2006年01月17日
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カテゴリ: 回想生活


2日目の夕方頃になって、初めてふと仕事のことを思い出し、ようやく復旧した近所の公衆電話の長い列に並び、会社に電話を入れた。当時の上司は、開口一番「おぉ、心斎橋(仮名)か。みんな心配してたのにオマエ、早う電話ぐらいしてこいよ!」と言った。テレビを見て、被災地の状況が想像できないぐらいアホかこの人は?と思った。さらに「無事か。なら良かった。で、こっちは次のプレゼンの準備で大変なんや。いつ戻ってこれる?」と言われる。あまりの温度差に呆れ、半ば怒りを抑えながら「さぁ、わかりません。目処が立ったらまた連絡します」とだけ言って電話を切った。一方、会社の後輩のH君が大阪から神戸の我が家まで自転車で水や食料を持って訪ねてきてくれたのには驚き、気持ちの中で彼のポイントが15点ほどアップした。

我が家を除く周辺の家は、両隣や裏手の家など6軒ほど、外観は無事そうだったのだが実際はすべて全壊。自宅の建物自体は当時まだ築10年も経っていなかったためか壊滅的なダメージは免れたが、問題は地盤であった。もともと自宅の立っているあたりの土地一体は、昭和30年代に山の斜面を切り開いて宅地開発したような場所で、我が家は地震による地盤のズレで斜面の下に向かって1mほどズリ落ちる格好になってしまったのだ。自宅の中はなんとか片付けて寝る場所もできたが、その後何度も大きな余震が続き、いつ家ごとズリ落ちるかと気が気ではなかった。結局、母と妹は遠方に住む長男である兄の家族のところに緊急避難し、自宅には父とワタシと犬だけが残った。
昼間は、自衛隊の給水車にポリタンクで水をもらいに行ったり、近所の集会所で配られるカップラーメンやおにぎりの配給を受けたり、ほとんど粗大ゴミと化した家財道具をせっせと処分したりしながら、夜になると、寝ている最中に家が崩れるのが怖かったので父と一緒に近所の学校の校庭にクルマを止めて毎晩その中で仮眠していた。

1週間ほどが過ぎ、依然水道は止まったままの不自由な生活だったが、家の片付けはまぁまぁ一段落したため、会社に出ることにした。神戸から、延々と徒歩とバスを乗り継ぎ数時間かけて大阪の梅田に着いたときは、被災地とのあまりのギャップに愕然とした。「普通やんけ」。神戸では当たり前の格好だった首に巻いたマフラー代わりのタオルもリュック姿も、大阪では完全に浮いてしまうほど、梅田はいつもと何ら変わらずキチンとした格好の人々が慌しく行き交っていた。距離にして20キロほどしか離れていない大阪が、こんなに平常通りとは知らず、何か騙されたような、疎外感のような、複雑な気分であった。

その後ワタシは父と犬を自宅に残し、大阪に単身赴任で来ていた営業部のM部長のマンションの空き部屋を借りて、2ヶ月ほどの下宿生活を送った。このM部長は、甲子園に出場経験のある名門高校出の元高校球児で、会社の野球部のカントクもしていた超体育会系の髭オヤジであったのだが、ワタシには妙にやさしくしてもらった。毎晩M部長よりも遅く深夜に帰宅するワタシに、「手ごねハンバーグ」を作って待ってくれていたり、風呂の支度やパンツの洗濯、ワイシャツのアイロンがけまでまことに甲斐甲斐しくやってくれるので、感謝しつつもいつか男同士の危険な雰囲気になりはしないかと、被災地生活とはまた違った意味で緊張感のある日々であった。

あれから10年。崩れかけた地盤を埋めて固める結構大がかりな工事を経て神戸の実家は住める状態になったが、今でも家は少し傾いたままで、ビー玉などは良く転がる。家財や趣味の食器類などをほとんど失い、「もうモノは一切いらない」と宣言していた母だったが、今、実家には震災前よりもモノで溢れて収納場所に困っている。犬のタローは震災の翌年、一気に足腰が弱って死んでしまった。犬の散歩が唯一の趣味だった父は定年退職後することがなくなり、すっかり足腰が弱ってしまった。


たまに神戸の実家に帰っても、さすがにもう普段は震災当時の想い出話をすることもないが、1月17日が来るとついあの日撮ったビデオを見たりして、おさらいをしてしまうワタシである。





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最終更新日  2006年01月17日 13時35分18秒
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