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昨日は結石治療での通院日でした。退院時に大量に残っていた砂状の結石は、レントゲンには映らず排泄の視点からは完治したと言われました。 尿検査も長年続いていた蛋白・潜血・赤血球・白血球も-(マイナス)になっていました。正常値は何年振りだろう? 記憶にないほどに久々です(笑) 入院生活で失われた体力を取り戻せば、もとより元気に仕事が出来ると思っていたのですが、なんと福岡に転勤になりました。体も仕事も次の世界へ進むことになりました。 また子供達に転校をさせてしまうことになりました。苦労をかける彼らの負担を少しでも軽くできればと、今回も一緒に学校や家を見て回りました。彼らの意見を尊重して、今回決めた住まいです。キッチンからの眺めは最高です。ベランダから見た左側の景色。 今度はペット可のマンションなので、犬を飼うつもりです。どんな新しい家族が増えるのか楽しみです。 広島での生活も残り少なくなりました。来週の土日は母親の法事。次は仕事。三週目はどこから出かけて、最終週は引っ越しになります。広島を一緒に楽しもうと、よっせさんFが来てくれました。楽しかったです。 子供達にとっての広島生活は、サンフレッチェサッカー教室に通い。カープの試合を見に行き。山・海・川で自然を満喫し、最高に楽しい日々だったようです。もう少し居たかったなって思います
2012.02.26
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テレビで見て気になっていた・うさき島に行ってきました。広島県竹原市忠海町フェリーに乗って大久野島へ。うさぎ達がお出迎えしてくれます。餌をあげようとすると、囲まれます(笑)瀬戸内海は穏やかです。赤ちゃんうさぎもいました。 昭和初頭、大日本帝国陸軍はジュネーブ議定書で禁止されていた化学兵器の研究にして、機密の保持のしやすさなどから大久野島が毒ガスの生産拠点に選ばれたといいます。そして この大久野島は地図から消されました。島内の毒ガスの製造工場では、猛毒のイペリットガスなどが生産されています。 毒ガスをつくっていると知らされず、働いた方の多くは病に苦しまれ亡くなったと、この碑に書かれていました。発電所跡ここのうさぎ達は、毒ガスの流出を検地する為に放たれた子孫だといいます。綺麗な海を見ながら歴史を学び、うさぎと遊んできました。
2012.02.12
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「お墓に配達された御礼状」 福岡県の川辺さんと言う方が、数年前の新聞に投稿されていた記事です。自分たち夫婦が結婚して20周年を迎えた。 20年を無事に迎えることが出来たのは、結婚式に出て下さった人たちが支えてくれておかげだと...20年前の結婚式に出席して下さった方たちに、お礼の手紙を書かれたそうです。 書いてる最中に、ご主人が奥さんに聞かれたそうです。「この手紙を出す人の中で、一番お世話になって人は誰だと思うか?」と奥さんは「あなたのご両親でしょうね」とおっしゃったそうです。ところが亡くなったご両親ですから、どこにおられるかと言うと、福岡市内の市営平尾霊園に眠っておられるのです。 それでも手紙を書こうと言って、御礼状を書いて、宛名は福岡市平尾霊園川辺家××××と言う戒名だけで、ハガキを出されたそうです。 戻ってくるハガキだったのですが、戻ってこなかったのです。 奥さんは娘さんを連れてお盆にお墓参りに行かれたら、風で飛ばないように石がおかれ、濡れてもいいようにビニールに包まれたハガキが、このお墓の前にきちんと配達されていたそうです。 それを見て驚いた奥さんは、霊園の事務所に行って聞いたそうです。その事務所の方は、郵便配達の方が来られ、このハガキを届けたいので、場所を教えて欲しいと言って、配達して帰られたそうです。 このことを知り、川辺さんは新聞に、「私は一人の市民として、こんな優しい人たちが影で支えてくれている、福岡という町が大好きになりました。」と書いたそうです。この時の郵便配達の人も、決して褒められたいとか、認められたいとか、お礼を貰いたいとか損得ではないから、人の心を動かすような「であい」になったのだと思います。人間と言うのは、いい人に出会いたい、いいことにめぐりあいたいと思う人はたくさんおられるが、じゃあ自分が他の人にいいことをしてあげているか、自分が人としていい人で、であっているかということが、もっと大事なのです。
2012.02.09
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