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明日は母の三回忌 1月3日で母が亡くなって2年がたちます。年月がさみしさを和らげてくれるものと思っていましたが 強くなっている気がします(>_<)きっと母が旅立つ日に一緒にいてあげられなかったこと、危機感が足りなかったこと、日々の介護に疲れて、慣れてしまっていた後悔があるからだと思います。これは私の罰なんだろうな。 母が亡くなった冬は さみしさがよりいっそう感じられて好きじゃないです。どこまでマザコンなんだろうと思いすが、行事ごとに母がいたら と思います。なんでこんな病気があるのだろう。新しい細胞を見つけた方は本当に様々です。簡単なことではないからこそですが、なんでもっと早く、そして早く早くその細胞さんを多くの進行形の方に役立ててほしい。役六年間の闘病生活母は苦しかっただけなのではないか。。そう思ってしまう。 お母さん、話したいことは沢山あります。明日はみんなに会いに来てね。
2012.12.01
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先日母の往診をしてくださっていた先生の病院で父にGWに歌手を呼んでトークショーをするので来ませんか と招待状が届き、父も一人では行きづらかったようで、私にも声がかかり、一緒に上の娘を連れて行ってきました。歌手のかたは普天間かおりさん という 沖縄出身の方で した。かおりさんは昨年3月11日に福島県のラジオ番組出演中に地震を経験し、被災者の方のために様々な支援活動をされて、いました。自身の歌も作詩作曲され これがまた 心に響く響く。母のことに重なってしまい涙と鼻水が 滝のように流れてしまいました いやあ 久々にこんなに泣きました。父も泣いていました。母が生きていたら母も招待され聞いていただろう、是非聞かせたい歌だと思うと余計に泣けた。招待してくださった先生、スタッフの皆様とても感謝しております。介護の生活を忘れてはいないけど本当に辛かった時期で思い出さないようにしていたのかも。でも確かに 今 病気と戦っているひともいて母もそうだったことを忘れちゃいけない。そう思うと最近ワガママだった自分に深く反省。小さなこと普通なことに感動する日々を忘れちゃいけない。こんな私にもできることがある。そう思い返した日でした。
2012.05.01
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遅くなりました 昨年はお世話になりました 今年もどうぞよろしくお願い致します きまぐれなブログですみません。 今年はすこし静かに流れたらと思います。 昨年の3日に母が他界して一年。 早かったなぁ。いまだにどこからか出てきそうな気がして、受け入れられていない感じです。 まだまだぽっかり穴があいた感じです。 一番母を愛している父のその後は。半年後位から動きはじめ 年末 ハーレーを買いました。。。 ちょっとおしゃれなおじさん(ちょいワル親父)が乗るならいいのですが、うちの親父さんはお腹の出たほんとのおやじぃ。なんですよ。(笑) でも。。。 母の一周忌が終わったら買うと決めていたみたいだし、そういうもので楽しめるならと。(時々背中がさみしいから?) よかったのかな 年越しは、海に母と(遺影)日の出を見に行ったらしいですよ、でも曇り で見えなかったというオチ おかんがいたら あたしは家で飲んで寝てるよ~と言われそう 私は昨年は家族が増えて 人になりました。下の子(しずく)は8ヶ月になりました。 お腹が大きくなって母も楽しみにしていてくれたので、一目みせたかったなあと思います。 写真は何かとお姉さんぶる姉と、ようしゃない姉を本気で怖がる妹です。
2012.01.05
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父に頼まれて母の喪中葉書の宛名をパソコンで打っています。 父の知り合いは今年だけ年賀状を控えてもらうことになるだろうけど、母の知り合いはこのハガキで最後になるひともいるんだろうなと思うととてもさみしく感じます。母宛の年賀状。 毎年お子さんの写真をのせてくれているひと(母は微笑みながらみてたかな)、毎年元気?と近況を書いている人。きっと母は早く元気だよ~!と書きたかった、元気になったら書こうと思っていたはず。この人は毎年くださるけど、遠いし回りの知り合いもいないし きっと母がなくなったことを知らないんだろうな。喪中ハガキなんてきたらびっくりするだろうな などと思いながらうっていました。
2011.10.18
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母の新盆が終わりました。 帰って来ていると思うと うれしいものです 兄と お迎えと送りのときのお墓に持っていくお花 を用意しました。 いつもより 奮発 事前にお花屋さんに母の好きなカサブランカを入れてほしいと頼んでおきました。カサブランカは 一本2000円から2500円するんです でもいれちゃうよ やっぱり豪華になりました でも送りのときはカサブランカ手にはいらずゆりで作ってもらいました。写真は送りのときのものです。 喜んでいるかなおかあちゃん 母がなくなってからもうすぐ9ヶ月。 もっと色々なことがしてあげられたと後悔ばかり。母は一体何を思って旅立ったのか。最後の一年はゆっくり ままならない瞬きの会話もゆっくり聞いてあげることができなかった。 それだけで どんなにうれしかったことかと思うのに。冷たい娘なんです。 でも入院する前に父がヘルパーを取得するときに習ったベッド上洗髪を二人でしてあげたことはほんとに良かったです。 それが最後になるとは思わなかったのですが きっと母は気持ち良かったと思います。 もし夢でも会えたら散々怒られそうです。 父は やっぱりさみしそう 友達が飲み屋さんだから 何かと行くのはいんだけど禁酒の日を作ってほしい。まだじいちゃんばあちゃんがいるんだからたのむよ? おかあちゃんほんと 父の枕元で活をいれて お盆の習わしも色々あるんですね。 来年もちゃんと帰ってくるんだよ? なんだか意味わからない文章でごめんなさい?
2011.08.27
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5月2日 3550グラム女の子を無事産みました 名前は 平仮名でしずくです 今年は 母との別れや 地震出産と私の中で色々な 涙がありました。 そんなわけで しずくとつけてみました。ってなんだか 簡単すぎるかな? おかあさんにみせたかった 空から みてるか~い 命のつながり 出産てほんとに 途中で我を忘れるほど痛い おかあさん 改めて ありがとう 生後1ヶ月なのに 上の子の風邪をうつされて薬を飲んでいます ゼロゼロしていると おかんの痰をとっていたことを思い出す いつまでも じめじめしてんじゃねって感じですが お墓参りに行くと いつも 生き返って~と 話してきます
2011.06.06
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ご無沙汰しています震災があり益々母はアタシは怖いからごめんだわと選んで旅だったのかとつくづく思います。実は私ごとですが弟2子を妊娠しておりまして 母も楽しみにしていました。なので 母とは お腹の中でお別れとなってしまいました。性別はは女の子ぽいのでまわりの皆はお母さんの産まれかわりだねとかよく言われますがでも 確かに母が生きているとき このお腹にはこの子はいたしそれは違うのではと思いますなんというか母の存在もこのこの存在も大事にしたいです。 予定日が近づくにつれ 忘れていた痛みが復活1人目のときは 母は まだ 車イスに座れて言葉は聞き取りずらいが 話はできました。 すぐ退院できるから 家で待っててねと言っておいたのに 私が産気ずくと 兄にたのんで(このとき父はゴルフで1日留守兄が母をみていた) 病院にきてくれたんですもちろん長丁場ですから 顔見たらすぐ帰ってもらいましたが とても 心強く嬉しかったのを覚えています。母なりに何もできなくても我が子の出産がとても心配だったんだろうな。 お母さん。今回も頑張るよ空から応援しててね 安産で頼みます
2011.05.01
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年末31日に テレビ東京で年忘れにっぽんの歌 をやっていたんです長時間だし演歌好きなので録画して あとで母にDVDで見せてあげよう(実際は聞くになってしまいますが)と思って録画してました。 それはそのままになっていて母が亡くなり 葬儀で 何か流したいものはありますか?と聞かれ 父は (母の出身は宮崎で) 宮崎の民謡 刈干し切り唄がいいと言い出しました。 詳しく話を聞くと 31日に リアルタイムで母と父は にっぽんのうたを見ていて その中で こばやしあきらさんが この 刈干し切り唄をうたったらしく それを聞いていた母は ワンワン涙を流して聞いていたそうです。 私は家に帰って撮ってあったものをみると こばやしあきらさんがうたっていて 改めて涙が止まりませんでした。 そのタイミングで このうたが流れたこと しかも母の好きなこばやしあきらさんがうたったこと母の涙。 わかっていたのかなあ。。。 おバカな私は さっさとDVDにダビングして 次の日持っていき 母に何度も聞かせてやれば良かったと思いました こばやしあきらさん ありがとう 沢山の思い出の曲がありましたが葬儀では刈干し切り唄 と 私がよく母に流していて 母も好きだった?(私がそう思いこんでいただけかも)AIさんの storyを 流しました。
2011.02.11
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母のお通家には 3百人(実際は代表者の名前だけでその人数なのでもっとだったと思います) ものかたがかけつけて来てくださり 父も私もびっくりでした。 母は この病気の症状が出てギリギリ働けなくなるまで 看護師として働いていました。看護師長というバリバリキャリアウーマンでした。でも 仕事を辞めて6年以上も経っているし 病気の出始めの頃は皆さん 家にも足を運んでくださいましたが 症状が進むにつれ 声をかけづらかったのか 病気のことを知らないかたが多かったのか 連絡がとだえているかたばかりでした。 それが 母の訃報を聞いて 職場からの沢山の御焼香やお花。私は母の職場には 小さいころからよく連れて行かれて行っていたし 周りのかたの話しは よく聞いていたので ほとんどわかりました。 その方々の 顔をみるたび お燗のなかの母にお母さん あの人が 来てくれてるよ~と その度に 涙が出て大変でした。 おかんと若い頃から一緒に頑張ってきた 同期のかたや 母に育ててもらったという 若いナースさんたち お通夜が終わったあとには院長先生が父と私の所にきて 婦長さんに僕は色々教えてもらったのに 僕は 婦長さんに何もしてやれず 力不足で本当に申し訳なかったと言ってくださいました。。。おかん聞いてますか 院長先生は 外科医 病院も総合病院でないので神経内科のある病院を選んだほうが 在宅介護もしやすかったので 仕方ない。 でも その言葉や みなさんには 母が生きているうちに会いにきて ほしかった。。。と思ってなりません。 なんて ワガママすぎますね。 きっと母は四十九日まで その辺でまだ見届けてくれてることを願います母の遺影は まだ元気な頃の 父や友達夫婦と京都へ旅行に行き 父と腕を組んでいるときの笑った顔にしました そして思い出の写真を様子してほしいと言われて とりあえず思い出深いものを用意したら セレモさんがうまく曲とあわせてDVDを作ってくれてそれを式の最後に流してくれました。出来上がりは 当日式の時に私も初めてみたのですがこれじゃ こらえても 誰でもなくべさ~て感じな もので(ちなみに曲はなだそうそう)余計に涙の式になりました。享年59歳だしね。おかんが生きてたら違う写真がいいとか言われるのかな。でも母が散々希望してた白い花だけにしてね って約束は果たしましたから許してね
2011.02.10
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やっと少し 落ちついてきました。母は 年末から熱を出して上がったり下がったりしていました。いつものように 往診の先生が 抗生物質を出してくれたのですが なかなか効かず 痰が多くなり、昼間も咽頭喘鳴が聞こえるようになってしまい1日の夜に呼吸困難で入院しました。意識は清明でそのときも母は病院へ行きたくない。。。とうなっていました。病院では酸素吸入して po2は90~95% で した。先生に家族は 念のため もしものときの 気管切開を確認されました。母は以前から しないと 言っていましたが私はそのときも意識はしっかりしていたので もう一度母に聞きたいと先生に待ってもらい 母のところへいきました。母は いつも以上にはっきりと しないに 瞬きを2回しました。私は涙が止まらなかった。今でもはっきりとそのときのことを覚えています。しないんじゃ、 頑張ってよ。それでまた家に帰ろうね。というとわかったと。。。なのに。。。その日は何だか心配で私が泊まりました。次の日、CTなどの説明もあり、痰が背中のほうにたまっているけれど喘鳴も少しよくなってきている ので様子をみましょうと。。。先生も 今日は家族は帰られますよね?といってくださり、私も家庭があるので 2日のお昼くらいに父と交代して母にまた来るね~と 帰りました。このときに父と会話していて、<おかんは>聞き耳たててるんだよ というと 声をだして笑っていました。これですっかり安心してしまっていたのですね、、、父もその日は夜までいて帰りました。そして深夜 母が心肺停止と連絡が入りました。私の家からは病院まで 1時間かかります。 着いたときは蘇生してくださったおかげで かすかですが 呼吸がもどっていましたが母は目をつぶっていました。声は最後まで聞こえるというので、一生懸命 声をかけて 手をにぎり家族で母を送りました。母は本当に笑っているかのように 安らかで病気の間は しかめた顔ばかりだったので そんな顔は本当にひさしぶりでした。それだけが 救いです。その声は聞こえていたかはわからないどうしてその日も泊まってあげなかったんだろう一人で頑張るのもう嫌になっちゃったんだろうな。。。前の日泊まったときも ずっと手を握り話しかけてあげればよかったなんで仮眠なんかして 自分のことばかりだったんだろう。。。最近は介護慣れしていて、 突然死という言葉も 忘れかけていました。いつかは来るだろうと思っていたことがこんなにも急にくるなんて。。。その後はばたばたしていて ゆっくりと考える暇がなかったです先日 先生と 改めて話をしました。先生は あの日家族をひきとめなかったこと先生も予測していなかったことなど謝ってくださいました。先生も 突然死というものは ほんとうに多系統萎縮症だけに ありうるものなんですと悔やまれていました。 もちろん先生を責めるつもりもないしまわりのお世話になったかたがたには本当に感謝しています。母のお通夜には300人のかたが参列してくださり母がいなくなったあとも 知らなかった母の物語は続きます。また 少しづつ書きます。順不同でわかりづらいですが ここでは 伝えたかった想いを書かなくてはとおもっています。いつも読んでくださってありがとうございます。
2011.01.31
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今朝3時25分 母が旅立ちました。 肺炎で1日夜に入院して次の日に。今はああしていればこうしていればと思うばかり。 伝えたいおもいは沢山 悲しい悔しい ごめんね ありがとう 整理できるようになったらまた聞いてください。
2011.01.03
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ご無沙汰しております。 母は今回半年に一回の検査入院(レスパイト)を終え 家に帰られた喜びでいっぱいです 10日間の入院でしたが やはり 本人は 家ほど手をかけてもらえないので面会に行くと帰るときに 泣いていました。 色々な検査をしましたが 半年前と そんなに差はないということで ホッとしました。病院も家から40分くらいのところにあるので 何年か前に二時間半かけていたころに比べると 本当にありがたいです。 何か異変があれば 往診の先生が急きょ来てくださったり ちょくちょく連絡をくださるので 心強い。ただ最近は父が 疲れぎみなので この入院を利用してゆっくり休んでほしい。 と思っていました。 でも 本人は 何回か 飲みに行ったりしたけど 何だかお母さんがいないと 何もやる気にならなくて。。。 ゴルフの練習もやるつもりだったけど行かなかった。。。あらあら そうですか。 母が動けるうちから仲は良かったですが毎日介護は正直大変なのにそんな言葉が出る二人の仲にびっくり母が退院する日に父は 他の同じ病室の みんなに(病名はわかりませんがみなさん人口呼吸機をつけていたり言葉が話せない普段は寝ていることが多いと思っていた方)お世話になりました。 頑張ってくださいね。 と話しかけて 全員が瞬きやうなづきで間違いなく返していたのをみたとき 感動してしまいました。 母はそのときそれを聞きながら 笑っていました。 何かいいですね この二人
2010.10.24
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先月 kittyさんのお母様<母と同じ病気でした>が天国に旅立たれました。この場をお借りして、心よりご冥福をお祈り申し上げますkittyさんのコメントを読んだとたんに 涙が止まりませんでした。悲しくて悔しくて。ここでは 同じ立場で介護されているかたも多く kittyさんもそのお一人でお母様が同じ病気で。考えたり悩むことも 重なる部分がとても多かったです。そして何より、 母が特別大好きで尊敬していたこと が一緒でしたね。うまい言葉は言えません。母との別れを想像しただけで涙がでるくらいなので、きっとまだお力を落とされているかもしれません。でも 私は思います、お母様は絶対幸せでした。とてもとても素敵なかたでした。 きっと今は 走り回りおいしいものを食べながらkittyさんとお父様を見ていると思います。わかりきったことかもしれませんが どうしても伝えたかったので、勝手にごめんなさい。kittyさん お母様 沢山の勇気と優しさをありがとうございました。また たまには遊びに来てくださいね☆ミ
