「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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目覚めた。
これまでのネットでの会話といえば、相手の機嫌をうかがうことだけに気を使い、
言葉じりを和らげることだけに神経を使い、迎合はステータスシンボルだった。
下卑た薄ら笑いを浮かべ、常連に媚びることが、最大の目的だった。
だからオレも5年前のこのサイトで初めて書き込んだあの日まで、誰かに気に
入られることや、何か巨大勢力にすりよることしかしか考えていなかった。
そんな思惑は、オレに「こんばんにゅ?」とかいうふざけたセリフをタイプさせたけど、
オレはそれを、間違いだとは思わなかった。その証拠に、ここに来る以前は、
「こんばんにゅ?」、このノリで一人や二人、必ず話しかけてくれていた。
しかしこの5年前のサイトでは、ことごとく放置された挙句に出てきた最初のレスは、
「気持ち悪い」だった。
シビれた。minaのそのはすっぱなストレートさにシビれた。
これまで信じてきた自分のやりかたが、猛烈に醜いと感じた。
そしてオレは、あるひとつの可能性を見つけた。
その可能性というのはアタマの中でうまくイメージにならなかったけども、
強烈な光を放っていて、光に照らされたアタマはクリアーになり、
その光に向かって行こうとする衝動は、体中の細胞を奮い立たせた。
狙いを定めた。目的がはっきりしたときのオレは信じられないほど冷静になれる。
知らなかった。
「おまえは、誰だ。」
minaへ向かって送信したが、彼女はただの媒介だ。
オレはminaの向こうにあるのが何か、知ったのだ。
■3
「え?誰って、minaだよ。名前書いてあんじゃん」
案の定minaは、まるでアホのようにふるまっていたオレの反逆に、戸惑った。
あくまでも強気の姿勢を維持しようとしていたが、オレはminaが少しひるみはじめて
いることを見逃さなかった。
「名前は知っている。オレは、おまえが誰だときいている。」
追い討ちをかけた。このタイプを実際に口にする自分をイメージして自己陶酔した。
「はい??誰って、なんすか」
minaが混乱しはじめた。間や言葉遣いの変化で、彼女の変化が、手にとるようにわかった。
オレの中に新しく生まれた生き物は、露骨にいやらしく笑いだした。
「とりあえずチャットルームいこうぜ。」
一方的に言い捨てて、空いてる部屋へ入った。
40秒後、minaが入ってきて、言った。
「なんだよ」
オレは、それが彼女の単なる強がりと、プライドを維持する最後の言葉だとすぐに
わかるほど、研ぎ澄まされていた。
■4
「そうあわてるなよ。」
オレは会話の主導権を握るために、わざとぞんざいな口調になるように話しはじめた。
付き合ってしばらく経ったカップルの男は、女が自分の所有物であることを示すために、
相手を見下した態度や口調に変わってゆく。しかし女は、そのぞんざいな口調や態度を
受け入れることで母親のような包容力が芽生えるから、まんざらでもない。
付き合い始めて1ヶ月経った男という設定でオレは、minaと最初の会話を試みた。
「別にあわててないよ」
minaは言った。少し落ち着き始めてるようだった。
「よく来るのか?」
タイプした後で、われながら下らないセリフを吐いてしまったと悔やんだ。
「ここに、ってこと?うーん最近はね」
他に話すことのない奴らの、苦し紛れのやりとりだ。何の意味もない会話。
「気持ち悪いなんて言われたの初めてだよ。」
本題に入った。怒ったような感じにはなっていない。
むしろ、優しくたしなめるような口調の文字列。落ち着いている。
「だって気持ち悪いよ。にゅ?とか」
minaは悪びれず答えた。しかし想定していた候補内の回答だったから、あわてなかった。
「人にむかって気持ち悪いなんて言うもんじゃないよ。」
少し怒っているニュアンスの演技は伝わっただろうか。
minaはしばらく沈黙した。
どうやらうまく伝わったようだ。
「ねえ、聞いていい?」
minaが、オレに初めて質問した。オレに興味を持ち始めている。かかった。
しかし喜びは隠すことにした。
「そういういい方は嫌いだ。」
オレは突き放すように言ってそして続けた。
「聞いていい?って言ってる時点でもう聞いてるだろ?聞いていいのかどうかを。
だったらまず、聞いていいかどうかを聞いていいかをまず聞かなくていいのか
考えなきゃいけないんじゃないのか?
