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第19回が成功だったかということは微妙なところだと思います。イタリアのミュージック・シーンも経済成長もピークに達し、どことなく翳りを感じ始めたころとなります。世界的な学生運動のなか、サンレモ音楽祭も抗議デモや爆破予告など物騒な動きも報じられていたようです。 1位から3位までの表彰入賞曲で、優勝曲“涙のさだめ”は前々年優勝のイヴァ・ザニッキ、2位には前年優勝のセルジョ・エンドリゴ、3位は前年親分アドリアーノ・チェレンターノに曲を奪われ裁判沙汰の大喧嘩となったドン・バッキーとそのパートナーの実力派歌手ミルバの顔合わせで、順当な結果だったといえます。 フランス・ギャル (CGD) ジュニア・マッリ (Jolly) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] しかし肝心のレコードセールスに結びつく年間ヒットランキングにサンレモ音楽祭の曲は優勝・入賞の12曲、14歌手だけで、最大のヒットは新人のナーダが歌った“なんて寒い”の年間ランク9位でした。優勝の“涙のさだめ”のボビー・ソロが24位、イヴァ・ザニッキ50位、2位入賞“瞳はるかに”はビートルズのプロデュースで再デビューし、注目を浴びていたメリー・ホプキンがかろうじて91位、自作エンドリゴは圏外。3位入賞“消えたほほえみ”は自作ドン・バッキーが45位、パートナーのミルバは圏外という結果に終わりました。入賞曲では“過ぎ去ったひととき”ファウスト・レアーリ35位です ロッキ-・ロバ-ツ (Durium) ブレントン・ウッズ (Liberty) ◆ 君だけのぼく Io che ho te (G.D'Adamo - V.De Scalzi - N.Di Palo) 出版社ARISTON – USIGNOLO ニュー・トロルス (compl) New Trolls (Cetra – Fonit Cetra)SP-1392 [45] : レオナルド (vm) Leonardo (Ariston – Ariston) AR-0306 [45] SP-1392 PS- 125 AR-0306
2014.11.17
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◆ しのび泣く今宵 Meglio una sera (piangere da solo) (Nisa - A.Salerno - F.Reitano - M.Reitano) 出版社 COLOSSELO – USIGNOLOクラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (Cetra – Fonit Cetra) SP-1390 [45] : ミーノ・レイターノ (vm) Mino Reitano (Ariston – Ariston) AR-0311 [45] SP-1390 PS- 125 AR-0311◆ あなただけしか Non c'è che lei (M.Terzi - C.A.Rossi) 出版社 CALIFORNIA アルマンド・サヴィーニ (vm) Armando Savini (Philips – Phonogram) 363-736・PF [45] : ソニア (vf) Sonia (V.d.P. – EMI ITALIANA) MQ-2153 [45]363-736・PF MQ-2153 ◆ 恋人だったSe tu ragazzo mio (V.Ferri - G.Ferri - P.Pintucci) 出版社 RCA ガブリエラ・フェッリ (vf) Gabriella Ferri (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3479 [45] : スティービー・ワンダー (vm=a) Stevie (WonderTamla Motown – RCA Italiana) TM-8043 [45]PM-3479 TM-8043 ◆ 沈んだ太陽 Il sole è tramontato (R.Pradella - R.N.Morsella - G.Moschini) 出版社 OLONA エリオ・ガンドルフィ (vm) Elio Gandolfi (Carosello – Carosello) CI-20221 [45] : ケッコ (vm) Checco (Miura –Miura) SRL-10・528 [45] CI-20221 PON・NP-40091 ◆ 汽車 Il treno (V.Pallavicini - E.Isola) 出版社 ARISTON – COLOSSELO - DURIUM ロザンナ・フラテルロ (vf) Rosanna Fratello (Ariston – Ariston) AR-0307 [45] : ブレントン・ウッズ (vm=a) Brenton Wood (Liberty – Blue Bell) BD-8013 [45] AR-0307 HIT-1738 BD-80131969年第19回 以上24曲 “雨”ジリオラ・チンクェッティが健闘の20位、パートナーのフランス・ギャル80位、マルの“美しき君”25位、デビューから破竹の勢いだったカテリーナ・カセルリ(カテリーナ・カゼッリ)の“恋の遊び”は79位の低位置です。 69年で一番の注目株だったリチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)の“冒険”は年間ランク70位に止まりでしたが、ほかの彼の曲では“心によみがえれ(MI RITORNI IN MENTE)”は同11位になる大ヒット、“碧い水、澄んだ水(ACQUA AZZURRA, ACQUA CHIARA)”が19位になり、ナーダとともに69年を代表する歌手となりました。この年の年間ナンバーワンはフランスのジョルジュ・ムスタキ(GEORGES MOUSTAKI)“異国の人(LE METEQUE)”、アドリアーノ・チェレンターノ(CELENTANO,ADRIANO)の“恋物語(STORIA D'AMORE)”が2位、3位がミーナ(Mina)“信じられない(NON CREDERE)”でした。 あと気を吐いたのは“バダ・バンビ-ナ(Bada bambina)”の26位リトル・トニー(Little Tony)外人ではフランスのアントワーヌ(Antoine)“愛の妙薬(Cosa hai messo nel caffè)”は73位ですが、国内盤は発売されませんでした。“ズッケロ(恋のズッケロ)(Zucchero)”の大物でサンレモ期待の初出場リタ・パヴォーネ(Rita Pavone)でいたが往年の人気もなく62位で終わってしまいました。 ソニア (V.d.P.) ショウメン (RCA Italiana) ケッコ (Miura)・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.11.17
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毎年出場歌手の決定で直前までバタバタするのが恒例ですが、第19回は比較的穏当に決まっていったようです。大物歌手で変更になったのは1967年にイタリアでもナンバーワン・ヒット“青い影(A WHITER SHADE OF PALE)”を出したプロコール・ハルム (PROCOL HARUM)が“美しき君(Tu sei bella come sei)”を歌うことになっていたようですが、ナポリ出身のグループ、ショウメンに変更されました。また劇的なサンレモ・デビューをした“天才少女”ナーダですが、彼女の曲“なんて寒い(Ma che freddo fa)”は、日本のヤマハ世界歌謡祭にスアン(Suan)の名前を変えましたが“ティ・アモ (TI AMO)”、“ドンナ・リベーラ(Donna Libera)”を歌ったアンナマリア・バラッタ(Annamaria Baratta)のために書かれた曲でした。 ナーダ (RCA Talent) メリー・ホプキン (Apple) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] 曲の傾向は、当時一大勢力だったR&B (リズム&ブルース)とイタリア歌謡曲との戦いとなりましたが、イタリア的メロディアスな曲が勝利を収めました。R&B的な曲は4位になったファウスト・レアーリの“過ぎ去ったひととき”、9位ルチオ・バッティスティの”冒険“、12位リトル・トニーの“バダ・バンビーナ”、参加曲ではジュニア・マッリ“恋の終わり(ラヴ・ミー・トゥナイト)、ロッキー・ロバーツ“女性が最高”、ガブリエラ・フェッリとスティービー・ワンダーが歌った“恋人だった”などと言えると思います。 リカルド・デル・トゥルコ (CGD) イザベラ・ヤンネッティ (Durium)
2014.11.12
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<入賞曲> 13位 ズッケロ(恋のズッケロ) Zucchero (G.Cassia - S.Bardotti - M.Marrocchi) 出版社 R.R.R. <53> ディク・ディク (compl) Dik Dik (Ricordi – Ricordi) SRL-10・531 [45] :リタ・パヴォーネ (vf) Rita Pavone (Ricordi – Ricordi) SRL-10・528 [45] SRL-10・531 HIT-1615 SRL-10・528 14位 愛の妙薬 Cosa hai messo nel caffè (G.Bigazzi - R.Del Turco) 出版社 ARION <29> リカルド・デル・トゥルコ (vm) Riccardo Del Turco (CGD – CGD) N-9707 [45] :アントワ-ヌ (vm=f) Antoine (Vogue – SAAR) J-53004×45 [45] N-9707 PS- 124 J-53004×45 <参加曲> ◆ 恋の終り (ラヴ・ミー・トゥナイト) Alla fine della strada (D.Pace - M.Panzeri - L.Pilat) 出版社MAS ジュニア・マッリ (vm) Junior Magli (Jolly – SAAR) J-20446×45 [45] : ザ・カジュアルズ (compl=e) The Casuals (Joker – SAAR) M-7019×45 [45] J-20446×45 HIT-1648 M-7019×45 TOP-1437
2014.11.12
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◆ バーチ・バーチ・バーチ Baci baci baci (S.Bardotti - G.Bracardi) 出版社 PEGASOウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi – Ricordi) SRL-10・530 [45] : ザ・スウィ-ト・インスピレ-ションズ (compl=a) The Sweet Inspirations (Atlantic – Ri Fi) ATL・NP-03098 [45] SRL-10・530 HIT-1657 ATL・NP-03098◆ 女性が最高 Le belle donne (V.Pallavicini - P.Conte - M.Varano) 出版社 CURCI ロベルティーノ (vm) Robertino (Carosello – Carosello) CI-20219 [45] : ロッキー・ロバーツ (vm) Rocky Roberts (Durium – Durium) CN・A-9292 [45] CI-20219 CN・A-9292 ◆ 愛のだんらん Una famiglia (A.Testa - M.Remigi) 出版社 D'ANZI メモ・レミージ (vm) Memo Remigi (Carosello – Carosello) CI-20220 [45] : イザベラ・ヤンネッティ (vf) Isabella Iannetti (Durium – Durium) QC・A-1394 [45] CI-20220 QC・A-1394 参加の残りは次回に続く “レウッチョ”クラウディオ・ビルラ(Claudio Villa)は67年(第17回)にイヴァ・ザニッキと“愛のわかれ(Non pensare a me)”でドメニコ・モドゥーニョと並ぶ4回優勝し、翌68年はサンレモ出場をしなかったのですが、「出場してもらえれば、入賞させて恥はかかせない」というような説得をされたのか渋々出場を承諾したようです。ルイジ・テンコの自殺事件以後、色々な方面からの強い要請が通らなくなったのか、“しのび泣く今宵(Meglio una sera (piangere da solo))”は予選第1日目の12曲中11位で見事に落選してしまいました。それ以降クラウディオ・ビルラはサンレモ音楽祭で入賞することはありませんでした。 レオナルド (Ariston) ガブリエラ・フェッリ (RCA Italiana) アレッサンドラ・カッザチャ (Ariston)
2014.11.12
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やっと10月末に引越しをし終わったのですが、荷解きに時間がかかり、以前の生活のリズムを取戻すまで2週間ほどかかりました。とは言えアナログ盤のLPはまだすべて段ボール箱の中、CDも10箱くらいは手つかずになっています。一応封は開けたのですが、収納場所がなくそのまま積上げた状態です。 ブログのジャケット画像や原稿、資料はハードディスクの中(データが壊れることもなく)なのでブログを書くことができますが、すぐに書くには至りませんでした。 各回を調べたわけでないので確定的なことは言えないのですが、この第19回の初参加歌手たちはただ一度だけの人たちがことのほか多いように思えます。まず外人歌手は3回目のアントワーヌ、2年連続出場のウィルソン・ピケットを除けば参加に終わったスティービー・ワンダーを含め6歌手がただ一度だけです。 イタリア人歌手も初出場17歌手の内、第19回のみが10歌手なのでかなり多いといえると思います。その内、過去の出場者ミーナのようにその後の歌手活動、ヒット曲には関わらない歌手と同系のルチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)もいますが、“一発屋”で終わった歌手もいます。 スティービー・ワンダー(Tamla Motown) ロザンナ・フラテルロ (Ariston) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場 司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon) 楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。 オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli) 形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。 初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数 RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1] <入賞曲> 7位 美しき君 Tu sei bella come sei (G.Cassia - S.Bardotti - M.Marrocchi) 出版社 RCA <93> ショウメン (compl) The Showmen (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3483 [45] : マル (vm) Mal (RCA Italiana – RCA Italiana) PM-3481 [45] PM-3483 PM-3481 8位 恋の遊び Il gioco dell'amore (F.Migliacci - I.Callegari) 出版社 TIBER <86> カテリーナ・カセルリ (vf) Caterina Caselli (CGD – CGD) N-9705 [45] : ジョニ-・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD – CGD) N-9708 [45] N-9705 HIT-1612 N-9708
2014.11.09
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9位 冒険 Un'avventura (Mogol - L.Battisti) 出版社EL'&CHRIS (FAMA) <69> ルチオ・バティスティ (vm) Lucio Battisti (Ricordi – Ricordi) SRL-10・529 [45] : ウィルソン・ピケット (vm=a) Wilson Pickett (Atlantic – Ri Fi) ATL・NP-03097 [45] SRL-10・529 ATL・NP-03097 10位 愛の詩 Quando l'amore diventa poesia (Mogol - P.Soffici) 出版社 ALFIERE - SUPER SONIC <63> マッシーモ・ラニエリ (vm) Massimo Ranieri (CGD - CGD) N-9710 [45] : オリエッタ・ベルティ (vf) (Polydor – Phonogram) NH59-818 [45] N-9710 HIT-1613 NH59-818 DP-1733 11位 ピッコラ・ピッコラ Piccola piccola (V.Buonassisi - G.Bertero - A.Valleroni - M.Marini) 出版社 RIMI - OLONA <59>アレッサンドラ・カッザチャ (vf) Alessandra Casaccia (Ariston – Ariston) AR-0305 [45] : カルメン・ヴィラーニ (vf) Carmen Villani (Cetra – Fonit-Cetra) AN-4172 [45] AR-0305 SP-1393 HIT-1667 12位バダ・バンビーナ Bada bambina (F.Migliacci - B.Zambrini) 出版社 DURIUM < 54> リトル・トニー (vm) Little Tony (Durium - Durium) Ld・A-7625 [45] : マリオ・ゼリノッティ (vm) Mario Zelinotti (Durium – Durium) CN・A-9294 [45] Ld・A-7625 CN・A-9294 入賞曲の残りは次回に続く
2014.11.09
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ディク・ディク (Ricordi) カジュアルス (Joker) ニュー・トロルス (Cetra) この年初出場のレコード会社はミウラ(MIURA)1社だけでした。1968年音楽業界に進出しようと考えていたミラノの実業家ロレンツォ・サンピエトロ(Lorenzo Sampietro)によってミラノに設立されたレコード会社です。彼は最初から音楽事業を起こすのではなく経営危機に陥っていたGTAというマイナー・レーベルを買取る方法をとり、カリッシュ、MRCの国内販売権も獲得しましたが、活動は4年間で終わり、レコード会社は閉じられました。 母体となったGTAは楽団指揮者で作曲家のジジ・チケレーロ(Gigi Cichellero)が1965年に設立したレコード会社で、オーナーのジジ・チケレーロ楽団、トゥリオ・ガロ楽団の演奏ほか、ニコラ・リリアーノ、レナータ・マウロやジャズ・ヴォーカルなどジャズ系の曲を多く出しています。日本の国内盤では日本ビクターからアル・コルヴィン(AL KORVIN)のトランペット演奏でシングル盤とコンパクト盤(4曲入りミニLP)が1枚づつ発売されています。 ミウラはGTAのシングル盤のレコード番号も引き継いでいるので、どうもGTAをロレンツォ・サンピエトロが買取り、社名(レーベル名)を変えて活動を続けたと館耐えてよいと思います。 JET-1679 (1966年7月 GLOBE -日本ビクター) ドクトル・ジバゴ (LARA'S THEME)/ジョセフのトランペット (JOSEPH'S TRUMPET SHAKE) アル・コルヴィン (tp) JET-1679 SJET- 462 SJET- 462 (1967年9月 GLOBE -日本ビクター) 愛のセレナーデ/ララのテーマ (THIS IS MY SONG) アル・コルヴィン (tp) 1. 愛のセレナーデ (THIS IS MY SONG) 2.ボンジュール・マダム (BONJOUR MADAME) 3.ララのテーマ (LARA'S THEME) 4.ジョセフのトランペット (JOSEPH'S TRUMPET SHAKE) また岸洋子のイタリア・デビュー盤がキングから発売されています。
2014.11.09
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また岸洋子のイタリア・デビュー盤がキングから発売されています。 HIT-1428 (1967年5月10日) この愛に生きて (IO PER AMORE)/想い出のソレンツァーラ (SORENZARA) 岸洋子 (vf=j) HIT-1428 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。 ・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。 ・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。 ・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.11.09
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長らく引越しの準備を理由にブログをお休みしておりましたが、再開いたします。といっても、まだ引越しが終わったわけでなく、それどころかもう1週間後に迫っていますが、何もかも片付けてしまい、パソコン位いしか生きていません。他にすることもなく(?)、ブログを書くのを再開しました。といっても引越し当日には当然書くこともできず、変わってから荷ほどきや収納の作業もあるので、以前のペース(2日に1度)で書くことはできないと思います。さて続きは1969年第19回サンレモ音楽祭のデータからになります。 1962年から68年までオーガナイザー(監督)をしていたジャンニ・ラヴェーラ(Gianni Ravera)から1960年と61年にオーガナイザーだったエツィオ・ラダエリ(Ezio Radaelli)に交代します。メイン司会もマイク・ボンジョルノやピッポ・バウドというラヴェーラ系の司会社ではなくヌッツ・コスタが起用されました。 芸能界の力が区間経過次の70年と71年はラヴェーラとラダエリの2人がオーガナイザーとなっています。69年は久々のラダエリの影でヴィンチェンツォ・ミコッチ(Vincenzo Micocci)が動いていたといわれています。リコルディから7人、RCA Italianaが6人の出場歌手を出しているのを見るとなるほどと思わせるます。 リタ・パヴォーネ (Ricordi) ルチオ・バッティスティ (Ricordi) 第19回 1969年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:ヌッチオ・コスタ (Nuccio Costa)、ガブリエラ・ファリノン(Gabriella Farinon)楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督エツィオ・ラダエリ (Ezio Radaelli)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社14社で初出場1社、外人歌手のみの出場会社は1社です。 [数]は外人歌手数RICORDI 7[0]; CGD6[1]; RCA ITALIANA 6[1]; FONIT CETRA4[0]; DURIUM 4[0]; ARISTON 4[0]; RI FI 4[2]; CAROSELLO 3[0]; SAAR 3 [2]; PHONOGRAM 2[0]; V.C.M. 2[1]; DET(CAM)1[0];新MIURA1 [0]; BLUE BELL 1 [1]<優勝> 涙のさだめ Zingara (L.Albertelli - E.Riccardi) 出版社 MI MO - RITMI E CANZONI <237> ボビ-・ソロ (vm) Bobby Solo (Ricordi – Ricordi ) SRL-10・527 [45] : イヴァ・ザニッキ (vf) Iva Zanicchi (RI FI – RI FI) RFN・NP-16327 [45] SRL-10・527 HIT-1616 RFN・NP-16327 SFL- 1214<2位> 瞳はるかに Lontano dagli occhi (S.Bardotti - S.Endrigo) 出版社 USIGNOLO < 228> セルジョ・エンドリゴ (vm) Sergio Endrigo (Cetra – Fonit Cetra) SP-1391 [45] :メリ-・ホプキン (vf=e) Mary Hopkin (Apple – EMI ITALIANA) APPLE- 7 [45] SP-1391 HIT-1611 APPLE- 7 AR- 2446<3位> 消えたほほえみ Un sorriso (Don Backy - D.Mariano) 出版社EL'&CHRIS (FAMA) <251> ドン・バッキー (vm) Adriano Celentano (Amico – DET (CAM)) DB-003・NP [45] : ミルバ (vf) Milva (Ricordi – Ricordi) SRL-10・521 [45]DB-003・NP HIT-1614 SRL-10・521 HIT-1616<入賞曲>4位 過ぎ去ったひととき Un'ora fa (L.Beretta - E.Pirazzini - G.F.Intra) 出版社 RI-FI Mus <154>.ファウスト・レアーリ (vm) Fausto Leali (RI FI - RI FI) RFN・NP-16328 [45] :トニー・デル・モナコ (vm) トニー・デル・モナコ (vm) (Ricordi – Ricordi) SRL-10・532 [45] RFN・NP-16328 SRL-10・532 PS- 1235位 なんて寒い Ma che freddo fa (F.Migliacci - C.Mattone) 出版社 RCA < 141 >.ナーダ (vf) Nada (RCA Talent – RCA ITALIANA) TL- 19 [45] :ザ・ロークス (compl) The Rokes (ARC – RCA ITALIANA) AN-4172 [45] TL- 19 SS-1886 AN-41726位 雨 La pioggia (G.Argenio - M.Panzeri - D.Pace - C.Conti) 出版社 TEVERE < 116 >.ジリオラ・チンクェッティ (vf) Gigliola Cinquetti (CGD - CGD) N-9706 [45] :フランス・ギャル (vf=f) France Gall (CGD – CGD) N-9709 [45] N-9706 HIT-1613 N-9709入賞曲の残りは次回に続くヴィンチェンツォ・ミコッチの影響力を感じさせるのはリコルディで育てたボビー・ソロを復活させ、結果としては初出場で唯一となったルチオ・バッティスティ(ルーチョ・バティスティ)やリコルディに移籍ごとは言え、アンチ・サンレモ派だったリタ・パヴォーネも初出場を果たしました。日本人にとっては、カンツォーネ・ブームと言われていましたが、強力な大ヒットが出ず「今一」さがぬぐえない停滞感がありましたが、ジリオラ・チンクェッティの入賞曲「雨」が大ヒットして、ようやく息を吹き返したようです。業界内では『慈雨』とよばれていたようです。この明快で軽やかな曲調は、パートナーとなったフランス・ギャルのフランスや、ドイツでもヒットしました。フランス・ギャルの「雨」が日本で発売されなかった理由は、イタリア録音盤が所属のフィリップスでなくCGDであったとか、それなりにあると思われます。しかし、前年の期待の新人マリーサ・サンニアの「カーザ・ビアンカ」がフィリップスのヴィッキーの日本語ヴァージョンの大ヒットのため、影が薄くなってしまったため、フィリップス側が発売を遠慮したとか、キングが発売を見遅らさせたとかという穿った見方もあるようですが、考えすぎの様な気がします。きっとフランス本国は良いとしても、日本でのライツのクリアの手間とチンクェッティの人気を考えると、レコード・セールスのメリットがなかったと考えるべきなのでしょう。 アルマンド・サヴィーニ (Philips) スイート・インスピレーションズ (Atlantic) マル (RCA ITALIANA)
