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自分に気づく心理学 これは凄い本だー
2009年03月20日
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昨日デパス飲みすぎてラリってもうた。今日は病院行って、クスリもらって図書館で勉強してた。金曜からテスト。たぶんな、その地区の図書館の蔵書量とかの質によって、その地区の英知っていうんかな、子供が賢くなるっていうか、抜けた子供が出てくるとかそういうのちょっとね、関係すると思うんだわ。ほんまにうちの図書館はあかん。堺市立の他の図書館はなかなかにすばらしいのに、うちのアレなんやねん。まともな戯曲もおいてへん。井上ひさしもエエけど今をときめく劇作家の本くらいそろえとけや、ハゲ。松尾スズキ、鴻上尚史なんで、あんな少ない。西原理恵子の毎日かあさん読みたかったけど、北図書館にしかないし。「キレイ」神様と待ち合わせした女とスノードーム借りて帰る。塩狩峠読もうかなあ、おもたけど汚かったから止めた。渡辺淳一にも手だそかなあって最近思ってる。失楽園とか。最初読んだ感じスノードーム苦手かもなあ・・・
2009年02月18日
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英語の先生曰くバレンタインの日の告白は「Be my Valentine」っていうらしいわ。 Valentineが恋人に言うらしいよ。 スペイン語か何かで愛しい人をリンダとか、英語でハニー、ダリーンと同じ感覚かなあ。 んで、さっき王妃の離婚読み終わった。 10年前の直木賞受賞作で15世紀のフランス王妃のジャンヌ・ドゥ・フランスとフランス王のルイ12世の離婚裁判の話。主役は王妃側の弁護士やねんけどね。 全く、要約する能力なくて自分に辟易するわ。
2009年02月15日
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嫌なことがあっても何故かしらストレスっていうのは、たまったことがなかった。 まぁ耐えてはいて、嫌と思ったことはなかったかもしれない。嫌いなものを晩御飯に出されて、下げられるまで食べずに待つ感じ。 んで、揺さぶられたことのないとこが揺さぶられらした。自分が壊れていってるような感じ。揺さぶられ緩やかに。 今日はもう寝よ。
2009年01月27日
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なんか、緩やかに自分が壊れていってるような感覚?あらぁ?
2009年01月26日
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こんなに嫌な思いして、世間とうまくいかなくて、生まれてこの方何故かずっと世間とは倦怠期のカップルみたいな関係になっていて、それに慣れたよアハハなんて弱弱しく笑ってみても、夜は寂しいや辛いとかが波のようにひいたり押し寄せたりして、時々すっげえサーファーが心踊るようなデカイ波が来て溺れそうになるけど、実際、何の形も伴わない、ただの自分の気持ちと社会の辛らつさと何かがプラスアルファされて出来たものだから溺れ死ぬこともできなくて、もうちょっと上手く生きれないかなあ、って思いつつ、こんな長い句点がひとつもねえ文を打ってみても、何にもカタルシスを感じないくらい、生き難い世の中でうんうん唸りながら頑張って生きているのに、なんで、これが社会の役にまっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっったく立たないのか黒木瞳が何であの歳であんなに綺麗なのかわかんねえくらい甚だ疑問。んで、まぁ役に立つ領域は文化じゃねえかなあ。と思う。んで、こんなこというつつ文化っていう意味がいまいち良くわかんなかったので調べてみると、俺が言っている文化は文明という言葉と対比的に使用できるらしい。つまり、文化というと高層ビルとか経済様式とかああいうのも、文化っていうんだけれども、まぁ、そういうのは文明と呼ぼうじゃありませんか。そういう何だかコンクリートみたいに堅苦しいのではなく、宗教、文学、精神とかそういうものを文化と呼ぼうじゃないのというのが俺が何だか良く分からずに先に使った文化という代物らしい。だいたい知性というのは、簡潔さのことをいうので、こんなにタラタラ長い言葉の洪水に脳みそを浸さないと文化の意味も説明も理解もできない俺はホントにアホだなと思う。まぁ別にいいんだけどね。つまり、もうっと簡潔に俺が言う文化は何ぞやというと。人間が生産してきた無形の精神産物みたいな言い方ができるのかもしれないし、できないのかもしれない。そして、たぶんできない。もうっと、抽象的な感じで言えば。人間が説明しようと言葉を尽くしても説明ができないもの。かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、そして、たぶんそうじゃないと思う。もうっともうっと抽象的かつシンプラーな感じでいうと。まだ、暫定的な答えが出ていないもの、かもしれない。つまり人間が永遠に考え続けなければいけないものかもしれない。つまり突き詰める意味のないものなのかもしれないし。無駄なものかもしれない。そう。俺が悩んだりうんうん言っているものは無意味なものにしか役に立たない。無意味なものにしか役に立たないのだから、きっと俺が悩んでいること生き難いと感じていることは無意味なことだということになる。だいたい自分に関することに意味があると思い込むなんておこがましい。でも、俺は苦しんでいるという事実があり、そういった文学・宗教とかいった文化に自分の無意味な悩みとか考えを言葉にしたものを俺が読んだり聞いたり見たりして、苦しみが緩和されることもある。なら、これは意味がある。これも、おこがましい話だけど、誰かの背中を楽な方へ押してあげることができるんなら、そういう意味があるだろうと思うが、実は意味がなく。意味があるのに無意味であるということになる。そんな意味があるのに無意味なもので飯を食っているのが作家とか俳優とか、哲学者とか宗教家とか教祖とか映画監督とか、そういう表現の仕事に携わっている人であって。別に、この人たちがいなかろうが、生きていくにはなんら支障はない。だとしたら、それはとてもよい仕事だと思う。とケラリーノ・サンドロヴィッチがいっていた。