そういう言い回しは、癖になるからやめたほうがいい。」
訳のわからない理屈を炸裂させた。最後に、相手への思いやりを感じさせるセリフを
くっつけておくことも忘れなかった。
minaはしばらく沈黙した。
オレも黙っていた。沈黙に耐えられる空気を感じたからだった。
やがて、先にminaが口を開いた。
「じゃあ聞くけど、キミ、ハゲてるの?」
オレは一瞬なんのことだかわからなかった。新しい攻撃方法だろうか。
「なんでだよ。」
無意識に聞き返してしまっていた。ミスか。
「だってアートネイチャーじゃないの?」
その瞬間、オレは全てを理解した。
オレのハンドルネームは「9696」だった。考えずに付けた名前だ。
ただ何か印象的な数字の羅列がいいと思って出てきたのがこれだった。
攻撃ではなかったことを知ったオレは安心して、そして少し和んだ。
「9696はアデランスだろ。それにオレはハゲてないよ。」
「やけに詳しいね。ますます怪しいんですけど」
オレはモニターの前で少し笑ってしまった。
そしてモニターの向こう側にいるminaの、笑っている顔のイメージが浮かんだ。
■5
「おまえおもしろいな。」
オレはようやく、彼女を認めるようなセリフで、敵意のないことを伝えた。
「面白いことなんか何もないよ」
minaも最初のはすっぱな勢いを取り戻した。だがその、微妙に世の中を憎んでいる
ような言い方にひっかかった。彼女は何かを、話したがっているのかもしれない。
しかしオレはそれに気づかないふりをして、歳はいくつだ、とか、どこに住んでいる、
とか相変わらずぞんざいな口調や態度で、minaに素性を語らせていった。
minaはオレの言葉遣いを気にする風でもなく、もったいぶって素性を隠すようなことも
なかったから、余計な説明や面倒な手続きを全く行うことなく、話は順調に進んだ。
minaはオレと同い年で、愛知に住んでいるといった。オレは東京だったから、逢うには
遠すぎる。少しがっかりしたが、もちろん心境の変化は悟られていない。
「そうか。仕事は?」
「デザインとか。最近はマルチメディア関係」
「マルチメディア?懐かしい言葉だな。」
そう言ってからかうとminaは、
「なんだよじゃあ他になんていえばいいの?おしえてよ」と動揺をあらわにした。
当時、マルチメディアという言葉が既に廃れてきているという実感は、彼女の中にも
あったのだろう。しかしほどよく浸透していて、自分の職業をわかりやすく他人に
伝えるためには絶好だった。普通なら流されるべきところをオレに、この言葉の
恥ずかしい部分をふいに突かれた彼女は、あわてた。
「ねえ教えてよ。マルチメディアじゃなくてなんていばいいの?ねえ」
minaは怒ったように繰り返した。
「だからあわてるなって。いいんじゃない?マルチメディア。マルチメディア。」
オレはこどもの「やーいやーい」と同義の言葉で追い討ちをかけた。
「きーむかつくー」
minaはそう言ったが、怒ってこのチャットルームから出てゆくわけではなかった。
彼女もおそらく、このふざけたやりとりを楽しんでいる。
オレは予想以上の彼女のふところの深さに驚き、そして彼女に依存しそうになっている
弱さに気付きはっとして居住まいをただした。まだ2人の力は拮抗していて、バランス
が保たれている。
ふと、このチャットルームに新しいハンドルが入ってきた。
このサイトのチャットルームは30室もあるが、俗にいう2ショットというシステム
ではなく、誰でも自由に何人も入室することが可能なシステムを採用していた。
オレはminaとの会話を誰かに中断されたことで、少し不快になった。新しく来たハンドル
はアルファベットと数字の羅列で、オレの記憶にとどまることはなかったが、そいつは
minaと親しげに挨拶を交わすと、オレとminaが交わした会話ログを全て読み終えたような
時間が経ったころ、黙って退室していった。
そいつを手始めにしてそれから数人、入室してまたminaに挨拶をしておそらくログを
読んでから退室していく奴が続いた。
オレは少し嫉妬しながら、そいつらとminaのやりとりを観察していた。
minaに挨拶だけしにくる奴らは誰一人としてオレに言葉をかけてこなかった。
おそらく彼らは、ラウンジで繰り広げられたオレとminaのやりとりの続きが気になり、
minaを心配して、様子を探りに来たのだろう。そしてminaは誰に対してもはすっぱな
口の利き方をしていて、オレはある結論にたどりついた。
女王様。minaはこのサイトの、女王だ。間違いない。
■6
次の日も同じ時間に例のサイトへ行った。そしてすぐにminaが入室してるかどうかを確認した。
衝撃的な出会いとその後の痛快なやりとりや会話の楽しさによって、オレはminaに興味を
持ち、むしろすでに依存していたが、そんな弱さをminaには絶対悟られたくなかった。
minaは入室していた。チャットルーム#1には彼女を含め3人いた。minaと話をしたいがオレは
すぐにその部屋へは入らないことにした。おそらくminaはその巧みな会話や間の取り方で、
多くの男を魅了し女王の座をほしいままにしている。オレはminaに依存しそうになっているが、
彼女の多くの取り巻きや崇拝者と同じレベルに甘んじてはいけない。女王であるminaと対等か
あるいはそれ以上の立場で接するために、ある程度の余裕を示す必要があった。
だからオレはその日、minaではない誰か他の人間と他愛もない会話を交わしていたが、本当
はminaのことが気になっていたし、minaではない奴との会話は楽しくもなんともなかったけれど
も、全てはminaに「そういえばおまえいたっけ?」という屈辱的なセリフを言いたいだけのための
プロセスだったからずっと我慢していた。
しかしminaはしばらく経ってもチャットルーム#1から出てこず、オレは次第に不安になっていった。
オレが来たことに気付いていないのか。あるいは忘れられているかも知れない。
妄想は悪いほう悪いほうへと膨らんでしまい、気付くとminaのいる「チャットルーム#1」へ入室
してしまっていた。
「よう。」
と短く斜に構えたような言い方で挨拶をして返事を待つ間に、すばやく画面をスクロールさせな
がら会話ログをチェックした。
「Stussy」というハンドルの男は横浜出身だが、今ロサンゼルスの大学に通っていて経済学を
学んでいる。自宅マンションは20畳もあり今ワークアウトしてきたところだと言っていた。
ワークアウトという耳慣れない言葉はなんだろうと思ったが、どうやらマンション備え付けの
トレーニングジムでマシンやエアロバイクを使って汗を流すことをワークアウトというらしかった。
もうひとりの「ともや」という男は千葉の大学に通っているらしかった。ともやは昨日、オレとmina
が話しているときにminaの様子を探りに来たとりまきの中のひとりで、オレの記憶の中に残って
いた。彼は強がった口調でminaやStussyと対等に渡り合おうとしていたが、傍からみたオレに
もわかるほど、若くて無知な印象だった。
「昨日はどうも」
まずminaが返事をした。覚えてくれている。しかも意味深な感じを匂わせる返事だ。Stussyと
ともやはどう思うだろう。
「What’s up?」
次に返事をしたのはStussyだった。初対面なのにWhat’s up?だとこの野郎。「よう」とか
「元気?」に値するスラングだ。しかしそれに対する返事を知らなかったから、
「まあぼちぼちかね。」と応えた。
ともやは返事をくれなかった。こいつ、若いな。
■7
(笑)や「!」を多用したStussyの会話はいたって明るくて、常に彼は話題の中心にいた。
オレは昨日minaに「気持ち悪い」と言われ、一つ心に誓ったことがあった。それは例えば
(笑)や顔文字や記号などを極力使わないようにして、なるべくタイトなキャラを演じることだ。
そういう観点からすればStussyの話し方も気持ち悪い部類に入る余地は十分あったが、
minaは気持ち悪がるどころか、いたって陽性なStussyに付き従うかのような素直な受け答えを
していた。それは「会いたいね」「うん」というような短い会話だったが、
オレや他の奴には見せない態度を、Stussyだけ例外として見せているような感じだった。
普段なら嫉妬するところだったが、彼のその非常に天真爛漫な話し方には憎むべき隙がなくて、
