ペトラプト・パルテプト

まきまき / その7

まきますか? まきませんか? / その7









「おい人間。お前がこの翠星石のネジを巻きやがったですか?」








人形がしゃべった~! いや、ネジを巻いたんだから動いたりしてもおかしくないが…。




その口調に度肝を抜かれた。



( って言うか、普通ならここは『ありがとうございます、ご主人様』とかだろう? )

( ネジ巻いたの俺だし。それに感謝されても憎まれる筋合いはないはず!? )




( それになんだ? この口調は。まるで俺が悪い事したみたいじゃないか。 )




先ほどの安らかな寝顔とは程遠い、険しい表情。呪い人形か?これは?


いったいどう作れば、あの天使のようなやさしい寝顔がこんなにも歪むのか?


まるで親の敵と叫ぶかのようなきつい、怖い顔。









「えっ、あっ、その…。今、巻きましたけど…。」


なぜか敬語になる始末…。






「巻いたですってー! いったい人間の分際で何勝手なことするですかー!」







「何かいけませんでしたでしょうか?」



とにかく敬語で対応してしまった。一種の職業病かもしれない。


職業柄、クレームの対処にはまず丁寧な応対が求められるからだ。






今、目の前にいるのが人形にも係わらず、とっさに頭が仕事モードに切り替わった。



替わらされたというほうが正しいかもしれない。



おかげで冷静になれた気がする。でも…。








( これって、お客様ではなくて人形なんだけどな…。 )








無意味なつっこみを自分自身に投げつけてから、とにかく謝ることにした。


この場合、許可なく触った自分が悪いはずだ。確かに悪いけど…。





( それにしても理不尽だ。なんで人形に怒鳴られる!? いったいわけがわからん。 )






不意に敬語を発したことでさっきまでパニクっていた頭が納まると


今度は冷静に状況を分析し始める。





( とにかくこいつを落ち着かせるべきだ。 )



( さっきの返事でなぜだか知らんが会話できるみたいだしな。 )



( こいつがいったい何かはわからないが、このままじゃ拉致があかん。 )







「それにつきましては誠にお詫び申し上げます。私といたしましてもこのような状況は
 初めてでして、対処に困りかねていました。誠に申し訳ございませんでした。」



いつのまにか自分が人形の目の前にきちんと正座して頭を下げてるのに苦笑してしまった。




( 一応、ここ俺の部屋なんだけど。まさか自分の部屋で頭下げるとは…。 )





翠星石と名乗る人形は床に足を付けて仁王立ちだ。



まぁ、そのほうが幾分自然だ。宙に浮いてるより、現実味があっていい。




( でもこの表情は人形としてはありえねえな。 )

( これならどんな女の子もこの人形を欲しがらないぞ。 )



「ほほぉーっ、認めやがったですか!? 認めやがったですね?
 いったいお前に何の権利があって、巻きやがるですぅ!
お前なんかが、この翠星石に触れるなんて100万年早いですぅ!」


勝ち誇った顔を俺に向ける。相変わらず険しい顔なのだが。




( 言い方はへんだが、こいつの言うことも一理ある。 )

( それならまず、丁寧な対処を…と。 )



「いや、ですから、ここはわたくしの部屋でありましてですね。私が目覚めると
 そこの鞄が目に付いたものですから、いったいなにかと思いまして…。
 私はご覧のとおり、このような貧しい生活をしているものですから、
 そのような高級そうな鞄は似合いませんでしょう。ですから…… 」


( 軽く状況説明からしてみるか。一から順に話した方がいいかもな。)








我ながら普通のクレーム処理だなぁと思った。



( そういや昔、2ヶ月ほどクレーム応対係したことあったよなぁ。 )




あの頃とくらべりゃ、へでもない。



営業の勉強になるからと部長に騙されて、無理やり配属されたことを思い出した。


俺の人生における究極の修行時代。


浴びせられる罵倒に、胃潰瘍になったこともあったっけ…。




今になってみれば懐かしい思い出ばかりだ。








「ごちゃごちゃうるさいですぅ!貧乏人が下手な言い訳しやがりやがってですぅ!
 そんなこと人目見ればわかるですぅ! だから余計にゆるせねぇですぅ!」



俺が話していると突然遮ってこう言った。




歯を食いしばって、いがんだ表情を続けている。


怒りの原因が何なのかはまったくわからなかったが、よほど頭にきているのだろう。


でも、小さなこぶしをぎゅっと握り締めてわなわなと震える姿はどこか可愛らしい。





( あー、こりゃかなり頭にきてんなー。無理ないか。でもそれなら…。 )





「いえ、まずこちらのお話を聞いていただけませんでしょうか?
 ご説明させていただけないことには、翠星石様にもご納得できないと思います。
 申し訳ございませんがもうしばらく私の話を聞いてもらえませんか? 」




