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色々苦労してきたんだけど・・学生の頃、不摂生極まり名自堕落な生活だったっておもってたんだけど・・あの頃の私ってもしかして・・本日の私の日記の始まりです。なんだ、あの魅力は。確かに下らない日記ばっかり書いてたりしてたけど今の私にもまだあの魅力が残っているというのか?過去を積み上げて今になっている。失った物は若さと愚かしさ。でもその愚かしさのある頃の私のあの生き生きしている魅力はなんなんだよ。あの頃の私にそんな余力なんかなかったのに。今も余力が無いけど、私は元々あんな姿してたのかよ。何であの状況で笑っていられるような文章を書けるんだよ!!あの頃は結構辛かったんだぞ!?どうして笑って文章を綴れるんだよ!!!どうして今になって、今の自分が素直に笑えない事実が出て来るんだよ。割れた鏡を見つめながらそんな疑問が浮んできた。今の私は昔の私が望んでいた姿だったのだろうか。目を見ても力は変わっていない。あの頃のまま、まっすぐに前を見据えている。夢は確かになくなった、でもそれが大きな原因とは考えにくい。それは最初から覚悟してた事だったから。ただ、顔には疲れと苦労が外に漏れ出していたのがわかる。いや、あの頃だってそんなものは承知だった。時折自分の文章を振り返る。あの頃と変わらない香りはやはりしっかりと残ってる。完治まで・・・まだ遠いのか。私が私でありつづけられる理由は私だけの物であって今も昔も揺らいだ事は無い。あの頃、何を考えどうやって辛い日常を少しでも明るく綴ろうと・・あ・・・・あの頃の私の文章は、私の為だけに綴っていたものじゃなかった。でもそれは今もそう。自分の為だけならブログとして態々Webになんかあげないよ。じゃあ一体何が違うんだろうか。心の居場所、あり方、何が原因であんなにおちゃらけたり綺麗な文を纏めたり出来ていたんだろう。昔は今よりもっと成長した自分の方が好きになれるっておもってたっけ。今もそれは同じだけど・・ただ、過去に綴ったものを振り返るとそれは疑わしくも有る訳で、ただ昔よりは絶対に成長はしつづけているわけで苦労はし続けている訳で・・これは何だろう。過去の自分は恐らく今の自分に敬意を持ってくれるとおもう。ただ、今の自分はそれにたるものなのだろうか。自分がわからない。なぁ・・・もしお前がここにいたら、私に何って声をかけるんだ。過去の自分にそう問いかけたところで返って来る答えはわからない。ただ1つ、確かな事はこれだけは言うとおもう。もっと自分を大事にね。わかってる。わかってるけど、でもただそれは・・・本日の私の日記を終了致します。
2008年01月22日
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相変わらずコメント欄は気持ちいいぐらいの荒れようでちょっと苦笑いしながら更新します。そういえば、最後に曲を作ったのいつだっけ?走馬灯のように記憶がかけめぐるでもなく、いつしか忘れる事で自分を守りつづけていた事に気がつく本日の私の日記の始まりです。起きた時間は午後2時過ぎ。療養生活ならもう少し規則正しい生活をすべきだとはおもうんだけど一度壊れてしまうと戻す事が出来ない性質で、色々苦労をしています。前の日記で少しずつ特殊から普通の日記に戻していこうと考えてはいた物の昔の自分を忘れてしまいました。今の自分を失ってしまいました。では、今からまた作っていこう。他人を作る事は出来なくても自分を創ることならできるから。今、本物の自分を捜しています。そうしている間にきっと、今の自分と昔の自分を見つける事も出来るから。苦い思い出とか、思い出せないんです。楽しかった思い出しか残ってないんです。未来の自分を作るには、苦い思い出から作る方法が一番好ましいと考えているのですが今は楽しい思い出だけしかないので、とりあえずそれで作成していこうかな、と。あ、心境ばっかり色々書いてて日常を綴っていませんね(苦笑そう、私の今日の行動は午後2時過ぎにおきて、食事をとり薬を飲んだ。ネットにつなぎメッセージを1通返信し、此方側の日記に着手といった形です。誰が見るから書く訳でもなく、自分の為にもなるから書く日記なんですよね。そっか、思い出すためには日記を振り返るのも1つの手なのかもしれないな。でも、きっと心が痛むだけなんだろうな。それでも、振り返らないといけないかな。もう少しだけ時間をかけて、自分が自分でありつづけられるようになったら日記を一通り読み返してみようかとおもいます。今はまだ・・もうちょっとだけ。今の私に戦う力はありません。本日の私の日記を終了致します。