不思議と平静な気持ちのままでいられた。
「そうだ!今度オフ会やろうよ!(笑)」
夏休みを利用し、ロスから横浜の実家へ帰る話になったとき、ふいにStussyがいった。
おそらくStussyと歳の近いともやは、洋服やサングラスや時計や彼女の話で意気投合していて、
すぐに「おういいね、やろうぜ」と同調していた。
minaは「待ってよ、私だけ遠いよ」といったん躊躇した。Stussyが「会いたいからおいでよ」
というとminaは、「うん、会いたいけどね」とYesともNoともつかない返答をした。
Stussyは横浜でともやは千葉だから、集まるとしたらおそらく東京。オレはこの二人ではなく
minaに興味があったしぜひ会いたかったから、躊躇しているとはいえminaが来るかもしれない
このイベントに便乗することにした。
しかしオフ会の話は、オレを全く無視した輪の中で行われていた。まずはStussyに迎合するよう
な第一声を思いついたが、minaの前ではタイトなキャラで振舞うことを思い出してやめた。
そして、卑屈になってもおかしくないこの状況を逆に利用したセリフを思いついた。
「なんだよう。オレは誘ってくれないのかよう。」
Stussyは「(笑)もちろんいいよ、おいでよ!」といった。
ともやは「このおっさん訳わかんないしな」と渋った。
minaは「いいよ。やるんなら大勢のほうがいいよ」といった。
ざまあみろ、ともや。
■8
かくしてオフ会プロジェクトが始まった。オレはしばらくそのサイトに通った。
Stussyとは、彼女のこととか将来や人生観などについて話していくうちに仲良くなった。
ともやとは相変わらず仲が悪かったけれども、お互いのつまらないギャグに毒づきながらも、
「なんだ少年。」「うるせえよおっさん」と言えるぐらいの関係を築いていった。
minaは最初こそこのオフ参加を渋ってはいたけれども、minaが行くなら行くという主体性の
ない彼女の取り巻きたちの発言によって、強制的に参加しなければならなくなっていった。
オレやminaやStussyやともやがいる時間のラウンジはオフ会の話でもちきりになった。
仙台や新潟や愛知や京都からの参加表明が相次いだ。オレが店を決めることになり、
ハルという女が遠くから来る人のためのホテルを手配することになった。
Stussyはすでにロスから帰国していてオレはStussyやともややminaやハルと電話番号を交換
してまず実際の声で話し出すようになったころ、サイトにはOLの女が現れた。
名を、miffyといった。
彼女は洋服やアクセサリーや旅行や語学の話に詳しくて、Stussyの「渋谷に××ってクラブが
あるから行こうよ!」にも、「あそこは子どもが行くところだよ」といってたしなめたり、
とにかく派手なイメージの女だった。
ともやがそのmiffyに惚れだしたころ、大々的な全国オフの前に、まず東京組だけで会おうと
いうことになり、オレとStussyとともやとそしてmiffyが、渋谷の飲み屋へ集まることになった。
オレとともやとStussyはお互いの電話を知っていたが、miffyとの連絡はチャットだけだった。
「少し遅れるかも」と前日彼女からの伝言が入ったが、かまわず渋谷へと向かった。
とりあえず男3人、初対面。
■9
勉強やテストの合間にビーチでサーフィンもたしなむといっていたから、オレはきっと黒く焼けていて
髪は金色でそしてつけているアクセサリーも金色だろうなとStussyを想像していた。
直前に電話で、お互いが着ている服の色や形を伝えあっていたがオレは渋谷のモヤイ象の前で、
サーファーというキーワードが作り出した人物像をしきりに探していた。
初夏とはいえ蒸し暑くなりだした気温の中、耐え切れずスーツを脱いで左手に抱え、雨が降って
いたから右手にはビニール傘を持っていた。ネクタイで首を締めてるオレはまるで若いサラリーマン
然としていて、サーファーと並んで歩くには不自然な格好だし、少し恥ずかしかった。
待てども暮らせども金髪で黒く日に焼けたサーファーを見つけることはできずだたあたりを不安そう
にきょろきょろ見渡していると、赤いTシャツを着た少し背の高い男がしきりにこちらに視線を送って
