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AMISOM Photo / Tobin Jones
AMISOM Public Information
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>前回


 縛りあげて猿グツワを噛ませた三田村をトランク・ルームに押しこんだ片山は、オペル・カデット改を郊外に向けて飛ばした。東南に向うルートをとる。
 その街道の、市街地の外れと郊外のあいだにある検問所に、珍しくもガメリア軍が出動しているのが遠くから見えた。チョンバの死によって新しく首都防衛軍師団長のポストを手に入れた馬鹿が、部下たちに権威を示そうとしているのであろう。
 サーチ・ライト二基で路面を照らしているだけでなく、焚火(たきび)を囲んでウォー・クライをあげたり、勝利を願うダンスを踊っているようだ。
 片山は検問所の六百ヤードほど手前で、車を左側の露地に入れた。ウインチェスターM七〇のライフルと弾薬箱を持って街道に戻る。
 それらを一度路上に置き、歩道の敷石を十枚ほどはがして車道上に二列に積んだ。
 その掩護(えんご)物のうしろで伏射(プローン)のスタンスをとった。無論、スリングを張る。伏射にしたのは、据銃(きょじゅう)を安定させて正確な照準を助けるためだけでなく、敵弾に自分の体をさらす面積を出来るだけ減らすためだ。










 いきなり射撃を開始せずに、七倍のライフル・スコープを通して、六百ヤードほど先の検問所の広場にいる将兵の数を確かめてみる。サーチ・タイトが眩(まばゆ)いが、それほど邪魔では無かった。
 いま見えるのは十四人であった。二人が将校で、あとは下士官や兵卒だ。みんな、恐怖をまぎらわせるためか、踊りながらスコッチの壜〔びん〕からラッパ飲みしている。
 彼等の主な武器は、道路の両脇の検問所の小屋の前に止められた二台のランドクルーザーに搭載(とうさい)されたM六〇多目的機関銃二丁と、それぞれが担いでいるスプリングフィールド〇三A三型ボルト・アクション・ライフルのようであった。機関銃さえ片付けたら、あとは簡単であろう。





IMFDb - M60 machine gun

http://www.imfdb.org/wiki/M60







M1903 Springfield - M1903A3 Springfield

http://www.imfdb.org/wiki/Springfield_M1903A3#M1903A3_Springfield








 片山ほどの狙撃手(そげきしゅ)となると、風速は体で感じて判断できるが、ランドクルーザーのアンテナにつけられたガメリア国軍旗が吹き流される角度を八で割った数字が風の秒速メーターだ。
 風速を米国式に秒速マイルで表わす時は角度を四で割ればいい。秒速二メーター/秒は大体四マイル/秒だ。
 なお、旗や煙などの風を測る目安とないものが無い時には、目標に向けて体を正対させておき、千切ったティッシューを丸めたものや枯草などを肩から落し、それが落ちた地点を腕で示して、腕と体とのあいだの角度を八で割ると秒速何メーターの風であるか大体割りだせる。




Global Security.org - Chapter 5Downrange Feedback
(Phase II of Basic Rifle Marksmanship)
https://www.globalsecurity.org/military/library/policy/army/fm/3-22-9/c05.htm



Figure 5-27. Determine wind value using the clock method.






Figure 5-28. Determine wind speed using the flag method.






Figure 5-29. Determine wind speed using the pointing method.




Youtube -
Determining Wind Speed and Direction
by Gunwerks
https://www.youtube.com/watch?v=hBdhWe-C4Co





How to Read the Wind | Shooting USA
by Shooting USA
https://www.youtube.com/watch?v=i59LqZcAdPs







 斜め横からの風であるから、照準は半量修正(ハーフ・ヴァリュー)でいい。狙撃兵片山の頭脳のコンピューターが、無風状態で六百ヤードのゼロ点規正をしたサイトでは、今は約二十センチ左を狙えばいいと即座にはじき出した。
 引き金を絞る。左側のサーチ・ライトが消えた。反動を利用して素早くボルトを操作し、右側のサーチ・ライトを射ち砕く。
 焚火と検問小屋から漏れる灯(あかり)だけの薄暗さに素早く目を慣らした片山は、ライフルを乱射してくる敵に構わずに、左側のランドクルーザーのエンジン・フードの上の三脚に据(す)えられたM六〇機関銃に銃口を移した。
 片山のライフルが吐き出す発射炎を狙って飛来する敵弾は、片山からはるかに外れている。左側のランドクルーザーに向けて二人が走り寄るのが片山の左眼にかすかに映る。
 片山はM六〇の左二十センチほどのところを狙って一発射った。ロッディング・ブロックの左側、こちらから見て右側に垂れさがっているメタル・リンクのベルト弾倉に差されている七・六二ミリNATOの実包に偶然に命中したようだ。そいつが炸裂する。











 片山は弾倉の弾室を素早く装塡(そうてん)し、再びその機銃に七ミリ・マグナム弾を二発浴びせた。一発が機関部に当ったらしく、衝撃で機銃は三脚から外れ落ちる。
 その時、右側のランドグルーザーの機銃が連射してきた。射手は曳光弾(えいこうだん)のために弾道がよく見える着弾を片山に近づけようとし、保弾手は機銃のロッディング・ブロックに吸いこまれていくベルト弾倉を支えて、スムーズに給弾されるよう努めている。毎分五百個ぐらいの割りで空薬莢(からやっきょう)が飛び出し、消費されたメタル・リンクがバラバラになって機関部の右下に落下する。




Youtube -
Gun of the Week: M60 by Rated Red
https://www.youtube.com/watch?v=aoOfNWi8huU





M60 Machine Gun by hickok45
https://www.youtube.com/watch?v=HtK5gB6po_U





M60 Machine Gun Woods Walk by hickok45
https://www.youtube.com/watch?v=UKpLPittvuY







 片山はその機関銃の射手と保弾手を速射の二発で片付けてから、機銃に二発射った。一発が装塡ブロックのカヴァーを吹っ飛ばし、その機銃はスクラップ同然になった。
 右側の機銃は装塡ブロック内に残っていた一発を発射出来ただけであとは回転しない。
 片山は検問所の将兵を、射的屋の人形のように射ち倒していった。腰を抜かしながら夢中で射ち返してきた敵兵の銃弾が、片山が楯(たて)にしている石畳に偶然にも当り、火花を散らし、石粉を吹き上げる。
 米軍が敵兵一人を死傷させるのに要した銃弾の弾は、第一次大戦で約七千発、第二次大戦で約二万五千発、朝鮮戦争で約五万発、ヴィエトナム戦で三十万発ぐらいと言われているから、実戦になるといかに当らないか分る。
 目に見える敵をすべて片付けてから、片山は木造の検問所の小屋に八発ずつ射ちこんだ。オペル・カデット改に戻り、その車を運転して検問所に近づく。検問所の百メーターほど手前で車を停めた。
 弾倉に吊(つ)るしてあった手榴弾(しゅりゅうだん)を一発外し、安全ピンを抜きながら車から降りた。助走もワインド・アップも無しにその手榴弾を投げる。伏せた。
 山なりの放物線を描いた手榴弾は、右側の検問小屋の窓から飛びこんで爆発した。小屋がバラバラに吹っ飛び、二、三人の死体の千切れた部分も吹き出された。
 普通の兵士だと、ある程度正確に手榴弾を投げることが出来る限界が三十五メーターほどであるから、片山の強肩とコントロール能力には目ざましいものがある。百メーターというと、日本の野球場ではホームラン・ボールが出る距離だ。
 立ち上がり、二発目の手榴弾を左側の検問小屋に向けて投げた片山は、車の運転席に戻った。車を再スタートさせた時、その小屋が吹っ飛んだ。
 片山は死体が散乱したあたりで、また車を停めた。右手を腰のホルスターのG・Iコルトの銃把(じゅうは)に当てて車から降りる。
 左側のランドクルーザーの荷台に、手榴弾が入った木箱が三個あった。いずれも米軍用で、一箱に五十発ずつ入っている。
 一つには鈍いオレンジ色の破片型手榴弾、もう一つには青灰色の焼夷(しょうい)手榴弾、三つ目の箱には黒に黄帯の攻撃型手榴弾が入っている。
 上下両面は金属だが側面は合成樹脂製で、ダイナマイトのような爆破効果を持つ攻撃型手榴弾は、弾体がショックを受けて変形した時に暴発しやすいので、信管は弾体内のTNT炸薬(さくやく)から抜いて、弾体の外側にガム・テープで貼(は)りつけてあった。
 片山は三箱の手榴弾をカデット改の後部座席の前の床に移した。
 ジャングルの中に車を駐め、トランク・ルームの三田村を地面に放りだす。三田村は死んではなかった。
 三田村の左腕を肘(ひじ)のところでへし折る。激痛で意識を取戻し、脂汗(あぶらあせ)を垂らしながらもがく三田村のロープを解く。所持品を調べた。
 三田村の船員手帳は、やはり、韓国のキム・チョンヒということになっていた。
 片山は三田村の猿グルワをガーバー・ナイフで切断した。寒気がするような絶叫をあげた三田村は、
「だ、誰(だれ)だ、貴様は!」
 と、あまり訛(なま)りがない英語で叫び、黒く塗った片山の顔を、引きつった蝮(まむし)のような目で見つめる。
「ミタムラだな、あんたの本名は?」
 片山も英語で言った。
「ど、どうして知ってやがる!」
 三田村はショックのあまりか日本語を口走った。
 片山はニヤリと笑いながら日本語で答えた。
「いい加減で観念しなよ」
「に、日本語をしゃべるのか! そうか、日本政府に傭(やと)われてサンチョ・パンサ号の乗員を皆殺しにしようとしてやがる気違いというのは貴様のことか? 顔に墨を塗ってたってごまかされんぞ」
 三田村はわめいた。マラリアの発作時のように全身が震えだす。
「皆殺しにしようとは思ってない。あなたを殺そうとも思ってない。それに、俺(おれ)が日本政府に傭われたと思うのも、大きなカン違いだぜ」
「勝手にほざきやがれ!」
「強がりはよせよ。俺が欲しいのは、赤い軍団についての情報だ。しゃべってくれたら、米軍基地の病院に運んでやる。アル・リーやポルトガル人傭兵のフランシスコ・エルトリルのようにな」
「殺せ! 騙(だま)されるもんか」
「そんなに死にたいんなら好きなようにしろ。いま面白い細工をしてやるからな。待ってろよ。」
 片山は笑い、車内にもぐりこんだ。車を二十メーターほど動かしてから、攻撃型手榴弾を一個、木箱から取出す。弾体にガム・テープで貼ってあった信管を外して木箱に貼りつけた。
 信管を抜いてあるその手榴弾を持って三田村が倒れているところに戻った。三田村のズボンをナイフで裂いて、数本の細いロープをよる。
「な、何しやがる!」
 と、大小便にまみれながらもがく三田村の首に、弾体をきつく三捲きにした手榴弾を縛りつけた。三田村を仰向けにさせ、左右の腕の上に太い倒木を乗せて重しにした。右膝(ひざ)を無理に折曲げさせてから、足首と手榴弾の安全ピン引環を結んだ。
 三田村は心臓が喉からとびだしそうな表情で喘(あえ)いだ。体は金縛りにあったように動かなくなる。三田村には、その手榴弾に起爆信管が入ってないことが分かるわけがない。
「あんたも軍事訓練を受けたようだから、これがどういうことになるか分るだろう? あんたはいつまでもそうやっていられるわけは無い。脚(あし)がくたびれてきて、脚をのばしたくなる。脚をのばしたら、安全ピンが引っこ抜かれる。安全レヴァーを留めているものは無いから、安全ピンが外れると、爆発は大体五秒後に起る・・・・・・じゃあ、ゆっくり恐怖を楽しんでくれ。俺は谷崎兄弟を追う」
 片山は言い捨て、三田村に背を向けて車のほうに歩く。噛(か)みタバコをひと摘(つま)み、歯茎(はぐき)と頰(ほお)の裏側とのあいだに押しこんでから、車のドアを開く。
「助けてくれ! 参った」
 三田村の哀れっぽい声が聞えた。
「しゃべる気になったのか?」
 と、声を掛ける。
「しょうがねえ、気が狂うよりもましだ」
「よし、じっとしてろよ」
 片山は足早に三田村に近づき、手榴弾の安全ピン引環と三田村の足首を結んだロープを切断してやる。両腕に重しとして置いた倒木もどけてやる。
 長い溜息(ためいき)をついた三田村は横向きになって右足をのばし、全身を小刻みに震わせながらも、
「タバコを吸わせてくれ。気が狂いそうだ」
 と、喘いだ。
 片山は三田村のシャツの胸ポケットからマルボロー・ハンドレッズのソフト・パックを取出し、一本くわえさせる。黄燐マッチの頭をリーヴァイス五〇一のジーパンにこすりつける。ジャングルの湿気のせいで三回目にやっと発火した。
 震えながら三田村がむさぼり吸うシガレットがひどく短くなるまで待ってから、片山は再び口を開いた。
「さてと、はじめっからの話を聞かせてもらおうか」
「はじめっからって?」
 フィルターが焦げはじめたマルボローを唇(くちびる)から落した三田村が呟(つぶや)く。
「あんたは、渋谷の暴力団神宮会の総長をやっていた。幻覚剤か何かに酔っばらって大量殺人をやらかし、獄中にいるところを、日空機をハイジャックした連中の要求に屈した日本政府の超法規的措置とかによって釈放され、リビアに送られた。谷崎兄弟のようにな」
「・・・・・・・・・・」
「あのハイジャックの連中は世界赤軍極東部隊と名乗ったが、そんな組織は実在しない。本当は赤い軍団なんだろう?」
 片山は三田村に日本目のタバコをくわえさせ、火をつけてやった。
「そうらしいな。世界赤軍極東部隊というのは、赤い軍団の下部組織ということだ」
 やっと震えがおさまった三田村はしゃべった。しゃべると、赤い火口が闇のなかでピクピク踊る。
「あんたは、大量殺人で捕まる前から、赤い軍団と関係があったのか?」
「ちがうな。その名前については、ちょいとばかり知ってはいたが」
「頼むぜ、よく教えてくれ」
「その前に約束してくれ、俺を米軍基地に連れていってくれると・・・・・・俺を日本政府に引渡さないことも約束してくれ」
「ああ、約束する。合衆国に住んでもいいという特別許可を得(と)ってやってもいいぜ。あんたがまともにしゃべってくれさえしたらな」
 片山は真剣な眼差しで言った。
「あんたは、やっぱりC・I・Aか? どこで日本語を覚えた?」
「C・I・Aじゃない。はっきり言おう。合衆国の軍隊は無論のこと、政財界に大きな影響力を持っている全米退役軍人共済会なんだ、俺の傭い主は・・・・・・だから、俺が米軍基地に顔がきくのも不思議じゃないだろう?
 全米退役軍人共済会は右翼組織だが、それだけに儲(もう)けるのもうまい。マフィアの支部の献金が少ないと、その縄張りを取上げるほどの実力がある。
 全米退役軍人共済会は赤い軍団に目をつけた。赤い軍団の稼(かせ)ぎをピンはねしようという魂胆だ。赤い軍団が左翼であろうと知ったことじゃねえっていうわけよ。だけどな、ピンハネするためには、赤い軍団について正確な情報が欲しいわけさ。だから俺をこのガメリアくんだりまで送りこんだ。俺もあんたもヤクザ稼業(かぎょう)よな。突っぱりあってねえで、仲良くやっていこうぜ」
 片山の舌は滑(なめ)らかに回転した。
「信じられん。それに、あんたの日本語は達者すぎる」
「信じようと信じまいと勝手だが、ともかく、あんたの傷が治ったら、軍用機でアメリカ本土(メインランド)に運んでやろう。あんただって、スウィスかルクセンブルグあたりの銀行に預金してるんだろう? そいつをどう使おうと、俺を傭った組織は口出ししねえ。それどころか、職も斡旋(あっせん)してくれるだろうな」
「分かった。ともかく、バラバラに砕けた右肘(ひじ)をつないでもらいたいんだ。左肘も治してくれ。このままだと、二度と拳銃を握ることが出来ねえ。死んだほうがましだ」
「分かったよ。なるべく早く病院に運んでやる」
「あんたは日本人じゃねえから、二年前に発覚した、東京バイエルン貿易という会社の覚醒剤(シャブ)の極上物の雪ネタの密輸事件と幻覚剤エンジェル・ダストの密造事件を知らねえだろうな?」
 三田村は言った。
 片山は、極端な外貨不足のため輸入制限が厳しくて日用品にもひどく不自由するザンビアや中央アフリカに、日本から妻の晶子が毎月送ってくれていた品物のなかに混っていた日本の新聞や週刊誌で、その事件に関する記事を読んだことがあるが、内容はよく覚えてない。
「知らんな」
 と、答える。
「西ドイツの大きな製薬会社と倉庫が襲われて、覚醒剤五十トンが奪われた。ヨーロッパの製薬会社が造ったシャブは雪ネタと呼ばれて最高級品なんだ。
 それからしばらくして、赤坂のバイエルン貿易から雪ネタを卸すから、という話が俺の神宮会にあった。
 実はその前から、神宮会だけでなく、ほかの大きな組織もバイエルン貿易と取引きがあったんだ。覚醒剤でなく、エンジェル・ダストという幻覚剤だった。
 だけど、エンジェル・ダストは強力すぎて、幻覚殺人事件がヤケに多く起ったんで、俺たちはあいつを扱うのを敬遠しはじめてた。殺人事件となると、警察(サツ)がうるさく入手ルートを調べあげるからな。
 ところで、俺たちの暴力団と呼ばれてた組織が、どうして素人(しろうと)のバイエルン貿易からまともに金を払って幻覚剤を卸してもらってたか、という疑問が浮かぶだろう」
「ああ」
「その疑問は当然だ。本当のことをしゃべるから、モルヒネをくれ。ヘロインでもいい。どっちも持ってないんなら、何でもいいから鎮静剤になるものをくれ・・・・・・頼む・・・・・・死にそうな気分だ」
 三田村は呻(うめ)いた。
「俺はヘロインを持っている。もうちょっとしゃべってくれたら、くれてやらないこともない」
「分った。俺のところだけでなく、ほかの組織もバイエルン貿易を襲ってタダで幻覚剤を捲きあげようと企んだ。あのエンジェル・ダストは製法の教本(マニュアル)さえあれば、素人でも作れるという情報もあったから、そのマニュアルを手に入れようともした。
 ところが、バイエルン貿易には、外人の殺し屋部隊がついていたんだ。
 俺と同じようにそのことを知らなかった銀座の光栄会が、真っ先に幻覚剤の強奪計画を実行に移した。バイエルン貿易の社長菊池を攫(さら)って、晴海埠頭(ふとう)の空き倉庫に連れこみ、エンジェル・ダストの密造工場とストックしてある場所がどこなのかを吐かせようとした。
 そこに、中南米人らしい殺し屋部隊十人が忍び寄った。これは、頭に怪我(けが)をして気絶したのが幸いしてただ一人生き残った光栄会の大幹部の話だが、外人部隊の殺しの手際は水際だってたそうだ。何しろ奴等は、菊池に傷一つ負わさずに、倉庫のなかにいたり倉庫を外から見張っていた光栄会の精鋭三十人を全員、三分たらずで片付けたそうだ。無論、やっと生き残った大幹部は、警察(サツ)に何もしゃべらなかった。警察病院から脱走して、光栄会の友好組織にかくまわれた。
 光栄会に逆襲を掛けたのが外人の殺し屋部隊だということは、しばらくのあいだは俺たちは知らなかったけど、光栄会の会長はじめ幹部全員やられてしまって壊滅状態におちいったことぐらいは、極道組織の主(おも)だった者なら、その夜に知ることが出来た。
 翌日、バイエルン貿易からいろんな極道組織に使者がきて、
〝我々には赤い軍団という国際的な大組織がついている。赤い軍団の戦闘師団はミサイル部隊まで抱えている。だから、任侠(にんきょう)の紳士諸君に自重を望む。なお、赤い軍団の名を、最高幹部以外の組員や捜査当局に、もしもしゃべろうという気がある組織は、最高幹部のメンバーとその家族が皆殺しにされることを覚悟の上で行動をとってもらいたい〟
 と、ぬかしやがった。
 それで、俺たちはぶるってしまった。
 雪ネタの場合も、バイエルン貿易からブツを卸してもらったのは、俺のところだけでなく、全国で二十を越えた組織だったろう。そのうちの、大阪の浪花組が、雪ネタをタダで一人占めしようとした」
「浪花組も栄光会と同じ運命をたどった、というわけか?」
 片山は呟(つぶや)いた。
「その通りだ。そしてまた、バイエルン貿易から、赤い軍団の名を絶対に表に出さぬように、という警告があった・・・・・・頼む、ヘロインをくれ・・・・・・」
「しかし、バイエルン貿易の雪ネタの密輸はバレた、というわけだな?」
 財布に収めてあった二十グラムほどのヘロインのうちの一グラムほどをオブラートに包み、罐入(かんい)りのミネラル・ウォーター少量と共に三田村に呑(の)ませてやった片山は呟いた。
