FINLANDIA

FINLANDIA

PR

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月
2025年07月
2025年06月
2025年05月
2025年04月
2025年03月
2025年02月
2012年08月15日
XML
テーマ: 實戦刀譚(65)
カテゴリ: 實戦刀譚

奇怪萬字剣


  武術と刀


  ある日、徐州戦線で、敵兵若干を斬刑に処した事があった。
 進軍中の事であり、敵性の抜けきらぬ上に、ともすれば反抗的に出るので、
 隊長としては断乎として処刑をいい渡したのである。
 それは西南両方から敵弾が飛んで来る円い丘のかげであった。
 第一番目に出た少尉は、新刀祐定の在銘物を揮って、初発の一刀をしくじった。
 血を拭ってよく見ると、刀は美的一方の本研ぎであったが、
 首ぐらい斬れぬ筈はない。
 補充で来たばかりのこの少尉が、上陸以来はじめて使用したのだというので、
 自分は軍靴の甲のところで、ネタ刃を起こしてやったが、またもや失敗した。
 とうとう背中から雑嚢をおろし、
 名倉砥の小片を取り出して、両刃を磨ってやった。
 これではじめて切れ味が出たと見え、
 肩の骨に若干切り込みはしたが、一刀で完了した。
  ある曹長は、新々薩摩刀の雄、奥元平の次男、元武になる豪壮無類の大刀を
 大上段に振りかぶって切りつけたが、
 一瞬敵人が亀の子のように首をちぢめたので、
 後頭部から奥歯のところまで斬り込み、
 ガチリと二分ほどの大刃こぼれを仕出かした。
 これは、誰もがよくやる失敗である。
  最後に出た准尉は、細身の無名古刀の棟打ちで首を叩き、
 ちぢめたところをズンと斬って落としたが、
 終始片手切りであっただけに、あざやかさが目についた。
  余談にわたるが、この時成敗を受けた一人の知的な顔つきの敵兵は、
 李先生(李宗仁の事)のいる西南方に向きたいと申し出た。
 かなえてやると、さらに、煙草を一本ほしいというので、
 兵隊の一人が、リバイバルというバットのような味の、
 もっと強いやつに火をつけてやったら、
 さもうまそうに深く吸い込み、それをたてつづけにやったため、
 煙草に酔ってふらふらとなったところを、一刀に斬られた。
 「一種の自殺だね。まさにニコチン自殺だ。考えやがったな。
 しかしいい方法だ。」と、若い少尉は妙な感心をしていた。
 いずれにもいい度胸で、その場に臨んで女々しい態度を見せなかった事は、
 深く何事をか考えさせられた。
  またある時、小笠原という騎兵の上等兵が、
 サーベル式の新村田刀をもってきて、
 これでは、片手斬りにはよいが双手では駄目だ。
 この通り柄もこわれているから、ひとつ新様式の柄をつけてほしいというので、
 有り合わせの材料で柄木をつくり、縁や頭の古物をつけ、
 鍔はもとのを磨りちぢめ、鎺〔はばき〕のない妙な刀柄をつくってやった。
 そして、刃には鏨刃〔たがねば〕にネタ刃をつけ、
 必ず、斬れ具合切れ味の報告を郵便でくれ、といって別れた。
 約を守って、それから二ヶ月後に北京の本部宛で手紙をよこした。
 この兵隊(桑名部隊)は、徐州戦後、丹城集の激戦で、常に双手で戦って、
 数名の敵を殪〔たお〕したが、想像以上に切れた。
 ただ刀身はひどく曲がりその都度足でふまえては直したと書いてあった。
  同じく騎兵部隊(安田部隊)の岡本上等兵は、
 切れない筈の一枚物新村田刀を揮って、一挙に六人の敵兵をズンと斬った。
 その切れ味は想像以上で、これで折れさえしなければ、
 自分にとってはまさに“虎徹だ”といって喜んでいた。
  小林中佐(前野部隊)は、やっぱり村田刀を揮って敵兵十数名を斬った。
 二、三斬り損じたが、それは刀のためばかりではなかったという。
 切れ味は良好とはいえぬが、
 これも、想像していた以上のものであったといっていた。
  こうした事実に対して、冷静にひとつの判断を下すとなると、
 今日までの記載学的美術的な刀剣学でも、
 また科学的に無機物として研究した刀剣学でも駄目であろう。
 例外として取り上げるだけにしては、惜しい事実だ。
 むしろ、刀は方法を以てすれば切れる、という事を例証するに足る実例として、
 これを根拠に改良の参考とすべきである。
 現に、海軍技術研究所では、従来の日本刀に劣らぬこうした
 “武人刀”の大量製作に、極めて進んだ研究を実施しつつある。
 それは「従来の製造法によって製作した日本刀ではない。
 切れること、折れぬこと、及び曲がり難きことの三点を主眼とし、
 その性能を害せざる範囲内に於いて、日本刀に対し憧れを持つ、
 求美心の幾分かを満足させる為に
 焼き刃の模様に多少の工夫を加えたもの」である。
  いわゆる、日本刀の本来は、『兵器日本刀』である。
 この根本を閑却したとすれば、それこそ刀の邪道というものだ。
 「刀は切れて戦えさえすれば何でもよいのか。」と質問する者があれば、
 筆者は躊躇なく「然り。」と答えるであろう。
 なぜならば、日本武術の伝統、何百何千の伝書、聞書中に、
 武術の奥妙と、刀の地模様刃紋等との関係を記したものが、
 一枚半ぺらも残っていないからだ。
 日本刀が日本武術から派生したものである限り、
 それがいかに霊器であろうとも、
 “切れて戦えること”以外の何ものと雖〔いえど〕も、それは、
 単に刀の属性に過ぎぬからであって、
 兵器日本刀の立場は、日本古武道の存在する限り、微塵も動かぬものである。
 日本人、日本武術、日本刀の三者は、いわゆる三位一体であって、
 それが凝って大和魂の渾然〔こんぜん〕たる姿となり、
 不文の武士道道徳を顕現するに至ったものであるからである。
  しばしば筆にした事であるが、一代の名刀匠水心子正秀は、
 刃紋の錵匂いなどはどうでもよく、そんなものが決して刀の魂ではない。
 第一、大工道具のよく切れるのに、錵や匂いがあるかどうか。
 鑑定家などがいくらほめたとて、刀剣の為に害はあっても益のない事で、
 畢竟〔ひっきょう〕泰平の御代になれて刀剣を茶器同様に心得ているからだと、
 今から百余年前に、すでにその著書の中で一喝を喰らわしている。
  斯様〔かよう〕に書いたからとて、
 日本刀の美的要件を全部抹殺しようというのではない。
 ただ、その美的要件のみに囚われて、兵器日本刀の本質を忘れてはいけない、
 という警告であって、端的にいえば、
 幇間的な存在である刀剣界の羽織ごろに、鉄拳を加えたまでで、
 日本刀の精鍛から生ずる自然美は、
 精華の表現として尊重すべきはもちろんの事、
 ただ、人工的にその美を求めんとする作為は、
 絶対に絶滅しなければならないというのだ。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012年09月02日 02時25分02秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: