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祇園祭りがすんだらもう毎日ほんとに暑い日々です。今年は熱中症というのも聞き外内にと気を使います。首に冷たいスカーフを巻くとちょっと日焼け止めにもなり良いかなとおしゃれで使い良いそしてお値段も安いのを探してみました。
2013年08月03日
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(この薔薇のタオルマフラーは使いやすく浴衣の襟の下にしてもおしゃれと思います)今年もなんかおかしな天気が続きますなぁ~言うているうちに祇園祭りがきました。ほんとに暑い暑いのに鉾の組み立てしてはるの大変やなぁ~思うてテレビで見ていて、そしたら今度はバケツぶっかけたみたいな雨の日になったりして、これからの日々が思いやられるなぁ、と皆んなと言ってます。いろいろと暑さよけのグッツを試してみたりしています。
2013年07月15日
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なにしろ昨年中は腰痛(背柱管狭窄症)そこからくる股関節何とかでもう町医者から病院いろいろ、鍼、整体と周りはてたが、何か納得できず、一番最後に行った病院のお医者さんが言った「寝るマットを変えて見なさい」との言葉でベットの上に腰痛用のマットをさっそくひいて寝ています。何か楽になってきつつある感があるので、腰痛等でつらい思いをなさっている方にはどうかなと思い紹介しておきます。今、「整体(均)筋肉のほぐし的」な治療を受けてみていますので、又これで腰、足、精神的にも安心できる治療を見つけましたらお知らせしようとおもいます。
2013年01月06日
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あっという間にお正月の三が日も過ぎてしまい、今年の正月三が日は寝正月そのもので、さて今年はというあまり意気込みもなくまぁたんたんと・・・歩んで行ければそれなりに小さな幸せが見つかる、見つけよう、なんてことを思う今年のお正月ですが、先日TVで500年に一人という「白陰和尚」の絵画を見てなんか衝撃というより、より柔らかなパワーと云うかTVを通してオーラーのようなものを感じたのが、わたしにとって、一つの幸せを感じた時でした・・・。今年も柔らかな「陽だまり」のような何かを聴き感じれることを願うお正月です・・・。
2013年01月05日
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暑い日々が続いてきました。見た目だけでも涼しげでロマンある今年の浴衣をと・・・選択しています。先日TVで「源氏物語」にまつわる番組を見てましていつの時代でも「源氏物語」はロマンやなぁ~と。それで「源氏物語」にちなんだ浴衣なんかはロマンでラブリーやなぁ~と・・・検索してます。
2012年08月01日
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今年は寒い日々やったのに桃の節句・お雛祭りがやってきました.日本の祭りお祝い事は何故か奇数で決まっている。お正月1月1日(又7日正月)三月三日(桃の節句)それから五月五日・七月七日・九月九日・・・と、 わたしのお雛さまは母が忙しくしていたんで雛段の雛さまはなく掛け軸になっていて床の間に掛けてあった。わたしは旧雛さんの四月三日生まれなんで四月三日までには掛かってあった。母はいつもちらし寿司を作ってくれていた。母は料理がめっちゃうまかった。わたしは何故か、お雛祭りの頃になると「お雛祭りの歌でなくちっちゃい頃の幼稚園で習って歌ってた「みんないい子」という歌の『お花を飾るみんないいこ♪ きれいな言葉みんないいこ♪ なかよしこよし みんないいこ♪』という歌を思いだす・・・。ほんで思う・・・なんぼ歳がいってもこの歌を心に持っていたいと思う・・・。にくったらしいババーになるのはいややしなぁ・・・。と
2012年03月01日
