ぼくの細道・つれづれ草

ぼくの細道・つれづれ草

2006.08.11
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       俳句、和歌、詩はリンクすることが多い。
       有名な漢詩、杜牧の「江南春」。
          千里鶯啼緑映紅
          水村山郭酒旗風
          南朝四百八十寺
          多少楼台烟雨中
       江戸中期の俳人で芭蕉の門人のなかでも 
       十哲の一人に数えられた服部嵐雪の句。

          はぜ釣るや水村山郭酒旗の風

       晩唐時代の女流詩人杜秋娘の詩「金褸衣」。
          君に勧む金褸の衣を惜しむなかれ
          君に勧むすべからく少年の時を惜しむべし
          花開きて折るに堪えなば直ちにすべからく折るべし
          花無くして空しく枝を折ることを待つなかれ

       詩人佐藤春夫はこの詩をこのように訳した。
            綾にしき何をか惜しむ
            惜しめただ君若き日を
            いざや折れ花よかりせば
            ためらはば折りて花なし

       唐の詩人コウイ(734~?)の詩「秋日」。
          返照閭巷(りょこう=村里)に入り
          憂え来るも誰と共にか語らん
          古道人の行くこと少(まれ)に
          秋風禾黍(かしょ=コーリャン)を動かす

       松尾芭蕉はこの詩を基として次の句を作った
       といわれる。

          あかあかと日はつれなくもあきの風          此の道や行人なしに秋の暮

       歌人の会津八一は、この詩を短歌にした。

       いりひさすきびのうらはをひるがへし
                 かぜこそわたれゆくひともなし 

       詩は詩のジャンルのなかでリンクするだけではなく
       小説にも展開する。その典型を井上靖の散文詩
       と小説「猟銃」にみることができる。

          小説『猟銃』の書き出しはこうである。
        < 私は日本猟銃倶楽部の機関誌である「猟友」という
         薄っぺらな雑誌の最近号に「猟銃」と題する一編の詩
         を掲載した。
          斯う言うと、私は狩猟に多少なりとも関心を持ってい
         る人間のように聞えるかも知れないが、もともと殺生
         を極度に嫌う母親の手に育てられて、未だ曾て空気
         銃一挺手にした経験はないのである。 >

       この小説の原型ともいうべき、作品のイメージ、思想は
       散文詩『猟銃』に凝縮されている。その書き出しはこう
       である。

         なぜかその中年男は村人の顰蹙を買い、彼に集る
         不評判は子供の私の耳にさえも入っていた。
         ある冬の朝、その人がかたく銃弾のバンド(腰帯)
         をしめ、コールテンの上衣の上に猟銃を重くくいこ
         ませ、長靴で霜柱を踏みしだきながら、天城への
         間道の叢をゆっくりと分け登ってゆくのを見たこと
         があった。
         それから二十余年、・・・                   

       * この項漢詩に関する部分は「漢詩に遊ぶ」松下緑
         (集英社文庫)を参考とした。






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Last updated  2006.08.11 17:10:24
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