と、突然アンジェがJe suis en chaleur.(ジュスイアンシャリュール、私は熱い)とささやいて体を密着させてきた。確かにそうすれば寒さはいろいろな意味で和らぐ。森之宮が羽織っているのはほとんどレインコートのように薄い化繊のバーバリで、アンジェのは手触りがすべすべしていて素人でもすぐに上等だとわかる白いカシミヤだった。どちらかといえばアンジェのコートにくるまれたほうが温かいのだが、ここは見栄を張ってでも自分のコートの前を開いて受け入れることにする。少し腰をかがめて、お姫様は見つかりましたか、と言うせっかくのアンジェの問いかけには答えず、森之宮は眼下に広がる闇の中を指さした。
オールヴワール(さよなら)、と言いながら天使が去っていくのを地上の少年は力なく見送った。かちゃり、と気を使いながらドアを閉める音がした。 着替える気にもならずにベッドに座ると、森之宮は黄色い表紙の仏和中辞典を開いた。 「Je suis en chaleur.」は、『私は発情している』という意味だった。
「私が幽霊です(Je suis le fantome)」 と言った途端、顔色同様、目まで白くなってその場に倒れてしまったので、こりゃやり過ぎだと思いながら門番小屋の中にあった電話の受話器を取った。すぐに大声が聞こえてきた。何を言っているのか一瞬森之宮にはわからなかったので、 「門番が倒れている」 と告げた。