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やまさん-1号

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2006年06月24日
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 大学4年になるまで、就職が大変なことだとは思っていなかった。
 というより、真剣にそのことを考えていなかったのだろう。
 なんとなく、なるようになって、どこかの会社員におさまる。
 そんな風に漠然と楽観していたような気がする。

 しかし現実は甘くなかった。「ホメイニ師」という名前が
連日新聞に登場するようになり、その騒動はやがて第二次
オイルショックとなってこの国を揺さぶった。

「来年は理学部卒は採らないよ。即戦力の工学部ならともかく、
理学部は研究職だから」

思い知った。

「修ちゃん、就職どうなった? わたしね、出版社受ける
ことにしたの。それで、感想文出さなきゃならないから、
一緒に本屋さんに行って選ぶの手伝ってくれる?」
 友人の妹で、彼女だったり、友だちだったりした子が
電話してきた。気晴らしに池袋の芳林堂書店に出かけた。

 彼女が受けたいという平凡社は、日本屈指の百科事典を
出版している会社。よく「平凡パンチ」の平凡出版(現
マガジンハウス)と間違えられるが、まったくの別会社だ。

 彼女に池波正太郎のエッセイ集『散歩のとき、何か食べ
たくなって』を選び、自分用に宇宙科学の本を手に取った。


 彼女は書類選考で落ち、ぼくには筆記試験の案内が届いた。
「読んでみるとおいしそうで、よだれがたれそうになり
ました」の繰り返しである彼女の感想文では、そうなっても
仕方がない。何度もそのことを指摘したのだが、
「思った通りに書かないと、わたしの文章じゃない」


 試験会場には、驚くほどたくさんの学生がいた。
どこかの試験と重なっているのかと思ったが、すべて
平凡社を受ける人たちだった。あとで聞いたが、応募者は
三千人、筆記試験を受けた人は千人だったという。
合格したのはぼくを入れて四人だったから、すごい倍率だ。
それを知っていたら、受けなかったと思う。

 研修期間中に、労組の人が来て「会社が用意している
ポストは、百科事典、雑誌、広告、製作だ。お前たちが
どこに配属になるかは、課長たちの綱引きで決まる。
ま、がんばれよ」と言った。なぜそんなことがわかるのか
不思議だったが、どこでもいいと思っていた。

「山崎君は雑誌1課。月刊『太陽』の編集部に配属」と
総務課長に辞令を渡され、5階の編集部に行く。嵐山光三郎
編集長以下、編集部の人たちが迎えてくれた。いい職場に
来たと感じた。

 見習いとして、毎朝定時前に編集部に入った。
タイムカードはいつも9時17分。自分でその時間を守ろうと
決めていた。すぐに守衛さんに覚えられた。

 午前中に出社してくる編集部員はほとんどいない。
ぼくの仕事は、電話番と前夜の酒盛りの片づけ、編集部の
掃除だ。アルバイトの女子大生と皿を洗いながら雑談した。
楽しかった。

 最初の取材は「盆栽」の特集号だった。キャップと
同行して九州の盆栽園を撮影取材する仕事だ。生まれて
初めて飛行機に乗った。中洲で飲んだ。牛の尻尾を食べた。

 自分で企画した特集が本になったのは、配属されて
ちょうど1年後。「大発明・珍発明500集」という
タイトルだ。この企画は、入ってすぐに嵐山編集長と
焼き肉屋に行ったときに生まれた。

「山崎は、なにか興味を持っていることとかないのか?」
「うちの特集にできそうなものでですか?」
「そうだ。だが鉄道はダメだぞ。SLブームは去ったからな」
「個人的にはSFとか発明とかに興味がありますが」
「SFはちょっとな。発明はいいかもしれない。今日から
暇な時間を使ってリサーチしろ。毎週の課会で聞くからな」

 それから長い調査とダメだしの繰り返しを経て、
自分の考えたものが雑誌の特集になった。表紙に
なりそうなものを探したあげくに、イベント屋が
持っていた蒸気自動車に行き着いた。

取材でかけずり回り、デザイナーとマンツーマンで
写真選びをした。原稿書きは編集部に2週間泊まり込んで
仕上げた。

 見本が届いたので、台車で取りに行った。
感慨無量でエレベーターの天井を見上げていると、同乗して
いた隣の編集部の先輩記者が聞いてきた。

「これ、きみが企画した特集?」
「はい。はじめての特集です」
「そうか、嬉しいもんだよな。俺も覚えているよ。
ちょっと見せて…あれっ? 表紙のここ、誤植じゃないか?」

「えっ!」マジで心臓が止まったと思った。
「ははは、うそうそ。みんなやられるんだよ」
 エレベーターの床に、へたり込んだ。

 表紙をスキャンするために、あらためてこの本を眺めて
みる。昭和55年5月発行。遠い昔だ。登場している人の中には
故人も多い。苦労してアポを取った井深大氏、イラスト
レーターの真鍋博氏。たくさんの人ともう会えないが、
少なくともこの本を見れば、会ったときのことを新鮮に
思い出せる。これがぼくの財産なのかもしれない。

 この号は実売率90%を記録。「太陽らしくない」という
社内批判は、その数字の前に声を潜めた。






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最終更新日  2012年04月05日 01時48分53秒
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熱さが眩しい!  
有賀忍 さん
熱い!熱くて,読んでいて何かこみ上げて来る。青年がまっしぐらに向かう情景が目に浮かぶようだ。とにかくフレッシュ!いいなあ。熱さって。 (2012年04月04日 12時53分32秒)

Re:熱さが眩しい!(06/24)  
山崎修 さん
有賀先輩、熱いコメントありがとうございます。 (2012年04月05日 01時48分53秒)

Re:雑誌を作っていたころ(1)(06/24)  
中嶋 恭久 さん
この文章は、タイムスリップさせる力がある。プロ誕生の現場を垣間見たような気になる。ただで読んでいいんですか? (2013年04月07日 09時08分40秒)

Re[1]:雑誌を作っていたころ(1)(06/24)  
山崎修 さん
中嶋 恭久さん
>この文章は、タイムスリップさせる力がある。プロ誕生の現場を垣間見たような気になる。ただで読んでいいんですか?
-----
(2013年05月01日 06時17分00秒)

Re[1]:雑誌を作っていたころ(1)(06/24)  
山崎修 さん
中嶋 恭久さん

夏までにアマゾンのPOD書籍として出版しようと準備しています。そのときにはぜひご購入を。 (2013年05月01日 06時19分05秒)

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