あんのういもやさいダイアリー

あんのういもやさいダイアリー

PR

×

プロフィール

あんのういもやさい

あんのういもやさい

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2020.03.23
XML
カテゴリ: 宇宙意識など


​真の自然と生命の尽きることのない可能性 ​​

​​ 同様に固有の周波数を持つ その1 ​​

○ビリーマイヤーの言葉
ある特定のものとかかわって、常にそのことを考え続ける人間は誰でも、早晩善きにつけ悪しきにつけその虜になる。特定の表象や願望をかなり長期にわたって抱き続けると、必ずある時点から特別意志的に決意することなく、ごく自然に相応の行動や願望の充足が生じる。
どのような宗教の作用や信仰についてもまったく同様である。ただこの場合は、何らかの聖像や決まり文句、その他のがらくた、あるいはたいてい用いられている仮想の神格が決定的な力を持っている。
神、地球人の代表、対象または何らかの呪文が、ある特定の作用を引き起こすことができるということに対する信仰が、この願望された作用を現実のものとする。宗教的集団やその他不可解な集団において、この作用は奇跡などと呼ばれている。
奇跡とは、知識の乏しい蒙昧な人間が、自分で自然の事象を説明できないときに出来事や事件に対して常に用いる概念である。だが、現実には奇跡は存在しない。なぜならすべてのことは、絶対的に有効な霊の法則と意識の力によって説明できるから。
それはすべての人間自身の中で特定の場所を占めている霊と意識の力であり、またその霊は全自然と宇宙のすべての事物を生かしている。
この事実は、残念ながら大多数の人間に知られていないが、他方では種々雑多な宗教によって知ってか知らずか隠蔽されている。おそらく知りながらやっていることではあろうが。
その理由は、人間と自然と創造の霊のみが人間の中で余すところなく一切を征圧、支配することができ、人間に善と悪を認識させ、そして自分で考え自分で行動する人間にするのだということを、人間が自分で意識的に認識していたならば、もはやいかなる宗教的な傾向も信仰も必要としないからである。

人間は自分が愛するものに変貌する。

人格と性格、創造的な能力、無関心、悲観論およびそれに由来するあらゆる種類の害悪は、人間の指導的な想念世界の結果および現象の形態にすぎない。
したがって想念世界は、常に正当化され統制されなければならず、不断の集中的な連続訓練によって、絶えず拡大する最高の意識的認識の水準に保たれなければならない。しかしこれは、標準的なものの枷を突き破り、個々の自我の偏狭さから脱出して広大な認識へと上昇することによってのみ可能である。
この途方もない課題は、本来すべての個人にとって緊急の責務であるだけでなく、全人類の義務でもある。
確かに、いわゆる標準的人間や平均的人間の目には、思想家は世界の改良を夢想する者や、世界と疎遠で現実離れした者に映る。だが本当にそうだろうか。
むしろ、まさにこれらの思想家こそ本当の人間ではなかろうか。あるいは彼らこそ、本当の人間であろうとしているのではあるまいか。なぜなら彼らは、人間の生命や意識水準について考えを巡らしているからである。その結果、彼らの認識は途方もなく遠大になり、捕らえ所がないように見えるので、平均的人間には把握することも理解することもできない。
そのため多くの人間にとって、思想家の語ることは理解しがたい。彼が意識の力と霊の教えについて語る時はとりわけそうだ。それらは例外なく個々の人間を形作ることができるものであり、また実際にそうしている。
人間の無理解という事実は、理解できない者に懐疑を抱かせ、認識の豊かな者に空想家、似非預言者、世界改良家、夢想家などの烙印を押しもする。
だからこそ、無数の人間が自分たちの人生の方向を見失い、また生存および人生の全内容のために戦う意欲を喪失するということが起こり得る。
これら理解できない者たちはむしろ、何らかの宗教、儀式、カルト、呪文、その他の迷妄や迷信を信じることを好む。そうすることによって彼らは、とんでもない邪説に見舞われ、自己破壊というこのうえなく深い奈落に突き落とされる。
こうして自分自身の心が残忍な狂気の暴力によって解体され、踏み付けられ、ついには自己破滅へと追いやられる。
あらゆる人生の方向が消え去り、人生の一切の内容が破壊される。同様に意識の活気も消え失せ、破滅的な意識の空虚、無関心、そして萎縮に場所を譲る。

