、乃依の思考を、クラスメイトの困惑を断ち切るように校内放送が鳴り響いた。『第3学年、柚桐乃依《ゆずぎり のい》。至急職員室まで来るように。繰り返す、第3学年、柚桐乃依。至急職員室まで来るように』 短い音を立てて放送が切れると、クラス内の視線のほとんどが乃依に集まった。この学校では校内放送で呼び出されるなど中々無い。それも『至急』という言葉つきなら尚更だ。 当然といえば当然なのだが、この途端に珍しい物にでもなったかのような扱いは如何なものか。 まあ、昨日起こった事件のことを考えれば自分は確かに珍しい物なのだが。きっと呼び出されたのもその件についてだろう。「それじゃ、ちょっと行ってくるね」「はい、行ってらっしゃい。あ、それと早く帰ってこないと私があなたのお弁当食べちゃうわよ?」 言われて、そういえばお昼ご飯食べてなかったな、とどこか他人事のように思う。だが、いくらお腹周りのお肉が気になる年頃とはいえ、昼食抜きはさすがにキツイ。よほどダイエットでもしてなければそんな事はしたくない。「……帰ってきてご飯無かったら怒るから」 静かに、だが確実に負の感情を込めてそう言うと乃依は教室から出ていった。その後姿をしばらく眺めてクラスメイトの少女は、「うーん、乃依ってばまだこの前勝手にお弁当食べたこと怒ってるのかな? だってしょうがないじゃない。乃依のお弁当って、すごく美味しいんだもの」と言って乃依の鞄からお弁当を取り出していた。本来の持ち主のいない机の上にそれを広げると「いただきます」と律儀に挨拶をして食べ始める。 少女はその味に時折至福の笑みを浮かべていたが、帰ってきた乃依によってその顔が恐怖で彩られるのはまた別の話である。 2「失礼します。放送で呼び出された柚桐ですが」職員室のドアを開け、そう不特定多数の教師に言い放つと、近くにいた老いた教師が歩み寄ってきた。齢五十二にして白衣を羽織っているせいか、マッドサイエンティストと呼ばれても――実際にそう呼んでいる生徒もいるらしいが――おかしくなさそうな教師だ。その様子を見て、こちらを見ていた他の教師は自分の作業に戻る。ある者は自らの弁当へと向き直り、ある者は教材の整理を再開した。「おお、待っていたよ。警備員の方が、君に昨夜の件で聞きたいことがあるそうだ。奥にいるから、行くといい」 とのことだ。どうやら呼び出された理由に関しては予想通りだったらしい。警備員が来ているというのには少しばかり驚かされたが。 老人教師に促されて職員室の奥にある部屋、応接室へと入ると、そこには二人組みの警備員――あまりらしくは見えないが、あの老人教師がそう言っていたので間違いないだろう――が気だるそうにソファーに並んで座っていた。乃依から向かって右側には天井に向かってタバコをふかす男が、左側にはペラペラと本をめくっている女がいる。 先に気づいたのは女の方で、読んでいた本を閉じてソファーの上に置き、「ああ、よく来てくれたわね。そこに腰掛けてもらえるかしら?」と、彼女らのテーブルを挟んだ向かい側にあるソファーへと乃依を促した。 乃依は、はい、と軽く頷いて促されたとおりに腰を下ろす。と同時に男がタバコについた火を灰皿に押し付けて消していた。 正面から二人を見据えてみたところ、どうやら二人とも二十代のようだ。ただ二人とも見た目に気を使っているような感じではなかった。女の方は髪を邪魔にならない程度の長さで切り、後ろで纏めている。化粧の方も最低限、といった感じしかしない。服装もジーンズに長袖のシャツだけという、近頃肌寒くなる時もあるから何となくこの格好をしている、とでも言いたげな服装だ。幾分、彼女の顔が整っているだけに余計に勿体無さが際立っている。男の方も同じようなもので、髪はボサボサ、無精ひげは剃る気が無いのか伸ばしっぱなし。服装は女のものよりも酷く、ジャージにシャツ一枚。さらにシャツは白地が少し黄ばんだやつを着ている。この二人を見てファッションに気を使っていると言える人は中々いないだろう。少なくとも自分の知る限りではいないはずだ。「始めまして、柚桐さん。私は東雲百合《しののめ ゆり》。こっちは同僚の木下匡《きのした ただし》よ。早速だけど、昨日のお話しを聞かせてもらえる?」 東雲はソファーに腰を下ろした乃依に催促する。木下はというと特に話すこともないのか、相も変わらず気だるそうに、ただし視界にしっかりと乃依を捉えつつソファーに座っている。 乃依は再び、はい、と答えると昨日の出来事を話し始めた。普段はバスで寮まで帰っているが、忘れ物を取りに行っていたために最終バスに乗り遅れ、歩いて帰らなければならなくなったこと。 その途中で見知らぬ男に声をかけられたこと。 怖くなって逃げ出すと、男が能力を使いながら追いかけてきたこと。 路地裏に逃げ込んでしまい、男の炎に足を取られ、追い詰められてしまったこと。 誰でもいいから助けを呼ぼうとしたときにあの少年が現れたこと――――。 そこまで話したとき、今まで気だるそうにしていただけの男、木下が初めて反応らしきものを見せた。その目に先ほどまでの脱力感は全くない。「ちょっと、その少年について質問をしていいか? 答えられる範囲でいい」 木下はそう言うと、乃依の反応を待った。彼女としては別段断る理由もないので頷きだけで答えると、木下は再び口を開いた。「その少年は君の知り合いか? 容姿なんかは覚えてる?」「いいえ。全く知らない人でした。……容姿は、印象に残っているのは髪の毛がツンツンしている、ぐらいです」「そいつは何か言ってたか?」「特に何も言ってなかったと思いますけど」「もう一つ。どうやって『強能力』の男を倒したか覚えてる?」「えっと、それは……よく見えなかったので解りません」「最後。そいつの身元を特定できそうな事柄は何かない?」「…………なかった、と思い、ます」 質問は計四つ。そのどれもが件の少年に関することだ。 ちなみに二つ目までは真面目に答えている。三つ目は彼女自身全く理解ができなかったことなので半分事実、半分嘘の回答。四つ目に至っては真面目に答える気はなかった。質問の内容を聞いてみて、この二人は明らかに少年の身元を特定したいだけではないということが解ったからだ。身元の特定だけならそこら辺の監視カメラにでも映っている姿を解析すればいい。 それをしないということは、後ろ暗いものがあるか、そもそも知りたいことが少年の身元じゃないかのどちらかだ。「ふむ。ここにも少年の情報はなし、か。一体何者なんだろうな」 木下はわざと疲れたように――乃依にはそう感じた――言うと、ソファーから立ち上がった。聞きたいことはこれで全て、ということらしい。 東雲も木下につられて立ち上がり、それに少し遅れて乃依も立ち上がる。「お昼休みにわざわざ呼び出して悪かったわね」 そう東雲が言った後、三人が別れるまで会話はなかった。東雲と木下は教員に送られ校舎から出て行き、乃依は自らの教室へと戻る。 途中、一度だけ横目で二人の顔を見てみると、既に乃依に対する興味はほとんどなくなってしまっているようだった。それが如何なる理由からかは、彼女には解らない。
2009.05.27
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「イヤッ! こっちに来ないで…………!!」学園都市の第7学区。普段は誰も通らないような、日中に日が差さないためか若干肌寒い路地裏で、1人の少女の悲痛な声が上がった。――――『学園都市』とは、東京の西部にある、都の3分の1の面積を占める独立した教育機関だ。――――この都市の科学技術は周りよりも数十年進んでおり、教育内容も他とは異なる。 悲鳴を上げたのはここ学園都市では有名なお嬢様学校、常盤台中学の制服を身にまとった少女。つまりは正真正銘のお嬢様である少女の、肩まで届かないほどの短い髪は所々不自然に波打っており、制服は辺りが暗いためよく解らないが少し焦げているようだ。何度も転んだのか、手足には少しばかり血が滲んでいる箇所が多々見られる。彼女の前方には、ナイフを右手に持った男が立っている。寝ずにテレビでも見ていたような、腫れ上がって充血した眼が少女の視界に入り、少女は体を震わせた。 何故。何故自分はこんな状況になっているのか。 忘れ物をしなければ。それに気づかなければ。取りに戻ろうとしなければ。 この男は、一体、ドウシテ、私を襲っているの?「ヒヒヒ。いいじゃんかよぉ、遊ぼうぜぇ、お嬢ちゃぁん?」 狂っているのか、手にしているナイフで辺りかまわず男は切りつける。ガギン、とナイフが男の横にあった建物――学生寮だろうか――の壁に当たり、刃が少し欠けた。が、そんな事は関係ない。いくら刃が欠けようとも、それは少女を傷つけるには十分すぎるのだから。 いくら錯乱しているからとはいえ、路地裏に逃げ込むのは失策だろう。少女の背には建築物の壁、唯一の入り口がある方向にはナイフを持った男の姿。 もう、自分で目の前の男から逃げ出すことは不可能になっていた。だから彼女は、誰もいないはずの虚空へと、助けを求める。「だ、誰か、」「おい、そこのお前。何やってんだよ」 それは、如何なる奇跡だったのか。 助けて、と少女の口から発せられる前に、目の前の男よりも更に奥、路地の入り口辺りから声が聞こえた。そこにはツンツン頭の、それ程身長の高くない少年が立っている。「あぁん? 誰だテメエ? こっちはいい所なんだから邪魔してんじゃねぇよぉ!!」 男が吼える。それと同時に男の左手から、轟、と炎が生まれた。炎は瞬く間にサッカーボールほどの大きさになり、男の手の上で輝き続ける。――――これこそが、学園都市の存在理由。――――科学技術で人の体を、脳を変化させ、この男が使うような『超能力』を発現させた生徒が約百八十万人、ここにはいる。――――その異能力者たちは能力の強さに応じて、それぞれ『無能力《レベル0》』、『低能力《レベル1》』、『異能力《レベル2》』『強能力《レベル3》』、『大能力《レベル4》』、『超能力《レベル5》』に分類される。 まずい、そう少女は思った。 この男は間違いなく『強能力』か『大能力』の部類だ。それは今までこの男の攻撃から逃げてきた少女が一番解っているし、所々焦げた制服がそれは事実だと物語っている。「に、逃げて!!」「ヒャハハハハ! 焼け焦げちまえぇ!!」少女が震える声で叫ぶのと、男が笑いながら左手の『サッカーボール』を投げるのはほぼ同時だった。このままではあの人が危ない、どうにかできないのか、と少女は考える。生徒全員が『強能力』以上である常盤台中学にいる時点で、自分も『強能力』以上であることは間違いない。 だけど自分の能力は『念動力』。周りに動かせるものが何もないここでは、火の玉だけをどうにかするなんて芸当はできないし、失敗すれば私を助けようとしてくれた人を巻き込むかもしれない。それに、恐怖で頭が混乱していて能力なんて使えるはずもない。 だから少女は叫んだ。せめてあの人だけでも助かりますように、と願いを込めて。だが、少女はこの時初めて少年が獰猛な笑みを浮かべていることに気がついた。 少年は逃げようとしない。それどころか彼は自らの右手を火の玉へと向け、その右手が火の玉に触れた瞬間、ゾン!、という音と共に火の玉は跡形もなく消えてしまった。「――――え?」 辺りを静寂が支配する。聞こえたのは気づけば漏れていた自分の声だけ。炎を放った男手さえも、今の光景には肝を抜かれたらしい。「ヒャ、ハ。何、だ、テメエのその能力は? 『強能力』の攻撃を跡形もなく消す奴なんて聞いたことねぇぞぉ!?」 少年は答えず、腰を低くしたかと思うと、次の瞬間には地面を蹴っていた。向かう先は男の懐、両の拳は既に固く握られている。「ヒ、来るんじゃねぇ……!」 男は少年の様子に恐怖したのか、滅茶苦茶にナイフを振り回す。が、少年にそのナイフは当たらない。なぜなら、少年の左手にナイフが弾かれてしまったからだ。 少年は止まらず、男の懐に潜り込むと握り締めた右手を下から男の顎に向かって放った。「ガッ……」 天を、月夜を仰ぐように男の顔が跳ね上がる。男はそのまま動くことなく、重力に任せる形で地面と接吻でもするかのように倒れてしまった。そうして、路地裏の攻防は終わり、男は一撃の下に意識を刈り取られていた。少年は少しだるそうに立ち上がると、少女の姿を確認して駆け寄った。「大丈夫か? 怪我とかはないか、ってあー……服が少し焦げてんじゃねえか」 少し呆け気味だった少女は我に返って少年の顔を見る。少年はバツが悪そうに少女の容態を確認していて、少女の体が擦りむいている所や少女の制服が焦げている所を見つける度に「あの野郎」などと呟いている。そんな少年の様子を見て少女は、「あの、私……助かったんですか…………?」ポツリと、呟くように少年に尋ねた。すると、少年は少し困ったように笑った後、今度は確かに笑って、「ああ。もう大丈夫だ」と言った。 その顔に、先ほどの獰猛な笑みや、曇りは一切ない。少女は、まるでどこまでも青く透き通る空のようだ、と呆ける頭で考えていた。
