ねこのみち The cat and the tao

ねこのみち The cat and the tao

銀河鉄道の夜

銀河


        ぼくは立派な機関車だ。
        ここは勾配だから早いぞ。
        ぼくはいまその電燈を通り越す。
       そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。
       あんなにくるっとまわって、前の方へ来た。


銀河3

「おっかさんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」
 「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸いになるなら
   どんなことでもする。
  けれどもいったいどんなことが 
  おっかさんのいちばんの幸いなんだろう」
「ぼくわからない。けれども、だれだって、
  ほんとうにいいことをしたら、
 いちばん幸いなんだねぇ。
だから、おっかさんは、ぼくをゆるしてくださると思う」

銀河2

(ああ、その大きな海は、パラフィックというのではなかったろうか。
その氷山の流れる北のはての海で、
小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、
激しい寒さとたたかって、だれかが一生懸命はたらいている。
ぼくはそのひとにほんとうに気の毒で、そしてすまないような気がする。
ぼくはそのひとのさいわいのために いったいどうしたらいいのだろう)

ジョバンニは首をたれて、すっかりふさぎこんでしまいました。

「なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでも、
それがただしいみちを進むなかのできごとなら、峠の上りも下りもみんな
ほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」

灯台守がなぐさめてました。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るために
いろいろのかなしみもまたみんな、おぼしめしです」

青年が祈るようにそう答えました。

銀河5

(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。
僕はもっとこころをきれいに大きくもたなければいけない。
あすこの岸のずうっと向こうにまるでけむりのような小さな青い火が見える。
あれはほんとうにしずかでつめたい。
僕はあれをよく見てこころもちをしずめるんだ)
  (ああほんとうにどこまでもどこまでも
     僕といっしょに行くひとはないだろうか)

ぎんが2


「そうよ。だけどいい虫だわ。おとうさんこう言ったのよ。
 むかしのバルドラの野原に一匹の蠍がいて、
小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。 
 するとある日、いたちに見つかって食べられそうになったんですって。
蠍は一生懸命にげたけど、とうとういたちに押さえられそうになったんだわ。
そのとき、いきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったんだわ。
 もうどうしてもあがれないで、蠍はおぼれはじめたのよ。
そのとき蠍はこういってお祈りをしたというの。

 ああ、わたしはいままでいくつもの命をとったかわからない、
   そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときは
    あんなに一生懸命にげた。
それでもとうとう こんなになってしまった。
 ああ、なんにもあてにならない。どうして私はわたしのからだを
            だまつていたちにくれてやらなかったろう。
 そしたらいたちも一日生き延びたろうに。

       どうか神さま。私の心をごらんください。
   こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、
 まことのみんなの幸いのために私のからだをおつかいください。

っていったというの。
 そしたらいつか蠍は自分のからだが、まっかな美しい火になって燃えて
夜のやみを照らしているのをみたって」 

銀河4

  「あなたの神さまつてどんな神さまですか」
 青年は笑いながら言いました。
  「ぼくはほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに
               ほんとうのたった一人の神さまです」
  「ほんとうの神さまはもちろんたった一人です」
  「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうの神さまです」
   「だからそうじゃありませんか。
    わたくしはあなたがたが いまにそのほんとうの神さまの前に、
     わたくしたちとお会いになることを祈ります」
 青年はつつましく両手をくみました。

銀河7

「さあいいか。だからおまえの実験は、
このきれぎれの考えのはじめから終わり
すべてにわたるようでなければならない。それがむずかしいことなのだ。
けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。
ああごらん、あすこにブレシオスがみえる。
おまえはあのブレシオスの鎖を解かなければならない」

「ああ、マジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために
僕のおっかさんのために、カムパネルラのために、みんなのために
ほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ」

「さあ、切符をしっかりもっておいで」
「天の川のたったひとつのほんとうのその切符を
 決しておまえはなくしてはならない」

銀河8

 下流の方の川はばいっぱいに銀河がうつって、
まるで水のないそのままのそらのように見えました。

   ジョバンニは、そのカムパネルラはもう
  あの銀河のはずれにしかいないというような気がして
                  しかたなかったのです。


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