きっぱりと言い放ってやった。駆け引きも時には必要だ。


おそらくこの人形もこの状況を延々と続けていられるわけはない。



それにネジを巻いて動いたのであれば、こうして時間をかけてたっぷり話をしていれば

やがてネジが切れて止まるだろう。そうなりゃ鞄に押し込んで蓋を閉じれば元通りだ。




その後で鞄ごと捨てればいいわけだから。酷い話だけどな…。






「うぅ…。聞いてやるですぅ。聞いてやるからさっさと話しやがれですぅ!」





右手を腰に当てて、左手の人差し指を俺に突きつけやがった。



( なんて態度だ! それが人に物を聞く態度か? )



幾分腹が立ったが、こっちまで頭にきちまうといけない。






あくまでも静かに笑顔で答えることにした。感情的になれば無条件に負けだ。




「聞いていただけるのですね。ありがとうございます。それでは、ええと…。
 鞄の話までお話いたしましたよね。それがそこにあったものですから、
 私といたしましても確認をしませんといけないと思いまして、失礼ながら
 開けさせていただきました。この鞄が私の部屋にある以上、持ち主等は
 わかりませんし、私もこの鞄を私の部屋に持ち込んだ覚えはございません。
 これを警察に届けるというのもおかしな話でもあるのですが、見覚えのない
以上、これをここに置いておく訳にも行きませんし、持ち主に返すべきだと
判断したわけです。」




淡々と話を続けることにする。目の前が人形であろうとなかろうと関係ない。




これは強烈なクレイマーだ。そう思うことにする。




今までいろんな人のクレームを聞いてきたが、こんな小さくて可愛らしいのは初めてだ。



こっちは何も悪いことや後ろめたいことは一切やってないのが優位に立てる条件でもある。



( それならかなり責めても大丈夫かもな。 )




「そ、それで開けやがったですか?」






まったく疑いを保ったままの目をしている。しかし少し落ち着いたようだ。




「はい、そうです。中身を確認しないことには警察にも届けられませんから。
 それにもしこれが盗品とかでしたら、私が責められます。こう言っては申し訳
ございませんが、誰がどのような理由でここに置いたかは別として、この部屋に
ある以上は私にも所有権が発生すると考えてもおかしくないでしょう。」



(よしっ!正当な理由だ。これならどうだ。 )






「勝手にお前のものにするなですぅ。そんな理由で決めるなですぅ。ずうずうしいにも
 ほどがありやがるですぅ!」






( ほう!? そうきたか。まだまだだなぁ。その程度じゃ勝てないよ、人形さん! )






「いえ、元よりそのつもりはございませんよ。ですから持ち主に返すべきだと言った
 のです。私がこれを所有するのはおかしいですから。そして、失礼ながら鞄を開け
させてもらうと、中に翠星石様がお休みになっておられました。私といたしましても
これには驚きました。このような美しい人形が入っていたとは思いませんでしたから。」




( 女性は褒めるにかぎる。もっともこの人形自体、美しいからお世辞でも
なんでもないしね。これまた嘘はついてないからな。そろそろくるか? )




俺が満面の微笑をたたえてこう言うとおとなしくなった。


さすがに美しいと言われて否定できる訳がない。正直者の勝利だ。






「………。」






じっと睨みつける表情はそのままでも、心の動揺ははっきりと伝わる。



こっちが正当性を主張してやれば、否定できるわけがない。





( 逆に否定すればするほど、あんたの立場が悪くなるってもんだ、人形さん。 )


( もうこのへんで勘弁してやるか? それとも怒鳴られた仕返しに…。 )


( いや、止めておこう。大人気ないよなぁ。)









「好奇心に駆られたことはお詫び申し上げます。その…、ゼンマイの鍵が目に入った
ものですから。つい…。壊れていたりしたら大変ですからね。もし動かなければ
私にも責任がございますから、こう言っては失礼ながら動作確認をさせていただ
いたというわけです。」




( よし! 決まった。これで全部だ。何も間違ったことは言ってないよな。 )




( なあに、人形ごときに負ける俺じゃないってーの。 )







( 後はひたすらやさしくして…。あれ…? こいつ泣きはじめやがった。 )








( ま、まずい…。この展開はよくない。)







先ほどの態度とはうって変わって、その小さな両手で顔を押さえると泣きはじめたのだ。









「ううぅ…。手篭めにされたですぅ。酷い凌辱ですぅ。辱められたですぅ…。
 人間なんかに…。人間なんかに…。人間なんかに!」


( おい! いったい誰が人形なんかを手篭めにするんだー? )




俺は心の中で思いっきり叫んだ。









to be continue





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