2009.05.27
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この物語はとある魔術の禁書目録のSSであり、一時期、Arcadia様のSS投稿掲示板に投稿させていただいていた作品です。内容としては、オリキャラ、オリジナル能力、独自解釈、などありますので、そういったSSが嫌い、もしくは受け入れられないという方は読まれないほうがいいかと。自分のブログに移したのは、定期的に更新する自信がなかったから、というヘタレな理由だったり。あと、気が向いた時にしか更新しない(書き進めない)ので、ものすごくまったりペースでの更新になると思います。短編小説になる予定です。
2009.05.27
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一種の決意と共に酒場の扉に手をかける。ひざは微かに笑っていて、額からは脂汗がにじみ出ている。なんとも情けない姿ではあるが、それでも現実から目を背けるわけにはいかないのだ。「…よし、行こう」一言。一言だけ決意を言葉にすると、カズは酒場の扉を押し開けた。「あれ、誰か来たよ? だんちょー」「ほんとだ。誰だ?」「って、ええぇぇぇぇ!?」扉の向こうには、カズが予想したのと遥かに違う光景が広がっていた。なんて言うか、パーティーみたいなことしてる。テーブルの上には豪勢な料理が置かれていて、それを囲む人達は楽しそうに酒を飲んでいる。「あら、カズじゃない。どうしたの?」「どうかしたの、じゃありませんよノノさん!これはいったいどういうことですか!?」半ばパニック状態に陥っているカズが叫ぶ。カズの頭の中では全員が深刻な顔で会議をしていたのだが、現実はこうだ。カズが抗議の声を上げたくなるのも当然のことかもしれない。だが、そんなカズの言葉にノノはさらりと返事をした。「どういうことも何も見たとおりよ?」つまり、この状況を受け入れろと。そういうことですかノノさん。あなたの顔がかなり赤いのは気にしてはいけないんですかノノさん。カズはため息を吐きながらテーブルの方へと近づいていく。すると、難しい顔をしているシュウと目が合った。どうやら考えていることは同じらしい。「…シュウ、外に行こう」「そうだな、それがいい」待っていた、というようにシュウはイスから立ち上がりカズの近くへと歩いていく。ため息を吐きながら。「なんだよ、シュウ。知り合いなら紹介しろよ~」「そうだよぉ。ノリが悪いよーシュウくーん!」これまた顔の赤い防具を着けた2人のハンターが声を上げる。シュウの知り合いなのであろうその2人は、酒の入ったジョッキを片手にこっちを見ている。ただ、カズは2人の装備を見て驚いていた。男のハンターが着けている防具はレウスシリーズ、それに対して女のハンターがつけている防具は恐らくレイアシリーズと呼ばれるものだ。レウス、レイアシリーズといえばリオレウス、リオレイアの素材を使った防具だ。簡単に手に入るような防具じゃない。見た感じ自分と2、3しか歳の変わらない、未だ少年・少女と呼ばれるようなハンターがここまで凄い装備をしていることにカズは驚きを隠せなかった。「ほら、行くぞ」「え? あ、あの人達はいいの?」「いいよ、あいつらは。飲むと質が悪くなるから」カズはシュウに引っ張られて酒場を出て行く。テーブルからは2人が呂律の回ってない声で何か喋っていたがすぐに聞こえなくなった。外はひんやりとした風が吹いていた。日が落ちたせいか、先ほどまで酒場の前にいた人たちもいつの間にかいなくなっていた。「……リア姉?」他の人たち、同じ給仕係であるタリスさんたちさえもそこにはいないのに、ただ1人夜空を見上げて佇むステリアだけは酒場の前に残っていた。ステリアはカズの姿に気がつくと駆け寄ってくる。そうして、ステリアがカズくん、と名前を呼ぼうとしたとき「すみません、こいつ、ちょっと借りていきます」「「――――え?」」シュウが思いもよらぬことを言った。カズとステリアは同時に声を上げる。「話したいことがあるんだ。ほら、行くぞ」「あ、う、うん。リア姉、ちょっと行ってくるから」シュウの急な提案に戸惑いつつも、カズは慌てて歩いていこうとするシュウの後についていく。あ、と短く声を上げてステリアは何か言おうとしたが、声が続かず結局はそのまま2人を見送ってしまった。そうしてしばらく歩くと、カズとシュウは村はずれの広場に着いた。一応といった感じに置いてあるベンチにシュウは腰掛け、カズもその隣に腰掛ける。「シュウ。話したいことって何なの?」カズはそうシュウに聞くが、返事はない。気がつくと、シュウは両膝に肘を置いて顔の前で手を組んでいた。考え事でもしているのだろうか。カズは先ほどのステリアのように夜空を見上げ、シュウの言葉を待つことにした。少しの間沈黙が流れる。話したいことがある、といったシュウは言うのを迷っているというか、言葉を選んでいるように見えた。だが、そんな時間はわりかしあっさりと終わった。「――――なあ、カズ。俺たちのチームに入らないか?」暗い世界に、回りくどい言い方は止めたのか、酷く単純な言葉が響いた。だけど、そんな単純な言葉でもカズはしばらく理解ができなかった。何故、自分が?ようやく理解できた頭でまず考えたのは、単純な疑問。それから次々と、言いたいこと、聞きたいことが浮かんできたが、全て言葉にはならず呻き声として空中に溶けていった。「俺が御者としても働いてるのは、効率よくチームの仲間を集めるためなんだ」シュウは未だ両手を顔の前で組んだまま、視線を前に固定したまま続ける。「俺らのチームは街で狩りをしてて、若い、それこそお前みたいなハンターを集めててさ。俺は、お前なら多分俺よりも強くなれるだろうと思った。だからお前を誘おうと思ってたんだが」「だが?」妙に歯切れの悪い言い方でシュウが言葉を止めてしまったため、カズはやっと動くようになった口で聞いた。シュウは、ふう、と軽く息を吐くと、自嘲気味に笑う。「……なんて言うか、あの酒場の前にいた女の人見たら、自分がすげえ悪いことしてるような気になってな。正直、迷ってるんだよ」お前を誘っていいのかってな、と今度こそカズの方を見てシュウは言った。きっとリア姉のことを言ってるんだろうな、と動き始めた頭でカズは考える。確かに彼女は、シュウに連れて行かれる自分を見て、大事なものを失くしてしまったかのような顔をしていた。それに、どうやら失くし物は家宝だとか親の形見だとかいうレベルでの大事さらしい。あの顔はそんな感じだったと思う、多分。「リア姉はさ、心配性なんだ。本当、極端すぎるくらいに何かを失くすことを怖がるんだ。それが大事な物じゃなかったとしても」カズは何故かシュウの方を向くことが出来なかった。他人に誰かのことを語ることが恥ずかしかったからなのか、はたまた別のもっと深い理由があるのかは解らない。だから、カズは先程のシュウと同じように虚空へと言葉を放り続ける。「気づいてるかもしれないけど、俺とリア姉の親は、この村にいない。2人とも両親がハンターで、いつの日か突然帰ってこなくなったんだ」よくある話だ、とシュウは思う。ハンターは死と隣り合わせの職業で、つい数秒前まで笑っていた奴が気づけば黒焦げになっていた、なんて話を聞いたことがあるくらいだ。恐らくカズやステリアの両親も狩りに出て『何らかの事情で』帰ってくることが出来なかったのだろう。「それからはお互い励ましあってきたんだ。最初の方はいつか帰ってくる、少し経ってからは2人居るなら大丈夫さ、って。……結局、あの人達は帰ってこなかったけど、俺とリア姉は本当に支えあって生きてきたんだと思う」ため息のように、長く弱い風が彼らの間を吹き抜ける。シュウは何も言わずにカズの長い長い独白を聞いていた。彼の頭の中には、彼らの姿が鮮明にイメージされ、様々な場面が浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。それから、カズはステリアとの思い出を語り続けた。時には笑いながら、またある時には泣きそうになりながら、苦笑しながら、微笑みながら、怒りながら。それは恐らく、あまり語られることの無い物語で、世界中を探せばいくらでもあるような、だけど彼らにはかけがえのない物なのだろう。どれくらい時間が経ったのか、いよいよ風が肌を刺す程寒くなってきた頃、カズは全ての物語を話し終えた。しかし、彼の言葉は途切れない。自らの決意を口にするために。名残惜しそうに夜空を見上げた後、でも、とカズは呟く。「もう、俺は支えなくても、支えてもらえなくてもいいと思うんだ。俺やリア姉も、1人で歩くことぐらいは出来るだろうから。勝手かもしれないけど、俺はそう思う。だから――――」シュウの方へと向き直る。言えば彼女との関係は崩れてしまうと解っているのに、口の動きは止まらない。それこそ水でも流れ出るかのように、彼の決意は放たれた。「俺はシュウのチームに入るよ。ハンターとして、街に行って強くなりたいんだ」しばしの沈黙の後、カズを黙って見ていたシュウは、突然嬉しそうに笑い出した。何事か、と首を傾げるカズにシュウは言う。「いや、いい話を聞かせてもらったよ。勝手かもしれない? 別にいいじゃねえか。お前が決めたんなら誰も文句は言わないさ」言いながら、シュウはカズに向かって右手を出した。それが握手を求めているのだと気づくと、カズは慌てて彼の右手を握り返す。「いつもなら団長の奴が言うんだが、今は居ないから俺が言わせてもらうよ。これからよろしくな、カズ。そして――」右手が強く握られる。シュウはカズを見て不敵に笑うと、一度だけ強く息を吸って、「このイカれたチームにようこそ!」と夜空に向かって叫んだ。「そういえば、チームの名前って何なの?」シュウとカズが酒場に向かって歩いている時、カズはふと思いついたようにシュウに聞いた。寒くなってきたことだし、そろそろ酒場に戻るか、というのはシュウの言葉だ。あの酒臭い集団の中に入るのは嫌だけどな、と呟いてもいたのは気のせいではないだろう。カズの隣を何をするでもなくただ歩いていたシュウは、少し困ったように顔をしかめた後、「真夜中突撃団」と、彼のチーム名だけを告げた。「まよなか、とつげきだん?」「そう、突撃団。別に俗称とかじゃないぞ? 正真正銘、俺らのチームは真夜中突撃団って名前だ」「へ、へえ、変わった名前なんだね」そこまで彼らの会話が進んだ時、シュウは苦笑した。やはり、変わった名前、という言葉には思うところがあるようだ。だが、変わっているからこそいい、ともシュウは思っている。「団長の奴の思いつきでな。多分、俺らが夜中に狩りに出ることが多かったからなんだろうが……まあ、詳しいことは団長にでも聞いてくれ」やれやれ、とでも口から出てきそうな、両手の手のひらを上に向けた状態でシュウは言う。なんでもチーム結成時から名前は変わっておらず、理由は名前を決めた本人しか知らないとのことだ。「さて、と。覚悟はいいか、カズ?」そうこうしている内に、いつの間にか酒場の前に着いていた。シュウは一度酒場の前で立ち止まると、微笑むように言った。ステリアはもう帰ってしまったのか、辺りに人影はなくそこにいるのはシュウとカズの2人だけ。そんな世界で、カズは答えた。「うん、覚悟なんて、とっくに決まってるよ」「そうか、ならいい」今度こそ、微笑ではなく満面の笑みでシュウは言った。行こう、とカズが言うと、ああ、とシュウは返し、2人は酒場の中へと入っていく。――さて、とりあえずはこいつをどうやって紹介するかだよな。――どんなチームなんだろう。楽しいチームだといいな。2人とも、笑顔は崩さずにそんなことを考えていた。どちらにしろ杞憂になるのだが、それはまた別の話である。
2009.05.27
