「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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浜松オフ2002(後)
「おいっす!」
低音がよく響き渡る渋い声でPタンが入ってきた。
Pタンは鈍色の着物を着て坊主頭に口ひげをたくわえている。
サングラスの蒐集家としても有名なPタンは着物にヒゲ坊主といういでたちに加え、
鋭く切れ上がったブリコのサングラスをかけ、凄みに勢いを増している。
「はろ~ぅ」すぐ後に猫なで声の猫さんが続いた。Pタンの奥さんだ。
猫さんは「ふわぁ疲れたちょっとすわらせてもらうよよっこらせ」といって
あっけにとられてるオレとフランスを気にする風でもなくカーペットの床に
ぺたりと座ってしまった。オレはそのあまい胸元にめまいを覚えて下を向いた。
フランスはPタンの風貌と猫さんの勢いにとまどって口をあけたまま黙っている。
以前に一度、二人に会ったことのあるオレはPタンと猫さんをフランスに、
フランスをPタンと猫さんに紹介した。三人はお互いの顔をみておお、と驚いた。
Pタンは自分のことを「わし」と呼ぶがサングラスを外したときの目は柔和そのもので、
さらに話すと人のよさが露呈し、風貌とのコントラストもあいまって強烈な印象を
相手に与える。
フランスは、どこかの掲示板に載っていたPタンの写真をみていたらしく、
そのヒゲ坊主の風貌は記憶にあったのだったが和装にサングラスという威圧的な
実物をみて気を臆していた。そしてなぜか、
「いやぁ、写真でみせてもろてます~、今日は新幹線でこられはんたんですか?」
と敬語だった。
今朝、東京組と面会したときフランスは彼らに「茶飲んでると申します」などと
丁寧な挨拶をされ、どうしていいかわからないような顔をして照れていた。
我々のライフワークであるともいえる「2ちゃんねる」は実にフレンドリーな
フィールドだ。おおむね敬語を必要としない。
しかし2ちゃんねるにおける対話方法が、必ずしも現実で通用するとは限らない。
そこで2ちゃんねらーは、オフラインにおいて実際に人と会うときに、
「礼儀」でもって武装してから、相手の出方を伺う方法をよく採用する。
Pタンが到着したことで、そろそろ人が集まる時間帯になったことに気づいた。
冷蔵庫にビールは3本ほどしか入っておらず、オレはフランスと近くのコンビニへ
買出しに行くことになった。ロビーへ降りるエレベータの中でオレは、フランスが
Pタンに対して敬語だったことを問うと、「あかんねん、Pタン年上やろ?
年上の人には敬語なってまうねん」といった。「オレは平気だけどな」というと、
フランスは「おまえとこすりつけは誰に対してもタメ口やろ」とあきれ気味にいった。
オレは、極力敬語を使わない。使わないようにしている。
決して礼儀を軽んじているわけではない。この場合、敬語で人に接するほうが、
逆に非礼なのではないかと思うのだ。
敬語は、礼儀をもって相手に接していることを示すための、意思表示のツールだ。
あるいは、本心のフィルターであるともいえる。
2ちゃんねる自転車板という「仲間」と接するとき、敬語というフィルターを介し、
「距離」をもった言葉を用いることが、果たして必要かどうか。必要ない。
オレは、距離も裏もないことを示すために、敬語を使わないようにしている。
ロビーにはすでに特設の受付が設置されていて、がまかつと、もう一人の坊主頭が
肩を並べ座っていた。女子数名を含む、若く派手な連中がその周りで賑やかにしていた。
オレはがまかつの隣に座っている坊主頭が、三瓶か澪じゃないかとあたりをつけた。
フランスが「そういや澪はもう着いとんのやろか、会いたいのぅ澪に」といった。
オレらは酒を買うため賑やかな受付を横目に外へ急いだ。すると後ろから女の声で、
「フランスどれ?フランス見たぁい」と話しているのが聞こえた。
「フランス見たいっていってるぜ?」と横腹をつつくとフランスは、
「なんやフランスて、フランスさんと呼べ」といって照れた。
浜松オフ~筋肉ジャージ~
ジャージのクルマに積んである荷物をとりに行くというフランスにつきあって駐車場へ、
買い物袋をぶら下げて行った。オレが「じゃ、先に部屋戻ってるから」というとフランスは、
「なんや、寂しいことゆうなよ一緒に行ったらええがな」とオレを引き止めたのだった。
オレに荷物持ちをさせる気だった。旅行かばんとギター、そしてフランス福袋。結構な大荷物だ。
駐車場へ行くと、ちょうど浜名湖1周を終えたばかりの自転車組が、走り終えて自転車を
片付けたところだった。おおむね、青い2ちゃんジャージとレーシングパンツ。
