yutukiの世界

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題名『箱の空』 第2章






部屋

 陽が傾いて、月や星が空に上がっていた。
 涼しいと思うほどであったが、これといってきにならなかった。
 隣にこの人がいる。
 そうおもうだけで、心が温かくなるようなきがしていた。
 こんなところを知り合いにでもみられたら、別人とおもわれるだろう。
 こんなにも、人といて楽しいと思ったのも時間が経つのが早く感じたのはほとんどといっていいほどになかった感覚だ。
 スーパーに寄って、晩御飯の材料を買い込み歩いている。
 そんなありふれた日常の風景。
 そんなものが、自分にはもうこないのではないかとおもっていた。
 こんなに満たされた気持ちは、あっただろうかと思うほどに記憶がない。
「もう少しでつきますから」
 可愛らしい顔をにこにこと微笑ませながら、銀河は川添の側を歩いている。
「はい。わかってますから、ちゃんと、前をむいて歩いてくださいね」
 どうも、一緒にいてきずいたのだが。どうも、この人はなにもないところで転ぶのが得意のようだった。
 だから、少しでも目を離したりなんかしたら、すぐになにかにぶつかったり・転んだりするのだ。
 よくもまぁ、ここまでボケていて今まで生きてこられたなと関心してしまうほど。
「わぁ!」
 気よつけてといっているそばから、銀河は街頭に頭をぶつけているではないか。
「い・・いたい」
 おでこをおさえながら、銀河は後ろから駆け寄ってくる川添を振り返った。
 涙目になっている顔を川添のほうへとむけた。
 赤くなってしまった額をみるにつけ、おかしくなってしまい川添はついぷっと吹きだしてしまった。
「あぁ~、川添君なんで笑うの・・。ひどいよぉ~」
「すいません。つい、あなたが可愛かったものですからつい・・」
 恥かしいことを平気で口にする川添に、真っ赤になった額をさすりながら、回れ右をすると小走りに歩いていった。
 そうやって、恥かしがったりする銀河が川添には無償に可愛く見えてしまう。
 抱しめてしまいたくなりそうになるくらい。
 いくら小走りに走ったところで、銀河と川添ではコンパスの差というものがある。
 だから、どうしてもおおいつかれてしまう。
 身長差はどうみても、十cm以上は違うであろう。
「すいません。怒りましたか?」
 別に、川添はからかっているわけではないのだ。
 物事をストレートに言い過ぎるだけで、本人には悪気はないのだ。
「別に、怒ってるわけじゃないです」
「そうですか、よかった」
 ほっとしたのか、川添の顔には自然に顔がほころんだ。


 人を信頼する事。
 それは、いいことだと思う。
 けれど、それなりに警戒することも必要なのだ。
 けれども、この生瀬銀河という人にはそれがないのだ。
 まだ、知り合ってまもない川添に対しても警戒というものが見えてこない。
 それが嬉しくもある。
 こうやって、仲良くなれたのだから。
 でも、心配でもある。
 こんなにも、簡単に人を信頼する事がどんなに危険なのかわかっているのだろうか。
 人を信頼するという事が、どんなに難しく・簡単で・・壊れやすいものなのか。
 この人は、裏切られたりしなかったのだろうか。
 傷ついたりしなかったのだろうか?
 泣いたりしなかったのだろうか?
 今の、この人しか知らない俺にはなにもいえない。
 何も知らない。
 その分知りたい。
 守ってあげられたら、どんなにいいか。
 らしくもなく、一人の人に対してこんな感情をもったり、守ってあげられたら・・なんておもうなんて。


 歩く事十分弱。
 商店街のネオンがみえなくなって、すぐぐらいに銀河のマンションは建っていた。
 まだ新しいマンションなのか、外装か原色をとどめている。
「ここの三階にあるの」
 それだけいうと、銀河は川添の服をひっぱるようにして、マンションへと入って行った。
 マンションに入る時に、暗号を打ちこむことによって、正面玄関の戸が開くようになっている。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
 エレベーターの前で考える人のポーズをとっている銀河の顔を覗き込んだ。
「故障してるみたい」
 銀河が指を指したほうには、『故障中』という張り紙がしてある。
「そのようですね」
 故障中という文字の他には、明日中には直すということと、今日は階段でと書かれてある。
「しかたありませんね。階段でいきましょうか?」
「うん、そうだね。そうしようか」
 階段といっても、普段は使われる事のない非常階段である。
 外に出ると、急に突風がふいてきて銀河は飛ばされそうになった。
「わぁ」
 後ろに向いて倒れそうになった銀河の体を、
上手に片手で受け止めると『大丈夫ですか?』という素振りで顔を覗き込んだ。
「ありがとう、川添君」
「いいえ、とんでもありません」
 体勢を立て直すと、銀河は容赦なく顔にぶつかってくる風に押されながら、ゆっくりとした足取りで、やっとのことで三階までたどりついた。
 途中、何度も飛ばされそうになりながら。
 風のせいで、銀河の髪はぼさぼさになってしまっている。
 それを、同じようにやってきたはずの川添の髪はどうもなっていない。
 川添は、銀河の髪を見るとぼさぼさになってしまった髪を丁寧に梳いてやった。
「一番奥だから」
 直してもらっているからなのか、銀河じっとしたままの状態で部屋の方を指差した。
「はい」
 そう言って、笑いかけると銀河は顔を真っ赤にして部屋まで駆けて行ってしまった。
「??」
 どうして、銀河が真っ赤になって走ってってしまったのか、自分の顔に自覚ができていない男にはわからないらしかった。
 部屋に入ると、川添は何故かとても落ち着いた感じになれた。
 なにか、ほっとするような空気がこの銀河の部屋には流れている。
 進められるままに、川添は居間へた足をむけた。
 部屋を見ると、その人のひととなりがわかるものだと以前誰かが川添にいったことがあった。
 確かに、部屋に入るとその人がどんな人物であるのかがわかってくる。
 綺麗に敷かれた絨毯の上には、小さいテーブルがある。
 その上には本が何冊かつまれている。
 よくよくみてみると、それは星の本だった。
 ふと、左に目を向けてみると台所が目に飛び込んでくる。
「なにか、手伝いましょうか?」
 台所に入ろうとすると、それを阻止しようと銀河は川添を精一杯押しやろうとするのだが、川添はぴくりとも動かない。
「いいの。そこに座っていてください。川添君はお客様なんだから」
 本当に二十七歳なんだろうかと思うくらいに、可愛らしい人は一生懸命にお願いと目で訴えてくる。
 いくら、川添にそのきがないとしても、こんなにも可愛らしい顔をみせ続けられたら、どこまで理性がもつか心配になってきてしまう。
「それじゃぁ、テレビでもみていていいですか?」
「うん、いいよ」
 自分の願いを聞き入れてくれて嬉しいのか、よりいっそう笑顔になって料理を作り出した。