上記の内容はつまり。俺みたいな頭も特段よくない、運動もできない、友達も多くない、っていうか友達って区切りがわかんねえし、友達っていうか今つるんでるやつらなんか、ただの悪縁だし、16年の付き合いのNもどう考えても友達とか親友とか区切りじゃなくて、悪縁だし、なんて悪態付く社会の底辺みたいなやつを引き上げて飯を食えるようにしてくれるのが文化だということだと信じたい。と松尾スズキがいっていたことをパクっただけであって。でも、本当に俺も心の底からそう思ったわけであって。でも、ゴール(言いたいこと)は一緒でも、アプローチの方法はまったく違うわけであって、それが俺の表現になる。結局、どこを見ても、言ってることが同じな作家、学者は多く、注意深く見ればそれはアプローチの方法が異なるだけであって。最終的な上記のまとめは。ダメ人間もしくはそれに準ずる人間は表現で飯を食えばいいじゃん。つまり馬鹿は創造しろということ。にまとめられるかもしれないし、まとめられないかもしれないし。たぶん、まとめられないんだろうけど。もっと本質を突いてみると。耐えろ。に終始するんじゃないかと思う。たぶん、1000文字以上打ったが、3文字にできました。まる。
2009年01月16日
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なにが駄目だったかっつうと、俺よりこんなすげえ奴がいるんだこんなことできるなんてすごいなあ、輝いてるわ、あなたっていう人がいてそれに比べて俺は何なんですか?うんこから顔を覗かしたギョウチュウくらいの価値しかないんじゃないですか?と思ったときから、俺は負けたんだろうと思う。思い上がりは若者の特権であり、それを放棄した時点で、お前は本当にうんこになってしまったんじゃなかろうか。第一、俺が初めからこんな物が欲しいと思っていたリストに書いてあるものはそりゃ、順位が付けられるような物もあったけれど、それは目下の幸せと。つみれでいやあ繋ぎの部分に当たるもので、正直、それが一番欲しいものではなかった。どんな価値あるものを持っていても、それは年月の経過によって劣化していくし、どんなに輝かしい成績を持っていても、それは後ろから追いかけてくる世代に追い抜かれてしまう。何が必要かっていうと、出世した自分だった。今は出世というのは昇進、栄転と同じ意味に使われているけど、本来は世を出る。月並みなことではないといこと。まぁ、別に月並みなことでも良かったんだけれども、昔、だれかが言ったのね。遊ぶときに、あいつ呼ぼうぜというやつはいつもいる。そいつの価値に名前はつかない。そいつが今ここにいたらなあという価値は永遠なのだよね。っていう。今のこんな時代だからこそ、誰かが誰かを、一緒にいれば楽しいとか、いう理由であいつを呼びたいという。そんなことが一番大切なようなことのように思う。あぁ、あいつがいれば楽しいのに。そんな風に思いあったり思われたり、何だかヒーローが登場するのを待ちわびるような気分で。それが本質的な希望とかいうものにも繋がると思う。ヒーローがやってくると希望がやってくる。あいつがやってくると場の空気が明るくなる。俺が本当に欲しかったのは、そんな、ヒーローやあいつのような希望の先にやってくるもの。
2009年01月10日
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読売の編集手帳、朝日の天声人語、どっちかっていうと世の中を斜めに見るような読んでいてスッキリするようなもんではない。 聖教新聞は違うやて。 世界を簡単に説明する言葉なんかないねんから、それこそ簡単に信じたらだめでしょうよ。 んで、ナイツのどっちも青年本部長をやっていて、オードリーの片割れもそうて、ノンスタイルも両方そうで。やって。 そりゃなぁ。
2009年01月01日
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江戸時代の庶民は除夜の鐘を聞きながら、大掃除も終わった、ほこりっぽい部屋で家族でソバを食べもちろん紅白とかガキ使なんてその時はなくて、何をしながら年を越したかというと。七味五悦三会を家族で話あったんだって。七味五悦三会というのは七味は、その年に食べた7つの美味しかったもの。五悦は、その年にあった5つの楽しかったこと、嬉しかったこと。三会は、その年にあった3人の素敵な人。ということで、ちょい早めに思い出してみる。七味1,夏休みの友達4人と企画していったバーベキュー(もうあの雰囲気が幸せで)2,オーストラリアで食べた住吉さんが作ってくれたオニギリ3,オーストラリアでアンドレアがいつも入れてくれた緑茶4,オーストラリアから帰ってきてすぐに食べたとろろソバ5,オーストラリアに行く前に食べたサバとご飯6,田舎から送られてきた鯛7,キムチ鍋五悦1,直帰するクラスメンバーでカラオケにいってご飯にいったこと2,ギョホパ(ギョーザホットケーキパーティ)3,一年のときの友達がまた集まってバーベキューにいったこと4,そして花火も出来たこと。季節外れの花火やった。5,オーストラリアにいけたこと,普段接することのない1年と仲良くできたこと。5つじゃたりないなあ6,文化祭で主役級のダンサー?ワラに選ばれ、それが成功したこと7,修学旅行8,修学旅行である友達と朝まで微睡みながら話をしてたこと。何しゃべってもおもろかった。9,修学旅行の写真がほんとに幸せそうだったこと。10,昨日、MとOで鍋できたこと。三会1,O,K2,Y,T3,H,T思いではいつも甘美で、思い出す文化といのを作った江戸ぱんぴーはすげえなあと思ふ。
2008年12月30日
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20年後、誰かの、名前を知っているのか知らないアナタの一番になりたいと思う。今もそう思っているけれども、上手くゆかない。昔はきっと誰かの一番だったと思う。そして、みんな昔は大切なものが一緒だったんじゃないだろうか。そして、だんだん変わってくる。それを哀しいと思う。昔は一緒のことで笑えた。でも、ただ大切なものが増えていっただけの話なんじゃないだろうか。歳を重ねるごとに大切なものが増えていく。大切なものがひとつだったのが、だんだんといっぱいになって、その中から一番好きな何かを選ぶ。ただ、それだけの話。好きだったものが嫌いになったというのではなく、好きだったのは思い出になったという話なのかもしれない。無限個の組み合わせを誰かと誰かが同じ組み合わせで選んで、その二人が出会うなら。何かが始まっても良いと思う。
