人の気持ちが荒廃した現在において、禅の安売りの如く、宗教者が禅を語るよりは、直接的に生命の大切さや生きることの歓びを分りやすく説くのが、誰もが望んでいる事だと以前に話したと思いますが、以前に何回も相見させて頂いた臨済宗仏通寺の元管長の對本宗訓氏が新聞のコラムで興味深い事を言ってられます。
氏は禅僧から、医師になられて、現在は僧医という新しい分野の先駆者としてご活躍をされています。
一部文章を抜粋させて頂きます。
「死もいのちのプロセスに他なりません。私達が母胎から生まれ出るときに絶妙な仕組みが具わっているように、死に行くプロセスにおいても、苦痛を伴うことなく次なるステップへと旅立てるようなすばらしい仕組みが本来私たちの体には具わっています。
周産期学 に対して、臨床的な死のプロセスを見つめる 周死期学 の樹立を提唱しています。
いったい死に行く過程で何が起こっているのか、旅立ちの仕組みとは何か、人は死んでどうなるのか等々、私たちが心の奥底で常に気になっていること、患者さんが一番本音のところで知りたいこと、これらの問題を素直に検討し明らかにしていこうという学際的な取り組みです。」
以上が、私が興味を持った文章でありますが、生命の大切さを知る事が、この研究の第一歩であると思いますので、周死期学の更なる進歩を陰ながら念じております。