「だけど、赤い軍団の名は、ついに隠し通された。バイエルン貿易の、いわゆる主謀者連中は、奴等がブツを卸した極道組織が次々に手入れを受けた段階で国外に逃げてしまったんだから、捕まった連中が赤い軍団の名を出すことも出来るように見えた。しかしだな、殺し屋部隊がまだ日本に残ってたんだ。捕まった極道団体の幹部クラスの誰もが、家族の誰かを人質にとられ、そのことを弁護士を通じて知ったんで、赤い軍団の名を出せるわけが無かった。家族が人質にとられたことをサツに知られないようにするだけで精一杯だった」
「外国人の殺人部隊は、まだ日本に残っているのか?」
「知らん。俺が日本を出てから、だいぶたったし・・・・・・ただ言えることは、捕まった組長や幹部連中が起訴される順に、そいつらの人質が釈放された、ということだ。殺し屋部隊のほかに、頭脳戦チームが日本にとどまって、弁護士を買収して、捕まった連中の供述内容や起訴状の写しを手に入れ、そこに赤い軍団の名前が出てこなかったことを知ったからだろう」
「なるほど」
「それから一年ほどたって、俺はパクられてしまった。お恥ずかしい話だが、俺は若い者(モン)にシャブや幻覚剤は商品なんだから、それを自分で使った者は破門すると言ってたのに、俺自身はミイラ取りがミイラになったというのか、シャブの中毒にかかってたんだ。
 ある日、シャブの注射をしても効きが悪いんで、エンジェル・ダストで追い打ちをかけた。
 それからあとのことはよく覚えてないが、新宿の三光会が俺のところに殴りこみを掛けようとしているんだという妄想(もうそう)がふくらんだ。子分どもは三光会に寝返ったと思いこんだ。俺は女房と息子どもも三光会に内通していると思って皆殺しにしてから、M十六ライフルを持って三光会に先制攻撃を掛けたわけだ。幻覚剤の効き目で、一人だけで乗りこんでいっても全然怖(こわ)くなかった。あとで聞いた話では、俺は二十四人も殺し、13人を不具(かたわ)にした」
「それだけではない。警官五人を射殺し、三人を刺殺した」
「どうして知ってる?」
「いいから、話を続けろ」
「ともかく、俺はあの時は気が狂ってたということで裁判で無罪になったが、ほかのことで十年の刑をくらった。刑務所に閉じこめられてからは、脱走して国外に逃げることばかり考えてた。三光会の生残りが、俺が出所したら仇討(かたきう)ちにしようと待ち構えている、という情報が入ってたんでな。神宮会は、俺が捕まったあと三光会の生残りに襲われて潰(つぶ)れてしまったから、俺が出所した時に俺のボディ・ガードになってくれる者はいねえ」
「・・・・・・・・・・」
「脱走出来ない以上は、なるべく獄中に長いこととどまっていて、三光会が俺のことを忘れてくれる時間を稼ぎたかった。俺の中毒は治っていたが、時々発作が起った振りをして看守に殴りかかって、仮釈でシャバに出されるのを防いだ・・・・・・だけど、あんなところに十年も閉じこめられるなんて気が狂いそうだったことも事実だ。そんな俺を、日空ハイジャックの連中が釈放させてくれた」
「その時は、ハイジャッカーが赤い軍団の下部組織だとは知らなかったのか?」
「そうなんだ。だけど、俺を自由の身にした上に、三光会が追っかけてこない国外に連れ出してくれるとはタナボタの話だからな。相手が何であろうと文句は無かった。
 胃から吸収されたヘロインが体に回ってきたらしく、三田村は陽気なほどになった。ニヤニヤ笑いさえ浮かべる。
「あんたは、日本政府の特別機に乗せられてアフリカ北部のリビアに運ばれた。これも特別釈放された殺し屋の谷崎兄弟と一緒にな。それに無論、政府がハイジャッカーに払う日空機乗客の身代金(みのしろきん)も・・・・・・」
