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2026年04月24日
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カテゴリ: 本にまあ
「誰も書かなかった  玉城デニーの青春  もう一つの沖縄戦後史」(藤井誠二、光文社)を読みました。

知っての通り、玉城デニーは現沖縄県知事。本書は玉城デニーに焦点を当て、彼が子どもの頃から関わってきた多くの人へのインタビューを通して彼の生きてきた足跡をたどるパーソナル・ヒストリーです。しかし、そこから我々が知るのは統計資料や概括的な説明では実感することが難しい具体的な沖縄の戦後史。それがデニーの生い立ちとともに鮮やかに描かれています。

デニーは1959年生まれ。当時は米政権下にあり、1972年の本土復帰時は中学生でした。

その名前や風貌が表す通りデニーは米軍人と日本人の母の間に生まれたアメラジアン(Amerasian=アメリカン・アジアン)です。彼は「ハーフ」や、より差別的ニュアンスを含んだ「混血児」と呼ばれて育ってきました。彼は父親の顔を知らず、また産みの親と育ての親という二人の母を持つ、ある意味「フクザツな」家庭環境で育ちました。背景には、子だくさんの沖縄では昔から親類や友人に預けられた人も多く、ましてまだ戦後の混乱が十分に収まっていない時代というのもあったのでしょう。

米政権下の沖縄、コザ暴動や本土復帰、米軍関連の事故や事件が多発していた時代に生きていたのがデニーでした。

そうした時代背景や家庭環境のなかで当時のウチナーンチュ、なかでも「混血児」は自らのアイデンティティをしっかりと持つことが非常に難しく「自分はいったい何者なのか」と悩む人がたくさんいました。戦前は日本人としての教育を受けた沖縄県民。しかし戦争では「日本の捨て石」とされ、アメリカ軍に家族や親せき、友人らを多数殺され、他方日本軍にもひどい目を合わされてきました。アメリカ人は悲惨な戦争から「開放」してくれましたが同時に、戦後アメリカ軍は沖縄を去らず、犯罪や事故など住民との間に多くの摩擦を生じさせることにもなりました。そのアメリカ人と日本人の間に生まれた子供は多くいましたが、「混血児」はひどい差別やいじめを受けることもしばしばでした。

そこにアイデンティティ・クライシスが起こります。「自分は日本人なのかアメリカ人なのか、それとも沖縄人なのか」。

デニーも自分が何者なのかについて深く考えていました。しかしそんな境遇にいても悩んだりぐれたりすることもなく持ち前の明るさと前向きな気持ちで自ら未来を切り開き、福祉関係の仕事をし、高校時代からのめりこんだロック音楽に没頭し、プロに混じってバンド活動をしたりしています。それがきっかけでラジオのDJになって人気者になり、政治への道にも進んでいくことになります。



アイデンティティもはっきりしない、どちらかというと陰の存在のような「混血児」が沖縄を代表する政治家になったのです。保革の壁を越えた「オール沖縄」を率いた故翁長雄志知事に後継指名されたとはいえ、デニーのようなある意味「正当なウチナーンチュ」ではない人が一県の代表になる選択を沖縄県民はしました。ハーフの都道府県知事はデニーが初で今でも唯一です。

外国人政策で分断が進んでいます。アイデンティティ問題を自分ごとと捉えられる政治家の活躍を期待したいものです。





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最終更新日  2026年04月24日 13時00分16秒コメント(0) | コメントを書く
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