自転車用のビンディングシューズをカツカツ鳴らして、疲れた足をいたわるようにして歩いてきた。
「なんや、思ったよりはやかったな」すれ違いざまフランスが言った。こすりつけは、
「もっと早い予定やったけど、ま仕方あらへん」といった。
オレはフランスの旅行かばんを持たされ、フランスはギターと福袋だけ持って、
自転車組と一緒になりながらホテルのロビーへと向かった。
ホテルの玄関から、若い集団が出てきた。
5月中旬とはいえ、今日は朝から小雨がぱらついていて、それほど気温はあがらない。
しかし若い集団は、ほとんどがTシャツと短パンという軽装だった。肩に刺青のやつや、
銀色のピアスのやつもいる。何人かは金髪で、何人かは、坊主頭だった。
そのギャングのような集団は、ニヤニヤしながら駐車場の方へ向かって行くところだった。
駐車場からホテルへ向かっている自転車組とすれ違ったとき、ギャングの中の一人が
「おつかれさまです」と元気に言って、敬礼のようなおじぎをした。
すると他のギャングもニヤニヤしながら「おつかれっす」と続けた。
フランスを含む自転車集団は、ギャングの挨拶を不信に思い、しばらくあっけにとられていた。
「スス板の連中?」と誰かが言い出した。
きっとそうだ。自転車スタイルの集団の中の、ジャージに書かれたギコ猫を発見したギャング
ならぬスス板住人は、合同オフの相手でもある自転車組の、浜名湖1周をねぎらってくれたのだろう。
部屋割りとチェックインの手続きを済ませたこすりつけとジャージも部屋にやってきて、
905号室は、にわかに賑やかになりはじめた。
こすりつけは、全身に筋肉の模様が描かれているツナギタイプのジャージを着ている。
こすりつけは自転車で、大阪-東京間1号線走破を達成した。そのときの帰りに、
池袋ギャラクシーという自転車ショップで購入した。
店の高い所に飾られていた「筋肉ジャージ」を発見したこすりつけは、鼻息を荒くして、
「これ、うりものなん?」と聞いた。
「そうじゃない?なに?これ、欲しいの?」というとこすりつけは、
「めっちゃ欲しい」とだけ言って目を輝かせ店員をつかまえ、また「これ、うりものですか?」
と繰り返した。マリオ・チッポリーニというイタリアの自転車選手が、ジロデイタリアで着て
話題になったジャージのレプリカで、国内には数えるほどしか入ってきていないという、
レアなものらしい。結構な値段のするその筋肉ジャージをこすりつけは、いくらでもいいぞという
勢いでもって購入したのだった。そのときこすりつけはオレに「杖レには絶対ないしょやで」
といって口止めした。杖レとは、残念ながらこのオフには登場しないが彼もまた、こすりつけと
肩を並べるほどの、気違いである。もっとも後に杖レは、この筋肉ジャージを入手することになる。
こすりつけは真冬に、この筋肉ジャージを着てフランス行きつけの居酒屋へ行きフランスと
サシで飲んだ。フランスの度肝を抜き、店中の注目を浴びた「トカゲのおっさん事件」は、
有名なエピソードである。
こすりつけは、そのとき壊れたファスナーの部分をしきりに気にして、
「このジャージめっちゃええけどな、ひとつだけ、トイレ行くのめんどくさいねん」といった。
こすりつけの筋肉ジャージをしげしげと眺めていた猫さんは「ほんっとリアルに出来てるねぇ」
としきりに関心していた。
「これでリンパ腺と括約筋あったら最高やねんけどな」
とバカなことをいいながらこすりつけは、しゃがんだ姿勢で肛門をつきだした。
「だいじょうぶ。あたし書いてあげるから。それとも穴あけて縫ったほうがリアルかな?」
と猫さんも負けていなかった。
やっとの思いでファスナーを開けトイレに入ったこすりつけは、出てきてまもなくして、消えた。
やがて買ってきたビールも底をついた。気づいた猫さんが「今度はあたしがいってくる」と
買出しに出かけてくれた。ヤンの2ちゃんジャージを着させてもらっているフランスは、
まんざらでもなさそうに「わし似合うヤン」といった。
アフロのヅラを被ったPタンにはフランスが、「最初それで登場したらええヤン」といった。
そしてフランスは、ベッドの上でヤンとプロレスごっこをし始めた。
ヤンの足は女性的な曲線をおびていて、レーシングパンツから伸びるヤンのその白い足を
フランスが力まかせに広げている様は、ともすれば実に猥褻だった。
Pタンがトイレに立ったとき、ふと部屋の外に女数名の声がした。
やがて、905号室のドアが勢いよく開いた。
こすりつけに連れられてやってきたのは、スス板の女2名と、がまかつを含む男3名。
女子二人は、「フランス見たい」といいながらきょろきょろした。
男たちは、座敷のふちに3人、横並びに座った。一人はがまかつ。あとの二人は、わからない。