2014.10.20
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第18回優勝歌手セルジョ・エンドリゴは、1965年後半にチェトラに才移籍して三回目のサンレモ音楽祭の出場でした。優勝発表後に歌った時は、声を詰rらせ見る者も熱いものが込上げてくるものががりました。もう一人の優勝者ロベルト・カルロスはイタリアで人気のあるブルジル人歌手の一人でした。ブラジルに帰国した時はまるで凱旋将軍のように迎えられたとのことです。オルネラ・ヴァノーニの"逢びき"なども彼の曲です。日本でも何枚かアルバムもでたのですが、フラジル音楽が注目された時でも、何故か一般的な人気は出ませんでした。 ニーノ・フェレール (Riviera) ジュシー・ロメオ (Columbia) 第18回 1968年2月1日(木)~3日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:ピッポ・バウド (Pippo Baudo)、ルイザ・リヴェッリ(Luisa Rivelli)楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社は3社です。 [数]は外人歌手数CGD7[2]; RCA ITALIANA 5[1]; V.C.M. 5[2]; FONIT CETRA4[1]; RI FI 4[1]; RICORDI 4[2]; ARISTON 3[0]; CDI 3[2]; Clan Celentano 2[0] ; PHONOGRAM 2[0]; DURIUM 2[1]; CAROSELLO 2[1]; 新DET(CAM)1[0];新BDM1 [0]; SAAR 1 [1]; BLUE BELL 1 [1]; 新SIF 1 [1] <参加曲> ◆私の場所Il posto mio (A.Testa - T.Renis) 出版社 RCA ITALIANA トニー・レニス (vm) Tony Renis (RCA Italiana - RCA Italiana) PM-3439 [45] : ドメニコ・モドゥーニョ (vm) Domenico Modugno (RCA Italiana - RCA Italiana) PM-3440 [45] PM-3439 PM-3440 ◆イギリスの王さまIl re d'Inghilterra (A.Ferrari) 出版社 LEONARDI ピラ-デ (vm) Pilade (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24072 [45] :ニーノ・フェレール (vm=f) Nino Ferrer (Riviera - SIF) SIF・NP-77004 [45] ACC-24072 SIF・NP-77004 ◆いつものこと Le solite cose (V.Pallavicini - P.Donaggio) 出版社 ACCORDO ピノ・ドナッジォ (vm) Pino Donaggio (Columbia - V.C.M.) SCMQ-7081 [45] :ティミ-・ユ-ロ- (vf=a) Timi Yuro (Liberty - Blue Bel) LIB-9018 [45] SCMQ-7081 LIB-9018 ◆愛はほほえみTu che non sorridi mai (M.Terzi - S.Sili) 出版社CALIFORNIA - ALFIERE ピエルジョルジョ・ファリーナ (vm) Piergiorgio Farina (BDM - BDM.) PA-45012 [45] :オリエッタ・ベルティ (vf) Orietta Berti (Polydor - Phonogram Italiana) NH59-809 [45] PA-45012 NH59-809 ◆人生La vita (A.Amurri - B.Canfora) 出版社CURCI エリオ・ガンドルフィ (vm) Elio Gandolfi (Carosello - Carosello) CI-20195 :シャーリー・バッシー (vf=e) The Shirley Bassey (United Artist - Carosello) UA-3130 [45] CI-20195 UA-3130 最後に紹介する初参加のレコード会社はCBSディスキです。なぜCBSがと思われるでしょう、64年以降何人もの歌手が出場していますが、みんな外国人歌手でした。この第18回に初めてCBSレーベルからイタリア人歌手ジュリアーナ・ヴァルチが出ました。 元々CBSは米コロムビアが始まりで、日本最初のレコード会社が日本コロムビアで米コロムビアの子会社として生まれました。60年代初頭まで欧州コロムビアを含む大半のコロムビア・レーベルを日本コロムビアた出していました。日本の話になってしまいましたが、イタリアでは欧州コロムビアはV.C.M.(後のイタリアEMI)が持っており、戦前戦後は多分米コロムビアも出していたと思います。米コロムビアは欧州で商標「コロムビア」は使えませんでした。53年米コロムビアはアメリカの4大ネットワークの一つCBSの傘下でCBSコロムビアとなり、またオランダのフィリップスが世界進出を始めた頃、欧州のフィリップスと提携しを米国で販売するためにエピックを作っています。ということを予め頭に入れておいてください。さてイタリアでの米コロムビアは、57年から61年頃までフィリップス・レーベルで発売されていました。62年からCBS(米コロムビア)の販売権はリコルディに移り66年まで続いています。64年のボビー・ソロの"ほほにかかる涙"のパートナーがフランキー・レインなのです。現在確認できるのは63年にGuido e Maurizioのシングル盤は作られています。67年からは販売権はCGDに変わります。70年CGDの親会社シュガー・ミュージックとの合弁でCBSシュガーを作りCGDは傘下のレーベルという形で飲込まれます。プー、カマレオンティが属し、リッキ・エ・ポーヴェリのデビューもCBSからでした。72年からレコード番号体系もCBSの形式に変更され『庇を貸して母屋を取られる』ことになりした。77年CBSイタリアーナとしてCGDから分離独立し、ラファエラ・カーラ、ジャンニ・ナザーロ、マルチェラたちがCBSに移籍してしまいます。87年CBSインターナショナル米本社がソニーに買い取られ、ソニー・ミュージックとなりました。 サッシャ・ディステル (Pathè) エリオ・ガンドルフィ (Carosello)
2014.04.20
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18回でアフロ系歌手は前回書いたイタリの歌手ララ・サンポール、"サッチモ"ルイ・アームストロング、サラ・ヴォーンの代役アーサ・キット、ウィルソン・ピケット、ディオンヌ・ワーウィック、シャーリー・バッシーと6人で顔ぶれも錚々たる歌手たちでした。 またヨーロッパ系の歌手は、フランスの前年サンレモで大受けしたアントワーヌ、サッシャ・ディステル、ダリダの男性版ニーノ・フェレールにオーストリアのウド・ユルゲンス。アメリカからは入賞しませんでしたが2度目のポール・アンカ、ティミ・ユーロー、ボビー・ジェントリー、コーラス・グループノサンドパイパースカウシルズ。イタリアでの人気の高い優勝したブラジルのロペルト・カルロスに日本の岸洋子と幅広く多彩な外人歌手の出場で、サンレモ史上でも最も充実した顔ぶれの大会として評価されています。 マッシ-モ・ラニエリ (CGD) ウィルソン・ピケット (Atlantic) 第18回 1968年2月1日(木)~3日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:ピッポ・バウド (Pippo Baudo)、ルイザ・リヴェッリ(Luisa Rivelli)楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社は3社です。 [数]は外人歌手数CGD7[2]; RCA ITALIANA 5[1]; V.C.M. 5[2]; FONIT CETRA4[1]; RI FI 4[1]; RICORDI 4[2]; ARISTON 3[0]; CDI 3[2]; Clan Celentano 2[0] ; PHONOGRAM 2[0]; DURIUM 2[1]; CAROSELLO 2[1]; 新DET(CAM)1[0];新BDM1 [0]; SAAR 1 [1]; BLUE BELL 1 [1]; 新SIF 1 [1] <入賞曲>10位 恋に泣く男 Un uomo piange solo per amore (M.Gaspari - M.Marrocchi) 出版社 DURIUM - ARISTON <82> マリオ・ガルネラ (vm) Mario Guarnera (Ariston - Ariston) AR-0241 [45] :リトル・トニー (vm) Little Tony (Durium - Durium) Ld・A-7550 [45] AR-0241 Ld・A-7550 JET-1830 11位ささやく瞳 Gli occhi miei (Mogol - C.Donida)出版社R.R. Ricordi <71> ウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi - Ricordi) SRL-10・491 [45] : ディーノ (vm) Dino (ARC - RCA Italiana) AN-4143 [45] SRL-10・491 HIT-1515AN-4143 SS-1804 12位今宵あなたが聞く歌は Stanotte sentirai una canzone (T.Queriolo - G.Bracardi) 出版社ABERBACH <53> アンナリタ・スピナーチ (vf) Annarita Spinaci (Philips - Phonogram Italiana) 363-726・PF [45] : 岸 洋子 (vf=j) Yoko Kishi (Fonit - Fonit Cetra) SPF-31219 [45] 363-726・PF SFL- 1146 SPF-31219 HIT-1513 13位 歌が出る Mi va di cantare (V.Buonassisi - G.Bertero - A.Valleroni - M.Marini) 出版社 EQUIPE <49> ララ・サン・ポール (vf) Lara Saint Paul (CDI - CDI) CDI-2018 [45] : ルイ・アームストロング (tp,vm=a) Louis Armstrong (CDI - CDI) CDI-2017 [45] CDI-2018 CDI-2017 14位 静けさの声 La voce del silenzio (P.Limiti - Mogol - E.Isola) 出版社 LA TURRIA <28>.トニー・デル・モナコ (vm) Tony Del Monaco (CGD - CGD) N-9675 [45] : ディオンヌ・ワ-ウィック (vf=a) Dionne Warwick (Scepter - CGD) N-9676 [45] N-9675 PS- 62 SC- 717 参加曲は次回に続く 2番目に紹介する初参加のレコード会社はBDMです。非常に情報が少ない会社、まるっきりないに等しいと言ったようが良いかもしれません。こういう社名のばあいは、頭文字から取った略なのですが、まずそれが分かりません。分かっているのは60年代に存在し約10年間活動していたことと、在籍していた若干の歌手たちの名前と僅かなレコードの事だけです。 現時点で分かるレコード番号から推測すると1966年に第1回サンレモ音楽祭優勝歌手、ニラ・ピッツィが作られたばかりのBDMに入ったようです。と言ってもその時の1枚きり。2番目がこの68年サンレモ音楽祭に出場したミルバの甥のピエルジョルジョ・ファリーナでした。どうも彼だけがスターで彼が移籍してしまうと、早々に閉じてしまったような様子が見て取ります。60年代一杯で会社はなくなったのではないでしょうか。他には日本でも発売グラツィエラ・カリー()が1枚出しており、女性歌手マリア・グラツィア・フェイ(Maria Grazia Fei)、バンドのリ・アウトゥーリ(Maria Grazia Fei)、片面づつですがA面がボローニャ市バンド(Banda Città Di Bologna)とジュリオ・ピッツィール(Giulio Pizzir)と言うクレジットが読み取れます。 JET-1519 JET-1519 (1965.年5月 GLOBE - 日本ビクター) 君に涙とほほえみを (SE PIANGI SE RIDI)/花咲く丘に涙して (LE COLLINE SONO IN FIORE) トニ-・ロベルト (TONY ROBERT (vm))/グラツィエラ・カリ- (GRAZIELLA CALY (vf)) ジュリア-ナ・ヴァルチ (CBS) ザ・カウシルズ (MGM)
2014.04.17
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日本人にとっては二人目の歌手となる岸洋子の出場が話題となりましたが、現地ではともかくジャズの聖者(セイント)、"サッチモ"ルイ・アームストロングの出場でした。You-Tubedで』見てもらえば分かりますが、観客、ミュージシャン、スタッフ全員がスタンディング・おヴェーションをしています。しかも何とルイ・アームストロングにイタリア語で出場曲を歌わせたのですから、サンレモ音楽祭も「出世」したものです。で今回の大会の特徴はアフリカ系ミュージシャンの出場が特徴とされています。1962年(第12回)に当時タニヤの芸名だったララ・サン・ポールがサンレモ音楽祭に有色人種として初めて歌いました。 その後、64年から外国人歌手がパートナーとして出場するようになり、"スタンド・バイ・ミー"などで名の知られたベン・E.キングなど黒人歌手が歌うようになってきました。ただ16回はルイ・アームストロングを出場させるため他にも、アフリカをルーツに持つ音楽家が出場しています。 ルイ・ア-ムストロング (CDI) シャ-リ-・バッシ- (United Artist) 第18回 1968年2月1日(木)~3日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:ピッポ・バウド (Pippo Baudo)、ルイザ・リヴェッリ(Luisa Rivelli)楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社は3社です。 [数]は外人歌手数CGD7[2]; RCA ITALIANA 5[1]; V.C.M. 5[2]; FONIT CETRA4[1]; RI FI 4[1]; RICORDI 4[2]; ARISTON 3[0]; CDI 3[2]; Clan Celentano 2[0] ; PHONOGRAM 2[0]; DURIUM 2[1]; CAROSELLO 2[1]; 新DET(CAM)1[0];新BDM1 [0]; SAAR 1 [1]; BLUE BELL 1 [1]; 新SIF 1 [1] <入賞曲>6位 愛の花咲くとき Quando m'innamoro (D.Pace - M.Panzeri - R.Livraghi) 出版社 FIERA <126>.アンナ・イデンティチ (vf) Anna Identici (Ariston - Ariston) AR-0242 [45] : ザ・サンドパイパーズ (coro=a) The Sandpipers (A&M - CGD) AM-812 [45] AR-0242 LL- 2159・NAM-812 TOP-1254 7位 青空の想い出 Da bambino (R.Pradella - R.Angiolini) 出版社 EL'&CHRIS <123>.マッシーモ・ラニエリ (vm) Massimo Ranieri (CGD - CGD) N-9674 [45] : イ・ジガンティ (compl) I Giganti (RI FI - RI FI) RFN・NP-16243 [45] N-9674 RFN・NP-16243 8位 夕べのしあわせ Sera (R.Pradella - R.Angiolini) 出版社 EL'&CHRIS <97>.ジュリアーナ・ヴァルチ (vf) Giuliana Valci (CBS - CGD) 3219(CBS) [45] : ジリオラ・チンクェッティ (vf) Gigliola Cinquetti (CGD - CGD) N-9676 [45] 3219(CBS) HIT-2206N-9676 HIT-1514 9位 愛の垣根 La siepe (V.Pallavicini - P.Massara) 出版社 BELRIVER <92> アル・バーノ (vm) Al Bano (V.d.P. - V.C.M.) MQ-2122 [45] : ボビー・ジェントリー (vf=a) Bobbie Gentry (Capitol - V.C.M.) QCL- 197 [45] MQ-2122 OR- 1873 QCL- 197 入賞曲の残りは次回に続く この大会で初出場したレコード会社は3社で、その中のDETから紹介してゆきます。DETとはDiscografica Editrice Tirrena(ティレンナ出版レコード会社)の略称と言われています。このレコード会社は1966年に芸能週刊誌「TVソリージ・エ・カンツォーニ」を発刊していたカンピ出版グループの子会社としてDETは設立されました。カンピ出版の子会社として既にサウンド・トラックや映画音楽のレコードを出していたカム(CAM)のポップス音楽のサブ・レ-ベルとして、また映画音楽のスコア盤のためのタンク(TANK)と共に活動を始めています。 カンピ出版も少し説明する必要があります。1762年年からあるイタリアでも老舗の出版社で「黒ひげ」と言われる占星術暦で知られている本屋さんです。まだ「黒ひげ」に関連した、年間やカレンダーを作っていたようです。また音楽関係では楽譜をルーズ・リーフ形式で出していたようです。 戦前ラジオ時代の1939年から「ラジオのカンツォーネ」誌を発刊、戦後TV時代に「TVソリージ・エ・カンツォーニ」に衣替えしています。そんな会社が作ったポップス音楽のレコード会社で"ガラスの部屋"で有名になったペピーノ・ガリアルディ、女優カトリーヌ・スパーク、シチリアのバンド、ジェンスのレコードを出し、クランを飛び出したドン・バッキーの会社アミコ、ヘルベルト・パガーニの会社ママも傘下に収めていました。 1970年映画音楽への本業回帰でポップス曲の製作を辞め、DETは閉鎖したようです。 ザ・サンドパイパーズ (A&M) アーサー・キット (CDI) ピエルジョルジョ・ファリーナ (BDM) ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.04.15
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前年1967年は30曲でダブル・キャストですから60曲が出場し予選が2夜で行われるのですが、1日30曲を聴くのは審査員も大変な重労働になりましす。しかも第一夜終了後にルイジ・テンコが自殺したわけですから、第二夜目の混乱と緊張感は想像できると思います。 ということで68年第18大会は通常に戻し出場曲を24曲にします。また前年出場曲が多いので予選で1曲を選考委員で敗者復活として最終夜に残す方法も、委員の乱闘と、辞任劇まではってんし、テンコの事件の誘因となったと考えたのか、あまり適切でなかったと考え取りやめています。一般審査員も例年通り地方別、年代別、職業別に選出し、毎日変えていく方法は例年通りの方式でした。 マリーザ・サンニア (CGD) ロベルト・カルロス (CBS) 第18回 1968年2月1日(木)~3日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:ピッポ・バウド (Pippo Baudo)、ルイザ・リヴェッリ(Luisa Rivelli)楽団指揮: 24名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は48歌手(グループは1歌手)で、外人出場歌手も総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場20歌手(内外人11歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社は3社です。 [数]は外人歌手数CGD7[2]; RCA ITALIANA 5[1]; V.C.M. 5[2]; FONIT CETRA4[1]; RI FI 4[1]; RICORDI 4[2]; ARISTON 3[0]; CDI 3[2]; Clan Celentano 2[0] ; PHONOGRAM 2[0]; DURIUM 2[1]; CAROSELLO 2[1]; 新DET(CAM)1[0];新BDM1 [0]; SAAR 1 [1]; BLUE BELL 1 [1]; 新SIF 1 [1] 1968年は前年際立った世界的潮流のプロテスト・ソング、フォーク・ソング、長髪でジーンズ姿のバンド(グループ)の存在はかげを潜めています。というよりか明らかにRAI(イタリア国営放送)が排除したと言った方が良いのかもしれません。ただ若者文化、世界の動向はこの程度で変えられるものでもなく、現在のサンレモ音楽祭を見てもその結果が分かるように、歌謡曲がすたれ、ポップスからロックへの変遷をたどります。 ただリアル・タイムで進行する中にいると、いかにもバンド(グループ)によるフォーク・ロックは一時的流行で収まったかのように見え、メロディっくな従来の曲が戻ってきた大会と位置付けられていたようです。 <優勝> 君を歌う Canzone per te (S.Bardotti - S.Endrigo) 出版社 USIGNOLO <306> セルジョ・エンドリゴ (vm) Sergio Endrigo (Cetra - Fonit Cetra) SP-1360 [45] : ロベルト・カルロス (vm=br)) Roberto Carlos (CBS - CGD) 3243(CBS) [45] SP-1360 HIT-1511 3243(CBS) <2位> カーザ・ビアンカ Casa bianca (Don Backy - E.La Valle) 出版社 EL'&CHRIS=FAMA( <255> オルネラ・ヴァノーニ (vf) Ornella Vanoni (Ariston - Ariston) AR-0244 [45] :マリーザ・サンニア (vf) Marisa Sannia (Cetra - Fonit Cetra) SP-1361 [45] AR-0244 LL- 2158・N SP-1361 HIT-1511 <3位> カンツォーネCanzone (Don Backy - D.Mariano)出版社CLAN <251> ミルバ (vf) Milva (Ricordi - Ricordi) SRL-10・490 [45] :アドリアーノ・チェレンターノ (vm) Adriano Celentano (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24073 [45] SRL-10・490 HIT-1512ACC-24073 LL- 2155・NC <入賞曲>4位デボラ Deborah (V.Pallavicini - G.Conte) 出版社 RI-FI Mus <224>.ファウスト・レアーリ (vm) Fausto Leali (RI FI - RI FI) RFN・NP-16242 [45] :ウィルソン・ピケット (vm=a) Wilson Pickett (Atlantic - RI FI) ATL・NP-03027 [45] RFN・NP-16242 ATL・NP-03027 DAT-10495位 茫然自失 La tramontana (M.Panzeri - D.Pace) 出版社 ARISTON <172>. ジャンニ・ペッテナーティ (vm) Gianni Pettenati (Cetra - Fonit Cetra) SP-1359 [45] :アントワーヌ (vm=f) Antoine (Vogue - SAAR) J-35162×45 [45] SP-1359 HIT-1513 J-35162×45 入賞曲の残りは次回に続く
2014.04.13
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新人部門優勝はロッコ・ハント 新人部門(邦題は直訳です)優勝Rocco Hunt ロッコ・ハント (vm)・Nu juorno buono (良き日に)((Rocco Pagliarulo, Alessandro Merli, Fabio Clemente) 出版社 (入 賞 曲)第2位Diodato ディオダート (vm)・Babilonia (バビロニア)(Diodato) 出版社 第3位Zibba ジッバ (compl) ・Senza di te (君なしで) (Sergio Vallarino, Andrea Balestieri) 出版社 第4位The Niro ザ・ニーロ (vm)・1969 (1969)(Davide Combusti)) 出版社 (参 加 曲)○Veronica De Simone ヴェロニカ・デ・シモーネ (vf)・Nuvole che passano (去り行く雲)(Pietro Cantarelli) 出版社 ○Vadim ヴァディム (vm)・La modernità (現代)(Vadim Valenti) 出版社 ○Bianca ビアンカ (vf)・Saprai (知っているよ)((Alex Gaydou) 出版社 ○Filippo Graziani フィリッポ・グラツィアーニ (vm)・Le cose belle (美しいもの)(Filippo Graziani) 出版社 ○Clementinoクレメンティーノ (vm)・o' vient (到来) () 出版社 サンレモ音楽祭のコンピCDは2月25日(イタリアで)発売になります。
2014.02.23