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「うわぁ、人多いなあ」数分前にシュウが零した言葉をカズも思わず言っていた。この状況を見れば誰だってそう言うだろう。何せ酒場の前の広場はもう人が動くスペースはほとんどない。「……とりあえずリア姉を探さないと」遠目に見た感じでは酒場の人達――つまり給仕係の人達――も外に出されているようだった。カズは人ごみを避け、酒場の人達が集まっている場所を探す。給仕係の人達が来ている“メイド服”というものはわかりやすいので意外とすぐに見つかるはずだ。「――いた」人ごみの一番外側の一角、酒場からは少し離れたところにカズが探している人物がいた。腰まで届くように長く、ふわりとしたベージュ色の髪。他の給仕係の人達と心配そうに話しているその姿はまさしく――。「リア姉!!」その人の名を呼びカズは駆けていく。また心配してただろうから早く安心させてあげないと。「カズくん!? よかった、無事だったんだね!!」「げふぅっ!?」いきなり抱きつきという名のタックルを喰らった。彼女の身長が低いせいで心臓付近にもろに衝撃が来た気がする。こっちは鎧を着けているというのに痛くないのだろうか、この人は。「いたた……た、ただいま、リア姉」「うん。おかえり、カズくんっ」どうやらさっきのタックルには気づいていないようだ。彼女の整えられた前髪が風に揺れ、少し垂れ気味の大きな目、小さな鼻と口が笑顔を作り出す。ふわりと周りを包み込むようなその笑顔は、相手まで笑顔にしてしまう。「そろそろ終わりにしなさい、ステリア、カズ。周りが見てるわよ?」その言葉に、ふと周りを見た。確かに見られてる。みんな、またか、みたいな呆れ顔でこっちを見ている。「そ、そうですね。カ…タリスさん」ステリア、もといリア姉から離れつつ言った。向き直った先には少々笑顔の引きつった“美人”が1人。リア姉と同じ服を着ているということは給仕係の人ということだ。「よくできました、カズくん。それと…………次その名前で呼んだらコロスわよ?」「は、はいぃ!!」笑顔が怖い。きっと、彼女なら本当にそうするのだろう。(……けど、あれだけ綺麗なのに男なんだよなあ)タリスさんのことを彼女、と呼ぶには大きな間違いがある。正直に言うと、タリスさんは男なのだ。本名はカタリスウッド、この村の生まれではなく近くの街から来た人である。趣味は女装、知らない人が見れば女以外の何者でもない。声は元々高い方なのでそれらしく振舞っていればまったくわからないほどだとか。「まったく、あんたたちはいつもいつも」そんな“彼女”は本名で呼ばれるのをひどく嫌う。女らしくないのが嫌で、タリスと呼ばせているのだ。男なんだから女らしくない名前ってのは当たり前なんだけど。「はうぅ、すみません」気がつくと、リア姉がタリスさんに小突かれながら謝っていた。これがこの酒場のいつもの光景だ。ドジをした彼女をタリスさんが軽くたしなめる。で、彼女はいつも半泣きになりながら謝る。酒場の中では毎日のようにそんな光景が繰り広げられている。それ見たさに来る人もいるほどなのである。「…そういえば、今どういう状況なんですか?」周りにいる村の人たちに聞こえないようにタリスさんに聞く。「あまり芳しくないみたいよ。街からハンターさん方が来てるみたいだしね」「あ、それはさっきリーアおばさんに聞きました。それ以外には何かないんですか?」「さあねえ……私ら給仕係には何も聞かされてないよ?」ねえ、とタリスは周りの給仕係の人たちに同意を求める。うんうん、とステリアを含む給仕係は皆同意。「まあ、気になるなら酒場に行ってみなさい。今ならノノさんもいるから」「ノノさんもいるんですか? わかりました、行ってみます」ノノさん、とは給仕係長の人である。酒場の中では結構えらい方なので酒場に残ることを許されたのだろう。「ん?」それじゃあ、と酒場に向かおうとしたとき、不意に後ろから手をつかまれた。振り向くとそこには泣きそうな顔のステリアがいた。「ねえ、カズくん。大丈夫…だよね? 村が飛竜に襲われたりしないよね?」それはこの場にいる全員が考えていることだった。誰だって、当事者であるカズさえも不安なのである。「大丈夫だって。たとえ襲われたとしても、街から来たっていうハンターたちがいるから狩ってくれるよ。それじゃ、もう行くね、リア姉」カズはステリアの頭を軽くなでると、今度こそ酒場へと向かった。「ほら、泣くのは我慢しなさい」「タリスさん……」ステリアは零れそうになる涙を何とかこらえる。そうして、カズの走り去ったほうを見た。「や゛、やっぱり゛、た゛め゛…………」「あっ! 泣くなって言ったでしょー!!」「まさかお前がいるとはなぁ」シュウとは違う、赤と黒の鱗で覆われた鎧の男が何ともいえない顔で言った。「それはこっちの台詞だよ、カズキ。俺は一応仕事で来てるんだぞ」お互い軽くため息をつく。シュウが酒場に入ってきてから約5分。それまで酒場の中で行われていた会話は中断、シュウと2人のハンターとの会話が繰り広げられていた。今現在、酒場にいるのは6人。3人のハンターを筆頭に、ギルドマスター、村長、給仕係長のノノがいることになる。ちなみに、全員1つのテーブルに座っているがハンター以外の3人は勿論蚊帳の外なのである。「まったく。どうせならもっと大人数で来いっての」「いやぁ、俺もそうしたかったんだけどな…………」カズキ、と呼ばれた男は頬をかく。それを見てシュウはさらに呆れ顔になってうなだれた。「てことは、ビスケさんしかいなかったのか。はぁ」「う、うん。お恥ずかしい限りです」緑の鱗で覆われた鎧を着た女性が申し訳なさそうに言った。名前はビスケというらしい。「さて、そろそろ話を戻しても構わんかの?」3人の話を中断するようにギルドマスターが言った。ギルドマスターとは村や街でハンターやハンターに対する依頼の管理をしている者のことを指す。その多くが竜人族であり、この村も例外ではない。竜人族とは人間とはまた違った種族で、背は小さく人の半分以下、ただし戦闘能力は人間よりも遥かに上だという。事実、今対面しているギルドマスターには言いようのない威圧感がある。ついでに言ってしまえば村長は竜人族ではないただの老人である。「そうですね。話を進めないわけにもいきませんし」3人を代表してカズキが声を発した。そうして、酒場の中は一変して緊張した雰囲気に包まれる。「どこまで話しましたっけ。えっと、そうだ。この村の近くに上位クラスの飛竜がいる、ってところまでだったか……」カズキは話を続ける。誰も口を挟まないあたり、間違いはないのだろう。「その飛竜は元々、近くの街、ルーティス付近で目撃されてたんですよ。だからルーティスから俺らが来たんです」「1つ聞いてもいいかしら?」「どうぞ」「街の近くにいた飛竜がどうしてこの村まで? ルーティスといえば一番近くの街ですけど、距離はそれなりにあるはずでしょう?」給仕係長のノノがカズキに質問をする。質問の答えは恐らく3人のハンターとギルドマスターはわかっているだろう。「それは、多分今が飛竜の繁殖期だからですよ。街付近で繁殖するよりもこういったところで繁殖する方が遥かに成功しやすい」飛竜という生き物は頭がいい。ハンターと対峙して適わないとわかれば戦わずに逃げ出すし、上位クラスの飛竜ともなればハンターが仕掛けた罠を避けることもあるらしい。「ちなみに、一体どんなやつが来とるのかのぉ」「あー、それは」「カズキ。そこから先は俺が答えるよ」唐突な村長の問いに、答えに窮するカズキに代わってシュウが声を発する。その言葉にカズキは少なからず驚いたが、何も言わずに手だけでシュウに促した。何か知っているなら話せ、と。「今現在、この村の近くにいる飛竜は火竜リオレウスの亜種……リオソウルです」周りからの反応はない。誰もがシュウの言葉がそこで終わるとは思っていないのだ。「場所は、草原の近くにある飛竜の巣付近。先ほどこいつが言っていたように、目的は繁殖のためでしょう。しばらくの間はこの村に危険はないでしょうが……」「王が妃を娶れば、村に危険が及ぶ、か。ふむ、まずいことになったの」シュウの考えを代弁するかのようにギルドマスターが呟く。その表情は真剣である。「えっ、と、どういうことでしょうか?」1人事情を飲み込めていないノノが困り顔で言った。「動物が繁殖するには何が必要かを考えてみるとよい。すぐにわかるはずじゃ」「繁殖するには…?」ノノは難しい顔をして考え込む。少しの間沈黙が流れたが、突然ノノが飛び跳ねるように声を上げた。「あっ! そうですわ!! 繁殖のためには必ず番にならなければならない。つまり、飛竜がもう一匹増える、そういうことでしょう?」「うむ。そうならないためにも、今のうちに狩っておかなければならないのじゃが」ギルドマスターは深く頷きながらカズキの方を見た。何ともいえない鋭い目つきだ。「安心してください。俺らが狩ってみせますよ。なあ、シュウ、ビスケ」カズキは自信満々にそう答えると、2人の仲間――シュウとビスケの方を見た。「当たり前だ」「うん! がんばろー!!」2人は笑って返事をする。この3人の間には、いや、彼らのチームには確かな信頼があるのだろう。「それでは、任せるとしようかの」話はこれで決まった。ギルドマスターは安心した、という風にイスから立ち上がると、カズキの方に右手を差し出した。カズキも立ち上がり、ギルドマスターと握手を交わす。「ええ、任せてください。俺ら“真夜中突撃団”に――――!!」その少しだけ後。そんな、そんな言葉が人のいない酒場の中に響いていた。
2009.05.27
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村に馬車が着いた頃、日が傾き始めていた。山吹色の夕日を背に受けながら酒場に向かって走る。「一刻も早く知らせよう」そうシュウは言った。当然だ。村の近くにあんな化け物がいるんだから、それを誰にも知らせないなんてことは出来ない。「…はぁ、はっ……はや、い」これでも全速力で走っているつもりである。が、まだ100mも走っていないというのに既にシュウとの差は10m近く開いている。一体どういう体の造りをしているのか。「ねえ、シュウっ! 酒場の場所わかるの!?」「ああ、大丈夫だ。この村のことはよく知ってるよ!」正直あまり信じられない言葉が返ってきた。村のことをよく知っている、とはどういうことなのだろうか。「痛っ」そんなことを考えていると突然何かにぶつかった。ぶつかったものから離れて顔を上げると、そこにはシュウが立っていた。シュウは辺りをきょろきょろ見回している。どうしたの、と聞こうとしてカズも辺りの異変に気がついた。「みんな、酒場の方に向かってる……?」近くの家のおじさん、道具屋のお姉さん、武器屋で働いてる俺よりも年下の女の子。誰もが酒場の方に小走りないし早歩きで向かっている。その表情には明らかに不安が貼り付けられている。気がつくと、村からは人影が消えようとしていた。その時、カズの目に見知った人影が飛び込んできた。「リーアおばさん!!」カズの呼び声に反応して、酒場に向かおうとしていた小太りの女の人が振り向いた。「おや、カズじゃあないか。どうしたんだい? それにそっちの人は?」「あ、この人はシュウって言ってちょっとした知り合いなんだ」陽気な声で話しかけてきたリーアにシュウは軽く頭を下げる。「それよりも、みんな酒場の方に行ってるけど何かあったの?」だが今はそんなことを話している場合ではない。カズが単刀直入に聞くと、リーアは少し真面目な顔になって言った。「それがねえ、なんでも飛竜がこの村の近くに逃げ込んだらしいのさ。それでルーティスの街から2人のハンターが来てるって話だよ」「2人のハンター?」今度はリーアの言葉にシュウが反応した。「なんでも、ちょうどあんたぐらいの年のハンターだとさ。凄腕だって話だけど?」「……まさか」リーアが話し終わると、少し考えてシュウは一言だけ呟いた。街から来たハンターに心当たりでもあるのだろうか。「カズ、俺は先に行く。お前もなるべく早く来いよ」突然、シュウはそれだけ言って走り出した。そのスピードは先ほどよりも速く、すぐにシュウの体は道を曲がり見えなくなった。「どうしたんだろう?」「さあねえ。心当たりでもあったんじゃないのかい?」やれやれ、とリーアは酒場の方に歩き始める。「さ、あんたも早く行きな。ステリアが待ってるよ」ついでにカズの背中を叩いてさらに言った。まるで母親のような顔のリーアを見上げて、カズは陽気に笑った。「そういえばそうだね。リア姉を早く安心させてやらないと」「うわ、人多っ」村のほとんどの人間が集まっているのだろう。ハンターだけでなく商人や村人などのたくさんの人で酒場の前はざわついていた。「すみません、通してください」人ごみを分け入って進む。人ごみに揉まれるのは慣れていないが我慢するとしよう。しかし、酒場の給仕係まで外に出ているのはどういうことだろうか。未だざわつく人ごみの中そんなことを考えていると、ふと知り合いを見つけた。「ロウさん!!」「おや、シュウくんではありませんか」相変わらずの丁寧な口調でロウが返事をする。“くん”付けはちょっとばかり止めてほしいのだが今は置いておくとしよう。「この人ごみはどういうことですか?」周りの人達に聞こえないように小声で単刀直入に聞く。ロウも世間話などをする気はないらしく、真剣な顔でそれに応える。「…例の飛竜の話ですよ。どうやらこの付近にいるというのは本当だったようです」どこにいるのはわかりませんが、とロウはため息を漏らす。「ああ、それなら森の方にある飛竜の巣にいますよ」「それは、一体どういう……!」さすがにシュウの言葉にはロウも驚いたらしく、驚愕の声を上げた。だがシュウは急いでいるのかお構いなしに話を進める。「遭遇したんですよ、あそこの草原で。正体はリオソウル、標準的なサイズよりも多分2回りほど大きい。それに……ハンターとの戦いに慣れてる感じでした」軽く手を握り締めながらシュウは言う。リオソウルがこの村を襲わなかったことは幸運だが、この先村が襲われない保障はどこにもない。それなら、出来ることをしなければ。「それじゃあ、俺はこれで」「ええ。一刻も早くその情報を彼らに伝えてあげてください」軽く挨拶を交わしてシュウは再び酒場の入り口へと向かって進み始めた。しばらく進むと人ごみがなくなり、酒場の入り口へと着いた。入ろうとするが、シュウは入り口のところに張り紙がしてあることに気がついた。“しばらくの間立ち入り禁止”張り紙には不恰好な字でそう書いてある。「そんなこと関係あるか」シュウが入り口の前で立ち止まったのは一瞬で、すぐに堂々と扉を押し広げて中へ入っていった。勢いよく開かれたドアの向こうには人が4人。その中の2人には案の定見覚えがあった。見覚えがありすぎて少々困るのだが。「なっ、シュウ!?」「えっ、シュウくん!?」赤い鎧の男と緑の鎧の女がシュウの顔を見て驚いた。そりゃあそうだ。俺だってまさかこんなところで会うとは思っていなかったんだから。シュウは2人の下へと進みながらため息を吐いていた。何でこんなことになるんだか、と愚痴をこぼしながら。