2010.06.02
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今日は パパに子供を頼んで母のところに泊まりに来ています。 父には たまに 気分転換してもらっています母がこの病気を発症してから約6年。色々なことや気持ちがありました。 病気の診断がつくまでは 色々な病院をたらい回しされたり( ときには 心療内科にも入院したり)して 今があります。 母はひたすら 治るものだと信じて 不自由になっていく体にムチをうち1人でもギリギリまで歩け歩けをしたり 先生に相談していた。その気持ちを思うと 今でも悲しさや悔しさでたまらなくなります。家族は 今ももちろん大変なことは沢山ありますが一時期は むせる中何時間もかけて食事介護をしたり夜中は五分おきの トイレ介助。そのときを思えば 尿バルーンや胃ろう、毎日ヘルパーさんが入ってくださっている今は 正直楽にはなっています。 でも 母の体は 反比例して今はすっかり寝たきりになってしまいました。 母が話ができたら本一冊ではおさまりきれないほどの 気持ちが綴られ、その五分の一もわかってあげられていない気がします。こんなに 酷い病気がどうしてあるのだろう。この思いは 同じ立場のひとにしか わかっては もらえないだろうな。 そんな 治る軽い病気で なんでそんなに 悩んでんの? なんて 意地の悪いこともよく思ってしまう 私。 しかも 母から目を背けたくて 仕事や育児に逃げてしまうことも あります。でもやっぱりどんな形にしても 母には 長生きしてもらいたい。 難病にかかってしまっている患者さんの家族専用の専門外来があれば是非行きたい気分です。なんて今日は ちょっと な気持ちでしたが いけませんね引き続き 頑張っていきましょう
2010.05.02
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ご無沙汰しています? 今日は温かく20℃を超えました 母の様子はお陰様で大きな変化はなく 来週は 10日くらい レスパイト入院予定です。 うちの娘は二歳になったのですが 今までは ばあちゃん?と ベッド柵によじ登り顔を出しては リップクリームを ぬってあげたりお節介おばさんだったのですが 最近は言葉も増えてきたせいか 生意気真っ盛り? ばあちゃんに挨拶は 嫌 バイバイは 嫌 しばらくして 柵に上がったりするときもあるのですが? 母はも笑っていますが 行ったときくらいは いい顔みせてほしいものです~
2010.03.05
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ご無沙汰しております 今年ももうすぐ 終わりますね私もやっと仕事が終わり明日からお休みにはいります。 皆様のブログに遊びにいきつつ こちらの ブログ更新できずにすみません母の最近の様子は 落ち着いてはいるものの この間は いろう に エンシュアが入らず 往診の先生にきていただいたら チューブの先が 普通 ストローのようにさきが曲がってお腹に入っているのがまっすぐになっていたようで 入れ換えていただきました。 大事にはいたらなくすんだので 感謝です。 母は クリスマスに ケーキが食べたいと うなり生クリームをなめさせたところとっても喜んでいました体をはってですが少しは楽しませてあげないとですねあと 巻き爪が よく化膿して治っての繰り返しだったので 思いきって 形成外科で 巻き爪手術をしました両脇の爪を 切って そこははえてこないように 薬をぬる手術だったのですが 30分くらいで終わり その後は 自宅で ゲンタシンをぬり 消毒ではなく 毎日洗い流すという 処置だったので それで大丈夫なのかと思いましたが だんだん 腫れや 侵出液もなくなり 経過良しで やって良かったです今年も 母は 会うたび辛いと訴え 寝たきりの一年でしたが たまには笑顔もみせてくれ なんとかここまできました。 父もたまには いや よく 愚痴をこぼしていましたが本当に毎日 仕事と介護を頑張ってくれました。 私はなんだか 育児も介護も仕事も中途半端で 毎日 これで良いのかと自問自答の日々でしたが どれからも逃げられないので マイペース手抜きで続けていくしかありません。 でもこちらで 皆様のブログで助けられて いつもいつも感謝しております 寒くなりましたが 皆様お体お気をつけて 年末過ごされてくださいね
2009.12.26
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二歳近くなった我が子もやっと卒乳できたので パパにお願いして久々に実家に一人泊まり母と寝ます もう入眠していますが最近の母は 少しずつ進行はみられるものの落ち着いています 症状としては口の痙攣 ? が ひどくなり 頻回に長くなりました 吸引するときは チューブをかんでしまったり 唇をかんで 出血してしまったりしているため ガーゼを巻いた割り箸を横に(犬が骨をくわえるように)かませたりしています痰は 出るときは 出て 出ないときは出ない 感じです 変な天候が続いたり なんせ 暑いぜ熊谷 近くなため 体温調節が 難しく 気を抜くと あがってしまいますでもヘルパーさんの こまめな調節で すぐに下がってくれています この間は 体温調節ではなく おそらく 膀胱結石が悪さをしていたと思われる 高熱が出て 冷や冷やしましたが 抗生物質と水分で 逃れました。 結石は なかなか大きいものがあるのですが 無理にとるほうが 負担になるので 保存しています。ので こんな問題も出てきたりもします。 1日に一回 足浴時は ベッドに座らせて(もちろん支えて)います これは 母の 要望で とにかく 起きたいみたいです ほとんど目をつぶって顔をしかめていますが 起き上がったり 目薬をさしたり めを 開いてあげると まぶたもあけやすいみたいです 瞼があかないとコミュニケーションもとれないので今日は娘のかき氷器を買ったので 母にも 少しあげると もっともっとと喜んでいましたが 誤飲しないように 気を付けなければですねでも 少しでも 母が望むなら口からも あげたいなと思います こないだなんか 口ですぐ溶けちゃう ラムネを 娘と母で 取り合ってましたよこれからはたまに こうして 泊まれるかなと 思います また少しでも状態報告しますね 皆様 暑さにお気をつけて 病気や介護にまけないでくださいね
2009.08.15
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今日はうちの姫で少しほのぼのできたらと思いまして書いてみました。早いものでもう1歳6ヶ月になりました。最近はアンパンマンブームで アンパンアンパンと言って保育園にもアンパンマンのTシャツしか着ていきたがらず。。。写真は1歳の記念で気になっていた スタジオで撮ってもらったものです。本当にハゲちょびんなうちの姫は ドレスって柄じゃないので、どうしよう。。。と思っていたときに ここのスタジオを見つけたんですすごく自然なかんじに撮れたのではげちょびんでも 可愛く仕上がりました。はい親ばかですが。。。衣装もみんな借り物ですちょっとメタボな オムツ姿途中で泣いてもうまく撮ってくれます衣装を変えてこれは母が一番好きな写真で ベットサイドに飾ってありますこんな演出も一応裸ちゃんあるので 期間限定 にさせていただきますなんて~こんな姫も今日も保育園に喜んで行きましたので私もお仕事頑張ってきま~す今度は母との写真載せます~
2009.06.09