905号室は、騒然となった。
浜松オフ~麻生澪~
「フランスどれ?」という女の問いに答えずにフランスは、口をあけてあっけにとられていた。
ジャージがバスルームを指して「フランスそこや」といった。トイレに入っているのはPタンだ。
女2人は、トイレから出てくるフランスを待つために、椅子の陰に隠れた。出てくるのはPタンだ。
がまかつを含む男3人は、横並びでじっと座っている。うち坊主頭2人、金髪の挑発1人。
フランスは、どうしていいかわからない顔になっている。
フランスは、登場の仕方を練りに練って考えてきていた。ここで自らの名を明かすべきかどうか、
迷っているのかも知れなかった。
やがてバスルームの扉が開いて、Pタンが出てきた。誰かが「おおフランス!」と嘘の紹介をした。
アフロのかつらをつけたままのPタンは、トイレの中で外のやりとりを察していたのかあるいは
アドリブなのか、威勢よくガッツポーズでアピールし、この茶番に乗った。歓声がおきた。
しかしこれがフランスではないことを知っている自転車板の連中だけが盛り上がっていた。
女2人はあっけにとられ、椅子の陰で動かないままだった。着物姿にヒゲアフロという、
あまりにもバカバカしいスタイルを、素直に喜んでいいのか悪いのか、決めかねているようだった。
男3人は、この茶番の扱いをどうするべきか迷っているような苦い顔をしていた。
905号室の興奮もそろそろ落ち着いてきたころ、オレはこの部屋にせっかく訪ねてきてくれた
客に失礼だと思い、フランスを紹介した。「あれが、フランス」
終始所在なさげなたたずまいだったフランスはオレをにらみけだるそうにしていたが、やがて
諦めたのか、照れながら自己紹介をした。
「おまえらもまず自己紹介しいや」とこすりつけに促されたスス板からの客5人は、思い出した
ように居住まいを正した。自転車板の連中の視線は、当然椅子の陰の、女2人に注がれた。
「アイコタソ」、「ナエ」とそれぞれ短く手をあげながら名を告げた。かわいい。
しかし、自転車板の反応は薄かった。
女子の比率がスス板のそれと較べて圧倒的に低い自転車板は、女と接することになれていない。
女に対して歓声をあげることがいいのか悪いのか、失礼にあたるのかどうなのか、決めあぐねて
いるような、妙な空気が漂った。
オレはふと、3人並んで座っている男3人を見て思いあたった。オレがフランスとビールの買出し
に行くとき、がまかつの隣に座っていた坊主頭だった。背を伸ばし目を輝かせているがまかつとは
対照的に、前かがみに肘をつき、こぶしを口に添えて虚空を見つめていた。印象的だった。
そのときオレは三瓶か澪だと思った。なぜかはわからない。直感だ。
3人並んだ男の真ん中の奴が、澪ではないか、と思ったオレは、「澪はどこ?」と聞いた。
真ん中の坊主頭が手を挙げて、「あ、オレ」とぶきっきらぼうにいった。
澪のそののらりくらしとしていながら落ち着いた声は、世の中の全てを知り尽くしているかのように
自身に満ちあふれていながら、全ての世の中を拒絶しているような、そんな矛盾をはらんでいた。
「おーおまえが澪か!会いたかったで!」 フランスが熱狂した。そして澪に近づいて握手を求めた。
フランスと澪。伝説的なこの2人の初顔あわせにオレは、固い握手や熱い抱擁を想像したが、
澪は冷静だった。
けだるそうにフランスの握手に応じ、「もっとちっちゃいやつだと思ってた。」とだけポツリといった。
金髪の挑発は、エスパー伊藤と名乗った。記憶にある。たしか自転車板にも登場していた。
彼は毒のある1行レスをした後に、改行で間をつくり、最終行をいつも「,」でしめくくっていた。
彼がそのエスパーなのかあるいはオレの勘違いなのか、よくわからないが。
澪を除く客が去り、宴会の時間が近づいた。
澪はフランスと、宴会の余興の音あわせをやるために残り、自転車板は温泉へ向かった。
オレは少し、どきどきし始めた。なんの間違いか、司会をやるハメになっていた。最悪だった。
浜松オフ~トラウマ~
ひとつトラウマがある。
中学のときの部活の合宿でオレは、朝昼晩の食事を作ってくれた合宿所のおばちゃんに、
合宿最後の日、お礼の言葉を言う役に抜擢された。合宿最終日の朝、食事を終えたとき、
厨房からでてきてかしこまってるおばちゃんたちに、オレは部の代表として前に立ち、
感謝と労いの言葉を言った。
そのときのオレの挨拶は結構な評判になり、噂が広がった。教師も周囲の仲間も、
代表の挨拶なら中村にまかせろ、という目でオレを見始めた。
中庸だったオレは一気に脚光を浴び、まんざら悪い気はしなかった。そしてオレは、
なにか事あるごとに、壇上で誰かへのお礼の挨拶をさせられることが多くなった。
