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2011年06月25日
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三月の震災の後から、普段見ないテレビをついついつけっぱなしにしたり、

原発についてあまりに自分が無知だったことを恥じ、今さらながら色々と調べたり。

復興支援に自分が何ができるのか?
「節電」というか、自分たちの生活のエネルギー源がこのままでいいのか?
そもそも、関西で同じことが起こったとき、子どもたちを守れるのか?

色んな課題、命題が明らかにされるのだけど、
それらは、どれも不完全な答えしか見つからなくて、
中途半端で、行動を起こしてみても、どれもしっくりいなくて、


そんな時、実家から父の精神病とアルコール依存が悪化とSOS、
その渦にもグルグル巻き込まれることとなり。

ああ、疲れてるなあ・・・それにしても、これらの思考の迷路は
出口があるのかな、と思っていたら、
本当に目が回りました。

4月2日朝、洗濯物を干し終えた途端、
天井がものすごいスピードで回転して、頭も身体もついていけない。
ゲーゲー吐き気もして、救急車を呼んでもらう。
あまりのことに、頭は真っ白、手足もビリビリしびれてきて、
正直死ぬかと思った。

結局そのまま入院となりました。


それから三日間は遊園地のコーヒーカップに乗っているかのように回りっぱなし。

メニエール病など、めまいの起こる病気は色々あるらしいが、
めまいの強さなら、私の病気は「最上級」とのこと。

三日間ほぼ寝たきりで、本当にきつかった。
回転が収まってきたのはいいけど、今度はフラフラで


一体どうしてこんなことになったかというと、
「前庭神経炎」という病気だった。

三半規管にある前庭神経(平衡感覚を司る)が炎症を起こし、
その機能を失ってしまう。
そのため今まで当たり前だった平衡感覚を失ってしまったのだ。

平衡感覚って言ったって、誰も普段は意識すらしていない、当たり前の感覚。
平均台に乗ったり、遊園地の乗り物に乗ったときなどに、
くらくら、よろよろと崩れて初めてその「感覚」に気づく程度の
「当たり前」の感覚。

だけど、それは見ている景色とそこに存在する自分の身体すべてを支配しているので、
一旦失うとそれはもう大変。
分かりやすく言うと、基本が「船の上」にいるようなふわふわ感で、
その上で、自分の意識している視界、つまり見ようとするモノ、景色が
いちいちとグラつくのだ。

言葉で説明するのはとっても、難しい。
私たちは普段、立つのも、歩くのも、テレビを見るのも、メールをするのも
意識こそしていないが、
視覚=目で見た情報と、
身体の感覚=前庭神経の感知した感覚
この二つをを上手く連動させて行っている。

それがいちいち上手くいかない。
結果どうなるかというと、船酔い、車酔いのように何をしても
気分が悪くなってしまう。

ようやく立てるようになったのが、入院6日目。
そろそろと歩く練習をして、フラフラのまま約二週間でとりあえず退院。

「前庭神経炎」と病名こそ付いたが、この病気実ははっきりと原因が分かってない。
なので、薬もいわゆる対症療法的なものばかり。
しかも、先生から通告されたのは「一度炎症を起こした(前庭)神経細胞は再生しない」
ということ。
ただ、それで絶望的かというと、人間は良く出来ているもので、
失った片方の前庭神経の機能を脳が代替してくれるという。
フラフラ、くらくらしたままリハビリを続けていれば、普通の生活に戻れますよ、
と笑顔で言われた。
ただ、その「脳が代替する」までの期間は1~数ヶ月となんともアバウトな説明。
不安を残したまま、退院した。

その後帰ってきて、二週間くらいは家の中で歩くのがやっと。
何をしてもすぐに酔って気分が悪くなってしまう。
一か月を過ぎた頃から、ようやく船酔いからは開放された。

五月に入って、リハビリに外を歩いてみると、これまた軽いショック。
家の中とは違って、外だと視界に入ってくるモノの距離感が
あまりにバラエティに富んでいるので、脳が追いついていかない。
また、すぐにくらくら、フラフラしてしまう。

この辺りから、「これ、本当に治るの??」という不安めいた思考が自分を
支配するようになってきた。
だって、正直すべての景色がフラフラくらくらしていたら、気分もつられて
フラフラくらくらしてくる。
現に、この病気の後遺症でうつ病になったり、精神が不安定になる人も
多いという。
そして、もれなく私も病院で安定剤をもらうことに。

身体と心は連動していて、平衡感覚と同時に、心の安定も失われていく。

でも、それと同時に、身体は自然と無くなったものを受け入れ、それを補完しようと
変化していく。先生の言っていた「脳が機能を代替する」ということ。
だから、少しずつだけど、フラフラくらくらしている景色に慣れていった。
そう、フラフラくらくらが無くなるのではなくて、それに「慣れる」ことで
普通の生活に戻れるのだ。
そういえば、先生も「治る」とは言ってなかったな。
「また車も乗れるようになりますよ」とか「普通の生活に戻れますよ」とか。

倒れてもうすぐで三ヶ月、まだまだ疲れやすく、車も運転できないけど、
何とかパソコンに向かって文書を打つことが出来るようになった。
正直、この文面も休み休み書いているのだけど。

病気になって、気づいたこと。
倒れる前の自分は本当に忙しすぎた。
後で振り返ってカレンダーを見たけど、予定がぎっしり。
もうちょっと身の丈にあったスケジュールにしないとね。

それから、入院してよかったこと。
子どもたちが、随分成長していることが分かった。
正直、めまいがあまりにひどくて、最初の数日は子どもたちのことをすっかり
考えないでいた。上の子を産んで10年近く、育児という意味で、ここまで
すっかり子どものことから離れた時間は無かったかも。
そして、入院期間中も、不思議と子どもたちのことが心配にならなかった。
良い意味で。
あの子達だったら、大丈夫だろうと。
もちろん、祖母にすぐ来てもらったのも大きいが、
春休み~新学期と不安定になるこの時期、家を留守にするのは忍びなかったけど、
今回は不思議なくらい、子ども達のことを信用できた。
実際、家の手伝いもちゃんとして、いつもと変わらぬ生活を送っていたよう。
おまけに入院中に迎えた私の誕生日のために、手作りのケーキやフエルトの小物などを
一生懸命作って、病院へ持ってきてくれた。
40歳の誕生日を病院で迎えることになったが、思わぬプレゼントに
忘れがたい誕生日となった。
この入院は、子ども達の成長を、しっかり確認できたとっても良い機会となった。

私の体調も、すっかり前のように戻るということは難しそうだけど、
これはこれで、やっていくしかない。
暑い夏を乗り切れるのか、少々不安だけど、ぼちぼちやっていこう。






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最終更新日  2011年06月25日 14時33分56秒
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