いた。そういえば直前の電話で、Stussyは赤いTシャツを着て行くといっていたから、もしかしたら
と思いオレもそちらに視線をちらちら送ったが、視線の相手は黒髪は爽やかにまとまっていて、
サーファーというイメージからは程遠かったからオレはしばらく悩んだ。
しかし彼のその愛嬌のある大きな目は自信をたくわえていて、天真爛漫で陽性なチャットを思い出
したから、オレは近づいていって、「あれ?そう?」といった。
すると彼は「あれ?カンクロウ君?」と、ハンドルネームでもなくオレの本名のしかも苗字でもない
ファーストネームの部分に「君」をつけてオレを呼んだ。
ともやを含めた男3人は、会うまでにちゃんと本名も知らせあっていたからお互いの名前は知って
いたが、いつものチャットやあるいは事務的な相談をするための電話の時も、本名で呼び合うこと
はなかった。本名をハンドルにしていたともやは例外だったが、オレは彼のことをいつも「少年」と
呼んでいたし、オレのことを「おっさん」と呼ぶともやもわきまえるところはわきまえていて、本名を
知った後も、チャットやらなにやらで本名を呼んでからかうような幼稚な遊びはしなかった。
いきなり名前で呼ばれてオレは一瞬ドキッとしたが、即座に彼のおそらく「会ったときぐらいちゃんと
名前で呼ぼうぜ」といった真意を汲み取って、「ナオト」という彼のファーストネームで呼ぼうとしたが、
そこで照れてしまったオレの口からでてきた言葉は、
「Stussy?全然イメージ違うね?」
だった。
■10
オレのケータイが鳴った。ともやからだった。
ともやがStussyではなくオレに電話してきたのは、Stussyは普段ロスに住んでいて
ケータイを持っていなかった。だから彼と連絡をとる時にはいつも彼の実家に電話
して、不在ならコールバックをもらうという手続きが必要だった。電話をかけると
決まって彼の母親が上品そうな声で「はい、横山でございます」と出た。
オレは緊張した面持ちになって「あの中村と申しますけれども、ナオト君はご在宅
でしょうか?」とStussyを呼び出すのだったが、「おります。失礼ですがどちらの
中村さん?」と返されオレは返答に窮すのだった。「どちらの」と問われて何を答
えるべきだろう。言葉をそのまま受け止めたら、住んでる所か、あるいは勤めてる
会社か。それとも、Stussyとの関係だろうか。とにかく彼の母親は、オレの名前だ
けではなく、オレの属性をも気にした。
「いえあの、彼の友人で・・」「左様でございますか少々お待ちくださいね。」
などいうやりとりを経てようやく本題へたどり着くのだったが、その短いやりとり
の中にある情報は、彼の上品な生活ぶりと、不安定なオレの属性を浮き彫りにした。
そして急にけたたましいベルで相手を呼び出す電話は本来「失礼」にあたる行為で
あることをオレは改めて認識するのだった。
オレはあたりを見渡してケータイで話している若い男を見つけた。男は二人組の
オレらに気付いて来て、電話の声と話し声が一致したのを確認すると通話を切った。
ともやだった。
細くて背の高いともやは髪をかすかに茶色く染めていて良質のまあたらしいジーン
ズとそしてサングラスが印象的だった。サングラスは顔を隠し印象を消すためでは
なく、逆にサングラスの男としてのイメージを植えつけるための道具だ。
ケータイをしまったともやは細いジーンズに両手を突っ込んで短く「うっす」と
いった。
「ようともや、まずそのメガネ外せメガネ。」といってオレが彼のサングラスを
外すような真似で先制攻撃するとともやは身をのけぞらせ、
「なんだよおっさんか?店行ったら外すよ」といってかわしたがStussyに
「外しなよ、顔見せてよ」とたしなめられると「そうか?そんなに見たいんなら
外すよ」といい照れながら外した。
やさしそうな目をしていたが視線は鋭く全体の顔立ちはシャープな印象だった。
女にもてそうな顔をしている。野郎、いい男じゃないか。
■11
Stussyが指定した渋谷の店は、彼がよく高校のころに使っていた店だった。
オレはてっきり粗末な居酒屋だと思っていたが、渋谷カルチャーにも詳しいmiffyが