「あの時は楽しかったぜ。スチュワーデス五人も乗せねえと、俺はリビアなんて地の果に行ってやるもんか、と一応ゴネてやった。そしたら、俺の要求はすんなり通りやがってさ、ポルノ女優みたいなスチュワーデスのネエちゃんが十人も待ってたぜ。あとで、谷崎兄弟も俺と同じ要求を出したと分って大笑いさ。まあ、センズリで我慢させられてた人間が考えることは同じってことだな。
 あの飛行機での待遇は最高だったな。シャンパンやコニャックは飲み放題だし、国家を救うためとか何ちゃって政府や会社におだてられたネエちゃんたちが口移しで飲ましてくれるの。キャビアやフォアグラも口に入れてくれるんだ
 俺たちはジャンボ機のファースト・クラスの二階グランジで、姉ちゃんたちを輪〓(まわし)して楽しみ、谷崎兄弟とたちまちアナ兄弟になったってわけよ」
「なるほど」
「だけど、谷崎の兄の方はサドだな、ありゃ。うん。縛ったりベルトでブン殴ったりしねえと立たねえんだ。それに、カマっ気もあってな。一緒に乗ってた運輸政務次官とかいう野郎の秘書は、ちょっといい男なんで、とうとうバックからやられてヒーヒー泣いてやがったよ・それを見ながら、次官の野郎、一生懸命にカイてやがるんだ。
 谷崎の弟のほうも変態だな。スチュワーデスから取上げた制服なんか着ちゃって、スチュワートの制服をつけさせたネエちゃんたちに上からまたがらねえと発射しねえんだ。
 その点、俺はまともよ。ネエちゃんたちを取っ替えしながらずっとハメハメのやり通し。やりながら飲んだり食ったりしたんだから、まさにこの世の天国だったな。お蔭で、リビアに着いた時には膝(ひざ)がガクガクして一人じゃ歩けねえザマよ」
「リビアで待ってたハイジャックの連中は、何のためにあんたや谷崎兄弟を日本政府に釈放させたか、という説明をしたか?」
「ああ、あの組織は、殺しをやれる度胸がある男として、俺と谷崎兄弟を択(えら)んだ、と言っていた。
 赤い軍団の名も聞かされた。赤い軍団は、後進国の犠牲の上にたって繁栄している大国の政府や、ボロ儲けしている大企業から税金を取立てて、その金でもってパレスチナ・ゲリラやジャリどもが飢えにさいなまれている国々の民族解放団体を援助している、世界的な大組織ということだった。
 だが、俺にとっては、そんなお題目なんかどうでもよかった。谷崎兄弟にしたって同じだった。ともかく、月に一万ドルの給料と、働きに応じたボーナスを払ってくれ、万が一にもサツに捕まった時には実力で奪い返してくれるというんだから、こたえられん話だ」
「・・・・・・・・・・」
「ともかく、俺と谷崎兄弟は、あの国の首都のトリポリのホテルに三日間閉じこめられたあと、偽造パスポートと二万ドルをもらってローマに飛んだ。ハイジャックした連中のうち同志3(カマラード・スリー)とカマラード・5(ファイヴ)が一緒だった。奴等は名前でなく同志番号を呼びあっていたんだ。
 ローマの空港でも何のチェックも受けなかった。入管や税関の役人がスト中だったせいもあってな」
「入国のスタンプは誰が押した?」
「到着客が勝手に押したんだ。航空会社の係員に押してもらった者もいた。スタンプはカウンターにほっぽり出されてたからな。ともかく、俺たちはローマで二た晩、パリで二た晩、腰が抜けるほどやりまくってから、税金天国のルクセンブルグに飛んだ。あそこのクレディ銀行にナンバー・アカウントの口座を開いて一万五千ドルを預金してから、俺たちはキャナダに飛んだ。当時の俺は日本語のほかはほとんどといっていいほどしゃべることも聴くことも出来なかったが、C(カマラード)・3は英語、C・5はフランス語が達者だったから通訳がわりになってくれた」
「・・・・・・・・・・」

 (つづく)





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Last updated  2021年09月05日 17時02分08秒


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