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6月30日火曜日 きょうは、朝がたは雨がふっていたようだが、いまはそとがしずかなの で、雨はふっていないようだ。 さいきんは、季候がかんけいするのか、かんせつのちょうしが悪くまた 、咳がよくでるまた、はもちょうしわるくと、まあ、このじきのそらも ようのように、すっきりしないきぶんのまいにちがつづいている。 わたしは、ようふくはすかーととてぃーしゃつ、またはすかーととぶら うすまたは、すかーとととれいなーを着ることが多い。 くるまいすにおせわになるまえは、そしてわかいころはミニすかーとや ほそめのじーんずをはいたりした。 りうまちがひどくなり、くるまいすせいかつになってからは、あしくび ちかくまでの、ロングすかーとが多く着る。 これは、むりなくすばやく、かんせつにふたんがかからないのをこうり ょしたためだ。 しかし、こんかいは、はいしゃにいくよていがあり、くるまいすからべ っとにうつるときをかんがえ、おずぼんを買おうと、じたくのちかくの すーぱーのいりょうひんやに、こんげつ18日に、でかけ買いもとめて きた。 そして、家にもどり、さて みずあらいするまえに、はいてみたら、な んとのびないひざのところからうえに、あげられず、もうあせり、店に でんわして、こうかんしてもらえるようにおねがいした。 そして、21日のぱそこんべんきょうかいの帰り、たくしーをとばし、 みせに行き、へるぱーさんと、しちゃくしつで、なんちゃくも着たりぬ いだりと、あれこれと、しちゃくして、やっとくろいろのおずぼんをえ らんだ。 ちょっと ううん、だいぶんと、うえすとはおおきいけれど、すばやく はけたので、すこしだきょうして、おおさわぎのかいものはおわった。 そして、姉がぱじゃまにしてもいい、ほうもんぎとかるくすずしそうな すかーととぶらうすを買ってきてくれた。 わたしは、へるぱーさんとおおさわぎして、やっと1ちゃくのおずぼん を買ったのに、姉はわたしにぴったりのものを買ってきてくれた。 ほんとうに、わたしは姉にかんしゃしなければと、かんがえた。 じたくのちかくのすーぱーの、いりょうひんやのひとは、しんせつで、 しちゃくするときに、ぱいぷいすをかしてくださった。 なにげないしんせつにかんどうした。 さて、読書のせかいへ。 さえきやすひでの、いねむりいわねシリーズの、冬桜のすずめをきいた 。 しわすまじかのしょうぶかんどうじょうに、だいくのとうりょうぎんご ろうがおとずれ、いわねのつまおこんに、ちどりがふちのちかくに、冬 桜がきれいに、さいているとおしえる。 そのことを、おこんはいわねにつたえ、いわねとおこんときりことさな えとで、見物にいくこととする。 4にんは、ちどりがふちのちかくのやしき、こうけせら家のついじべい から、みちにでている、えだの冬桜にうっとりみとれ、その花をすずめ がついばみ、はなびらが、はら はらとまうようすにことばをうしない みつめつづける。 そこへ、せら家のしゅじんが城から、さがってきた。 そのしゅじんの、駕籠に土下座する武士ふたりがあった。 せら家しゅじんが、土下座したぶしたちのかみぬま家から、かした、ね ずみしの りきゅうもみじを返してほしいと、こんがんするが、せら家 のしゅじんは返したととりあわないため、ふたりの武士はかたなをぬき 、切りかかろうとするのをいわねがとめそのばはおさまるが。 きりこが、いわねに せら家とかみぬま家のようすにきをつけるといい 、いわねはゆるす。 しかし、かみぬま家の土下座したひとりのぶしが、セラ家のうったえの めつけのかんもんをうけた、ちょくごに切腹してしまう。 いわねは、はやみにそうだんして、かいけつする。 せら家とかみぬま家のことの、かかわりで というかそれをきっかけに して、南町ぶぎょうしょのよりきささづかが、またまた、いわねにたの みごとをもちこむ。 それは、さどおくりから逃げた、のうらくのたんごろういちみの捕縛に 、せきまえ藩のやといぶねをかしてちからをかしてほしいという、こと だった。 そのさわぎにじょうじて、おこぼれをとたけむらぶざえもんがもんばん するやしきをがいはくしてしまったりと、おおさわぎでじけんは、なん とかかいけつする。 そのような、さわぎにまきこまれていた、いわねは、どうじょうにあら われた、もうもくのけんかく まるめたかつぐの、まごむすめのような けんかくとたたかう。 そして、いわねが いえもとの剣じゅつしなんのでけいこに、にしのま るに、いくと いえもとのようすがおかしかった。 いわねは、いえもとにたずねると、ゆめのなかに あのまるめたかつぐ とまごむすめらしいものが、でてきておそろしく寝汗をカキめざめると 、いわねにうったえる。 いわねはいえもとに、じぶんのかたなをワタシまもりがたなとしてねむ るようにと言うが?。 しかし、いえもとは、たかいねつをだしうなされる。 いわねは、しらせをきき、にしのまるにとじょうして、ひとばらいをし てもらい、かたなをふるいまるめたちのようじゅつから、いえもとをた すける。 その、ようじゅつが、はやみにも、のばされるが、いわねとおこんが、 はやみのやしきのちかくをとおりかかり、いわねは、まるめたかつぐと たたかい、まるめたかつぐのひだりひじを、切りおとし、しかしまるめ たかつぐは、このままにしないというような、ことばをのこしきえる。 わたしが、まちにまっていた、いねむりいわねの最新刊が音訳され、手 に汗をカキ、むちゅうになり、いねむりいわねのせかいにのめりこんで しまった。 わたしは、いつも思うのだが、たぬまのおこないは、しょうぐん家への 、むほんになるのではとかんがえてしまう。 いつもながらのすてきないわねさまとおこんふうふ あいかわらずのさ さづか あいかわらずのたけむらと としをかんじさせないきんべえ さわやかないえもとと、つぎのさくひんが、まちどおしい、わたしなの だ。
2009年06月30日
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6月1日月曜日 きょうは まどからはいってくる風が さわやかにかんじる1日だった 。 そこで 1く さわやかな、1にちがすぎて、こころ晴 ううん これではそのまんまか? てれびやらじおでは、きょうから くすりの売りかたがかわるとなんど も、言っていた。 わたしは、これでまたまたこんびにがちからを増し、でぱーとやどらっ くすとわーがさびしいこととなるのではと、かんがえてしまった。 しかし、あるばんぐみをきいていたら、くすりのやすうりとなるのでは と言っていた。 わたしは、くすりのやすうりなんて、なんだかいわかんをおぼえてしま う。 それから、どらっくすとわーではとくていのものは、やくざい師がせつ めいすることがぎむづけられたとか、わたしたちしりょくしょうがいし ゃには、ありがたいことと想う。 さて読書のせかいへ。 あしかわじゅんいちの、わかたけざむらい おいらかしゅんさくえどつ づりを、きいた。 しゅじんこうは、たきざわしゅんさく。 しゅんさくは、しんしゅういのだ藩のかんじょうがたの役についている いえのちゃくなんにうまれ、剣もがくもんもゆうしゅうだがひとをおし のけてまで、しゅっせしようというせいかくではなく、おっとりとおだ やかなせいかくでそしてらくてんかだった。 そんなしゅんさくに、えどのわかさまのきんじゅつきをめいじられる。 しゅんさくは、18さいでえどにでてわかさまにつかえることとなるが 、12さいのわかさまは、なにかおもしろいことをせよと、しゅんさく になんだいをいいつける。 しゅんさくは、いっしょうけんめいかんがえひろうして、すぐにきょう だいのようにきもちがつうじるようになる。 そして、2ねんがすぎて、ある夜しゅんさくが、わかさまにたのまれた ものを買い、やしきのちかくにちかずいたとき、おなじきんじゅしゅう のものに切りかかられてなんとかしゅんさくは、かたなをさやからはぬ かずたたかい、みぞうちにかたなのつかぐちでつき、ともかくなぜおそ われるのかわからないため、逃げひとばんやしきにちかよらなかった。 そして、あさになりやしきにもどると、いきなりめつけにかこまれ、問 いただされることとなる。 それは、しゅんさくがきをうしなわせていたきんじゅがけさぎりされこ ろされたということであった。 しゅんさくは、べんめいしてかたなにはいってんのくもりもないのに、 きんしんとなる。 そして、せつめいもなく、藩からせきをぬかれてしまう。 そして、しゅんさくはろうにんせいかつと、なってしまう。 そしてやれでらでねとまりしていると、やくざとろうにんにおいかけら れたおおがらのろうにんとしりあう。 そのろうにんに住むところとしごととして、よろずうけよいにんをする こととなる。 しゅんさくは、ろうにんせいかつにふんとうしてそしてなれてきて、た のしんでいく。 しごとは、ゆうじょのあしぬきのてつだいや しょうにんのめかけから たのまれてようじんぼうをしたり ある藩のわかさまのみがわりをした りと じけんにまきこまれかいけつしたり、なんにんかのさむらいにか こまれたりとやしきではけいけんできない、せいかつをおくる。 これは、しりーずになりそうでたのしみ。 それにしても、しゅんさくはなぜ藩からだされたのだろうか?
2009年06月01日
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