2008年01月11日
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長い間放置してきたこっちの日記ですが療養中の為、時間が出来たので此方も少しずつ綴っていこうかとおもいます。普通の日記として戻すには時間が掛かりますがしばし、特殊項目として日記を綴って率を戻していこうかなと考えています。本日の私の日記の始まりです。面白い事に、更新が長い間とまっていてもカウンターが回っているんですね。とはいえ、商売目的みたいなものもあるのですが、それ以外のアクセスもしっかりと確認しました。こんな私を気遣ってくれる方も世の中にはいるんですね。ありがたい事です。オンラインでゲームをする時、ゲームは楽しむためにやるもの・・そう思ってる方が沢山いるんじゃないかとおもいます。私もそれに賛同はするのですが、人間関係ってやっぱりネットの世界でも生まれてくるんですよね。嫌な人なら触れなければいいとかその他いろいろ、現実世界と違って割と勝手が利くのがネットなんだとおもいます。ただ、それが仲間だったとしたら・・どうなんだろうか。一時的にこいつ嫌いだからもういいや、そう切り捨てられるものなのかな。何故そういった言い方をしたのかを考えられる人が少なく、団体が纏まる為にはやはり現実も、ネットも操っているのは人なのでその心が纏まらない限りそれは個人が勝手に「人を利用しているだけ」になってしまいますよね。ネットゲームの楽しみ方は人それぞれなんじゃないかともおもいますが、大抵の人は『楽しむためにゲームしてる』という言葉で人を利用しているに過ぎなかったりします。といっても、私も他人の力を借りて成長した事があるのでその点においては、あまりいえた義理でもないのかとおもいます。私は一つの志という形あるものを壊しました。それが何を意味しているのか、何を思って志を壊してしまったのかその場の勢いで行動なんてのも、無い訳ではなかったけど志という形あるものまで壊していったい何を伝えたかったのか。そういったものを考えられる人がいなかったことが残念でなりません。約束があるのでそれにむけて私は暫く、離れますが度々チェックはしています。うとまられ、うざがられ、嫌われて・・何かが出来るからそれをやろうとするんじゃなくて自分から何もやろうとしない限り、誰も何も出来ないまま終わってしまう。私はその機会すら与えていなかったのだろうか。何もしなければ私が何でもやるって思われてしまっていたのでしょうか。管理者ノート、置いてきました。ただ、私の頭の中には管理者ノートに綴れるだけの物だけじゃない色々な情報が入っています。そして、自分を失わないようにその情報の収集は出来るだけ行っています。でも、結局それも何にもなりそうもない現実があり心を凍らせながらの行動でしか動かせません。凍った心であっても、負荷がかかればそれは砕けます。ただ、私は出来る事をするだけ。行動を振り返るいい機会、それは私の為だけの物ではない筈。私自身の療養も兼ねる時間にもなりますが願わくば、人が人を思い遣れる「仲間」としての意識を一人ひとり、そのむねに刻んで貰えればと願うばかりです。以上、本日の私の日記を終了致します。
2008年01月09日
