2007年08月10日
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テーマ: たわごと(27380)
カテゴリ: 雑考生活


日頃から身の回りの整理整頓がキチンとできているヒトは何ら問題ないのだが、そうでないヒトはもうどうしようもない状態で、日々あちこちで書類の雪崩れが起きたりしているから大変である。

職場の先輩と昼飯を食いながら、社内監査の話の流れで「整理整頓」の話題になった。先輩曰く、「Pマークのために整理整頓せよっていっても、取り繕うだけだしやる気出ないんだよね」と。そこで「じゃ、監査の話は置いといて、普段の整理整頓って何のためにするんだと思います?」とワタシが聞くと、「散らかってるから・・・じゃないの?」と、質問の意図がイマイチわからない様子の先輩。そこから、世間ではほとんど問題にされることもない「整理整頓の目的」というテーマについての話になった。ワタシの思う「整理整頓」とは以下のようなことである。

整理整頓は、「散らかってるから片付ける」というのはもちろんその通りなのだが、もう一歩踏み込んで「じゃあ、散らかってるから片付けるのは、何のためか」。
整理整頓をするという行為は、その先の目的が必ずセットになっている。例えば過去に貰った名刺や、机上に積み上げた資料や企画書などを整理しようとするとき、「要るか要らないか」「どんなカテゴリーで整理するか」等々の判断は、無意識であったとしても、その先に自分がやろうとしていることの延長線上にすべてつながっている。つまり、仕事に関する物を整理するということは、この先やるであろう仕事の方向性を自分で決めていく作業である。
これが自宅の片付けでも、話はまったく同じである。散らかった本やCDや服や家具を、片付けたり捨てたりインデックスを付けたりするというのは、そこから先に自分がどういう趣味や暮らし方をするかを決めていく行為そのものである。

ではさらに、「じゃあ、いま整理整頓している仕事や趣味や暮らしのもろもろは、一体何のためにやっているのか?」というと、究極的には「この先自分がどんな風に生きていくのか」ということに、そのままつながっている。つまり、いま机の上の要らない資料を何の気なしに捨てたり保管したりしている作業は、そのままそのヒトの今後の生き方にまでつながっていたりするということである。
だから、誰もが単なる面倒くさい雑務としか思っていない日頃の「整理整頓」の作業というのは、なかなか侮れない行為なのである。

本日も明け方泥酔帰宅してここまで書いたまま寝てしまったが、いま読み返すと極めてあたりまえすぎてつまらんこと書いてるなぁワシ。
けどそれはいつものことなので、まぁいいか。






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最終更新日  2007年08月10日 12時40分06秒
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