オレははりきった。イベントがあるたびに、一風変わったセリフを用意した。
オレの感動的な言葉は、相手や、ギャラリーを魅了した。そして誰よりも、オレ自身が陶酔した。
そんな陶酔も、長くは続かなかった。
そのうち新しいセリフも底をつき、オレは言葉を考えるのも、挨拶をするのも億劫になりだした。
とある日、避難訓練で実演指導や講演をしてくれた消防署のおっさんへ、感謝の言葉をいう役が
まわってきた。もう面倒だった。もはやオレにとってこの仕事は惰性でしかなかったし、
新鮮味も感動も、陶酔も何もなくなっていた。
適当にセリフを考えて前に出て、消防署のおっさんの前に出た。オレの後ろには数百人の、
同じ学年の奴らがいた。
「今日はおいそがしい中、」といつものようにセリフを言い出した。
「とかく防災を忘れがちで私たちは身をもって地震の怖さを知りません。。」
日本語がおかしい。内容もそぐわない。そう思って混乱した瞬間、
アタマの中が真っ白になった。
次の句が全くうかばなかった。丁度いいごまかしの言葉も出てこない。
後ろでは学年の生徒全員が、静かにオレの言葉を待っていた。
おっさんはにこやかに「がんばれ」と目で合図してくれた。
静まり返った体育館でオレは目だけうろうろさせ、口から出てくる言葉を待った。真っ白だった。
何分間、黙ったままおっさんの前に立っていただろうか。
実際には1分にも満たない時間だったろうが、オレにはそれが、5分にも10分にも感じられた。
なんとか体のいい言葉を見つけて挨拶を終え、おっさんに背を向けたときのオレの背中はきっと
汗ではりついていただろう。脈拍はあがり、呼吸は乱れていた。アタマの中はまだ、真っ白だった。
最悪だった。
それ以来オレは、大勢の人の前に立つと、あるいは大勢の人の前で話すことを考えると、
通常では考えられないほどの緊張感と恐怖感にさいなまれる。
まずあのアタマが真っ白になったときの、空白の時間がよみがえってくる。そしてやっとのことで
終わらせて帰っていくときの恥ずかしさや、周囲の気の毒そうな、冷ややかなあのまなざしを思い出す。
あんな失態は二度とごめんだ。そしてこれがオレの、トラウマだ。
フランスに「司会やれ!!」といわれても、何かの冗談だと思いとりあわなかった。
しかしフランスは、いつものようにしつこく強引に、「やれ」と繰り返した。
最後まで渋った。結局、ひきうけてしまった。
最初だけやればあとは誰かがなんとかしてくれる、そう思うことにした。
100畳もありそうな宴会場には、膳が一面に並べられていた。
壇上には「自転車板・スス板合同オフin浜松」の看板とステージマイク。
だんだん人が集まりだした。見知らぬ顔。スス板の連中。この見知らぬ顔の前に立つのはオレ。
好奇の目に晒されるのはオレ。鼓動が速くなった。一人だけこない。三瓶。ケガ。
もう一人の司会者。後は三瓶にまかせよう。こなかったらどうしよう。待った。暫く経った。
きた。三瓶、足に包帯。始めよう。がまかつ、いった。オレ、深呼吸。ため息に近い。
ステージ脇の、おそらく司会者用、スタンドマイク。深く吸って、はきながらむかった。
マイクの前に立った。大勢の知らない顔がオレのほうを見ている。おまえらは誰だ。
鼓動は速まっている。手のひらは汗ばんでいる。オレは、誰だ。
そして、言った。
「それではこれより、自転車スス板、合同オフin浜松を、開催いたします」
日本語が少しおかしかった。でも、言えた。
うまく、言えたよ。
浜松オフ~魂こがして~
赤茶色のカーテンが背景のステージに、一人ずつ上げられていた。
奥にスス板二十数名。一見してギャングとわかる目つきや髪形やファッションが威勢よく並んでいる。
手前入り口側には自転車板十数名。そのほとんどが温泉の浴衣を着て前をはだけている。
何組かのカップルもいて、目の前に並べられた膳の料理について肩をよせるようにして話している。
茶色く染めた髪の毛先を眺めている女や、ただもくもくと料理をつついている男。
自己紹介が始まっている。仲間内だけで通じる通り名。ここでは、ネット上に書き込む際の
「ハンドル」だけが、自分を識別する唯一のコードだ。
おそらく特別な意味も考えずに自分で付けた名前。「ローションペペ」、「牛乳」。バカバカしい名前
が次々と告げられるが、不思議と、その外見と名前が持つイメージが、一致して見える。
名前を告げた後に、持参した袋の中の景品を一つずつ取り出して紹介してゆく。
それぞれが持参してきた景品は、笑いをとるだけのためのものだったり、実用的なものだったり多様だった。
自転車板にさしかったころ、会場はすでに酒気につつまれ、タバコの煙で白くもやがかかり始めていた。
