ペトラプト・パルテプト

第1話 頭痛 その 1

『 おかえりなさい! 』



第1話  頭痛  ~ Mal de tête ~ 前編








「痛っ…。」







あぁ…、頭がガンガンする…。




酷い夢を見た。というより見せられた。


そして痛みで目が覚めた。


助かったとは言わない。現実の痛みの方が夢よりも過酷だからだ。






カーテンの隙間から漏れる光が朝の訪れを告げている。


どうやら今日の天気は良いみたい。何気なく想像した青空に思わず嫉妬する。








その澄み切った青さでこの頭を溶かしてくれれば良いのに…。






想像を否定するがのごとく、痛みがドンドン増していく。







「時間のゼンマイが巻き戻ればいいんだわ…。」






まったく無茶な話だ。痛みで思考までもが変になったのかもしれない。


それに身体を起こそうと思ったが、足のつま先から頭のてっぺんまで反応が鈍い。












もう冬だと言わんばかりに布団の外は空気がひんやりしている。









ここからだと暖房に手が届かないな…。







2年前にビンゴの賞品で貰った石油ファンヒーター、ただひとつのこの部屋の太陽。


給油は面倒だが、すこぶるパワフルな頼もしい奴だ。


冬の準備にまだ気が早いと思いつつも、こういう事態のときを想定している。


我ながら手際のよさに感心する。けどベッドからは遠すぎる…。






こたつでもあれば、そこに滑り込むんだけど、仕方がない、贅沢は敵だ。


お金がどうのこうのということじゃなく、この部屋には必要ない。それだけのことだ。









どうせ今日は休みなんだから、このまま昼まで寝ていようかな…。


自堕落な一日と言うのは耐えられないけど、無理をできる状況でもない。







たぶん夕方までこの状態かもね…。




今日中にやるべきこともたくさんあるのに、とても無理だわ…。











「絶対、飲み過ぎだわ。調子に乗りすぎよね…。」






昨夜の出来事が少しずつ、記憶のかけらとして浮かび上がってくる。



飲んで、騒いで、歌って、また飲んで…。



確かに楽しかった。友達と飲みに行くのも大好きだけど、合コンだって悪くない。







ただ私から誘うなんてことはあまりない。つい遠慮がちになってしまうからだ。


特に合コンなんて、頭数を揃えるために誘われることはあっても、自分から進んで企画するなんてことはない。









私はただ飲みたいだけ…。それだけのこと…。








私は大勢で飲んで騒ぐのも好きだけど、男よりも酒と料理の方が気になるいけない子。


年齢もそろそろ微妙になりかけている。それなのに子って…。




「おかしいよね…。」




そう言って、無理に笑った。



朝の静寂に溶け込んで消え行くような笑い声。



痛みを和らげようと思考が懸命にもがいているような感じ。








極度の飲み過ぎに身体が当然のように反応しているのがわかっていてくやしい。



肝臓で分解しきれないアルコールがアセトアルデヒドになってナントカカントカ…。



化学はあまり得意じゃなかったのでいい加減な知識だ。






それにこうなってしまった時には何の役にも立たない。



科学は本当に人の役に立つ?





少なくとも今の私の状態に関して言うならば、まったくダメだわ。



それとも学習能力が無いせいなのかな。もちろんお酒に関してだけなんだけど…。








社会人になってから、というよりはこちらに転勤してからは何度も経験していることなのに、こればっかりはどうにもならない。









でもこれって、良い事と悪い事は絶妙にバランスが取れているって証拠なんだから…。






本かネットか何かでそう読んだことを思い出す。確かにそうだ。






どうしても気になるワインが飲めたのだから、こんなに良い事はない。


しかも思ったより全然飲みやすくて、おいしかった。






でも2本も空けることはなかった。といっても私一人で飲んだわけじゃないのにね。





最初はみんなで各グラスに注いで飲んでいたのに、2本目になると誰も欲しがらない。


1本じゃみんなに行き渡らないからと誰かが追加した。


私もこの程度の量じゃ全然味わえないから、それには両手を挙げて大賛成した。


でも結局みんな、生ビールや酎ハイ、甘いカクテル系に走ってしまう。






ワインが飲み慣れていないせいだとしても私ならそんなもったいないことしないのに…。





そう仕方なくなのよね。仕方なくたっぷりと堪能させていただいたわ。今年の出来は良かったって。


誰にでもなく自分に言い訳してしまう。それこそ仕方がない。だって好きなことはやめられないから。






2005年の楽しみがまた一つ増えた。そこまではたぶん良い事だろう。でも…。





過ぎたることは及ばざるが如しってこの事よね…。


その飲みやすさに問題があったんだと思わざるを得ない。自分でも止められなかったからだ。










目を閉じると記憶のかけらが少しずつ形を織り成していくような感じでだんだんと昨夜のことを思い出してきた。


それにこうしていると光が目に入らないからそれだけ脳に対する刺激も少ない。気持ちだけ楽になる。







思い出さずに忘れていれば本当に幸せかもしれない。少なくとも記憶の中だけは存在しなくなる。



忘れることは人にとって幸せですか? 