2009.05.27
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「俺が来なかったら一人で村に帰れ」そう言った後言葉を切って、一瞬だけ待って横道を飛び出してリオソウルの方へと向かう。一瞬だけ待ったのはカズの様子を見るため。カズの瞳には光が灯っていた。突然やってきた“恐怖”に未だ混乱気味だったが大丈夫だろう。何せベースキャンプまで走るだけなんだから。そう、本当に大変なのは間違いなく俺のほう。「――手持ちは5個か」腰に下げていた皮袋から、小さい、閃光玉よりも2回り以上小さい玉を取り出しながら呟いた。こんなことならもっと持ってきておくべきだったか。などと自分に愚痴をこぼしつつリオソウルと対峙する。先ほどの閃光玉がよほど効いたのかリオソウルはそこかしこに噛み付き尻尾を振り回している。獲物の匂いがするのだろう。半ば混乱している中であれだけ効く鼻なのだからやはり潰しておいた方が良い。「さてと、問題はあれにどうやったら当たるかだよな」むう、と唸ってリオソウルを睨む。だが思案している暇はない。閃光玉の効果は長くて4、5分。つまりそれまでに目的を終わらせて逃げなければならないのだ。「……とりあえず投げるか」シュウは取り出していた玉をおもむろにリオソウル目掛けて投げた。狙うは頭、当たってくれれば恐らく安全に逃げ切れるはず。しかし思惑通りにはいかず、玉はリオソウルの翼の付け根辺りに当たると、少量の液体とともに強烈な臭いを辺りに撒き散らした。ペイントボール。シュウが今投げたのは飛竜と戦う上で必須とも言われるほどのものだ。破裂すると強烈な臭いを発し、鍛えたハンターなら細かな位置までわかるという。「ちくしょう、顔に当たらなきゃ意味が、っておわっ!?」「ギイオォォォン!!」耳を塞ぎながら咄嗟の判断で横に飛ぶ。直後、シュウがもといた辺りをリオソウルの吐いた火炎が通り過ぎていった。リオソウルが天に向かって吼えた後火炎を吐いたのだ。ペイントボールの飛んできた方向に向かって吐いたのだろう。「意外と骨が折れそうだな……」草原の草が燃え、火炎の通った道ができているのを見てシュウはぼやいた。言いながらもう2つペイントボールを取り出す。(当たったらこっちを向いて火炎を吐いてくるのか。それなら)シュウは思いついたように先ほどと同じようにペイントボールを投げる。それがリオソウルの首筋に当たる直前、もう1つのペイントボールを投げた。1つ目のペイントボールが弾け、リオソウルは先ほどと同じようにペイントボールの飛んできた方向へと振り返る。そこに、2つ目のペイントボールが当たった。「よしっ!」ペイントボールはリオソウルの顔面で弾けると、先ほどと同じように強烈な臭いを発した。――――これで奴の鼻はつぶれた。「ついでにこいつも喰らえ!」シュウは閃光玉でもペイントボールでもない球状のものをリオソウルの上空に向かって放り投げる。と同時にシュウはベースキャンプに向かって走り出す。後は俺が逃げればいい。そう考えて走り出した直後、シュウの後方では甲高い音が辺りに響いていた。「はぁ…はぁ……着いた…………」エリア3から2、1と2つのエリアを抜けてようやくカズはベースキャンプへとたどり着いた。焚き火の跡、仮眠用のベッド、釣りをするための桟橋。そのどれもがこの依頼に出るときに見た風景と変わっていない。「よかった。馬車はまだある」馬車は仮眠用のベッドがあるテントの向こう側に停められていた。近づいてみると、カズは馬車につながれている2頭の馬の様子がおかしいことに気がついた。目に見えて落ち着きがない。この馬たちはリオソウルの存在を感じ取っているのだろうか。(……情けないなぁ)自然と膝が笑い出す。まず最初に目が合っただけで死を連想させられた。近づいてくるうちに死が確実なものになっていくようで、逃げ出してしまった。「とにかく、待たないと」叫びだしたい、逃げ出したい衝動を抑えてカズはその場に座り込んだ。力を入れて震えを止めるとエリア1へと続く道を睨む。こうなったら5分といわず何時間でも待ってやる。そう決意してから少し経ったとき、道の向こうに人影が見えた。近づいてくる赤い人影は間違いなくシュウだ。「シュウ! 無事だったんだ!!」「ああ、なんとかな。それよりさっさと逃げるぞ」カズはシュウがベースキャンプに入ってくると喜びの声を上げた。だが再会を喜ぶ間もなくシュウは馬車の運転席へと飛び乗った。カズもシュウに促され馬車に乗り込む。「しっかりつかまってろよ!! 全速力で行くからな!!」馬車に乗り込んですぐにシュウの声が聞こえたかと思うと、馬車が走り出した。「あいたっ」まだ座っていなかったカズは軽く頭を打ってしまい悲鳴を上げた。が、そんなことはお構いなしに馬車は進んでいく。備え付けの窓から外を眺めると、すごいスピードで景色が流れている。この分だと30分程度で村に着くだろう。そうして、カズはようやく安堵の息を漏らした。鼻は効かず、耳も聞こえない。ようやく目が見えるようになっただけの蒼き王者は辺りを見回す。――逃げたか。本能でそう悟るとリオソウルは歩き始めた。先ほどの音でまだ感覚が狂っている。飛べないことはないがもう少ししてからでも悪くないだろう。「グルルルル…………」辺りを見回しながら草原を歩いてみたが、生き物らしい生き物はいなかった。やはり、ここには我以外の何者も存在していない。「ギイオオオォォン!!」リオソウルはそれに満足したのか、一度だけ天に向かって吼えると翼を広げた。翼に当たった光が乱反射し、瞬時に蒼い世界を創り出す。そのまま少しの間日光浴をする。その姿はまさしく王者そのものであり、彼に敵う者は事実此処にいない。次第に音で狂わされていた感覚が戻り、リオソウルは翼を広げたまま脚の力だけで飛び上がる。体が宙に浮いてから翼を羽ばたかせ天高く舞い上がる。ある程度の高さまで上昇すると飛竜の巣へと体の向きを変え飛んでいく。逃げたハンターを追ってもよかったがもうあまり興味はなくなっていた。王者は逃げるものを追うことはない。まだやるべきことはあるのだから。リオソウルは優雅に翼を羽ばたかせながら空の中へと消えていった。
2009.05.27
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カズとシュウの2人は村へと戻るために馬車のあるベースキャンプへと向かっていた。現在の位置はエリア10と3の間、小さな洞窟が続く細い道を彼らは歩いている。何もいない洞窟の中は涼しくて気分がいい。それだけでなく、時折壁一面に散らばる結晶に日の光が反射して綺麗に輝く様もまた、いっそう気分をよくしてくれる。だがカズはその中を1人泣き顔で歩いていた。それも仕方ないと言えば仕方ない。愛用の武器であったプリズンハンマーが先の戦闘で見るも無残な形に歪んでしまったのだ。本来四角い檻のような形であるはずのプリズンハンマーは、向かい合った2つの側面が凹んで何ともいえない奇妙な形をしている。「うぅ……直るかなぁ…………」カズはプリズンハンマーを両手に抱えてそう言った。直らなかったらどうしよう、と思っては、この程度なら直るはず、と自分で自分を励ます。「カズ。そろそろ草原に出るから気を引き締めろよ」前を歩いていたシュウが言った。気がつくといつの間にか洞窟内の道は広くなり、先には陽の光に照らされた世界が広がっている。ここから先は何が出てくるかわからないので落ち込んでいる場合ではない。カズは無言で頷くとプリズンハンマーを背負いなおした。「……何もいないみたいだな」シュウが洞窟の出口から辺りを見回しながら言った。草原の続くエリア3は先ほどシュウが通ったときから特に変わった様子はない。行くぞ、とシュウはカズに声をかけて歩き出した。(ちょっと違う気がするんだよな~……)首を傾げながらカズは前を歩くシュウの方を見る。特にどうということもないのだが、一度気になってしまうとますます気になってしまう。シュウと一緒に歩き始めた頃、つまりドスファンゴの剥ぎ取りを終えた後から気になっていること。それはシュウの防具だった。(イーオスシリーズだと思うんだけど)シュウの防具は間違いなくイーオスシリーズである。イーオスシリーズとは小型の肉食竜、ランポスの亜種と言われているイーオスの素材を使った防具のことだ。カズの着けている防具よりは上の防具ではあるが、それでもイーオスシリーズはいい防具とは決して言えたものではない。毒に対する耐性はあるものの、飛竜の素材を使った防具と比べると遥かに脆いからだ。そんな防具をシュウが着けているのはおかしい気がする。何せ彼の武器はコロナなのだから。コロナと言えば火竜リオレウスの素材を大量に使った片手剣だったはずだ。それほど腕の立つハンターがイーオスシリーズを着けているというのはありえない。それに、シュウの着けている防具は以前見たイーオスシリーズとは少し形が違うような気がする。「ん? どうかしたか?」むう、とカズがシュウを睨みつけていたのに気づきシュウが言った。「え。あ、いや…シュウの防具って何なのかなーって思ってさ」「これか? これはイーオスSシリーズだよ」「いーおすえすしりーず?」何やら聞きなれない単語が出てきた。イーオスの素材を使っているのは間違いなさそうである。だがどうやらカズが知っているイーオスシリーズとは少し違うようだ。「これはイーオスの上質な素材だけを使ってるんだ。それで区別のために“S”をつけるんだと」「へえ~、そうなんだ。で、その防具って凄いの?」問題はそこだ。凄いの、とはよくわからない聞き方だが実際凄くなくては意味がない。イーオスの上質な素材だけを使いました、でも性能は変わりません、では何の意味もないのだから。「凄いぞ。何せクックの防具よりも遥かに硬いし軽い」「えっ? そこまで!?」カズはここが狩場だということも忘れて驚いた。周りに響くほどの大声を出してしまったがそれも当然のことなのかもしれない。クックの防具というのは小型の飛竜である怪鳥イャンクックの素材を使った防具である。小型とはいえ飛竜は飛竜だ。イャンクックの甲殻や鱗はイーオスの皮や鱗よりも遥かに硬く強い。だというのに、上質な素材を使っただけでそこまでいけるということが信じられなかった。「まあ、一応他の素材も使ってるけどな」驚きを隠せないカズを横目にシュウは苦笑いをしながら言った。が、カズの耳にその言葉は届いていない。(俺の装備なんかじゃ比べ物にならないなぁ……)改めて自分とシュウとの装備の差に落胆しているカズであった。暗く陽の届かない森の中。1匹の巨大な何かが歩いている。「グルルル……」全身を硬い鱗で覆われたそれは、この世界では“空の王者”と呼ばれる飛竜である。王者は得意げに森の中を歩き、水を飲む。ここに我の敵はおらず、生き物は皆我の餌となるのみ。事実、彼の王者に適う者はこの森にはいない。いるとすれば“ヒト”と呼ばれる、いや“ハンター”と呼ばれる者ぐらいか。だがそれもつまらないものだった。これまでに幾人かのハンターに出会ったが、どれもが弱く小さい存在でしかなかった。我と闘える者はいないのか、と王者は空を見上げる。炎を宿した瞳には、小さな青い世界はまるで何もいない世界のように見えた。すぐに飽きて今一度獲物を求めて歩き出す。大地が割れるような地響きは、届く範囲から生き物の姿を消えさせる。故に彼の者は誰もいない世界で1人王者となる。それは誰にも侵すことのできない世界。だというのに。「―――――」どこからか生き物の声が聞こえた。