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いつしか、忙しさに追われ、肉体精神共に崩し、一時期は気が狂ったのではないかと自分を疑うにまで至った私、常に喜怒哀楽、平凡を綴っていた日記だが、いつしかそれを書く事すらままならなくなっていた。ただ、今日の事だけはここには絶対に書きとめる必要がある内容なのでその想いを綴ります。本日の私の日記の始まりです。今まで、色々な訃報を聞いてきたが その中でも群を抜いて嫌な訃報がある。 人死にはいつでもどこでも潜んでいるもの・・ ましてや新年早々こんな話になるのはどうも頂けない。 しかし、生き物としてこれは致し方ないこと、場所と時間を 選ぶのは、自然死では起こり得ないことだろう。 祖父を失って以降、私は誰の訃報を聞いてもさして心を 乱すようなことはなかった・・。 これからも恐らくはそうだとおもう。 ならば何故、訃報をここに記したのだろうか。 何年か前、私は文鳥を飼っていた。 小動物ってのは中々飼うのが難しくてね、 手にのるからといってあまり懐くようであっても 寝る前はかごから出すと布団にもぐりこんで潰される様な事も あったもんだ・・。 有る者は原因不明の死だったり、有る者は仲間が消えていく事に対する 不安から死であったり、原因は様々。 そんな中でも4羽も飼うとなかなかしぶとくてね。 夜中の12時過ぎによく喧嘩して煩かったもんだ。 ♂3♀1の割合でね、ツガイが1つ誕生してから4羽程 無事に孵化した子がいたんだ。 それまで喧嘩したりなんだりで潰れた卵の掃除やらで なんともいえない気持ちになったけど、孵化してくれた。 ただ、私も当時は学校に通っていてね ずっと付きっ切りで見守るなんて出来なかったんだ。 1羽、完全に息を引き取ってる子が居た。 どうあっても、動かないんだ。やれるだけの事はやってみたけど やっぱりだめだった。 7羽になったんだが、そこに1つ話があってね 子を一人、里に出してはもらえないだろうか、と。 悩んだけど、1羽出す事にした。 その子が今日、息を引き取ったとの訃報が今朝母から届いた。 私は小鳥が好き、ただ好きであるが故にその訃報は群を抜いて 嫌なもの。生きてる限り仕方のないことだけど、それは 出来れば耳にしたくないもの。ただ、私はそれを受け止めるしか 出来ないし、何かをしてやれる訳でもない。 そうか、あれから9年になるのか。 歳月というものを忘れてしまうほど色々な事があったのか・・ 残った6羽についても、運良くツガイにはなったけど やはりそううまくはいかなかったよ。 ある者は帰宅後かごを覗いたら喧嘩が原因であろう死に方をしていた。 ある者は、帰宅後反り返ってるのを発見した。 ある者は卵を暖めている途中で衰弱していった。 その子は生きている間に何とか栄養を取らせて出来るだけのことをしたが 私の手の中で息を引き取っていった。朝方のことだった。 一番懐いてくれいていた子だった。 そして、外に逃げていった子が2人いた。 1人は、あまり懐かない子。 そしてもう1人は、最後に残った子でね・・。 仲間が全員居なくなった、長年連れ添った嫁を失った。 ショックだったんだろう。 何度も部屋中を飛び回り壁にぶつかって、気が狂ってしまっていた。 そして、気がつけば知らない間に外へ逃げていっていた。 長年連れ添ったその嫁さんは、子の死や、突然の失踪に ショックを受けたのか、少しずつ体力を失っていったのがわかる。 どうにもとめられない状況、ただ只管にその死が来るのがわかっていながら 何もしてあげられない自分がどうにも嫌だった。 全員個性的な子だった。 私は小鳥のいない鳥かごを見つめた。 どちらかというと結構奔放に育てて、開けっ放しにする時間がおおかった。 部屋の掃除はそれこそ大変、いまだにその跡が残っている場所もある。 ただ、夜はしっかりとかごに入れて就寝した。 たまにどうしても電気の裏に止まってどうしょもないのもいたけどね。 今日の訃報は、私が飼っていた小鳥の最後の子の訃報。 里に出した子の訃報だった。 小鳥は10年は生きるものだったりする。 9年といわれて、それでもただ私には幸せに生きた9年であったと 祈る事しか出来ない。 私は小鳥が好きだが、飼う気にはもうなれない。 少なくとも、つきっきりで面倒をみてやれる状況じゃない限り 必ず見ていないところで喧嘩や事故で目の前から消えてしまう。 可愛いからといって飼うなんて出来ない。 好きだからといって飼える訳じゃない。 本当に愛してるから、私は飼う事が出来ない。 少なくとも今は、こんな身体、こんな精神、そして こんな状況、ただただ冥福を祈るしか出来ない自分がもどかしい。本日の私の日記を終了致します。
2008年01月07日
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