たぶんそうだろう。私には忘れられないことが多すぎる。


だからといって不幸っていうわけでもないのだから、人生って不思議よね。





そういえばあの時…。こういうことがあったっけ…。


皆が一通りワインの感想を言いあったあと、次々と飲み物のオーダーを繰り返した。


まだ1本しか空けていない状況なのに、興味が薄れてきたのだろう。


テーブル残された2本目のワインが寂しそうにポツンとしていた。





2005年のボジョレー、一杯だけの感想を言うなら柔らかい感じ…。





私は密かにそのさびしがり屋を狙っていたので、チャンスとばかり何気ない表情でそっと自分の前に置いた。


心をときめかせて、自分で自分のグラスに注ぐ。つい並々と注いでしまい苦笑いをしてしまった。


あふれたグラスがさすがに恥ずかしかったので、酔ったふりして「入れ過ぎちゃったわ」とつぶやいた。






「あのー大丈夫ですか?」



さっきから私の隣の席に座っていた21歳の男の子がようやくきっかけをつかんだらしく、声を恐る恐るかけてきた。





顔はイマイチだがやさしそうな瞳、でも年上に声をかける勇気が足りないのだろう。



それとも私に興味がないかのどちらかだわ。





自己紹介の時に理沙が自分の年齢を言った後、私のことをタメの上司と紹介したせいだ。





ダメな上司って…!? 全くひどい紹介のされ方だ。



私にはそう聞こえた。でも聞き返すとどうやら同じ年の上司のことらしい。





でもこれでこのメンバーには私が25歳であると知れ渡ってしまった。



私はそんなことは気にも留めていないけど、隣の子は必要以上に緊張しているみたいだ。




4つ上がそんなに気になるのかなぁ? 




交わす会話も何かと遠慮がちに敬語だ。まるで私が会社の部下と話している雰囲気…。


私は仕事で慣れているからいいけど、もう少しくだけた言い方をしてくれてもぜんぜん構わないのにね。






君ねぇ…それじゃここに何しに来ているのだか…。思わず私はその子の心配をしてしまった。



『男でしょ、合コンなんだから口説いてみせなさいよ』と思っても、私には言えない。



どちらかと言うと目の前のワインの方に興味がある。この子には申し訳ないけどね。






それでも無理に私のワインに付き合ってくれた。お互いのグラスに交互に注ぎ合う。




たぶんこの子はお酒をあまり飲めないのだろうなと思いつつも私にはそれを止める権利がない。


いくら年上でも女が男のプライドをつぶすのは良くないことだと知っているからだ。



ましてや相手が初対面の人だからなおさらだ。全く失礼なおせっかいよね。






その子は女の人と話す機会があまりないのだと言っていた。



色々と話をしていると、やっぱりと思える部分が見えてくる。そこがまたかわいい。





すっかり私をお姉さん扱いだ。年下とはいえ、それは女性に向かって失礼なのではと思う。


たぶん、その子なりの背伸びした親しみを込めた言い方なのだから大目に見てあげる。



私だから許してあげるんだよ。君の努力に免じてね。







時々おしぼりで額の汗をぬぐう仕草で一所懸命なのに、なんとか会話が途切れないよう努力をしているのが面白かった。






ずっと取り留めのない会話をしていたような気がする。全然話の内容に記憶がない…。





それに2本目が空いてしまってからも、何かと飲んでいたような気がする。







それにしてもあの子は無事に家へ帰れたのだろうか? 今になって心配している私って…。






でも私も人に偉そうに言えたものじゃないわ。私だって覚えているのはそこまでだもの。



メール交換したような気がするけど、名前がまったく思い出せない。まぁその程度の男の人だ。








これ以上は思い出しようがないと諦めることにした。頭痛が邪魔してくるからだ。







頭の中で誰かがドラムをガンガン叩いている。止めそうな気配さえない。




自分のペースで飲めないからこういうことになるんだわ。




人のせいにすれば少しは気も楽になるかもしれないと思った。






合コンだから飲まして飲まされてってなるのだと思う。



私からすれば異常な飲み方なのよね。私が本来の目的を履き違えているのはわかっている。






身体がこうなった時にはいつも反省だ。








「でも、言い出したのは私じゃないんだからね。絶対…。」







つぶやいた言葉さえ頭に響く。言葉が頭を殴るかのようだ。





痛みだけが自分自身を戒めるかのように襲ってくる。



後悔すでに遅し…。確かにそうだ。






私が悪くないとは思わない。ただ不意の誘いにのってしまっただけなのだ。






「やっぱり、あの時、断るべきだったのかも…。」






そのきっかけは一昨日のお昼休みでの出来事だった。












to be continue





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