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2014年2月18日第64回サンレモ音楽祭の優勝はアリーザの"Controvento (コントロヴェント)に決まりました。 リッカルド・シニガッリアの"Prima di andare via (あなたが離れて行く前に)"が失格になっています。後ほど理由は調べてみます。 2014年 第64回サンレモ音楽祭開催日時:2014年2月18日(火)~22日(土)5日間場所:サンレモ市アリストン劇場プレゼンター(総合司会):ファビオ・ファツォ、ルチアーナ・リッティッツェット(昨年と同じ「凸凹コンビ」)出場歌手:チャンピオン部門(14歌手28曲)、新人部門(8歌手8曲)芸術監督:マルコ・メンゴーニとマウロ・パガーニのコラボレーション <チャンピオン> (邦題は直訳です)第一夜優勝Arisa アリーザ (vf) ・Controvento (コントロヴェント) (Giuseppe Anastasi) 出版社 ・Lentamente (ゆっくりと) (Cristina Donà, Saverio Lanza) 出版社 第2位 Raphael Gualazzi feat. The Bloody Beetroots ラファエル・グアラッツィ(vm)feat.ザ・ザ・ブラディー・ビートルーツ (compl) ・Liberi o no (自由か否か) (Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo, Leonardo Beccafichi) 出版社・Tanto ci sei (だからね) (Giuliano Sangiorgi, Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo) 出版社 第3位Renzo Rubino レンツォ・ルビーノ (vm) ・Ora (今のところ) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社・Per sempre e poi basta (永遠に、その後は) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社 第4位Cristiano De André クリスティアーノ・デ・アンドレ(vm) ・l cielo è vuoto (空は空で) (Diego Mancino, Cristiano De André, Dario Faini) 出版社 ・Invisibili (目に見えない) (Fabio Ferraboschi, Cristiano De André) 出版社 第5位☆Giusy Ferreri ジュシー・フェッレリ (vf)・Ti porto a cena con me (一緒に夕食を食べましょう)(Roberto Casalino, Dario Faini) 出版社 ・L'amore possiede il bene (愛が良い) (Roberto Casalino, Nicolò Verrienti) 出版社 第6位Frankie Hi-Nrg フランキー・ハイ-Nrg (vm)・Pedala (ペダル)(Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社・Un uomo è vivo (男は生きている) Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社・Tanto ci sei (だからね) (Giuliano Sangiorgi, Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo) 出版社 第7位Noemi ノエミ (vf) ・Bagnati dal sole (太陽を浴びて) (Veronica Scopelliti, Richard Frenneux, Caroline Ailin) 出版社・Un uomo è un albero (男は木) (Veronica Scopelliti, Dario Faini, Diego Mancino) 出版社 第8位Giuliano Palma ジュリアーノ・パルマ (vm)・Così lontano (今のところ) (Nina Zilli, Marco Ciappelli, Alessandro Fiora) 出版社・Un bacio crudele (残酷なキス) (Cristiano Valli, Giuliano Palma, Fabio Merigo) 出版社 第9位Perturbazioneペルトゥルバツィオーネ (compl)・L'unica (唯一の) (Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社・L'Italia vista dal bar (バールからのイタリアの眺め)(Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社 第10位Francesco Renga フランチェスコ・レンガ (vm)・A un isolato da te (あなたから離れて) (Roberto Casalino) 出版社・Vivendo adesso (今住んでいます)((Elisa Toffoli))出版社 第11位Ron ロン (vm) ・Un abbraccio unico (ひとうの抱擁) (Ron) 出版社・Sing in the rain (雨に歌えば) (Ron, Mattia Del Forno) 出版社 第12位Antonella Ruggiero アントネラ・ルッジェロ (vf)・Da lontano (遠くから) (Antonella Ruggiero, Alessandro Graziano, Antonio Rossi, Roberto Colombo) 出版社・Quando balliamo (私たちが踊る時) (Simone Lenzi, Antonella Ruggiero, Roberto Colombo) 出版社 第13位Francesco Sarcina フィラチェスコ・サルチーナ (vm)・Nel tuo sorriso (あなたの笑顔で) (Francesco Sarcina) 出版社・In questa città (この街で) (Francesco Sarcina) 出版社 順位除外Riccardo Sinigallia リッカルド・シニガッリア (vm) 失格・Prima di andare via (あなたが離れて行く前に) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社・Una rigenerazione (再生) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社
2014.02.23
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新人の部の1曲が曲目、出場歌手が変更になりました。第3夜目、優勝曲選考対象の入賞曲が4曲が選ばれました。 <新人部門> (邦題は直訳です)(入 賞 曲)○Diodato ディオダート (vm)・Babilonia (バビロニア)(Diodato) 出版社 ○Zibba ジッバ (compl) ・Senza di te (君なしで) (Sergio Vallarino, Andrea Balestieri) 出版社 ○Rocco Hunt ロッコ・ハント (vm)・Nu juorno buono (良き日に)((Rocco Pagliarulo, Alessandro Merli, Fabio Clemente) 出版社 ○The Niro ザ・ニーロ (vm)・1969 (1969)(Davide Combusti)) 出版社 (参 加 曲)○Veronica De Simone ヴェロニカ・デ・シモーネ (vf)・Nuvole che passano (去り行く雲)(Pietro Cantarelli) 出版社 ○Vadim ヴァディム (vm)・La modernità (現代)(Vadim Valenti) 出版社 ○Bianca ビアンカ (vf)・Saprai (知っているよ)((Alex Gaydou) 出版社 ○Filippo Graziani フィリッポ・グラツィアーニ (vm)・Le cose belle (美しいもの)(Filippo Graziani) 出版社 ○Clementinoクレメンティーノ (vm)・o' vient (到来) () 出版社
2014.02.21
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2014年2月18日第64回サンレモ音楽祭の第2夜が終わり、ビッグ部門の決選曲がすべて出揃いました。 2014年 第64回サンレモ音楽祭開催日時:2014年2月18日(火)~22日(土)5日間場所:サンレモ市アリストン劇場プレゼンター(総合司会):ファビオ・ファツォ、ルチアーナ・リッティッツェット(昨年と同じ「凸凹コンビ」)出場歌手:チャンピオン部門(14歌手28曲)、新人部門(8歌手8曲)芸術監督:マルコ・メンゴーニとマウロ・パガーニのコラボレーション第一夜・チャンピオン部門7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の8出場歌手のプレゼンテーション(紹介)が行われます。第二夜・スター部門の残りの7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。第三夜・チャンピオン部門の14曲が歌われ、テレビ投票システムで暫定順位を決めます。(この得票は最終戦に25%加重で加算されます)・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。第四夜・「サン レモ クラブ」と呼ばれる夕方のイベントをします。音楽祭に関係なく投票対象になりません。イタリアの有名曲をチャンピオン部門参加者14歌手が歌います。この場合外国人歌手と共に歌う事も許されます。・新人部門の入賞者4歌手による、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により優勝及び入賞順位が決められます。最終夜・チャンピオン部門の14歌手の14曲が歌われ、、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)と第三夜の暫定順位による得票の25%加重加算した得票で、優勝と入賞順位が決められます。 第二夜の結果です。チャンピオン部門の半数7歌手が2曲の出場楽歌を歌い本選で歌う1曲を決めます。<チャンピオン> (邦題は直訳です)第二夜☆Noemi ノエミ (vf) ・Bagnati dal sole (太陽を浴びて) (Veronica Scopelliti, Richard Frenneux, Caroline Ailin) 出版社・Un uomo è un albero (男は木) (Veronica Scopelliti, Dario Faini, Diego Mancino) 出版社 ☆Giuliano Palma ジュリアーノ・パルマ (vm)・Così lontano (今のところ) (Nina Zilli, Marco Ciappelli, Alessandro Fiora) 出版社・Un bacio crudele (残酷なキス) (Cristiano Valli, Giuliano Palma, Fabio Merigo) 出版社 ☆Francesco Renga フランチェスコ・レンガ (vm)・A un isolato da te (あなたから離れて) (Roberto Casalino) 出版社・Vivendo adesso (今住んでいます)((Elisa Toffoli))出版社 ☆Ron ロン (vm) ・Un abbraccio unico (ひとうの抱擁) (Ron) 出版社・Sing in the rain (雨に歌えば) (Ron, Mattia Del Forno) 出版社 ☆Renzo Rubino レンツォ・ルビーノ (vm) ・Ora (今のところ) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社・Per sempre e poi basta (永遠に、その後は) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社 ☆Francesco Sarcina フィラチェスコ・サルチーナ (vm)・Nel tuo sorriso (あなたの笑顔で) (Francesco Sarcina) 出版社・In questa città (この街で) (Francesco Sarcina) 出版社 ☆Riccardo Sinigallia リッカルド・シニガッリア (vm) ・Prima di andare via (あなたが離れて行く前に) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社・Una rigenerazione (再生) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社
2014.02.20
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2014年2月18日第64回サンレモ音楽祭が始まりました。 2014年 第64回サンレモ音楽祭開催日時:2014年2月18日(火)~22日(土)5日間場所:サンレモ市アリストン劇場プレゼンター(総合司会):ファビオ・ファツォ、ルチアーナ・リッティッツェット(昨年と同じ「凸凹コンビ」)出場歌手:チャンピオン部門(14歌手28曲)、新人部門(8歌手8曲)芸術監督:マルコ・メンゴーニとマウロ・パガーニのコラボレーション第一夜・チャンピオン部門7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の8出場歌手のプレゼンテーション(紹介)が行われます。第二夜・スター部門の残りの7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。第三夜・チャンピオン部門の14曲が歌われ、テレビ投票システムで暫定順位を決めます。(この得票は最終戦に25%加重で加算されます)・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。第四夜・「サン レモ クラブ」と呼ばれる夕方のイベントをします。音楽祭に関係なく投票対象になりません。イタリアの有名曲をチャンピオン部門参加者14歌手が歌います。この場合外国人歌手と共に歌う事も許されます。・新人部門の入賞者4歌手による、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により優勝及び入賞順位が決められます。最終夜・チャンピオン部門の14歌手の14曲が歌われ、、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)と第三夜の暫定順位による得票の25%加重加算した得票で、優勝と入賞順位が決められます。 第一夜の結果です。チャンピオン部門の半数7歌手が2曲の出場楽歌を歌い本選で歌う1曲を決めます。太字が決勝進出曲です。 <チャンピオン> (邦題は直訳です)第一夜☆Arisa アリーザ (vf) ・Lentamente (ゆっくりと) (Cristina Donà, Saverio Lanza) 出版社 ・Controvento (コントロヴェント) (Giuseppe Anastasi) 出版社 ☆Cristiano De André クリスティアーノ・デ・アンドレ(vm) ・Invisibili (目に見えない) (Fabio Ferraboschi, Cristiano De André) 出版社 ・l cielo è vuoto (空は空で) (Diego Mancino, Cristiano De André, Dario Faini) 出版社 ☆Giusy Ferreri ジュシー・フェッレリ (vf)・L'amore possiede il bene (愛が良い) (Roberto Casalino, Nicolò Verrienti) 出版社 ・Ti porto a cena con me (一緒に夕食を食べましょう)(Roberto Casalino, Dario Faini) 出版社 ☆Frankie Hi-Nrg フランキー・ハイ-Nrg (vm)・Pedala (ペダル)(Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社・Un uomo è vivo (男は生きている) Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社 ☆Raphael Gualazzi feat. The Bloody Beetroots ラファエル・グアラッツィ(vm)feat.ザ・ザ・ブラディー・ビートルーツ (compl) ・Liberi o no (自由か否か) (Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo, Leonardo Beccafichi) 出版社・Tanto ci sei (だからね) (Giuliano Sangiorgi, Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo) 出版社 ☆Perturbazioneペルトゥルバツィオーネ (compl)・L'unica (唯一の) (Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社・L'Italia vista dal bar (バールからのイタリアの眺め)(Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社 ☆Antonella Ruggiero アントネラ・ルッジェロ (vf)・Quando balliamo (私たちが踊る時) (Simone Lenzi, Antonella Ruggiero, Roberto Colombo) 出版社・Da lontano (遠くから) (Antonella Ruggiero, Alessandro Graziano, Antonio Rossi, Roberto Colombo) 出版社
2014.02.19
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今年のサンレモ音楽祭の第一報をお伝えしましたが、今週から開催されます。 新人の部の曲の作詞・作曲者が分かりました。それと1曲が曲目、出場歌手が変更になったようです。<新人部門> (邦題は直訳です)○Diodato ディオダート (vm)・Babilonia (バビロニア)(Diodato) 出版社 ○Filippo Graziani フィリッポ・グラツィアーニ (vm)・Le cose belle (美しいもの)(Filippo Graziani) 出版社 ○Rocco Hunt ロッコ・ハント (vm)・Nu juorno buono (良き日に)((Rocco Pagliarulo, Alessandro Merli, Fabio Clemente) 出版社 ○The Niro ザ・ニーロ (vm)・1969 (1969)(Davide Combusti)) 出版社 ○Veronica De Simone ヴェロニカ・デ・シモーネ (vf)・Nuvole che passano (去り行く雲)(Pietro Cantarelli) 出版社 ○Bianca ビアンカ (vf)・Saprai (知っているよ)((Alex Gaydou) 出版社 ○Vadim ヴァディム (vm)・La modernità (現代)(Vadim Valenti) 出版社 ○Clementinoクレメンティーノ (vm)・o' vient (到来) () 出版社 ○Zibba ザッバ (compl) ・Senza di te (君なしで) (Sergio Vallarino, Andrea Balestieri) 出版社
2014.02.17
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。 ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ 今年のサンレモ音楽祭も間近に迫って来ましたが 少しここらで中休み! と言う事もあるのですが、ヤフオクの出品で追われ、ブログの方が犠牲となっています。去年の夏前までは1ヶ月分ほど書きためながら、進行して言ったので1週間ほど原稿を作らなくてもどういう事もなかったのですが、秋からヤフオク中心となったため、書きためた原稿も使い果たし、その日に書いてどうにかアップしていました。1967年サンレモ音楽祭出場歌手の数も多く多彩で、書きだすと1日1歌手でも収まらず、どんどん先送りにしています。 昨日3日かかって準備した古いイタリアの芸能週刊誌「TVソリージ・エ・カンツォーニ」を出品しました。出品1番目の中に入っていますが、1991年27号(7月7日~13日)が40周年記念号でこの雑誌の歴史が載っています。(出品せずに残せばよかった) ↑過去40年表紙を飾った人たちのランキング 創刊は52年10月(会社設立が7月?)。最初は"TV"が付かず、芸能・歌謡曲雑誌日本でいえば「平凡」、「明星」(日本の2誌とも月刊誌で後に週刊誌を出しています)という位置づけです。"TV"がついたのは60年になってからのようです。日本の「週間TVガイド」が62年に発刊されているので、先輩格になります。大体芸能週刊誌+TVガイドと思っていただければいいと思います。最盛期(発行数330万部)はどこの家庭にリビングにもある、毒にも薬にもならないけれど暇つぶしには丁度良い存在だったのでしょう。 ↑表紙掲載ランク1位(68回)マイク・ボンジョルノの表紙 創刊したのは、映画のサントラ盤でもお馴染のCAMの親会社カンピ(Campi)出版からでしたが、80年代に元大統領ベルルスコーニの財閥グループ、フィニンヴェストの系列会社に買い取られました。60年代後半(私の知っている)頃はタブロイド版ほどの大きな週刊誌ですが、A4版くらいの大きさになりました。 ↑表紙掲載ランク2位(57回)ミーナの表紙 カンツォーネ・ファン・クラブが有った頃の情報源はこの週刊誌「TVソリージ・エ・カンツォーニ」と音楽業界月刊誌「ムジカ・エ・ディスキ(M&D Musica e dischi)」でした。60~70年代、外国の雑誌を取ることは高根の花で、持っている人は羨ましい存在でした。毎月、毎週外国郵便で送られてくる(イタリアの場合はよく欠落がありました)本を読めもしないのに眺めるのは最大の喜びでした。(自分の収入が得られるようになってからですが!) なぜこの「TVソリージ・エ・カンツォーニ」を重宝がるかというと90年代以降は確実に1誌独占(と思うのですが)でサンレモ音楽祭の会場パンフレットの製作をしていました。80年代は「M&D」と「トゥット・ムジカ」が関わっていたと聞いた事がありました。 →1991年サンレモ音楽祭会場プログラム →1992年サンレモ音楽祭会場プログラム(一般用) →同(関係者・プレス用)内容はほぼ同じ サンレモ音楽祭が始まる1、2週前にの「TVソリージ・エ・カンツォーニ」はまずプレゼンターが表紙を飾り、最盛期の多くはマイク・ボンジョルノかピッポ・バウドと美人女優が何人かが定番でしたが登場し、出場歌手のエピソードやゲスト歌手も紹介されます。サンレモ音楽祭は新曲コンテストなので、公に楽曲の演奏・披露は禁止になっておりこの規定のため大物のオルネラ・ヴァノーニでさえ直前に失格してしまっています。サンレモ音楽祭の週になって初めて、ビッグ部門、新人部門の出場歌手達の集合写真が表紙となり、出場曲の歌詞が載った特集号が発売されています。 →1991年第41回 →1992年第42回 →1996年第46回 →1998年第48回 →1999年第49回 →2000年第50回 →2001年第51回 今も出ていると思うのですが、どうなっているのでしょう。 http://giornalionweb.com/riviste-guide-tv/tv-sorrisi-e-canzoni-online TVソリージ・エ・カンツォーニ・オン・ラインhttp://www.musicaedischi.it/ ムジカ・エ・ディスキ・ホーム・ページ ヤフオクに1991年から1999年までのTVソリージ・エ・カンツォーニを7冊1セットで31セットと1998年サンレモ特集号(1冊)を出品しています。セットにしているものは殆どの1991年~99年までの物はカンツォーネ、芸能、映画、TV週間番組表以外のページは削除しています。サンレモ音楽祭時期の号数は含まれていません。 この後、準備ができ次第、2000年、2001年分を出品するようていです。この2年分は中身を切り取っていない、完全な状態なので3~4冊でセットにしようと思っています。このセットの単位ですが、送料が一番安いクロネコ・メール便の制限厚さ2cmに収まるようにしているためです。複数セットを落札された場合、他の方法で送料が安くなるのなら、別の発送方法も考えています。宜しければ私がヤフオクに出品しているものもご覧ください。http://openuser.auctions.yahoo.co.jp/jp/user/cnz27hrio
2014.02.11
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今回の記事には、画像ファイルを挿入しておりません。文字だけです。 いよいよサンレモ音楽祭の季節となりました。一ヶ月後には最終日も終わり結果が出ている事でしょう。 今年のサンレモは、昨年チャンピオン部門の歌手が2曲歌い、その内の1曲を入賞曲として優勝を争う方法が取られましたが、それを受け継ぐ方式になりました。終了後、去年出てたコンピレーションCDでは、決勝戦に残れなかった曲が収録されず、本当に欲しければそれぞれの歌手のアルバムを買わなければなりませんでした。今年もかと思うとうんざりです。(と言っても私は優勝したマルコ・マンゴーニだけのアルバムを買っただけですが) 2014年 第64回サンレモ音楽祭開催日時:2014年2月18日(火)~22日(土)5日間場所:サンレモ市アリストン劇場プレゼンター(総合司会):ファビオ・ファツォ、ルチアーナ・リッティッツェット(昨年と同じ「凸凹コンビ」)出場歌手:チャンピオン部門(14歌手28曲)、新人部門(8歌手8曲)芸術監督:マルコ・メンゴーニとマウロ・パガーニのコラボレーション 第一夜・チャンピオン部門7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の8出場歌手のプレゼンテーション(紹介)が行われます。 第二夜・スター部門の残りの7歌手がそれぞれ2曲を歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により、それぞれの歌手1曲を選び、最終選考に進みます。・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。 第三夜・チャンピオン部門の14曲が歌われ、テレビ投票システムで暫定順位を決めます。(この得票は最終戦に25%加重で加算されます)・新人歌手部門の4出場歌手が歌い、投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により上位2歌手を選出します。 第四夜・「サン レモ クラブ」と呼ばれる夕方のイベントをします。音楽祭に関係なく投票対象になりません。イタリアの有名曲をチャンピオン部門参加者14歌手が歌います。この場合外国人歌手と共に歌う事も許されます。・新人部門の入賞者4歌手による、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)により優勝及び入賞順位が決められます。 最終夜・チャンピオン部門の14歌手の14曲が歌われ、、最終戦の投票(視聴者審査員50%、会場審査員50%)と第三夜の暫定順位による得票の25%加重加算した得票で、優勝と入賞順位が決められます。 <チャンピオン> (邦題は直訳です)☆Arisa アリーザ (vf) ・Lentamente (ゆっくりと) (Cristina Donà, Saverio Lanza) 出版社 ・Controvento (コントロヴェント) (Giuseppe Anastasi) 出版社 ☆Cristiano De André クリスティアーノ・デ・アンドレ(vm) ・Invisibili (目に見えない) (Fabio Ferraboschi, Cristiano De André) 出版社 ・l cielo è vuoto (空は空で) (Diego Mancino, Cristiano De André, Dario Faini) 出版社 ☆Giusy Ferreri ジュシー・フェッレリ (vf)・L'amore possiede il bene (愛が良い) (Roberto Casalino, Nicolò Verrienti) 出版社 ・Ti porto a cena con me (一緒に夕食を食べましょう)(Roberto Casalino, Dario Faini) 出版社 ☆Frankie Hi-Nrg フランキー・ハイ-Nrg (vm)・Pedala (ペダル)(Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社・Un uomo è vivo (男は生きている) Francesco di Gesù, Carolina Galbignani, Leonardo Beccafichi) 出版社☆Raphael Gualazzi feat. The Bloody Beetroots ラファエル・グアラッツィ(vm)feat.ザ・ザ・ブラディー・ビートルーツ (compl) ・Liberi o no (自由か否か) (Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo, Leonardo Beccafichi) 出版社・Tanto ci sei (だからね) (Giuliano Sangiorgi, Raphael Gualazzi, Bob Cornelius Rifo) 出版社☆Noemi ノエミ (vf) ・Bagnati dal sole (太陽を浴びて) (Veronica Scopelliti, Richard Frenneux, Caroline Ailin) 出版社・Un uomo è un albero (男は木) (Veronica Scopelliti, Dario Faini, Diego Mancino) 出版社☆Giuliano Palma ジュリアーノ・パルマ (vm)・Così lontano (今のところ) (Nina Zilli, Marco Ciappelli, Alessandro Fiora) 出版社・Un bacio crudele (残酷なキス) (Cristiano Valli, Giuliano Palma, Fabio Merigo) 出版社