そうなるといよいよ医師や精神科医の出番である。だが、なんの効き目もないことはすぐに明らかとなる。むしろすべてがますます悪くなる。こうして自己破滅の道を進んだ人間を、あらゆる種類の病気が襲う。
ぞっとするような抑鬱症、神経虚脱、器官痙攣、心臓痙攣、攣縮、その他の症状が、その人間を狂気と自殺へと駆り立てる。
この場合、当の人間はすべて自分に原因があるとは考えない。というのも、本当は彼自身の意識、自信、確信、能力、そして意志が機能しなかったから。

〇プターの言葉
つまりこれまで、セミヤーゼによって伝えられた教えの断片や説明などは、本来この後に続く主要な作業のための基礎というわけである。これまで伝えられたものは、実は準備にすぎない。地球人を真理の核心に向けて準備させねばならないから。

この宇宙において、我々に知られている他のどんな世界にも例を見ないほど。したがって、地球の宗教が話題になる場合、それはその否定的な形のものを意味する。
つまり現に地球上に存在し、適用され、そして影響を与えている形のものである。
この意味における宗教は、地球上でもしくは地球の人間にとって致命的な危険となるばかりか、それ自身の内にも、この宇宙に存在する他の世界に対する致命的危険を宿している。
地球に存在しているような意味における宗教は、実際この宇宙の我々に知られている領域で比肩するものはなく、他のいかなる領域においても例がない。これらの誤った宗教が、致命的な危険として地球人とその惑星全体を支配し、数千年来このかた君たちの世界を極めて意図的に歪めてきた。
意識の進歩はこの宗教によって完全に阻止され、先に進めないでいる。地球人の意識の進化、したがってまた霊の進化は宗教の邪説によって阻まれている。

地球の宗教的な伝承には、なおも現実的な価値や創造の法則と掟の英知が含まれるが、それらは人間が生み出した邪説によって見分けもつかないほど変造されて、ごく少数の者しかそこから有効な真理を認識できなくなっている。
しかし、書物や伝承から本当の真理を見出すことができる少数の者であっても、誤った宗教の信奉者によって追放され罵詈を浴びせられ、真理を広めることができない。
したがってセミヤーゼが、地球の宗教について否定的な形で語ったとするならば、それは宗教において一部意図的に欺くためになされた変造や虚偽を論難したのでしょう。
しかしまた君たちが、概して邪説やドグマと見なしている人間のひたすら下劣な作り物も、論難されている。それらは無責任で邪な地球人が、下劣にも編み出したものにほかならないが、彼らは自分たちが作り上げた邪説によって、君たち全人類を意識の貧困と奴隷状態に置くことができる。
地球の宗教は、名前だけ宗教と呼ばれているにすぎない。なぜならそれらは、正しくは宗教というものではなく、非常に邪意な意味でのカルト的変節にほかならないから。
このような形の宗教は、常に誤りであり致命的である。それは正しくは、宗教ではなくカルトと呼ばれる。君たちの場合、我々はカルト宗教と呼んでいる。
というのは真に、宗教的な要素にカルト的なドグマと邪説が混入して変質しているからである。
地球に見られるような宗教が、どこか別の世界で実践されたならばそれらはやはり誤りであり、致命的な危険となるでしょう。ちょうどカルト宗教が、地球人にとってそうであるように。
真の一つの宗教が、あらゆる宗教の尺度、すなわち過去と結び付けるすべての要素の尺度となる。
しかしまた、このような宗教はレレゲオン(Relegeon)との調和の取れた共働に立脚する場合にのみ、創造の法則に従って正しい。すなわち過去と結び付けるものと、再び結び合わせるものとが調和した状態にあって、矛盾なく共働しなければならない。
宗教は、レレゲオンなしには存在し得ず、レレゲオンもまた宗教なしには存在できない。両方の要素が互いに絡み合い補完せねばならない。カルト宗教が支配している地球の場合、その唯一の救済は、既存の誤ったカルト宗教を根絶やしにして、真の宗教に、レレゲオンと調和した場所を与えること。
それは、カルト宗教に対して勝利をおさめるまで、意志ある人間がひたすらレレゲオンに準拠することによってのみ実現する。
したがって、現在および近未来において正しい思考の方向はただ一つ、レレゲオン的なもの、すなわち再び結び合わせるものを見据えることである。地球人は真理を見出し、それを再び正しい尺度と形態に統合させねばならない。
したがって地球人は、レレゲオン的に考えて行動し、本当の宗教の中から再び真理を見出してレレゲオン的知識によって獲得された複合概念の中に、それを組み入れなければならない。
そうしてのみ、地球人は正しい道を歩み、霊の進化と意識の進化の法則性に従うことになる。