客も、ステージに集中して笑い声や合いの手を入れる者もいれば、あるいは料理や酒に集中する者もいた。
自分の番を終えたギャングの集団が騒ぎ出したり、女のグループは身を寄せて抱き合っていたりした。
自分の番が控えている者は、顔だけステージに向いていたがその目だけは真剣で、緊張がほとばしっていた。
一見して会場はまとまりがある風に見えたがその実、互いが互いをけん制し、まだ不安に満ちていた。
ステージで繰り広げられているトークと、ネット上で知り合ったというこの不安定な関係性の上に成り立って
いる宴会の客同士の、距離感の掴み合いに神経はとられ、ほとんどの膳は手付かずのままだった。
このとき宴会は、微妙なバランスによってのみ、支えられていた。
やがて自己紹介は一人を残し終了した。会場には酒気とタバコの煙。箸をとって食事をするものも増えてきた。
最後の一人は、フランス。
フランスはこの日のために、登場の仕方を練りに練ってきたと明かしていた。
薄汚れた土色の紙袋の取っ手のところではなく、折り曲げた袋の部分を無造作につかんで立ったフランスは、
少し伏目がちに背中を丸め、咳払いをする仕草をしながら照れくさそうに壇上へと向かった。
ふと、会場全体が静まり返った。膳をつつく箸の動きが一斉に止み、全ての視線がフランスに向けられた。
フランスはこのイベントの主催者だ。浜松オフ用の掲示板でも、熱いセリフや気の利いたレスを返していた。
客は、フランスがどんな人間か知りたがっていたし、そして今目の当たりにした彼のその特異な風貌から、
どんなパフォーマンスが繰り広げられるか期待していた。潜在的に彼は、注目されていた。
ステージ中央に立ったフランスは、薄汚れた袋を傍らに置き、スタンドマイクを少し低めに設定した。
マイクを調整するときにスピーカーを通じて、ごりっ、ごりっ、と不快な音が鳴ったが、それでも観客は
視線をそらさなかった。
少し背中を丸くし前かがみになったフランスは、スタンドマイクを大きく持ち、首をひねりながら
あごを突き出して第一声を発した。
「ハロ~?」
ハウリング気味に歪んだ機械的な音とともにスピーカーから発せられた彼の声は異常に大きかった。
フランスは首をかしげてマイクと観客をにらみつけた。観客はどう反応していいかわからず沈黙した。
「ハロ~?」
フランスは繰り返した。うなりながら発したために少しかすれたフランスの低音が、空気を揺らした。
よく通る音域の声をわざとかすれさせたような、ブルース系独特の音。観客は、奮い立った。
しかし観客はまだ、どう反応したらいいかわからないようだった。
急激に恐怖感や緊張感に襲われた場合、時として人は薄ら笑いを浮かべてしまうことがある。
不意に自分へおとずれたパニック状態を、受け入れたくないとする拒絶反応としての、薄ら笑いだ。
薄ら笑いを浮かべることで、心の均衡を保っていると見せかけているだけで実は、どうしていいかわからない。
まばらに、ハロー、と軽く返したのが2、3人。あとは薄ら笑いを浮かべながら、ステージの成り行きを
かたずを飲んで見守っている。
どうしていいかわからなくなっている観客の反応をバカにするかのようにフランスは、かまわず歌いだした。
地の果てから沸きあがってくるような重く響く声が、アンプを通して少し歪みながらアリーナ全体を揺らした。
フランスは目をつぶって陶酔しながら静かに、大音量で旋律を奏でた。観客は、さらに混乱した。
時折ひやかしの声が湧く。フランスはかまわず歌いつづけた。スタンドマイクを握る手には力がこもっている。
アカペラで歌うフランスの呼吸がクライマックスをむかえたとき、観客は初めて気づいたように歓声を上げた。
そのときフランスがマイクを握り締め、スタンドを蹴り上げ。
そして、吼えた。
フランスのシャウト。一瞬にして会場は熱狂と興奮で支配された。
シャウトの途中にフェイクを入れると、それにつられた観客も大きく波を打ったようになった。
「魂」や「ソウル」の言葉はなにかをゆさぶった。熱を帯びた大きな渦を創り出した。
そして全体が、一つになった。
歌声が止んでも、興奮の渦は鳴り止まなかった。
興奮した人々は次々と立ち上がり、あたりは拍手と大歓声に包まれて騒然となった。
こぶしを突き上げながらフランスは「壊せ!暴れろ!飲み尽くせ!」と暴力的な演説をうった。
男は呼応して暴力的にこぶしを突き上げて吼えた。女は着ているものを1枚づつ脱ぎ始めた。
どこからともなく「フランス」コールが巻き起こった。熱狂は、会場の外へも響きわたった。
両手を上げてフランスが退場しようとしたとき、ステージに人の群れが殺到し一人は頭を強く打った。
狂乱とともに、宴が始まった。
浜松オフ~気違い狩人(再)~
