テレビ・新聞が報じないお役に立つ話

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2021.02.08
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血液中に含まれる「マイクロRNA」と呼ばれる分子は、がんの増殖や転移に深く関わっている。1~2滴の血液を採取して、このマイクロRNAを調べることで、様々ながんを高精度に検出できる――。国立がん研究センターを中心とした研究グループの5年間にわたる開発プロジェクト「体液マイクロRNA測定技術基盤開発」により、13種類のがんを早期発見できる新しい検査法の実現が大きく近づいた。研究と並行して検査機器メーカーが自動検査装置の開発を進めており、早ければ1~2年以内にも承認申請に踏み切る見通しだ。
「リキッドバイオプシー」の一つ
 これまでもがんの発病や進行を知ることができる「腫瘍マーカー」は、検診や治療の場で広く使われてきた。しかし、発病直後の早期がんは検出できなかった。加えて、他の病気でも陽性になる場合があるなど、早期発見を目指す検診には使いにくい面も少なくなかった。
 こうした中、血液や尿などを採取するだけで、患部から直接組織を採取する生検(バイオプシー)並みの高い精度でがんを発見できる、いわゆる「リキッドバイオプシー」に注目が集まっている。受診者に大きな負担をかけず、高精度な診断情報を得られるため、世界中の研究者や企業が研究開発にしのぎを削っている。この、リキッドバイオプシーの一つとして、日本がリードしているのが冒頭のマイクロRNAだ。
リキッドバイオプシーのイメージ(図:Beyond Healthが作成)
「まさにバイオマーカーの宝庫」
 マイクロRNAは生体高分子であるリボ核酸(RNA)の一種。生物によって異なり、人間ではこれまでに2655種類が見つかっている。
 分子のサイズを表す塩基数は18から25で、人間の遺伝子の平均サイズである約2万7000などと比べ、極めて小さい。しかし、この小さなマイクロRNAが、人間の遺伝子の少なくとも1/3の調整に関わっていることが明らかになってきた。

落谷氏(写真:皆木 優子、以下同)
 エクソソームにはマイクロRNAのほか、DNAや膜タンパク質などが含まれる。東京医科大学医学総合研究所教授でマイクロRNA測定技術開発プロジェクトのリーダーを務めた落谷孝広氏は、「(エクソソームは)まさにバイオマーカーの宝庫」だという。製薬会社もマイクロRNAやエクソソームに注目しており、今後、創薬の中心的なターゲットの1つになっていくと期待されている。
 前述のマイクロRNAプロジェクトでは13種類のがんを探索した。胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、乳がん、肉腫、神経膠腫がその対象。
 国立がん研究センターに集積され、バイオバンクに登録された血液検体から、乳がん2400例、大腸がん3300例、胃がん3200例、肺がん2700例など、がん患者の検体を登録した。研究に不可欠な対照群については、国立長寿医療研究センターのバイオバンクに登録されている認知症などだががんではない7000以上の検体を登録、2019年2月までに5万3000検体を解析した。
 その結果、女性の乳がんでは、5つのマイクロRNAの組み合わせで、感度97%、特異度92%で識別できた。「感度」とは、病気の人を正しく病気だと識別できる割合、「特異度」とは病気でない人を正しく病気でないと識別できる割合を意味する。
 この他、卵巣がんでは感度99%、特異度100%、膵臓がんでは感度98%、特異度94%、大腸がんでは感度99%、特異度89%など、高い精度でがん患者と健常者を識別でき、1次スクリーニングの検査方法として有用であることが示された。

マイクロRNA検査の課題は…
 マイクロRNA検査には課題もある。これまでの検討から、健常とがん発症の判定は、数種類のマイクロRNAを用いることで高精度に判別できることが示された。しかし卵巣がんなど、がんの種類によっては、良性疾患をがんと判定してしまう場合があるという。これについても「あなたの卵巣に何か重大なことが起きている可能性は高いと患者に伝え、検査を勧めることができるので価値はある」(落谷氏)。

 ディープラーニングの結果から、マイクロRNAが3~10個でがんと健常の識別が可能となり、40~60個にすると、健常、良性疾患、がんの識別ができることが分かってきた。発病する人が少ないため、症例を集積しにくい希少がんなども、ディープラーニングや統計手法の進歩によって、定期健診などスクリーニングで見つけられるようになる可能性があるという。
 研究プロジェクトでは、認知症におけるマイクロRNAの有用性も検討された。国立長寿医療研究センターの研究チームは、認知症患者約5000人の血液中マイクロRNAを調べ、その結果を機械学習にかけた結果、認知症がない健常高齢者を含む約1600人のデータから、3大認知症と呼ばれるアルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体認知症を十分な精度で判別することに成功した。
長期の追跡調査でがん死の減少を証明したい
 今後、マイクロRNA検査が人間ドックや定期健診で用いられるようになれば、早期がんの状態で発見し、より心身の負担が少ない治療で健康を取り戻せるようになると期待される。
 ただし、早期発見率が向上しただけでは十分ではないという。落谷氏は、「例えば地域全体でマイクロRNA検査を導入し、10年間といった長期にわたって調査を続けた結果、がんの死亡率減少を確認できたとき、まさに有意義だと確認できる」と強調する。実際、導入に強い関心を示している地方自治体もあり、今後、強力なエビデンス構築が実現する可能性もある。
 マイクロRNAを用いた疾患予測マーカーは、がん以外の領域でも登場が期待されている。循環器領域もその1つだ。がん領域は既存のマーカーが数10種類あり、スクリーニングだけでなく、治療効果の確認などに用いられている。
 ところが循環器疾患の発症や進行を予測できるマーカーはほとんどない。がんは診断されてから数カ月から数年以上の余命が残るが、脳や心臓の疾患は唐突に生命を奪ってしまうことがある。重大な発作などが起きる前に発病リスクを予測できる意義は大きい。
 落谷氏らの研究グループは、血液中のマイクロRNAにより、脳卒中の発症者を高精度で識別できることを明らかにしている。「一定の年齢ごとに血管の老化を見るといったスクリーニングにより、多くの人の命を救える。心筋梗塞や末梢動脈障害(PAD)など、血管の交換などを必要とする深刻な状況に至る前に発見し、改善できる可能性はある」(落谷氏)とし、血管の老化を診断する科学的な指標の構築を進める考えだ。
 今後、マイクロRNA検査は、病気になる前の健康管理に応用できるかもしれない。マイクロRNAは、体内のバランスの乱れを捉えることで病気を発見する。落谷氏は、「こうしたバランスの乱れをさらに早い未病の段階で見つければ、健康な状態に戻すことができるのではないか」と期待する。
 例えばマイクロRNAをモニタリングすることで、最適な食事や運動を提案できる。データを蓄積することで、科学的な根拠に基づく健康法を確立できる。マイクロRNA検査が新たなヘルスサイエンスを構築する役割を担うかもしれない

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最終更新日  2021.02.08 13:30:05
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