2014.01.26
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☆Perturbazioneペルトゥルバツィオーネ (compl)・L'unica (唯一の) (Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社・L'Italia vista dal bar (バールからのイタリアの眺め)(Tommaso Cerasuolo, Gigi Giancursi, Rossano Lo Mele, Alex Baracco, Elena Diana,Cristiano Lo Mele) 出版社☆Francesco Renga フランチェスコ・レンガ (vm)・A un isolato da te (あなたから離れて) (Roberto Casalino) 出版社・Vivendo adesso (今住んでいます)((Elisa Toffoli))出版社☆Ron ロン (vm) ・Un abbraccio unico (ひとうの抱擁) (Ron) 出版社・Sing in the rain (雨に歌えば) (Ron, Mattia Del Forno) 出版社☆Renzo Rubino レンツォ・ルビーノ (vm) ・Ora (今のところ) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社・Per sempre e poi basta (永遠に、その後は) (Renzo Rubino, Andrea Rodini) 出版社☆Antonella Ruggiero アントネラ・ルッジェロ (vf)・Quando balliamo (私たちが踊る時) (Simone Lenzi, Antonella Ruggiero, Roberto Colombo) 出版社・Da lontano (遠くから) (Antonella Ruggiero, Alessandro Graziano, Antonio Rossi, Roberto Colombo) 出版社☆Francesco Sarcina フィラチェスコ・サルチーナ (vm)・Nel tuo sorriso (あなたの笑顔で) (Francesco Sarcina) 出版社・In questa città (この街で) (Francesco Sarcina) 出版社☆Riccardo Sinigallia リッカルド・シニガッリア (vm) ・Prima di andare via (あなたが離れて行く前に) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社・Una rigenerazione (再生) (Filippo Galli, Riccardo Sinigallia) 出版社 <新人部門> ○Diodato ディオダート (vm)・Babilonia (バビロニア)(?) 出版社 ○Filippo Graziani フィリッポ・グラツィアーニ (vm)・Le cose belle (美しいもの)(?) 出版社 ○Rocco Hunt ロッコ・ハント (vm)・Nu juorno buono (良き日に)(?) 出版社 ○The Niro ザ・ニーロ (vm)・1969 (1969)(?) 出版社 ○Veronica De Simone ヴェロニカ・デ・シモーネ (vf)・Nuvole che passano (去り行く雲)(?) 出版社 ○Bianca ビアンカ (vf)・Saprai (知っているよ)(?) 出版社 ○Vadim ヴァディム (vm)・La modernità (現代)(?) 出版社 ○Clementinoクレメンティーノ (vm)・o' vient (到来) 出版社 チャンピオン部門のビッグ・ネームはアントネラ・ルッジェロとロンと言う事になると思います。歌手や詳しい内容は追々お知らせしていくと思います。
2014.01.26
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。 ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ この第17回はルイジ・テンコの初日の夜に自殺したことに尽きます。伝説のような話も残っていますが、動機が何だったのか今以って不可解なことから出てくるのでしょう。彼は遺書を残しました。 『私はイタリア国民を愛し、私の5年間の人生を過ごしました。(何もかも)人生に飽きたので、これを行います。 "バラのほほえみ"と"恋の革命"を入賞とした選定委員会委員、審査員に対する抗議の行為として。この考えが明らかになることを願っています。チャオ, ルイジ』 トニ-・デル・モナコ (CGD) マルチェロス・フェリアル,{ロス・} (CIRCUS) 第17回 1967年1月26日(木)~28日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。 [数]は外人歌手数CGD10 [5]; RCA ITALIANA 7 [1]; RICORDI 7 [2]; FONIT CETRA 5 [0]; SAAR 4 [2]; RI FI 3 [0]; DURIUM 2 [0]; CAROSELLO 2 [0]; ARISTON 2 [0]; CARISCH 2 [1] ;V.C.M. 1 [0]; PHONOGRAM 1 [0]; Clan Celentano 1 [0] ; VEDETTE 1 [0]; BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1] アントワ-ヌ (Vogue) ロベルタ・アマディ (RI FI) 審査方法は審査委員の投票で6曲選び、選定委員会がもう1曲を敗者復活で最終日に残す方法でした。第1夜、"恋の革命"と"チャオ・アモーレ・チャオ"が敗者復活候補で残り、それぞれを推す委員が「暴力を伴う」選考を行い、委員が辞任する事件が起きました。これが大きな一因ですが、すでにテンコが舞台で歌う様子は異常に大きく張り上げた歌い方をしており、舞台裏でパートナーのダリダは『まるで歌を台無しにしている』と嘆いたそうです。 世界的な流れでプロテスト・ソングが主流になっていましたが、テンコは歌に政治的主張を込めるのことには抵抗していたようです。彼はこの状況に「平手打ち」を食らわしたのではないかとも言われ、単に落選したのが原因ではなく計画的"確信犯"だったかも知れません。 『5年間』は何だったのでしょうか。彼の芸歴は長く学生時代のサポートバンドにも在籍していました。おそらくソロ歌手になり "クァンド(QUANDO)"や"失われた日々(I MIEI GIORNI PERDUTI)"のレコードを出し始めた頃からの時期を言っているのだと思います。 ある意味決して"出来の良い自作自演歌手"でなかったかも知れませんが、彼の人生を未完にすることによって、人々が彼を理解しようと試み今日まで名前を残す存在になったのだと思います。5年間(10年弱)の期間にそれほど多くの曲を残さず、時代を駆け抜けていった歌手ルイジ・テンコについては「サンレモの歌手たち」で、改めて紹介していきましょう。 <参加曲>◆ 一つの命 Nasce una vita (S.Bardotti - J.Fontana) 出版社 RCA ジミー・フォンタナ (vm) Jimmy Fontana (RCA Italiana - RCA Italiana) PM45-3385 [45] :エドアルド・ヴィアネッロ (vm) Edoardo Vianello (RCA Italiana - RCA Italiana) PM45-3388 [45] PM45-3385 PM45-3388 ◆ 世界を信じたい Non prego per me (Mogol - L.Battisti) 出版社LES COPAINSミーノ・レイターノ (vm) Mino Reitano (Ricordi - Ricordi) SRL-10・448 [45] : ザ・ホリーズ The Hollies (Parlophon - Carisch) QMSP-16402 [45] SRL-10・448 QMSP-16402 ◆ 愛を知らずに Quando vedrò (M.Terzi - C.A.Rossi) 出版社 C.A.ROSSI ロス・マルチェロス・フェリアル (compl) Los Marcellos Ferial (Circus - Durium) CN・A-9226 [45] : ザ・ハプニングス (comp=a) The Happenings (CDB INTERNATIONAL - CDB) CDB-1100 [45] CN・A-9226 CDB-1100 ◆ 想いをこめて Una ragazza (V.Pallavicini - B.Pallesi - W.G.Malgoni) 出版社 GENERAL Mus. ドナテラ・モレッティ (vf) Donatella Moretti (Parade - Parade) PRC-5024 [45] ボビー・ゴールズボロ (vm=a) Bobby Goldsboro (United Artist - ?) UA-3112 [45] PRC-5024 HIT-1434 UA-3112 ◆青空に叫ぶ Sopra i tetti azzurri del mio pazzo amore (V.Pallavicini - D.Modugno)出版社 CURCI ドメニコ・モドゥーニョ (vm) Domenico Modugno (Curci - Carosello) SP-10・17 [45] :ジディウリ (vm) Gidiuli (Jolly - SAAR) J-20408×45 [45] SP-10・17 J-20408×45 ◆太陽の勝利 Uno come noi (G.Bertero - U.Martucci - M.Marini)出版社 RIMIミルバ (vf) Milva (Ricordi - Ricordi) SRL-10・449 [45] : ロス・ブラボ-ズ (compl=sp) Los Bravos (Tiffany - Tiffany) TIF-519 [45] SRL-10・449 HIT-1425TIF-519 TOP-1129 1967年第17回 以上30曲 リキ・マイオッキ (CBS) アンナ・ゲルマン (CDI) XL-0424 残る最後の初出場のレコード会社はパレード(Parade)です。初出場ながら2人の歌手を出しています。国内盤でも何枚かマカロニ・ウェスタンのサントラ盤を出しているので知っている方もあるでしょう。RCAイタリアーナの芸術監督からリコルディの芸術監督となり、その後このパレードを作り倒産、イト(IT)を興したイタリアレコード界の大物ヴィンチェンツォ・ミコッチの会社です。詳しくは私の過去ブログ「インテルメッツォ~ヴィンチェンツォ・ミコッチ」(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/9012827.html)をご覧ください。 彼の弟子達、歌手ニコ・フィデンコ、作曲家エンニオ・モリコーネ、作詞家カルロ・ロッシと奥さんの歌手ルイゼールなどが支えた会社です。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.01.07
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。 ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ 開催間際の出場歌手変更で、新人歌手の出演も多かったのですが、出演した中にマリオ・ガルネラも含まれていました。彼はピッポ・バウド司会の日曜午後2時間放送されていたクイズと新人発掘バラエティー番組で、既に有名になっていました。芸名はパペット(人形?)として人気を得ていました。しかし、パートナーの同じ会社の大物歌手オルネラ・ヴァノーニが「サンレモ音楽祭はもっと厳粛なのもで、そんな軽い芸名は適さない」として、彼は本名のマリオ・ガルネラに戻させました。 ニコ・フィデンコ (Parade) ディオンヌ・ワ-ウィック (Scepter) 第17回 1967年1月26日(木)~28日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 ボビ-・ゴ-ルズボロ (United Artis) メモ・レミ-ジ (Carosello)HIT-1521 出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。 [数]は外人歌手数CGD10 [5]; RCA ITALIANA 7 [1]; RICORDI 7 [2]; FONIT CETRA 5 [0]; SAAR 4 [2]; RI FI 3 [0]; DURIUM 2 [0]; CAROSELLO 2 [0]; ARISTON 2 [0]; CARISCH 2 [1] ;V.C.M. 1 [0]; PHONOGRAM 1 [0]; Clan Celentano 1 [0] ; VEDETTE 1 [0]; BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1] 前年第16回の時に初めてバンド(グループ)が出演し、舞台交代で混乱が起きたため、バンド演奏を止めたイ・ジガンティとヴォーカル・グループ以外のバンドは、サンレモ・カジノ劇場にある小ステージの演奏になりました。また67年のアシスタント・プレゼンターは珍しく日本でも美人ジャズ・シンガーとして知られるレナータ・マウロが登用されました。ステージが二つに分かれたばかりか、最終日に残る敗者復活選考の評議委員の辞任や、ルイジ・テンコの自殺事件が起こり大変な司会役でしたが、反対に何時までも忘れられない存在ともなりました。彼女レナータ・マウロについては今回の最後で紹介いたします。。 <参加曲>◆ 恋に捧げん Dedicato all'amore (A.Testa - D.Pace - F.Carraresi) 出版社 ABERBACH ペピーノ・ディ・カプリ (vm) Peppino Di Capri (Carisch - Carisch) VCA-26185 [45] : ディオンヌ・ワーウィック (vf=a) Dionne Warwick (Scepter - CGD) SC- 709 [45] VCA-26185 SC- 709 ◆ 私を信じて Devi aver diducia in me (F.Specchia - R.Martini)出版社PEER ITALIANA ロベルタ・アマディ (vf) Roberta Amadei (RI FI - RI FI) RFN・NP-16179 [45] :カルメロ・パガ-ノ (vm) Carmelo Pagano (Gli Sconosciuti - RCA Italiana) SN- 1005 [45] RFN・NP-16179 SN- 1005 ◆ 強く愛して E' più forte di me (A.Del Monaco - E.Polito) 出版社 TIBER トニ-・デル・モナコ (vm) Tony Del Monaco (CGD - CGD) N-9650 [45] : ベティ-・クルティス (vf) Betty Curtis (CGD - CGD) N-9649 [45] N-9650 PS- 8 N-9649 PS- 8 ◆ ジ Gi (V.Pallavicini - A.Amurri - F.Bongusto) 出版社 SAINT TROPEZ フレッド・ボングスト (vm) Fred Bongusto (Fonit - Fonit Cetra) SPF-31201 [45] : アンナ・ゲルマン (vf=po) Anna German (CDI - CDI) CDI-2005 [45] SPF-31201 HIT-1439 CDI-2005 ◆太陽を燃やせ Guardati alle spalle (L.Beretta - D.Pace - M.Panzeri - F.Monaldi) 出版社 ARALDO ニコラ・ディ・バリ (vm) Nicola Di Bari (Jolly - SAAR) J-20406×45 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (Musicor - CGD) MR-6031 [45] J-20406×45 HIT-2014 MR-6031 ◆想い出のうた Ma piano (per non svegliarti) (G.Meccia)出版社 V.d.P. ニコ・フィデンコ (vm) Nico Fidenco (Parade - Parade) PRC-5025 [45] : シェール (vf=a) Cher (Liberty - Belldisc) LIB-12049 [45] PRC-5025 HIT-1452 LIB-12049 LR- 1699 参加曲の残りは次回に続く シャンソンの友 (CBS) ドナテラ・モレッティ (Parade) カルメロ・パガ-ノ (Gli Sconosciuti) レナータ・マウロ(Renata Mauro)本名レナータ・マラオーロ(Renata Maraolo)1934年5月17日ミラノ生、2009年3月28日ミラノの西北西100kmにある都市ピエドモント没。ショウ・ガール、歌手、女優。 裕福な実業家の娘として生まれ、ゴルニ・クラメール(Gorni Kramer)に師事し、53年19才の時に芸能界デビューをしました。55年イスキア島の女優フランカ ヴァレリのミュージカル・コメディー「L'arcisopolo」に出演、61年TV番組「GIARDINO D'INVERNO」でレリオ・ルッタッツィが彼女のために書いた曲で歌手としてミーナがデビューしたイタルディスクからデビューしまし、"Un whisky e un blues"で世界自転車競技大会関連イベントの「ミラノ音楽の6日間」にも参加しました。レコード・デビュー前後には「裸のマヤ」ほか数本の映画出演もしています。その後ミーナの「スタジオ・ウーノ」や「カンツォニッシマ」にも出演し、65年ナポリで開催されたユーロヴィジョン・ソング・コンテストのプレゼンンター、66年第14回ナポリ音楽祭にヌンツィオ・ガロのパートナーとして"STU POCO 'E BENE"を歌いました。そして67年のサンレモ音楽祭のプレゼンターとして人々の記憶に残っています。 レナータ・マウロの国内盤SSCD-8069 (1999年10月8日 RICHT TEMPO CLASSIC -サウンド・ヒルズ(RICHT TEMPO,Italy)) CD "バラッド/レナータ・マウロ(BALLADS/RENATA MAURO)"Originally recorded in 1969 and published on Dire FO-337 (Avrei potuto non fare questo disco, certo, ma forse sarei morta) in 1970 , Italy. → SSCD-8069 1.イズ・ザット・オール・ゼア・イズ (IS THAT ALL THERE IS)2.イエスタデイ (YESTERDAY)3.サムシング・クール (SOMETHING COOL)4.ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド (YOU GO TO MY HEAD)5.イージー・リヴィング (EASY LIVING)6.アルフィー (ALFIE)7ワン・フォー・マイ・ベイビー (ONE FOR MY BABY)8.マイ・マン (MY MAN)9.イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド (IT NERVER ENTERED MY MIND)10.時さえ忘れて (I DIDN'T KNOW WHAT TIME IT WAS)11.アイ・テット・アロング・ウィズアウト・ユー・ヴェリー・ウェル (I GET ALONG WITHOUT YOU VERY WELL) ネット・ショップやオークションで、1000円前後で入手可能な筈です。探してみてください。
2014.01.05
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。 ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ イギリスのグループ、ホリーズは最初2曲歌う予定になっていましたが、最終的にはミーノ・レイターノのパートナーで"世界を信じたい(Non prego per me)"だけとなりました。幻のもう1曲はロベルタ・アマデイのパートナーとして"私を信じて(Devi aver diducia in me)"です。資料によってはホリーズが歌ったことになっているものが有ったようです。この曲、最終段階でアメリカのジョニー・リヴァース(Johnny Rivers)に割り振られましたが、彼から準備不足を理由に出場を断られ、最終的に新人のカルメロ・パガーノが出場することになりました。ドメニコ・モドゥーニョのパートナーとなったジディウリとカルメロ・パガーノのシングル盤は今ではレア物となり、サンレモ・マニアの間では高値が付いているようです。 ミ-ノ・レイタ-ノ (Ricordi) シェ-ル (Liberty) 第17回 1967年1月26日(木)~28日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 マリオ・ゼリノッティ (Durium) マリオ・ガルネラ (Ariston) 出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。 [数]は外人歌手数CGD10 [5]; RCA ITALIANA 7 [1]; RICORDI 7 [2]; FONIT CETRA 5 [0]; SAAR 4 [2]; RI FI 3 [0]; DURIUM 2 [0]; CAROSELLO 2 [0]; ARISTON 2 [0]; CARISCH 2 [1] ;V.C.M. 1 [0]; PHONOGRAM 1 [0]; Clan Celentano 1 [0] ; VEDETTE 1 [0]; BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1] それにもう1曲外人パートナーが何人か候補に挙がりながら実現しなかった曲があります。これは作者の思い入れが激しく、到底サンレモ音楽祭のような新曲コンクールに出場するような歌手でない人を想定したためでした。もし出ていたら前年のヤードバーズのように、悲惨な結果となっていたことでしょう。その曲は"ピエ-トレ(Pietre)"で、最終的には作者の一人でもある歌手ジャン・ピエレッティとフランスのアントワーヌが歌い8位入賞となりました。 当初ジャン・ピエレッティと彼のレコード会社ヴェデッテはアメリカのフォーク・ロック神様ボブ・ディランに連絡を取ろうとしました。ボブ・ディラン(Bob Dylan)から拒否の応答に直面し、困った挙句イギリスのフォーク・ロックの神様ドノヴァン(Donovan)に変えて依頼をしました。かれらはCBSの所属でしたが、イタリアでライセンス契約を撮っているCGDの大物歌手のパートナーとして養成しても受けるような歌手達ではなかったと思われます。ましてやイタリアのマイナー・レーベルで海外に名前の知られていない歌手が相手では無理でした。最終的にフランスの異才アントワーヌにきまり、これが功を奏し入賞できたと思われます。 <入賞曲>13位 アローラ・ダイ ...E allora dai! (G.Gaber)出版社 SETTE BELLO <3> ジョルジョ・ガーベル (vm) Giorgio Gaber (RI FI - RI FI) RFN・NP-16180 [45] : レモ・ジェルマーニ (vm) Remo Germani (MGM - Ricordi) CI-20180 [45] RFN・NP-16180 MG-70・007 HIT-1425 13位 恋の革命 La rivoluzione (Mogol - P.Soffici) 出版社SUPER SONIC <3> ジャンニ・ペッテナーティ (vm) Gianni Pettenati (Cetra - Fonit Cetra) SP-1326 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (Musicor - CGD) MR-6031 [45] SP-1326 HIT-1423 MR-6031 <参加曲>◆ 風に消えた恋 Il cammino di ogni speranza (U.Napolitano)出版社 MASカテリーナ・カセルリ (vf) Caterina Caselli (CGD - CGD) N-9651 [45] : ソニー & シェール (duo=a) Sonny & Cher (Atlantic - SAAR) AT-90196×45 [45] N-9651 HIT-1426 AT-90196×45 ◆ 少女 Canta ragazzina (Prog - C.Donida - I.Pattacini) 出版社 FAMA ボビ-・ソロ (vm) Bobby Solo (Ricordi - Ricordi) SRL-10・450 [45] : コニ-・フランシス (vf=a) Connie Francis (MGM - Ricordi) MG-70・008 [45] SRL-10・450 HIT-1437 MG-70・008 ◆ 希望の鐘 (平和の鐘) C'è chi spera (D.Pace - M.Panzeri - G.Colonnello) 出版社 ARISTON リキ・マイオッキ (vm) Riki Maiocchi (CBS - CGD) 2538(CBS)[45] : マリアンヌ・フェイスフル (vf=e) Marianne Faithfull (Derby - CGD) DB-5171 [45] 2538(CBS) DB-5171 TOP-1130 ◆チャオ・アモーレ・チャオ(青春の墓標)Ciao amore ciao (L.Tenco)出版社 RCA - R.R.RICORDI ルイジ・テンコ (vm) Luigi Tenco (RCA Italiana - RCA Italiana) PM45-3387 [45] : ダリダ (vf) Dalida (Barclay - RCA Italiana) BN-7010 [45] PM45-3387 BN-7010 HIT-1427 参加曲の残りは次回に続く ザ・ホリ-ズ (Parlophon) アンナリタ・スピナ-チ (Interrecord) ザ・ロ-クス (ARC) 3番目の初出場のレコード会社はCDIです。興行師、またミルバの初期のヒット曲 "フラメンコ・ロック(FLAMENCO ROCK)"の作詞家でもあるピエール・クィント・カリアッジ(Pier Quinto Cariaggi) が1963年に興した小さな会社です。彼はそれまでにジャズのクィンシー・ジョーンズと親しく、イタリアへの招聘などを行っていました。スターは後に彼の妻となるララ・サン・ポール、ポーランドの美人歌手アンナ・ゲルマンで、68年サンレモ音楽祭に"サッチモ"ルイ・アームストロングを出場させたことでした。70年にレーベルは閉鎖されました。 サンレモの歌手たち 53 タニヤ {ララ・サン・ポール}、ジーノ・ブラミエリ(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/9117826.html)も併せてご参照ください。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2014.01.03
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。 ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ これまでも優勝経験のある大物歌手のパートナーについては色々トラブルが起きています。この回は前年優勝者ドメニコ・モドゥーニョかやらかしています。1966年はボビー・ソロがゴネにゴネ、RAIから「いやならサンレモの楽団とコーラスだけで曲を流す」とまで言われ、結果は予選落ちの参加曲になりました。この17回もモドゥーニョがモメて、結果は予選落ちの参加曲になっています。 何をしたかと言うと、以前から決まっていたフランスで売出し中の歌手クリストフ(Christophe)がパートナーだったのですが、初日に訳のわからない理由で、「彼の鼻にかかる声」が気に入らないとも書いてありましたが、突然彼を拒否しました。モドゥーニョの歌う前日です。なにしろイタリアの看板歌手、最多優勝4回(この年クラウディオ・ビルラが優勝し4回で並びます)の超大物で、作者自身ですから、だれも逆らえずクリストフは降ろされました。そして新たなパートナーをメモ・レミージ、アンナリタ・スピナーチ、カルメロ・パガーノを要求しましたが、これも駄々をこねているだけ、実現不可能な要求でした。相手となったのは無名の新人ジディウリでした。 ドン・バッキ- (Clan Celentano) マリアンヌ・フェイスフル (Derby) 第17回 1967年1月26日(木)~28日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 ジャン・ピエレッティ (Vedette) ジャンニ・ペッテナ-ティ (Cetra) 出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。 [数]は外人歌手数CGD10 [5]; RCA ITALIANA 7 [1]; RICORDI 7 [2]; FONIT CETRA 5 [0]; SAAR 4 [2]; RI FI 3 [0]; DURIUM 2 [0]; CAROSELLO 2 [0]; ARISTON 2 [0]; CARISCH 2 [1] ;V.C.M. 1 [0]; PHONOGRAM 1 [0]; Clan Celentano 1 [0] ; VEDETTE 1 [0]; BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1] 急遽出場が決まったジディウリにはレコードを作る時間もなく、クリストフのカラ・オケを使い、5分で録音したと言われています。モドゥーニョ、ジディウリ、クリストフの"青空に叫ぶ"を聞いた人の中では、クリストフの曲の出来が一番良かったという声が幾つも残されています。 "ミンモ"ドメニコ・モドゥーニョの傲慢が出たのだと言われています。サンレモ優勝者の翌年は入賞出来ないようです。このモドゥーニョはじめ65年のボビー・ソロ、63年のトニー・レニス、エミリオ・ペリコーリ、61年のルチアノ・タヨーリなどが「ジンクス」とまではいきませんが参加曲にとどまりました。 <入賞曲>7位 孤独な青春 Dove credi di andare (S.Endrigo)出版社 USIGNOLO <12> セルジョ・エンドリゴ (vm) Sergio Endrigo (Cetra - Fonit Cetra) SP-1324 [45] : メモ・レミージ (vm) Memo Remigi (Carosello - Carosello) CI-20180 [45] SP-1324 HIT-1421 CI-20180 8位 ピエートレ Pietre (D.Pieretti - R.Gianco) 出版社SCIASCIA <11> ジャン・ピエレッティ (vm) Gian Pieretti (Vedette - Vedette) VVN-33129 [45] :アントワーヌ (vm=f) Antoine (Vogue - SAAR) J-35127×45 [45] VVN-33129 J-35127×45 9位 涙に咲く花 L'immensità (Don Backy - Mogol - D.Mariano)出版社 CLAN < 9> ドン・バッキー (vm) Don Backy (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24047 [45] :ジョニー・ドレルリ (vm) Johnny Dorelli (CGD - CGD) N-9648 [45] ACC-24047 HIT-2053N-9648 HIT-1424 10位 狂ったハ-ト Cuore matto (A.Ambrosino - T.Savio) 出版社 DURIUM <8>リトル・トニー (vm) Little Tony (Durium - Durium) Ld・A-7500 [45] : マリオ・ゼリノッティ (vm) Mario Zelinotti (CIRCUS - Durium) CN・A-9230 [45] Ld・A-7500 JET-1740 CN・A-9230 11位 この愛に生きて Io per amore (V.Pallavicini - P.Donaggio) 出版社 ACCORDO <5> ピノ・ドナッジォ (vm) Pino Donaggio (Columbia - V.C.M.) SCMQ-7038 [45] : カルメン・ヴィラーニ (vf) Carmen Villani (Cetra - Fonit Cetra) SP-1325 [45] SCMQ-7038 OR- 1672SP-1325 HIT-1423 11位 夢の誓いPer vedere quanto grande è il mondo (Mogol - C.Donida) 出版社 R.R.RICORDI <5>ウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi - Ricordi) SRL-10・447 [45] : ザ・バチェラーズ (compl=e) The Bachelors (Ricordi International - Ricordi) SIR-20・041 [45] SRL-10・447 HIT-1422 SIR-20・041 TOP-1128 入賞曲の残りは次回に続く ソニ- & シェ-ル (Atlantic) ジディウリ (Jolly) ザ・ハプニングス (CDB INT.) 2番目に紹介する初出場のレコード会社はティファニー(Tiffany)です。純粋なイタリアのマイナー・レーベルで、戦後期に一世風靡した歌手、バンドリーダーのマリーノ・マリーニが1962年に彼の妻と共に立ち上げたレーベルでした。看板歌手はニキー(彼の姪だと昔聞いた事がありましたが、確認できる資料はありません)、他にはトランペットのガストーネ・パリージやジョルジョ・ガーベルの奥さんオンブレッタ・コッリが一時所属していました。ニキーについては私の過去ブログ「ニキー(NIKY)をご存知ですか?」(http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrio/5730617.html) をご覧ください。それに外国人で発売権を持っていたロス・ブラボースなどでした。10年後の72年マリーノ・マリーニがフォニット・チェトラの支配人となり、レーベルを閉鎖しています。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.12.30
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画像ファイルのキャパシティー不足で画像ファイルがアップできません。完全版は下記の私のブログをご覧ください。ヤフー・ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/cnz27hrioFC2ブログ http://cnzhrio.blog.fc2.com/ 長らくブログの方をお休みしておりましたが、再開いたします。二ヶ月半も経ってしまいました。その間、時折(毎日だった方には大変申し訳ありません)覗いて頂いた方、お待ちいただいた方にはご期待に添えず申し訳ありませんでした。 またオークション(ヤフオク)の方でお付き合い、ご入札いただきました方にはお礼を申し上げます。予想以上にご落札いただき、私の方の整理も進みました。昨年出品した時は、どなたも関心を示したもらえなかった盤も落札して頂き、感謝しております。 世の中は2、3ヶ月で激変し、サンレモ曲のリストで音声ファイルをリンクしていた音源の多くはアマゾンMP3のサンプル音声に頼っていました。そのサンプルが廃止しされたようです。またWeb上で音源が無い場合、自作で30秒のファイルを作り"Voon"にアップして利用していましたが、その"Voon"も運用中止となり、ほとんどがリンク切れ状態になったと思います。音楽資料なので実際の曲を聴いて頂くのが一番良いのですが!今後何らかの方法を検討してみますが、当分は音声ファイルをリンクいたしません。 ペピ-ノ・ディ・カプリ (Carisch) カルメン・ヴィラ-ニ (Cetra) 第17回 1967年1月26日(木)~28日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、レナータ・マウロ(Renata Mauro )楽団指揮: 25名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に15曲を歌い、各夜の中から6曲の入賞曲を選出し、敗者復活でもう1曲を選び各夜7曲づつ最終夜に出場権を与え、最終夜に出場した中から優勝を決め2位から14位までの入賞曲を発表する。 ルイジ・テンコ (RCA Italiana) ダリダ (Barclay) 出場歌手は58歌手(グループは1歌手)で、アメリカのジーンン・ピットニーとイギリスのバチェラーズ、デュエットとソロ歌手で出場したソニーとシェールのシェールが2曲歌った以外は、総て1歌手1曲の歌唱でした。初出場34歌手(内外人13歌手)、出場レコード会社19社で初出場4社、外人歌手のみの出場会社は4社です。ただしボビー・ゴールヅボローが出場しているユナイテッド・アーティスツがどこの販売か分かりませんので不明1社としておきます。 [数]は外人歌手数CGD10 [5]; RCA ITALIANA 7 [1]; RICORDI 7 [2]; FONIT CETRA 5 [0]; SAAR 4 [2]; RI FI 3 [0]; DURIUM 2 [0]; CAROSELLO 2 [0]; ARISTON 2 [0]; CARISCH 2 [1] ;V.C.M. 1 [0]; PHONOGRAM 1 [0]; Clan Celentano 1 [0] ; VEDETTE 1 [0]; BLUE BELL 1 [1];新Parade2 [0];新Interrecord 1 [0]; 新CDI 1 [1];新Tiffany 1 [1] ●不明 United Artists 1 [1] 中断の後再開する大会としては書くのが難しい回となりました。最大の話題は開催中にルイジ・テンコが自殺をしたことに尽きました。騒然として落着きのない中でしかも、世界中的な学生運動の影響でフォーク・ソング(プロテスト・ソング)が台頭し、この大会も主流で伝統的カンツォーネ(歌謡曲)への圧力となりました。その中 "愛のわかれ"はクラウディオ・ビルラとイヴァ・ザニッキの歌唱力で、誰もが納得する優勝をしています。 この後書きますが、第17回はルイジ・テンコの事件以外でも、歌手の人選で直前まで、ドタバタ劇を演じています。大物歌手の欠場で急遽代役となった関係で、トップにする初出場歌手の顔写真を選ぶのにも困ってしまいました。日本では人気も、知名度も低いのですが、今やナポリの大物となったペピーノ・ディ・カプリと、しばらくは人気歌手となったカルメン・ヴィラーニを初回トップを飾ることとなりました。 その次は台風の目となったルイジ・テンコとダリダペアにしています。カトリックでは、自殺は特に大罪と見做されています。神から授かった命を人間自ら断つのは許されざる事なのです。 <優勝> 愛のわかれ Non pensare a me (A.Testa - E.Sciorilli)出版社 MASCOTTE <45> クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (Cetra - Fonit Cetra) SP-1327 [45] : イヴァ・ザニッキ (vf) Iva Zanicchi (RI FI - RI FI) RFN・NP-16182 [45] SP-1327 HIT-1421RFN・NP-16182 SFON- 1008 <2位> 愛を囁やくとき Quando dico che ti amo (A.Testa - T.Renis) 出版社 <31> RCA アンナリタ・スピナーチ (vf) Annarita Spinaci (Interrecord - Interrecord) I・NP-1014 [45] : レ・サーフ (coro=f) Les Surfs (Festival. - CGD) FX-140 [45] I・NP-1014 FX-140 <3位> 平和の花 Proposta (Albula - G.B.Martelli - A.Martelli)出版社 CICOGNA イ・ジガンティ (compl) I Giganti (RI FI - RI FI) RFN・NP-16181 [45] : ザ・バチェラ-ズ(compl=e) The Bachelors (Ricordi International - Ricordi) SIR-20・041 [45] RFN・NP-16181 SIR-20・041 TOP-1128 <入賞曲>4位 音楽は終ったのに La musica è finita (Nisa - F.Califano - U.Bindi) 出版社 ARISTON < 24 > オルネラ・ヴァノーニ (vf) Ornella Vanoni (Ariston - Ariston) AR-0190 [45] :マリオ・ガルネラ (vm) Mario Guarnera (Ariston - Ariston) AR-0191 [45] AR-0190 HIT-1824 AR-0191 5位 バラのほほえみ Io, tu e le rose (D.Pace - M.Panzeri - Brinniti) 出版社 NAZIONALE < 15 >オリエッタ・ベルティ (vf) Orietta Berti (Polydor - Phonogram) NH54-839 [45] :シャンソンの友 (coro=f) Les Compagnons de la Chanson (CBS - CGD) 2544(CBS) [45] NH54-839 DP-15252544(CBS) LL- 1044・C 6位 君を失う時Bisogna saper perdere (G.Cassia - R.Cini) 出版社 RCA I < 14 >ルチオ・ダルラ (vm) Lucio Dalla (ARC - RCA ITALIANA) AN-4113 [45] : ザ・ロ-クス (compl) The Rokes (ARC - RCA ITALIANA) AN-4109 [45] AN-4113 SS-1734 AN-4109 SS-1734 入賞曲の残りは次回に続く ロス・ブラボ-ズ (Tiffany) イ・ジガンティ (RI FI) ザ・バチェラ-ズ(Ricordi International) 1967年の音楽祭に初出場したレコード会社は4社あります。最初はインター(Interrecord)で2位となったアンナリタ・スピナーチがいた会社です。65年ミラノに設立され3年で閉鎖となったマイナーです。名のある歌手は彼女とチャト&チャトス、トト&タティというバンドのリーダーで超大物歌手となったトト・クトゥーニョくらいでした。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.12.26
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★ボビー・ソロ (vm) Bobby Solo本名ロベルト サッティ、1945年3月18日ローマ生、自作自演歌手。1980年代後半から90年代初めに、ロザンナ・フラテルロ(ROSANNA FRATELLO)、ボビー・ソロ(BOBY SOLO)とリトル・トニー(LITTLE TONY)の三人でにロボット(RO.BO.T.)というユニットを組み、活動をしました。 MRL-6051 1966年はボビー・ソロの経歴を語られる時はほとんど触れられる事のない年です。デビューから2年、出す曲はすべてヒットし順風満帆でした。周囲もチヤホヤし考え違いをしてしまい、約束を守らない、遅刻はする、ついには66年サンレモ出場曲"愛を誓う(QUESTA VOLTA)"のパートナーにいちゃもんを付けるといった状態でした。主催者側のRAIも嫌なら、カジノ劇場のオーケストラとコーラスで構わないと言われてしまいます。 そして報復だったか真偽は分かりませんが、誰かからガール・フレンドとの同棲のスキャンダルまでリークされ、その対応も悪さも影響しRAIから6月まで「お出入り禁止処分」まで受けます。さらに出場曲のパートナーとなったヤードバースのジェフ・ベックが「これはロックじゃない、ワルツだ」という"名言"を残し出演を拒否ませされてしまいました。 とは言えリコルディの大切なスター、66年はアルバム2枚とシングル盤4枚を出しています。 MRL-6051 (1966年5月 RICORDI - RICORDI) 30cm LP Bobby Solo - La Vie En Rose (ボビ-・ソロ/ばら色の人生) ※ジャケット写真は顔写真用ジャケット画像をご参照1.La Vita E' Rosa (La Vie En Rose - ばら色の人生)2.Moulin Rouge (ムーラン・ルージュ)3.T'Ho Voluto Bene (激しく愛す)4.Ti Guardero' Nel Cuore (More - モア)5.Ricordati Ragazzo (Nature Boy - ネイチュア・ボーイ)6.Syboney (SIBONEY - シボネー)7.La Casa Del Signore (Crying In The Chapel - 涙のチャペル)8.Le Foglie Morte (Les Feuilles Mortes - 枯葉)9.Fascination (魅惑のワルツ)10.Stanotte Si' (Tonight - トゥナイト)11.Polvere Di Stelle (Stardust - スターダスト)12.Moon River (ムーン・リバー) MRL-6054 (1966年10月28日 RICORDI - RICORDI) 30cm LP Bobby Solo - Le canzoni del West (ボビー・ソロ、ウェスタン・アルバム) SR- 146 1OH, SUSANNA! (OH! SUSANNA - おおスザンナ[伊]) <11>2LE VIE DI LAREDO (THE STREETS OF LAREDO - ストリート・オブ・ラレド[伊]) <13>3TOM DOOLEY (TOM DOOLEY - トム・ドゥーリー[伊]) <14>4LA CASA NEL WEST (HOME ON THE RANGE - 峠のわが家[伊]) <8>5CLEMENTINA (MY DARLING CLEMENTINE - いとしのクレメンタイン[伊]) <9>6LA VALLE DEL FIUME ROSSO (RED RIVER VALLEY - レッド・リヴァー・ヴァリー[伊]) <10>7CAVALCO IL MIO PONY (I RIDE AN OLD PAINT - 小馬に乗って[伊]) <12>8NEVADA SMITH (NEVADA SMITH - ネバダ・スミス[伊]) <7>9LA CANZONE DI ALAMO (THE GREEN LEAVES OF SUMMER - 遥かなるアラモ[伊]) <2>10.NON MI ABBANDONAR (HIGH NOON - ハイ・ヌーン[伊]) <3>11.LA NOSTRA TERRA (GREENSLEEVES - グリ-ン・スリーヴス[伊]) <4>12.QUEL TRENO PER YUMA (THE BALLAD OF 3:10 TO YUMA - 決断の3時10分[伊]) <5>13.COL MIO PONY (MY RIFLE, MY PONY AND ME - ライフルと愛馬[伊]) <6>14.RINGO, DOVE VAI? (Ringo come to fight -荒野の10万ドル) <1> ※<数字>は国内盤 SR- 146 の曲順を表します。(国内盤は次回紹介します) シングル盤はSRL-10・413 (1966年1月 RICORDI - RICORDI) Questa volta (愛を誓う)/In un mattino senza sole (太陽のない朝) SRL-10・413 SRL-10・433 SRL-10・433 (1966年RICORDI - RICORDI) Per far piangere un uomo (あふれる涙 [伊])/Luna del lunedì (このジャケはプレスリーしてますね) SRL-10・435 (1966年RICORDI - RICORDI) Nevada Smith (ネバダ・スミス[伊])/Lady Chaplin SRL-10・435 SRL-10・440 SRL-10・440 (1966年12月 RICORDI - RICORDI) Non c'è più niente da fare (想い出の夢)/Serenella (セレネッラ) "想い出の夢"は翌67年カンタジーロのジローネAに出場しました。67年のカンタジーロは優勝候補のアドリアーノ・チェレンターノ(Adriano Celentano)が途中エスケープ等で順位なしでした。しかし67年年間ランク33位の大ヒットとなり、ボビー・ソロもやっと長いトンネルを抜け出せたようでした。 ボビー・ソロの国内盤 HIT- 607 (1966年2月1日SEVEN SEAS - キング) ほほにかかる涙 (UNA LACRIMA SUL VISO)/君に涙とほほえみを (SE PIANGI SE RIDI) HIT- 607 HIT-1303 HIT-1303 (1966年3月日SEVEN SEAS - キング) 夢を呼ぶ明日 (NON E' LA FINE)/涙のチャペル [伊](LA CASA DEL SIGNORE - CRYING IN THE CHAPEL [I]) 17M-1031 (1966年4月1日 SEVEN SEAS - キング) 17cm CP サン・レモのすべて第11集 (TUTTE LE SAN REMO Vol. 11)4. 愛を誓う (QUESTA VOLTA) 17M-1031 SH- 231 SH- 231 (1966年5月SEVEN SEAS - キング) 30cm LP第16回サンレモ音楽祭 (FESTIVAL DI SAN REMO 1966)7.愛を誓う (QUESTA VOLTA) HIT-1365 (1966年8月1日SEVEN SEAS - キング) さすらいの彼方 (RINGO DOVE VAI? 映画「荒野の100万ドル(100,000 DOLLARI PER RINGO)」)/愛を誓う (QUESTA VOLTA) HIT-1365 PP- 96 PP- 96 (1969年9月10日 SEVEN SEAS - キング) 17cm CPボビー・ソロ、ベスト4 (BOBBY SOLO BEST4)1.さすらいの彼方 (RINGO DOVE VAI?)2.ほほにかかる涙 (UNA LACRIMA SUL VISO)3.想い出にさようなら (QUELLO SBAGLIATO)4.夢を呼ぶ明日 (NON E' LA FINE)
2013.10.14
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SR- 4 (1966年9月10日 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP ボビー・ソロ*ゴ-ルデン・アルバム (BOBBY SOLO GOLDEN ALBUM)1.ほほにかかる涙 (UNA LACRIMA SUL VISO)2.想い出にさようなら (QUELLO SBAGLIATO)3.愛を誓う (QUESTA VOLTA)4.すてきなクリスティ-ナ (CRISTINA)5.愛の谷間 (LA NOSTRA VALLATA)6.ガッパリア (GUAPPARIA)7.ぼくを信じて (CREDI A ME)8.想い出を失って (ORA CHE SEI GIA' UNA DONNA)9.君に涙とほほえみを (SE PIANGI SE RIDI)10.夢を呼ぶ明日 (NON E' LA FINE)11.瞳に太陽 (IN FONDO AGLI OCCHI)12.さすらいの彼方 (RINGO DOVE VAI?)13.太陽のない朝 (IN UN MATTINO SENZA SOLE)14.涙のチャペル [伊] (LA CASA DEL SIGNORE)15.ほほにかかる涙 <歌> (UNA LACRIMA SUL VISO <VOCI>)16.ほほにかかる涙 <演奏> (UNA LACRIMA SUL VISO <STRUMENTARE>) SR- 4 SR- 5 SR- 5 (1966年10月10日 SEVEN SEAS - キング) 30cm LPサン・レモの栄光 (I VINCITORI A SAN REMO)15.君に涙とほほえみを (SE PIANGI SE RIDI) SLX3-1001(M) (1966年10月10日 SEVEN SEAS - キング) 30cm 3LP Box 豪華版サン・レモのすべて (TUTTE LE CANZONI DI SAN REMO)3-2.ほほにかかる涙 (UNA LACRIMA SUL VISO)3-3.君に涙とほほえみを (SE PIANGI SE RIDI) SLX3-1001(M) PP- 125 PP- 125 (1967年1月15日 SEVEN SEAS - キング) 17cm CP ボビー・ソロ、ベスト4第2集 (BOBBY SOLO BEST 4 Vol.2)1.トゥナイト [伊] (STANOTTE SI' - TONIGHT)2.ムーン・リバー [伊] (MOON RIVER [I])3.ノン・ディメンティカール (T'HO VOLUTO BENE - NON DIMENTICAR (DON'T FORGET))4.枯葉 [伊] (LE FOGLIE MORTE - LES FEUILLES MORTES [I]) HIT-1406 (1967年2月1日 SEVEN SEAS - キング) モアー (MORE -心の奥底に(TI GUARDERO' NEL CUORE))/あふれる涙 [伊] (PER FAR PIANGERE UN UOMO - TO MAKE A BIG MAN CRY [I]) HIT-1406 SR- 9 SR- 9 (1967年2月10日 SEVEN SEAS - キング) 30cm LP 栄光のサウンドトラック・ゴールデン・アルバム (SOUND TRACK GOLDEN ALBUM)3.ほほにかかる涙 (UNA LACRIMA SUL VISO)SH- 289 (1967年3月10日 SEVEN SEAS - キング) 30cm LPカンツォーネ専科第4集 (LE CANZONI D'ORA Vol.4)1.モアー (MORE -心の奥底に(TI GUARDERO' NEL CUORE))3.もう決して聞かないで (NON CHIEDERMI NULLA) SH- 289 ボビー・ソロ4は1967年サンレモ音楽祭の後に続きます
2013.10.14
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この第16回大会から将来の大物歌手たちが巣立って行きました。一番はカテリーナ・カセルリ(Caterina Caselli)です。現在はカテリーナ・カゼッリの表記がイタリア語の発音に近いとされていますが、この場ではアナログ盤発売当時(初めて日本で紹介された)の表記をします。悪しからず!"青春に生きる"は彼女の3枚目(CGD移籍2枚目)のシングルで年間第6位(週間ランク17週在位のナンバー・ワン・ヒット)に、66年出したシングル盤4枚は週間ランク3位以内、67年から69年まで総て同10位(多くは5位)以内の連続大ヒットを出しています。 もう一人は2012年サンレモ音楽祭に元気な姿をみせていたのですが、直後の3月1日亡くなったルチオ・・ダッラ(Lucio Dalla)。こちらもカセルリ同様ルーチョ・ダッラを承知の上で、発売当時の表記をします。60年代半ばまで、舞台衣装は最低でも男性はスーツにネクタイ着用、女性はドレス、出来ればタキシード、イヴニングが当たり前でしたが、彼の出で立ち(写真では確認できず)は上はダーク・スーツですが下がパジャマのズボンで度肝を抜いたそうです。また"ヴォラーレ"を歌ったドメニコ・モドゥーニョが口髭をはやしていただけで、相当の話題になったのですが、彼はしっかたっぷりり髭を(当時は髪の毛も)たっぷり伸ばし物議を醸したようでした。 アンナ・イデンティチ (ARISTON) パット・ブ-ン (DOT) 異色を放ったのは、声楽界テノールの大スター、ジュゼッペ・ディ・ステファーノ(Giuseppe Di Stefano)が出場したことでした。彼の名前も正しくはディ・ステーファノですが、通常使われているディ・ステファーノの表記でお許しください。50年代から60年代は「3大テノール」と言っても、スペインの手助けを借りず、イタリア人だけで余りありました。少なくともディ・ステファーノとマリオ・デル・モナコ(MARIO DEL MONACO)、フランコ・コレルリ(FRANCO CORELLI)など、もう少し時代を遡ればフェルッチョ・タリアヴィーニ (FERRUCCIO TAGLIAVINI)、ベニアミーノ・ジーリ (BENIAMINO GIGLI)、アリゴ・ポーラ (ARRIGO POLA)、ティト・スキーパ (TITO SCHIPA)、カルロ・ベルゴンツィ (CARLO BERGONZI)など。サンレモ音楽祭では、マリオ・デル・モナコが76年にゲストとして出演、ルチアーノ・パヴァロッティ(LUCIANO PAVAROTTI)はオープニング・テーマの"ヴォラーレ"を歌いましたが、本選で歌ったのはジュゼッペ・ディ・ステファーノだけでした。 第16回 1966年1月27日(木)~29日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、パオラ・ペンニ(Paola Penni )、カルラ・M.プッチーニ( Carla M. Puccini)楽団指揮: 21名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に13曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し、入賞曲を発表する。 出場歌手は47歌手(グループは1歌手)で、初出場26歌手(内外人12歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社はBLUE BELLだけです。 [数]は外人歌手数CGD 8 [4]; RICORDI 7 [4]; SAAR 5 [2]; FONIT CETRA 4 [0]; V.C.M. 3 [1];新Clan Celentano 3 [0] ; RCA ITALIANA 2 [0]; RI FI 2 [0]; Meazzi 2 [0]; PHONOGRAM 2 [1]; ARISTON 2 [1]; BLUE BELL 2 [2]; CAROSELLO 1 [0]; CARISCH (MRC) 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新VEDETTE 1 [0]; 新EDIBI 1 [0]●不参加 DURIUM ジ-ノ (RICORDI Int.) パオラ・ベルト-ニ (MRC) <参加曲>◇彼女は待っている Lei mi aspetta (V.Pallavicini - A.Baldan Bembo) 出版社 MAS ニコラ・ディ・バリ (vm) Nicola Di Bari (Jolly - SAAR) J-20346×45 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (Musicor - CGD) MR-6022 [45] J-20346×45 HIT-1390 MR-6022 LL- 912・MR ◇パフ・バム Pafff... bum (S.Bardotti - G.F.Reverberi) 出版社 RCA ルチオ・ダルラ (vm) Lucio Dalla (ARC - RCA ITALIANA) AN-4072 [45] : ザ・ヤードバーズ (compl=e) The Yardbirds (Ricordi International - Ricordi) SIR-20・010 [45] AN-4072 SIR-20・010 ◇君こそすべて Per questo voglio te (Mogol - M.De Ponti) 出版社 V.d.P. ジュゼッペ・ディ・ステファーノ (tr) Giuseppe Di Stefano (V.d.P. - V.C.M.) 7MQ-2017 [45] : P.J.プロビー (vm=e) P. J. Proby (Liberty - Bluebell) LIB-10222 [45] 7MQ-2017 OP- 4162(CP) LIB-10222 LR- 1502
2013.09.03
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<参加曲>◇砂浜の想い出 Quando vado sulla riva (M.Pagano - F.Maresca) 出版社 GENNARELLI GENNARELLI ルチアーノ・トメイ (vm) Luciano Tomei (Edibi - Edibi) EDB-11031 [45] : トリオ・ロス・パラグァヨス (trio=pa) (Philips - Phonogram) SIR-20・009 [45] EDB-11031 363-708・PF ◇愛を誓う Questa volta (Mogol - R.Satti) 出版社 FAMA ボビー・ソロ (vm) Bobby Solo (Ricordi - Ricordi) SRL-10・413 [45] : ザ・ヤードハーズ (compl=e) The Yardbirds (Ricordi International - Ricordi) SRL-10・413 [45] SRL-10・413 HIT-1365 SIR-20・010◇グルック通りの若者 Il ragazzo della via Gluck (L.Beretta - M.Del Prete - Ad.Celentano) 出版社 CLAN アドリアーノ・チェレンターノ (vm) Adriano Celentano (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24032 [45] : トリオ・デル・クラン (trio) Trio del Clan (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24033 [45] ACC-24032 ACC-24033 ◇踊り続けたいSe questo ballo non finisse mai (V.Pallavicini - G.Mescoli)出版社 LEONARDIジョン・フォスター (vm) John Foster (Style - CELLOGRAF) STMS-627 [45] : パオラ・ベルトーニ (vf) Paola Bertoni (MRC - CARISCH) A-230 [45] STMS-627 A-230 以上1966年第16回サンレモ音楽祭の出場26曲でした リカルド (RIVIERA) ルチア-ノ・トメイ (EDIBI) イ・リベルリ (CLAN) "大人しい"グループでは、遅咲きのセルジョ・エンドリゴ(当時32才)、女ビルラと呼ばれたオリエッタ・ベルティ、ヒット曲の割には地味で目立たなかったアンナ・イデンティチといった60年代から70年代のスター達がでそろった大会でした。 外人歌手たちでは何と言ってもヤードバーズが異色の存在です。"誤弊"を恐れず言えば場違いでした。マネージャーやプロモーターの責任でしょう。米国優等生パット・ブーン、それにイタリア物のカヴァーもしているフランソワーズ・アルディ、ボビー・ヴィントンが挙げられます。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.09.03
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最終段階で60年優勝者レナート・ラシェル(Renato Rascel)の"Sai com'e'"やウンベルト・ビンディ(Umberto Bindi)、歌手としては出場しましたがジョルジョ・ガーベル(Giorgio Gaber)の曲も落とされています。 前回ドメニコ・モドゥーニョは"愛は限りなく"をオルネラ・ヴァノーニかイヴァ・ザニッキと歌いたかったと書きましたが、歌手の組合せもクラウディオ・ビルラと女ビルラと言われ新人ながら庶民に人気なオリエッタ・ベルティが"Non ti scordero'"削られてしまい、ビルラはピノ・ドナッジォの"青空に住もう"という「スーパー・コンビ」となり、ベルティはオルネラ・ヴァノーニの"生命をかけて"になりました。この変更はヴァノーニには幸運でした。彼女はインテリ層の人気は絶大でしたが、一般庶民の人気が全然ありませんでした。パートナーとなっいたベルティは前に書いたように「女ビルラ」でしたので実質上位入賞となりました。 ジュゼッペ・ディ・ステファ-ノ (V.d.P.) フランソワ-ズ・アルディ (VOGUE) 第16回 1966年1月27日(木)~29日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、パオラ・ペンニ(Paola Penni )、カルラ・M.プッチーニ( Carla M. Puccini)楽団指揮: 21名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に13曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し、入賞曲を発表する。 出場歌手は47歌手(グループは1歌手)で、初出場26歌手(内外人12歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社はBLUE BELLだけです。 [数]は外人歌手数CGD 8 [4]; RICORDI 7 [4]; SAAR 5 [2]; FONIT CETRA 4 [0]; V.C.M. 3 [1];新Clan Celentano 3 [0] ; RCA ITALIANA 2 [0]; RI FI 2 [0]; Meazzi 2 [0]; PHONOGRAM 2 [1]; ARISTON 2 [1]; BLUE BELL 2 [2]; CAROSELLO 1 [0]; CARISCH (MRC) 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新VEDETTE 1 [0]; 新EDIBI 1 [0]●不参加 DURIUM リシャ-ル・アントニ- (COLUMBIA) ヴィック・ダナ (LIBERTY) 一方、前年の優勝者のボビー・ソロは、世間知らずの良家の坊っちゃんで実力以上の幸運に恵まれ、64年"ほほにかかる涙"がミリオンセラーに、リベンジの"君に涙とほほえみを"がサンレモ音楽祭で優勝、出すシングル盤はすべてヒットし、周囲がチヤホヤし我を忘れてしまいます。態度が傲慢になり、遅刻や約束を守らないなど、目に余る態度になって来たようです。 サンレモ音楽祭のパートナーになる筈のノマーディ(i Nomadi)をミケーレ(Michele)に、そしてまたトニー・レニス(Tony Renis)に変更して欲しいとゴネました。主催者はサンレモ交響楽団の合唱隊に歌わすことを言いだしましたが、リコルディ側は阻止しました。RAIは66年6月までボビー・ソロを放送に使いませんでした。 ボビーは恋人と同棲している事をリークされます。彼の弁明は父の出身地オーストリアや母の出身地、現在はユーゴ領のトリエステでも当たり前のことと弁明しますが、厳しいバッシングに合い、後で謝罪をしています。彼は自業自得で人気を落すばかりでなく、新しい流行に乗ったバンドのグループ達に確実に地位を脅かされることとなりました。。 <入賞曲>◇わかれの夜 La notte dell'addio (A.Testa - G.Diverio - M.Remigi) 出版社 CICOGNA <-> イヴァ・ザニッキ (vf) Iva Zanicchi (RI FI - RI FI) RFN・NP-16123 [45] : ヴィック・ダナ (vm=a) Vic Dana (Liberty - Bluebell) LIB-10224 [45] RFN・NP-16123 SFON-3019(CP)LIB-10224 LR- 1491 ◇あなたのために A la buena de Dios (B.Pallesi - W.G.Malgoni)出版社 SOUTHERN <-> イ・リベルリ (compl) I Ribelli (Clan Celentano - Clan Celentano) ACC-24034 [45] : ニュー・クリスティー・ミンストレルス (coro=a) New Christy Minstrels (CBS - Ricordi) 2162(CBS) [45] ACC-24034 2162(CBS) LL- 891・C <参加曲>◇君は切り札 La carta vincente (G.Paoli)出版社 TIBER ジーノ・パオーリ (vm) Gino Paoli (CGD - CGD) N-9607 [45] : リカルド (vm=f) Ricardo (RIVIERA - CGD) RIV- 508 [45] N-9607 RIV- 508 ◇しあわせを贈ろう Dipendesse da me (V.Pallavicini - I.Pattacini) 出版社 FONO FILM RICORDI ルチアーナ・トゥリーナ (vf) Luciana Turina (CGD - CGD) N-9604 [45] : ジーノ (vm) Gino (Ricordi International - Ricordi) SIR-20・009 [45] N-9604 SIR-20・009 17M-1031
2013.09.01
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<参加曲>◇君を求めて Un giorno tu mi cercherai (Pantros - F.Campanini) 出版社 ARISTON エキペ84 (compl) Equipe 84 (VEDETTE - VEDETTE) VVN-33105 [45] : ザ・レネゲイズ (compl=e) The Renegades (Renegades - Renegades) AR-0112 [45] VVN-33105 AR-0112 ◇冷たい恋人 (あなたは信じられない) Io non posso crederti (G.Sanjust - G.Marchetti) 出版社 CAM フランコ・トッツィ (vm) Franco Tozzi (Fonit - Fonit Cetra) SPF-31181 [45] : ボビー・ヴィントン (vm=a) Bobby Vinton (Epic - Ricordi) 5-9909 [45]* *レコード番号、ジャケット画像はイタリアの物かどうか確証ありません(HITPARADE ITALIA) SPF-31181 5-9909 LL- 904・E ◇君を愛すIo ti amo (P.Maggi - G.Fallabrino) 出版社 ZERONIアンナ・マルケッティ (vf) Anna Marchetti (Meazzi - Meazzi) M-01288 [45] : プリニオ・マッジ (vm) Plinio Maggi (Meazzi - Meazzi) M-01287 [45] M-01288 M-01287 次回も参加曲が続きます チャッド & ジェレミ- (CBS) プリニオ・マッジ (MEAZZI) レネゲイズ、{ザ・} (ARISTON) 初参加の最後はエディビ(Edibi)です。ナポリの小さなレコード会社ですが、"オ・ソレ・ミ('O sole mio)などの版権を持っていたナポリでは伝説的なビデリ音楽出版(Casa Editrice Ferdinando Bideri)社主の孫、フラヴィア・ビデリ(Flavia Bideri)が61年に興しました。日本でも名前の知られたレット-レ(Donatella Rettore)がデビューした会社と言うのが分かりやすいでしょう。80年代前半まで活動していました。日本ではディディ・バルボーニ(DIDI BALBONI)という女性歌手の国内盤が出ていました。カンツォーネ・ブームが力強かった頃です。 DP-1353 (1964年7月POLYDOR - 日本グラモフォン) ピアノ・ピアノ (PIANO PIANO)/悲しきハリ・ガリー (UN HULLY GULLY TRISTE) DP-1353 DP-1366 DP-1366 (1964年7月POLYDOR - 日本グラモフォン) 恋のダイビング (TUFFIAMOCI!)/私が本命 (NON MI GUARDI MAI) DP-1402 (1965年3月POLYDOR - 日本グラモフォン) 可愛いファティーナ (CARA FATINA)/グァルティエーロ (GUALTIERO) DP-1402 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.09.01
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イタリア人歌手への配慮はもう一つ、出場曲を前年の24曲から2曲増やし26曲としました。62年は破格の32曲とし、反対に63年は20曲の年もありましたから、「弾力的な運用」と考えた方が良いのかもしれません。各夜、入賞曲6曲を選び、特別委員会が参加曲の中から敗者復活の1曲を選び、決勝戦では14曲が歌われるように規則を変更しています。 このリスト内の<数字>は決勝の得票数ですが、これは未公表で非公式の順番です。公式には優勝曲と順位無しの入賞曲の発表だけでした。 セルジョ・エンドリゴ (CETRA) オリエッタ・ベルティ (POLYDOR) 第16回 1966年1月27日(木)~29日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、パオラ・ペンニ(Paola Penni )、カルラ・M.プッチーニ( Carla M. Puccini)楽団指揮: 21名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に13曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し、入賞曲を発表する。 出場歌手は47歌手(グループは1歌手)で、初出場26歌手(内外人12歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社はBLUE BELLだけです。 [数]は外人歌手数CGD 8 [4]; RICORDI 7 [4]; SAAR 5 [2]; FONIT CETRA 4 [0]; V.C.M. 3 [1];新Clan Celentano 3 [0] ; RCA ITALIANA 2 [0]; RI FI 2 [0]; Meazzi 2 [0]; PHONOGRAM 2 [1]; ARISTON 2 [1]; BLUE BELL 2 [2]; CAROSELLO 1 [0]; CARISCH (MRC) 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新VEDETTE 1 [0]; 新EDIBI 1 [0]●不参加 DURIUM ザ・ヤードバーズ (RICORDI Int.) エキペ84 (VEDETTE) 優勝曲"愛は限りなく(Dio, come ti amo!)"は日本ではチンクェッティ人気と伊東ゆかりが紅白歌合戦で熱唱したこともあり、よく知られた曲ですが、昨年ジリオラ・チンクェッティの事をブログに書くため、調べていると意外や、イタリアでhこの第16回の優勝曲は『埋もれた名曲』で当時余り注目を集めていなかったようです。2012年6月19日ジリオラ・チンクェッティ~シングル盤コレクション(4)2012年6月21日ジリオラ・チンクェッティ~アルバム・コレクション(1)もご覧ください。 モドゥーニョは前年の舌禍事件のため、フォニット(FONIT)から出なければならなくなり、楽曲を管理しているクルチ音楽出版の子会社カロセッロに移籍したばかりでした。彼は是非とも良い成績を残し、国営放送RAIに対して「借り」を返したい雪辱戦でした。最初からチンクェッティをパートナと考えておらず、オルネラ・ヴァノーニかイヴァ・ザニッキと歌いたいと思っていたようです。この二人だと大人の歌となり、かなり「重たく」なっていて、若者に重点が移っているサンレモ音楽祭には、勝てなかったでしょう。 <入賞曲>◇マイ・マイ・マイ・バレンティーナ Mai, mai, mai, Valentina (A.Testa - G.Colonnello) 出版社 ARALDO <11> ジョルジョ・ガーベル (vm) Giorgio Gaber (RI FI - RI FI) RFN・NP-16124 [45] : パット・ブーン (vm=a) Pat Boone (DOT - SAAR) 45-26224 [45] RFN・NP-16124 SFON- 3019(CP)45-26224 JET-1664 ◇愛の言葉Parlami di te (V.Pallavicini - E.Vianello) 出版社 LEONARDI <9> エドアルド・ヴィアネッロ (vm) Edoardo Vianello (RCA Italiana - RCA Italiana) PM45-3344 [45] : フランソワーズ・アルディ (vf=f) Françoise Hardy (Vogue - SAAR) J-35087×45 [45] PM45-3344 J-35087×45 US- 174・V ◇愛のひきしお Se tu non fossi qui (M.Terzi - C.A.Rossi) 出版社 C.A.ROSSI <-> ペピーノ・ガリアルディ (vm) Peppino Gagliardi (Jolly - SAAR) J-20348x45 [45] : パット・ブーン (vm=a) Pat Boone (DOT - SAAR) 45-26225 [45] J-20348x45 HIT-132745-26225 JET-1664 ◇悲恋 Nessuno di voi (V.Pallavicini - G.Kramer) 出版社 KRAMER <-> ミルバ (vf) Milva (Cetra - Fonit Cetra) SP-1295 [45] : リシャール・アントニー (vm=f) Richard Anthony (Columbia - V.C.M.) SCMQ-1902 [45] SP-1295 HIT-1325SCMQ-1903 OR- 1494
2013.08.30
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<入賞曲> ◇去り行く今 Adesso sì (S.Endrigo) 出版社 USIGNOLO <-> セルジョ・エンドリゴ (vm) Sergio Endrigo (Cetra - Fonit Cetra) AR-0111 [45] : チャッド & ジェレミー (duo=e) Chad & Jeremy (CBS - Ricordi) 2163(CBS) [45] SP-1297 HIT-1326 2163(CBS) ◇若さがあるさ Così come viene (V.Pallavicini - E.Leoni) 出版社 MAS <-> レモ・ジェルマーニ (vm) Remo Germani (Jolly - SAAR) J-20354×45 [45] : レ・サーフ (coro=f) Les Surfs (Festival - CGD) FX-133 [45] J-20354×45 HIT-1327FX-133 LL- 892・F 入賞曲の残りは次回に続く ルチアーナ・トゥリーナ (CGD) P.J.プロビー (LIBERTY) トリオ・ロス・パラグァヨス (PHILIPS) 2番目に紹介する初参加のレコード会社はヴェデッテ(VEDETTE)です。意外と人知れず国内盤も出ている会社ですが、一番知られている事はイタリアを代表するグループとなったプー (I Pooh)がデビューしたレコード会社でしょう。このサンレモ音楽祭には初出場したエキペ84のデビュー会社でもあります。プログレ系の方はメタモルフォスィ(METAMORFOSI)のいたレーベルとして、また全盛時のジョルジョ・ガーベルが在籍し、フォーク系にも強く、イタリア民族音楽専門のアルバトロス(ALBATROS)が有名でした。1962年に楽団のオーナー指揮者アルマンド・シャーシァ(Armando Sciascia)が興した会社で、芸術監督は楽団仲間のフランチェスコ・アンセルモ(Francesco Anselmo)が就任していました。そのためジャズ風インスツルメンタルの曲でラウンジ系の方にも知られていると思います。75年に社名をI.M.I.に変更し80年代末まで活動しました。 KICP- 789 (2001年4月25日RE MUSICA - キング) CD フォノ・ラウンジ N゚2 (FONO LOUNGE N゚2) KICP- 789 KICP- 794 KICP- 789 (2001年3月21日RE MUSICA -キング) CD フォノ・ラウンジ N゚1 (FONO LOUNGE N゚1) KICP- 860 (2002年2月6日RE MUSICA - キング) CD ザ・スウィングル・サウンズ・オブ・ベデッテ (THE SWINGLE SOUNDS OF VEDETTE) KICP- 860 KICC-5751 KICC-5751 (2002年6月5日ALBATROS - キング) CD イタリアの民族音楽I (T ITALIA VOL.I) KICC-5752 (2002年6月5日ALBATROS - キング) CD イタリアの民族音楽II (T ITALIA VOL.II) KICC-5752 KICC-5753 KICC-5753 (2002年6月5日ALBATROS - キング) CD イタリアの民族音楽III (T ITALIA VOL.III) ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.08.30
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サンレモ音楽祭が1964年(第14回)から外人歌手とパートナーを組み、国際音楽祭に進化してから3年目となりました。出場曲24曲で48枠ある内の半分を外人歌手に取られてしまうのですから、イタリア人歌手から死活にかかわることで、大きな不満が出るのは当然のことでした。イタリア人歌手の不満を和らげるために、16回からは7枠(正確には6枠)がイタリア人同士の組合せに変更されました。この形はダブル・キャスト方式が終わるまで続きました。1枠の違いはスーダン生まれのジーノ(Gino)はイタリアで活動していましたが、レコードはヤードバーズと同じリコルディ・インターナショナルからリリースされています。実行委員会も歌手たちに説明するときは、イタリア人、外人どちらでもいける都合のよい「玉虫色」の存在だったと思います。 カテリ-ナ・カセルリ (CGD) ルチオ・ダルラ (ARC) 第16回 1966年1月27日(木)~29日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、パオラ・ペンニ(Paola Penni )、カルラ・M.プッチーニ( Carla M. Puccini)楽団指揮: 21名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数26曲を各曲外国人歌手またはイタリア人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に13曲を歌い、各夜の中から7曲の入賞曲を選出し、入賞曲を発表する。 出場歌手は47歌手(グループは1歌手)で、初出場26歌手(内外人12歌手)、出場レコード会社17社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社はBLUE BELLだけです。 [数]は外人歌手数CGD 8 [4]; RICORDI 7 [4]; SAAR 5 [2]; FONIT CETRA 4 [0]; V.C.M. 3 [1];新Clan Celentano 3 [0] ; RCA ITALIANA 2 [0]; RI FI 2 [0]; Meazzi 2 [0]; PHONOGRAM 2 [1]; ARISTON 2 [1]; BLUE BELL 2 [2]; CAROSELLO 1 [0]; CARISCH (MRC) 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新VEDETTE 1 [0]; 新EDIBI 1 [0]●不参加 DURIUM ボビ-・ヴィントン (EPIC) アンナ・マルケッティ (MEAZZI) この年の決定的な特徴はバンド(グループ)と長髪スタイルが出場した年でした。当時サンレモ音楽祭はイタリア最大の音楽イベントでした。また唯一の国営放送RAIのお化け視聴率(聴取率)の番組でもありました。新しいものを取り入れる時は、国民的同意を得られる状態になるまで採用しませんので(NHKの紅白歌合戦と同じ)、サンレモ音楽祭に出場できたことは、一般的視聴者に認知される状態になったとも言えます。サンレモの曲は、新曲の発表で、社会的認知された年が特定できる「標準化石」な存在でもあります。1961年アドリアーノ・チェレンターノがロック・ン・ロールの曲を歌い、優勝こそしませんでしたが、第2位になり大ヒットしたのが代表例だと思います。 <優勝> 愛は限りなく Dio, come ti amo! (D.Modugno) 出版社 CURCI <77> ドメニコ・モドゥーニョ (vm) Domenico Modugno (Curci - Carosello) SP-10・14 [45] : ジリオラ・チンクェッティ (vf) Gigliola Cinquetti (CGD - CGD) N-9605 [45] SP-10・14 HIT-1381 N-9605 HIT-1323 <入賞曲>◇青春に生きる Nessuno mi può giudicare (D.Pace - M.Panzeri - L.Beretta - M.Del Prete) 出版社 <31> ARION カテリーナ・カセルリ (vf) Caterina Caselli (CGD - CGD) N-9608 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (Musicor - CGD) MR-6021 [45] N-9608 HIT-1323MR-6021 LL- 912・MR ◇花のささやき In un fiore (Mogol - C.Donida) 出版社 R.R.R. ウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi - Ricordi) SRL-10・415 [45] : レ・サーフ (coro=f) Les Surfs (Festival. - CGD) FX-133 [45] SRL-10・415 HIT-1324 FX-133 LL- 892・F
2013.08.28
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<入賞曲> ◇青空に住もう Una casa in cima al mondo (V.Pallavicini - P.Donaggio) 出版社 ACCORDO <19> クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (Cetra - Fonit Cetra) SP-1296 [45] : ピノ・ドナッジォ (vm) Pino Donaggio (Columbia - V.C.M.) SCMQ-1902 [45] SP-1296 HIT-1326 SCMQ-1902 OR- 1494 ◇ウィーンのバラ Una rosa da Vienna (G.Guarnieri - B.Lauzi) 出版社 ARISTON <14> アンナ・イデンティチ (vf) Anna Identici (Ariston - Ariston) AR-0111 [45] : ニュー・クリスティー・ミンストレルス (coro=a) New Christy Minstrels (CBS - Ricordi) 2162(CBS) [45] AR-0111 FON- 10542162(CBS) LL- 891・C ◇生命をかけて (命をかけて) Io ti darò di più (A.Testa - M.Remigi) 出版社 D'ANZI <11> オリエッタ・ベルティ (vf) Orietta Berti (Polydor - Phonogram) NH54-827 [45] : オルネラ・ヴァノーニ (vf) Ornella Vanoni (Ricordi - Ricordi) 1346(CBS) [45] NH54-827 DP-1476 SRL-10・416 HIT-1324 入賞曲の残りは次回に続く トリオ・デル・クラン (CLAN) イコ・チェルッティ ジーノ・サンテルコーレ ピラーデ (ロレンツォ・ピラート) クラン・チェレンターノ(CLAN CELENTANO)、初出場のレコード会社で一番注目された会社でした。会社というか歌手というか、初めに書いたアドリアーノ・チェレンターノが5年ぶりのサンレモ出場、しかも自分の会社からでした。ミーナとともに「アンチ・サンレモ」派と思われていましたが、62年にサール(SAAR)から独立、クラン・チェレンターノ(CLAN CELENTANO)を興しています。ロック・ン・ロールの牙城ができ、多くの「子分」を抱えることとなり、彼らを売出すため再度サンレモ音楽祭に出なければならない状況になったようです。 それにしても新興会社で彼本人以外、バーターで2枠取れるのはチェレンターノ以外にはなかったでしょう。パートナーは彼の個性が強烈で、その後のセールスが望めず、まともにパートナーを務めたのはリトル・トニー(Little Tony)とミルバ(Milva)だけで、今回は子分3人が1度だけのトリオを組み、70年の優勝曲"働かない者は恋するな(Chi non lavora non fa l'amore)"は奥さんのクラウディア・モーリ(Claudia Mori)、71年の"シーツの下(Sotto le lenzuola)"もこれまた自社のミラノ・アルプス合唱団 (Coro Alpino Milanese)でした。 クラン・レーベルは現在も活動していますが、新人だったアルバーノやベテランのフレッド・ボングストなどは一度所属しましたが、多くの歌手同様チェレンターノと喧嘩をし、出て行ってしまいました。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.08.28
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原稿は余裕を見て約1ヶ月前に書いています。65年分の音声ファイルもその時に探しはりつけており、ブログのアップに一応チェックで聞くのですが、今回アマゾンのサンプル・ファイルで相当数が最近の廃盤でリンク切れになりました。で、自作ファイルを急慮作ることになりました。 日本でもお馴染のウィルマ・ゴイクが新人歌手としてサンレモ音楽祭デビューをします。リコルディ再建を目指す新文芸監督ヴィンチェンツォ・ミコッチがボビー・ソロの次に期待をかけた新人で、見事にそれに応え、年間ランキング79位(週間ランク15位)になり、まずまずの成績でした。第15回で最高はピノ・ドナッジォの"この胸のときめきを"が年間ランク13位、ニュー・クリスティー・ミンストレルスの"花咲く丘に涙して"年間15位、ボビー・ソロの"君に涙とほほえみを"が16位の成績で、リコルディとしては成功したサンレモ音楽祭だったでしょう。 ダニエル・ジェラール (vm=f) キキ・ディー (vf=e) ケニ-・ランキン (vm=a) この大会のシングル盤のジャケット画像をみていただければ分かるのですが、CGDの外人歌手(伊東ゆかりも含めて)の総てカンパニー・スリーブでなんとも色気のない物を使っています。明らかに外人の曲があまり売れて欲しくないことを顕わにしているようです。 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA オードリー (vf=d) ジョ-・ダミアノ (vm=a) アニタ・ハリス (vf=e) <参加曲>◆ミア・カーラMia cara (Mogol - P.Massara) 出版社 STARロベルティ-ノ (vm) Robertino (Carosello - Carosello) CI-20142 [45] : ダニエル・ジェラ-ル (vm=f) Daniel Gerard (Vogue (AZ) - SAAR) J-35060×45 [45] CI-20142 J-35060×45 ◆変わらぬ運命 Non a caso il destino (ci ha fatto incontrare) (Antartide - C.A.Rossi) 出版社 CALIFORNIA フランコ・トッツィ (vm) Franco Tozzi (FONIT - FONIT CETRA) SPF-31163 [45] : ジョニ-・ティロットソン (vm=a) Johnny Tillotson (MGM - CGD) K-2101 [45] SPF-31163 FS- 33 K-2101 DM-1037 ◆君を信じて (あなたを信じて) Ti credo (G.Amendola - P.Gagliardi) 出版社 MEC ペピ-ノ・ガリアルディ (vm) Peppino Gagliardi (Jolly - SAAR)J-20283×45 [45] : ティミ・ユ-ロ- (vf=a) Timi Yuro (Mercury - Melodicon) 127-177・MCF [45] J-20283×45 127-177・MCF M- 1098参加曲の残りは次回に続きます ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.09
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第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA アミケ、{レ・} (coro) サ-フ,{レ・} (coro=f) ニュー・クリスティ-・ミンストレルス (coro=a) <参加曲>◆判っているのに Tu che ne sai? (A.Amurri - F.Pisano) 出版社 ALFIERE ファブリッツィオ・フェルレッティ (vm) Fabrizio Ferretti (RI FI - RI FI) RFN・NP-16076 [45] : ダスティ-・スプリングフィ-ルド (vf=e) Dusty Springfield (Philips - Melodicon) 363-699・PF [45] RFN・NP-16076 363-699・PF ◆君の愛 Il tuo amore (B.Lauzi) 出版社 ARISTON ブル-ノ・ラウツィ (vm) Bruno Lauzi (Galleria del Corso - CGD) GC-0111 [45] : ケニ-・ランキン (vm=a) Kenny Rankin (CBS - RICORDI) 1344(CBS) [45] GC-0111 1344(CBS) ◆恋に時を忘れて (あなたの最も美しい年) I tuoi anni più belli (Mogol - M.Gaspari - E.Polito) 出版社 TIBER イヴァ・ザニッキ (vf) Iva Zanicchi (RI FI - RI FI) RFN・NP-16075 [45] : ジ-ン・ピットニ- (vm=a) Gene Pitney (Musicor - CGD) MR-6013 [45] RFN・NP-16075 MR-6013 LL- 735・MR 以上第15回出場の24曲です 前年初めて外国人歌手をパートナーにすることになったので、イタリア人歌手の出場機会が半減し、相当な抵抗が出たようですが、ポール・アンカやジーン・ピットニーがイタリア語で歌い成功をおさめた結果、64年のサンレモ音楽祭全体のレコード売上げは史上最高の600万枚に達し、ジュークボックスや放送などの楽曲再生回数は3600万回になったと「サンレモのデータ本」に書かれていました。曲のターゲットも若者向けとなり、ベテラン歌手の不満も貯まっています。 65年にドメニコ・モドゥーニョは"天国の道化師(UN PAGLIACCIO IN PARADISO)"で出場を考えていたようですが、若者向けの曲の中で難し過ぎる曲として受け入れられませんでした。 SP-10・07 SP-10・07 (1965年 CURCI - CAROSELLO) UN PAGLIACCIO IN PARADISO (天国の道化師)/NO, BAMBINA MIA モドゥーニョは事もあろうか不用意な発言をしてしまいました。62年の優勝曲"アディオ・アディオ(Addio, addio)"の事を言ったのでしょうが、「ビルラといえども、モドゥーニョの名前なしに、サンレモ音楽祭については語れないだろう(Senza i nomi di Villa e di Modugno non si puo' parlare di Festival)」という内容だったようです。これに彼らの所属するフォニット・チェトラの親会社の国営放送RAIは激怒したため、モドゥーニョは10年近く在籍したフォニット・レーベルを離れ、彼の楽曲を管理していたクルチ(CURCI)音楽出版の子会社カロセッロ(CAROSELLO)のクルチ・レーベルに移籍せざるを得ないような報復を受けたようです。 翌66年のサンレモ音楽祭にジリオラ・チンクェッティをパートナーとして"愛は限りなく(DIO, COME TI AMO)"を歌い4度目の優勝をしますが、この移籍はモドゥーニョにとって成功とは言えなかったようでした。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.09
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外人歌手は前年出場したジーン・ピットニー以外はすべて初出場、コニー・フランシスやティミ・ユーロほかイタリア系アメリカ人歌手もいますが、感じとしては欧州の歌手が多く出ていたようです。 当時はまた人気が出始めた新人歌手たちで、数年後日本にもよく知られる、"別れの朝"のウド・ユルゲンス、"バタフライ"のダニエル・ジェラール、エルトン・ジョンとデュエットし一躍大スターとなったキキ・ディー、AOR、ソフト・ロックの大物となったケニー・ランキンなどです。既にスターだったペトゥラ・クラークや、このサンレモ音楽祭の"この胸のときめきを"をカヴァーして大成功したダスティ-・スプリングフィ-ルドなど錚々たるメンバーが歌っていたことに今更ながら驚きます。 また欧州限定ですがベルント・シュピール、オードリー、アニタ・ハリス、レ・サーフたち人気歌手たちも出場していました。 ペトゥラ・クラーク (vf=e) コニー・フランシス (vf=a) ダスティ-・スプリングフィ-ルド (vf=e) 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA リッキー・ジャンコ (vm) ブルーノ・ラウツィ (vm) ドン・ミコ (vm) <参加曲>◆過ぎ去った恋 L'amore è partito (B.Cardile) 出版社 DURIUM ベッペ・カルディ-レ (vm) Beppe Cardile (CIRCUS - Durium) CN・A-9144 [45] : アニタ・ハリス (vf=e) Anita Harris (Decca - Decca) C-16632 [45] CN・A-9144 C-16632 ◆愛ははじまる Cominciamo ad amarci (V.Pallavicini - G.Mescoli) 出版社 LEONARDI ジョン・フォスタ- (vm) John Foster (Style - CELLOGRAF) STMS-604 [45] : ジョ-・ダミアノ (vm=a) Joe Damiano (Bluebell - Bluebell) BB-03135 [45] STMS-604 BB-03135 ◆君でなければ Devi essere tu (V.D'Acquisto - R.Gianco) 出版社 CARIROLI リッキ-・ジャンコ (vm) Ricky Gianco (Jaguar - Jaguar)45JG-70030 [45] : ジョディ・ミラ- (vf=a) Jody Miller (Capitol - V.C.M.) QCL- 177 [45] 45JG-70030 QCL- 177 参加曲の残りは次回に続く ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.07
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※PCが不調で一部画像ファイルがアップできません。復旧でき次第アップしましので、しばらくお待ち下さい。 ジャンニ・マスコロ (vm) ジョン・フォスタ- (vm) ジョルダ-ノ・コロンボ (vm) 第15回 1964年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA <参加曲>◆恋に向かって Di fronte all'amore (S.Simoni - U.Bindi) 出版社 FIRST ジャンニ・マスコロ (vm) Gianni Mascolo (Ariston - Ariston) AR- 030 [45] : ダスティ-・スプリングフィ-ルド (vf=e) Dusty Springfield (Philips - Melodicon) 363-699・PF [45] AR- 030 363-699・PF ◆そして秋が E poi verrà l'autunno (A.Amurri - C.Bascerano) 出版社 ALFIERE ドン・ミコ (vm) Don Miko (Ariston - Ariston) AR- 032 [45] : ティミ・ユ-ロ- (vf=a) Timi Yuro (Mercury - Melodicon) 127-177・MCF [45] AR- 032 127-177・MCF M- 1098 ◆望まぬ言葉Io non volevo (S.Leva - G.F.Reverberi) 出版社 C.A.ROSSI ジョルダ-ノ・コロンボ (vm) Giordano Colombo (Juke Box - CAR JUKE BOX) JN-2361 [45] : ホ-ギ-・ランズ (vm=a) Hoagy Lands (Derby - CGD) DB-5106 [45] JN-2361 DB-5106 参加曲の残りは次回に続く 日本で話題となったのは伊東ゆかりが日本人として初参加し、入賞したことでした。3年後、二人目の日本人歌手として岸洋子が出場、入賞しています。伊東ゆかりの事は、「サンレモの歌手たち」で書くことにしますが、実はもう一人サンレモ音楽祭出場を目指し、実現するかもしれないところまでいっていた日本人歌手がいました。ビクターのロミ山田です。 外人の出場資格が明確に書いてある物を見たことは無いのですが、二人の日本人歌手の場合は、サンレモ・デビューがイタリア・デビューでなく事前にイタリア録音のレコードを出したと思われます。ロミ山田の場合も64年のサンレモ音楽祭が終わった後すぐに、65年の出場のためなのかイタリア録音をしたレコードを出しています。 45N-1409 (1964年 RCA Victor - RCA ITALIANA) 煙草のけむり (NON AVERE PIU' PAURA)/恋の回転木馬 (L'ULTIMO GIRO DI GIOSTRA) ロミ 山田 (ROMI YAMADA) 45N-1409 SS-1545 SS-1545 (1965年6月 VICTOR -日本ビクター) 煙草のけむり (NON AVERE PIU' PAURA)/恋の回転木馬 (L'ULTIMO GIRO DI GIOSTRA) ロミ 山田 (ROMI YAMADA) SCP-1181 (1965年7月 VICTOR -日本ビクター) 17cm CPロミ山田/イタリアの恋 (ROMI YAMADA SINGS LOVE IN ITALY) SCP-1181 1.煙草のけむり (NON AVERE PIU' PAURA)2.知らないの? (TU CHE NON SAI)3.恋の回転木馬 (L'ULTIMO GIRO DI GIOSTRA)4.もう一度 (ANCHE PER UNA VOLTA) しかし残念なことに65年のサンレモ音楽祭にRCAイタリアーナは63年に続き、またもや出場辞退をしてしまいました。芸術監督がヴィンチェンツォ・ミコッチからナンニ・リコルディに代わり、ローマ楽派の居城にジェノヴァ派の歌手が移籍し、しかも新人発掘レーベルのARCも発足し、サンレモ出場の機会が狭められた中では、ローマ楽派でただ一人サンレモに出られなかったニコ・フィデンコ(Nico Fidenco)は大変な不満を持っていました。一方ジェノヴァ派のジーノ・パオーリは前年の大スキャンダルにも関わらず出場させてもらっており、サンレモ音楽祭に出場したい歌手達がそれぞれの言い分を言って、お家騒動が激化し、収拾がつかなくなっても不思議ありません。 そんなこんなの混乱状態で、ロミ山田のサンレモ音楽祭の出場は幻に終わってしまいました。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。
2013.07.07
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若者中心となっているサンレモに二人の歌手が遅い初出場します。久々に出たベティー・クルティスが31才で「ベテラーナ」と言われているくらいで、同年のオルネラ・ヴァノーニと1才下のフレッド・ボングストの二人です。後に60年代70年代を支える大歌手となったニコラ・ディ・バリ、ペピーノ・ガリアルディ、イヴァ・ザニッキ、ミルバたちは彼らより4,5才下の世代です。 オルネラ・ヴァノーニ (vf) フレッド・ボングスト (vm) オルネラ・ヴァノーニはジェノヴァ派カンタウトゥーリの「ミューズ」としてインテリ層に人気がありましたが、一般的な人気でなく順位の付くコンテストを避けていましたが、前年のナポリ音楽祭でドメニコ・モドゥーニョとパートナーを組んだ"素敵なあなた(TU SI' 'NA COSA GRANDE)"が優勝し、ヴァノーニはもう1曲"アンモーレ・ミオ(AMMORE MIO)"も第2位となり、彼女の評価も高まりました。これをきっかけにサンレモ音楽祭に出場することにしたのでしょう。 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA ペピーノ・ガリアルディ (vm) ティミ-・ユ-ロ- (vf=a) ウド・ユルゲンス (vm=ou) <入賞曲>◇あこがれはいつも心に Ho bisogno di vederti (Ramsete - R.Ciampi) 出版社 SUVINI ZERONI ジリオラ・チンクェッティ (vf) Gigliola Cinquetti (CGD - CGD) N-9532 [45] : コニ-・フランシス (vf=a) Connie Francis (MGM - CGD) K-2102 [45] N-9532 HIT-1187 K-2102 DM-1034 ◇悲しい運命 Invece no (V.Pallavicini - E.Leoni) 出版社 CANTICO ベティ-・クルティス (vf) Betty Curtis (CGD - CGD) N-9530 [45] : ペトゥラ・クラ-ク (vf=e) Petula Clark (Vogue - SAAR) J-35059x45 [45] N-9530 HIT-1188 J-35059x45 ◇この胸のときめきを Io che non vivo (senza te) (V.Pallavicini - P.Donaggio) 出版社 ACCORDO ピノ・ドナッジォ (vm) Pino Donaggio (Columbia - V.C.M.) SCMQ-1819 [45] : ジョディ・ミラ- (vf=a) Jody Miller (Capitol - V.C.M.) QCL- 176 [45] SCMQ-1819 OR- 1234 QCL- 176 入賞曲の残りは次回に続く ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.05
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65年初出場のレコード会社で、すぐに準メジャーに成長したのがアリストン(ARISTON)でした。 64年に有名な作曲家カルロ・アルベルト・ロッシ(Carlo Alberto Rossi)の弟アルフレッド(Alfredo Rossi)が設立しました。ローマの作詞家カルロ・ロッシ(Carlo Rossi)は二人とは関係のない別人です。それ以前に49年アリストン音楽出版をこの二人の兄弟とCGDに関わるラディスラオ・シュガー(Ladislao Sugar)で興しました。シュガーは直ぐに抜け、兄弟で経営を行っていましたが、兄カルロ・アルベルトは56年自作曲を含むカタログの大半をもち、独立しC.A.ロッシ音楽出版を設立、58年レコード会社CARジューク・ボックスを興します。この間兄弟の骨肉の争いがあったと思 います。 アルベルトは一人でアリストン出版を続けます。止むを得ず新たな作曲家の獲得に乗り出します。カンタウトゥーリと呼ばれる自作自演歌手です。ウンベルト・ビンディ(Umberto Bindi)、ジャンニ・メッチア(Gianni Meccia)、ブルーノ・ラウツィ(Bruno Lauzi)達でした。しかし音楽出版社としては新参者なので永年サンレモ参加は認められませんでした。アルフレッドは64年レコード会社アリストを作り、積極的な展開を始めます。 幸運は66年サンレモ音楽祭でブルーノ・ラウツィが作った"ウィーンのバラ(Una rosa da Vienna)"がヒットしたことでした。歌ったアンナ・イデンティチ(Anna Identici)は若手スターになり、同年ブルーノ・ラウツィもCGDから移籍します。 一番大きかったのは67年サンレモ音楽祭を機にオルネラ・ヴァノーニが移籍して"音楽は終ったのに(La musica è finita)"が第4位になったことでした。74年ヴァノーニはヴァニラ(VANILLA)を作り独立します。その後ジルダ・ジュリアーニ(Gilda Giuliani)、マティア・バザール(Matia Bazar)、レットーレ(Donatella Rettore)、フィオレッラ・マンノイア(Fiorella Mannoia)等を送出しますが、深刻なイタリア経済の不況は音楽業界も巻き込み、アリストンも営業不振になりました。87年同じく不振のドゥリウムと合併しコノ(KONO)となります。しかしその努力も虚しくコノも89年会社を閉じました。 フランコ・トッツィ (vm) ホーギー・ランズ (vm=a) ベッペ・カルディーレ (vm) 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA <入賞曲> ◇恋は君のもの Prima o poi (A.Amurri - V.Pallavicini - F.Ferrari) 出版社 MAS レモ・ジェルマ-ニ (vm) と レ・アミケ (coro) Remo Germani e Le Amiche (Jolly - SAAR) J-20284×45 [45] : オ-ドリ- (vf=d) Audrey (Ariston - Ariston) AR- 031 [45] J-20284×45 HIT-1190 AR- 031 ◇胸にのこる微笑 Si vedrà (E.Gentile - G.Lentini) 出版社 ADRIATICAIヴィットリオ・インツァイナ (vm) Vittorio Inzaina (CGD - CGD) N-9531 [45] : レ・サ-フ (coro=f) Les Surfs (Festival - CGD) FX-125 [45] N-9531 HIT-1188 FX-125 ◇黒い想い出 Vieni con noi (F.Maresca - M.Pagano) 出版社 BIDERI ミルバ (vf) Milva (CETRA - FONIT CETRA) SP-1268 [45] : ベルント・シュピ-ル (vm=d) Bernd Spier (CBS - Ricordi) 1345(CBS) [45] SP-1268 HIT-1191 1345(CBS) 次回は参加曲に続きます ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.05
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外国歌手の出場も2年目になり、イタリア語で歌ったポール・アンカやジーン・ピットニーが成功をおさめので、第15回大会からは全員イタリア語で歌うことになったようです。音楽祭自体は大成功だった歌手がない大会と「サンレモ本」に書いてありましたが、私個人は佳作揃いで入賞曲、参加曲の差が少なく、どの曲も好きな曲ばかりでした。歌手も60年代~70年代t活躍する人たちが大勢初出場した年でした。61年にロック・ン・ロールの解禁とカンタウトゥーリの大量出場がありましたが、その時に出場を見送ったオルネラ・ヴァノーリを始め、61年に出られなかったカンタウトゥーリ達が一斉に花を開かせました。 イヴァ・ザニッキ (vf) ニコラ・ディ・バリ (vm) 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA ウィルマ・ゴイク (vf) 伊東 ゆかり (vf=j) ジョニ-・ティロットソン (vm=a) 予選の審査員は5曲の投票権をもっており、第1夜、第2夜通じで選択し、第2夜終了後決戦に進出できる12曲を発表する方法が取られました。優勝曲の下馬評は前年「口パク」で選考対象外になったボビー・ソロの"君に涙とほほえみを"と前年優勝者のジリオラ・チンクェッティの"あこがれはいつも心に"だったようです。予想通りボビー・ソロが雪辱をはたしましたが、チンクェッティは、結果が決まってからのインタビューで「今回も私が優勝したら、歌手でなくて怪物だと言われるでしょう」とコメントしたそうです(私の過去ブログ《ジリオラ・チンクェッティ~シングル盤コレクション(3)》をご参照)。彼女はと言いながら翌年第16回でドメニコ・モドゥーニョのパートナーとして"愛は限りなく"で優勝していますので、ただの新人歌手ではありませんでした。 <優勝> 君に涙とほほえみを Se piangi, se ridi (Mogol - G.Marchetti - R.Satti) 出版社 FAMA ボビ-・ソロ (vm) Bobby Solo (Ricordi - Ricordi) SRL-10・366 [45] : ニュー・クリスティ-・ミンストレルス (coro=a) The New Christy Minstrels (CBS - Ricordi) 1343(CBS) [45] SRL-10・366 HIT-1185 1343(CBS) LL- 750・C <入賞曲>◇強く抱きしめて Abbracciami forte (Mogol - C.Donida) 出版社 R.R.RICORDI オルネラ・ヴァノーニ (vf) Ornella Vanoni (Ricordi - Ricordi) SRL-10・365 [45] : ウド・ユルゲンス (vm=ou) Udo Jürgens (Vogue - SAAR) J-35058x45 [45] SRL-10・365 HIT-1189 J-35058x45 ◇青春に恋しよう Amici miei (V.Pallavicini - G.Colonnello) 出版社 ARALDOニコラ・ディ・バリ (vm) Nicola Di Bari (Jolly - SAAR) J-20282×45 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (Musicor. - CGD) MR-6014 [45] J-20282×45 HIT-1190 MR-6014 LL- 735・MR 入賞曲の残りは次回に続く ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.03
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初出場のレコード会社は2社、DECCAは英国デッカ(日米等はロンドン・レーベル)のイタリア法人です。戦前はフォニットから出ていました。1947年頃から独自で出すようになりますが、カンツォーネに対しては熱心でありませんでした。 ジャガー(JAGUAR)は1963年ベニート・ヴァッスーラ(Benito Vassura)が設立し、クラン・チェレンターノの歌手リッキー・ジャンコやディレクターのマリオ・モレッティ(Mario Moletti)を雇ったため、レーベル・デザイン、ロゴ等、当てつけのように酷似しています。スターはジャンコ一人で、彼が66年移籍、間もなく68年に閉鎖されました。なおモレッティは68年チェレンターノの下を飛び出したドン・バッキー(Don Backy)とアミコ(AMICO)・レコードを立上げました。私はCGDがディストリビュートしていたと思っていたのですが、確証がありません。 ヴィットリオ・インツァイナ (vm) ジョディ・ミラー (vf=a) ベルント・シュピール (vm=d) 第15回 1965年1月28日(木)~30日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、マリア・グラツィア・スピーナ (Maria Grazia Spina)楽団指揮: 19名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する。 出場歌手は44歌手(グループは1歌手)で、初出場34歌手(内外人18歌手)、出場レコード会社16社で初出場3社、外人歌手のみの出場会社3社(MELODICON、BLUE BELL、DECCA) [数]は外人歌手数CGD 10 [6]; SAAR 7 [4]; RICORDI 6 [3]; FONIT CETRA 3 [0]; 新ARISTON 3 [2] ; MELODICON 3 [3]; RI FI 2 [0] ; V.C.M. 2 [1] ; DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; STYLE (旧PHONOCOLOR ) 1 [0]; 新JAGUAR 1 [0] ; BLUE BELL 1 [1];新DECCA 1 [1]●不参加 RCA ITALIANA <入賞曲>◇恋する瞳 L'amore ha i tuoi occhi (V.Pallavicini - G.Kramer) 出版社 KRAMER ブルーノ・フィリピーニ (vm) Bruno Filippini (MRC - CARISCH) A-212 [45] : 伊東ゆかり (vf=j) Yukari Ito (Derby - CGD) DB-5107 [45] A-212 FON- 1043 DB-5107 HIT-1186 ◇明日を待とう Aspetta domani (V.Pallavicini - F.Bongusto) 出版社 ITALCARISCHフレッド・ボングスト (vm) Fred Bongusto (FONIT - FONIT CETARA) SPF-31162 [45] : キキ・ディー (vf=e) Kiki Dee (Fontana - MELODICON) 270-598・XF [45] SPF-31162 FS- 34 270-598・XF ◇花咲く丘に涙して Le colline sono in fiore (Calibi - R.Angiolini) 出版社 RITMI E CANZONI ウィルマ・ゴイク (vf) Wilma Goich (Ricordi - Ricordi) SRL-10・367 [45] : ニュー・クリスティ-・ミンストレルス (coro=a) The New Christy Minstrels (CBS - Ricordi) 1346(CBS) [45] SRL-10・367 HIT-1189 1346(CBS) LL- 750・C 入賞曲の残りは次回に続く ボビー・ソロの優勝曲"君に涙とほほえみを"に未発売ヴァージョンがあります。余り知られていないのですが、日本のプロモート用サンプル盤に収められていました。このサンプル盤以外で私は聞いたことがないので、これしかないと思っています。アレンジはニュー・クリスティー・ミンストレルスのに近く、アメリカ的な仕立てになっています。文字にするには限界がありますので、サンプル音声ファイルも使って紹介します。この情報の続きは「サンレモの歌手たち 83 ボビー・ソロ 2」で! ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.07.03
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色々な音楽祭に出場する外人歌手の場合ゲストまたは招待として、特別扱いにされるのが普通ですが、サンレモ音楽祭の場合、外人歌手もイタリア人歌手と同様に参加料400万リラが科せられました。第1回の最初に書いたように、『新曲コンテスト』である所以であり、歌手はヒットしそうな新曲を歌いたいのなら、参加料を払いなさい(楽曲を出品する作曲家、音楽出版社も同様の扱いのようです)という事のようです。 リリー・ボナート (MEAZZI) ブルーノ・フィリピーニ (MRC) ロス・エルマノス・リグアル (RCA Victor) この辺りことも関係して参加曲で終わった"太陽とピザと恋(Sole pizza e amore)"の歌手選定が混乱したようです。事の起こりが、この曲を歌う予定だったクァルテット・チェトラ(QUARTETTO CETRA)が音楽祭を生中継している国営放送RAIから放送禁止処分を受け、サンレモ音楽祭で歌えなくなりました。ナポリのコメディアンのアルギエーロ・ノシェーゼ(Alighiero Noschese) に出場依頼をしますが断られ、同じくナポリのアウレリオ フィエロ(Aurelio Fierro)になります。 また外人歌手も最初にイタリア系アメリカ人歌手のルー・モンテ(Lou Monte)、次に "やき栗(LES MARRONS CHAUDS)"などのヒット曲を持つフランスのボブ・アッザム(Bob Azzam)に依頼したのですが、参加締め切りまでに参加料400万リラが一括払いされず、チェトラからレコードを出していたブラジルの「ボサ・ノヴァの女王」マリーナ・モランに急きょ変更するドタバタ劇を演じる事になりました。 今回はペーター・クラウスのサンプル音源が見つからず、「わが友」から頂いた音源を2、3回手を加えて作りました。過去13回の中でまだ、音源が見つかっていない曲の再調査も一度しなければなりません。 第14回 1964年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、ジュリアナ・シロヨディーチェ (Giuliana Lojodice) 楽団指揮: 22名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する方法に変更しました。最終日にボビー・ソロが病気のため"口パク"としたため投票除外とされ、初の外国人とのパートナー制導入も考慮に入れ、最終夜に優勝曲のみ得票により決定するとこにされました。 出場歌手は40歌手(グループは1歌手)で、初出場27歌手(内外人16歌手)、出場レコード会社14社で、外人歌手のみの出場会社1社(BLUE BELL) [数]は外人歌手数CGD 8 [6]; RCA ITALIANA 6 [4]; FONIT CETRA 4 [1]; RICORDI 4 [1]; SAAR 4 [2]; V.C.M. 3 [0] ; RI FI 3 [0] ; POLYDOR 2 [1] ;DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; MEAZZI 1 [0] ;BLUE BELL 1[1] レモ・ジェルマーニ (JOLLY) マリーナ・モラン (CETRA) フランキー・アヴァロン (Chancellor) <参加曲>◆真夜中 Mezzanotte (C.Rossi - A.Rotunno) 出版社 PERI コッキ・マゼッティ (vf) Cocky Mazzetti (PRIMARY - RI FI) CRA-91927 [45] : ロス・エルマノス・リグアル (compl=cu) Los Hermanos Rigual (RCA VICTOR - RCA ITALIANA) 45N-1382 [45] CRA-91927 45N-1382 ◆恋のあしおと(恋の足音) Passo su passo (F.Migliacci - U.Bindi)出版社 RCA クラウディオ・ビルラ (vm) Claudio Villa (CETRA - FONIT CETRA) SP-1222 [45] : リトル・ペギー・マーチ (vf=a) Little Peggy March (RCA VICTOR - RCA ITALIANA) 45N-1389 [45] HIT-1028 SP-1222 SS-1440 45N-1389 ◆ピッコロ・ピッコロ Piccolo piccolo (A.Amurri - L.Luttazzi) 出版社 ACCORDO エミリオ・ペリコーリ (vm) Emilio Pericoli (RICORDI - RICORDI) SRL-10・337 [45] : ペーター・クラウス (vm=d) Peter Kraus (POLYDOR - PHONOGRAM) NH54-777 [45] SRL-10・337 NH54-777 ◆太陽とピザと恋 Sole pizza e amore (T.Giacobetti - V.Savona) 出版社 SANTA CECILIA アウレリオ・フィエルロ (vm) Aurelio Fierro (KING UNIVERSAL - RI FI) AFK-56019 [45] : マリーナ・モラン (vf=bz) Marina Moran (CETRA - FONIT CETRA) SP-1221 [45] AFK-56019 SP-1221 参加曲の残りは次回に続きます
2013.05.30
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チンクェッティの優勝曲"夢みる想い"、因縁のボビー・ソロの"ほほにかかる涙"が大ヒットしたのは勿論ですが、音楽祭後、話題になったのはファウスト・チリアーノとジーン・ピットニーが歌った"もしも明日(E se domani)"でした。理由はミーナがカヴァーしたからでした。じわじわとヒットし64年から翌65年にかけて売れ、週間チャートで最高位9位まで昇り、64年の年間ヒット・ランキングに入りませんでしたが65年の年間ランキング53位になりました。 人は「ミーナが歌っていれば、優勝間違いなし」とも言ったそうですが、ジャージーなこの曲、若者の曲が中心となった第14回で優勝できたかどうかは、未知数でしょう。世間は無い物ねだりをするようです。 ボビー・ライデル (Cameo) ピエロ・フォッカーチャ (CGD) アントニオ・プリエート (RCA Victor) 第14回 1964年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、ジュリアナ・シロヨディーチェ (Giuliana Lojodice) 楽団指揮: 22名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する方法に変更しました。最終日にボビー・ソロが病気のため"口パク"としたため投票除外とされ、初の外国人とのパートナー制導入も考慮に入れ、最終夜に優勝曲のみ得票により決定するとこにされました。 出場歌手は40歌手(グループは1歌手)で、初出場27歌手(内外人16歌手)、出場レコード会社14社で、外人歌手のみの出場会社1社(BLUE BELL) [数]は外人歌手数CGD 8 [6]; RCA ITALIANA 6 [4]; FONIT CETRA 4 [1]; RICORDI 4 [1]; SAAR 4 [2]; V.C.M. 3 [0] ; RI FI 3 [0] ; POLYDOR 2 [1] ;DURIUM 1 [0] ; CARISCH (MRC) 1 [0] ;JUKE BOX 1 [0] ; CAROSELLO 1 [0] ; MEAZZI 1 [0] ;BLUE BELL 1[1] <参加曲>◆ソレ・ソレ (太陽にキッス) Sole sole (L.Zanini - A.Casadei) 出版社 ESEDRA - SOUTHERN ラウラ・ヴィルラ (vf) Laura Villa (POLYDOR - PHONOGRAM) NH54-776 [45] : ロス・エルマノス・リグアル (compl=cu) Los Hermanos Rigual (RCA VICTOR - RCA ITALIANA) 45N-1382 [45] DP-1358 NH54-776 45N-1382 ◆夜のほほえみI sorrisi di sera (Mogol - A.Testa - T.Renis)出版社 RITMI E CANZONI トニー・レニス (vm) Tony Renis (V.d.P. - V.C.M.) 7MQ-1867 [45] : フランキー・アヴァロン (vm=a) Frankie Laine (CHANCELLOR - BLUE BELL) CH-02050 [45] 7MQ-1867 CH-02050 ◆泣かないであなた Tu piangi per niente (V.Pallavicini - P.Soffici) 出版社 APPLAUSO リリー・ボナート (vf) Lilly Bonato (MEAZZI - MEAZZI) M-01241 [45] : リシャール・モゼール Jr. (vm=sz) Richard Moser jr. (GALLERIA DEL CORSO - CGD) GC-0105 [45] M-01241 GC-0105 ◆真夜中の終列車 L'ultimo tram (a mezzanotte) (G.Calabrese - E.Sciorilli) 出版社 MASCOTTE ミルバ (vf) Milva (CETRA - FONIT CETRA) SP-1220 [45] : フリーダ・ボッカーラ (vf=f) Frida Boccara (FESTIVAL - CGD) FX-112 [45] HIT-1028 SP-1220 FX-112 64年第14回の出場曲は以上24曲です。 ・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、なるべくAmazon MP3のサンプル音声を利用します。昔のイントロは長く、歌が出ないまま終わる曲があります。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。
2013.05.30
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ミコッチは空の舞台で曲だけが流れる無様なTV中継だけは避けたく、ボビー・ソロに"口パク"を指示しました。ボビー・ソロの"ほほにかかる涙(Una lacrima sul viso)"は最終夜に残り入賞をしたものの、優勝曲選考では対象外の「投票除外曲」になってしまいます。この大会は初の外人歌手出場大会でもあり、優勝曲のみ決め、入賞曲の順位を発表しないことなりました。しかしその後"ほほにかかる涙"は週間ランキングに14週在位し、遂にナンバー・ワン・ヒットとなり、年間ランキング第3位のミリオン・セラーになりました。なおジリオラ・チンクェッティの"夢みる想い"はこれも年間ヒット・ランキング第10位の大ヒットになっています。 ニーノ・テンポ & エイプリル・ ジル・フィールズ&フラタニティ・ ファブリッツィオ・フェルレッティ (RI FI) スティーブンス(Atlantic) ブラザース (Derby) 第14回 1964年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、ジュリアナ・シロヨディーチェ (Giuliana Lojodice) 楽団指揮: 22名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する方法に変更しました。最終日にボビー・ソロが病気のため"口パク"としたため投票除外とされ、初の外国人とのパートナー制導入も考慮に入れ、最終夜に優勝曲のみ得票により決定するとこになりました。 出場歌手は40歌手(グループは1歌手)で、初出場 歌手、出場レコード会社 社で、初出場1社 FONIT CETRA 3; CGD (CGD;GALLERIA DEL CORSO) 3;V.C.M.( V.d.P.;COLUMBIA) 3; RICORDI 2; RI FI (RI FI;PRIMARY) 2; MELCHIONI (PHILIPS) 2; CAR JUKE BOX (JUKE BOX) 1; VIS RADIO 1; DURIUM 1; MEAZZI (MEAZZI) 1; CAROSELLO 1;新KING UNIVERSAL 1 <参加曲>◆恋の20キロ・メートル (1日20キロ) 20 km al giorno (Mogol - P.Massara) 出版社 MEC ニコラ・アリリアーノ (vm) Nicola Arigliano (COLUMBIA - V.C.M.) SCMQ-1750 [45] : ペーター・クラウス (vm=d) Peter Kraus (POLYDOR - PHONOGRAM) NH54-777 [45] OR- 1061 SCMQ-1750 NH54-777 ◆しあわせな恋 Così felice (G.Gaber) 出版社 R.R.R. ジョルジョ・ガーベル (vm) Giorgio Gaber (RICORDI - RICORDI) SRL-10・333 [45] : パトリシア・カルリ (vf=f) Patricia Carli (BEL AIR - CGD) BA-11001 [45]SRL-10・333 BA-11001 ◆もしも明日 E se domani (G.Calabrese - C.A.Rossi) 出版社 C.A.ROSSI ファウスト・チリアーノ (vm) Fausto Cigliano (JUKE BOX - CAR JUKE BOX) JN-2289 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (UNITED ARTIST - CDG) UA-3062 [45] JN-2289 UA-3062 ◆冬の思い出 L'inverno cosa fai? (Nisa - G.Colonnello) 出版社 SUVINI ZERONI ピエロ・フォッカーチャ (vm) Piero Focaccia (CGD - CGD) N-9487 [45] : ボビー・ライデル (vm=a) Bobby Rydell (Cameo - CGD) C-236 [45] N-9487 JET-1399 C-236 参加曲の残りは次回に続く
2013.05.29
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音楽祭が10年以上も続くと、同じような悲劇が繰り返されるようです。最初の悲劇は1955年第5回に起きました。当時「飛ぶ鳥も落とす」人気だったクラウディオ・ビルラ(Claudio Villa)は初出場でしたが、彼は風邪をひき、最終日歌えず、出演すらできませんでした。そして歌手のいない舞台に出場曲のレコード演奏がされました。それでいて出場曲3曲を優勝、第2位、4位入賞としました。 またミーナが出場2回目となる61年11回大会、爆発的人気で初出場した前年が8位入賞と参加に終わり、背水の陣で臨んだのですが、1年間の疲労とプレッシャーで扁桃腺を腫らし、なんとか歌ったもののライバル新人ミルバの後塵を拝する4位、5位入賞に終わりました。ミーナはこれ以降一切サンレモ音楽祭に出場せず、毎年サンレモ音楽祭のカヴァー曲でヒットを出すようになります。 リトル・ペギー・マ-チ (RCA Victor) ボビー・ソロ (RICORDI) フランキー・レイン (CBS) 第三の悲劇は今14回、初出場でリコルディが優勝を目指す大物新人ボビー・ソロでした。リコルディの芸術監督が、RCAイタリアーナから代わって来たばかりのイタリア・レコード界のドンとなるヴィンチェンツォ・ミコッチ(Vincenzo Micocci)でした。傾いたリコルディを立て直すには、期待の新人がサンレモで成功しなければなりませんでした。彼はクラウディオ・ビルラがいない舞台で空しくレコードの曲だけが流れた第5回の状況をよく知っていました。 第14回 1964年1月30日(木)~2月1日(土) サンレモ市カジノ付属劇場司会:マイク・ボンジョルノ (Mike Bongiorno)、ジュリアナ・シロヨディーチェ (Giuliana Lojodice) 楽団指揮: 22名の指揮者で演奏された。オーガナイザー:サンレモ市ホテル観光協会 (ATA-Azienda Turistico Alberghiera)、監督ジャンニ・ラヴェーラ (Gianni Ravera)形式:出場曲数24曲を各曲外国人歌手とパートナーを組み1曲2歌唱で第1夜、第2夜に12曲を歌い、2夜の中から12曲の入賞曲を選出し、第2夜終了後に一括して入賞曲を発表する方法に変更しました。最終日にボビー・ソロが病気のため"口パク"としたため投票除外とされ、初の外国人とのパートナー制導入も考慮に入れ、最終夜に優勝曲のみ得票により決定するとこになりました。 出場歌手は40歌手(グループは1歌手)で、初出場 歌手、出場レコード会社 社で、初出場1社 FONIT CETRA 3; CGD (CGD;GALLERIA DEL CORSO) 3;V.C.M.( V.d.P.;COLUMBIA) 3; RICORDI 2; RI FI (RI FI;PRIMARY) 2; MELCHIONI (PHILIPS) 2; CAR JUKE BOX (JUKE BOX) 1; VIS RADIO 1; DURIUM 1; MEAZZI (MEAZZI) 1; CAROSELLO 1;新KING UNIVERSAL 1 ロベルティ-ノ (Carosello) フリ-ダ・ボッカーラ (Festival) ペーター・クラウス (POLYDOR) <入賞曲>◇ベビ-に逢うとき Quando vedrai la mia ragazza (Giangrano - A.Ciacci) 出版社 DURIUM リトル・トニー (vm) Little Tony (DURIUM - DURIUM) Ld・A-7350 [45] : ジーン・ピットニー (vm=a) Gene Pitney (UNITED ARTIST - CDG) UA-3062 [45] ※訃報 わが友からメールが入りました、Little Tonyが5月27日に亡くなったそうです。お悔やみ申し上げます。私の過去ブログ「サンレモの歌手たち 38 リトル・トニー、 ジャンニ・メッチア」をご覧ください。 JET-1383Ld・A-7350LL- 770・MRUA-3062 ◇土曜の夜Sabato sera (B.Pallesi - W.Malgoni)出版社 SOUTHERN ブルーノ・フィリピーニ (vm) Bruno Filippini (MRC - CARISCH) A-203 [45] : ジル・フィールズ & フラタニティ・ブラザース (duo=a) Fraternity Brothers (DERBY - CGD) DB-5074 [45] FON- 1047 A-203 DB-5074 ◇今夜はダメStasera no, no, no (V.Pallavicini - E.Roncorati) 出版社 LOTUS RECORDS レモ・ジェルマ-ニ (vm) Remo Germani (JOLLY - SAAR) J-20234×45 [45] : ニーノ・テンポ & エイプリル・スティーブンス (duo=a) April Stevens & Nino Tempo (ATLANTIC - SAAR) AT-90136×45 [45] HIT-1029 J-20234×45 AT-90136×45 <入賞曲・最終日投票除外※>◇ほほにかかる涙 Una lacrima sul viso (Mogol - Lunero - R.Satti) 出版社 FAMA ボビー・ソロ (vm) Bobby Solo (RICORDI - RICORDI) SRL-10・338 [45] : フランキ-・レイン (vm=a) Frankie Laine (CBS. - RICORDI.) 1332(CBS) [45] HIT-1038 SRL-10・338 1332(CBS) 次回は参加曲につづく
2013.05.28
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