 あんな人に料理ができるんだろうか?と、心配したのだが、これが案外上手いのだ。
 自分の前に置かれた、川添の分の夕食をみながらおもった。
「上手なんですね」
「うん。大学に入ってからだから、もう一人暮らしも長いから」
「そうなんですか」
 意外な特技だった。
「まだ、そんなに時間経ってなかったんですね。まだ七時ですよ」
 外があまりにも暗いから、もっと遅いものだとおもっていたのだが、まだ時計は七時をさしている。
「そうみたいですね」
「生瀬さんて・・・」
「なんですか?」
「いえ。なんでもないです」
「途中で言うのをやめるのはよくないです」
 お盆に自分の分のオムライス&スープ&サラダをのせてやってきた銀河が、頬をふくらませてる。
「そうですか?」
「そうだよ。すごくきになる」
 教えてと顔を覗き込んでくる銀河を、やんわりと押し戻した。
「ご飯が冷めてしまいますから。食べながらお話をするといのはどうでしょうか?」
「そうか・・そうだね」
 納得してくれたのか、にこにこと笑いながら川添の側にちょこんと座った。
「いただきます」
 ご丁寧に手まで合わせて食べ始めた銀河をみながら、川添は満足していた。
「おいしいですね」
 これがまた美味しいのだ。
 そこらへんで食べるお店よりも、だんぜん美味しい。
「そう。これでもね、料理には少しだけ自信があるんだ。皆、僕が料理好きだっていうと変がるんですよ」
 ふくれっつら顔をしながら怒る銀河をみていると、よりいっそう可愛かったりする。
「生瀬さん」
「なんですか、川添君」
「さっき、いいかけたことなんですけど」
「うん、なに?」
「いつも。こんなにすぐに知り合いになった人を部屋にあげたりするんですか?」
 いくら、図書館で手伝ってくれたからといって、こんなにすんなりと知り合ったばかりの人を部屋にあげるのは危検すぎる。
「・・・う~ん。そんなことはしないな。いくら、僕がぼけてるからって、知り合ったばかりなにそれはしないけど」
(言っている事と、やっていることが反対のようなきがする)
 銀河にしてみれば、川添は初めってあった人物である。
 それをちゃんとわかっているのだろうか?
「あのぉ~、言ってもいいでしょうか」
「うん。なに?川添君」
 プチトマトをフォークに刺そうと格闘しながらも、ちゃんと銀河は答えた。
「僕も、その・・初めてあったばかりの人なんですけど」
「?・・そうか、そうなるんだっけ」
 やっとのことで、プチトマトをフォークに刺すことに成功した銀河は嬉しそうに、川添に自慢するかのように見せてきた。
「そうなんですよね・・・」
「でも、川添君は悪い人じゃないとおもったから。ここに連れてきてもいいとおもったから」
 銀河にしてみれば、何の気なしに言った言葉だったのだろうが、川添にとって何故かその言葉が特別なものとして心の中に入ってきた。
「なんで・・ですか?」
 聞きたい。
 どうして、そんなふうに自分のことをおもってくれたのか。
「うん。別に、深い意味はないんだけど。なんとなく、川添君はいいかなぁ・・。う~ん、直感かな?」
「そうなんですか」
「うん」
 大きく頷かれた。
 それが無償に嬉しくて嬉しくて、川添霞という人間のなかに生瀬銀河という人は入り込んできた。
 それは、突然の出来事だった。
 もし、それがどんな糸に繋がっていたとしても、その時の川添にはどうしようもなかった。


 運命の赤い糸。
 そんなロマンチックな言葉があった。
 見えないものがそこにあって、誰かと誰かを結ぶものだと。
 見えないもの。
 見えるもの。
 どちらを信じる?
 俺は、即答で答えるだろう。
 目で見るものしか信じないと。
 だが、あの人と出会えたのはそんな見えない糸があったからなのか?
 糸。
 こんなにもこの言葉を愛しいとおもったことはない。
 糸。
 あの人との唯一の繋がり。
 永遠に消える事のない・・糸。
 消えないでいてほしい大事な糸。
 見えないあの人との運命。


《第2章 終》
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