「知ってる。いい感じの店よね」というほどのランクの店だったことを知りオレは、
「どんな高校生だよ。」と皮肉をこめて訊いたがのだが彼は「ん?普通じゃん!」
と底抜けに明るく答えただけだった。
暗がりの店内の奥まった所に位置する丸テーブルで男3人は、初対面とは思えない
ほどオープンにそして落ち着いて話しはじめた。
ともやとStussyはTシャツやサングラスのブランドを言い合い競いながら、
「アレ、ちょーほしーよ」とか「マジめっちゃいーよ」とかハイテンション気味に
叫んでいた。
オレはサーファー系やストリート系のブランドには興味がなかったから彼らの話には
参加できなかったが、「見てくれよこのネクタイ。馬喰町で、1本千円だぜ?」など
と横槍を入れると彼らはそろって「ちょーほしー」と応じてくれたりした。
二人が集めているというG-SHOCKの話になって、付けているG-SHOCKや、他に
持っている型を自慢しだした。実はオレも当時スーツにG-SHOCKというスタイルだった。
それは1箇所だけ崩すファッションのテクニックでもなんでもなく、金属アレルギー
なオレは汗の量が多くなる夏場、金属部分のないすなわちナイロンベルトを擁した
時計でなくてはならなかった。
それがたまたまG-SHOCKだったが、こだわりは全く持っていなかった。ところが、
ともやがオレがはめているG-SHOCKを目ざとく見つけ、「それ、結構いいやつだろ」
といった。オレは「そんなことないよ」といったが本当だった。何年か前、
パチンコの景品として取ったものだった。しかしともやはオレのG-SHOCKを珍しがり、
しきりに誉めた。悪い気がしないオレはこれがパチンコの景品だとはいえなくなり、
「そうか?そんなにいいやつか?人からもらったんだけどさ」と女からのプレゼント
であることを匂わせて「オレ全然こうゆうの興味ないんだよ。」と気取ったセリフ
でその場をにごした。
「ここかな?」
跳ねるように近づいてきた黒いスーツの女は、ちょうどともやの席の背もたれに
手をかけて首をかしげながらいった。短いスカートから伸びた白い足は、これ以上の
形を見たことがないほど美しくて、オレは下から上へと移動させるような視線になっ
てしまった。
視線が顔のところへ言ったとき、誰かおそらく女優に似ていたから、あれ誰か女優に
似てるっていわれない?と思わず口から出そうになったが、どこかで見たアダルト
ビデオの女優だったら失礼だから、言うのをやめた。
miffyだった。
■12
miffyが「miffyだよ?」といって自己紹介して、オレらが「おー」という歓喜の声をあげた後の、
オレとともやとStussyの男3人は、しばらく言葉を失ってしまい彼女の姿に見入ってしまった。
はっと気付き3人とも照れくさそうにして彼女から視線を外したが、それでもそわそわしながら
きごちなく鼻のあたりに手をやったり頭を掻くふりをしていたりした。
miffyは何食わぬ顔で、「3人連れの若い男性でひとりはスーツ、って店員に聞いたら、
ここに案内されたよ?」と店員の方を指した。男が3人とも店員のいる方向へ顔を向けると、
ちょうど店員はこちらの方を見ていて目があった。ふと気付くと店内の他の客の何人かもこちらを
見ていた。それが、形の整ったmiffyの足や女優に似た顔立ちへ向けられた視線だと気付いたオレの
中に、優越感が芽生えた。彼女とこれから話せる権利を獲得してるのはオレらだけだという優越感。
Stussyは素直に、「おー!miffy?」と彼女との対面を果たせたことを喜んだ。
ともやはまだ照れくさそうにmiffyの顔を直視できずにいた。ともやは彼女に惚れている。
顔の見えないチャットですでにmiffyに惚れてしまっているともやは、自我を過剰に意識して敏感に
なってしまっているらしく、おもむろにタバコをくわえ気取った仕草を演出したり、首にかけた
チョーカー付のネックレスをTシャツの上に出してにわかに着飾ったりしていたりしたが、彼の
視線はあわただしくテーブルの下をさまよっていて、気の毒になるほどの動揺が伝わってきた。
miffyは、直視するのが罪だと男に思わせるほど美しくて、隙がなかった。
