月夜茶会

月夜茶会

2010.07.31
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「覚悟っ!」
 気迫と共に動いた来夢は、呆然としたままの水瀬に容赦なく襲いかかった。

 グシャッ!
 ドンッ!
「この馬鹿野郎っ!」
「高原っ!」
「医者よ医者っ!」


 …………
 ……


 一体、何が起きたのかは考えたくない。
 ただ、水瀬は、自分が夢を見ていることは、はっきり自覚していた。
 でなければ、この人が僕の前にいるはずがない。

 水瀬の夢。

 それは、水瀬の過去のことだった。


 2年前。
 国連軍呼称“ホテル・ライン”

 魔族との戦争において、“大反攻”作戦が実行に移された頃。
 当時の水瀬が所属していた部隊は、警視庁騎士警備部と共同作戦をとっていた。
 連日の戦闘の中で、水瀬はある人物を出会った。
 背の高い、ニヒルな顔立ち。

 いつもタバコを手放さない。
 タバコの匂いの中に、妖魔特有の血のにおいがプンプンする、危険な人物。
 警視庁の高原警部だと、名前は人づてに知った。

 思春期の男の子が、不良に憧れるように、水瀬もまた、彼に憧れた。

 水瀬は、彼になりたいと、本気で思っていた。


 そのしゃべり方。
 ちょっとしたことまで、何とかマネようと、無駄な努力をしていたのが、当時の水瀬だった。

 そんな水瀬が、一つだけ出来ないことがあった。

 タバコだ。

 どうやって火をつけているのか。
 水瀬は、それがどうしてもわからなかった。

 警官達の忘れ物から盗んだタバコを一本、こっそり物陰で口にくわえ、火をつけても、タバコの端が焦げるだけでどうしても火がつかない。
 警部は格好良くタバコを吸っているのに、どうして?

 すっかり、タバコに熱中していた水瀬が、自分の前に誰か立っているのに気付いたのは、その時だった。

 高い背が日の光のほとんどを水瀬から奪う。
 不意に、あたりにタバコの匂いが立ちこめた。
「?」
 逆光で顔が見えない。
 まぶしそうに、水瀬が上を見上げた時、
「くわえたまま、息を吸え」
 声は重いが、どこか愉快さをかみ殺したような、人をバカにしたような声がした。
 水瀬は、それが誰の声か知っていた。

「あ……あの」
 水瀬は、本気で気まずく思った。
 自分を見下ろしているのは、高原警部だった。
 別に怒っているようには見えない。
 どうやら面白がられている。
 それだけはわかった。

「口にくわえて」
 高原警部は、もう一度そう言うと、ポケットからタバコを取りだし、口にくわえた。
「息を吸え」

 水瀬は言われたとおりに息を吸った。
 火をつける前のタバコ独特の匂いと、焦げた先端の匂いが混じったものが、水瀬の気道に入り込んでくる。
「そのまま」
 ポケットから取りだしたジッポの火が、水瀬のタバコの先端に火をつけた。
 生まれて初めて吸ったたばこの煙が、肺の中へすぐに飛び込んでくる。
 ゲホッ!
 水瀬は激しく咳き込むと、口元を抑えた。
 頭がグラグラして気持ちが悪い。
 こんなもの、何がいいんだろう。
 指に挟んだタバコを前に、困惑する水瀬に、高原警部は言った。
「気持ち悪いだろう?」
「……はい」
「そのうち、慣れてくる。これが無しだと耐えられない位にな」
「ほ、本当ですか?」
 こんな気持ち悪いのに?
 その言葉を、水瀬は口には出さなかった。
「娘からはやめろやめろの大不評だが……父親とタバコはワンセットだ」
「……はぁ」
「そのうち慣れろ。二十歳過ぎてからな?」と小さくウィンクした。
「―――それと、だ」
 タバコをどうしたものか迷う水瀬に、高原警部は言った。
「ガキが警官の前でタバコ吸うとどうなるか、知っているか?」
「えっ?」
「―――こうだ」
 ガンッ!
 水瀬の脳天を高原警部のげんこつが直撃した。
「―――っっ!」
 瞼の裏に星が飛んだ水瀬は、その痛みに思わず頭を抱えた。
 悲鳴すら言葉にならない。
「わかったか?」
 そう訊ねられても、水瀬は頷くのがやっとだ。
 父親のげんこつより痛いものが、この世に存在するとは思わなかったのが、水瀬の本音だ。
「人前で吸うのは二十歳過ぎてからだ―――それ以下はバレないように吸え」
 警官とは思えない一言を残して、高原警部は踵を返した。
「―――ああ。そうそう」
 ピンッ
 そんな音がして、高原警部の方角から、弧を描いて飛んできたものが、水瀬の頭に命中した。
 痛くない。
 すごく軽いものだ。
「?」
 手に取ると、握りつぶされたタバコの空箱だった。
「―――捨てておけ」
 理不尽だ。
 その時は、そう思った。
 だが、水瀬はその理不尽さが、何だかとても好きになった。
 タバコは吸えなかったが、水瀬は高原警部を追い求めることはやめなかった。


 ……ああ。

 あの人の得意技も、平突きだったなぁ……。
 左利きで、突き技の鋭さはすごいものがあったっけ。

 ……
 意識がはっきりしてきた。
 体が妙に痛い。
 どこかケガしているな。
 体の感覚が戻るのを感じながら、水瀬の意識は、夢から遠ざかっていった。








●●でっちの助六より
 いろいろありましてご迷惑をおかけしています。
 連載再開です。
 断筆状態が続いていたせいで、執筆能力がかなり落ちています。ほとんどリハビリ中の状態です。頑張りますので、これからも気長におつきあい下さいませ。
 鷹嶺の御主人様。
 いつも励ましてくれてありがとうございます。
 出来ればお金と就職先も……ぐすっ。







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最終更新日  2010.07.31 12:23:30
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