2008年12月30日
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昨日の夜から友達3人で家鍋。なんか、憧れてた高校ライフだわ。いろいろとんでもなかったけど、楽しかった。昼から、そのままウォーリー。
2008年12月30日
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雷って、もともと神が鳴くってかくねんて。 へぇーやな。 神様がスッゲエ好きやった女にフラレて鳴いたから涙(雨)流して声(雷)あげてなくんやったらオモローや
2008年12月29日
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ここにはもう蟠ったどんよりとした水がたまってるだけやわ。 どんなけ新しい水を入れても入れても古い水のせいで早く腐ってボウフラがわく。 早く抜け出さないと何もはじまらん。
2008年12月29日
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ま、こんなもんか。 分かってたけどもね。 ま、しんどいなあ。
2008年12月27日
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ジョー・ブラックによろしくで スーザンがジョーに 「奥さんはいるの?」 「なぜ?」 「自分のことを話したがらない男はたいてい妻帯者よ」 「それじゃあ彼女は?」 「いないよ」 「ゲイなの?」 「違うよ」 奥さんは彼女はゲイなのって同列に扱う文化に若干感動した
2008年12月27日
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あまりにも勉強が続かなさすぎるわ。 本読むかDVD見るしかしてないわあ。 何かしら表現の仕事するんやし、言えばそれが俺の将来への軌跡やしなあ。 そっちを記録しようかしら ケビン・コスナー「ボディーガード」を見る。 男と女の心理が良く描けてるなと思った。 格差(色々な意味)がまたロミジュリ的な恋の成就の障害になっていてもう駄目か、いけるかと楽しめた。 もはや有名すぎる挿入歌のサビはエンダー!じゃなくてエンドアーイ!らしい。昔、いいともでタモさんが言っていた。 ファーマーが昔、恋した女に一切焦点をあてなかったのはなんなんだろうか。 ハッピーエンドでよし。 鴻上尚史のエッセイドンキホーテのリボンを読む。 テレビはミヤネ屋、なるとも、ごきげんよう、Mステ、メッセンジャーのやつ、今は今田のやつを見ている。 ミヤネ屋で今年時間を一番とって報道したのは小室哲哉だった。後半期。11月。に一気に伸びた。 一時代を作った人間である。その人間が終わった。 音楽というのは時代を反映すると言えばどうなのか。 例えるなら慶喜が政権を放棄したような感じか。 テレビを見ながら今日本屋で買ってきた雑談力という本を読む。なかなか参考になる。 コミュニケーションは苦手ではないが、確実に拙いのは確かである。 中には自分をコミュ力の高い人間だと思い込んでるやつがいるが、周囲に実際コミュ力が高いやつはなかなかいない。 相手がいかような人間であっても会話を引き出す雑談力も必要なのだ。それが、高いコミュニケーション能力であり、雑談力である。 突き詰めると、コミュニケーション能力が高い人間というのは、返しが上手いとかは当たり前だが、相手の聞きたい言葉を話すのがそれの証明なのだ、と誰かが言った。 他買った本 人たらしのブラック心理術 売れているらしい。人の心をつかむ心理みたいな話し方みたいな。のを載っけた胡散臭い表紙の本。 16歳の教科書 何故、国数英理社、心理を学ぶのかというのを、現代の先頭を突っ走る人たちが解説。昔、はまったハートで感じる英会話の大西先生が解説しているので買う。 働く理由 名言から働くとは何かを考える。表紙がおもろかったから買う。 他にフェルミ推定、バカボンのパパの哲学を買おうと思ったがやめる。高校生のための現代思想評論集は買うのわすれた。 真面目な本ばっかだね。 まぁ俺なりの将来への軌跡で。
2008年12月27日
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納得できたところで、まぁ、無意味だろう。あくまでも理解できたとしても、それはきっと虚しいだけなのだから。何かを始めなくてはいけない。何かを始めるには体力がいる。めんどうくさいの。結局は。これ以上何かを求めても無いものねだりだと、体が思い込んでいるから。仮に何かを始めれて、何かを得ることができても、と体はすねているのだろう。とにかく耐えなければいけない。そして、生き延びなければならない。死ぬのはまだ早い。何もないのなら。何かを得にくいのならば。世の中の不条理に納得するなよ。最初に思ったあの気持ちはどうした。鎖に繋がれた牢の中で遊びまくり。世界が終わるまでパレードを開くんじゃなかったのか。もう、めんどうくさいとか、しんどいとか言うなよ。無いものねだりだから、求めないのはそのまま死に行くだけじゃないか。無いものねだりでも、求め続けることに意味があるんだよ。ワイングラスに水をそそがなければ、ならないのなら。そこが砂漠なら、お前が血を流して、そこに血を注げばいいだろう。喉がかわいて死にそうなら、そうやって血を流して喉を潤せ。なんとか生き延びろ。つまらんつまらんと言いながら、何もない何も無いと言いながら最後まで生き延びたらきっと安らかなのだ。あぁ、やっと死ねるって。蛾が火に焼かれるときこそ、最高に幸せならお前も火が棺おけの下からあぶり出てくるまで生き延びろ。厭世観にとらわれるだけなら、誰でも出来る。世も末だなんて、スーパーの前にたむろってる婆でも出来る。静かにゆっくりそして長く考えて耐えろ。お前だけの何かを作ってみろ。そこから何か始まる。何かを作れ。傷つくのも傷つけるのも疲れる。その疲れを見せるな。隠せ。哀しいという感情を楽しいと偽れ。あははと笑えないなら、とほほと笑え。ただ微笑んでいるだけでも良い。とにかく笑え。世界をまるまま理解しようとする試みは砂漠に見える蜃気楼でしかない。もうとっくの昔にオアシスは出発した。もう戻れない。戻りたいなんて思うな。お前の未来は過去にレイプを受けるな。楽しかったという安らかな記憶は砂の中に埋めてしまえ。ここからラクダも水もない。お前だけの足で目的の無い砂の上を歩き続けろ。脱水なんて生殺しみたいな死に方で死ぬな。遊んで死ね。きっと安らかに、死ねるから。今は耐えろ。辛いが、耐えろ。独りで耐えて、お前の足で、誰にもすがることなく立ちなさい。その先に必ずオアシスがあって、誰かが僕を待っている。名前の知らない誰かが僕を待っている。そこまでなんとしてもたどり着け。無理だったら、それで良い。それで良い。良くがんばった。