腕相撲のときこすりつけは、対戦相手と握手を交わすところで、抱きついてキスをした。
相手は細く背の高い色男だった。髪は赤く染まりよく日焼けしていて、坂口憲二に似ていた。
スス板対自転車板の勝ち抜き戦方式だった。自転車板は負け越していたが、こすりつけは
かなり奮闘していた。袖をまくった浴衣から生えたこすりつけの黒く筋ばった太い腕を見た
スス板の選手は狼狽した。それほどこすりつけの腕は力強く隆起していた。
こすりつけは対戦相手を挑発するために、浴衣をまくりパンツを下ろし、尻を相手に向けた。
挑発に乗った坂口憲二は、自らの短パンを下ろし、前が出る一歩手前の所でとめた。
両者ともステージ上だ。客席には女も数人いる。
さらにエスカレートしたこすりつけは、坂口憲二をテーブルの上に載せて足を広げ、
犯すような格好でその上に乗った。猥褻なスタイルの体固めが決まった瞬間、
坂口は平手でこすりつけの肩を数回叩きギブアップの意思を示してテーブルから転げ落ちた。
仰向けになりぐったりしている坂口に対しこすりつけはさらに追い討ちをかけるようにして、
まず自分のパンツを下ろし、次にしゃがんで自分の尻を仰向けの坂口にこすりつけた。
腕相撲は決勝を残すのみとなり、選手の回復を待つためしばし時間が必要であるものとし、
後に再開される予定だったが、結局時間の都合かなにかで行われなかった。
また観客は熱狂した。同時に観客は、悪夢を目にしていた。
客はこすりつけへの、そこはかとない畏怖の念を抱き、パニックに陥った。
今まさに集団は、暴徒と化した。
フランスがギターを持ってステージ上に現れた。
「並じゃねえ歌うぞ!!」
フランスの暴力的な言葉によって、暴徒と化した集団は、火がついたように狂った。
集団は、再度降臨した熱狂の対象を見て、つい数分前の混乱と狂気を思い起こしてしまった。
立ち上がりこぶしを突き上げ、群集はシュプレヒコールで狂乱を昇華させようとしていた。
ふと澪が、楽譜を持って現れた。
声を張り上げて混乱を鎮圧しようとするフランスの顔つきは荒々しくなっていたが、
対照的に、澪はこの騒乱の中、さも涼しげな顔で登場したのだった。
澪の落ち着きぶりに、狂った群集も虚をつかまされ、少しずつあたりは静かになっていった。
澪は淡々としたそぶりで席やマイクの用意を始めた。
そして準備を終え、横並びで椅子に座っているフランスに目で合図した。
カウントのすぐ後に鳴ったフランスの力強いギターと同時に、澪が歌いだした。
不思議な、声だった。
澪の声を聴いていると、なにか透明なものに触れているような錯覚にとらわれた。
フランスの歌が力強く熱狂的だとすれば、澪の歌には、やさしいなにか包容力があった。
フランスの煽動で熱くなった群集を静め、癒すなにかが澪の歌にはあった。
群集は次第に静かになった。女が一人、泣き崩れた。一人ずつ、膝を抱えて座り始めた。
あごヒゲを生やしたギャングが、目をつぶって涙をこらえていた。
全員が、澪の歌とフランスのギターに聴き入ったとき、ふと客席の誰かが、
涙声を張り上げて、歌い始めた。やがて客席の歌声は会場中に伝播した。
さっきまでこぶしを突き上げていた狂気のギャングは、一列になり互いに肩を組み、
横に揺れながら合唱した。
一番先に泣き崩れてふさぎこんでいる女には、友人の女が励ますようにして付き添い、
がんばろう、といいながらもらい泣きをしていた。それでも懸命に、歌おうとしていた。
会場は、感動の渦に包み込まれた。
客の盛り上がりに促され、アンコールとしてもう1曲歌ったところで、澪とフランスは
惜しまれながらステージを降りた。
結成して2曲だけ歌ったこの夢のユニットは一夜にして、伝説と化した。
浜松オフ~セーラー服~
アイコタソ、萎え、三瓶の3人がそれぞれセーラー服や女子高の制服や看護婦の白衣で登場した。
振り付きで「セーラー服を脱がさないで」を歌うところだったが、曲が始まったとたんに
デジカメを下段に構えた男数人が、制服のその短いスカートの中身を撮影しようとして、
ステージに群がった。歌い始まってまもなく一人二人とステージに寝るようにして滑り込むと、
もう収拾がつかなくなり次から次へと何人も、虫のように這いながらシャッターを切っていた。
彼女ら3人も、ある程度の露骨な撮影者は想定していたらしく、当初は別段取り立てて嫌がる
そぶりでもなかった。しかし次から次へと床を這いながら足元へ近寄ってくる生き物が
想像以上に多かったことから、振り付けはもとより、歌もなかなか歌えずにいた。
それでも曲の最後には、足元の生き物が放つストロボの光やその弄るような視線に耐えながら、
ポーズを決めていたあたり、さすがプロといえる。
