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今年一月に恋人が亡くなり、自分のことよりも彼と会えるのを本当に楽しみにしてきたという長谷川理恵さん。終始、美しいお顔からぽろぽろと涙がこぼれていました。江原啓之さん・・・江美輪明宏さん・・・美国分太一くん・・・国長谷川理恵さん・・・長【スピリチュアル・チェック】☆ 自分の性格を一言で→負けず嫌い☆ 趣味→マラソン、サーフィン、お料理☆ 疲れやストレスが癒される場所→海の中、サーフィンで波待ちしているとき。☆ 美しいという言葉から連想するもの→自然、肉体、魂、光。☆ 将来の目標→食育のこと、環境問題。食の本などもいくつか著していらっしゃる長谷川さん。環境問題については、海に親しむ方々は特に関心の深い方が多いとのこと。長「海にいても、ビニール袋が手に引っかかるし、水を飲んでしまうときも汚染されたぶくぶくの泡。せっかくいいものを食べていても、悲しいなと。」長谷川さんの恋人も、海の事故で亡くなる前日まで環境について話していたのだそう。【野菜美人】国「夢に彼が出ることは?」長「亡くなってしばらくしてから、ハワイのレイを赤いセロファンのお菓子で作っている姿を。」これはメッセージというよりは、お互いに会いたいという思いが夢となったもの。長谷川さんは眠っていたとき左側が熱くなって、暖かい光に包まれたこともあり、こちは傍にいらしたということだそうです。残された方の思いが強いと、亡くなられた方は成仏できないそうで、長谷川さんの恋人の場合もそう。美「さっきから江原さん、ずっと苦しんでいらっしゃるのよね。」江「ずっと憑依してるんです。」美「それが問題なの。とりついてるってこと。」江「長谷川さんにね。だから夢に出てくるわけがないんです。一緒にいるから。」長「それは一緒にいていいと思っちゃってるからいけないんですね。」江「いちゃいけないね。向こうへね、自分の魂の故郷へ帰らないと。」【人生ノート】長谷川さんや彼が自然に惹かれるのは、「嘘をつかないから。」お二人とも魂の流れで、ずっと裏切られ続けているため、嘘をつくものが嫌い。長「似てると思ってたんですよ。」美「私もね、愛する人を亡くして辛い思いで、三年くらい立ち直れなかったこともありますよ。でもね、『去るものは日々に疎し』と言ってね、だんだん忘れてあげないとね、向こうが成仏できないんですよ。足を引っ張ることになっちゃうの。」長「成仏したと思ってました。」美「いえいえ、できないの。こっちの想念が上へ行こうとするのを足を引っ張っちゃってね、上へ行かせまいとするものがあるのよね。だからこっちの方の想念を切り替えていって『こっちは心配ありませんから』って。それが向こうのためにもなるの。辛いけれどもそういうふうにしてあげるとね、憑依しないですーっといいところに行かせてあげられるの、光の輝くところに。」江「とても勇気のある彼だけれども、内面はとても繊細でどちらかというと女性的な感性のある人ですよ。本人はまだ混乱から立ち直れていないんです。亡くなったこととかね。ずっと一緒にいるんだけど、自分の人生を振り返りながら『自分の居所探しの人生だった。』と。自分の居所が見つけようにも見つけられなかった。だから、海や自然ではなくて心の居所。生きている実感、自分が何をしたらいいのかを常に迷いながらの人生で。これから二人で目標をみつけて、長谷川さんとふたりでこれからというときに、人生が終わった。」長「まさにそうです。」江「それまではずっとさまよい歩いていた。だから『無念』という言い方をするんです。」その思いは長谷川さんも同じ。二人の無念さが、彼の成仏を妨げているそう。江「でもね、これで終わりじゃないんです。残念無念というのはこの現世の中ではあったかもしれないけれど、でもそこを絶たないとね、気持ちをね。」長「はい。」江「このままの状態でいるのは、お互い、いいことではなくて。ただ・・・。彼はまだ執着が強いねえ。」江原さん、幼い子供に語りかけるように空をご覧になります。【人はなぜ生まれいかに生きるのか】美「存じ上げないのに言って悪いけれど、子供なのよ。とても子供っぽかった人でしょう?」長「もう少年のような。」美「見てて楽しいし、微笑ましいし、優しくて、やんちゃで。だからよけいに、大人の感覚にならないと成仏できないんですよ。いろんなことで悟りをひらいていってね、すーっと自分で成仏していくんだけど、もう赤ちゃんみたいに子供っぽくて可愛らしい人だから。あなたが大人になって、諭しておあげになるといいわ。」江「長谷川さんが説得してあげなくては。『やだやだ、やだやだ』って言う。」長「しがみついてますか?」江「いずれ会えるんだから。天命を全うした後にね。そういったことをちゃんと言って、胸を張って会えるようにお互い歩まなきゃだめなんだからっていうことを。そうやって彼を旅立たせないと。」美「お二人の前世のことを、江原さん、教えて差し上げてくださる?そうするとわかっていく糸口になると思うんですけど。」江「すがるのも当然で、子供さんなんです。」長「ああ、やっぱりそうだ。」お二人は前世で生き別れていて、そのために彼は長谷川さんに「守って欲しい」という気持ちが強いよう。長谷川さんは子供好きなのにどこか恐れを持ってしまうのも、この生き別れの経験からなのだそうです。明日に続きます。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ
May 15, 2006
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女優としてご活躍されながらも、どこか寂しげな風情の小雪さんにはやはり悩みがあるようです。国「女優を辞めたいと思うことなんか多いんですか?」美「言ってもいい?この方はね、何をしていても欲求不満なの」小「私はこの仕事を始めたときから、女優業に対して充足感がないんですよ」美「‘I 'm never satisfied...’ってやつね。決して満足しない。ずーっと欲求不満のまま」小「何か賞をいただいたりですとか、周りの方々、TVで言うと視聴率ですとかそういったことにも全く興味がなくて。これは何年か時を経て自分が何十年かこの仕事をしていったら、答えが出るものなのか。そういったことはあまり人に言っちゃいけないと思っていて、でもやっぱり・・・あの・・・何年経ってもそういった思いが消えないので・・・」江「あの・・・私から見ると小雪さんは霊媒なので☆霊媒が自己満足したら大変じゃないですか。それはもう、道具として使えません。私は職業の内容が全然違うけれども、似たようなものでしてね、私は霊媒じゃないですか。『何故、そんなにTVに出るの?』違和感はいつもですよ。でもそこで、自分が出てしまうと小雪さんみたいに悩むんです。『やっぱり嫌だ』とか。そうすると美輪さんから『何言ってるの。役目でしょ』ってね☆だから、自分が出ると嫌になる。役目に徹して、霊媒に徹すれば道具と化すと思って。じゃあ私がいろんな方にアドバイスとかをして、そこに自分の自己満足があったらとてもじゃないけれども・・・」美「色がついてしまう。あのね、女優も霊媒も俳優も、白紙じゃなくてはいけないんですよ。白紙だから、いろんな色に染まるわけですよ。絵の具の通りの色が出るわけじゃないですか。ところが画用紙そのものに色が付いていて、例えば黄色い画用紙にピンクをのせても汚い色になるじゃありませんか。そういうことなの」江「だから一生、充足感なんて得られないと思いますよ。はっきり宣告しておきます☆」小「・・・どうしよう☆」美「だから江原さんも小雪さんも、真っ白な画用紙、それが個性なんですよ。自分なんですよ。全くの水、水に色がついていちゃいけないんですよ。そうするといい女優、いい俳優、いい芝居にならない」国「役作りとかはあまり苦労しないタイプですか?」小「ものによりますけれど、例えば私は、すごく感情的に怒ったりすることがあまりないんですよ。怒っている人を見ると、すごく冷静になってゆくタイプなんですよね」江「でも、オーラは結構赤いものがあるから、本当は怒っているんですよ☆表現しないだけ」小「そう、怒っているけど、この人に怒るという態度で・・・」美「それは育ちなの。『そういうことははしたない』ということがずーっとどこかにあるから」小「そうかもしれないですね。母はどちらかというと、とても感情を解放するタイプなんですけど父は常に自分で自問自答して、子供は叱るときでもどうしても叩かなくてはいけないときでも、拳骨が近くまできて、止まって押さえる、こういう感じですね。男の子は別でしたけれども、お父さんは感情のコントロールがとても上手ですね」美「お父さんの育て方が身に染みているんですよね、小さい頃から」小雪さんの前世は、霊媒だったようです。江「今の時代とは違いますけれども、霊能力をお使いになっていて。今で言うヒーリング、だから看護の仕事に行こうとしたのも、そういうことがあるのかなと思うんですけれども、人を癒す、病気を治したりという時代があった。そういう能力を買われて、お城にほぼ軟禁状態でずっと居させられて特定の人だけのために、働かされるのがとっても嫌だというのがあって。ご自身はもっと貧しい人から何から『本当に弱っている人を少しでも癒して差し上げたい』という思いがすごく強かったにも関わらず、その能力を買われて幽閉されてしまったのがヨーロッパなんだけれども、不思議だなと思うのはフランスなんですよ。だからパリコレに行かれたのも不思議なものだなと、返り咲きじゃないけれども」国「いま、軟禁状態というお話をしたときに『あ、・・・』というようなことを言われていましたけれども、それは何となくわかるんですか?」小「姉がそういう体質で、姉からよく言われていたんですね。『もとの生まれはヨーロッパで、お城の中にいて閉じ込められていたからこういうものが怖いはず』とか、小さい頃から姉に言われ続けていて『お姉ちゃんて、何言ってるんだろう?』と思いながら、ずっときましたし。ただ、姉がそういう力を持っているということは、日常的な人だったので。今でもときどき私が『この人と連絡とっていないな』と言うと『明後日に電話が来るよ』ということを言うようなお姉ちゃんなのでこういうような世界ですとか、江原さんがおっしゃったこととかも『あ、やっぱりな・・・』と思えるようなところがありますね」美「じゃあ、お姉さんと同じことをこちらに言われたのね、お兄さんに☆」小雪さんの後ろには、聖母マリアさまの姿が見えるそう。江「マリア信仰をすごくしていて、幽閉された後どうなったかというと修道の道に入りました。それしか逃げ道がなかったから。聖母マリアから『あなたは自分の今の立場や状況を、自分が作ったわけではなく、導かれてきた。導かれたこの状態こそが、実は人を癒す道でありあなたに与えられた役目であるという自覚を持ちなさい。今は寄り道している、という感覚を捨てなさい。寄り道じゃないんだ』と・・・」美「それとね、今の華やかな仕事というのはね、やっと念願が叶ったんですよ。前世でお城の中で貴婦人たちもたくさん着飾って、自分は閉じこもって中に入れてもらえない。そこの城には居ない人になっているわけだから。息もしちゃいけないくらいにしていなくてはいけないわけね。それで『私もああいう風になりたい、なりたい・・・』だから今世でやっと解き放たれて、前世の宿願が果たせたわけなの。果たせたんだけれども、なんとも悲しいことに、前世の生活習慣が残ってしまったの。『人に見られたくない』『命令されると、嫌なところへでなくてはいけない』『引きずり出されなくてはいけない、それが嫌』ということがいろいろあったわけでしょう」江「『支配されている』と思うと、嫌になってしまう」小「絶対に嫌ですね。自発的に、能動的に何かやるタイプじゃないんですけれどもでも何か強制されている感覚に陥るのは、とても嫌ですね」江「それも名残なんですね」小「記憶ですね」美「だから、ちゃんと順序良くしてくれる監督さんだったらいいけれど『役者だろ!それぐらいやってみろ!』助監督なんかにもいるんだけどカーッとなったり、権威を振りかざす、そういうのが小雪さんは一番嫌いなのよね」小「はい。人道的じゃない人は嫌いですね。そういうときはキレちゃいますね☆」江「切れるでしょう?赤いオーラは嘘つかない☆」小「キレますけど、冷静にキレます☆『ちょっとカメラ止めて』って」国「それが一番怖いですよね☆」小「『ちょっと監督、下に降りてきてください』って言っちゃいますね。『説明してください、私、物じゃないので』って、時々ありますね。後は苛めてる方とか、理不尽な理由で後輩なり、下の人を苛めていらっしゃる方を見ると・・・あ、じゃあ私、怒りやすいんだ☆」江「怒っている自覚がないだけで」守護してくださる方は、武家の奥方。江「とにかくかんざしの好きな人だったんですよ。髪の毛を止めるものがお好きでしょう?」小「大好きです。和小物を集めるのが好きなんですけれども、かんざしを一時期京都に行ったときとか。アンティークなものを外国に行ったときとか、集めています」江「その方の共感、共鳴なんですよね」小「年々、歳を重ねるごとにまた、かんざしだけじゃなく着物の方とかにも興味が出てきました」小雪さんのように自分に不満を抱いてしまう全ての人に応えるメッセージとは。江「今日とても重要なのは、さきほど美輪さんもおっしゃっていたけれども本当に今回、この時期にここにいらっしゃったというのは自分自身でひとつ理解していただきたいということ。これで充足感ということは追い求めなくなるでしょうしそれよりも自分が与えられた役目を発揮してゆく、そちらの方に役目を負おうとそちらの使命感に生きると輝いていくんですよ」美「あなたが演じられるいろんな人がいるけれど『あ、私もああいう女性になりたい』と思うような役を演じたりするわけでしょう?それで『元気をもらった』とか皆さんに言われるわけですよ。そうすると、それが看護婦になるわけ。世のため人のためになってるんですもの。だから不特定多数の大勢の人たちを、一度期にお役に立つことができるじゃないですか。そうでしょう?ちゃんとした役目として意識すれば、充実感になるんですよ。そうすると、初めて達成感が得られる」小「役目として意識する・・・」美「それとね、一番のテーマは何故‘I 'm never satisfied...’で満足しないのかというと感謝しないから。この日本全国、世界全体で芸能人になりたいとか、脚光を浴びたいとかそういう人ってどれだけいると思います?何百万人もいるんですよ。美しい容姿容貌をもらった、これだけでもあり難いじゃないですか。ひとつひとつが感謝することだらけだと思ったら、とても充実してるの」国「そうですね。僕は美輪さんに何度もそのお話を聞いていると思うんですけれどもやっぱりまた感謝するのを忘れていたなと、今思いましたしどこか余裕が無くなってしまうとそういうことを後回しにしてしまう癖があったりとか。またちょっと自分も感謝しなきゃなと思いました」美「これはね、諸刃の剣で、どんなに満足する状態で全てが揃っても何か不平不満を探そうとするのよ。『不平不満があるから、これを解決するために、克服するために、もっと上を目指す』エネルギーにはなるのよ。だけどそればかりだと永久に不平不満で、がさついてくるしイライラするし怒りっぽくなるしね。それを自分で意識して、そのバランスをね。不平不満が溜まってきたら『おかしい。これはちょっと変だな』と立ち止まって、後ろを振り返って、周りを見て、一番最悪のときを思い出して、それと比べてみるの。『それに比べて、今はなんてあり難いんだろう』フッと正気に戻るの。いまだに同じ立場、惨めな立場で立ち止まっている人もいるわけよ。『ああ、気の毒だな。それに比べてなんて私はあり難いんだろう』という風になるじゃありませんか」国「・・・ありがとう、美輪さん☆」国「お二人の話を聞いていかがでしたか?」小「今日はとてもいい経験をさせていただいたので肝に銘じてまたこれから頑張りたいです」国「役目を意識することが大事ということも出ていましたから・・・」小「役目を、はい、意識します」国「映画がもうすぐ始まるということで・・・」小「はい。11月3日から『続・ALWAYS 三丁目の夕日』という映画が公開されます。ぜひ劇場に足をお運びください」国「お願いします。あの・・・もし3があるのであればいい役者がいるということも伝えてもらえると・・・☆何でも、子役でもやりますから☆」小「よろしくお願いします☆」【スピリチュアルメッセージ】☆ 女優という仕事に導かれたのは寄り道ではなく人を癒す道だから。自分の役目を自覚すれば、充足感を追い求めなくなります。【オーラの言葉】☆ 不平不満が始まったら、立ち止まって振り返り自分が最悪だった時を思い出してみる。「最悪の時」と比べてみれば「今」のありがたさに気づくはず。読んでいただいてありがとうございました。次回の放送は11月10日、ゲストはボクサーの内藤大助さん。明日は「オーラな出来事」をアップする予定です。
October 23, 2007
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太一くんが「ベッキーさん以来の完璧な人」と表現する山本耕史さん。パッションフルーツのような金と赤の美輪さんのお召し物は、山本さんに何か関係するものがあるようです。【スピリチュアルチェック】☆ 自分の性格を一言で→完璧主義☆ 海外で心和む場所は→海外は基本的に心和まないので、日本の温泉の方が好き。☆ 「美しい」から連想すること→舞台に上っている自分を観てみたい。 それが自分の思う「美しい」に繋がると思う。☆ 最近、気になること→実在の人物を演じると、必ず35歳で亡くなっていること。☆ 人生で最大の転機→21歳でブロードウェイミュージカル「RENT」を演じたこと。美輪さんの舞台・いしだ一成さんが欣也を演じた「毛皮のマリー」をご覧になった山本さんは、「僕が観たことのない存在感でしたね。」というご感想を。☆ 毛皮のマリー・・・寺山修司氏が美輪さんのために書き下ろした戯曲。1994年の再演にいしだ一成さんが出演。スピリチュアルなことにも興味があるとのこと。山「舞台をやっていて、声の調子が悪いとか、どうも気持ちがのっていかないというときに。ほとんどの劇場に神さまがあるんですけど、毎回。そういうときこそ、いつも以上にお願いしちゃうときはありますけどね。」国「完璧ですよね。そういうことができるっていうのは。まだ29歳ですよね?僕なんか最近知りましたから、お二人からお話を聞いて。」完璧主義という山本さんは、「自分ができないことを人に見せるのが怖い。」と。山「自分ができるようになってから見せるという風に、してしまうんですよね、自分で。それまでにできることは自分で、ここまでだったら僕が自分自身で観たいというところまでは、自分で、一人でマスターするまでやるっていうタイプですね。」国「舞台のリハーサルもそんな感じなんですか?」山「プロとして何かできることはないかって自分で思うと、自分の理想に近づけて、自分が観たいっていうものまで近づけないと。やはり自分が見たくないものを人に見せられないですよね。それが稽古の時間なので。いろんなとらえ方の人もいらっしゃいますけど、『頑張って、出発点にみんなで立つことが一番大事なんだよ』、それもすごくわかるんですけど。やっぱり僕は、少し人より急ぎ気味なのかもしれないですね。その、到達点を。」国「役者としては素晴らしい姿勢ですよね。なかなか若い人では・・・。」美「好きなのよ、芸事が。骨の髄まで好きなの。」60兆の細胞ひとつひとつに刻まれたこれまでの魂の経験が、ここにも現れているようです。大きな転機になった舞台・「RENT」へのご出演も、最初は躊躇しておられたそう。山「僕は昔から事務所の人にも言われるんですけど、やる前に必ず、『やりたくない』って言うんですね。で、やったあとに『やってよかった』って毎回言うんですよ。でも、21歳で『RENT』をやってから、『自分がやる、やりたいことっていうのはこういうことなんだな』ということが、自分ですごく見えたような気がしたんですよ。それから、『これはとても自分が興味がある』っていう風に初めて、自分で分けられるようになった気がしましたね、そのときから。」☆RENT・・・ブロードウェイ・ミュージカル 1996年トニー賞。山本さんは1998年の日本版に出演。【レント オリジナル・ジャパニーズ・キャスト・レコーディング】国「でも、ギリギリまでやりたくなかったのは、どうしてですか?」山「やっぱり怖いんでしょうね。恥をかくのも嫌だし。人間って楽をしちゃいたい生き物じゃないですか。『茨の道』に飛び込むのに、躊躇するんですよね。自分の今までの人生をひっくり返して見てみると、仕事に対してはものすごく『茨の道』を行ってる、と僕は思ってるんです。『RENT』をきっかけに、自分が『これはやらない方がいい』とか、『これはやった方がいい』とかが、なんとなく自分で、わかるようになって。それはだから転機ですね、自分の。」「RENT」に出会うまで、英語にはまったく興味がなかったという山本さんですが、本国の演出家さんから「英語を話せたら、(主役を)やらせてあげるよ。」という言葉を聞いて、英語版のシナリオを丸々覚えてNYに渡ったそう。山「軽いトークだったかもしれないんですけど、僕はものすごく真に受けて、『もしかしたらやれるんじゃないか』と思って、何も持たず。本当に“This is”の“is”がわからなかったですから。“Yes”と“No”しかわからないし。それで行って。」結局、出演は話だけで終わってしまい、挫折感を味わったものの、猛勉強のかいあって、たった一ヵ月半で英会話をこなせるように。【江原啓之 苦難の乗り越え方】美「すごい集中力ね。」山「そのとき早稲田か慶応に行っている同級生がたまたまNYに来て、泊める代わりに英語を教えてもらったら、僕の方が通じるんですよね。僕のノートを見て、『これは東大生よりやってる』って。僕、そんなに勉強したことないんですけどね。」江「もともと耳がいいんです。ものすごく耳のいい方で、聴いたこと、音を忘れないタイプなんです。」海外では心和まないという山本さんは「向こうに行くと挫折感を味わう。」と。美「いや、プライドが高いからね。プライドを傷つけられるのが何より嫌いだし、恐れることなの、この方は。小さいときからずっと。自分のプライドがちょっとでも損なわれるのが許せないし、怖いの。」山「そうですか。」江「前世からですね。」美「そう。もう、ずーっとそうだったの。引きずってるのね。それで外国に行くと、特にプライドを傷つけられることが多々出てくるから。それが嫌でしょう?」山「やっぱり人間て、生徒に戻ったときが、一番学ぶときだと思うんですよね。こっちにいると、生徒ではない場所もあるじゃないですか。やっぱり常に・・・。」美「イケメンだし、スターだし、若手で演技もできるしって評価もされてるし。それはある程度の場合にはなりますよね。」国「気づいちゃったんですね、それが21,2歳ですか。」山「21歳で気づいて。NYに行ったのは23歳のときですけれど。」35歳という年齢には、不思議なご縁があるようです。山「僕も気づかなかったんですけど、『RENT』を作ったジョナサン・ラーソンという方がいて。僕は『誰を尊敬してますか』と言われると、彼かチャップリンって言うんですよね。で、彼は35歳で亡くなっているんです。まずそれがひとつ。一昨年、大河ドラマ『新撰組!』で土方歳三さんを演じたんです。で、気づいたらその方も35歳で亡くなっているんですよね。【新撰組!! 土方歳三 最期の一日】それともうひとつ、今年モーツァルトが生誕250年で、今年一年、他局でナレーションをしていて、本当に毎日、彼の手紙を読んだりしていて。彼自身を、自分の体を使って演技はしていないんですけど、言葉で思いを込めていて。モーツァルトも35歳で亡くなっているんですよ。それで、僕が転機になったというのか、衝撃的な役というのが、その3つなんですよね。今後も残っていくだろう、自分もいろいろ共感するというのが。」☆ ジョナサン・ラーソン(1960-1995)・・・RENTの脚本、作詞、作曲を手がけ、初演の先日、35歳で逝去。☆ 土方歳三(1835-1869)・・・新撰組副長 数え年35歳で函館五稜郭で戦死。☆ モーツァルト(1756-1791)・・・オーストリアの作曲家 35歳で貧困のうちに逝去。この、35歳についてのご説明の前に、江原さんからお部屋についてのアドバイスを。江「いつも美輪さんもおっしゃっているけれど、あんまり無機質なモノトーンはだめですよ。」美「お好きなのよね。」山「内装が黒と白が割りと多いので、合うのかなと思って黒と白を置いたりしますね。」モノトーンは、常に緊張を呼び、休むところではないとのこと。アトリエやスタジオとしてはよくても、休むべき場所は、もう少し他の色を使われた方がいいようです。明日に続きます。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ************************************************7月25日の13時31分より、新月が始まりますね。メールマガジン第35号をお届けいたしますので、ご登録いただいている皆さま、よろしくお願いいたします。「『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』源氏物語を題材にした現代に通じる恋愛セミナーを中心に、ヨガ・心理学・手作り石鹸・自然療法・文化などを交え、楽しくキレイになる方法を。新月と満月の日に、あなたも生まれ変わってみませんか? 」毎月、満月と新月の始まる時間に発行予定。ご興味をお持ちいただいた方は、よろしかったらバックナンバーをご覧下さいませ。『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』
July 21, 2006
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WBC世界フライ級チャンピオンの防衛戦を制した方がゲスト。【スピリチュアルチェック】☆ 自分の性格をひと言で→心配性☆ 毎日欠かさずすること→新聞の折込広告をチェックすることです。☆ 怖いもの→母親とゴキブリです☆☆ よく見る夢→たまに自分が殺される夢を見ますね。☆ 元気の源→奥さんや子ども、家族といるときです。☆ 人生の転機→高校を卒業して、就職が決まっていたんですが入社式直前で内定取り消しになった、そこですね。国「さあ☆まさか内藤選手がここに来るとは☆思わなかったですけれども。ちょっと緊張されていませんか?」内「たっぷり緊張してます☆」国「試合をやるのと同じくらい・・・」内「全然、比べ物にならないと思います。リングに上がる方が・・・もう駄目☆」国「ちょっと今なら勝てそうな気がするんですけどね☆今日の対戦相手はこの二人ですから☆ノックアウトされそうな部分があるかもしれませんけれども」内「すでに・・・見透かされていそうで怖いんですよね☆太一さんも僕、TVでしか知らないしさ☆三人共そうですよ、僕からしたら。ついこの間まで、一般ピープルですからね☆」国「今はもうチャンピオンは一番この中で有名になった・・・」内「コロッと変わっちゃいましたからね、戸惑ってますよ☆」美「でも前から、知る人ぞ知るでね。とにかくボクシングのお好きな人にはね、有名でいらしたわけだから」内「ボクシングのファンの方たちはそうでしたけれども・・・」美「だって凄い経歴ですもの」国「ボクシングをやる人ってガキ大将とか、そういうような人がプロボクサーになるというイメージがあるんですけれども、内藤選手の場合はちょっと違いますね」内「そうですね、僕もそういうイメージを持っていましたけれども」国「中学校の頃、いじめられたことがきっかけにはなるんですか?」内「まったくそれですね」国「具体的にはどんないじめを受けていたんですか?」内「学校、クラスにはそれぞれ、リーダー的存在、グループってあると思うんですけれどもその中の一人に嫌われて、その彼が先頭を切ってからかい始め・・・僕からしたら、すごく辛かったですね」美「具体的にはどういういじめなんですか?」内「シカト、無視ですね。あとヒソヒソ・・・。例えば給食のおかわりに行くと『貧乏くせえな』とか。本当にボロい家に住んでいたときがありまして・・・『ボンビー』ってあだ名を付けられたりとかね。『お前、ボンビーボンビー・・・』休み時間になると、階段の踊り場に連れて行かれて、ボンボン蹴られて・・・本当にいじめられていましたからね・・・」国「何年間?」内「クラス替えがきっかけというのもあったんですけど中学校の二年間は辛かったですね・・・あの・・・ストレスで胃潰瘍ができて中学生にして胃カメラ、三回呑んでますから。毎日、胃薬を飲んでましたし・・・」国「いじめられていることはお母さんも知っていたんですか?」内「知らなかったですね。僕も相談できないですし。相談したって、まともに聞いてくれないと思うし☆・・・言い難い人だし・・・怖いから」ご両親は内藤さんが幼い頃に離婚、お母様は女手ひとつで民宿を切り盛りしお子さん二人を育てられたそう。国「『自分は強くならなきゃいけない』とか『見返してやるぞ』みたいな気持ちになったんですか?」内「ありましたね。もともと家が北海道なんですけど、内地に来たときにボクシングジムが近くにあるのを知って『あ、もしかしたらボクシングを始めたら、いじめられなくなるんじゃないか』卒業しても、田舎に帰って昔の同級生に会ったら『おーいちょっと来い!』絶対にやられてましたから、想像がついたので、それがすごく嫌だったんです、怖かったんです。それで、ボクシングジムがあるって知ったときに『ぜひやってみたい!強くなりたい!』という感じでしたね」美「でもそれは正解でしたね。それを自分でね。私も身の上相談で、よく言うんですよ。いじめられる男女のね。『女の子でも、合気道くらいやりなさい。そうすると、相手を攻撃じゃなくて身を守ることができるから。合気道とか、日本の古武道とかをやってごらんなさい。そうすると自分自身、自信がつくから』」内「まったくそうですね。やってわかりました、それは」美「それはですから、大正解でいらっしゃいましたね。それが世界チャンピオンに繋がったんですものね」内「ありがとうございます。世界チャンピオンとか、全然、考えていませんでしたから。やり始めた頃はね」国「北海道に戻ったときに、自分を守るためにボクシングを始めたんですものね」人生の転機は、入社直前にクビになったこと。高校生のとき、ホテルの厨房でアルバイトをされていて、就職もそちらに。内「『やりたいこともないし、このままここで入社しちゃおうかな』入社試験もちゃんと受けて、一応、受かりまして。入社式直前までそのままアルバイトを続けていたんですが先輩とちょっと揉めちゃって、我がままを言っちゃったんですね。『その先輩と、もう一緒にやりたくないよ』上司に相談して『厨房やだ。他のところに変えて』勝手なことを言いまして。その権限というのは総支配人にあるらしくて、上司が『就職の決まっている子が他に移してくれと言っているんですが、よろしいですか?』『なんだそいつは?いらないわ、いらない、いらない』入社式直前にクビになって・・・」国「ちょっと若気の至りが出てしまって・・・☆」このことをお聞きになったお母様は、すぐに東京にいる内藤さんのお兄様に電話で相談されたのだそう。内「『大助はどうしようもない。北海道にいたらどうしようもないからそっちで預かってくれないか?』兄は『あ、いいよ』チケットから何から、手配をしててすでに☆クビになって一週間後には、追い出されましたね」美「世間知らずでいらしたのよね☆」内「まったくそうです。世間知らずでしたね。もう、本当にどうしようもなかったです、自分が」国「そこで先輩に反抗したからこそ、上京があり、ボクシングと出会うわけですよね。やっぱり道って引かれてゆくものですね。お母さんも『内地へ行け』と言わなければ厳しいお母さんでなければ・・・」内「そうです。いろんなことが積み重なって、今の自分があるんですけれども・・・」国「『怖いのはお母さんとゴキブリ』☆と言っておられましたけれどもお母さんがやっぱり怖い?」内「めっちゃ怖いですよ☆田舎に帰ったら毎回、今も何かにつけて必ず説教をしますからね。『しなくていいだろう』と言うのに、やっぱり説教したいんでしょうね。『お前は、まだまだだ。そういうところが駄目、直しなさい』怖い人ですよ」国「プロになったときは、褒めてくれたりとか『よかったね』とか、そういうのはないんですか?」内「もう一切ないですね☆僕、生まれてこのかた、褒められた記憶がないです。褒めない人です」国「世界チャンピオンになってもですか?」内「そうです、そういう人ですね」美「だからね、ずーっと女手ひとつでやってこられるんですね。子供も育てられるしね」江「いじめにあったということ自体、お母さんが知らなかったということはないですね。薄々、気がついていましたね。なぜかと言うと、ヨロヨロと帰って来たりするし帰ってきてもシュンとして。背中を見つめて『何かあったな・・・』ということとかはもちろんわかっていますよ。言わなかったというのは『言ったらまた叱られる』ということではなくて言うことによって、内藤さんご自身が自覚するのも嫌だったんですよね。『本当に自分はいじめにあっているんだ』ということを、また自分で理解してしまうのが嫌。だから、お家に帰るにもわざと遠回りして帰ってみたり。一生懸命、気持ちを入れ替えてお家に帰っていたりする様子が見えるんですよ、当時のね」内「すごいね・・・☆」江「何もない道草というかね・・・」美「『すごいね・・・』だって☆」江「そこはやはり親で、わかっています。でも強く育てなくてはいけないしお母さんご自身も、いっぱい一杯だった時だし。もう本当に、働いて働いてという感じで。だから親子共々が、生き抜くことに精一杯だった時代だと思うんです」お母様のお話「『うちのお袋はおっかないんだよ』と言っているみたいなんだけど、今のお母さんたちが優しすぎるんだと。自分の子供に『ちゃん』付けで・・・よくいるでしょう?私たちのときはそんなに生活の余裕もなかったし、子どもに手をかけてということがなかったから、厳しいという風に言ったのかもしれないけれども。(いじめについては)卒業するまで1回も私に言ったことがないです。『グラウンドの裏に連れて行かれて、ボコボコにされたんだ』って言っていたのがついこの前。『どうせうちのお母さんは「そんな負けて帰って来るな。行って泣かせて帰って来い」とか「やっつけて来い」とか言うだろう』と。『それがわかっているし、自分は体が小さいから体力的に負ける。だから言わなかった』ということをちらっと言ったことがあるんで、私もそう言っていたかもしれません」続きます。***これまでの「オーラの泉の日記」、よろしかったらどうぞ。
November 12, 2007
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ずっと売り切れだった薔薇苗・レオニダス。先のジェラルド・バトラー氏応援日記のときに楽天さんを検索したところ、幸いヒットしたので即座に購入。なかなかよい苗をすぐに届けていただき、植え込みました。ただ今検索したところ、またもやすでに売り切れ。レオニダス人気恐るべし☆きっと同じようにお待ちになっていた方々がいらしたのでしょうね。☆Beowulf & Grendelがシアトル、ロス、NY、シカゴ、サンフランシスコ、ボストンで順次公開される運びとのこと。大きな都市なので、反応がよければ全米公開、日本での上映にも弾みが出ることと思います。関係者の皆さま、ご尽力ありがとうございます。ジェリー映画公開で、よき記念樹になりました☆
May 14, 2006
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フジコさんが両耳の聴力を失ってしまったのは、世界デビュー直前、貧しく暖房もない中で練習していたため、風邪をこじらてしまったからだそう。人前で演奏する道を絶たれたフジコさんを支えてくれたもうひとつの要素は、飼っていた猫たち。ピアノを教えながら耳の治療を続け、左耳の聴覚は回復するも、1993年にお母さまは他界。日本に帰国して開いた、東京芸大旧奏楽堂でのささやかなコンサートで認められ、ピアニストとして本格デビューしたとき、その姿を一番見せたかったお母さまはすでにこの世にはいらっしゃらなかった。【フジ子・ヘミング/ラ・カンパネラ 1973】国「大ヒットするようになってから、生活は変わったんですか?」フ「生活は変わらないですね。いまだにボロボロ、いろんなところもごちゃごちゃだけど、そこから出て、御殿に住みたいとは思わないから。そんなお金があったら貧しい人にあげたいからね。」国「猫という存在は大きいですか、フジコさんにとって。」フ「まさに招き猫ですよ。私、何にもお金なかったですよ。世田谷から渋谷を毎日、自転車で行ってたんだから、電車に乗るお金無くて。それが1999年2月11日に奇跡が起こったからね、それはまさに猫ですよね。」国「人間といるより、猫といる方が楽ですか?」フ「人間は難しいですよね。『口は禍のもと』って頭にきちゃうようなことばっかりですよ、今だってね。」1999年以来、フジコ・ブームが起きても、お金目当ての良からぬ方々とは、一線を引いていらっしゃるよう。フ「下心があるから寄ってきてるとわかると、嫌になっちゃうんです。」いまでも猫を20匹は飼っていて、明日もまた行き場所がない猫が増えるかもしれないとおっしゃるほど、猫たちを助けていらっしゃるよう。フジコさんの周りには、たくさんの猫たちがやってきているそうで、その代表格が大きなトラ猫、足元にごろんと横たわっているとか。【Esprit de Paris】江「特にいま来てる猫ちゃんたちはドイツの頃のです。」フ「私が教えてた大百姓さんの家の母猫が、素晴らしく綺麗なトラ猫だったので、子供ができたら下さいって。それが1981年かな。それからすごく幸せになった。猫を毎日かごに入れて歩き回って。教えに行くのもどこに行くのもいつもそれを持って。」江原さんによると動物も恩返しをするそうで、ときには人間よりもその傾向は強いと。フジコさんの飼っていた猫たちはこの世を去った後も味方となってくれているようです。国「ピアノを弾くのに、一番大切なことは何ですか?」フ「やっぱりここ、ハートですね。神さまにいつも『間違えないように、うまく弾けるように』って祈るには、はやり清らかでないと助けてくれない、聞いてくれませんよね。」美「癒しとか、いろんな人たちをなぐさめたり、励ましたりとか、いろんなことの想念で弾いていらっしゃるでしょう?」フジコさん、うなずいて涙ぐまれます。【地球交響曲 ガイアシンフォニー第四番】国「美輪さんも同じ?」美「そうですよ、そりゃあ同じですよ。」フ「いつかもストックホルムで一生懸命練習してたら、外で大工さんが3日くらい仕事をしてて。私がちょっと外へ出たら『ミュージック♪、ミュージック♪、ミュージック♪』って踊っているのよね。彼らには私が何を弾いたか、わからないに決まっているわよ、そんなことはどうでもいいわけじゃない。うれしくて、踊りたくなっちゃうような。ああ、これだって私はやっぱり思ったわね。これが音楽なんだ。何も理屈でね、ああでもない、こうでもない。そんなのは音楽じゃないじゃない?批評家のためにね。」美「音楽という字がそうですよね。音を楽しむと書く。」フ「そうよ。」国「本当ですね。」【紙のピアノの物語】フジコさんの音楽を聴いて踊りだすのは、人間だけではないようで、6ヶ月間飼っていたハトが、コサックダンスのように足を上げて音楽に合わせるということもあったのだとか。美「ハメルンの笛吹きという童話がありますね。」動物も音楽を楽しんでいるのですね。太一くん、お二人を羨ましそうに見て、江原さんは「私が歌うと犬がハウスしちゃいます。」と☆フジコさんの前世はイタリアのジョバンナという名の女性。修道女になるも、恋に落ちて修道院から逃げて信仰を捨て、相手のもとに。関係はうまくいかずに別れ、罪悪感を抱いた流浪との生涯を。故に、信仰を貫いてあがないをするのが今世。信仰があったから、今がある。常に聖母マリアからの救いの手があり、メッセージを受けていたので、堕ちないですんだと。情熱家であり、人を愛するとすべてを捨てて尽くす方。それでも恋愛運がないのは、前世で信仰を捨てたことに対して、魂に歯止めをかけるため。【祝魂歌】補助をしているのはお母さまでピアノの才能を授け、成功を支えているよう。「人を癒す、聴かせるために生まれてきた自分の娘の出番はまだか。」と待ち望み、生きているうちに願いは叶えられませんでしたが、今は別の形で、フジコさんをご覧になり、ご成功をもっとも喜んでいらっしゃるそうです。フジコさんのオーラの色は紫。江原さんと最初にお会いしたときはこだわりのシルバーと英知の金が強かったそうですが、人と接する機会が増え、恐怖がなくなったことにより、情愛も強くなって紫が出てきたのだそう。美「正負の法則、プラスとマイナス、陰と陽。何か悪いことがあればいいことが起きる。いいことが起きれば悪いことが起きる。その繰り返しが正負、地球の法則でね、フジコさんはベートーヴェンと同じでね、耳がだめになる、孤独になる、いろんなことで人々には裏切られる、誰も信じられない、世の中全部、敵に回したっていうところがあって。それが晩年になって正が来たわけじゃないですか。そうすると全部敵だらけだと思っていたのが、今度は正に回ってきて、味方になってきて、栄光があって、それを取り戻して。そうすると、あ、人生まんざらでもないんじゃないかって、いろんなものが許せるようになるんですよね。そうすると、自分も人も世の中もいろんなことを愛せるようになるんじゃない。」フ「『罪を憎んで人を憎まず』、私、本当にそうだと思うわね。」美「だからそれが紫になって出てきたのよ、多分ね。」「紫の履歴書」を著すことができた美輪さんならではのお言葉ですね。【紫の履歴書】守護霊は、琴を弾く十二単の女性と能楽師。フ「私の母方の本家が、岡山の琴の師匠なんです。」お召しになっている着物も、能衣装の亀甲柄で、これも故あってのこと。フジコさんからお母さまのメッセージは「一緒に住むのはごめんだけど、また会いましょうね」とのこと。フ「私は前世、未来、永遠の命を固く信じていますからね。だから皆さんにそういうことを信じて欲しいですね。神さまはいつでも見てるし、この世の、人生は一回じゃないから、うまくやりなさいと言いたいです、変なことをしないで。私なんて50歳になるまでTVがなかったんですよ、本当に。今の人はみな携帯を持たないとすまないじゃない?人間なんて食べるものがちょっとあったら健康で生きてゆけるのよ。神さまはいつも助けてくださるのに、どうして人間は、もっともっとってやるのかな?」【運命の力】美「不平不満ばかり数えて、感謝することの方もいっぱいあるのに、そちらを数えないのよね。」フ「人が持ってたら羨ましがって、自分がそれを持っていないと不幸せだと思い込んでしまうことがとんでもないことでね。」美「自分の中に幸せも同じ量だけあるのにね、そっちは見ようとしないのね。」国「いや、僕、すごい番組をやってるなー。」フジコさん、可愛らしく、お辞儀をされます。栄光までの数十年の間に得られた、深いお話の数々でした。太一くん、たくさんの質問を用意してくださって感謝します☆そして皆さま、読んでいただいてありがとうございました。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ
May 4, 2006
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羽田さんのオーラの色は「よくわからない、さあ大変です。」と江原さん。番組始まって以来の発言です。羽田さんご自身の色はとても美しい、無垢を現すピンク。それでも守護される三人の方の色が、入れ代り立ち代りして一定ではないよう。こだわりがあるようでいて、何でも取り入れるスポンジのような柔軟さ、吸収力、受け入れる力がある方。その分、気分も変わりやすく、周りの方からつかみどころがないと言われるという羽田さんを、江原さんは「完全な霊媒」と。憧れを抱いているイギリスには、行かない方がいいそう。羽田さんの前世は英国貴族で、夢のとおり、政略結婚を。いまも大好きだというピアノも、当時弾いていらっしゃったとのこと。江「ピアノが一番のお友達。心がざわついたり落ち着かなくなると、ポロンポロンと弾かれていた。」羽「なんだか思い出してきた。変な言い方ですけど、その映像が懐かしい気がします。」当時の兄弟のなかでは、女性ひとり。政略結婚をしたのも、家族のため。美「昔はそれが当たり前だったのよ。恋愛結婚で成功して結ばれるなんて奇跡だったの。戦前は全部、世界中が。いまは恋愛結婚が当たり前でしょう?日本でさえ、『恋愛結婚?親の顔が見たいわね。なんて不道徳なの。』って言われたくらい。家と家の結婚、政略結婚、親の決めた結婚式、これが当たり前、ノーマルだったの。それ以外はふしだらと見なされてたの。まして英国はね。」常識は変わる、真理は変わらない、ですね。【人生ノート】人を助けたいというのも、当時仕えていた人たちの苦労をたくさん見てきたから。江「大変そうな労働者の方を見ると胸がいっぱい、心が痛くて痛くて、しかたがなくなるんです。どうしてこんなことを自分で感じるんだろうとか。」羽「この人たちが幸せにならなくちゃだめって。そんな世の中あるかーって思っちゃうんです。」仕えていた人たちの子供に、そっと窓からパンをあげていたのも、直には接することができないため。皆からとても好かれていたそう。美「それは貴族の家では、絶対にやっちゃいけないことなの。使用人は使用人、つけあがらせちゃだめ、こうしちゃいけないああしちゃいけないっていうのが、貴族社会ではあるんですよ。それにものすごく反発したのね。」政略結婚をしたあと、嫁ぎ先が没落して非常な苦労をした。羽「それも感覚に残ってはいるんです。どうせこの家に行ったところでそんなに救われないのにって思っているところまで見たんです、夢で。」美「見たのではなくて、思い出したのね。」羽「本当に期待していたとおりだったら、喜んで行くのに、そうじゃないっていうのを知ってるのに行かなくちゃいけない、というのを繰り返し。」さらに当時は、本当にお好きな方も他にいらしたのだそうです。美「記憶力がいい人なのね。人間は2,3歳から、人によっては5歳くらいまで前世の記憶を全部持っているのよ。子供に聞くとね、前世のことをしゃべりますよ。なかにはずーっと覚えている人もいるの。」 【前世を記憶する子どもたち】 嫁いだ先で、焼き討ち、暴動に巻き込まれて逃げるなど悲惨な状況に。そのときの経験からテロの夢を見たり、何が起こってもいいように常に心の準備をしている。最後は街中の古い建物の最上階、つまり屋根裏部屋、使用人が住むような粗末な部屋で生計をたてるために行っていたのが、占星術を生かした霊能者。水の鉢をかき回して、見えたものを伝えたりしていたそう。羽田さんが幼いとき、星占いの本を一回読んだだけで、星座の期間や相性などをすべて覚えてしまったというのもこの経験から。貴族社会から屋根裏部屋まで、波乱万丈の人生。イギリスに行けば、その過酷な思い出してしまう。だから行かない方がいいと江原さん。 【ヨーロッパの家】羽田さんは地位や名誉で人を区別したり、鼻にかけたりすることが大嫌いな方とも。羽「周りに、嫌いなんでしょう、顔に出てるよって。そういう風に生きている人をみると。」美「まず、権力が嫌いなのね。」江「それでいて、職人さんは好き、何かの職人さんに会うと、もう根掘り葉掘り聞いたり。」羽「本当にそうなんです。」美「それとかね、例えば工事現場で陰日なたなく一生懸命やっている人をじっと見るでしょう?そういう人、好きでしょう?」羽「持っているアメをあげたくなったりだとか。車にのってお団子を食べていたとき、隣のタクシーの運転手さんと目が合って、にこっとしたら『いいね、団子』って言うからひとつあげたら喜んでもらってくれて。そういう心の交流が大好きなんです。」美「善良なのに、働いても働いても報われない人っているじゃない。そういう人を見ると、じっとしていられなくなるのね。」これも前世で、貴族生活と、没落したあとの暮らしの両方を経験しているため。守護してくださる方のひとりは、インドの行者さんで非常にパワーのある方。カルマの法則で、行ったことは良きことも悪いこともいずれは還ってくるものなのだそうですが、羽田さんに害を及ぼした方が、報いを早く受けるのはこの方の影響。こういう方が守護していると、大抵は霊能者、それも物理霊媒(念力で物を動かしたり、物理現象を起こす霊能者)になると。江「物を動かすとか、エクトプラズムを出すとか。」羽「お嫁に行けなくなりそうな。見ている男性が引いた音が聞こえたんですけど・・・。」スタジオは忍び笑いに包まれます。江「でも羽田さんはわいわいするのも好きだけど、お独りが好きでしょう?」羽「そうですね。一人の時間がないとすごくストレスが溜まる・・・っていうことは?」江「人って、意外と自分のことをわかっていないことが多いんですよ。頭や気持ちだけで、縁がない、縁が無いって言うけど、実は縁が欲しくない人がいるんですよ。都合のいいときに相対してくれる人がいればいいでしょ?」羽「うんって言ったら、それまでですよね?」美「うんとおっしゃい!」スタジオ内を何度も笑いの渦にする羽田さんのひょうきんな面に影響を与えているのが、お伊勢信仰をしていた武家の奥方。羽田さんは「天岩戸」という言葉にも心に響くものがあるようです。美「お伊勢様、天照大神ね。」羽「伊勢神宮に行くと、自分の中が流れて行く感じっていうのがあります。」美「あそこのパワーはすごいから。日本の守護神ですから。」【愛の話幸福の話】羽田さんはここ一年ほどで意識改革があり、とてもいい勢いが出ているということ。天井に現れたのは守護してくれているお坊さんで、三つ目のメッセージは「やりぬくこと」。国「二回出てきてくれたんですね。一回目は声だけ、二回目は顔を見せてくれた。わかっただけでもすっきりしますね。」羽「そうですね。やり遂げるってことは確かに私の弱点というか。」羽田さんのオーラの色がどんどん変わるのは、たくさんの守護霊と電話交換手のようにプラグを繋いでいるから。江「面白い話のときはお伊勢信仰の女性、怒っているとインドの行者さんにプラグが入る。」羽「納得しました。それでみんなに変わってるって言われるんだなって思いました。」これは皆さまも同じ。大事な場面など、守護してくださる方にプラグを繋ぎたいときは丹田(おへその下あたり)に力を入れて意識されるといいそう。羽田さんには、他にも興味深い面があるようです。美「あなたは会社にいれば企画室とか、アイディアを考え出す力、想像力、妄想癖を持ってるのよね。」羽「周りにもいっぱいいるんです、そういった人たち。私たち『妄想族』だよねって。全員、会話もないのに自分の妄想の中ですごく楽しんで『たのしかったね』って言ってるんです。私たち、妄想だけで生きてゆけるって。」美「それは持って生まれた先天的な財産なの。苦しいこと、悲しいこと、嫌なことがあっても、妄想でリフレッシュできるのね。」羽「今度、取材を受けたとき、趣味・特技の欄に『妄想』って入れておきます☆」江原さんのもうひとつ気になることが、羽田さんのお宅にあるぬいぐるみ。どこに置いても何故か気に入らないにも関わらず、大切な方からもらったので、捨てることができない。江原さんによると、目が光っているのが見え、念が入っていると。こういったものはお焚き上げに出した方がいいそう。【スピリチュアルプチお祓いブック】美「お寺とか神社でね、大きなところはお焚き上げの場所というのがあります。受付に行って、お焚き上げお願いしますって、いくらかお布施をあげてくればよろしいの。」美輪さんのところにも、こうったものが持ち込まれるようですが、どうぞこういった社務所にいらしてくださいとのこと。今回も様々に学びがありましたね。読んでいただいてありがとうございました。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ************************************************本日5月13日、午後3時51分より、満月が始まりますね。メールマガジンをお届けいたしますので、ご登録いただいている皆さま、よろしくお願いいたします。「『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』源氏物語を題材にした現代に通じる恋愛セミナーを中心に、ヨガ・心理学・手作り石鹸・自然療法・文化などを交え、楽しくキレイになる方法を。新月と満月の日に、あなたも生まれ変わってみませんか? 」毎月、満月と新月の始まる時間に発行予定。ご興味をお持ちいただいた方は、よろしかったらバックナンバーをご覧下さいませ。『恋でキレイに~源氏物語で恋愛セミナー~ 』
May 13, 2006
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荷葉かようの香りでございます。ご懐妊あそばされた漢籍に詳しい藤式部高者未必賢 下者未必愚 澗底松高者未だ必ずしも賢ならず、下者未だ必ずしも愚ならず新楽府 白居易という詩人が民の声を代弁し為政者のあるべき姿を示した漢詩帝のお好きな書物と存じます 亡き皇后さまは漢籍がお得意だったのであろう私も密かに学んで帝を驚かせ申し上げたい不獨善戦乗時以心感人人心歸 七徳舞獨(ひと)り善く戦ひ 善く時に乗ずるのみならず、心を以て人を感ぜしめて 人心歸(き)す太宗皇帝はただ、戦いや時運に乗ずるのが上手かっただけではなくまごころを尽くして人を感動させたので、人心はおのずから帰服したのである政の頂きにあるものが人々の心を真につかむのは、並大抵のことではございませぬ敦康親王 東宮花山院・冷泉天皇第一皇子 亡くなる 三条天皇 冷泉天皇第二皇子道綱は東宮大夫親王さまだけが私のそばにいて下さいました子が産まれても親王さまのお心を裏切るようなことは、決してございませぬ篝火藤式部の物語の力が帝のお心を変え、中宮様を変えたのだと殿から聞いておる母として私は何もしてやれなかったが、そなたが中宮様を救ってくれた自分の家のように過ごしておくれ人心好悪苦不常好生毛羽悪生瘡 大行路人の心の好悪 苦(はなは)だ常ならず、好めば毛羽(もうう)を生じ 悪(にく)めば瘡(そう・きず)を生ず人の心の好き嫌いの心は、甚だ変わりやすいもの。好きとなれば、羽根が生え、飛ぶほどに持ち上げ大事にするが、嫌いとなると、傷ばかり探し出す傷とは大切な宝なのでございますよ 傷こそ人をその人たらしめるものにございますれば道長の子供たち私の大切なご指南役ですよ左大臣様と藤式部は、どういう間柄なんでございましょう ききょう 媄子内親王亡くなる 竹三条の宮 脩子内親王様にお仕え藤式部 それはどういう女房でございますかその物語を私も読みとうございます中宮さまご出産を記録する漢文による公式記録をつけるのが通例中宮様のそばにいて、中宮様のお心をよく分かっているお前にも書いてもらいたい中宮様の晴れの場、後に続く娘たちにも役立つように残したいのだ母上に心配はかけたくない そなたがおれば良い菊の花と綿物の怪どもを寄坐よりましに駆り移そうと限りなく大声で祈り立てている御帳の東面は、内裏の女房参り集ひてさぶらふ。西には、御もののけ移りたる人びと、御屏風一よろひを引きつぼね、局口には几帳を立てつつ、験者あづかりあづかりののしりゐたり。南には、やむごとなき僧正、僧都、重りゐて、不動尊の生きたまへるかたちをも呼び出で現はしつべう、頼みみ恨みみ、声みな涸れわたりにたる、いといみじう聞こゆ。頂きにはうちまきを雪のやうに降りかかり、おししぼみたる衣のいかに見苦しかりけむと、後にぞをかしき。邪気払いの米皇子さまにございます私の今日は藤式部の導きによるものですめづらしき光さしそふさかづきは もちながらこそ千代もめぐらめ中宮様という月の光に皇子様という新しき光が加わった盃は今宵の望月の素晴らしさそのままに千代も巡り続けるでありましょう良い歌だ 覚えておこうこの世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば殿の言いなりにはなりませぬ 明子青い衣の彰子 敦成親王 五十日の儀若紫はおいでかな 公任左衛門督、「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」と、うかがひたまふ。源氏に似るべき人も見えたまはぬに、かの上はまいていかでものしたまはむと、聞きゐたり。歌を詠め いかにいかがかぞへやるべき八千歳の あまり久しき君が御代をばいかにして数えましょう 八千歳あまりも久しく続く若君の御代をあしたづのよはひしあらば君が代の 千歳の数もはぞへとりてん千年の鶴の齢さえあるならば 若君の千年の歳も数えとろう これからも、長く、一緒に時を過ごせますように「和歌一つ仕うまつれ。さらば許さむ」と、のたまはす。いとわびしく恐ろしければ聞こゆ。いかにいかがかぞへやるべき八千歳の あまり久しき君が御代をば「あはれ、仕うまつれるかな」と、二たびばかり誦ぜさせたまひて、いと疾うのたまはせたる、あしたづの齢しあらば君が代の 千歳の数もかぞへとりてむ さばかり酔ひたまへる御心地にも、おぼしけることのさまなれば、いとあはれにことわりなり。げにかくもてはやしきこえたまふにこそは、よろづのかざりもまさらせたまふめれ。千代もあくまじき御ゆくすゑの、数ならぬ心地にだに思ひ続けらる。「宮の御前、聞こしめすや。仕うまつれり」と、われぼめしたまひて、「宮の御父にてまろ悪ろからず、まろがむすめにて宮悪ろくおはしまさず。母もまた幸ひありと思ひて、笑ひたまふめり。良い夫は持たりかし、と思ひたんめり」と、たはぶれきこえたまふも、こよなき御酔ひのまぎれなりと見ゆ。さることもなければ、騒がしき心地はしながらめでたくのみ聞きゐさせたまふ。殿の上、聞きにくしとおぼすにや、渡らせたまひぬるけしきなれば、「送りせずとて、母恨みたまはむものぞ」とて、急ぎて御帳の内を通らせたまふ。「宮なめしとおぼすらむ。親のあればこそ子もかしこけれ」と、うちつぶやきたまふを、人びと笑ひきこゆ。阿吽の呼吸で歌を交わせるなんて左大臣様とあなたはどういうお仲なの?三十三帖「源氏物語で恋愛セミナーの日記」
September 28, 2024
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「ヒデとロザンナ」として歌手活動をされていた出門英さんとロザンナさんは1975年に結婚、画面には「愛の奇跡」を歌うお二人の映像が流れます。ところが1990年6月17日、出門さんは47歳で逝去、当時40歳だったロザンナさんはまだ8歳だった長女・万梨音さんをはじめ三人のお子さんを一人で育てることに。当時の万梨音さんの言葉・「どんなお父さんだった?」という質問に対して「おもしろい☆…あのね、パパは鼻ペチャでね、『鼻が似てる』って皆によく言われる…」***国「ロザンナさん、18歳の頃の映像が出ましたけれども…大人っぽいですねえ」ロザンナさん「イタリア人ですから☆ませてるのよ☆」国「ませてましたか、その当時?」ロ「そうそう…結構ね、18でもう…イタリアだと大人なんですね、もう」国「あ、そうですか。まだまだ日本だと18歳っていうと、まだね…もうガキみたいな感じですけれども」ロ「だって17で一人で日本に来てるんだから…一人でおじさんのバンドと来たんですけれども」国「それは何か、嫌じゃなかったですか?日本っていう国に来るっていうのは」ロ「…いや…これが不思議なんですけど、やっぱり呼ばれているんだと思うんです、私は」国「日本に呼ばれた?」ロ「小さい頃からね、スケッチ何かすると、あの…五重塔と…何か着物を着ている女の子の絵をよく描いていました」国「子供の頃から?」ロ「見たことないのに」国「ええ?!『オーラの泉』じゃないですか、もう☆…前から出たかったみたいな話を聞いたんですが…」ロ「物凄い、お会いしたかったの、お二方に」国「そうですか…始めましてになるんですか?」ロ「いえ…美輪さんには大変お世話になって…」美「何十年ぶりくらい…さっきお会いしたの…」ロ「何百年ぶり☆」美「何百年…本当にね…あの…もういいわね☆…あの…何かヒデさんのことを、とても好きで好きで…」ロ「もう好きで好きで☆」美「好きで好きで、たまんなくて…」国「え?デビュー…デビューして…」美「すぐ」ロ「すぐ。『あ、この人絶対、私のだんなさんになる人』っていうね、ひらめきがあったんですよ」美「それがね…もうモロに…もう丸出しだったのよ☆」国「へえ…☆丸出し?☆」美「うん☆」ロ「これがイタリア人よ☆オープンだから☆」美「そう、丸出しで…それで私はね…『大人っぽい』ってあなたは言ったけど『うわあ…子供だな…可愛いな』と思ってたの。ヒデさんがね…あの人、めちゃくちゃモテたのよ」国「もう…格好いいですもんね☆」ロ「(うなずいて)…」美「スタジオにいる女の人もね…ヒデさんの方は何の関心も無いんだけど…あの…その二人の人が喋りかけて、素っ気無く喋ってたんだけど…そうしたら彼女の目ったらね☆(横目で睨んで)こんな…☆」国「嫉妬の目に☆」ロ「違う☆あの…今だから言いますけど、当時はね、日本語あまり喋れてないから物凄い敏感に見たり聞いたりしないと、何を言ってるのか分からないから…だから凄かったですよ」国「でもそれは、日本語も分からないし、『私のヒデを…』みたいな☆」ロ「『私のヒデを触るんじゃない!』☆」国「そんな気持ちもあったわけですよね☆」ロ「はい☆」国「江原さんとは、どうですか?」ロ「いや、初めて…」江「万梨音さんとはね…あの…JJモデルをなさってたときに対談してるんです」国「あ、そうなんですか?」美「じゃあ、JJモデルやってらしたの?☆」江「そうなんです☆」国「ええ?☆専属ですか?☆」江「ええ、当時☆…そんなに笑わなくても☆」万梨音さん「お世話になりました☆」江「もう8年も経つんですねえ…」万「もうそれくらいになりますね…」国「じゃあ何かこう…お話は…対談という形ですか?」万「はい、お話させていただきました」ロ「で、話を聞いて、物凄くお会いしたいなと思ったけど、なかなか…」江「僕ね、今でも忘れないの…その時も…あの…お父さまのことをね、お話してね…お家のね、椅子のところで…あの籐の椅子か何かだったのかな…『そこにいつもずっと居るよ』っていう話をしたのを覚えてる」万「はい」江「その映像がずーっとあって…うん…」国「それは覚えていますか?」万「覚えています。で、『そんな椅子あったかな?』と思いつつ、ママに帰りに電話した時に『…あるじゃない…』って言われて、二人でサーッと寒くなって…☆」ロ「キッチンに小っちゃいね…あの、籐じゃないんだけど丸い椅子…料理の間にちょっと座る椅子が…『そこにずっと居る』っておっしゃって…」江「そうなの。『居るよ。ずっと見てるよ、家族のことを』って…」ロ「怖いわあ…☆」江「そこの場面だけを凄く覚えている」万「そうでしたか…あの…私、お父さんと闘病中に手紙のやり取りをしてたんですね…(封筒から手紙を取り出して)これは最後に、一番最後に交わした…」ロ「運動会にね…絶対…どんな仕事があっても絶対、運動会の時、空けてたんですよ」国「へえ…スケジュールを空けて…」ロ「で、初めてだったんですよ、入院してて運動会に出られないっていうのが」万「そうなんです」国「そこでの手紙のやり取りがあるわけですか」万「はい…(手紙を開いて)あの…最後の方だったので字が全然…グチャグチャなんですけど…『うんどうかい いけなくてざんねん 目を大きく明けて よーくまえを見て 走ればぜったいに ころばないからね。こっちから おうえんしてる…』っていう風に…書いてくれたんですけど…」美「『こっちから おうえんしてる』っていうのが、なぞなぞになるわね☆」万「はい。もう今も、そう言ってくれているっていう風に…」美「『こっちから』が『あの世から』という意味でもあるのよね」万「はい、そうですね…」国「これはもう、最後に交換した手紙なんですか?」万「はい、そうですね」続きます。「オーラの泉の日記」
August 31, 2009
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長谷川理恵さんは中世の欧州の騎士だったこともあるそう。よく男っぽいと言われたり、自分でも男に生まれたかったと思うこともあるようですが、魂が今生で女性に生まれることを選んだのは、男性として、もう人を殺めたくなかったから。江「長谷川さんは世間から誤解を受けていると思う。例えば恋愛とかね。けれど違いますね。長谷川さんはいつも義のために生きている。誰かを常に助けようとしていて、それが裏目裏目に出る。自分が少しでも誰かの役に立とう、世の中のためにと、常に思っているけれど、土壌と上手く合わないんです。」長「空回り?」江「そう、空回り。」【江原啓之 苦難の乗り越え方】 美「あのね、『水清ければ、魚棲まず』っていうのは、水があまり清すぎると魚はすめないのよ。プランクトンやいろいろなものの、ある程度の汚れがあって、魚がすめるの。だからそこに、自分は潔癖で、嘘も何も嫌い、義理人情も大事にしないといけない、人が謝れと言ったらとんでもないと思っているけれど、世の中というのは一人で住んでいるわけじゃないんだから。ある程度の情状酌量で、情けもかけて。まあそれはそれで、一生懸命生きてるんじゃないかっていう風な余裕があると、周りの人も生き易いし、自分も生き易いということを、おっしゃりたいんでしょう?」江「はい。」【美輪明宏 人生学校虎の巻】長谷川さんは使命感がないと恋愛ができない方とも。江「俗世の人との関わりにずれがある。だから、あれ、こんなはずじゃなかったのにということが多いんですよ。彼のことも、悲しいかもしれないけれど海を守ることの一環と同じように、人の看取りをしたのだと思えばいい。尊いことなのだと。あなたは看取れたんです。果たせなかったとしても、最後に生きることの喜びを感じてから亡くなっているんだから、幸せなはずなんですよ。人というのは何才になっても、惜しいはず。」美「長谷川さんは『この人は私がいなきゃ』っていう人が好きなんですよ、そうでしょう?だからいままでの男性のことも考えると、いつもそこから、入っていってるでしょう?どこか頼りなげで、憐れで、純粋で、夢ばかり見て、実力が伴わないで、やんちゃで、甘ったれで。自分がいないとこの人はとんでもないことになるなと思うと、すーっと入っていったでしょう?今までは。」江「ある意味、レスキュー隊ですよ。」長「レスキューしちゃいましたか?」長谷川さん、泣き笑いをしながら、だんだんと納得されている様子です。【美輪明宏 愛の話幸福の話】中世の騎士の頃からも信仰深かったため、長谷川さんを守護してくださるのは尼僧の方。そのご縁で観音さま、マリアさまが彼を導こうをしておられるよう。魂の経験では、人の最期を看取る役、別れの悲しさの学びに、何度も繰り返し取り組んでいるとのこと。美「『さよならだけが人生さ』ってね。離別ね。」江「普通よりは大変な勉強をしようとしていると言えるのかもしれませんけれどね。それだけの強い人もいらっしゃるわけだから。」長谷川さんのオーラは赤々としているとのことで、情熱的で頑固さもあらわす色。守護してくださる方からは、「猪突猛進だけはやめなさい」とのメッセージ。江「程々ということも勉強してゆかないと。」美「これからの課題よね。」太一くんの「最後に何か聞きたいことはありますか?」という言葉に、長谷川さんは彼のために具体的にどうしたらいいかを。お部屋には、写真館のように彼の写真や思い出の品が飾ってあり、胸に抱いて眠ることもあるそうですが、これもまた、彼の成仏を妨げることになるようです。美「整理しないとね。」江「整理したら、飾っても何をしてもいいんです。」【江原啓之 いのちが危ない!】美「本当に彼のことを愛しているんだったらね、彼が楽な気持ちで、素晴らしいところにいてくれるのがこちらの望みじゃない?辛いけれども、自分なんかどうでもよろしい、彼だけは幸せになってくれればいいと思えば、まず自分の気持ちを整理して、彼を一日も早く虹色の輝くような極楽へ送ってあげて、楽にしてあげたいっていう思いで、彼に虹色の気を送ってあげるのよ。そういう風にあなたが思えば、そういう風になってゆくのよ。」長谷川さんは彼を思うあまり、車の運転中に突然泣き出すこともあるよう。彼は傍にいるだけに、どうしてよいかわからず心配しているそうで、そうした故人の気がかりなことも、全部伝えることが助けになるようです。【美輪明宏 人生ノート】美「それとね、死んだと思ってはいけないの。場所が変わっただけなのよ。単身赴任でどこかへ行っちゃってるのと同じ。修行に行ったわけ。より高いグレードの魂になる修行に。だから現世的に逢えなくなったっていうだけの話なのよ。」長「気持ちでは、じゃあ、そっちはそっちで頑張ってねっていう意味でいいんですか?こっちも頑張るからあなたも頑張ってねって。」美「そうなの。気休めで言ってるんじゃなくて、事実、そうなの。」長「わかりました。」美「遠距離恋愛じゃないけど、そっちはそっちで頑張ってちょうだいねって。魂の修行っていうのは大変なんだから、これから彼は魂が幼いから何度も生まれ変わって、どんどん修行して、大人にならなきゃいけない。その修行が待ってるのよ。あなたもそうなの。どちらが先に駆けつくか、ウサギとカメのかけくらべで競走しようって言っていればいいわけよ。」長「はい。」【スピリチュアルメッセージ】美「大変ですよ。彼は彼で、これからやらなくちゃいけないノルマが山ほどあるから。泣いてる暇なんかないのよ、あなたも向こうも。」お互い、いい出発ができればいいなとおっしゃっていた長谷川さん。お言葉を反芻して、少しずつ進んでいかれることと思います。読んでいただいてありがとうございました。***オダギリ・ジョーさん、加藤あいさんなど、他のゲストの方の回を読んで下さる方は「精神美(オーラの泉など)」へ「細川茂樹さん・仮面の告白」「中井貴一さん・聖なる怪物」「中島啓江さん・紫の波動」「新庄剛志さん・人生のご褒美」「加藤あいさん・夢のメッセージ」「上戸彩さん・感謝とイメージトレーニング」「国分太一くん・強く正しく美しく2」「オダギリ・ジョーさん・サムライの系譜」「上原さくらさん・魂の親」「濱口優さん・恋愛講座1」「奥田瑛ニさん・魔物の倒し方」「三谷幸喜さん・ショービジネスの系譜」「原沙知絵さん・親との関係」「ヒロシさん・運命と宿命」「ベッキーさん・感謝と想念の贈り物」「木村多江さん・振り子の原理」「広末涼子さん・心の王国」「長島一茂さん・球界の申し子」「綾戸智恵さん・真の歌い手」「須藤元気さん・キレイの目的」「釈由美子さん・劣等感の種類」「東野幸治さん・家族の肖像」「船越英一郎さん・魂の縁」「フジコ・ヘミングさん・ジャポニズムの系譜」「的場浩司さん・夫の鑑」「羽田美智子さん・人生の転機」「長谷川理恵さん・心の居所」
May 16, 2006
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「美しき日本映画の真骨頂。天才監督行定氏による世界に誇れる芸術作品の誕生に、私は涙が溢れて止まらなかった。妻夫木聡と竹内結子、他の演技者たちも皆素晴らしく、恋に生きる人間の情念を的確に表現していて、見るものの感動を誘う。作品を彩る華やかな衣装や美術、格調の高い音楽、叙情的で芳醇な映像はまるでフェルメールの絵画のように美しく、何もかも非の打ち所がない。すべてが完璧で、一分のすきもない見事なまでの構成。三島由紀夫氏がこの映画を見たら、きっと涙を流して歓んだことでしょう。」「春の雪」に対する美輪明宏氏のコメントです。(「春の雪HP」より)三島由紀夫氏の「豊穣の海」四部作が、書店で平積みされるようになりましたね。「春の雪」、「奔馬」、「暁の寺」、「天人五衰」映画の原作は読了、続く三作も読み進めております。【春の雪 原作 あらすじ】侯爵家の清顕は比い稀な美しさを持った青年。没落した伯爵家の令嬢である幼なじみの聡子は清顕を恋い慕う。互いの思いを行き違えたままに、聡子には宮家との婚礼の話が持ち上がる。清顕は優柔不断に時を過ごすが、結婚への天皇の勅許が下りた途端に聡子への思いが募り、二人は逢引を重ね始める。やがて懐妊してしまう聡子を、侯爵・伯爵両家は共謀して関西の病院に送り込むが退院後、彼女は縁の寺で落飾してしまう。清顕は聡子に会うために、肺炎をおして雪の中を通い続けるが拒まれ、迎えにきた親友・本多と帰宅するも、儚き命を終えるのだった。聡子の婚礼の相手、洞院宮治典王役が及川光博さんらしいですね。聡子役の竹内さんは、撮影中に中村獅童さんとの婚約を発表されましたのでよりリアルな恋する伯爵令嬢になっていることでしょう。「春の雪・製作ブログ」毎日更新されていて、今年4-5月の製作の様子をうかがい知ることができます。「春の雪HP」「春の雪・明治村にてクランクイン」「春の雪・クランクアップ」「東京国際映画祭」を追加☆明治村で撮影がスタートしたとのことで、そのころ遊びに行っていればよかったなと。あの空間や建物がどのように活かされているか、愉しみです。☆TAKESHIS’には美輪さんと木村彰吾さんの「黒蜥蜴」&「クリープCM」コンビも出演されているんですね。
October 22, 2005
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