アオイネイロ

May 18, 2009
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カテゴリ: 小説
雨が嫌いでした。
寂しくなるから、雨は嫌いでした。
だけど……。


「りーんっ!」
声をかけられて、凜は振り返った。
髪の短い、よく見知った顔。
仏頂面で表情の変わらないあの人によく似た、けれど全然違う人。
「疾斗。久しぶりですね」
ふわりと笑って声をかければ、倍以上の笑顔が返ってくる。


「ふふっ、賑やかそうですね」

ため息と共にそう言う疾斗に、凜がクスクスと笑う。

「あんな所にいるからか、みんなつまんなそうなんだ。なんとかしてやりたいんだけどなぁ」
「そうですね。せめて花でも生えたら楽しそうですけど」

疾斗の言葉に考え考えそう返していると、突然後ろから抱きしめられた。
「はや、と?」
「あー、久々だなぁほんとに。やっぱ凜の傍が落ち着くなー」
きょとんとして声をかければ、上からそんな声が降ってくる。
「もう……。私の話聞いてましたか?」
赤くなる顔を誤魔化すように、少し怒ったようにそう言ってみた。
「勿論。俺が凜の声をひとつでも聞き逃すわけねーだろ?」


「は、疾斗っ!」
「あははっ!」

お互いに笑みが零れる。会えない分だけ、その隙間を埋めるように距離を縮めて……。
「どっか出かけるか?」
疾斗がそう言って、凜の手を取る。


「花がいっぱい生えてる場所ってねーかな?」

歩き出しながら、疾斗がそう言い出して近くの草原へと向かう。
春は沢山の花が咲き乱れていたが、季節は既に秋。
さすがに花は咲いていなかった。

「咲いて、いませんね……」
「そうだなー。草はいっぱいあるのになぁ」

少し残念そうな声を出せば、疾斗は特に気にした風も無く数歩足を進めて辺りを見渡しながらそう言った。
その時、

ポツリ

と、冷たい感触が凜の頬を叩いた。
「え……?」
「あ……」
思わず声を上げれば、疾斗も気付いたように声を出す。
「雨だっ!」
そう叫んで、凜の手を取って走り出した。
近くの木の下に入る頃には、雨はザアザアと降り注いでいる始末。
「あー、暫くは止みそうにねぇな」
ぽつり呟いて空を見上げる疾斗。
先ほどまで快晴だった空は、暗い雲に覆われていた。
「寒いですね」
自分の体を抱きしめながら、凜がぽつりとそう漏らす。
「疾風みたいにローブでもしてればなぁ……」
そんな事を言いながら、疾斗が凜を抱きしめた。

雨が静かに降り注ぐ。
自分と、大切なこの人との時間が過ぎてしまう。
邪魔をしないで……。
ずっと一緒にいたいとは願わないから、せめてこの時間だけでも
色々な所に行きたいんです。
沢山笑いたいんです。
だから………。

「凜?」
疾斗の服をぎゅっと掴んで、知らず、体が震えていた。

「寒いのか?」
「あ、いえ。大丈夫です」

問いかけられて、凜は慌てて顔を上げると微笑む。
けれど疾斗は、複雑そうな瞳で凜を見つめてその額にそっと唇を近づけた。
「え……疾、斗?」
顔が熱くなる。頬が赤くなるのが自分でもよく分かった。
「ずっと傍にいてやれなくて、ごめんな」
静かに、疾斗はそう言う。

嗚呼、何で……。
この人はいつもいつも、私の欲しい言葉をくれるのだろう。
まるで心を見透かしているように
いつも、優しくて……

「大丈夫です。待って、いますから」
泣きそうになった。けれど、笑った。
そんな二人に、そっと光が差し込む。
「お、雨が上がったな」
疾斗がそう言って空を見上げる。
厚い雲の隙間から、まるで空にひびが入ったかのように日差しが差し込んでいた。
柔らかい風が吹いて、雲が流されてゆく。
「凜、虹だっ!」
まるで子供のように、はしゃいで、笑顔で疾斗がそう言う。
凜は思わずクスリと笑った。
「あの虹を渡って、俺が凜に会いに行く。そしたら、雨の日も寂しくなくなるだろ?」
名案だとでも言うように、疾斗が笑顔で凜の方を振り返るとそう言った。

「ふふっ、さながら疾斗は太陽ですかね」
「お、なら凜は花だな」

凜の言葉に、疾斗がその場にしゃがんでそう言う。

「花?」
「花ってのは、太陽に照らされて輝くもんなんだぜ?」

問いかければ、疾斗が立ち上がってそう言った。
そして、凜の前に小さな花を差し出す。
足元に咲いていたらしい、気付かなかった小さなコスモス。

「それなら、私は疾斗が居ないとダメみたいですね」
「俺も、凜がいないとダメかもしれないな。なら俺にとっては凜が太陽なのか?」

お互い顔を見合わせてクスクスと笑う。
そんな中、疾斗が凜の髪にそっとコスモスの花を挿した。
そのまま疾斗が凜に顔を近づけて……。
お互いの距離がゼロになる。
会えない分だけ、傍に居て。
会えた時の距離はいつも近くて、それがくすぐったくて、愛おしかった。


雨が嫌いでした。
寂しくなるから、雨は嫌いでした。
だけど……
雨が上がれば貴方に会えるのなら、雨も好きになれるような気がします。
太陽のような貴方が居るのなら
暗闇から救いだしてくれるのなら
きっと私は、とても幸せなんでしょうね。





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Last updated  May 18, 2009 07:12:02 PM
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