プロといえば、腕相撲でもビンゴでも職チュー氏がマイクを握り、まさしくプロ顔負けの司会を
繰り広げていた。もし彼がおらず、万が一あのままオレがやることになったらと思うとぞっとした。
(職チューさん、ありがとうです)
ビンゴでは、職チュー氏のアシスタントとしてナルトという女性が、やはりセーラー服を着て
小躍りしながら番号を読み上げていた。ナルトはセーラー服の中に下着だかTシャツだかを着ていた。
誰かががビンゴになったとき、ナルトは小躍りして祝う重要な役目をしていたが、両手を上げたときに
どうしても腹を見せたいらしく、ずり落ちてくる中の下着を気にして、いつもまくりあげていた。
そんなに気になるのなら最初から中のやつ着なきゃいいのに、と思ったが、借り物で汚せないのかな、
とも同時に思った。いずれにしても余計なお世話には変わりはない。
ステージ上では主要なイベントが終わったらしく、カラオケが繰り広げられていた。
宴会場は既に席が入り乱れて、目の前にあるのが誰の膳だかわからないような状況だった。
飲み放題の時間は既に終わっていたが、あちこちに散乱しているビール瓶にはまだビールが入っていた。
ビンゴの景品でゲットした全身白タイツを、早々と着こみ、淡々と酒を注いでいるものもいるし、
白鳥のアタマの部分がついているヒラヒラした白いやつを腰に巻いて寝そべったままのやつもいる。
宴会は泥沼のような様相を呈してきた。
名は伏せるが、オレが看護婦姿の後ろにいたとき、首から胸元にゆっくりと手を這わせると看護婦は
悩ましげな声を出して挑発しオレを辟易とさせたし、セーラー服はというと、太ももに描かれた刺青
を短いスカートをたくし上げて群がる男ども興奮の渦に巻き込んだ挙句、全部見えないから、という
リクエストに応えてパンツを少しめくって刺青の全容を明らかにしていたりした。男どもの視線は当然、
刺青ではなくそのめくられたパンツと地肌の部分に集中したがセーラー服は、いやよく見えなかった、
という男の欲望むきだしの要求にもむずがることなく何度も応えていた。セーラー服の彼女を中心とした
輪の中にいるオレ自身をふと客観的に見たオレに自己嫌悪が襲ってきたのだったが、その太ももの、
かなり上のところまで描かれている刺青と、ブルーのパンツと白い地肌が目に焼き付いていて、
オレはかなりどうでもよくなった。
ルーズソックスを履いた制服の女の短いスカートが目の前を通り過ぎようとして、なにか呼び止める
言葉を探していたら、ちょっとそれ見えそうだよ、という露骨な言葉しか出てこなかった。
しかしルーズソックスは短いのを気にしようともしないどころか、こともあろうに自らの手でもって
短いスカートを捲り上げて、ほら、といわんばかりにオレを挑発した。
もうオレは本格的にわけがわからなくなってしまった。
浜松オフ~ジャージ~
このあと宴は、牛乳だか誰かの客席へのダイブをともなうONLY YOUや、
フランスのジェンカのようなSHAKE HIPをむかえ最高潮に達した。
誰かにマッサージしてもらって気持ちよかったことや、
ビールかけををしたらしいこともあまり覚えていないし、
その後の一本締めや澪とフランスの締めの挨拶も記憶にない。
とにかく宴会は大円団にて終了したらしい。
一旦部屋に戻ってロビーへ出て、カラオケに行くことになったらしい。
宴会終了間際につぶれたこすりつけを介抱しているジャージとヤンに、
カラオケへ行く旨を伝えるためにオレは、カラオケにはあとから行くことにして、
こすりつけが休憩中のトイレへ向かった。
そのトイレには、こすりつけをやっとの思いで起こしたジャージとヤンがいた。
こすりつけは、「もうだいじょうぶや」と何度も繰り返し、ジャージに抱えられながら歩いていた。
ヤンも浴衣姿のまま、その2人を支えるようにして気を使いながら歩いていた。
こすりつけは浴衣の帯がゆるんでいて、前をだらしなくあけたまま、よれたその浴衣を
ひきずるようにしてジャージとヤンに支えられて歩いていた。
オレはその3人の後ろを呆れたような顔をしてだらだらと歩いていた。
いきなり、こすりつけが振り向いてそしてオレに向かって、「なんでお前いんねん!」と声を荒げた。
確かに、何故オレはここにいるのだろう。
そういえばフランスに、「おまえあいつらちょっと見てきてや」とか言われたような気もする。
そういえばフランスには、「おまえ上(スナック)に今、女の子いるかきいてこいや。」
とか命令されて、わざわざフロントへ行き「あの、今女のコ何人いますかね?」と質問した気もする。
こすりつけには、「もうええゆうねん。なんでおまえが心配してついてこなあかんねん」
なような意味のことを言われたオレってば、なんだか振り回されているような感じだ。
