100年先を見据えて再び「脱ダム」宣言

100年先を見据えて再び「脱ダム」宣言

                       田中康夫

                       掲載日2006年8月15日



 新潟県に位置する刈谷田川と五十嵐川の流域では、2年前に襲った豪雨で12名の命
が奪われ、1万所帯もの家屋が水害に遭いました。何れも信濃川水系の河川です。

 既に刈谷田川には1つ、五十嵐川には2つのダムが上流に建設され、100年に
1度の洪水にも耐えられる筈でした。が、地球温暖化に伴う局地的豪雨は建造400年
の仏閣さえ押し流しました。

 流域では現在、敢(あ)えて堤防を切り下げ、100ヘクタールの遊水池を設ける事
業が進行中です。危険区域から家屋400戸を移転する計画も始まりました。川の水
を川の中だけで制御しようとする発想こそは非現実的、との新しい治水の哲学です。
増水時には川を溢(あふ)れさせる事で逆に治水を行う。その為にも、本当に護(まも)
るべき住居や田畑を確定させる。河道至上主義とも呼ぶべき、従来の河川整備方針から
の大転換です。

 それは、新潟県の単独事業ではありません。「『脱ダム』宣言」から5年半を経て、
同様の精神の下に国土交通省の認可を得て、隣県で実施されている事業なのです。

 下諏訪町を流れる砥川上流に計画していた下諏訪ダム。茅野市を流れる上川上流に計
画されていた蓼科ダム。信州では昨年、諏訪湖に流れ込む2つの河川のダム計画を何れ
も破棄し、ダムに依(よ)らない河川整備計画を策定。国土交通省から認可されました。
前者は岡谷市、後者は諏訪市にも密接に関係する河川です。

 而(しこう)して県全体では47%の得票率だった今回の選挙で僕は、豪雨災害に直
面した岡谷市、諏訪市、下諏訪町、辰野町、箕輪町、茅野市、塩尻市の被災7市町の何
(いず)れに於いても、対立候補を上回る得票率だったのです。

 別(わ)けても「『脱ダム』宣言」発祥の地である下諏訪町で得票率61%、土石流
が発生した岡谷市で58%、500戸余りが床上浸水した諏訪市で57%の高得票率です。

 延べ1万人を超える県職員が市町設置の避難所に駐在し、床上浸水の個人宅をも支援
した、それのみが理由ではありますまい。ダムに依らない河川整備が進捗(しんちょく)
している砥川、上川の流域では、他の河川と異なり、床上浸水等の水害は発生しなかった、
その事実こそが被災地で冷静に受け止められたのです。

 而して、岡谷市でも箕輪町でも、土石流は“鎮守の森”たる神社を跡形も無く呑み込み
ました。古来、神社は集落の中で最も安全な場所に設営していたにも拘(かかわ)らず。

 幾人もの命が奪われた岡谷市湊地区で、地元区長は述懐しました。誰も危険な沢だと
感じた事は無かった、と。が、殆(ほとん)ど森林整備が行き届かぬ国有林の、針葉樹
主体で保水力も劣る荒廃した森は薙(な)ぎ倒され、土石流が人家を襲ったのです。

 林野庁の予算に占める森林整備は僅か8%に過ぎず、谷止め工に象徴される鋼鉄とコ
ンクリートの公共事業が幅を利かしています。

 こうした中、僕は就任以来の5年で森林整備予算を3.3倍に拡充し、小泉純一郎内
閣が公共事業費を37%削減する中、土木建設業者の雇用の場を創出しました。それは、
未来の子供達に借金の山を残さず、今後10年間で24ヘクタールの間伐を実施し、広
葉樹主体の緑の山を残そうとする100年の計なのです。

 「『脱ダム』宣言」を揶揄(やゆ)する護送船団・記者クラブの「報道」が為される中、
被災地の有権者は極めて冷静に的確に、100年先の信州の在るべき姿を捉えている。
その事実に僕は深い感銘を受けています。


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★★ 脱ダム宣言(2001年2月20日)

★★ 「脱ダム」宣言に関する知事県議会答弁
(2001年2月28日(水) 県政会代表質問に対する答弁から一部抜粋)

★★ 「脱ダム」宣言に関する知事県議会答弁
(2001年3月2日(金) 社会県民連合代表質問に対する答弁から一部抜粋)

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<参考記事>

「豪雨対策 あふれる川を前提に 」
(2006年7月17日 朝日新聞社説より転載)

300年に1度と言われる豪雨に見舞われた新潟水害から先週で2年たった。

 信濃川の支流の刈谷田(かりやた)川と五十嵐(いからし)川の堤防が決壊した。
1万棟を超える家屋が水につかり、12人が水死した。水の勢いはすさまじく、創建400
年の寺まで押し流した。豪雨の日には、新潟県内の5カ所のアメダス観測所で、史上
最大の1日雨量を記録していた。

 最近、日本各地で雨の降り方が激しくなり、今年も局地的に大雨が降っている。地球
の温暖化が影響しているのだろう。この30年間で1日に200ミリ以上の大雨が降った日
数は、20世紀初めの30年間に比べ、1・5倍に増えている。

 刈谷田川では上流に洪水調節のダムができ、堤防も完成していた。100年に1度の洪水
に耐えられるはずだった。五十嵐川でも2基のダムが築かれ、洪水対策が進みつつあった。
だが、雨の量が想定を超えた。

 このことをどう考えればいいのか。

 戦後、日本の治水は「河道に水を封じ込め、流域を平等に守る」という方針で貫かれ
てきた。上流にダムを造り、堤防を連ねて、1滴たりとも川の外に水を出さない。
そんな考え方だ。

 水害の後、新潟県はそうした方法を改めた。刈谷田川では、上流の堤防の一部を低
くし、水田約100haを遊水池にする計画を進めている。大量の雨が降った時には、あえて
水をあふれさせ、人の住んでいないところに誘導しようというのだ。

 五十嵐川では、水につかりそうな400戸の移転が始まった。こちらは早々と逃げる道を選んだ。

 いずれも、洪水をすべて川に封じ込める方法が現実的ではない、と考えた結果だ。
この方針転換を高く評価したい。実は、ドイツもそんな封じ込め策に見切りをつけた。
温暖化が原因とみられる大洪水が頻発するからだ。

 02年夏、500年に1度と言われる洪水が襲い、1兆円を超える被害が出た。これを受け
て、昨春、川はあふれるという前提に立つ洪水予防法を施行した。100年に1度の洪水
が起きると予想される地域を指定し、建物の新築を厳しく制限するというのが主な内容だ。

 国土交通省にも動きがある。豪雨対策を考えていた審議会が昨春、流域を平等に守
る考えを改める提言を出した。途切れなく堤防をつくるのではなく、住宅や農地など
洪水から守るべき対象を絞り込もうというのだ。

 場所によっては、反発があるかもしれない。だが、いくらダムを築いても、どれだけ
堤防を強固にしても、それで人の命や財産を完全に守れるかどうか。はなはだ疑わしい。

 洪水への有効な手立てとは何か。豪雨の頻発や財政事情を考えると、審議会の提言
は現実的な判断と言える。

 川はあふれるもの。その前提に立ち、行政も住民も対策を考えていきたい。


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「あふれさせる治水へ/住宅地、輪中・二線堤で守る/国交省」
(2006年8月13日 朝日新聞一面より転載)

 国土交通省は、伝統的な水防技術「輪中堤(わじゅうてい)」や「二線堤(にせんてい)」
を活用し、河川の水があふれることを前提として洪水から住宅地を守る「洪水氾濫(は
んらん)域減災対策制度」(仮称)を来年度から創設する方針を固めた。次の通常国会で
関連新法の制定をめざす。これまで国の治水政策は、あらゆる河川に堤防を築き、上流
にダムを建設して洪水を封じ込める手法に重点を置いてきた。これに対して公共事業
費が減り続ける中、記録的豪雨が頻発する近年の傾向を踏まえ、川があふれても住宅
被害を最小限にとどめる新しい治水の仕組みづくりを本格化させる。(本山秀樹)

 新制度は、堤防整備が遅れている川の流域のうち、過去に浸水被害にあった地域が対
象。住宅密集地区と田畑の境にある道路や鉄道の線路などをかさ上げするなどして二
線堤を築き、住宅地を洪水から守る。また、二線堤で守れない地区は、住宅地の周り
に輪中堤を造り、浸水が中に及ばないようにする。

 事業対象地域の川沿いの堤防は、本格的改修の時期までは小規模なまま(小堤)
にとどめ、豪雨の際に川の水が安全にあふれるようにする。あふれた水が流れ込む地
区は、氾濫時に果たす遊水池的な機能を損なうことのないよう、建物の敷地での盛り
土や開発を規制する。

■自治体が先行

 二線堤や輪中堤を活用した治水は80年代以降、肱川(ひじかわ、愛媛県)や吉田川
(宮城県)などで先行的な事例があるが、自治体独自の取り組みだったり、国道整傭
を兼ねていたりし、事業の対象地域を決める手続きの統一的な規定がなかった。

 対象地域は、川を管理する国や都道府県が地元の同意を得て指定する。選定をめぐ
り不公平感を持たれないよう、計画策定の際には住民などの意見を聴く機会を設ける。

 明治以来の河川改修は、下流から上流へ続く堤防を築き、堤防で洪水を防げなけれ
ば、ダムを造るのが基本。多額の費用と時間がかかるため、中上流域の整備は遅れが
ちで、各地で浸水被害が繰り返されてきた。

 一昨年、全国で大規模な水害が相次いだことから、国交省は昨年から洪水の「封じ
込め」から「減災」へと治水政策を転換。新制度はこうした考えに基づく。

■格差へ抵抗も

 一方、治水上の安全度の「格差」が固定化する可能性があることから、不安視する農
村部選出の与野党議員らの抵抗も予想されるなど新法制定への障害も少なくない。

 国交省は「流域すべてを洪水から守る目標を捨てるわけではないが、完全な改修に
は時間がかかる。氾濫が頻発する農村部では、あふれるのを前提とした治水を一つの
手法として採り入れたい」としている。

輪中堤と二線堤

 川沿いの低地にある住宅地や田畑を輪のように囲って築かれた堤防が輪中堤。江戸
時代に発達した伝統的な治水工法で、木曽川、長良川、揖斐川下流の濃尾平野にあ
る輪中堤が有名。

 二線堤は、川沿いにある本堤とは別に住宅地側に造られた第二の堤防を言う。堤防
が並んで「二つの線」のように見えることから名付けられた。

 ともに本堤が決壊した時に氾濫(はんらん)の拡大を防ぎ、住宅地への被害を最小
限に食い止める役割を果たす。


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★★ 『豪雨対策』他、リバーポリシーネットワークからのお知らせ

★★ リバーポリシーネットワーク

■ River Policy Network Vol.1創刊号より 転載   

 報告  Karl Alexander Zink (元WWF ドイツ) 2004年1月  

◇ドイツ
 【新治水法:川が自ら破壊的に動く前に、川にもっと余地を与えよ。】

エルベ川に沿っての歴史に残る破壊的な大洪水のほぼ1年後、ドイツ連邦政府の環境大臣
トリティン氏は、2003年8月に治水対策改善法案を発表した。

「我々は川にさらにもっと多くの余地を与えなければいけない。そうしなければ、川は自
らそれを求めるだろう。」彼はこのように述べ、氾濫原に住居、産業施設や不動産の建設
を許すような政策を終わらせることが重要であるとも付け加えた。このよう
な政策こそが
次回の何十億ユーロにも上る洪水被害を引き起こすことになるからであ
る。この法案
は産業界、環境グループなどにも送られ、意見を募るために回覧されている。

一般のマスコミ報道によれば、ドイツ連邦政府環境大臣は気候変動の始まりがドイツにお
ける洪水発生頻度を高めていると考えている。そして洪水被害は常に過去の人間活動に結
びついている。人間は洪水が頻繁に起こる谷間に定住することにより、知ってか知らずか、
自らを洪水の危険にさらしてしまったのである。

今や我々は川を運河化したり、河川下流の流れを人工的に変えたりすることが洪水時の流
れにとって有害な影響となることを知っている。大規模河川では貯水地を造ることにより
氾濫源を縮小したり、河川水流の長さを短くすることで洪水を加速させたり、堰を作る
ことにより、支流からの洪水レベルを著しく高めている。また、小規模な河川においても
、居住区の拡大、集約農業、山間部の森林の荒廃や川の流れを変えてしまうことにより保
水能力が損なわれると、洪水被害が発生してくるのである。


 近年起こった大規模な洪水により、より高いレベルでの予防的方策が取られるようにな
った。それらは:

・自然の氾濫原には何も建設しないようにする。または堤防を後退させることにより、そ
のような氾濫原をとりもどしてやる。

・土壌を固めたり、コンクリートで覆うことを制限する。

・降雨をそれぞれの流域で保持できるようにし、また地表の雨水浸透を高める。

・小さな支流の水を取り戻す。

 トリティン氏の提案した法案は、大洪水被害が発生した後に、ドイツ政府は治水政策を改
善するために2002年9月15日に「5ポイント計画」を採択しているが、これがベース
となっている。彼は、「我々の目的は洪水危機に対し、より効果的な対策を創り上げること
である。この戦略上、法案として提案している治水対策法は最も重要な柱となる。」と述べ
ている。将来的にはいわゆる「100年に一度の洪水レベル」をベースとする洪水指定ゾー
ンを作るための全国的な基準が定められるであろう。そして、各州は都市計画、地方開発計
画において5年間のうちにこれらの指定ゾーンを定めることになっている。二つ目のカテゴ
リーとなる「洪水被害に遭いやすいゾーン」とは、堤防が決壊した時に洪水の被害を被る地
域も含んでいる。トリティン氏は、「近年、多くのダムが決壊していることから、どれだけ
堤防や水を防ぐ壁を作ってもそれが絶対的な安全とはならないことがわかる。」とも
述べている。

この法律は、原則として洪水ゾーンにおける住居開発と産業施設建設を禁止している。「こ
の点に関しては多くの苦情が巻き起こるであろう。しかし、今はもはや単にうわべだけの政
策ではなく、過去数年の洪水被害から学んだことを実施する時なのだ。」あのような大きな
洪水被害が起きて一年も経たないうちに多くの市町村が氾濫原における住宅開発計画を進め
ていることを指摘し、彼は語気を強めた。

農地も洪水対策内での必要性に応じて管理されることになるだろう。この法律は、土壌の浸
食や、洪水時の汚染物質の流入の危険性を減らすために、全ての洪水ゾーンにある穀物用の
農地における生産を2012年の終わりまでに終えるように求めている。トリティン氏はこ
の点に関して「誰も農家の利益を損なうことを目的としているわけではない。ただ、洪水
ゾーンにおいては牧草地が一番適しているのだ。」と付け加えている。

連邦水法は各州政府に対し、河川毎ベースの治水計画を作ることと、それが国際的に協調性
のあるものであることを求めるであろう。そして各州政府は洪水の保水ゾーンを作ること、
堤防の移動、氾濫原の保護、再生を義務付けられることであろう。

また、河川や運河の維持管理や開発といった活動は、将来的には洪水の危険性を高めること
のないような方法でされなければならなくなるであろう。

 「この野心的なコンセプトはその影響を受ける人々にははっきりとした規制となる。しか
し、人々が安全に対して間違った概念を持ってはいけない。いまだに洪水ゾーンの中に建
物を建てたい者は皆、物事の道理がわかっていないのだ。そのような者が被害に遭ったとし
ても、社会からの救済を期待できない状況にある。」環境大臣のトリティン氏はこのように
強調する。州政府やその他関係者からコメントを求められた時にも、彼は効果的な治水対策
を少しでも緩める意志が無いことを示した。


■ドナウ川流域での維持可能な治水対策のための活動プログラム

ドイツからハンガリー、ブルガリアを超えウクライナにつながる(長さ80万キロ、住民の
数8200万人)総数13の州が協調しながら水管理をする、「ドナウ川保護国際委員会
(ICPDR)」は、2003年の春にドナウ川流域における持続可能な治水のためのアクション
プログラムの作成を開始した。このプログラムは、自然の保水能力を持つ地区の再生に焦点
をあて、統合された、流域全体での洪水危機の削減を目指すものであり、2004年の夏
を作成の期限としている。

河川を巡っても、日本とは違い、ヨーロッパにはとても複雑な政治的、経済的問題があるに
も関わらず、以前の間違った考え方による河川管理、治水政策、慣行のために20年にも渡
って繰り返し発生した大きな被害は、厳しい教訓として絶対的な政治的対応を引き出すこと
となった。何年にも渡る環境NGOによるロビー活動は、科学的根拠による裏付けと「開発され
た川」の周辺への経済的被害と共に、この改革プロセスにはっきりとしたインパクトをもた
らした。2004年は、全てのEU加盟国とその周辺国で、生態系にかなった河川管理、治水
政策が完全に支持される年になるであろう。






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