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ご無沙汰しすぎております。母は徐々に動けなくなり 今はほとんど寝たままです。コミュ二ケーションは瞬きとかすかな首の動きのうなずきです。いろいろ書かなければいけない事はありますが。。。。。今日はもう 怒りがおさまらず。。。。。。。日記に書いてしまいました。意味不明かもしれませんが、自分で発散してるだけですので、暴言もお許しください。母の姉が週一ペースくらいで少し見てくれます。でも 何でもかんでも 母に 話してしまうので 前から ちょっと気になっていた、というか こわかったのですが。。。例えば、うちの実家は私の父と母、そして祖父と祖母の4人家族ですが、母が病気になり、年功序列でなくなると 人間て恐いですね。。。。。主に父と私と兄とヘルパーさんが介護をしていますが、どうしてものときは祖父や祖母にも協力してもらわなくてはいけないときもあります。でもやはり若くはないので、、、だんだん愚痴が多くなり、今は母を病院に入れたがったり、ヘルパーさんが家に入ることもあまり良く思いません。でも あえてそんなこと 母には言いたくないし、知らないでいたほうが良いと。。。。。普通おもいませんか!?それが母の姉は それを母に言ってしまいます。そしてそのいいわけというか 本当にそれを信じていってしまうのか母は寝ているけど、全部わかってる、お見通しなんだよと。。。。。たとえ母がそう言ったとしても、何て言っているかなんてわかるわけないし、言ったとこころで 嫌な気持ちになるに決まってるし、だったら嘘でも そんなことないよと いってやるんじゃないの?????そして極めつけは 今日。先日母の知り合いが 母に会いに来てくれてその日に おば<母の姉>にそのひとから 電話があったと。。。最後に会えて良かったって言ってたって。。。それをははの枕元で言ったんです!!!!!!もう信じられないくらいのデリカシーのなさに 悔しくてむかついて、でも母もいたので、部屋を出てから、それでもおさえて、おばさん、たのむよ~と言ったつもりでしたが、聞こえてないわよ~あはみたいな。。。でも、聞き耳立ててるんだよ。と私おばも私に言われたのがむっとしたのか、私だって反省してるわよ!じゃあ私がいると 何言うか心配だろうから もうかえるわよ!おばに 私の想いが通じない悔しさとそれでも母のためにおばが 来なくなってしまうのは避けなければという 想いと。。。。。涙があふれてあふれて 子供みたいに泣いてしまいました。。。おばも 母の姉。母のことは心配だろうし かわいい妹だろうし、悪気があって言ってるわけじゃないと思います。ただただ 考え方の違い なんですが。。。。。。でも むかついてむかついて、許せなくて思い出しただけでも また涙がでるし私も感情をおさえられなくて ほんといい年して 子供です。久々なのに ほんとにごめんなさいでも今日は無理です。
2009.05.13
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ご無沙汰しています。いつも皆さんの日記にお邪魔して足跡だけつけてすみません最近の母は 落ちついています。前回の入院で胃ろうをつくり、八月に退院してからは、入院前に比べて、高熱を出すことが少なくなったと思います。 尿の管が詰まることもなくなったので、やはりたび重なる熱は尿路感染症だったのでしょう。今は週二回膀胱洗浄しています<これは膀胱洗浄による感染も今は問題になっているようですが、うちの母の場合は、そんななかでも行ってもらえて本当に良かったと思います>でも体の拘縮や痰の量などは前よりも多くなってきています。ほとんどベットの上で過ごすことが多いのですが、先日、前に行っていたデイサービスへ散歩がてら行って来ました。<がてらと言ってますが、ヘルパーさん訪問ナースさんも付き添ってくださいました、ありがとうございます>退院してからいけなくなっていたので、デイサービスでの母のお友達にはそれっきりでした。そのため、母が行くと、スタッフさんやお友達は駆け寄ってきてくださり、中でも一番なかの良かった方と母は泣いて手を握りしめあっていました。もちろん、言葉の不自由な二人ですから、会話なんかありません、ただただ、握り締めあい、泣いていました。きっと私にはわかってあげられない気持ちもこの方はわかちあってくださっていたのだろうと思うと、本当にその方の存在って本当に大きいです。そのときの写真です毎日痛い辛いの母にうれしいことがあってよかった。この数日後も、スタッフさんから劇の招待状が届き、<この劇がスタッフさんたちが出演してやられるのですがかなりの爆笑物で、ちまたでは、人気があるんです>しかもS席<笑>~父とヘルパーさんと一緒に行って来てとても喜んでいました。いつも、母はここで働くケアマネさんにお世話になっているのですが、とにかくすぐいろいろ手配したり対策を考えたりしてくださり、おまけに男性でおもしろいので母も父もとても安心してなんでも連絡しちゃってます<おいおいそれも頼んじゃうの~?と思っちゃうことまで>この写真はコスモスが終わっちゃう~といった日にとったものです。コスモスもきれいでしたが、私には父と母の後姿があたたかく、ずっと見ていたいと思いました。毎日いろいろなことがありますが、本当に母も私も周りの方々に感謝の日々です~これからもよろしくお願いします~ 母の最近の出来事でした。うちの姫は早いものでもうすぐ一歳!先月から保育園にあづけられ、たくましく育っています~私は育児と介護と仕事復帰と毎日 全部が中途半端にすぎています~あららまたふらっと書きますここは私の和みの場です~またふらっと
2008.12.01
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前回の日記 皆様お返事返せなくてすみません少し詳しく書かせていただき、まとめてのお返事とさせていただきますヘルパーさん は 週2回夜もはいっていただいています。これは、お願いしているヘルパーさんの会社で家政婦教会から紹介してもらう形になっているので、紹介料などもかかっています。でも、家政婦さんといっても ヘルパー資格は持っているし、吸引もしていてだいています。父も大分 体を休めることができるようになりました。自立支援は 今までは80時間でしたが、ケアマネさんが90もらえるとのことで、明日父が市役所へ行く予定です。よく私も仕組みが把握できていませんが、介護ほけんのように、障害の程度で決まるわけではないのですね。。。でも夜も入ると、自費の部分が上がりますね。父が働いているから なんとか払っていけますが。。。来月から私もうちの姫を 保育園に預けて働きだすので、仕事と介護をうまく調整して 少しでも負担減らせればと思います。 母の様子ですが、 今は熱も出すこともあまりなく落ちついています。看護内容は2ヶ月に一度 神経内科通院受診2週間に一度 往診<内科医>傍洗。。。週2回<これといろうによる水分摂取により、大分尿路感染することが少なくなり ました>バルン交換。。。2週間に一度浣腸。。。週3回胃ろう交換。。。1ヶ月に一度<往診先生>バイタル、ストレッチ、機能訓練は毎回母の場合足の痛みがずっとあり、その程度も日によりで。辛い日は、顔をしかめています。時々顔がピクピク痙攣を起こします。最近はほとんどベット上です。少し起きてテレビを見ていますが、長時間は疲れるようです。次回は薬をアップします。
2008.10.07
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母の退院後 こんなにたってしまいましたが、在宅も落ちついてきたところです。なんせ いろんなことがありすぎていますので、少しずつ書きます☆ミ母の退院後のスケジュールです月 ヘルパーさん<8~17時> 訪問看護さん 訪問入浴さん火 ヘルパーさん<8^17時> 訪問看護さん 訪問マッサージさん水 ヘルパーさん<8~翌日17時>訪問看護さん 訪問入浴さん木 ヘルパーさん昨日と引き続き 訪問看護さん 訪問マッサージさん金 ヘルパーさん<8~17時> 訪問看護さん 訪問マッサージさん 訪問入浴さん土 ヘルパーさん<8~翌日8時まで>訪問看護さん 日 サービスなしこんな感じです~週2日父も休めるように夜も入っていただいています。
2008.09.11
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今日母は胃ろうをつくりました。入院した当時は胃ろうは作らないと言っていました。が燕下の検査の結果や色々悩んだあげく 決意したみたいです。家族はもちろん 作ってほしくてこれまでに何度も話しはしていたのですが、 そこまでして生きたくない。の一点張り。でも そんな母が決意したのは 父の言葉だったようです。 やっぱり夫婦ですね。今は薬のせいで良く眠っています。また詳しい事は のちほど書きたいと思います。
2008.07.04
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今回母は病院を変えました。今までの病院は専門病院でなかったため、神経内科の先生も2週間に一度くるだけで、状態悪く入院しても 対応が難しかったみたいです。実際、手がかかるからだと思いますが 夜は家族が泊まってくれと言われてしまうし。。。神経内科の先生に相談したところ、国立の専門病院を紹介してくださり、今回受診、入院となりました。そして今回の病院は、、、母にとても合っています。母と同じ病気<多系統萎縮症>の方や他の難病の方が沢山いるせいか、看護士さんの対応が全然違います。ベットを上げるにしても、車椅子に移動するにしても、血圧やフラフラしないか確認してくれるし、母の訴えを、他の病院では わがままのように言われてしまいましたが、この病気の方はあるのよね~と、ちゃんと聞いてくれて、病気のことをわかってくれています。もちろん忙しいときはナースコールしてもすぐに来られるわけではないのですが、声掛け一つで全然違うと思いました。食事介助に行っていても、<夕飯だったからかもしれませんが>やりますから大丈夫ですよ~とかわってくれます。」もっと早く変えてあげればよかったな~家族も今回は安心して預けられています。熱の原因は 今回は痰も出ていたので肺炎も心配しましたが、尿路感染症でした。その治療と他の検査をします。その間にこれからの在宅の体制を整えたいと思います。またそれは更新します。うちの姫は 早いもので6ヶ月になりました
