しかたのない蜜

しかたのない蜜

スザク×カレン 「モザイクカケラ」 1


 本来なら見事な光景に心おどるはずなのだが、今のスザクにはすべてくすんで見えた。
 猫を抱きながら、何度めかのため息をつく。
 理由はただひとつ。
 ブリタニアの人質となっているカレンの処遇だった。
 ゼロの正体を問い詰めるために彼女を幽閉しているのだが、生来の頑固者ときているから
いっこうに口を割らない。
 かと言って拷問にかける勇気はスザクにはなかった。
 仮にも彼女はアッシュフォード学園は友人だったのだ。
 互いに秘密を隠し持っていたとしても。



 それに。
 スザクにとって、あの赤い髪の少女が悩みの種である理由はもう一つあった。



 自分では意識していないが、明らかにスザクはあの少女に惹かれているのだ。
 気性の激しさをそのまま表したかのような赤い髪。
 ひきしまった筋肉と少女らしいまろみを帯びた胸。
 そして――スザクを射貫く大きな瞳。


 いつのまにかスザクは彼女のおもかげを追い求めていた。
 無意識のうちにぼそり、とつぶやく。


「紅月カレン――……」

「そんなに彼女が好きなのね」

 幼い声に驚いて振り返る。
 そこにいたのはツインテールの少女――アーニャだった。
 スザクが驚いたのは、突然話しかけられただけではなかった。
 アーニャの話し方がいつものそっけない口調と違い、愛想が良く、さらに無表情に近い
顔が輝くばかりの笑顔を浮かべていたからだ。
 アーニャはつい、とスザクに歩み寄り、その隣に腰掛けた。
 洗練されたムダのない動き――まるで成熟した淑女のようだった。

「アーニャ、どうしたの? いつもの君と違う」

 スザクの問いに、アーニャはおどけた仕草(ふだんは絶対にしない)で肩をすくめた。

「そんなこと、どうだっていいじゃない。それより、スザク」

 そう言ってアーニャはスザクの顔をのぞきこんだ。
 人を魅了するようなまなざしだった。とてもローティーンの少女が見せる笑顔とは
思えない臈長けた魅力だった。
 どきり、と胸が高鳴る。

 そんなスザクにアーニャはからかうように微笑むと、その手を引いて立ち上がらせた。

「いいものを見せてあげるわ。あなたにとっての、とっておきの贈り物」

「そ、それ……何のことだい?」

「いいから、こっちに来て!」

 スザクの戸惑いをよそに、アーニャは宮殿の一つに向かった。
 そこは、カレンの幽閉されている宮殿だった。


 宮殿に足を踏み入れた時、スザクは驚愕のあまり息をのんだ。
 カレンが牢から出されているのだ。
 しかも逃げ出そうとする風もなく、幸せそのものの笑顔を浮かべ、スザクに駆け寄ってくる。

「いったい何がっ?」

 アーニャが答える以前に、カレンはドレスの裾をなびかせてスザクに抱きついてきた。
 甘い体臭と、心地よいぬくもりがスザクをつつむ。
 どくん、と心臓が高鳴った。

 カレンは顔を上げ、紅潮した頬でむくれて見せた。

「今日は遅いじゃない、スザク! どうしてもっと早く会いに来てくれなかったの?
私、ずっと待ってたのよ」


「……つまり、ギアスをカレンに使用したということですか」
 さんざんスザクと宮殿内で語り合ったり、ゲームをしたあげく、カレンはすやすやと
寝息を立てて眠ってしまった。
 その寝顔は今までのような剣のあるものではなく、あどけない少女そのものだった。
 スザクとともにテーブルについて紅茶をすすっているアーニャは何食わぬ顔で
うなずく。
「そうよ。人造ギアスの持ち主の一人にかけさせたの。記憶改ざんのギアス。自分は何不自由なく育ったブリタニア人で、お母さんもブリタニア本国で幸せに暮らしている。そしてあなたとカレンは――」


 そこでアーニャはカップを置き、艶然と微笑んだ。

「幼なじみで、婚約者同士。彼女はあなたを信頼しきって、惚れこんでいるわ。そしてすぐにでも抱いて欲しがっている」

 あけすけな言いぐさに、スザクは頬が熱くなるのを感じた。そこに性的な興奮がないと
いえば嘘になる。

 が、すぐに本来のスザクに立ち戻り、詰問した。

「なぜそんなことをするんですかっ? 彼女の意志はどうなります? あまりにも非人道的過ぎます」

「まず最初の質問に答えるわ。カレンが我がブリタニアの味方になれば、強力な戦力になる。今の彼女なら、あなたのために喜んで戦うでしょう。それに日本人であり、ナイトオブラウンズであるあなたと黒の騎士団だった彼女が婚姻すれば、ブリタニアとしては国交に有利になる。黒の騎士団の志気も下がり、さしものあのゼロも追い詰められるでしょう。自分の部下に裏切られたのですから」


「け、けれど、それはあくまでギアスの力によるもので……」


「でもスザク、あなたにとってこれは嬉しい事態じゃない?」

「……」

 いいえ、と即答できない自分が不甲斐なかった。
 自分を恋人として慕ってくれるカレンは、明らかにスザクが思い描いていた夢だったのだ。


 そんなスザクをからかうように、アーニャは言葉を続ける。

「それにこれは一番リスクの少ない、人道的な作戦でもあるわよ。あなた、カレンにどうするつもりだった?」

 問われて、答えに詰まる。
 たしかに今まで思い描いていた数々の計画は、どれもひどいものばかりだった。

 さて問題は解決したとばかりに、アーニャはカップをソーサーに置いて立ち上がった。

「それじゃスザク。彼女をしっかり愛しておあげなさい。すぐにでもあの娘はあなたに抱いて欲しがっているわよ――情熱的な娘なのね」

「そ、そんな……」

「嫌ではないでしょ?」

 いたずらっぽくウィンクし、アーニャは部屋から立ち去ろうとした。
 あわてて椅子から立ち上がり、彼女を呼び止める。

「アーニャ。君、アーニャじゃないね? あの子は紅茶なんか大嫌いだったはず……」

 スザクの問いに、アーニャは謎めいた微笑を浮かべた。

「そんなの、大した問題じゃないわ」

 それ以上何も聞けない迫力を感じて、スザクは押し黙った。それほどまでにアーニャは
威厳に満ちていた。
 一人残されたスザクの横で、カレンは一人寝息を立てていた。

「こんなところで寝ちゃうなんて、風邪引くよ」

 戸惑いつつも、ドレスのまま眠っているカレンに毛布をかける。
 むにゃむにゃとカレンは寝言を言った。

「スザク――大好きよ」

 こんなの間違ってる。

 それは分かっていても、スザクはときめきを押さえることはできなかった。

 こうしてスザクは、カレンと奇態な関係を結ぶことになった。

 おそらくカレンはギアスによって、ブリタニア国の王女という記憶をすり込まれているのだろう。
 何の疑いもなく宮殿で生活し、ただひたすらスザクとともに過ごしたがった。
 カレンのことをよく思わない人間も宮殿には数多くいるだろうに、誰一人として
彼女にイヤガラセをする人間はいなかった。
 ある日、ジノが教えてくれた。

「皇帝じきじきに、カレンは丁重に扱えって指示が出てるんだってよ」


 そこにスザクは、何らかの違和感を感じずにはいられなかった。
 アーニャが突然、アーニャではなくなった時の違和感。
 当のアーニャといえば、あの日以来、普段通りに戻って生活しているから、スザクは
何も相談することはできなかった。


 やがてある晩、スザクがついに恐れ――そして望んでいたことがやって来た




                             つづく



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