地球のカルト宗教の邪説は大部分が、創造が呪われ、冒涜され、否定されることを旨としている。全能である創造が疑問視され、冒涜的な邪説の神に取って代えられ、そしてこの神が創造主、はたまた万物の主と呼ばれるのである。
しかし真実は、創造こそ最も強大なもの、最も全能なもの、そして壮大そのものである。
様々な事情により、そして言うまでもなく人間の誇大妄想により、イシュヴイシュ、英知の王、民衆の指導者、そして人類の指導者は、地球人の概念に従って神と呼ばれ、創造主という概念の型に押し込まれて、宇宙の最高者、すなわち創造そのものと偽って宣言された。
このことは今日でも、地球人が自分たちの神を創造主として語るときの呼称からも明らかである。神の概念を男性名詞として扱い、これに彼という代名詞を当てることは、宗教の代表者でさえ数千年間にわたり抹消できなかった。
それゆえこの概念は、地球上において神や創造主や神々が人間であることを、今日なお証言している。
しかし地球人は、無思慮で愚かなうえに真理に身をゆだねる意志を欠いているため、すでに非常に長きにわたってこうした事柄について考えることができなくなっている。
地球人は厚顔にも、依然としてカルト宗教を守り続けているが、それらは例外なく何らかの地球人と天上の神格とを同調させているものである。そしてどんな宗教も、事実上教祖に依拠している。そうした教祖は、いずれも創造に選ばれた者として崇め奉られるが、それによって信者は人物崇拝に陥る。が、このような人物崇拝は、煎じ詰めれば地球のすべてのカルト宗教に特有のものである。
その場合、創造それ自体は完全になおざりにされ、無に等しいものと宣告される。なぜならカルト宗教において創造は、人間の代表という妄想、すなわち神・創造主に取って代わられるから。
あらゆる実存在および存在の絶対的全能かつ栄光としての創造そのものは、邪悪にも否定され、弾劾される。
それが故意に行われるか、カルト宗教の邪説に従ってか、はたまた異なる世界観の結果であるかは重要ではない。
いずれにせよそれは、創造に対しておよそ何らかの生命体が考え、口に出すことのできる最悪の冒涜である。

創造自体のほかに、尊敬に値するもの、普遍的な愛に満ちたもの、全能かつ永遠にして畏敬の念を起こさせるものは何もない。
創造は、すべての存在の始まりと終わりであり、実存在なのである。
創造以外に何も存在しない。


※真理(Wahrheit):知識が論理と実際に合致すること。ひいては創造のエネルギーであり、論理の最終的帰結でもある。
※ 宗教(Religion):(ラテン語を語源とする)=過去に結びつけること、もしくは元のように結びつけること。
※進化(Evolution):(ラテン語の「evolvere」=「展開する」を語源とする)発展すること。あらゆる生命体は霊的、意識的、そして物質的な面で発展し続ける(進化する)という創造の法則のもとにおかれている。しかしそれはあくまでも、各々の種にふさわしい形でのみ行われる。
※霊(Geist):創造のエネルギーあるいは創造そのものの本質。すべてを生成させ、創造し、すべてに生命を与えるもの。あらゆる実存在の原初エネルギー=霊エネルギー=霊形態/霊体=不滅の存在
※英知(Weisheit):論理に基づいた知識を有し、それを絶対揺るぎないものとして体験し、澄明な内約調和が見出された結果。
※カルト宗教(kult-Religion):神性、偶像、人間、物体、道具、場所などを、屈辱的に、多くの場合は恐怖心から狂信的に崇拝すること。儀式、祈祷、奉納を伴う。誤った教義に従うこと=実際の真理についての正しい知識が欠けているため、証明不可能な事柄を信じること。
※知識(Wissen):真理の認識を完全に論理的に理解した結果。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023.04.04 15:20:14


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: