銀の鬣●ginnotategami

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●始めるための退職届



久しぶりの携帯の着メロが鳴った。
キー子が、こんな朝早くにメールをくれるのは 珍しい。

「退職届けだしてしまいました。
そしたら、常務が飛んできて、『何で辞めるんや』って言うの。
やから、お客さん大事にせえへんのと、社員が自分のお金使こてでも成績!成績!と追い詰める会社を見るの辛いからって言いました」

12月ながら、風の温かい日だった。
去年だったら、寒くて、寒くて、二人で襟を立て喫茶店に飛び込んだ。
「コーヒー飲もか」喫茶店に入ってから言うのも、変だよな。
「なーちょっと聞いてえなぁ、ほんま腹立つわ」

僕は、うんうんって頷くだけ。
だって、理屈やないんやから、グチやって知ってるから、あいつも。
「何か、気持ちすっきりしたわ、ありがとう」
ケーキをぺロッと平らげて、笑った。屈託の無い ええ笑顔やった。

僕 何もしていないよ、ただ、話をじっと聞いていただけ。
何のアドバイスもした訳じゃない。
「なあ、餘部鉄橋行きたい」また、突然に、どう言うかぜの吹き回し。
「ええな」ほんまにええんかぁ。
「でも、二人で行ったら、誤解されるやろか」

人は時々、誤解されることを望むかとがある。
それは、叶わない事が とても切なくて だから。
「多分、な」だいぶ経ってから、ポツリとそっけなく答えた。
「じゃ、止めよっと」また、にっこりと笑った。あいつ。

「辞めて どうする?」
「さあね、でも清々したわ」
ほんまは、誰よりも、会社や仕事のこと 好きやったのに。
生き生きと仕事の話をした あいつ、輝いて見えた。
「企業は人なりやからな」人によって、良くも悪くもなるのさ。

もう直ぐ新しい年がやって来る。でも、まだ年賀状も書いていない。
今日は風邪を引いているという。忘年会はどうだったろうか。
僕も、何だか風邪気味だ。やたら、共鳴するらしい。
共鳴しても、でも、同じ楽器の音色は 出せない。

「辞めても、友達でおってくれる?」
「さあな」
ずっと、友達でいるよ、もしおまえが嫌でなければ。
もう死語になった「花の金曜日」、寒々と見える冬雲が、ちょっと悲しい。


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