2008.06.14
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母の姉が九州から、母に会いに来ていたので 9日の日に ディズニーシーに行く予定を立てていました☆ しかし そんな計画をたてると、母は必ずと言っていいほど熱を出します。 偶然なのでしょうが やはり今回も熱を出して入院したため 行けませんでした(T_T)お気に入りのかたのブログの話をよく母に話しているのですが ふと 母が言いました。私もミッキーやドナルドに会いたい( ̄∀ ̄)と母が言ったのです(◎o◎)母が何処かへ行きたいと話したのはほんと久しぶりだったため なんとか連れていってあげたいと、計画していたのですが。。。実現できませんでした。私も久しぶりだったので 何気に楽しみにしていたんです~でも皆さんのブログを拝見させてもらい 行った気分になれました☆ありがとうございます
2008.06.11
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なんだか色々ありすぎて 何を書いたらいいのかわかりません。母の症状は進んで来ています。 言葉もわからない。言語補助機がきました。レッツチャットではなく チャペラとかいう 小さい自分で選んで押すタイプ。出来ないかなと思いきや なかなかスムーズに色々押して伝えています☆もっと早く買えば良かった~ 先生に胃ろうをすすめられていますが母は嫌がっています 在宅介護が限界になってきたので どこかに入所を考えましたが 老健施設は 医療行為が多くなってきている今は難しいと。 病院療養型もいっぱいだったり 介護度が高い母は スタッフが少ないこともあり 受け入れてもらえない。入院しても夜は家族が泊まるように言われるし。 この先どうしたものか。今までは一般病院だったため昨日 専門病院に見学行ったけどやはり療養型はいっぱい。昼はヘルパーさんが入ってくれてるけど夜が問題。父は仕事しながらの介護だし。今いろいろ検討中。 現実逃避したい今日この頃。
2008.05.15
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このあいだ母のベッドで うちの姫(髪の毛少ないですが女です)が爆睡してしまいました! いつも 置くと起きてしまって てこずり娘なので すぐどうせ起きるだろうな~と思って 母の隣に置いたら なんと 一時間近く寝ちゃってた(◎o◎) おかげで母は体位変換できなかったけどうれしそうに眺めてましたのでうえからパシャリしちゃいました☆ 早いものでこの間百日のお食い初めをしました~ 同じ誕生日の渡部まりなちゃんのお子さんは寝返りをもうしたそうです☆うちは横向きにはなんとかなれるようになりましたがもう一歩がまだできないでいます。たぶん オデブちんで重たいみたいです~
2008.03.29
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私は色んなイチゴシリーズが大好きです。チョコ パン などなど☆スーパーへ行くとついついイチゴシリーズに手がでてしまうのですが 今日のイチゴプリンは激うま♪でした!メグミルクが出しているものみたいです☆また明日買ってこよう~♪しばらくはまりそうです ちょっと甘酸っぱいとこがまたうまい☆最近は 母は 尿の管がつまったりで病院へ行くこと多いですが、 なんとか食欲ある日は好きなもの食べています。食事時にベッドを起こして食べると どうしても血圧ついていかない日は起きていられず あまり食べられないのですが、そうすると 母は夜中にお腹がすいたと言って ベッドの中でバナナをたべたりチョコをたべたり(・o・)ノときには 焼き鳥食べちゃうときもあるんですよ!横になっていたほうが(横向きに寝た状態)のどを通りやすいのか?飲み込みもいい。今ではそれが 楽しみになってる気がする( ̄∀ ̄)食べられることはとてもいいことなんですが 夜中に暗闇でクチャクチャ食べてるのもなんかおかしいですね~
2008.03.29
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今日は 実家に泊まりです。 夜は父に変わり 母と寝てますo(^-^)o 昼間話をすると 言葉がはっきりしない。全然聞き取れない。でも これは しゃべられないのではないな。。 しゃべらないのだ(-_☆)と 感じたので 少し言葉の練習をしました。言葉の練習と言っても あいうえお かきくけこ。。 を 口の形を大げさにゆっくり言ってみるだけ(あ行はとにかく大きく開ける、い行はとにかく横に広げる、う行はとんがらせて、え行は舌をだして、お行はおちょぼ口で)これは私なりに口の動きが肝心だと思い、考えたやり方で、一度ひととおり言ってみたあとで 話すと、全然聞き取れるように!しかも 一度で!母もうれしくて 話しはじめた(=^▽^=)レッツチャットが来るまで なんとかなりそかな~母も周りに伝わらないと 自信をなくして どんどん話さなくなってしまうのでもっと とにかく話さないと。。と 鬼コーチの特訓をしました。今回の聞き取れないのは 仕方ないではなく サボリでした(-з-)うちの姫は2ヶ月半になり大分首もしっかりしてきました(=^▽^=)先日近くのイオンモールで、ベビーカーデビューをしてきました。少しずつ見えてきているみたいでキョロキョロしてしばらくおとなしかったけど 最後は抱っこでした~
2008.02.22
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母は今入院中。と言っても もうすぐ退院ですが、いろいろありました。簡単にいうと 今回の入院は 周りのみんなの充電のため。でも尿の状態も落ち着いていなかったので ちょうど良かったというか何というか。一番の介護者 父が 熱を出しました。その前から、最近愚痴が多いな~と思っていたのですが、限界だったみたいで。私は、父が母の話を良く聞いてあげないことや、<夜中に起こしすぎだ、もっと我慢してくれ>と、母に言っていたことに腹が立っていました。だって母の病気は 悪くなってきているし、置き場のない体を動かしてくれというのを我慢させるなんて。。。うちの実家の介護体制は週3回 デイサービスそのほかの3日 昼間ヘルパーさん2日訪問看護食事は だいたい 祖母父は仕事をしていて、夜と休みの日は母をみています。私も出来るだけ 忙しい朝と夕方に行くようにして、食事介助やデイサービスの送り出しや準備をしていますが今は毎日はいけていません確かに父は 大変なんですお金の管理 や 祖父祖母とうまく協力しなければいけないけれどいつも仲がいいはずなのにとにかくみんな疲れがたまっていたらしく 愚痴や喧嘩でした今回の入院は 母には父が疲れていることも話し、了解してくれました母も父の愚痴を聞くのは嫌だったろうし、もっと早くそうしてあげればよかったと思いました家では園に入所の話もでていますが、入所は母が嫌がりますでも父も少し休めると大分違ってくるので、今後は早めにみんなが充電できるようにしたいと思います病院のスタッフさんも、今回の件はわかってくださり、またショートステイみたいな間隔で 入院しな~と言ってくださり、涙がでちゃいます。・゜゜ '゜(*/□\*) '゜゜゜・ 園のショートステイは やはりスタッフの人手不足など色々なことが問題があり、介護度の高い母は無理みたいです。<でも園でもどうにかできるように会議してくださったようで、実際は無理でしたが感謝しています>いろいろ考えさせられることが多いです。
2008.02.15
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里帰りからもどりました? 赤ちゃんが寝ている間に家事をするってなかなか大変?しかも少しの音で目覚めるし?置くと起きるし前に奮発して買っておいた オートスィングはきかないし(皆様笑ってください)抱っこしつつの日記です。。 里帰り中も 母の病状は待ったなし。 最近は 調子悪そうな時間が長くて 見ているのがつらい。今の状態は 低血圧…デイサービズに行けないときもしばしばあり 意識がとぶこ多くなった。 足の痛み…相変わらずつづいていて 安定剤 眠剤を飲んでやっと眠っています 食事…やわらかいものなら小さくきればなんとか食べられている やっと食べているかんじ 唾液が飲み込めずティッシュにだしていることもある 排尿。。バルーンカテーテル 時々血尿時抗生物質や点滴をする 浮遊物が多い 排便 …週三回浣腸 して摘便 言葉。。とうとうほとんど聞き取れなくなってきています ケアマネさんの勧めで レッツチャットを使うことに 今はそれを購入するための診断書を指定医に書いていただいています どうして こんなに少しずつ苦しめるのだろうかといつも 思います。 母が病気になったことは必然なこと。。もちろんいろんなことに感謝できたり考えかたも変わったり成長できているとおもいますが やはり納得いく日は来ない気がします 父も私も母のまえで冗談をいいながら笑っています? やっぱり同じなら笑ってたほうがいいですよね?