2008年12月25日
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冬休みの予定後少しで受験生なので勉強に専念する今年は英文法、古典文法中心に勉強今年中に宿題に関して理科総合、英語を終わらせるバイトを探してきて、もしかすると冬休み中にはじめるかもしれない。毎朝、適度に走りにいく。受験は40万で乗り切れと親のお達しが下ったので、冬期講習なんぞにはいけないだろう。せめて秋からだ。周りが塾に行っている分遅れをとってはいけない。24日 今日、借りてたまっている映画、ボディーガードとダンサーインザダークでも見ようか ダンサーはイブに見る映画ではないけどね。 映画を見ながら英語をやる 明石家サンタを見る 25日 何かしようと言っていたが急なので、皆面倒くさくなり取りやめに 残っている88minutesとジョーブラックによろしくでも見よう 88minutesは危ないクリスマスになりそうだ。 ジョーブラックはタイムリーでちょうど良い。 英語をやる。数学にも手をつけはじめたい。 26日 修学旅行で仲良くなったほかの組の子と忘年会でもしようと言っていたが これは皆の予定がつかず、新年会に持ち越し。4日~7日の間にありそうな予感。 Nを家に呼んでおしゃべりでもしようか。 TSUTAYAにDVDと漫画を返しにいく。また新しく何か借りるだろう。27日 古典にも手をつけはじめる。ここらできっと英語の参考書は終わらせれるだろう。 問題演習にも手をつけたい。 28日 29日のクラスの仲良いグループ5,6人で忘年会があるので、数人で、その買出しにいく。 これはまだはっきりとはしていない。29の昼から夕方に移行する可能性もある。29日 忘年会。親はいない。朝までしこたま騒ごう。30日 そのメンバーのOとMと俺で、そのまま映画にいく。2本立てで見そうだ。 友情プライスが適応されるので、1本1000円で見れる。31日 親はいない。外に出るのもわずらわしい。ガキ使見ながら年越しか。 1日 家族で出かける。新年勤行会というあんまり人様には言いたくない会合に出席。2日、3日 そろそろ勉強再開。古典もこれまでには一通り終えておきたい。 家庭科の宿題を終える。数学の宿題も3分の1はやっておきたい。4~7日 目下のところ、未定である。予定の立てようも勉強内容の詳細も書きにくい。 鬼が笑うだろう。この間に修学旅行のメンツで新年会がありそうだ。8日 学校開始。クラスの新年会。かなり皆参加するみたいだ。楽しみ。ほか、減ることはないだろう。追加はあるだろう。スイパラというとこにも冬休み中に行ってみたい。これは年が明けてからが良い。引っ越した友達のとこにも遊びにいくだろう。ついでに何か一緒に映画でも見よう。年が明けたらOとHとまたどこかに行きたい。USJでも行こうか。目下の予定だ。確実にこなす必要はないが、出来るだけ守りたい。
2008年12月24日
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ハムレットの中のセリフ、なんやったかなあ あすが来、あすが去り、そうして、また明日が、そうやって刻一刻と時の階を滑り落ちていく。この世の終わりに辿り着くまで。 トランスでのご挨拶の一文 結局は身投げの最中なので、全てを受け入れ死ににいくしかないのです。 を足すと 人が生きるということは、もはや身投げなので、全て肯定の感情で受け入れよっていう下らん精神論になるんか。
2008年12月23日
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オカン夜勤28日やおもてたわ。29日やったし。せっかくうちで忘年会やって29にそのまま映画みにいく予定やったのに。台無しやわ。
2008年12月23日
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ん~・・・俺も勉強日誌つけよ。ここに。明日(今日)から。
2008年12月22日
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1日1回それも10時からしかソウやってないとか (´・Д・`) ただでさえ皆より楽しみ少ないのに奪わんといてほしいわ ミラーズは嫌って言われるし これは変えるべきやわ。 お金出したらみたい映画がいつでも見れるようにするだけでも、もっと日本の表現のジャンルは幅をみせるよ
2008年12月22日
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昔の記事読んでたら虚栄と見栄張りながら頑張って自分ってなんなのさあ!って考えてるやん。 頑張った頑張った。 誉めてあげたいね。頭なでなでしてあげたいわ。
2008年12月20日
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んで、やっぱそれは月並みやけど料理にたとえられるんちゃうかと思う。 既存の食材でどう料理するかが問題やねん。 んじゃ料理の腕をどう磨くかっつったら、色んな料理人の腕を盗むしかないやろうに。 んで、こんな多様な人間の人生を産み出す神様の腕と神様のレシピに近づけなダメでしょうよ。
2008年12月20日
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ある日、ふと気付く。 自分の考えていることはすでに誰かの考えたものを踏襲してるだけじゃないの? 誰かがオリジナルとは既存のものの寄せ集めだと言ったけれど、まぁそれはそうなのよ。 学問や思考の必要の意味は結局はこの世界を理解したいという欲求やから、この世界を構成している既存の物から出ていくことはない。宇宙だってそう。 んで、俺が考えるのは学問ではない生きていくための思考。なんで俺はこんな理不尽な目に合わないといけないの?っていう生きていく限り避けられない道をなんとか理解しようと思って考えて、どうにかその理不尽から抜け出そうと答えを考えてる「つもり」なのよね。 つもりやねん。 コロンブスがアメリカ大陸を見つけたわけではないねん。 見つけたつもり。 んで、考えたつもりやねん。 誰でもない自分だけの寄せ集め方がないねん。 それを作りたい。