王者は獲物の声を聞き取るとすぐさま歩くのを止めて耳を澄ませた。方向は森の外にある崖、2つの草原が連なっている場所だ。それを確認すると、王者は翼を広げて天高く舞い上がる。何本もの木々が王者の体に当たって折れた。直後、陽の光が当たり王者の体は蒼く輝く。「ギイオオオォォン!!」上空に広がる世界よりも蒼き体躯を持つ王者は、獲物を求めて飛び立った。「――オオォォン」瞬間、背筋が凍りついた。隣にいるカズでさえも聞き取れたほどの咆哮。それは明らかに自分たちが狙われているということだ。「ねえ、シュウ。今の……」「ああ。飛竜だ」心配そうな顔をしているカズに短く事実を告げる。しかも、今の鳴き声は確か――――「とにかく逃げるぞ!走れ!!」シュウがそう発すると同時に2人は走り出した。恐らくあの飛竜はロウが言っていた上位クラスの飛竜なのだろう。ならば、俺たちが適うはずがない。「シュウ。今の、どの飛竜の鳴き声だかわかるの?」草原を走りながらカズはシュウに聞いた。カズはまだイャンクック以外の飛竜を文献でしか見たことがない。「…確信があるわけじゃないが、多分リオソウルだ」他の飛竜の雄叫びとも言えるような声とは違う、刺すような鳴き声。姿を見るまでは確信できないが恐らくリオソウルのものだ。横ではカズが息を呑んでいる。無理もない。リオソウルといえば飛竜の中ではかなり珍しい部類に入る。火竜リオレウスの亜種とされる蒼き体躯の火竜、それがリオソウルだ。小型の肉食竜、ランポスにイーオスという亜種がいるように、飛竜にも亜種は存在する。中には希少種と称される飛竜もいるらしいが、そんなものに出遭えるほどの運は持ち合わせちゃいないし命がいくつあっても足りない。亜種はそのどれもが元の個体よりも強く進化している。それが希少種ともなればなおさらのことだろう。「気づかれてないといいけどな」願望ともとれるような言葉を呟いた。わかってる。今呟いた言葉が馬鹿な願いだということには気付いてる。その証拠に、ほら。振り返って見た空には蒼い空の王者が飛んでいた。それに気付くと同時にシュウは走るのを止めた。少し遅れてカズも止まる。飛竜に背中を向けて走ることなんて出来ない。逃げ出したが最後、あっという間に追いつかれ攻撃を受けて即死。そんな死に方をしたハンターは何人も見たことがある。「あれが、リオソウル……」まっすぐこちらに向かって飛んでくるリオソウルを見て、カズが言った。猛々しく空を飛ぶ姿は、まさしく空の王者と言えるだろう。(一回り、いや二回りほどでかいか。まずいな)草原の上空に止まり、今にも降りてこようとしているリオソウルはリオレウスやリオソウルの標準的なサイズよりも大きいようだ。だがそれを口にはしなかった。カズに悪戯に恐怖心を植えつけるわけにはいかない。まあ、どうせ動けなくなるだろうから、その前に先手を打っておくとしよう。シュウは腰に下げた皮袋の中から丸い玉を1つ取り出し、手に握った。握ると手の中に収まるその玉は、強烈な光を発する閃光玉である。閃光玉についているボタンに指をかけ、シュウは投擲のポーズで静止した。まだリオソウルの位置が高すぎる。そう思って一瞬投げるのを待ったとき「う、うわああああ!!」「っ!? 馬鹿野郎、今そんなことしたら……!!」突如、カズがリオソウルに背を向け走り出した。それを見て、シュウもカズを追いかけて走り出す。今から閃光玉を投げても間に合わない。瞬時に脚はトップギア、恐怖であまり体の動いていないカズに追いついて後ろから首を覆っている防具を掴んだ。シュウのその行動と同時かあるいは一瞬遅れてのことか。獲物を逃がすまいとリオソウルの口から大きな、赤く輝く炎が吐き出された。――ゴオオォォン!――大気を焼き、草木を焼いて、爆音と共に地に穴を開け火炎は消滅した。そこにカズとシュウの姿はない。ギリギリのタイミングで横道、飛竜の巣へと続く道に飛び込み火炎を避けたのだ。「ギャオオッ!!」空が一瞬だけ明るく輝いたかと思うと、リオソウルが悲鳴と共に地に落ちた。シュウは横道へ飛び込む直前に閃光玉を空に向かって投げていた。「いいか、カズ。今からお前はひたすらベースキャンプに向かって走れ」リオソウルが地に落ちたのを確認するとシュウはカズに向かってそう言った。「え、お前はって…シュウはどうするの?」少し冷静になったのか心配そうにカズはシュウを見上げる。カズにはシュウの言おうとしていることはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。「わかってるなら聞くな。まあ……そうだな、お前がベースキャンプについて5分だ。5分待って俺が来なかったら一人で村に帰れ」そう言ってシュウは道を飛び出していった。カズはその背中に何か言おうとしたが何も言えず、無言で走り出す。向かう先はベースキャンプ、これから先は一度も振り向かずに走りきってみせる。「ごめん、シュウ」途中、後ろから聞こえてくる咆哮と爆音に向かって呟いた。
2009.05.27
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本来怒ったモンスターと正面から対峙するような戦い方はまずしない。相手がどれほど小さかろうと怒りを見せているのであれば手を出すことはないだろう。ハンターとはそういう生き物なのだ。確実に獲物を狩る。そのためには危険を冒すなんてことはできない。「……でもここで逃げるわけにはいかないし」少し冷静になったカズはそうぼやくと未だランポスと戦っているシュウの方を見た。時折見える青と赤の閃光、それと同時に聞こえてくるランポスの悲鳴。心配はないようだ。ならば、とカズはドスファンゴと向き合う。ドスファンゴの血走った目と視線が合い一瞬だけ体が竦んだがすぐに気を入れなおした。勿論恐怖は消えていないし、勝機なんてものはまったく見えていない。だけど自分がこの場から逃げればドスファンゴの狙いはシュウへと向くだろう。それだけは何としても避けなければならない。カズは今一度プリズンハンマーの柄を握りなおす。「ブフォオオオォォォ!!」直後ドスファンゴがカズに向かって走り出した。策もないただの突進。だがその突進にはブルファンゴのそれとは決定的に違うものがある。(――速い!!)ブルファンゴの2倍はあろうかという体のドスファンゴは、ブルファンゴよりも遥かに速いスピードで突っ込んできた。5メートル近くあった距離が一瞬で詰められる。カズは慌てて横飛びに突進を避けると、ドスファンゴに一撃を入れようと体勢を立て直す。そうして、カズは驚愕した。走っていたはずのドスファンゴはカズの横で急停止すると角をカズめがけて振り下ろしたのだ。すぐに気づいたおかげでハンマーを盾にすることぐらいはできる。が、ハンマーを盾にするわけにはいかなかった。これ以上ハンマーが変形すると武器として使い物にならなくなる可能性すらある。そのためには角を防ぐのではなく避けなければならなかった。「っあ…う、あ……まず、足捻ったかも」攻撃の体勢に入っていた体を無理やり、それも足の力だけで右に避けさせた。そのせいでカズの左足首は満足に動いてくれなくなっていた。これは、まずい。立ち上がりながらそんなこと考える。ズクン、ズクンという鈍い痛みが容赦なく襲い掛かってくる。座り込みたくなるが目前のドスファンゴはそれを許してはくれない。距離的には2メートルもないというのにドスファンゴが地を蹴り始めたのだ。その仕草はまぎれもなく突進前の溜めである。一回、二回、三回、四回とドスファンゴは蹄で地面を抉る。そして五回目、ドスファンゴの足が地に着く寸前(今だ!!)カズは武器を投げ渾身の力で左に飛んだ。ドスファンゴは足が地に着くと同時に走り出す。間一髪。ドスファンゴの体はカズの足を掠めるとそのまま止まらず走っていく。カズは左手から地面に落ちると軽くうめき声を上げ、武器を手に取りながら立ち上がった。気づくとドスファンゴはだいぶ遠くに行ってしまっていた。距離は17、8メートルといったところだろうか。力を溜めすぎたせいで今度は止まることができなかったのだろう。これだけ遠くては左足の動かないカズには手を出すことができない。だが、この状況はチャンスでもあった。(チャンスは一度きり……やるしかない!)カズにとって初めての勝機が訪れたのだ。左足に鞭を打つ。左足が地を踏みしめるたびに気が遠くなるような痛みに襲われるが気にしてなどいられない。両肩で息をしながらプリズンハンマーを右脇に構える。恐らくこのチャンスを逃したらもう勝つことはできない。小さくなったドスファンゴは視界の奥でまたしても力を溜めていた。息は荒く、その姿は猛々しい。「さあ、来い。勝負だ!」全身に力を込め、カズはドスファンゴに向かって叫ぶ。それを聞いてなのかタイミングがよかったのか、ドスファンゴは走り出した。相変わらず速い、がそんなことは計算済みだ。刻一刻と迫ってくるドスファンゴを見据えてカズはわずかに体を左へとずらす。そうして突進の軸線上から体をずらすとカズはハンマーを構えて、止まった。ドスファンゴはカズが少しずれたことなどお構いなしに走り続ける。相手を粉砕するべく、少しもスピードを緩めずに。ドスファンゴが迫る。その巨体が残り5メートル程度まで近づいたとき、あろうことかカズはドスファンゴに向かって前進した。これにはドスファンゴも面食らったに違いない。「うおおおぉぉぉぉ!!」カズは右脇に構えていたハンマーを振りかぶると、雄叫びを上げながら渾身の一撃をドスファンゴの正面、鼻に叩き込んだ。「ブフォォォッ!」「あ、がっ……!」ドスファンゴが叫び声を上げる。さすがに今の一撃は効いたのだろう。が、カズはそれを確認することはできなかった。走ってきたドスファンゴに自ら突っ込んだのだ。その衝撃によってカズは空中に投げ出され、数メートルも離れたところに落ちた。何とか受身を取ることはできたが勢いを殺すことはできずさらに転がっていく。ようやく止まった場所はドスファンゴから10メートル以上も離れた場所だった。だが今はそれに驚いている余裕はない。今最も確認しなければならないこと、それはドスファンゴの状態だ。(どうなったんだ?)カズは立ち上がることなく痛みで霞む目を必死に開いてドスファンゴを見る。10メートル先のドスファンゴは、未だ立っていた。「くそっ。早く、立たないと」相手が立っているのならばこちらも立たないとやられてしまう。そう思ってカズは立ち上がろうと上体を起こす。しかし起き上がることはできなかった。ドスファンゴに弾き飛ばされたダメージは思ったよりも大きく、全身が軋む。「…………っあ、はっ」それでも、それでも何とか起き上がろうと力を込める。言葉にならない呻き声が口から漏れ宙へと消えていった。痺れた手は大地を掴み、痛む足は大地を踏みしめ、やがて手は大地を離れていく。カズはふらふらと立ち上がるとプリズンハンマーが手元にないことに気がついた。プリズンハンマーの在り処を探し始めてすぐ、ハンマーのある場所はわかった。ハンマーはカズとドスファンゴの間に落ちている。すぐに取りに行きたいところだが、ハンマーが落ちている場所はドスファンゴに近すぎる。どうしたものか、とカズが悩んでいるとドスファンゴの方に動きがあった。一歩、二歩と鳴き声になってない声を上げながら前へ出る。満身創痍なのはお互い様らしい。カズは動かずにドスファンゴの様子を窺う。相手が弱っていたとしてもドスファンゴの攻撃なら自分は殺される。それを理解しているが故にカズはドスファンゴが動くのを静かに見据えていた。だが――――ドスファンゴが3歩目を踏み出すことはなかった。突如、ドスファンゴの体が沈む。前足は力なく折れ、顔から地面に突っ込み横倒しになった。それが、ドスファンゴが最期に動いた瞬間だった。ドスファンゴの目に光はなく、戦っていたときの猛々しさはもうどこにもない。「死ん、だ? 俺が、ドスファンゴを狩ったの?」カズは半信半疑でドスファンゴの方へと歩いていく。「よくやったな。お前の勝ちだよ」が、それはシュウの祝辞によって止められた。声のした方を見ると既に戦闘を終えて地面に座り込んでいるシュウがこっちを見ていた。「俺の勝ち……そうだ、勝ったんだ」シュウの言葉でようやく実感したのか、カズはそう呟くとその場に倒れこんだ。仰向けになって空を仰ぐと木々の間から差し込む陽がカズを照らしてくれた。頭の中はごちゃごちゃしているが胸の中には奥底から湧き上がる嬉しさがある。(勝った!! 俺1人の力で勝てたんだ!!)つい木々の間から見える太陽に向かって叫びそうになってしまう。ここが狩場だということを忘れてしまいそうになるくらい嬉しかった。「しかし、突進してくるドスファンゴに突っ込んでいくとは思わなかったな」「へっ? 見てたの?」いつの間にか歩み寄ってきていたシュウの言葉にカズは驚きの言葉を返す。どうやらシュウの戦闘はかなり早く終わっていたらしく、カズの行動は途中から全て見られていたらしい。