2008.01.21
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今年もあと数分。 私にとってこの場所はなくてはならぬばしょ そして 勇気やアドバイスをもらえるところほんとうに 感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。 来年 皆様にとって 皆様の家族にとって和みのある年になりますように。。 心よりお祈りいたします
2007.12.31
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報告遅れました。 只今里帰り中のため携帯で書いてます? 12月9日3220グラムの女の子を出産しました12月5日が予定日だったので とても待ち遠しかったのですが、やっと会うことができました? 感想は。。お産てすごい陣痛は想像以上の痛みと苦しみ??でお恥ずかしい叫んでしまいました?でも赤ちゃんがでた一瞬にして、痛みから喜びに変わりました前の日の夜からシクシクはじまり?次の日の朝9時に破水して病院へ?本格的な陣痛へ?18時22分に出産 只今慣れない手つきで育児奮闘中です年内に皆さんに良い報告ができて良かったです 母はというと。。 症状はかわらず、おちついています。赤ちゃんは産まれたらしばらく実家にいるから、退院するまで待っててねと言ってあったのですが、陣痛室で痛みに耐えているとき車椅子で応援に駆けつけてくれました普段外へ出たがらないのに来てくれたのでびっくりしたし何よりも励みになりました?抱けない けど隣に寝かせるだけでも、見てて飽きないと言ってますこの子の成長を少しでも長くみせたいな。。
2007.12.17
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最近の母はめっきり気力をなくしています。。。次第に衰えていく体がしんどくてしんどくて。。。留置カテーテルになって、時々熱が出て、食べ物がうまく飲み込めなくなってきて、つばもうまく飲めないときもあって、みんなにうまく話したいことが伝わらなくなって、介護してくれる人が疲れきっていて。。。精神的肉体的に落ちていますでもなんて声かけてあげればいいのかわからない。。。私も最近夜の電話や朝早くの父からの電話が鳴るとビクビクするし、明け方必ず目が覚める。こんなんじゃ、子育てなんてできないよな~しっかりしろ~ 今日はちょっと弱音です。いつもまた明日は復活します
2007.11.06
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なってしまいました母の排尿が留置カテーテルになってだんだん尿の色が濃くなってきたので、水分補給をすすめていたのですが、、、ある晩40度の熱を出して入院となりましたその日は朝から気分が悪いと、めずらしくベットに横になっていて、食欲もなく、水分もあまり取らない状態でした。昼間は熱はなかったのですが、夜になって父に寒い寒いと訴え、熱を測るとびっくり夜間救急で診てもらいました。私もすぐに病院へ駆けつけたのですが、そのときの母の体は全身硬直していて、唇もチアノーゼ状態で真っ青、点滴しようにも、血管がでなくて<普段よくでる人ですがおそらく脱水のためでてなくて>呼吸も苦しいといっていたのでかなり冷や冷やしましたその後、点滴を入れてもらい落ちついてきたのか、みんなが近くに行くと、母は一言、死ぬかと思ったみんなそこでやっと笑いが出て、ひとまず安心しました父はきっと一番パニックだったに違いません。それもそうだなと思う。普通の人だって40度の熱を出せば 参ってしまう。母の病気で熱を出すのは本当に命取りだその後の検査で、尿からの細菌が沢山見つかり、尿路感染症と診断されました。抗生物質の入った点滴をして、徐々に熱は下がり、もうすぐ退院です。でも二週間近く入院していたため、またもとの生活に戻すには時間がかかりそうです退院したら点滴もないし、自分で水分まめにとらないと。。。だけど最近うまく飲み込めなくて、げっぷが良く出るし、誤飲したら大変だし、水分取るのも限度があるよ~言葉も本格的に聞き取れなくなってきたし次々と壁にぶちあたってますでもひとまず食欲も出てきたので良かった私は出産に備えていろいろな物を購入しましたいちばん悩んだ買い物は、昼間寝かしたり着替えさせたりするときに使う、いわゆる ゆらゆら というもの。 リクライニングするので、いつかそこでご飯食べるのにも使えるので、これは便利だからほしい。と思ったのだが、問題は、いまはそれが、オートスイング<電動でゆらゆらしてくれる>があって、いちいちママがゆらゆらしなくていいのです。色んなひとの話を聞くと、うちの子は抱っこしてないと寝ないのよ~とか、手でゆらゆらしてるの疲れるから止めると起きちゃうから電動ほしいなあ~とかその子によっていろいろオートは値段もはるし、迷いに迷って。。。買っちゃいました決め手はなんだろ。。。子供が欲しいと思ったときも、いろいろ悩みましたが、なんとなく、私が寝込めない元気な妊婦でいるぞと思ったのです。そんな保障どこにもないのにでもお腹の子はわかってくれてるのか<都合のいいように考えすぎかな>本当に今まで 元気な妊婦でいさせてくれたので感謝ですだからきっと、何事も不器用な私を思ってそのオートスイングで寝てくれるような気がしたんですなんて全然役に立たなかったら思い切り笑ってください~
2007.10.10
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母がついにバルーンカテーテル留置となりました。以前から夜間尿は多かったのですが、ここ最近増して、夜中に10回くらい行きたくなっていました。ベットサイドのポータブルトイレで済ませるのですが、介助が必要、しかも一度行って、また5分ほどで行きたくなります。。。これでは本人も、父も大変です泌尿器科を受診し、自己排尿後の残尿をみてもらうと、なんと390mlくらいありましたこれでは 感染症を起こしたり、腎臓が疲れてしまいますということで、先生は まだ若いから、一度、導尿<一時的にカテーテルで尿を出す>を朝、晩でしてみて、それで落ちつくならそうしましょう。。。ということで、 朝、晩に自己排尿後、導尿をしたところ、毎回200ml以上尿がひけて、しかも夜中は尿を出したので朝までぐっすりになると思いきや、導尿のあとも、何度もトイレに行きたくなるのは変わらず、しかも毎回少量ですが本当にでるのです。。少しでも楽になると思ったのにそして、次の受診でバルーン留置となりました。本人はやはり抵抗はあったようですが。。。決心したようです。見ていてちょっと切なかったです。その後は、夜は起きなくて良くなりました。が。。。起き上がらないぶん、体位変換もしないと体が痛くなるので、時々むきを変えてあげます。不思議なことに、朝2000ml近くの尿がたまっているのにたいして、昼間は全部で500mlもたまらないのです。先生も、この病気特有の夜間尿が多い症状だね。。。と言っていました。また報告します私のほうは、八ヶ月に入りました痛いほどの胎動を感じて、だんだん実感して参りました男か女かは内緒にしておきます
2007.09.14
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母が多系統萎縮症と診断されてから1年がたちました。<症状が出始めてからは三年以上経っています>一年前は。。。車で自分で運転して病院に行ってました。このあとすぐに片側に寄るので危ないと周りで止めました>今や運転なんて考えられません。。転ぶことはありますが、なんとか一人で歩いていました。今は誰かに介助してもらっても、重心かけられず、足も前に出ないのでほとんど歩けません。最近はトイレも<近くのポータブル>誰かの介助がないとできません。食事は何でも食べられていました。今は 刻み食ですが物によっては口の中に残ってしまいます。口に運ぶのも大変そうだし、こぼしてしまいます。食欲も減り、痩せました。姿勢も首が重く、前のめり、右に片寄り気味です。言葉はしゃべりつらそうでしたが、聞き取れていました。今は 聞き返すことが多く、声も小さくなり、言葉も減りました。 少し思い出しただけでも一年前とこんなに違います。でも負けてはいられませんね。このやろ
2007.08.06
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なんだかなあ。。。昨日は、 兄とバトルしました。だって、だって~!!私には兄がいて、兄は奥さん子供と実家近くに<実家から15分くらい>住んでいます。<私は実家から30分くらいのところに住んでいます>バトルになった原因は たぶん私が求めすぎなのかもしれません。普段言わないでいたので、嫌な言い方してしまったのかもしれません。でも、、、逆切れしないで~!!兄なりに母のこと考えてるとは思うけど、、、自分の家族のことでいっぱいなのかもしれないけど、、、もう少し母のこと、父の力になってほしい。。。母の日や父の日はプレゼント持ってくるし 会いに来るけど。。。もっと違う面で <母のトイレ介助したり、毎晩母のトイレ介助で朝までぐっすり眠れない父の変わりに週1回でもいいから変わってあげたり>助けてあげてほしい。私も仕事しているため、次の日休みのときは泊まりに行ったりしていますが、兄もそんな気にはならないのか。毎回じゃなくてもいい。なんて押し付けなのかな。男と女の差なのかな。でも 言ったからじゃなくて、気持ちで動いてほしいけど 言っちゃった。他にも言いたいことは沢山ある!私もB型の頑固で負けん気だから、かなり可愛くない妹だと思ってるだろうけどね愚痴ってごめんなさい。私も反省点は ありますが許してください。お腹の赤ちゃんごめんね。きっと、たまげたろうなあ本当はママは優しいのよ。おかげさまで15日、戌の日安産祈願してきました
2007.07.22
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母と父と一泊旅行してきました。車椅子で泊まれる施設。前回<昨年10月>に行ったときは、何とか母は伝い歩きできていたので、普通のお部屋でも大丈夫でした。でも今は伝い歩きもできないので、今回はそうはいかないと思い、車椅子用のお部屋があるところを探しました。でも車椅子OKな施設でも、ただスロープがあったりするだけで、実際車椅子が通れるスペースじゃないじゃんとか、あまり清潔感が感じられないところだったりで、、、そしてそれを避けて選んだのは か○ぽの宿全国各地にあり、みなさんご存知だと思いますが、今まで利用したことがなかったのですが、とても使いやすい施設を発見できた感じですもちろん、もっと値段の高いところなら、もっと便利なところはあると思うのですが、お手ごろお値段で使いやすかったので そこに感動しました私たちが泊まったところは、福島県の郡山にあるところです。お部屋はエレベーターの近く入り口は引き戸で広いスペーストイレ、洗面所も引き戸で広い 様々なところに手すり鏡台も車椅子高さ電動ベット<一台のみ 上げ下げのみで高さは変わりませんでしたが>全面バリアフリーお風呂は、1、大浴場<手すりやスロープあり> →伝い歩きできる方なら付き添いがいれば入れると思います2、貸切風呂 うちはこのお風呂にしました。大浴場までは広くありませんが、一家族には広すぎるくらいだしきれいで!洗い場が<シャワー3つ>あり、下も滑らない素材のタイプ、湯船も広く、入浴用介護椅子<背もたれあり、なし>や入浴用車椅子二台<小股がぬけているタイプと前面アミアミで水が通るタイプ>、脱衣所にはベット、トイレ、大きな汚物入れがおいてありました。そしてリフトもありました!リフトが動けるレールは脱衣所、トイレ、洗い場、湯船に引いてあり、私はリフトを雑誌で見たことしかなかったので、是非使ってみたくなりました入浴用の車椅子もあったし、母は恐いから嫌だといっていたので、何も無理に使わなくても良かったのですが、どんなものか試してみたい と母に頼み込み、泣く泣く母はリフトでつり上げられたのですごめんね。。でも、背中と太ももの左右2本ずつのタスキだけでつり上げたにしては安定感もあり、スムーズに動いていて、私も父も感動しましたすぐにおろしてあげましたが、大きな方で介護者に負担のかかる方などには、良い方法だと思いました。ちなみに貸切風呂は1時間1000円で有料でした。3、お部屋のお風呂車椅子のお部屋にお風呂がついているところもありましたが、家族風呂があったので、お風呂なしのお部屋にしたので詳しいことはよくわかりません。各場所でお部屋やお風呂は違うみたいですが、か○ぽ宿は比較的障害者の方々には優しい施設の造りだと思います。ちなみに私が泊まったお値段は一泊二食付11、000円<うちは簡保に入っているので2、100円くらいお得料金>でした。お料理によりお値段も高くなるようですが、このお値段のお料理は食べきれないほどの お刺身やお肉、デザートが出て充分大満足でした。母も少しは気分転換になったようで、いつもよりも、食欲もあり、よく眠れたようです色々調べた施設で、お料理を、刻みにしてくれたり、ミキサー食にしてくれる施設などもありました。もっとみなさんの行動範囲が負担なく広がるような施設が沢山できるといいなあ。。。。。普段チョクチョク書かないので長くなりましたが、私は安定期に入りました 暑い夏を乗り切ります~
2007.07.09
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おかげさまで私のつわりは 落ちついたようで、何でも食べられるようになりました長いと産むまで苦しむ方もいるみたいなのでそれを思えば、早めに落ちついてくれて良かったです。でも一時期は水分も取れずフラフラするしどうなるかと思うくらい辛かったですまだお腹は目立ちませんが、早く6ヶ月たって元気な赤ちゃんに会いたいな。とおもう反面、6ヵ月後母の病気はどこまで進行しているのか。。。と思うと、時間が過ぎるのが恐くなり、せめて今のまま時間が止まればいいのに。。。とも思います。母が病気になってから、日常生活でよく口にする、何年後は~だね~って 会話が私の中でタブーになっていて、あまり使わなくなりました。でもそれってちょっと違うのかな。。。最近の母は、相変わらず 足が痛い。。。が口癖。あらゆる薬も今は足のために、L-DOPA<メネシット>、テグレトールを飲んでいますが効き目はいまいちで 逆にメネシットの副作用と思われる吐き気があるので薬を減らしています。でもそうすると首が痛いのにはその薬が効いていたらしく、そちらは我慢しなければいけなくなり、何かもう少しいい方法はないかと思います。。。診察時に先生が 体の柔らかさは前とあまり変わりなく、パーキンソン症状は進んでいないので、硬縮などはないが、逆に呂律が回らないとか<ほんとに最近聞き取りづらい>、バランスがないとか、小脳症状が進んでいる感じですねと。。。ちょっとの間頭の中で時間が止まり、、、どっちも進むの嫌だけど、まだパーキンソン症状のほうがいい?よくない?だって小脳ってしゃべったり、食べたり、呼吸したりって。。。と頭の中でグルグルとまわり。。。今回は内容の濃い診察となりました。これからの治療こと、考えるの先延ばしにしてちゃだめだってことかな。父は最近母の調子よくないの気づいてるけどどこまで理解できてるかな。。。母自身も デイサービスで一生懸命リハビリするが、みんなに追い抜かれていく。。。と確かに、デイに来ているもっとお年を召した方は、動作がゆっくりな程度で、杖で歩いたり自分のことはできているし、同じ年代の方は脳梗塞<おそらくですが>などで、片麻痺のかたなどで、もちろん体が不自由で大変だと思いますが、リハビリの成果を見せています。なんで進行するんだろ。もう止めてほしい。やってもやっても良くならなかったら私ならあきらめてしまうであろう。 休まず通う母はすごいと思う。なんだか私も溜まってるみたいで まとまりがない日記だなあ。なんだかなあ
2007.05.23
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今日は母の日毎年何をプレゼントしようかまようのですが、、、兄夫婦はリハビリに着ていくジャージを用意したそうなので、うちは何にしよう。。。と悩んでいると旦那さんがなんと料理をして食べさせてくれるというのです幸い、うちの母はゆっくりであるが食事はできるので、おいしいものを食べさせてあげられるので、これはいい案だと思い、うちのシェフ〔ど素人です!〕におまかせして、私はアシスタントすることに。メニューは、あまり家では食べることのない、比較的失敗のない、ハヤシオムライスにしました。これは私も作ってもらったことがあって なかなかうまいのですデミちゃんはもちろん市販のもので、牛肉、玉ねぎ、マッシュルームをまぜて、ライスはトマトのチキンライス。そして卵、これがみそで固まらないうちのフワフワでのせるのがコツらしく、そのあと卵の真ん中に切り込みをいれると、フワーッと卵が広がるのです!うまくできるか。。。ちょっと大袈裟ですいませんそして本番、ん~ちょっと固まりすぎたかな!卵が広がらない!と旦那さんは焦っていましたが、母の味の採点はGOOD!がでたので良しとしましょう父と祖父、祖母にも作り、みんな普段食べない若者料理が食べられたと喜んでいました。これが作品です。毎年何がいいかなと 日ごろの感謝をこめて考える日もいいものだなと思います。なるべく長年考える日が続きますように今年は旦那様大変お疲れ様でした
2007.05.13
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ご無沙汰しています。この間、母の傷病手当の期間が終わり、この先、働くことは出来ないであろうと。。。本人も納得し、これからは障害者年金をもらえるように手続きをしてきました。これは社会保険事務所で手続きするのですが、全部で4回行くはめになりました1回目 まずは説明と必要な書類をもらいに行った。2.3.4回目 書類を書いて持っていったが、初診。。。これがキーポイントらしく、今の先生ではなくこの先生の証明が必要で、なんせ二年以上も前の記憶で、いろいろな科や病院を受診したため、母もはっきりと順番がわからず、このために手こずってしまいました。初診のときにまだ働いないとこれはもらえないらしいです。そのためここが違ってくるとその後の経過も違ってきてしまうため、一生懸命思い出して書き出しました。日付は細かく記載しとくべきだと反省ですそして、障害者手帳。これもずっと 母は避けてきたことでしたが、本人が納得して手続きしました。三月に書類を出して待つこと2ヶ月弱。2級の手帳が申請されました。この2級という言葉に母は、自分の病気を納得していたつもりだったけど、改めて、重いなあと感じた。。。とポロポロと泣いていました。いろいろな想いがある。でもこれが現実。一緒に乗り越えて行きたいがほんとに 壁が高すぎるこんな弱音ばかりの私ですが、今日は報告です。私のお腹に新しい命が宿りました。流産したこともあるので、うれしかったです。今はつわりで辛い毎日ですが、その命にいつか出会えるために強くならねばですね。もちろん介護もオエオエしながらやりますよ~
2007.04.24
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最近の母は比較的落ちついています。 前からある足の痛みは続いているようですが、前よりも表情がやわらいだ気がします。少し寂しげなときもありますが。。。みんなで食事してみんなが笑っていると、ああ、今がずっと続けばいいのに。。。と思います。でもそんな思いとはうらはらに。。。母の左手は、だんだんきかなくなってきて脱力感があるらしいです。少し前は時間はかかるけど、一人で入浴もできていたのに。。。最近は大変になってきたのと、家族の負担を考えているのか、デイサービスへ行ったときに入れてもらっています。足も冷えると痛みが強くなるので、入れない日は、お湯で足だけを温めています。冷えてしまうと、夜のトイレもいつも以上に頻繁になってしまうので、いつも寝る前にお湯で温めてそのまま湯たんぽをいれたお布団に入りますベットに横になったときが一番幸せ~と母は言います。そんなに起きているとき体がつらいのお~、他に楽しみを見つけてあげられない介護者としても悲しくなります正直過ぎますよ母~せめて父には お父さん帰ってくると一番幸せよにしてあげないとさみしいよ。。。母にそのことを話すと、すぐさま父に言ったらしく、しばらく父はご機嫌だったらしいです。こんな感じでとりあえずは落ちついているのかと、それをとてもありがたく思える今日です。
2007.03.10
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母が入院中にお世話になっていた言語療法士さんが、家でも行えるように作ってくれたものを紹介します それぞれを5回くらいずつ行いましょう1、顔面 1両目をぎゅっと閉じる⇔ぱっと開ける 2眉間にしわを寄せる⇔大きく目を開く 3頬をふくらませる⇔へこませる2、顎 1大きな口を開ける⇔閉じる 2下の顎を左右に動かす 3噛む真似をし、ゆっくり唾を飲み込む3、唇 1大げさに い⇔う の口 <横に引く⇔口を突き出す> 2大げさに あ⇔お の口 <左右なるべく対象になるように>4、舌 1舌を大きく突き出す⇔ひっこめる 2舌を出してだらっと力を抜く 3上の唇をなめる⇔下の唇をなめる 4舌の先を左右の口角につける 5舌先を上の前歯の後ろにつけ、おろす <発音> 唇の音→ままままままま ぱぱぱぱぱぱぱ ばばばばばばば 前の方の舌で出す音→たたたたたたた さささささささ 後ろのほうの舌で出す音→かかかかかかか ががががががが 前の舌をしっかりあげる音→ららららららら 区切って、できるだけはっきり言いましょう。 全体を1日数回行ってください。ゆっくりやってみると出来るのですが、普段の会話はまわっていないですね。。。うちの母は た と さ が言いづらいと言っていました。どれだけの効果があるかはわかりませんが、毎日声を出したり運動するように、家ではこのリハビリと、ニンテンドーDSの脳年齢 あか!あお!と声を出すゲームを行っています。これは年齢が出るので、母は楽しんで挑戦していますが、昨日は80歳でした これは母に合わせたリハビリです。症状や経過は一人一人違うので あくまでも参考程度にしていただくとありがたいと思い、紹介しました(^○^)~
2007.01.26
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母が退院して家に帰ってきました(^▽^)まず帰ってきて言った言葉は<もちが食べたい!>お正月は病院で しかも餅禁食なため、帰ったら食べてやる~とそういえば言ってたなあ。。。と思い、ちょっと心配でしたが、のり餅を小さく切って出しました。本人も気をつけて、上手に味わって食べていたので、ジ~ンときてしまいました。・°°・(>_
2007.01.22
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今回の入院目的の、母の足の痛みをとる治療は、残念ながらあまり期待した効果は得られず、来週末にも退院することになりました。一時いい時もあったようだったのですが、また前のような痛みがやってきているらしく。。。本当に病魔というくらいで、病気って悪魔にみえます(;_;)母も痛みがとれれば。。。と希望を持っていたので、治療していくうちに、良くならず、副作用のほうが大きく、しかも入院して心細いのもあり、とても落ちてしまいましたいつもは頑張り屋の母も<もう頑張らないことにしたの。。。家に帰りたい>と ベットで横になっていることが多く、もっと動きが悪くなるのでは?と心配になります。でも それもそうだなと思います。十分頑張っているし。。。それでも 頑張れと言ってあげなければいけないのか?治らないけど頑張ろうと言えばいいのか?何と言ってあげたらいいのかもう、わからなくなってしまった 調子がいいと公衆電話まで 歩行器で歩いてきて電話をくれた母。そんなときはとてもうれしかった。<受話器はとっても重いけど、みんなに電話するのが一番の楽しみだと一生懸命歩いてたらしい>でも、最近は電話がなることはなく、ふと心配になってしまいます。今は見守ることしかできなのかなと思うと、本当無力だ。。。。・°°・(>_
2007.01.13
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お正月、母は外泊許可は出ていましたが、<家にいても何も手伝えないし、寒いから~>と本人の希望で病院で過ごしました確かに家は昔風の家で寒いのでなんとか対策を考えねば。。。お正月といえばお雑煮?でも母は病院でモチ禁食のため、食べられないとなげいていたため、おせちを詰めて持って行くと、喜んでいました足の痛みは、一時いいように思えたものの、やはり痛みで眠れなかったりで、良い日悪い日とある様子です。パーキンソン病のお薬に加えて、セレジストを飲み始め、ステロイドの点滴を3日間だけはじめてみることにして、二日行ってみた結果、父の話によると、痛みは最高で10とすると、2になっているというまた一時的なものかもしれませんが、少しでも長く続くといいなあそれにしても、片道2時間の道のり、父は冬休み中は毎日会いに行きました母の前ではいつも冗談を言って笑わせている父も、 朝から実家に行くと時々目を腫らしています母が使いやすいような部屋の改造も試行錯誤中で、人間好きなひとのためには、とことんやるのだなあ。。。と感じています(○゜ε゜○だって今まで こんなに色々作れるなんて知らなかったよ~!
2007.01.05
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今年は。。。とにかく悲しかった。とにかく泣いた。とにかく<なんで?>といっぱい繰り返した、というか繰り返しているが私はずっと 人並みに特に何の苦労もせず、どちらかというとわがままに育ってきたせいか、母が病気になり、どうにもならない悔しさや苦しみをどう乗り越えて行けばいいのかわからず、途方にくれていましたそんななか、皆さんの日記に出会い、一人じゃないんだと少しずつ前向きに思えるようになりましたもちろん、まわりの友達、職場の先輩、そして一番近くで支えてくれている旦那様家族、親戚、皆様に感謝しています。いつも本当にありがとうございます来年は。。。オッチョコチョイな私はあせらず、少しその都度考える余裕をもっていけたらなと思います。どうかまた、このまとまりのない、ブログにどうぞお付き合いくださいよろしくお願いします<emoji code="a014" />
2006.12.31
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入院して一週間、検査の毎日で疲れているだろうなと思いきや、、、今日母の病院へ行ってみるといつもより足取りが軽い!?(・_・;?この間から、足の痛みに対して、パーキンソンの薬を飲み始めている。これは前にも、飲んだことがあるのですが、あまり効果はなかったので止められていました。でも今回は違う種類のもので、量も少し多めに飲み始めてみようとなったそうなのですが、なんと足が痛くないと言うのです(o゚▽゚)o痛みがないときは、歩行器を使ってですが、なんと方向転換していてからだの動きも滑らかで本当にびっくりしました足の痛みはどこから?検査の結果はまだだけどとにかく痛みに反応あったことがうれしかった新しい病院や治療を始めるには一大決心だったのでとりあえずは来て良かったと思えた前みたいにピンピンまでは望まないのでどうか今の状態ができるだけ長く続けばいいなあと思いましたクリスマスイヴだ
2006.12.23
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前にも書いたのですが、地元の病院の先生と大学病院の先生の治療の考え方が違うのですがみなさんはどんな考えなのかな~と思いました。地元の先生は、母の足痛みに対しては てんかんの薬<これは神経内科のペインクリニック的薬らしいです>これは痛みには少しいいらしく、夜はよく眠れていたのですが、昼間はリハビリもふらついたりしてしまうので朝は飲めませんでした。。進行を遅くするという小脳の薬も、高いしあまり効かないのでのですすめませんと。。。どちらかというとあまり薬は飲まずにこのまま様子をみましょうという慎重な先生で、大学の先生は親戚の紹介もあり、色々な検査をして薬も試してみましょうという、大学病院的な先生で。。。結果的に地元の先生の考えが正しいのかもしれませんが、本人や家族としては、負担の大きさにもよりますが痛みが楽になるのなら試してみたいと思うのですが、、、でも地元の先生もそのむねお話したら、少ししぶしぶですが行って来てくださいとお手紙かいてくださった<治療内容もよく調べてくださっていい先生なのですよ>わけで、とにかく後悔したくないので今回は動いてみました。でも、デイサービスもお休みしたり、しばらく今までの生活とガラリと変わってしまうので心配も沢山つのりますが。。。ほんとに少しでもいい方向にむくといいなあ
2006.12.19
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