まあいいや。
こすりつけをベッドに寝かせつけてロビーに戻ってきたジャージと一緒に、カラオケ屋へ向かった。
ヤンは電話しても出ないから、もう疲れて眠ってしまったのだろう。
暗く長い廊下を歩いて、ホテルの地下のカラオケボックスについた。
パステル調のピンクとグリーンとクリーム色のペンキで塗られたカラオケボックスのフロントには、
スス板の男女が賑やかに待機していた。
20人を超す大人数に1部屋では間に合わないらしく、1部屋はキープ出来たが2部屋目を待つ集団が、
フロントの椅子に座ったり立ったりしていたのだった。1部屋目には自転車板とフランスを中心に、
何人かの女もいたが、もう座るスペースは無かった。
2部屋目として、スス板とともに部屋割りを待っていると、スス板の女の1人が、着ていた浴衣の前を
はだけさせながら、男とじゃれはじめた。
酔った女は男に、まだ早いよ、とか、おまえ見せすぎ、とかなんとか言われて嬉しそうに戯れていた。
オレとジャージは、黙ってその光景を眺めていただけだった。
オレは、「ちょっとオレ、帰ろうかな」といった。
ジャージは「そやな」とだけいった。
そして女のパンツは、黒だった。
「あかん、もう自転車やめる。来年からスノボの時代や。絶対スス板の住人になったる」
暗く長い廊下を2人並んで歩いて部屋へ帰る途中ジャージがいった。
オレはただ薄ら笑いを浮かべて、そうだよな、とだけ言った。
部屋へ戻ったあともしばらくジャージと飲見ながらなにか深刻な話でもしていたはずだったが、
何を話していたんだっけか。
オレは無性に人肌が恋しくなっていて、女を抱きたいと思っていたが、なんだか眠ってしまっていたようだ。
浜松オフ~エピローグ~
次の日オレは9時前に、やっとの思いで起きた。しかし同じ部屋のメンバーも起きるタイミングは同じだった。
フランスは足が痛いと訴えていた。オレは朝飯を食ったあと部屋に戻っても脱力してうまく動けなかった。
がまかつが訪ねてきて、おおふらんすジャージ裁断前の生地を見せてくれた。6月末には、完成の見込みだという。
チェックアウトの時間になりロビーへ降りると、昨日暴れていたメンツは元気な顔をしていて、昨日疲れていた
連中は昨日より疲れた顔をしていた。ホテルの前で記念写真を撮り、ばらばらになりながらかたまるところは
かたまりながら、「パルパル」へ向かったり、あるいは帰ったりしていた。オレはフランスの車椅子を借るため
一旦遊園地の入り口へ行き、また戻ってきて自転車板と合流した。日差しがまぶしくて、うまく目をあけて
いられなかった。オレはこの頭の痛さを解消しようと、とにかくビールを飲んだ。ジェットコースターには興奮した。
そして昼間から、何杯もビールを飲んだ。
なんだか疲労とともに、敗北感が襲ってきていた。
自転車板には、フランスの熱狂的なパワーがあったし、こすりつけの猟奇的なポテンシャルもあった。
糞アナルの爆発的な躍動感といい、ヤンのなぜか女性的な雰囲気にも味があった。それぞれが、
その特異なキャラを発揮していた。だから自転車板が負けていたというわけではない。
なら何が負けていたのか。
それはオレ自身だ。
スス板という集団の、技術に裏打ちされたその自身に満ちあふれたパワーに対抗出来る手段として
オレには、パワーも技術もメンタリティーも、何もないことを思い知らされたのだ。
最初にオレは、オレに「帰属意識がない」というようなことを書いた。社会や集団に「帰属」し、ともに集団の
ために利益を追求していくことは出来ないと。しかしここにきて、スス板対自転車板という局面においてなんら
武器も技術も力も持ち合わせていない自分自身に、腹立たしく思っている。
オレは集団として、スス板に勝ちたいと思った。オレは、自分自身のスキルとギャラが全てだとも言った。
集団として、集団を勝ちに導けるスキルも、それはつまるところ、個人の技量であり技術であり、パワーなのだった。
その証拠に、フランスはステージで観客を魅了したし、こすりつけは右腕だけで、スス板を圧倒しなお且つ、
瞬発的な勢いだけで相手を恐怖へ陥れた。澪もがまかつもその人柄で多くの人を浜松へ導いた。異種格闘技戦
のような宴会で、結局チームを引っ張るのは個人の技量だ。そこでオレは何も出来なかった。オレには、なにも
なかったということだった。
最後にみんなでうなぎを食べているときにこすりつけが言った。
「おまえら三下(サンシタ)がいくら集まったところで、あのスス板の連中にはかなうわけあらへん」
オレはこの言葉を忘れない。三下には、なりたくないからだ。
~おしまい~
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