「ま、勝ったんだから責めるのはよそう」そう言ってシュウは手を差し出す。シュウの顔は和やかで口元は微かに笑っている。「そうそう。結果オーライだってば」カズはシュウの手を取って上体を起こすと笑顔で言った。それを見て、シュウは呆れたような顔になった。「…お前、馬鹿だろう?」「う。よく言われます……」ついでにそんな馬鹿げた会話をして、シュウは湖の方へと歩いていく。防具についた返り血を落とすのだろう。カズはそれを見ていてまだ全身が軋んでいることに気がついた。「今のうちに回復薬飲んだほうがいいかな」腰に下げていた皮袋から2つほどビンを取り出す。だが、それに液体は入っていなかった。ドスファンゴに2回ほど飛ばされたせいか取り出した2つのビンは見事なまでに割れている。勿論中に入っていた液体はすべて地面に流れてしまっていた。まさか、と思い皮袋に入っているビンを全部取り出すと、そのどれもが割れていた。「ねえ、シュウ。回復薬持ってない?」「ん? 持ってるけど……どうしたんだ?」「さっきの戦いで割れちゃったみたい。2個ぐらいくれると助かるんだけど」「まったく……ほらよ」「ありがと」シュウは鎧を洗いながら皮袋の中から回復薬を取り出すとカズに向かって投げた。カズは礼を言いながらそれを両手で1つずつ受け取ると、とりあえず片方の蓋を開けて口に流し込む。ビンの中に入っていた緑色の液体はすぐになくなり空となったビンが手元に残った。同様にもう片方の回復薬も飲み干すと空になった2つのビンを皮袋に入れてカズはもう一度寝転がった。「さて、後はじっとしてればいいや」両手を広げて空を見る。回復薬とはいわば滋養強壮の薬なので効いてくるにはしばらく時間がかかるのだ。――こんなにすがすがしい気分になったのはいつ以来だろう。木漏れ日の中カズはふと考える。もしかしたら初めてかもしれない。今までがむしゃらに生きてきただけだったから。カズは懐かしい背中を思い返しながら目を閉じた。幼い自分、そのはしゃぎまわる姿を見て微笑む2人。あの2人は今どこで何をしているのだろう。今はもうない光景を懐かしみながら、カズは目を開けた。木漏れ日が潤んだ視界の中で乱反射してきらきらと輝く。「……ん。よいしょっと」カズは濡れた目を拭って思い出を断ち切ると、元気に飛び起きる。ちょうどシュウも鎧を洗い終わったのかカズの方へと歩いてきていた。「歩けるか?」シュウが心配そうにカズに声をかける。「うん。回復薬も効いてきたし、もう大丈夫だよ」カズは笑顔で返事をし、手をぶんぶん振り回し大丈夫だということを見せた。シュウはその様子を見て満足そうに頷く。「そうか。それじゃそろそろ休憩は終わりだな」和やかな雰囲気のままシュウが言った。それにカズも明るい雰囲気で答える。「うん、行こう!」いろいろと聞きたいことはあるけどそんなことは後でいい。帰りながらでもいいし別に帰ってから聞いても遅くはないのだから。カズは自らの武器、プリズンハンマーへと駆けていく。一時の喜びを胸にカズという名のハンターは走る。だがその喜びは彼に何ももたらさないわけではない。今日、彼はハンターとして大きく成長した。これから先たとえ何が待ち構えていようとも彼が諦めることはないだろう。そう、何が待ち構えていようとも。カズはプリズンハンマーへと駆け寄る。駆け寄ってハンマーの姿を確認したあと、思わず叫び声を上げていた。「うわっ!? もっと歪んでるー!!」
2009.05.27
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――――ハンターになったとき決意したことはなんだったろう。決して諦めないことだったか、強くなって名を上げることだったか。いろいろあったけどどれも守れそうにない。ハンターになった理由はなんだったろう。村がハンターの村だったから?違う。俺がハンターになった理由は、もっと別の、あの人達に会いたいという願い。けど結局は無理だった――――。1頭のブルファンゴが地面を蹴って走り出す。少年の瞳は確かにそれを捉えていたが、今の少年には迎撃するどころかブルファンゴの突進を避けることすらできなかった。「が、あっ」なんとかハンマーで防ぎはしたが勢いを殺せるはずもなく少年は再び湖の浅瀬を転がる。だが、少年は今の自分の行動に驚いていた。(何で、防いでるんだろう)諦めたはずなのに、まだこの体は生きようというのか。冷たい水に顔を濡らしながらそんなことを考えた。ああそうだ。体はまだ必死に生きようともがいている。心は諦めようとも、今まで必死に生きてきた体は諦めていない。――トクン――手に力が入る。次に脚に力が入る。体は心を置き去りにして目前のブルファンゴを叩き潰す。そうだ、体はまだ、諦めてなんか――!「死んで、たまるかぁ!」空に向かって叫ぶ。「そうだ。諦めるもんか! 最後まで戦ってやる!!」そう言ってカズは敵を見据える。死にかけていた心に火は灯った。後はどんな結果が待っていようと最後まで戦い抜くだけだ。敵の数、約15匹。自分にとって絶望的な数字であることは理解している。それでも諦めない、そう心に決めた時「そうだな。諦めないやつは強いよ」どこにいたのか、赤い鎧を纏ったハンターが飛び出してきてカズの横に降り立った。右手に赤い小剣を持ち、凛とした雰囲気で立つハンターはシュウだった。「シュウ!? え、どうして……?」突然のことにまったく頭が働いてくれない。目の前にいる男があのシュウなのは間違いない。だがシュウは御者だったはず。それなのになぜハンターの格好をしているのか。「詳しいことは後だ。来るぞ」シュウがそう言った頃には既にブルファンゴが2頭走り出していた。何の工夫もないただの突進である。カズは慌てて身構えるとプリズンハンマーを振り上げた。そして走ってきたブルファンゴにタイミングよく振り下ろす。それだけでブルファンゴは鈍い音を立て動かなくなった。と同時に横ではシュウがもう1頭のブルファンゴを絶命させていた。突進をギリギリで避けすれ違い様に切ったのだ。「あとはドスファンゴ1頭にランポスが10匹ちょい、か」シュウがランポスを指差しながら数える。余裕のある仕草はシュウがまぎれもなくハンターであるということを示している。いや、ハンター用の鎧を着ている時点でハンターであることは明白なのだがカズはまだ御者のイメージを振り切れないでいた。しかし今は考えごとをしている時間はない。「どうやら、ランポスどもの群れにリーダーはいないようだな」ランポスの数を数えていたシュウの指が止まる。するとシュウは「よし。ランポスは俺が相手するからドスファンゴは任せたぞ、カズ」と言ってランポスの方へと駆け出した。「えっ? ドスファンゴを俺1人で!?」シュウの言葉に驚いたカズは間髪入れず聞き返す。だがシュウは止まらずカズに背を向けたまま答える。「ドスファンゴ討伐はお前が受けた依頼だろう? だったらお前1人で狩って見せろ!」直後シュウはランポスの群れの中へと単身入っていった。そしてギャアギャアとランポスたちの叫び声が上がる。が、カズの耳にはそれは届いていなかった。既にカズとドスファンゴは睨みあっていたのだ。元々味方ではないランポスの群れにシュウが行ったからなのか、ドスファンゴはカズだけを敵としてみていた。(シュウの言うとおりだ。俺が狩らなきゃ意味がない!)手に、脚に力を込める。生き延びることじゃない。今は、あいつを狩ることだけを考える。あいつを狩らなければもう俺はハンターとして生きれないだろうから。一番近くにいたランポスへと切りかかる。右手に持つ赤い小剣、コロナは爆発を起こしながら1頭目の顔を切り抜いた。「ギャヴッ」そいつの顔はよくわからない叫び声を上げながら吹き飛んだ。次にコロナを左手に持ち替え目も向けずに左側を薙ぎ払う。すると何かを切った感触、の後に爆発音。噛み付こうと近寄ってきていたランポスの首をコロナが刎ねたのだ。そのまま体ごと小剣を回転させ、後ろに回り込んでいたランポスの体を切った。「む、浅かったか」ランポスの体で爆発が起こり、青い皮に黒い縞模様が入ったランポスの体が赤く染まる。が、その一撃は浅くランポスを絶命させるには至らなかった。「逃がすかっ!」シュウは後退するランポスを見て腰に挿していたもう一本の小剣、インドラを投げつける。「ギャアッ…………」インドラはランポスの首に刺さると青白い光を発しランポスの体全体を包み込んだ。その後ランポスは1度も動くことなく地面に横倒しになった。これで3頭目。残りは10頭弱ぐらいだろうか。シュウは周りにいるランポスたちを睨みつける。今の攻防で実力差がわかったのか、ランポスはなかなかシュウに攻めかかろうとしない。だがまだ諦めてはいないようだ。その証拠にランポスたちはじりじりとシュウを取り囲むように動いている。「一斉に飛び掛かるつもりか。いいぜ、来いよ」シュウは特に恐れもせずにそう言った。それが合図になったのか、数頭のランポスが一斉に地を蹴る。狙いは当然シュウ。彼の体を自らの持つ鋭い爪で八つ裂きにしようと飛び上がった。同時にシュウも地を蹴り走り出す。シュウの狙いは正面のランポス。「そこだ!」シュウは走りながら飛び掛かるランポスに手に持っていたコロナを投げつける。コロナはまるでナイフのようにランポスへと飛んでいき、その首へと突き刺さった。「ギャアァッ!」コロナがランポスの首へと突き刺さると小さな爆発を巻き起こし、空中にいたランポスの首から上を吹き飛ばした。シュウはそれに目もくれず走る。たとえランポスの体から噴き出す血が雨となり体を赤く染めようとも彼は走ることをやめない。目指すは先ほどインドラを投げつけたランポスの死体。シュウは後ろでランポスたちがお互いにぶつかり合うのを聞きながらインドラを手に取る。と同時に先ほど投げたコロナの位置を確認する。「ちっ。ど真ん中じゃねえか」確認して、少し悪態をついた。コロナはランポスの群れのちょうど真ん中に位置する場所に突き立っている。それは主を待ちわびているかのようにも見える。「しょーがない。取りに行くとするかな」コロナがあそこにあるのは自分が投げたから。シュウはため息混じりにそう言うとインドラを左手に持ち構える。ランポスたちはシュウが突っ込んでくるのを今か今かと待っている。当然ランポスたちは先には動かない。突っ込んでくるのであれば迎撃するだけでいいのだから。そんなことは百も承知。シュウはコロナのある場所へと向かって今一度走り出した。先頭のランポスが爪で切り裂こうと前足を動かす。だが、ランポスの爪よりも遥かに速いシュウのインドラがランポスの首を飛ばしていた。わずかに断末魔が上がる。それを聞きながら2頭目のランポスの前足を、顔を切り飛ばし駆けていく。その速さ、強さに恐れを覚えたのかランポスたちはそれ以上攻撃することができずコロナはあっさりと彼の手の中へと戻ってきた。「これでよし、と……後は7、8頭か」シュウは自らの愛剣を二度左右に振ってついていた泥を払った。コロナは彼の右手の中に収まり刃を輝かせる。右手にはコロナ、左手にはインドラ。シュウは炎と雷の小剣を両手に構え、ランポスと対峙する。「さあ来い。一瞬で片付けてやるよ――!」「えっ!?」入った。そう思い勝利を確信した次の瞬間、目の前の光景が信じられない自分がいた。突進を避けプリズンハンマーを確かにドスファンゴの側頭部に叩き込んだのだ。この一撃なら確実にドスファンゴの意識を刈り取るだろう。そう確信すらした一撃は硬い音、感触と共に弾かれていた。敵を絶命させるはずの攻撃はその実、相手の脳を少し揺らしただけだった。(まずい、このままじゃ)カズの背中に悪寒が走る。ハンターとしての直感が目前に迫る危機を感じ取ると、体は半自動的に後退しつつハンマーを盾にしていた。その判断は正しかったと言えるだろう。カズが後退したと同時にドスファンゴの鋭く大きい角が彼に襲いかかったのだから。だが格子状のハンマーはドスファンゴの角を止め、再び自らの主を助けた。しかしドスファンゴの攻撃はまだ終わらない。「ま、まさか、うわっ!!」気づいたときには既に遅く、カズはハンマーごと空中に持ち上げられていた。そのまま投げ飛ばされる。カズは受身を取りながら地面を転がりすぐさま立ち上がる。突然のことで驚いたがいつまでも寝転がっているわけにはいかない。立ち上がってドスファンゴとの距離を確認する。カズとドスファンゴの距離は5メートル程度。投げられたことにより距離ができたのは幸いだった。あのままではどうなっていたかわからない。そうして少し安堵したとき、カズは異変に気がついた。「歪んでる…?」鉄よりも硬いと言われるマカライト鉱石でできたハンマーが歪に変形していたのだ。ドスファンゴの攻撃を止めたときに変形したのだろう。そう冷静に考えながらカズは額に脂汗をかいていた。至近距離から角で攻撃されただけで硬いハンマーが変形してしまうほどだ。もし突進を喰らったら。そんな恐怖が頭から離れてくれない。「ブフォォォォ……」半ば放心状態だったカズは、今度はドスファンゴの異変に気がついた。ドスファンゴは荒々しく前足で地を蹴り、角を左右に振り動かしている。息も同様に荒々しく一目で怒っていることが理解できた。どうやら先ほどの一撃がドスファンゴを怒らせてしまったらしい。(どうしよう。このままじゃ歯が立たない)カズは内心焦りを覚えずにはいられなかった。いや、どちらかと言えば恐怖の方か。硬くハンマーの一撃すら防ぐ体毛、容易くハンマーを歪ませるほどの力。この2つの壁を前にカズは成す術もなく立ち尽くす。しかし先ほどブルファンゴとランポスの群れに囲まれたときとは違う。諦めないと誓ったカズは必死に、あるかもわからない勝利への道を探していた