2008年12月20日
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月曜ひさびさの芝居やから楽しみやけどなあ 体育あるがな 持久走測定やがな だるいがな
2008年12月20日
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わーい(・∀・) ウォーリーとソウみにいけるかも
2008年12月19日
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少し早熟な中高生やったら太宰とか読んでやあ。うぉ、ここに本当の俺がおるとか思ったり、俺は世間のあいつらとは違うとか思ったり、大人は皆悪だ、とか人間は嫌いだとか思ったり。俺は特別だ、なんて思ってみてもそんな認識所詮子供で、人間は嫌いだ、とか人生は苦難の連続だなんて思ってみたところでどこの大人も一回は通った道で陳腐なのよね。こんな、一過性のはしかみたいな何か痛いものにガッとつかまるわけやけども、結局、これは1次元アリなのよね。宇宙兄弟っていう漫画で宇宙飛行士の野口さんの3次元アリの話があったわ。--線があって、それを前後だけに行進できるアリを1次元アリとしよう。その線上を進むと、石ころが目の前に鎮座していた。石ころという問題の出現に彼らは進むことができなくなる。だが、そこから好奇心ある何匹かのアリが線の外に出てみようと思い立つ。すると、石ころ問題をスルリとかわし次の世界を目にすることができる。彼らは横の動きを手に入れた二次元アリだ。その後、皆の意識が二次元になれば誰もが向こう側に続いていける。次に現れたのは「大きな壁」という問題。前後左右の動きしか知らない二次元アリたちは、壁の向こう側を知ることが出来ない。だが何匹かの勇敢なアリが命をかけてのぼってみる。登ろうとしないアリたちに批判されているけれども、それでも行く。上下の動きを得た彼らは3次元アリとなり新たな世界への道をつくる。--現実を受け入れ絶望しつつも、それでも生きていこうとする人間が二次元アリかな。大人になるってことは、誰かが言ってたけど人間への絶望を繰り返すこと。って。月並みやけど、それでも傷つきながらも前向きに進んでいこうとするとき人間って輝いてると思う。映画とか見てても救われたり、感動する映画って大抵傷つきながら生きてる人の話やねん。昔書いた、IKKOさんとメタ思考の話と確実に繋がる。この宇宙兄弟のアリの話は宇宙に行くより、まず地上の問題をどうにかしろ。あたしらの税金で宇宙なんて行くなっていう人に抗議文を送るっていう話で出てくるねん。その人が二次元アリ。宇宙に行こうとしてるやつらが3次元アリ。どっちが良い悪いじゃなくて、そんな二次元アリは三次元に連れて行くしかないな。っていう話に繋がるねん。がちがちの二次元脳の人に宇宙をみせたれって。いうねん。きっと、これからの未来は良い未来になる。と思う。てか信じてるかな。みんな幸せになるよ。もっかい幸せに生きたいやん。信じるっつうのは、時代への願掛けみたいな感じじゃなくて、自分への決意っていうんかな。FF12でさ、ラーサーが言うねん。国と国が手を取り合えなくても、人と人は同じ夢を見ることができるもうイラク戦争華やかなりし頃やったから、素敵やなあって思ったね。そういう人が一人でも頑張り続けてる横で、世界中でも一人で頑張り続けてる人が何人かおって、100年でも200年でも、いつかは戦争なんか無くなるんちゃうかなあ、って中2の頃思ったね。お、これは希望やなあ。こんな時代こそエンターテイメント。
2008年12月17日
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誰しもいつかは人生が長く苦悩に満ちた道のりであることに気づくそのことを悟ったように思ってみても所詮陳腐でありきたりな認識にしか過ぎない幼いころの幻想はひとつずつ打ち砕かれ、やがて人は目を見張ってあらゆるところに落とし穴を探すようになるこの現実を受け入れながらも逆手にとる才能こそマジシャンにとって一番大切な財産となるファンタジウム2巻やっぱりエンターテイメントや
2008年12月17日
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アナル学部とかあれば良いのにとか思うけどね文学部・国文か英文に行って、近代戯曲中心の研究。必要な知識やねん。でもなあ、何かふわふわしてる。結果的に、まぁ何でも繋がるやろうけど(若しくはまったく繋がらない)将来に繋げることをしたいのよ。今、脳内にある情報では文学部の国文か英文が一番、役にたつような気がする。エンターテイメントに関わる仕事をしたいんやけどもね。あわよくば舞台。ダウンタウンのまっちゃんとある放送作家の人が冬の寒い雨の夜にタクシーにのったんやと。んで、道路整備のおっちゃんが白い息吐きながら仕事をしてるわけ。作家さんは、おっちゃん大変やなあ、こんな雨ん中。って言うとねまっちゃんは「でもなあ、あの人らが趣味で集まってこれやってる思たらオモロイやろ」って言ったんやって。俺はさ、運動もできんし、頭もよくはない。会話だって下手やし。失敗ばっかやってる。精神的にも弱いから、不眠症だの軽鬱病だの自立神経もぶっこわれるし。人間関係でも恋愛でも失敗しまくり。人を傷つけ傷つけられ、まぁしんどいよ。てか、特に傷つけるのは疲れるね。どうしようもなく落ち込むこともある。みんな見たら上手く生きていけてる人ばっか。それも何もせんでも人並み以上にできてる人ばっか。皮肉よね。あはははって笑える人生じゃないから、とほほって笑える人生送りたいんよ。まぁ、んで、まっちゃんの話やけども。ある人がこれには真理があってね。って話してた。どんなに辛い状況にあっても、見方変えて、それを笑ったり楽しいと思ったりする気持ちがあったら、生き延びることができるんじゃないかなあ。やって。んで、エンターテイメントには、その力があるともおっしゃった。まぁ月並みな話やけどね。そんな精神論世の中に溢れすぎてボタボタこぼれて床のジュータン濡らしてまうレベルやわ。馬鹿にする人間もいるかもしんないけどもね。俺の辛さは悲しみは、そんな下らん精神論では、うんたらかんたら言う人間もいる。そんな人間は笑わなければいいのよ。そんなの。でも、舞台人が言ったから価値がある、と思った。舞台の役者とかスタッフは親が危篤でも違う人間の人生演じたり大道具小道具、出したりひっこめたり、芸人はちらっと悲しそうな顔したらおしまい。それでも、何で彼らは続けるのかといやあ、それは、もうその作品や、自分が生きてきた道に救われたからだろうとも思う。まっちゃんは、今まで生きてきた人間の中で一番笑い声を聞いた耳になりたいと言ったけれど充分、生き延びる理由にはなるし、救われる理由にもなると思う。生き延びるための賢い知恵なんだよとも思う。生き延びるために笑う。がんばろうじゃないのさ。
2008年12月15日
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改めて生きるって大変だー 上手く自分の気持ちと付き合って歩いていかな自分が壊れてまう。 個性がなければ忘れられる。でも、ある一定の範囲である個性しか認められない。それを逸脱する者を淘汰せんとする力が世の中には働いてる。 バランス感覚がない人間はすぐに脱線してしまう。 病人が病院に、死者が墓場に収容されているように、脱線した人間、逸脱した人間は同じ場所に集められる 鴻上尚史がイギリスで芝居をうったときのアンケートの職業欄に「prisoned in school(俺は学校に幽閉されている)」と書かれたものがあったらしい。 俺らが普通ではなく、絶対多数なだけで、俺らも収容されている。そんな世の中って、どんな世の中なんだ?という話。 だからこそ、どこかに自分と同じ奴らが幽閉されている場所を探しにいく。ユートピア探しを妄想する。 別に自分が特別とは思わんけど、息がしにくい世の中だよ。でも、生き延びる。生きるしかない。死なないように頑張ればいい。 認めてもらわなくたって、自分と同じような人がどこかで、普通の幸せ噛み締めて過ごせるユートピアがあると思うだけで、少しは空気の薄さもましになって息はしやすくなった気がする。 頑張れ俺。 あぁやだやだ痛い痛い。 でも、少しでも気が晴れた気がするから、良いわ。 この言葉を痛いと思う自分がいて、痛いと思うことが痛いと思う自分がいて、それだって痛いんじゃないという自分もいる。THEエンドレス悪循環。
2008年12月06日
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みんなってのは、俺も含めてやけど。 一般化は危ないけど、そういう奴に限って大したこと考えてないねん。 てか学校やのに、寝られへん
2008年12月06日
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みんな自分の悩みが一番やと思ってるな。 アホみたいや。
2008年12月06日
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花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき。 花でもなかったのだから。俺は何なんだろうね。 花も実もない人生で、苦しきことのみ多かりき。
2008年12月06日
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IKKOさんとかはるな愛とか、何かこう、魅力を感じる。性的な魅力じゃなくてね。はるな愛は性的な魅力を充分含む。傷つきながら笑える人だからじゃねえかなあと思う。皆自分の人生を生きるのに精一杯だから、別に他人の色恋に興味を持っても、そりゃただの好奇心。自分の恋愛を思う存分、謳歌して、誰かと愛し合って、んで結婚して、愛も消え、情に棹され流されて、意地を通して窮屈し、その前に智に働いて角も立てる。最後は愛なんて感情もなく、ただ辛い時間、楽しい時間を一緒に過ごした同志として、最後の時を過ごす、凄く一般的な幸せな生き方をするし、すれば良いのだけれども。彼ら(彼女ら)は違う。人を好きになることから、充分しんどい。異性を好きになることでさえ、しんどいのに、もっとしんどい。しんどいの二乗。同じ性癖の人を好きになれば、まだ男女の恋と一緒で可能性もないこともない。でも、普通の男(のんけってやつやな)を好きになれば、まず無理。IKKOさんは、性癖すら変えさせたらしいけどね。トマホーク飛ばして、相手にぶつけまくるような強引さ。ロミオとジュリエットなんかよりも叶わない恋なんだろうなあと想像すれば、凄く哀しくなる。想像するだけなら分かり合える悲しみは一瞬だけど、あの人たちは一生そうやって歩まないといけないんだから、凄く凄く哀しくなる。まぁ、実際と想像はうんこと伊藤美咲くらい違うからね。なんともいえないわ。そして恋が実ったとしても、一緒に暮らすなんておめえは、アホけ。という話になってくる。だって、今の日本の事情がこうだもんね。偏見も偏見。179度くらい偏ってるよ。そして人を好きになることが罪の中で、何も罪を犯していないのに罪人として生きて、傷ついていて、そして、それを乗り越えて、今は、そんな、あたしは辛うございました!って一切、俺らに見せつけず、笑っているから、性的な方ではなく、人間的な魅力をとても感じるんですな。そして、実際、そういう方にあっても、凄く優しい目をしています。はい。こんな事を俺一人が考えても何にもならない、遅れた日本。
2008年12月03日
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甘いもん食べたい 牛丼食いたい てかケンタッキー食いたい ケンタッキーとケーキ食いたい てか一日中ゴロゴロしてました ああ素晴らしきかな駄目人間 ケンタッキー買いにいこかな また太る 何で雨降ってんねんハゲ 学校に傘おきっぱやわ(_´Д`) あぁだる 勉強してないし 作家の条件て、あれやな、世界とうまい関係がたもたれへんことやな
2008年11月29日
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でも自意識も必要やろうと。 自分に折り合いつけたら、もう自意識から出ていくべきやけど。
2008年11月29日
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俺をふくめた同世代の人間は、自意識が強すぎるなあ。 自意識っつーのは、文字通り自分のことばっかり考えすぎてる 自分は辛い 自分は悩んでる 何かよう皆、病んでるって使うけど、病むって精神が病気になるってことやろ? 貴様とか御前とかが、使われすぎて価値が下がってしまったように病むっていうのも価値が下がってるわ。 この使われまくられる原因はやっぱ自意識の強さやろ。 自分のことばっかじゃなあ、付き合ってる方はうんざりやわ。
2008年11月29日
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よう考えたら、老けてるよな。考え方とかさ。 精神年齢48歳とか言われたわ。密度が濃いんやて。酸いも甘いも吸い分けて、タバコ吸って一服したような年齢やん。 嫌やなあ。マジで嫌。 でも、早く大人になるしか仕方なかったんよね。
2008年11月25日
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芋づる式で自分の情けなさが掘れるわ掘れる。 家庭環境も悪かったとしか。自分も悪いけど。
2008年11月24日
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悔しいってこんな気持ちやったんか。 知らんかった。 人にバカにされても平気やった。まさか、人を幸せにできへんから、こんな思いするとは。
2008年11月24日
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あぁ 皆別に俺には期待はしてないんやろうけど あんなに優しくされたり、笑かしてくれたり幸せにしてくれたりしてんのに 何で俺はそれに見合う何かを返せないんだろうか。 見返りなんか求めずに何で一緒にいてくれるのか いっそのこと、俺に期待して裏切られて突き放してくれればいいのに それとも俺は見合う何かを返せているのか 最近まで自分の中に巣食う、このみっともない醜い気持ちは嫉妬やと思ってたけど違ったわ。 相手が幸せそうに。楽しんだりしている。誰かと一緒に味わって、たぶんその一緒にいる誰かじゃないといけない大きい楽しさを味わってるんやろう。 でも、俺は何でそれと同じくらいの楽しさを普段その人に与えてやれないのか。その人は俺に与えてくれるのに。 っていう悔しさやったんや。悔しい。悔しい。
2008年11月24日
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かなり素敵なゲリが出た(^0^)今までの下痢のイメージ払拭したわ!!今の加護ちゃんがミニモニの加護ちゃんに戻るくらいの払拭具合!!あんなに気持ちの良い下痢が出るなんて今日はついてる!!
2008年11月23日
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一緒に酒飲みたいやつがいっぱいおって嬉しいわ。 拒否するよりも仕方ないって受け入れてる人の方が優しいのだ。
2008年11月21日
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久しぶりに小説読んだら、頭がついていかんかった。やばいぞ、これは。てか、ほんまこれおもんないわ。中学んとき読んでたらまた違ってたかも。
2008年11月20日
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4時間ホンマ楽やわ~。 月曜センターの数学講習受ける人なんか8時間授業やろ?お疲れさまやわ。 授業終わったら6時やもんなあ。 まぁ来年は俺も特別講習4つくらい取るから毎日7時間くらいやねんけど。 同志社って言っても私文やし、そんなに取る必要あるんかなあって感じやけど、夏までは、予備校いけんし、しっかりしなな。 学校終わって友達と今日またスタバ行って3時間おって、明日クリスマス一色のユニバに男3人で行くことなった(´・Д・`) スパイダーマンできてから行ってないし、ま、楽しみましょ。 んで帰宅。 トイレでキングダム読んで、晩御飯に回鍋肉作った。 最近豚肉料理に使うときにあらかじめ茹でとくのヘルシーでマイブームやわ。 回鍋肉簡単に作れるし、中華(なんかな?)で一番好きやわ。 今、食ってます。 オカアも何でも息子が勝手にするから楽やな。
2008年11月20日
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大器晩成やって考えるしかないよなあ。 自分大嫌い。 自分も含め世界なんてぶっこわれてまえ。
2008年11月16日
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中村ウサギのエッセイで女が男に求める「好き」はかならずしも恋愛感情だけではないのよ。オホホ。って言ってた。ブランド物を買い漁って全身ブランド物で身を固める人もそうよ。オホホって言ってた。一応、女王様って、エッセイで自分のことは皮肉で呼んではる。だから、オホホなんすわ。オホホはかってに俺がつけたんだけどもね。ドルガバ、プラダ、ヴィトン、エルメス、シャネル、ギャルソン、ブルックスブラザーズ。サーフブランドとかそんなん除いたら今そんくらいしか浮かばんけど・・・第一、ブランドの価値って世間様が認めたんだ!!っていう価値しかないのよね。日本人が大好きな世間様。世間様に悪い。世間様にどう見られるか。世間様は神様。皆大好き世間様。ていうことは世間様に認められたブランドを身に付けることで自分も同様に世間様に認められるという無意識に陥ってしまうのかしら。どんなに不細工な女でも、医者の娘っていう付加価値がつけば、どうにかなるとか。ワキガでも、あの男は東大出身だよ。っていうそういう偏差値ブランドも一緒やな。まぁ、ここまで考えたら女だけじゃなくて男も同様やねんけどね。世界との関係がうまくいってない男は基本的に自分ではなく、自分の外(世界)を変えようとするし、女は自分を変えようとするって、どっかの社会学者さんはおっしゃってた。男はなんていうか、女々しい男を除いては、自分をどうにかしようとする考えはあんまりないよね。17年の経験上。それからすると俺は女に近い考え方をよくするし、まぁほかの場面でも女に近い考え方をする。自分を変えて世間様に認められようとし、そんな世間様に認められている自分が好きだという流れにもっていこうとするか、人に好かれることによって、自分も好きになる。なぜなら、あなたはあたしを必要としてくれているから。全部、幻想。でも、と女王様はいう。「幻想なんて虚しい」とあなたは言うかもしれないが、だとしたら貴方は幻想より虚しくない現実を生きているのか。寒い夜の底で、マッチをすりつづけた少女(マッチ売りの少女の話をしていたのね)を貴方は虚しい奴だとあざ笑えるだろうか。あなたはそれほど幸福な生活の中で生きているのか。----うーん。男からしたら女は分からないけど、女からしたら男も分からない。というか人間が生きて自分の生を終えても人間がなんなのかなんて分からない。ということは男が男も女が女も男が女も女が男も分かることはできない。そんな理解できないものの中で生きて、幸せだあああ!!と感じたり大変だあああ!!と喚き生きている。それを、ん~人間的だなあなんて思いながら、のほほんと生きるのも良いなあと思うのですよ。
