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2013年01月11日
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テーマ: 實戦刀譚(65)
カテゴリ: 實戦刀譚

偽刀談義


 名人の贋作


 昨年(
十四年)の初夏、
新日本文化の会の松澤さんから電話で、文壇の尾崎士郎さんが、
最近水心子の一刀を手に入れたから見てもらいたいといってきた。 
その会の雑誌に、水心子の『刀剣実用論』を引用して、
一篇の随筆を書いた間もなくの事で、
翌日心待ちに待ったが、ついに見えなかった。
その代わりででもあったかのように、
二、三日してから、北支の現地から公用で来た某軍曹が
某という将校からたのまれて、水心子の一刀を持って来た。
五日間の東京滞在中に、実戦に適不適及び真偽を、
しかと見てもらいたいというのである。
 件〔くだん〕の刀は、長さ二尺三寸二分、明るい感じの出来で、
水心子一流の無地鍛えだが、したたるような溢美〔いつみ〕にうるみ、
逆足丁字刃に、玉焼きに似たものが表の横手下に現れており、
すこぶる美刀だが何となく新しい感じがするので、
もしかしたら、大阪二代目月山が打ったというものででもあろうかと、
中心を見ると、表に、水心子正秀(花押〔かおう〕)裏に、
享和二年八月日と、達者な手で銘を切ってはあるが、
錆色は新しく、そう思って見れば、
いかにも月山貞一らしい几帳面な鏨〔たがね〕ぐせまで出ている。
水心子には、凡工名匠の偽作が多いという先入主がわだかまっていたせいか、
こうした不審さには、とうとう自分を駆ってある大家の許に走らせた。
 大家は一目見るなり平気な顔で「お見込みの通り」といった。
月山貞一は、明治五年頃から二十年前後まで、
盛んに水心子や直胤の偽作をしたもので、
享和年代前後の裏銘を入れ、
水心子正秀の五字に花押をつけた銘を達者に切ってある中出来の物なら、
みなこの貞一作と断定していいくらいだと、驚くべき説明をつけ加えた。
 明治四年の廃刀令直後の日本刀界は、有史以来の不振時代で、
のちに帝室技芸員となったほどの貞一ですら、
自分の銘を切ったのでは飯が食えなかった。
それで、彼はほとんど公然と、むしろ憤然と
先考貞吉の師匠にあたる水心子の名を拝借するのだといって、
堂々とその銘を切り、作風は自分の得意の手を用い、
中心のごときも、他の偽作者のするように時代の錆色をつけなかったもので、
その精神は、どこまでも偽作ではなくて、銘字借用の一手であった。
「だから、ものによっては、水心子以上かもしれんね。」
と、後半は、貞一にとってはなはだ同情のある弁護であった。
 大家はさらにつけ加え、
「注意して見給え君〔きみ〕、明治四、五年頃から十八、九年迄の
貞一銘の押し形というものはほとんど無いじゃないか。
しかも、その間に相当量の鍛刀をした事には、幾多の事実があり、
この不況時代を押し切り、苦しみぬいて鍛刀をつづけたればこそ、
のちにかの名声が断然群を抜くに至った所以〔ゆえん〕で、
正宗の正統綱廣までが、農具鍛冶に成り下がった時代に、
とにもかくにも貞一は刀鍛冶を押し通したのだからえらい。」
と、貞一立志伝で結びをつけた。
 いったい水心子自体が、模造模作と称して、
長光や、正宗行光貞宗と、手当り次第に古名作を“製造”したもので、
さすがに良心が許さなかったものと見え、偽銘だけは切らなかったが、
かつてそうした長光の無銘が、廻り廻って、
一時仇敵のようだった本阿彌の手に入り、
そこで本物の折紙がついたといって、
弟子達の前で舌を出したというような話もある。
そうした事は後に書くとして、彼の自作と称するものは、
実は数多い事古今無頼といわれた門弟の、その上作に自作で銘を切り、
自作自銘は、数えるほどしかなかったといわれている。
その水心子の作が、また後に相当偽作されて
広く行き渡っているのも妙な因縁と見るべきで、その一原因として、
彼の作は、日本刀古今の各伝にわたってつくられた事、
地肌が偽作に都合のよい無地鍛えである事、
彼は一生涯に研究しつくした鍛錬の秘法を、
その著述によって、ことごとく公開してあるなどの点を挙げる事ができる。
 さて、自分は、こうした事をこまごまと手紙に書いて、
「水心子の自銘自作と世の大家の認めているものでも、
それが案外弟子の直胤や正義あたりの若づくりかも知れぬ。
貴下のは、有名な月山の本造りなのだから、まず大丈夫でしょう。」
とつけ加えてやったら、程〔ほど〕経てその軍人から、
「同僚の中に貞一の軍刀をもっている者があって、
比較してみると、なるほど何もかも似ている。
おかげで一つの学問をしました。
帰還したら、今の月山にたのんで、銘をかえて貰いましょう」
と書いてあった。






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Last updated  2013年02月01日 08時43分15秒


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