男3人で飲みはじめてから1時間ぐらい経っていたし、気軽に話しはじめられたとはいえ初対面
同士の男3人の中に紛れこんだオレは、いつもよりビールやタバコの量をふやさなければ、
ここを乗り切れないかもしれないという危機感を覚えた。すなわちオレはいつもよりも酔っていた。
「マジ?すげーキレイじゃん?miffyだろ?いいからすわんなよ。」
オレは気後れすることなくスラスラと言葉が出てきた。
「どうも」
といってmiffyは、ともやの動揺にも店中の注目にも、初対面の男3人という緊張にも臆すること
なくストンと席に着いて、「どうしたの?いいよ気にしないで話続けてよ平気だから。」といった。
「あーおなかすいた。食べていい?」
といってmiffyは、テーブルにあった食いかけのサラダやから揚げやポテトをかたっぱしから上品
に少しずつ食べながら、手を上げて店員を呼びドライマティーニをオーダーした。
■13
「こうして見ると3人とも、チャットのイメージ通りだね。」
miffyは左から順番に3人を見渡し「Stussyでしょ?で、ともや君。そして9696。」
と自信たっぷりにいって顔とハンドルネームを一致させていった。もちろん正解だった。
オレをハンドルで呼ぶときも彼女は迷うことなく「クログロ」と発音した。
miffyが「みんなカッコいいじゃん」といってオレも喜んでニヤニヤした顔になってしまうと
ともやが「俺とStussyはともかく、このおっさんと一緒にすんなよ」と牽制したあたりから
彼も和んで落ち着きを取り戻し始めた。
Stussyがmiffyに「そういえばニューヨークの話はどうなったの?」と聞くと彼女は、
「さっき代理店行ってきたんだけど、なんとか全額返してもらえるみたい。」と答えた。
料金の払込みを済ませた後に海外旅行を申し込んだ旅行代理店が倒産してしまいツアー自体
がなくなったが、代金の返還手続きがうまくいってないことの愚痴を前々日のチャットで
話していた。
「お金もそうなんだけどさそれよりもあたしの夏休みどうしてくれるのって感じじゃない?」
夏休みの計画が理不尽になくなってしまったmiffyは「もー」といって少し口を尖らせたが、
そのしぐさがあまりにもキュートだったから、全くもって怒っている風には見えなかった。
それからひとしきり海外旅行の話や英会話の特にスラングの話やショッピングやファッション
やブランドの話をしてそれから、いつものチャットサイトで誰に興味があるとか彼少しおかし
いよねとかminaに会ってみたいとかお互いに共有できる唯一の属性であるチャットの話に
なった頃には、かなり酔いもまわり声や動作も大きくなって4人は盛り上がった。
オレはmiffyが似ている女優の名前を頭の片隅でずっと考えていて、いろんなドラマや映画の
シーンを思い浮かべてみたが彼女に当てはまる女優の名前は浮かんでこなかった。
これ以上アルコールに冒された頭ではとうてい思い出せるはずもなく、考えるのをあきらめて、
なぞなぞの答えがわからなくて苦しんだ挙句に「ヒントは?」と訊ねるような気持ちで
オレはついに「あのさ、誰か女優に似てるっていわれない?ここまで出てるんだけどさ」
と直接本人に訊いてしまった。
「えー言われたことないよー誰ー?」
といってmiffyは、眉間にしわをよせて悩んでいるようになってるオレの顔を、首をかしげて
不思議そうにのぞきこんだ。その時のmiffyの顔やしぐさが、オレのイメージに隠れた女優と
ぴったりシンクロしたが、それでもその女優の名前は出てこず、足を組んであごに手をあてた
状態で眉間にしわをよせているオレはしばらく彼女をにらむような格好になってしまった。
「たのむ、ヒントくれヒント。」とオレは理不尽なことをいってさらに彼女を悩ませたが、
「ヒントってわけじゃないけど」といって彼女はバッグから1枚の写真を取り出した。
「プロの人に撮ってもらったの」といいながらオレに向かって差し出された写真に全員が
集まった。白黒だがはっきりとしたコントラストの写真は川原の土手あたりが背景になって
いて、白いワンピースに帽子をかぶったmiffyが、屈託ない笑顔をカメラにむけていた。
「いるいる、こんな女優いるよ」Stussyもめずらしく興奮して写真と本人を見比べた。
オレも興奮したが、もうmiffyが誰かに似てることを考えるのはやめた。miffyはmiffyだ。
オレが写真を見て「やべ、たってきた」と冗談ぽくいった時に、彼女は笑った。
写真と同じ、屈託のない笑顔だった。
■14
気付くと時計は深夜0時になろうとしていて、店自体は明け方まで営業していたが、
金曜でもなくて明日は学校や仕事があるから名残惜しいが今日は帰ろうということになった。
店を出て渋谷駅へ向かう途中、ともやは千葉まで帰る路線経路をしつこくにmiffyに相談して
いて、「帰れるかな、大丈夫かな俺」と酔った口調で駄々をこねていた。
次第にmiffyも困ったような顔になったが「ダイジョウブよ男のコでしょ?」といって
ともやの背中を叩いて改札の中へ押し込み、この窮地を手際よく処理した。
Stussyは東横線で横浜へ向かい、オレは成増だったから石神井公園のmiffyと池袋までの帰り
道が一緒になった。山手線に乗り彼女と初めて二人っきりになった。これは口説くチャンス
かもしれない。池袋で山手線を降りたら小洒落たバーにでも誘おうか。しかしまずは会話だ。
「なんかさ、父親にかわいがられたクチでしょ。結構お父さんと仲いいんじゃない?」
彼女がオレら男に対して裏表もなく警戒心も見せず、それこそ屈託なく話していたその背景
に、なんでもまず父親に相談しながら育ち、父娘の中のよさに母親が嫉妬してしまうほどの
家庭を想像したオレは、父親の話をさせたいと思った。しかしmiffyは、
「中学ぐらいまではね。今はお父さんいないの。お母さんと妹とわたしの3人で暮らしてる」
といった。別れたのか亡くなったのかは聞けなかった。話さないってことは、聞かれたくも
ないのだろう。父親の話題は失敗だった。
ふとmiffyのケータイが鳴った。
ケータイを取り出して小さい声で話し始めてすぐにオレの方を向いたmiffyは、口の動きだけ
で電話の相手を伝えてきた。「ともや」。小さく頷いた。
電話の内容を聞いているとおそらくともやは、帰れなくて困ってmiffyに電話して、
そしてあわよくばmiffyの家に泊めてもらうかあるいはホテルへ行こうとしているか。
miffyは「どうしようか、困ったねえ」とか「総武線まだ動いてるよきっと」とか言っていたが、
ケータイのマイクの部分をふさいでオレに、「ともや帰れないんだって、どうしよう」と
相談してきた。オレは「そんなのほっとけよ。どうしようもねーじゃん。」といった。
miffyは「そうだよね、どうしようもないよね、」といってケータイへ戻り、ともやを説得して
電話を切った。
「だいじょうぶかな、ともや君」
「大丈夫だよ。それよりさ、さっきの女優の話なんだけどさ、やっぱり思い出せないよ。」
と話を切り替えると、彼女はケータイの電源を切ってしまった。
「女優は女優でも、AV女優だったりしてな。」
笑いをとろうと思い、ニヤニヤしながらいった。
「オレはそんなの見たことないけどな!」
というと彼女は「うそばっかり」といって微笑んでオレの目を見て黙ってしばらく目を見て、
小さい声で「実はね、そうゆう仕事、したことあるの」といった。
あまりにも現実離れした返答にオレは戸惑って、「キミ、おもしろいことゆうね」といって
薄ら笑いを浮かべた。しかし彼女は、
「ホントだよ?学生の頃だけどね。だから女優っていわれたとき、一瞬ドキっとしちゃった」
膝からチカラが抜けた。次の言葉が浮かばなかった。そのかわり、ベッドだけの明るい部屋
の中央で、裸のmiffyが2人の男に前と後ろから犯されてもう一人の男が黒いビデオカメラで
撮影しているイメージが、オレの頭の中を支配した。
心臓の鼓動は全身に伝わるほど大きく波打ち、喉が渇き、急激に緊張した。
やっとの思いで平静をとりつくろって彼女の方を向いて目を見ずに、
「へー、そうなんだ。」というのが精一杯だった。
「うん。でもみんなには内緒だよ。」といってmiffyは、屈託なく微笑んだ。
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