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冷たい夏の日の夕方、25歳の青年が自死を図った。意識が戻らないまま彼は脳死状態に。生前、心を病みながらも自己犠牲に思いを馳せていた彼のため、父親は悩んだ末に臓器提供を決意する。医療や脳死問題にも造詣の深い著者が最愛の息子を喪って動揺し、苦しみ、生と死について考え抜いた11日間の感動の手記。
【中古】【古本】犠牲 我が息子・脳死の11日/柳田邦男
なんだか最近『死』に近いところに関する本が続きましたが
こんな内容の本を手にするってことは自分、今、心が元気な証拠です。*当社比
凹んでるときこんな系統の本、シャレになりませんから(笑)
・・ということでこの本は『零戦燃ゆ』の柳田さんの息子さんの自死から脳死、そして
臓器提供という経過を柳田氏の目を通して極めて淡々と、そして
極めて理屈っぽく
書かれたドキュメントです。
”脳死”もひとつのテーマではあるんですが息子さん、そしてこのときの
奥さんも精神科にかかっていたということもあり、
息子さんの内面を知ろうという模索も平行して書かれていますが
これがまた・・・。
そんなこと根つめて考えてたら病気になっちゃうのは当たり前だけど
病気だから考えるのをやめられないんだろうなぁ、という
鶏か卵かみたいな思考にはまり込んでしまいます。
そもそもタイトルの『犠牲』の捕らえ方もかなりクリスチャン的というか・・。
タイトルの意味は直接的には息子さんが好きだった映画のタイトルなのだそうですが
この映画は明日世界の終わりが来ると知った男が何を犠牲にしても良い、
何でもささげますから救済してください、と祈りその日に何も起こらなかったので
家を燃やして捧げて精神病院に送られる話なのだそうで。
世界はこのような一見何も関係がなさそうな犠牲の上に成り立っている、
とか。
・・その”犠牲”はちょっと精神世界に入りすぎていて・・。
イエス・キリストは世界の犠牲になって死んだというのと似ているといえば似ているけど
方や聖人、方や狂人。
その考えによれば脳死に陥った息子さんの”犠牲”によって臓器レシピアントを
救済するって考えられるんだろうけれど・・。
ワタシにとっての”犠牲”とははわかりやすくAの犠牲によってBが救済される、
こと。
たとえばコルベ神父のように。
言いたいことはうっすら解るけれど犠牲って言葉がなんだかしっくりこないんだなぁ。
だって息子さん、生きるのがつらくて自死されたわけで、誰かに臓器を提供するために
亡くなられたわけではないわけで。
もっとしっくりくるのは”提供”とか?そのままか・・。
”託す”とか・・。
柳田さん、現在はこの本の装飾で知り合われたらしい伊勢英子さんと結婚されているようです。
この本に出てくる奥さんとは離婚されたんでしょうか?
なんだかね、そこ、とても気になる。
ぶっちゃけて言えば、奥さん捨てて再婚されたのだとしたら
そのような人が書いたこんなエラそうな文章読みたくない。
精神を蝕まれた家族と生活するのは並大抵の苦労ではないし、
自分の人生ら犠牲にしてしまうような気がするのも当然。
人間だもの、自分が抱えきれない問題は後に残してしまうことだって
アリでしょう。
けど、その場合は多少なりとも後に残してきてしまったものに
すまなく思うキモチ、とか、葛藤、とかあってほしいと思うんだなぁ。
普通、あると思うし。
この本からは少なくともそういった感情が見えなくて。
そう、なんだかちょっと 上から目線。
亡くなった息子さんのことも、奥さんのことも。
日本の脳死の現状の一端を知るにはいいきっかけになる本でしたが
家族の物語として読むとなんだか寒々した本でした。
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