心と体を元気に、魂を癒す時空の旅へ
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仏教のなかでも特に禅宗について書くことが多いのですが今日は、密教的なことについて書きたいと思います。密教というのは、加持祈祷に代表されるように現世利益的な要素が強いですね。野球選手などがシーズンが始まるまえに護摩炊きの修行を受けたりするのをスポーツ番組で見たりします。精神修行と言われていますが要は「厄払い」だと思います。つまり、厄を払って、一年間怪我なく元気に活躍できますようにと、お願いしているのでしょう。護摩炊きの修行のように、激しいものを経験しなくても日常生活のなかで密教由来のものをいろいろ利用することが可能です。その最たるものが「ご真言」です。「陀羅尼(だらに」という場合もあります。厳密に分けると、両者は違うものですが、まあ、ほぼ同じものと考えてよいでしょう。ご真言は短い呪文なので、自分のために一つだけ覚えておくことをおすすめします。呪文を、人を呪う言葉と勘違いしないでください。呪文の本来の意味は「祈りの言葉」ですから! 十二支ごとのご真言子年・・・千手観音菩薩おん ばざら だらま きりく そわか丑・寅・・・虚空蔵菩薩おん ばざら あらたんのう おん たらく そわか卯年・・・文殊菩薩おん あらはしゃ のう辰・巳・・・普賢菩薩おん さんまや さとばん午年・・・勢至菩薩おん さん ざん ざん さく そわか未・申・・・大日如来おん ばざら だど ばん酉年・・・不動明王のうまく さまんだ ばざらだん かん戌・亥・・・阿弥陀如来おん あみりた ていぜい から うん 不安なとき、困ったことがあった時、何か決断したいとき自分の生まれ年の仏のご真言を唱えてみたらいかがでしょう。密教には、他に「印契(いんげい」というものがあります。印契とは、左右10本の指を組み合わせてさまざまな形をつくることで略して「印」ともいいます。だから、形を作ることを「印を結ぶ」と表現します。仏像を見ると、両手でいろいろな形をとっていますね。あれらが「印契」です。代表的なものとしては、右手を胸の前にあげて、手のひらを見せて「ストップ」みたいにしているのは「施無畏印(せむいいん」といいすべての人々に「何も怖がることはありませんよ」と説いているのです。そして、左手を下げて手のひらを見せているのは「与願印(よがんいん」といいすべての人々の「願いをかなえてあげますよ」と言っているのです。ほかに、忍者が術を使ってドロン(消える)する前に胸の前で両指を縦に組みますね。あれも、実は印でして「智拳印(ちけんいん」といいます。本来は、大日如来が結ぶ印で「最高の智慧」を表しています。忍者というのは、修験道の人々の末裔らしいから密教の修行者でもあったのでしょうね。私は、ある場所を訪れて、なんとなく嫌な感じがするときあるいは、ふと憑かれたような感じがするとき「剣法印」を結んでバサバサと切ります。読んで字のごとく、指で剣を表現するもので、人差し指と中指だけを突き立てて、剣に見立てます。そのとき魔をはらう力の強い不動明王のご真言「のうまく さまんだ ばざらだん かん」を一緒に唱えると、もう百人力ですね。すっと安心します。これは、世界中、どこでも使えます。観光旅行で、洞窟や地下に入ったときに背筋に嫌なものを感じたことはありませんか?そういう感覚を軽視しないほうがいいです。何も見えなくても、身体は感じていることがありますから。印とご真言で身を守ってください。見えない世界をやたらに畏れる必要はありません。見えない世界には豊かなものがたくさん存在しています。でも、見える世界に「善と悪」があるように見えない世界には、魔もいます。理由もなく怖がったり、拒否したりするのではなくうまくお付き合いしていくのがいいと思います。誰もが、選択して友だち付き合いをしているように、、、見えない世界三次元以上の高次の世界すべての世界に心を開いて生きましょう・・・(身を守りつつ)何も畏れることはありません
2011.01.28
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