2009.05.27
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シュウがベースキャンプを離れる少し前、カズは草原を抜け高台のある広場にいた。依頼主から支給される支給品。その中にあるこの狩場の地図には「2」と割り振られている。先ほど駆け抜けてきた草食竜のいる草原のエリアには「1」と割り振られている。つまり、地図上では場所ごとに番号が割り振られているのだ。そしてエリアごとにそれぞれ特徴がある。エリア1は草食竜がいることが多く、虫なども採取できる。エリア2は小型の肉食竜や巨大な虫が陣取っていることが多い。といった風に。だが、今回は少しばかり勝手が違っていた。(ランポスがいない)ランポスとは小型の肉食竜のことであり、いつも群れを成してエリア2にいる。それが今回はいないのだ。たまたまだと言ってしまえばそれまでだが、カズは確かな違和感を感じていた。(ランポスどころじゃない……何も、いない)向かって左側にある高台。そこに生き物の気配がない。右側は崖になっているから、この広場にはカズを除いて生き物がいないということになる。「おかしいなんてレベルじゃない。これはやばいかも」カズは上位クラスの飛竜が出たという話を思い出す。その飛竜のせいでこの広場から生き物が逃げ出したというのであれば、飛竜は近くにいるということだ。もし出遭ってしまえば恐らく生き延びることは出来ないだろう。「とにかく進もう」そう呟いてカズはエリア3の方向へと向かう。ここからはエリア6にも向かうことができるが、エリア6は飛竜の巣となることが多いエリア5へと続くエリアなので行かない方がいいだろう。それにエリア6は切り立った崖になっているのでブルファンゴはいない。カズはエリア3へと続く崖沿いの細い道を恐る恐る歩いていく。「ここも何にもいない」崖沿いの道を抜け、道が広くなったところでカズは立ち止まった。やはりおかしい。相変わらず右側は崖だが、ここのエリアはちょっとした草原になっていて普段なら何かしら生物がいる。草食竜アプトノス、肉食竜ランポス、草食動物ケルビ。これらの生物は余程のことがない限りここからいなくなることはない。だというのに今カズがいる草原には何もいなかった。エリア3は2つの草原を細い道でつなげたようなエリアで、カズにはもう1つの草原の様子までは分からないが恐らくそこには何もいないはずだ。上を見上げてみようと辺りを見回してみようと、鳥の一匹すらいない。(このままここにいるのは不味いかな)そう思いカズは小走りで進んでいく。向かう先は森の中、地図上では「10」と記された場所。そこは飛竜の水飲み場でもあるが空が開けているここよりはましだろう。細い道を通る途中、左に曲がる道があったが行きはしなかった。あの道はエリア5へと続く道なので行かないほうがいい。そうしてもう1つの草原を抜け、小さな洞窟を通って森の中へと出た。先ほどとは違って生い茂る木々。(よく見えないな……)そのせいでそこは昼間だというのに薄暗い。目を凝らしてエリアの入り口から状況を確認する。右は湖、左には小さい木が集まったブッシュ、そして正面にはどこまで続くかも分からない森。そのどこにも生き物の姿は見当たらない。が、今までとは違う“気配”があることにカズは気づいていた。いるとすれば左のブッシュの中か。息を潜めて待っているのかただ単にこちらに気づいていないだけなのかは分からないが、用心するに越したことはない。プリズンハンマーの柄に手をかけ、極力音を立てないように広場の中へと進んでいく。そして、完全に体が広場に出て身を隠すものがなくなってからカズは走った。湖のほとりの周りに何もない場所へと。「さあ、来るならこい…!」カズはプリズンハンマーを構え臨戦態勢をとる。湖を背にして視線はブッシュの方に向ける。どうやら、気づいていないだけかもしれない、という当ては外れたらしい。何かがいる気配は確かにある。それも向かい合っているブッシュの中に。敵はブッシュの中からこちらの様子を窺っているらしい。こうなってしまうと相手が動かないとどうしようもない。視界の悪いブッシュの中に入っていくわけにはいかないし、どこから敵が襲ってくるか分からないのに逃げ出すのは危険だ。(持久戦になりそうだなあ)なんてことを考えて少し気が緩んだとき「ブフォォォォン!」獣の、間違いなくブルファンゴのものである鳴き声が聞こえた。「そっち!?」カズは驚いて鳴き声のした方を振り返る。位置的にはカズの右後ろ、湖のほとりを歩けばたどり着くエリア11へと向かう道に1頭のブルファンゴがいた。だがカズにとってこの行動は失敗だった。振り向いた直後今度は後ろとなったブッシュからガサリ、という音が聞こえたのだ。(まさか、陽動!?)ハッとしたカズは振り向きざまにプリズンハンマーを体の前に構えた。「ぐっ!」直後、ブルファンゴの突進をくらってカズは吹き飛ばされる。衝撃はほとんど殺せなかったが、ブルファンゴの鋭い角による致命傷だけは格子状のプリズンハンマーが防いでくれた。(くそっ、ミスった……)吹き飛ばされ、湖の浅瀬を転がっていく。一瞬だけ気を失いそうになったが湖の冷たい水で目が覚めた。「う、ああぁぁぁぁ!!」こんなところで終わってたまるか。カズは自らが転がる力を上手く使い起き上がりながら右手だけでプリズンハンマーを横なぎに振るう。遠心力の加算されたハンマーは、先ほどの突進の後さらなる追撃に来たブルファンゴの頭に当たりいとも簡単にその頭蓋を砕いた。頭蓋を砕かれたブルファンゴは断末魔すらあげずその場に横たわる。「はぁ、はぁ…あれが、ドスファンゴ………」整わない息のまま、濡れた髪もそのままに正面のブッシュを見据える。そこには周りのブルファンゴよりも遥かにでかい体躯と角を誇る“猪の長”がいた。「どっちに行ったんだろうか」むう、と手を組んでエリア3の奥の方の草原でシュウは唸る。ここまでは足跡だの何だのを追ってきたのだが、いかんせんこのエリアの草原は少し草が深いのでどちらに行ったかが分からなくなってしまった。どちらに行ったのかというのはエリア9と10のことである。エリア3からの道が少ないならよかったのだが、ここからは実に4つの場所へと行ける。その4つの中からカズが選んだであろう道を推測する。先ほど通ってきたエリア2、エリア5へと続くエリア4、森の中へと続くエリア9と10。この4つの道のうち2と4へと行く道は除外できる。引き返すはずはないし飛竜の目撃情報があるのに巣へと向かうほど馬鹿じゃないだろうし。「どうしたものか」もう完全な2択でしかないのだが外してしまうと探すのが面倒になる。ふと、何気なく空を見つめた。目にかかる前髪越しに見た空は、まるで無感動な青い世界。もちろんシュウも異常は感じていた。虫は鳴いていないし鳥は飛んでいない。(飛竜の話、マジかもな)空を睨みつけながら考える。生き物のいない草原、広場、空はすぐ近くにある危険を物語っている。全ての生き物が逃げ出すほどの危険なんてそれこそ飛竜が近くにいるぐらいしか考えられない。「――――ぁぁぁぁ!」「ん? 今のは…湖の方からだ」シュウが空を睨んでいる時、遠くから人の声が聞こえた。声が聞こえてきた方向を瞬時に突き止めるとシュウは走り出す。あの声はカズの声だ。ハンターであるカズがここまで聞こえるような声を出すということは恐らく戦闘中なのだろう。断末魔じゃないといいけど、なんてことを考えながら小さな洞窟へと入っていく。その手には赤い剣が握られていた。――――濡れた体が重い。でも今はそんなことを気にしている余裕はない。ドスファンゴが出てきた今、気を抜けば待っているのは死という結果だけだ。「あと6頭か……きついかも」ドスファンゴとその左右に2頭。それとさっき陽動役だったブルファンゴが右側に1頭。ほとんど囲まれてしまっているこの状況ではおそらく逃げることなど出来ないだろう。道具を使おうにもブルファンゴに効果があるような道具は持ってきていない。ならば戦うだけだ。カズは覚悟を決めるとプリズンハンマーの柄を強く握り締めた。それを待っていたかのようにブルファンゴ達が一斉に蹄で地面を蹴り始める。ドスファンゴは動かない。恐らくドスファンゴはブルファンゴに指示を出す役なのだろう。ただ突っ込むだけのブルファンゴも司令塔がいれば群れの強さは桁違いだ。こうなっては成す術もなく殺されるかもしれないが、諦めることだけはしたくなかった。(こんなところで死ねないよ)諦めることを知らないが故にその瞳は強く。走り出したブルファンゴ達を決して逃しはしない。「はあっ!」ハンマーごと体を右に回転させ、正面から突っ込んできていた先頭のブルファンゴに鉄の塊を叩き込む。「ブフォォォン…………」そのブルファンゴの断末魔を聞きながら、カズはハンマーの勢いに身を任せて右の方へと体を動かす。するとカズがつい1秒前までいた場所に正面と右側から2頭のブルファンゴが突っ込んだ。ここだ、とカズは体勢を立て直し2頭めがけて思い切りハンマーを振り下ろす。「ブフォッ!」ハンマーが奏でる重々しい音と共に1頭が湖の浅瀬に沈んだ。それと同時に冷たい水が周りに跳ね上がり、雨となって降り注ぐ。「あと、4頭!」両肩で息をしながらハンマーの柄を握りなおす。どうやら最初の攻撃は3頭だけだったようだ。2頭のうち残った1頭は一度ドスファンゴの元まで下がって体勢を立て直そうとしている。3頭での攻撃を避けられただけでなく2頭をやられたのだ。警戒しているのだろう。このままいけば勝てるかもしれない――――。相手がドスファンゴ1頭ならいくらでも戦いようはある。だから、とにかく相手の数を減らさないと。そんなことをカズは考えていた。だが、ブルファンゴの群れと対峙するカズの目に信じられない光景が飛び込んできた。「あれは、まさか……そんな」ブルファンゴの群れの後方、森の奥の方。そこに青い体躯の肉食竜が数匹いた。ランポス。鋭い牙と爪を持ち、群れで行動するトカゲのような小型の肉食竜。恐らく騒ぎを聞きつけて現れたのであろうが、カズにとってその10匹程度のランポスたちは絶望的な存在だった。1匹1匹は怖くない。ただ今の状況では脅威以外の何者でもなく、ブルファンゴと共に襲い掛かられたら1分ともたないだろう。この時初めてカズの瞳に諦めの色が浮かんだ。状況的に仕方のないことかもしれない。(多分、逃げることもできない)自分の位置を確認する。湖を左後方に置いてブルファンゴは正面、ランポスは奥の方に広がっている。気がつくと完全に囲まれてしまっていた。逃げようにも他のエリアへと続く道はブルファンゴとランポスで塞がれている。一応後ろにエリア11へと続く道があるが、そこに行ったところで先は行き止まりだ。追ってこられたらどうしようもない。「ここまでなのかな」ため息をつく。胸の中には、なんでこの依頼を受けたんだろう、という後悔。あとはどうして俺が、という想いだけ。まだやるべきことを残していたはずなのに。少年は、生きることを諦めた。
2009.05.27
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(朝か……そろそろ起きよっかな)小さな小屋の中にベッドが1つ。そのベッドから少年がゆっくりと体を起こす。窓から差し込む朝日が妙にすがすがしく、気持ちがいい。どうやら今日は晴れているようだ。少年の名はカズ。短い黒髪に大きな眼、そして至極幼い顔立ちが印象の少年である。「スロウディア」という国の東の国境近くに位置するこの村は、ジーア村と呼ばれている。この村はハンターの拠点であり、ここで生まれ育ったカズもまたハンターなのである。「ハンター」とは。早い話が狩人なのだが、小動物を狩るだけの狩人とは違う。この世界の食物連鎖――頂点に立つのは人ではない。その頂点に立つのは、飛竜。飛竜とはその名のとおり「飛ぶ竜」である。硬き甲殻を持ち、独自の進化を遂げた飛竜種は、進化の究極系とも呼ばれている程だ。その飛竜から見れば人など、むしろ搾取される側。だが、人は遥か昔から飛竜に対する知恵を付けてきた。その集大成が「ハンター」という職業になったのである。ハンターは、様々な技術、道具、知恵を用い飛竜を狩る。そして生きる糧とする。恐らく、それはこれからも変わらないことだろう。「ふわぁ…あぁ……」大きく、だらしない欠伸をし、カズはベッドから立ち上がった。欠伸のせいで滲んだ涙を拭いながら、てきぱきと防具を着ていく。草食動物の皮を重ね、薄めの鉄板で覆った防具は「ハンターシリーズ」と呼ばれるものだ。あまり硬くはないがそれでも自らの命を守ってくれることに違いはない。ちなみに頭の防具は持っていない。カズは横にあるボックスの中に手を突っ込むと、色々な道具を取り出した。回復を早めるための回復薬、強烈な光を発する閃光玉、塩をすり込んである生肉――取り出しながらカズはふと思った。(あれ? 今日行く依頼ってなんだっけ?)カズは防具のポケットをごそごそと漁り、中に入っていた羊皮紙を取り出した。この紙には昨日受けた依頼の内容が書かれている。広げてみるとそこには依頼内容:ブルファンゴの討伐討伐頭数:5頭契約金 100z 報酬金 750zと書いてあった。「ブルファンゴか。んじゃ閃光玉はいらないや」ブルファンゴとは猪のような動物で、ひたすら突進を繰り返すというある意味厄介な生き物である。その分、目はあまり使わないので閃光玉のような強烈な光は効かない。取り出した閃光玉をボックスに戻しつつ羊皮紙の内容に目を通していく。その中に1つだけ目に留まる文があった。注意事項:群に一際大きな個体が確認されています。目撃情報からリーダー格の可能性がありますので注意してください。リーダー格。それは群の中でも一際大きな固体で、他の個体とは体の特徴も強さも違う。肉食竜のリーダー格は頭のトサカが大きく発達しているし、ブルファンゴのリーダー格であれば角が大きく発達し、体毛の一部が白くなっている。そのことから、リーダー格は他の個体と区別するため名前に「ドス」をつけて呼ばれている。しかもリーダー格は統率力に優れており、いるだけで群れの強さは格段に上がる。「ドスファンゴが居るかもしれないんだ……気をつけないと」道具の準備が終わったカズは、羊皮紙をポケットにしまって立ち上がった。これ以上は依頼主などが書いてあるだけで、読む必要はない。「よしっ、準備完了! さ~て行くかな~」軽く背伸びをし、壁に立て掛けてあった武器、プリズンハンマーを取るとカズは外へ出た。すると、気持ちのいい日差しが照りつけてきた。やはり今日は晴れのようだ。空を見上げるとそこには雲1つ無い青空が広がっている。ただ、思っていたよりも太陽の位置が高いことからそれなりに時間は経っているようだ。いつもと全く代わり映えしない村の中を歩くと、すぐに酒場の前に着いた。中からは酔っ払いの叫び声やら歌声が響いている。「村長、こんにちは」酒場の前にいる村長に話しかけた。馬車が来ているかどうか聞かなければならない。「おや、カズ。何か用かのう? おお、そういえば明日は誕生日だったかの?」またこれだ。村長は最近すぐに物事を忘れてしまう。昔は凄腕のハンターだったらしいがその面影は今じゃどこにも見えない。俺の15歳の誕生日はかなり前に過ぎ去りました。ちゃんと村長もその時いましたよ?「依頼のことですよ。馬車はもう来てますか?」カズは簡潔に、大きな声で村長に言う。こうでもしないといつまで話が続くかわからない。しかし村長は首を傾げて「さあのう、3時間ほど前に誰かが来たのは見たがのう」と言った。きっとそれはカズを狩場に送り届けてくれる御者だろう。だが、3時間前、ということはそれが事実ならかなり待たせていることになる。「わかりました。それじゃ、村長。行ってきます」カズは慌てて走り出す。向かうのは村の入り口、大きな2本の樹がゲートの代わりをしている場所だ。入り口へ近づいていくと馬車が1台止まっているのが見えた。どうやらカズの予想は間違っていなかったらしい。「あ~…怒ってるかも」3時間も前に来ているなんて思わなかった。カズがスピードを緩めずに馬車に近づいていくと、御者が顔を出した。見た感じ20歳にもなっていないような短髪の男だ。「やっと来たか。来ないのかと思ったよ」「すみません」御者に向かってカズは頭を下げる。いくら向こうが仕事とはいえ3時間も待たせたのだ。「気にするな。こっちは仕事なんだから。ちょっと愚痴を言ってみただけだよ」そう言って御者は馬車へと向き直り、カズに馬車に乗るよう催促する。カズが馬車に乗るとすぐに馬車は動き出した。「向かう場所は森の近くの狩場で間違いないよな?」「え? あ、うん。合ってるよ」確認のためか、動き出してすぐに御者がカズに聞いた。御者はわかった、と短く言うと無言で馬車を走らせ始める。特に話すこともないのだから当たり前か。「そういえばあんた、名前は? 俺はシュウってんだが」そんなことを考えていた時、ふいにもう一度御者の声が聞こえた。どうやら御者はシュウという名前らしい。「俺? 俺はカズだけど」カズは訳もわからないまま名乗り、シュウの反応を待つ。だがシュウはそれ以上何も言おうとしない。不思議に思って聞いてみると、前に一度だけ運ぶ人を間違えたことがあるんだ、とかなんとか言っていた。村を出てから1時間弱。狩りの拠点、ベースキャンプに到着した。「ほらよ、着いたぞ…っと、先客がいる」ベースキャンプの裏手に馬車を停めようとしたシュウは、既に停めてあった馬車を見つけて言った。「お待ちしていました。カズさんですね」その時、ベースキャンプの中からこの場には似合わない執事服の男が出てきた。髪は鉄灰色、瞳は黒、口髭に少し皺のある顔立ち。どこからどう見ても執事だ。それも結構偉い感じの。男がこちらの名前を知っているということは依頼人なのだろう。「そうですけど。何かあったんですか?」依頼人が狩場に来ることなどまずないはずだ。カズがそう聞くと執事服の男は深刻な顔をして答えた。「2つほど。1つ目は依頼書にも書いていましたが、群れの中にドスファンゴの姿が確認されたのです。2つ目は」男はそこで声を一度切る。こちらの情報のほうが大事だ、心して聞けよ、とでも言うかのように。「付近で飛竜、それも上位クラスの飛竜が目撃されました」「えっ!?」「うそだろ!?」男の言葉にカズだけでなく後ろにいたシュウも驚きの声を上げる。無理もない。上位クラスの飛竜というのはそうそう出るものではないのだから。上位クラスとは、ある程度狩りをこなして腕を認められた者だけが挑むことの出来る依頼で、上位クラスの飛竜ともなれば桁違いに強い。「確かな情報ではないのですが……何分かなり危険な話ですので」驚きを隠せないカズとシュウに男は続ける。「そこで、この場所で依頼を放棄するかどうかを決断していただきます」依頼の放棄。男は確かに、厳格な雰囲気でそう言った。「放棄? 依頼の?」カズはよく分からないといった顔で聞き返す。まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのだ。だが、男の雰囲気からしてそれが冗談のはずがない。「はい。ただしこのような状況ですので、契約金はお返しいたします」どうするのか。男はその黒い瞳でカズに問いかける。カズは一瞬男が放つ雰囲気に呑まれそうになった。が、すぐに気を取り直して男に答えた。「放棄はしません」そうカズが言うと、男は理由も聞かずに「そうですか。それではよろしくお願いします」と言って右手を差し出した。カズは男と握手を交わし、はい、と短く返事をした。「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は依頼人代理のロウと申します」男、ロウは思い出したようにカズに言った。その雰囲気は先ほどとは違いとても柔らかいものになっている。(へえ・・・放棄しないのか)2人の様子を見ながらシュウは1人感心していた。ドスファンゴの存在だけでも初級ハンターには辛いというのに、さらには上位クラスの飛竜までいるかもしれない。シュウはカズが依頼を放棄すると思っていたのだ。それも無理のない話ではある。上位クラスの飛竜に出遭ってしまえば恐らく初級ハンターは逃げ出す暇もなく殺される。だというのに、カズはその危険性を分かっていながら依頼を受けたのだ。「討伐の証はブルファンゴの角、ですね。それじゃあ行ってきます、ロウさん」「はい。朗報をお待ちしております」カズは元気に手を振ってベースキャンプを出て行った。その後姿をロウは頭を下げて、シュウは馬車の運転席に乗ったまま見送る。カズの後姿が見えなくなって約5秒。ようやく頭を上げたロウは「いい目をしてますね、彼は」とシュウに言った。「あ、やっぱロウさんもそう思います?」シュウはにやけながらそう答えると、馬車をベースキャンプの脇に停めて降り、おもむろに荷台から袋を取り出した。ガシャン、という音と共に地面に下ろされた袋。その中には赤い鱗で覆われた防具と2本の剣が入っていた。「行くのですか」シュウの様子を見てロウが言った。シュウは袋から取り出した防具を身に着けながら答える。「ええ。今団長のやつにスカウト頼まれてるんですよ」「では見極めに?」そうですね、とシュウは武器の手入れをしながら返事をする。そして武器の手入れが終わるとシュウは立ち上がった。体は赤き鱗に覆われて。腰には燃え滾るような赤い小剣。そして研ぎ澄まされた骨の小剣。彼は今よりハンターとなって野を駆ける。「それじゃあ、また後で」そう言ってシュウはカズの後を追った。シュウの姿はすぐに見えなくなりベースキャンプにはロウだけが残された。「私がもう少し若ければ、私も追うのですが…………」ロウはポツリと呟きため息を漏らす。「まあ、彼がいれば大丈夫でしょう」ロウはもう一度祈るように呟き、空を見上げる。老いても衰えることのない眼光は不安げに青い空を見つめていた。
2009.05.27
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朝。ようやく日が昇り始めた頃、森と森の間にある道。「今日は晴れか。暑くなりそうだな」荒々しく駆ける馬車の上で御者は呟いた。雲一つない空はきっとどこまでも青く広がっているのだろう。「いいかげん、この揺れにもなれた、かな…?」整っているようで、まるで整っていないリズムのまま馬車は駆けていく。今ではそんな事はないだろうが、最初の頃は酔って吐いたりもした。それはそれでいい思い出なのかもしれない。「あ、そういえば目的地確認してなかった」慌てて馬車を止める。場所は分岐路。ここで道を間違えば目的地には着かないのである。「目的地は……なんだ、ジーア村か。なら曲がらないと」御者は服のポケットから紙を取り出し、それをしばらく眺めてから言った。少し間を置いて再び馬車は動き出す。「しかし、ジーア村に行くのも久しぶりな気が」するようなしないような。思えば半年以上行ってないのではなかろうか。今回の依頼はハンターの送迎らしいから、時間が余った時にでもやることをやっておくとしよう。さて、後はまっすぐ行けば村に到着、なんだけど。「さすがに早すぎたか…」ほぼ正面にある太陽は――つまり今は東に向かっている――まだ地平線から少ししか顔を出していない。このまま行くと太陽が昇りきる頃には村に着くだろう。「…………眩しい」朝日が綺麗だ。思わず文句を言いたくなるくらい綺麗に輝いている。それでも馬車は進むしかなく、結果的に御者は村に着くまで朝日に苦しめられたのだった。結局、御者は予想通りに村に着いていた。「あの~すみません。ハンターの送迎で来たんですけど、起きてます?」「えっ、と……ハンターって言われてもどなたかわからないんですけど」それもそうだった。村の酒場で聞いてみたものの、名前を出さなければわかる訳がない。御者はポケットから先ほどの紙を取り出すと、そこに書いてある名前を読み上げた。「ハンターの名前は……あった。カズって言うらしいです」「ああ、カズですか。それなら寝てるんじゃないでしょうか?まだ早いですし」「…そうですか。ありがとうございます」親切な給仕係の人に礼を言って酒場を出る。一応村長に挨拶でも、と思ったけどここの村長は話が通じにくいのでパスしよう。「くそ、待たされそうだな」そう言って馬車の中に寝転ぶ。早く来すぎた自分が悪いのだが、この調子でいくと結構待たされそうなので文句の一つでも言わないとやってられない。ああ、どうか早めに来てくれますように。
2009.05.27
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この前ふと気づいたことが1つ。携帯からじゃフリーページは見れない。ということで日記として小説をアップすることにしました。これから暇な時にぼちぼちアップしていきます。フリーページはこれより保管庫として活躍。
2009.05.27
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