2008年11月16日
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んでね、今、思い出しました。「悩むことと考えることは違う」悩むというのは後ろ向きな不安、考えるというのは前向きな不安。というのを以前聞きました。悩むだけじゃ、そりゃ変わらないだろうという話。だから俺がその理想像に一センチでも近づくにはどうしたらよいのか。バックレたバイト先の店長がいつもあたしに言っていました。優先順位考えろやボケ、時間決めて行動せえやカス後者はおいといて前者は、まぁそうなのです。後者は自分を追い詰めるという意味では良。でも、そこで挫折してしまう意味では大。時間決めて、あたしゃ、そのとき仕事をしていました。何分までにこれは済まそう。店長にも何分までに終わらせろハゲ。でも無理なのです。物理的に、洗いもんにしろ、飲食なのでバンバン入ってきますホントにこの時に辞書をあけたら偶然、物理的という言葉が出てくるってくらい物理的に無理なわけ。そこで、時間が切れてしまう。あぁ、俺はだめだ。とにかく次の作業に入ろう、どっちもやりもってやろう何て思うとバァーンです。爆発です。手遅れ。次の作業にも支障がでます。そこで優先順位です。これはどうしても先にやっておかなければいけない。だから、こちらを確実にやろう。そういう心つもりが大事。急いては事を仕損じる。昔の人たちは何でも知ってますね。というわけで今、あたしに何が出来るのか、今、母親が焼きそばを作っている。もうすぐできるから、それを食べる。部屋を片付ける。風呂にはいる。数学の問題集をとく。明日の準備をする。本を読む、寝る。です。でもね、秒速5センチメートルっていうアニメで「あたしたちは1000回メールして1センチしか距離は近づいてなかったんだね」というせりふがあるんですよ。秒速5センチメートルっていうのは桜の花びらが落ちるスピードらしいんですけども、桜だって1秒間5cmも進んでるのにねっていう意味があるのかしらないけれども、まぁそういうわけで。そんなに色々がんばっても、理想の自分に一センチくらいしか近づけないなら、それに意味はあるのかよ。って感じだけどもねえ。
2008年11月16日
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またがっと自分の理想が上がったのか、ただ理想は据え置きだったんですけれども現状の自分が下がってしまったのか。そういう理想の自分と現状の自分との乖離が情けない。乖離って、、ええと、、差みたいな。かけ離れていくみたいな。何か、言葉も難しい方しか出てこえへんなって、なんかもう嫌やわ。分かり易い言葉で話したいじゃない。オカンとかと話してても日記とか書いてても、その言葉の意味わからんわ、って言われるわ。さすがに乖離は会話では使わんけど、最近では「はばかる」とか「スパン」とかが意味わからんて言われた。個人的には、遠慮するとか言うより、はばかるっていう言い方がすきやし、スパンってなんてほかの言葉で言ったらええか分からん。だいたい難しくそれらしく書いてて理解できん本とか、分かりにくい話とかは中身がともなってないねん。哲学とかの観念のための観念とかそういう話になってくると話は別やけどね。とにかく今欲しいのは人格と教養とユーモアと会話術とお金とセンスと何か打ち込めることと何か自慢できること。いらんのは脂肪とネガティブと今まで積み上げてきたこの思考というか生き方というか信念かな。だって、何かして何か成し遂げて何かを誰かに胸張って生きたいやん。そうやって人様に認められることで結果自分が好きになりたいやん。必要ない自分を卑下するような価値観とか考え方なんかいらんやん。皆に誰かに囲まれて幸せにすごしたいやん。あなたも素敵。俺様も素敵。そういう風になりたいやん。ほんで、好きなままで、死にたいやん。とにかく今やらなアカンことがいっぱいあんねんけど、期限も迫ってるわけやねんけど、耐えないといけないこともいっぱいあって、それなりの辱めも受けなあかんし、自分責めることもでてくるねん。で、自分をせめても、でも、お前には、これがあるやないかい!だからお前は素敵なんやっていわれるものが欲しいねん。別に、あれも欲しいこれも欲しいもっと欲しいって別にブルーハーツじゃないし、いらんねん。何かひとつ欲しいねん。周り見渡したら俺にないもんみんないっぱいもってんねん。でも、それ全部欲しいけど、でも贅沢言わずに俺は、ひとつだけで良いと思ってるねん。でも、無いねん、今の俺には何にも。冷蔵庫の何にも入ってないときと一緒、フリーザーの音だけが、がぁーって脳みそで聞こえるねん。冷蔵庫のたとえは、ハチクロの竹本くんのぱくったんやけど・・・俺にはなんにもない。幸せになりたいとか、素敵な家庭もちたいとか、親友に囲まれて、素敵な友達がいっぱいいて、かわいい彼女もいて、両親もそろってて、おじいおばあも優しくて、毎日部活にがんばって、悔しくてないてとか、そんなんいいよ、もう。そんな風になりたいなんて明らかに俺は身分違いやよ。幸せになりたいとか大それたことも思ってないよ。第一、そんな風に今まで何度も幸せになりたいって思ってきたけど、思うたびにつらくなるねん。自分には無理やろと思って。でも、一個だけで良いから。自分を好きになれるような材料がほしいです。あぁ、、、、、思春期特有の葛藤ってやつですか、若いわね。って俺の自意識がけん制かけてるわ。
2008年11月16日
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