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今年もクリスマスで盛り上がる時期になって、このボールペンちょっとした知り合いの人、子供やらにクリスマスカードに付けてのプレゼント良いかも・・と。それから、ちょっと力になる言葉・・・。僕らの体の遺伝子は、少なく見積もっても5000人の遺伝子を引き継いでいることが確認できるのだそうです。それは、どういうことを意味するかわかってますか?困難に挑むとき、あなたの心は「それはムリだ」と思うことはあるでしょう。でも、あなたの体は、あなたの遺伝子は、そう思ってないということです。「それくらい余裕だぜ」 そう思っているはずです。だってあなたの全細胞は、日本人の叡智のカタマリなんですから。・・・。 人生に悩んだら「日本史」に聞こう・(コタロウ・コラム)より
2011年12月03日
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2011年12月03日
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真っ赤にエキゾチック咲く「赤い花・曼珠沙華」夏の日をきっぱり思い切って天上に燃え上がるような「赤い花・曼珠沙華」を昨年の秋より何故か「曼珠沙華」の花が画いてみたいたいなぁ・・・と、いう気持があったんやが、やっとちょっと時期遅れになったが画いてみた・・・。花言葉は情熱・独立・再開・あきらめ等、言い伝えには「これを見る者はおのずから悪業をはなれるという天界の花」また仏教の経典によると「慶事が起こる前触れには赤い花が天からふってくる」という言い伝えがあるらしい。昨年の秋、弟が他界した。末期の肺がんやった。肺がんというのは末期になるまで自覚症状がないらしい。倒れてからあっという間であった。弟の店は著名人、芸能人・文化人の人々に愛されごひいきになった京都では知る人ぞ知るの一見さんおことわりの70数年続いた老舗の銘菓店であったが、弟の代で幕を下ろすことにした。「ねえちゃん、おおきに、ありがとう」と最初で最後の言葉を残し他界していった。今年は日本国も他の国も大変な災害変化が起こった。宇宙は刻々と変化をしていって・・・プータンの国王がお話なされた龍のお話の龍というのは「人の心にいて龍は経験を食べて生きている」と・・・。嬉しい経験悲しい経験・・・それを上手に料理して心にいる龍に食べさせたい・・・。龍というは上空をいつも目だしプライドが高いから・・・。黄色い「曼珠沙華」も「天上の花」といわれる。赤い「曼珠沙華」は陽 黄色い「曼珠沙華」は陰自然の世界・宇宙は陰陽で出来ている・・・。静かに安らかに「天界」にいてますように・・・。
2011年11月19日
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いよいよクリスマスの感も、あちら、こちら、高まってきました。わたしの家もささやかながら、表に小さなイルミネーションを点け、家の中も何となくクリスマスムードになりました。このクリスマス25日が終わると、クロスマスツリーからクリスマス感のあるものすべて取り外し、お正月への模様替えになるんやから、日本と云う所はますます12月(師走)忙しゅうなる。先日TVの「トップランナー」という番組やったと思うけど、いつもは若い方々やが、この時は青森のりんご園のおじさんの木村さんという人が出演なさってて、色々な困難を乗り越えて”幻のりんご”(わたしにはそう思える)を育て作られたまでを放送してはったが、木村さんの印象に残っている言葉は「りんごが頑張ってくれて」「ありがたいことで」・・・を質問されるたびに云うてはった。自分が頑張ったとか偉かった、みたいなことは一言も言われない。りんごの木の生命力、命、の偉大さを語ったはった。やっぱり本当のトップを切る人というのは大自然の中に入って物事を見定めてはるんやなぁ~思うて頭が下がって、ジィ~ンときました。ここのりんごを買おうと思うても、もう予約が詰まっていて買えないらしい。でも一度ぜひ食べてみたいなぁ思う。・・・一昨日 今年を漢字の一文字としたら、というのでは、今年は「命」になった。清水(清水寺)さんの森管長さんが大きな「命」という字を書かはった。そうやなぁ・・・。「命」というのは「生物が生存する力、生きている期間、生涯、寿命」ここで、その生きている期間、生涯のことを寿命(寿の命と言い書く)のは素晴しいなぁ~思うた。「寿とは結婚・誕生・長寿など、目出度いこと、祝い、祝いの言葉」を言う。この寿と命と書いて「命」のことを「寿命」とも呼ぶ日本の文化(文字言葉文化)をわたしは誇りに最高や思うんです。なんかご先祖さんが見守っててくれたはるように・・・。今年は何か歪んだ可哀想な命のあり方が多過ぎたように思うた。来年はみんなが目出度い「寿命」を授かって生きて行けるように・・・かけがえのない重要な命、寿命を大事に大事に・・・、思う。
2006年12月15日
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今年の紅葉はまだまだのようで京都の紅葉名所は十二月に入ってからになるようなことをTVで云うたはった。一週間ほど前やったか西山の方の夕日があまりにも真っ赤に染まって美しかったんで描いてみた。わたしの部屋に小さなベランダあってそこから比叡山が見える。そこから見える比叡山から並んでいる山々からの朝焼けは幽玄ともいえる美しい色合いでして今度は朝焼けを描いてみようかと思う。先日TVで「たけしの品格(品格やったか品性やったか忘れた)とは」やったか?・・・を途中から見た。この頃のニュースは学校の”いじめ”問題でつまっている。いじめる心、傷める心、や、嫉妬をする心というものは人間、生まれ持ってきたやっかいな本能(煩悩)やと思うんで、これは誰でも大なり小なり持っていると思う。この質の悪い本能(煩悩)のエネルギーをいかに良い方向のエネルギーに変えて生きていくか、が、この人間の品性、品格、人格構成に向けての修練(勉強)ではないか?とも思う。今の時代この人間として生きていくための教養としての人格、品格というものが、置き去りになり、なんか勝ち組、負け組み、とか数字追いだけの人間社会になってしまい、味もシャシャリもなくカラカラに乾いた世の中になってる・・・みたいに思う。「人格」とは人間だけに云われ使うわれ、動物に「格」というのは付けられへん、聞いたことない。(「犬格」とか「猫格」とか、ない) 昔の人は貧しくても最後まで凛としたプライドを持ってはった。「武士は食わねど高楊枝」のごとくの言葉を残したはるから・・・。それから「恥をしれ」という言葉。 わたしは思うけど小さい時からこの世での「ほんまもんの美しいもん」「夢みるようなもん」「感動するもん」「感激するもん」などを見たり聞いたり読ませたりすることや思う。それによってその子、その人の人格、品格、に影響してくると思うたりる・・・。今日も夜更かしで、もう12チャンネル(NHK教育番組)の終わりの曲「君が代」が流れてきた。この「君が代」の歌も問題になってたみたいやけど、「君が代」のメロディーは雅楽の「今様」から取らはったものらしく、日本の旋律の歴史文化がある。又この今様を日本の俗曲として今も親しまわれてる「黒田節」のメロディーに使われていると云われてる。ちなみに品格、人格、を辞書で引いてみた。品格とは、*気品(気品とは作品、容姿などの全体から受ける 優美で上品な感じ)*気高さ(気高さとは気品が高い、上品、である。 こうごうしい)*上品(上品とは品があるさま、品格が高いさま、 高尚なようす)*品位(その人や物にそなわっているねうち)の高い人。 その人の身についている性質)*人柄(人柄とは品格、特に道徳的価値から見た性格)。人格とは*人格(人格とは人柄、人の品性。心の知的な面と 情意的な面を総合した人間精神の全体的構造)*品(品(ひん)とはそのものに備わっている性質で、 その人や物のよしあしを感じさせるもととなるもの。*品性(品性とはその人の身についている性質、人柄、 人格、品格、特に道徳的価値から見た性格)
2006年11月17日
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金木犀のなんとも穏やかで品の良い香りがあたりに漂うて来ると、毎年ほんまもんの秋が来たなぁ~とその好い香りと共に感じる。わたしは香水の金木犀は好きではないけど、なまの自然の木からの花の香りはきつくもなく、弱くもなく、ほど良い加減で秋風に乗って香ってくる。毎年、自然の香りに感謝!秋のアロマセラピーで、いつもこれは人工では出来へんなぁ~と思う。金木犀の香りは突然に香りが漂い一週間ほどでなくなる。今年の金木犀の香りも、昨日あたりからもうなくなった。このところ爽やか秋日和が続いてる。こんな気候があと二ヶ月ぐらい続いてくれはったら好いのになぁ~思うが・・・(自然には逆らえん)、それは無理・・・やが、このさい整理をと、長いこと押入れクローゼットにあったお布団やら毛布、タオルケットを大型ごみに出した。お布団4枚、毛布3枚、タオルケット5枚等など。お蔭でクローゼットの中のぱんぱんがスッキリとなって、いらん物の整理がいかに気持ちもスッキリするか!が分かる。ちょっとしたストレス解消にもなる。この秋からちょっとイメチェン・オシャレにと普段着用にと二部着物を買い込んだんやが、まだちょっと秋が落ち着かん感あるし着る雰囲気にはなってへん。お天気の日の夜空は気分をすっきり大きくする。昨日のお月さんは三日月さんが横でなく下の方に、受け皿にようになってはった。これは見るのは初めてみたいな気がする。先ほどTVの「ピートたけしのアンビリバボー」で小さい子供が前世の記憶を覚えている番組をしてはったが、わたし的には人はそれぞれ前世というものがある・・・、というのを何か感じて信じる方で、わたしも以前わたしの前世を見てもらったことがあるが、なんか当たってるように思うから・・・。話はバラバラになるけど、人間を成長させるために、どうプログラムを組んだら一番効率よく成長できるかというと、「50%の温かく優しい言葉と、50%冷たく厳しい言葉」らしい。これは宇宙の構造としての事実で云うと、半分の支援者(温かい言葉)に対して半分の批判者(冷たい言葉)というしくみになっている。という。これは「陰陽」の原理にも当てはまると思う。まだまだこの宇宙の仕組みコスモスの分っていることはほんのチョットだけのように思う。まだまだ、たくさんの謎だらけや思う。どんなことあっても「それでも地球は回っている」なんやから。この頃、特に思うんは、自分の欲望煩悩で人を傷つけ痛めたり、もうこれ以上地球を傷つけ痛めつけるのはやめて欲しいなぁ、思う。宇宙の法則として必ずそれはそれなりのお返しが来ると思うなぁ・・・。
2006年10月19日
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「大文字さん、寄せてもろてもええか?」という幼馴染みの友達KちゃんからのTLで、毎年このところ、’あぁ、今年も大文字さんの送り火の日が来たか’と思う。わたしの家からは今も五山の送り火のうち、東山如意ケ岳の大文字、万灯籠山の大黒天山妙法、西賀茂船山の船形、大北山の左大文字、が見える。(嵯峨鳥居本曼陀羅山の鳥居形は山が低いので見えない。)今時、五山の送り火がこれだけ見える所は少ないとみんな言わはる。Kちゃんも、わたしも、もう両親は亡うなっているんで、大文字さんの五山の送り火でご先祖さんの御霊を拝ましてもろてる。今年の大文字さんは台風が南に来ているか、で、ちょっと蒸した風やったけど、お天気やったから空は晴れてて雲もちらほら、お星さんもちらほらと出てて、それからヘリコプターが四機飛んでいた。今年の大文字さん五山の送り火はほんま綺麗、見事に夜の五山に浮かび描かれた。「むかしの人はええこと、大きいこと、しとかはんなぁ~」「ほんまに何時までもすたれへん文化をなぁ~」「ロマンやなぁ~」いっつも、この言葉をが出る。今年もお盆は過ぎていった・・・。そうそう昨日やったかTVで「太陽系の惑星が9個から12個に増える可能性が高まった」とかで3つ新しい惑星が見つかって加わるらしい、し、まだまだ、惑星が存在する可能性があるらしい。まだまだこの宇宙は分からんことだらけやと思う。解っていると思うもはほんの少しのことや思うし、こういう話は’ほんまロマンあって好いなぁ~’思う。この宇宙は「なぞ」だらけ、夢ロマンだらけ・・・。おおらかな、たおやかな、気持ちになった日やった。 (しかし、この惑星発見で今までの「星占い」はややこしくなるんとちがうんやろか?)
2006年08月18日
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比叡山から東山にかけて山の姿が濃紺に浮かんできた・・・、しばらくしたら薄っすらと、しらいできて、こんどは藍染色になって、山の形にそって淡い茜色が染まり、薄墨を刷毛で掃いたような雲が浮かぶ・・・、一刻一刻鮮やかに変化していく、まことしなやかな自然の色・・・もう二度と見ることもない今日の夜明けの色、その空間のなかに一緒にいてるわたし・・・このわたしの時間も二度とは来ないなぁ・・・。「是諸法空想 不生不滅 不垢不浄 不増不減」という般若心経の一説が不思議に浮かぶ。(綺麗なもんやなぁ~神さんが創らはった京都の色やなぁ~と・・・)ふっと手元の本を見て、気がついたらこんな夜明け前の時間になってた。いつも自分の部屋のベランダから見える景色なんやが、こんなに丹念に見つめてたんは久しぶりなことで、(この間からいろんな般若心経の本を読んでみてる)昨日は生命科学者の柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」というのを買うて読んでみている。般若心経はそれぞれいろんな解釈があるようやが、柳澤さんのは分かりよいように思える。それに挿絵(画)の堀文子さんの画がとても幽玄で美しい。この本ではないけど、人間生まれてきたら避けては通られん「四苦八苦」という意味が書いてあったんを、深く、はぁ~!なるほど!と思って読んだんがある。わたしたちが世界でたったひとりの人間になっても絶対抜け出せないのが、生・老・病・死・の「四苦」で、他人がいる社会に出ればさらに四つの苦が増える。それが、1「愛別離苦」(愛するものに別れる苦) 2「怨憎会苦」(怨んだり憎んだりする相手にあってしまう苦) 3「求不得苦」(ほしいものが手に入らない苦)でここまでは納得できることばかりで、最後に上げられるのが、4「五蘊盛苦」(人間の体と受・想・行・識で得たものが自分を苦しめる)なのです。人間には煩悩がある。つまり欲がすべての根元にあるから、眼・耳・鼻・舌・身・意・という感覚器官から得た情報だけで心ができて、さらに意識も間違ったものになるわけで、生・老・病・死にこの四つが加わるから「四苦八苦」というのやそうで。こんな深い意味があるとは知らんかった・・・!しかし、この「苦」「煩悩」があって、芸術が出来、文化、哲学、宗教ができた、また出来るものと思う(これが陰陽の世界やと思う)・・・が。そうそう、何時ぞやの夏、祇園の歌舞練場で日舞の「東山」という舞を舞妓姿で舞った写真があったんで(絽の着物を着て涼しげで、わりあい気に入ってる)プロフイルの画のところに入れてみた。
2006年07月30日
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やれやれ日々の早いこと過ぎることで・・・、この間七月に入って祇園祭りの今年のお稚児さんやら何んやらの行事が八坂神社で始まったんをTVで見てたのに、もう今日は「山鉾巡行」になって、朝の九時から山鉾巡行をKBSのTVで見てた。今年は雨になって皆さん大変やったやろうなぁ、思う。クリーニングの数は何千枚になるとか・・・?。「祇園祭り」は貞観11年(869年)に全国に疫病が流行った際に疫病退散の祈願をしたものがはじまり。と云われてる千百年の伝統行事・・・今年も長刀鉾を先頭に32の鉾が四条通り河原町通り~と巡行して行くのは毎年見ていて千百年の伝統を(TVを通しやけど)雅に感じられるんは有り難い思いで好いもんで・・・。この32山鉾は一山鉾づつ飾ってる絵柄は神教は勿論やが、仏教、キリスト教、イスラム教と、いろいろな宗教、世界の絵柄が取り入れてある。これを見ると、京都人の気性とも同じように似てるように思えてくる。古いもんを大事にはするけど、いつも新しいもん、好いと思うもんは、こだわりなしに挑戦していって取り入れる工夫を大事にしているように思う。昔の人のパワーには勝てへんなぁ~!(こんなすごい文化の行事を絶やすことなく、ずぅ~と守ってやってきたはる人々も偉い!)。歴史、文化、というのはロマンやなぁ~。 しかし、いまの時代で皆々の何々が良くなるように・・・、皆共々の幸せのために、という皆々が力を合わた壮大に本気で願うたり、祈ったり、するような(文化を造るような)もの出来へん(造られない)なんやろか? 思うてみたりするが・・・。いまのところ辺り見回してもTV見ても、なんか他人との比較やら他人を意識してやらオレがオレが(目立ちたい?欲したい?)の不安そうな顔(貧相な顔)見え見えの人が多いなぁ~、あかんなぁ! て、思うたり。いやいや、その内、ぼつぼつに、こらあかんと気付いて良うなって行くやろう。と、ふっと思うてみたり。
2006年07月17日
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梅雨本番の雨模様の日やった。今日も「お湯屋(銭湯)」で90歳過ぎのばぁさまに会うた。コロコロ買い物手押しクルマにお風呂グッツを入れて来はる。このあいだ道で会うて「こんにちわ!」て云うたら「いやぁ~こんにちわ!」て元気に挨拶してくれはって、びっくりしたんは買い物手押しクルマを押して歩いて行かはる速度が速い! チャッチャッチャッチャのごとく・・・。ばぁさまは「お湯屋はん」では、いつものとおりお風呂グッツもって入って来はって座らはるところも大体きまってる。洗わはる順番、時間、も同んなじ、湯船に入らはるのも、いつも電気風呂に二回入らはる。ほんま気分良さそうに(極楽、極楽、の顔)で入ったはる。・・・ながめながら、ばぁさまの90?年、自分の身の丈に合うた生き方、淡々とした安らぎ、この京都、西陣辺りの、いつの時代が来ても自分なりに自立して生きてはる、ばぁさまの女性の人生の歳月・・・「毎日淡々と過ぎ行く変わりばえのない平凡なんが、実はしあわせの本質や」と、ある本で読んだけど、ほんまやなぁ~と、細そう~長ごう~に願う「しあわせ・・・」についてちょっと思うた。 近くにあるとどうってことないのに遠く離れると大きく見えてくるものってなに?それがまさに、「しあわせだ。」と、書いてあったんを思いだした・・・。
2006年07月01日
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梅雨の雨なんかなぁ~、昨日は蒸した雨降らずのお天気やったけど、今日は朝方からポツポツ雨で、わたしはしっくりポツポツ雨の方が好きで、まぁ、植木の水やりが楽になるので・・・のこともあり、この二三日は風邪と少々の疲れとともに喘息も出て体調不調でダウンしてた。その間にもこの頃のニュースではいろんな事柄、事件があって、ドイツのジーコジャパンも、なぁ~んか大騒ぎしてたんが、あんまりスカッとも、しんもんで何となく疲れたわ・・・。そやけど、何か毎日のように理解しがたい自分本位の(人間としての自覚がない)悲惨な事件が起こってるTVのニュースを見るのも辛い気がするこの頃で・・・。人間も生きていくには「体」にちゃんと血と肉、活力になるバランスのとれた栄養の食べ物が必要なように「心」にもこのバランスのとれた活力のある拠りどころとなる栄養が必要になる、と思う。「心」のバランスのとれた栄養とは人間の心の安らぎをを持てる勉強、即ち「心のルール(仏法では法という)」を知って感じて、この教えを守ろうと生きて行く人、この世のあらゆる自然への愛、を学んた人は一生が豊かになり、「苦」と言うのは消されていくとされているから、これからの時代はオレがオレで衝動てき感覚の行動、すぐにキレる頭を治す時期やと思ってみたりする・・・。むかしは、こうゆうことでの初歩的なことは年長者、お年寄り、まぁ「おばぁちゃん」「おじいちゃん」に小さいときから教えらるんですが・・・。わたしはこれが、日本古来、古くからの文化でもあったり礼儀みたいに思うんやけど・・・。心の良い栄養は小さいうちから、ぼつぼつ養うようしたいもんやと・・・。いぁ~、そう云うわたしも一日一日、自分の人生でもう二度と来ない日を大事に、なるべく健やかにして行かんとなぁと思う・・・しだいで。 近所の紫陽花がみんな見事に咲きだした! 自然に見計らって欲も得もなく咲く花は偉い!!
2006年06月25日
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天気予報では関西方面は今週木曜日ぐらいまでは、お天気が続くように言うたはったが、今日のお昼間は夕立のような雨風があって、お蔭で外のそこらへんの汚れたもんが、洗われたみたいで空気がすっきりしたけど、植木の葉っぱが散ってこれまた掃除で。掃除しながらふっと思うた。この植木やら花は増えたり、咲いたり、枯れたり、散るようになったり、知らんうちに刻々と変わっていったはんのやなぁ~、て、「諸行無常」(この世にあるものはすべてうつり変わり変化する)と、お釈迦さまがそう覚って言わはったその裏には「そやから「仏」(宇宙)の智慧を知り、その覚りにそっていまを大切に生きなさい。」という意味がこめられているんやという言葉を思うた・・・。(このあいだTVを見てたら堀江モンさん、がなんや「諸行無常」とか言うたはったみたいやが・・・、どんなもんやろなぁ~思うが)生き物(動物)には四つの生まれ方があるそうで、仏教では「母胎から生まれる胎生」「卵から生まれる卵生」「湿ったところから生まれる湿生」「突然生まれる化生」の四つに分けられるという。「卵生」の代表は鳥やが、卵は固い殻だけでなく魚のなかでは特別な酵素を出して卵から稚魚で生まれてくるものもある。「湿生」はじめじめした暗い土の中から生まれてくる昆虫が代表。「化生」は何もないところからポンと生まれるという。その場所が天であったり、地獄であったり、また生まれ変わる途中に人間界に出てしまったり、というのが、あるそうで、まさか?と思うが、私たちはまだまだ、すべてを知りつくしているわけではない。「胎生」のなかでの人間はほかの動物と違うのは自分の中に「過去、現在、未来」という時間軸を意識しているということ。過去をふり返り未来を信じられる動物は、ほかにはいないということ・・・。それから仏教では人間界にはほかに五つの世界があるという。「安楽な天界、生存競争に明けくれる畜生、食べ物に苦しむ餓鬼、争いのたえない修羅、人間でいたときに犯した罪のために責めぬかれる地獄」で、ふつうの人間はこの六つの世界の中で、生まれ変わり死に変わると考えられてる。しかし四つのどの生まれ方をしても、生き物に共通しているのは時間に限りがあること。この時間の中で悩んだり、苦しんだりすることが多いこと・・・。それで、仏教では人間には心の拠りどころになるもんがいくつかあって、その一つが仏法で、「法」(お釈迦さまが覚ったルール)に従うのが仏教で、体に食べ物が必要なように、心にも拠りどころとなる「法(ルール」が必要で、仏教に限らず人間の「心のルール」を知り、守ろうと生きた人の一生が豊かになる、という。この頃のニュースなんかを見聞きしていると、この昔からの教えがすっかり忘れられてしもてる感じがして・・・。これから求められるのは人格、品格、というもんと違うやろか・・・?人格、品格、はお金では買えんわなぁ^。と、心しながら門掃除・・・。
2006年05月30日
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町内会の今年の役は赤十字協力募金集めになった。これは強制でなく心出しなんで、集金に回るんやが、お留守のところも多々あるんで、なかなかいっぺんには集まらへん。先日向かいの家に回って行った時、ちょうど向かいの家の小学校2年生になる坊やが学校から帰ってきはった。「ただいまぁ~」ていつも元気な坊やで、ちょうど向かいのご主人がいてはって、「わたしらの時は友達の処やら、よそさんに遊びに寄せてもろて、帰りしなには ’おやかまっさんでした’言うて帰ってきましたなぁ」て言うたはって、「ほんまそうでしたなぁ~」と、「それから外に出て行く時は、’おはようお帰りやす’て言うてましたなぁ~」と「ほんま、今はそんなん、あんまり聞かんようになりましたなぁ」と、そやなぁ京都の日常の言葉も変わってきてるんやなぁ思うた。そやけど昔の言葉のほうが、何か気使い、気配り、みたいな情緒があって好いように思うけど・・・、あんな言葉どこにいってしもたんやろ思う。そうそうこの頃カラーコーディネイトの感覚で曼陀羅の仏さんの色の意味を調べてみた。密教曼陀羅の中の金剛界5仏のそれぞれ違った色の意味は。*白色の大日如来は、すべての色を総合した、無色透明を表している。すな わち、「大宇宙そのもの」を表している。*黒色の阿閃如来は「怒り」を表す。*黄色の宝生如来は「豊饒」を象徴している。*赤色の阿弥陀如来は「衆生救済の情熱」を表している。*青色の不空成就如来は「必ず目的を達成させることを その願いとしている仏の行動力」を示している。それから五行思想、宇宙の森羅万象を表す「木、火、土、金、水」での色彩は、*木「青(藍)」東、春、 青龍、*火「赤(紅)」南、夏、 朱雀*土「黄(瑠黄)」中央、土用、黄龍、*金「白(縹)」西、秋、 白虎*水「黒(紫)」北、冬、 玄亀となっている。これにより昔からの色の何らかの重大なパワー、感覚的意味の考え方というのもが分かるような気がしてくる、が・・・。
2006年05月18日
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しとしと、しとしと、昨日からずぅーと、しとしと雨が続いてる。温度は下がってるので先日のカンカン照りの熱い日よりはわたしは好い。先日お墓参りしたんで、ふっと思い出した。(父が真言密教の僧侶やったんで生きてたはった時はあんまり興味もなかったんやが、亡うなってから何となく興味をもっきた)密教では「密教宇宙観」というのがある。その中で、「須弥山(しゅみせん)」というのがある。神々が住まう山の名で、「帝釈天」(映画、寅さんの、帝釈天は人間身があるけど・・・)を頂点とした三十三天の仏尊は高さ180万キロという山にいるという。古代インドの仏典「倶舎論」によれば、世界(地球ではない)は無限の虚空に流動・回転する風輪という巨大な円筒形の輪からなっている。その外周は、無数で、厚さは3500キロメートル。風輪の上に、水輪、金輪が重なり、そこに満たされた香水海の中に、「須弥山」は立ってる。須弥山麓は、交互にならぶ9山8海に取り巻かれて、その一番外側の海の中の四方に島があって、そのうちの閻浮提(えんぶだい)という南の島の中に、人間界がある。閻浮提の地下は八大地獄がある。須弥山上空には、21の天界、その上空に18の天界、さらに次元を変えて無色界がある。如来や菩薩は、これら遙か上空の天界に座してはるんで。「梵網経(ぼんもうきょう)」によるとこの須弥山世界が100億あつまって1枚の蓮華葉となり、千の葉を持った蓮華台に「大日如来(マンダラの中軸をなす宇宙最高の仏)」が座してはるという。ほんまにスケールの大きいことや思う。はぁ~・・・。
2006年05月11日
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天気予報は当たってた。夜更けから、しとしと雨が降り出してきた・・・。これは明日もつづきそうに思える。昨日~今日の昼間まで気温が上がって「もう暑いなぁ~」と・・・思うたら、今までのお布団が見るのも暑苦しい感じがして、夏布団に変えた。そうそう、一週間ほど前やったか、日和も良し時間も空いていたんで久しぶりに、お墓参りに行ってきた。今日のようには暑うのうて、良い墓参りの日やった。花屋さんに寄ったら、ちょうど霞み草、小菊、撫子、黄色のダリア?、可愛いピンクの名前は忘れたけど丁度好い加減の花束が売ってあったんで買いこんで・・・、(わたしんとろのお墓は東山泉通寺真言宗密教本山にあって東山のテッペンにある。お天気の日は京都の大半が見渡せる。父が生存してた時はこの本山の少し下の方に父が住職をしていたお寺があったが、亡うなってからは父のお寺は住職なしの皆様のお寺になってる)お供え花の’お花入れ’があれこれと六つあるんで、たいがいお花は沢山いる。久しぶりやから、御先祖さんや皆さんに喜んでもらいたい思うて、白い花を基調に季節花を入れてみたら、ちょっとしたお供え花アート?になった(ちょっと満足気味やった)。お線香はお香でもある白檀の「華月」。’おとうちゃん’やら’にいちゃん’はお酒が好きやったから、カップのお酒、それから、柏餅にお茶、と、掃除用のスポンジたわし、タオル、準備ばんたんで・・・、お寺にご挨拶に行ったら、お住さんも元気にしてはってなによりで、好いお天気やったんで、お参りの人もちらほら来たはっが、なんせ、落ち葉やら枯れ葉で、わたしんとこだけの掃除ではとてもあかん!(なんで?て、わたしのとこだけしても風で隣近所の落ち葉枯れ葉が戻って来て元のモクアミになるんや)、久しぶりの御先祖さんのお参り、失礼にならんようにと、季節柄のちょっと控えめの桜模様の着物を着て行ったさかい、まぁ~暑いことシンドイことになって・・・(自分で言うのもおかしいけど、こんなこともあろうか、と、エプロンを持っていっておいたんは正解やった)掃除してお供えもんして、お経上げさしてもろて、また、お供えもんお下げしてたら、昼行ったんが、夕方になってしもうてた。そやけど、なんや、気が済むというか、気持ちが落ち着くもんで・・・。不思議やなぁ~思う。そうそう、お墓にいてる間、鶯が鳴いてた。「ホゥーケキョケキョ」と鳴いたり「ホゥ、ケキョ、ケキョケキョ」と鳴いたり、まだまだ、いろんな鳴き方してた。(この鶯の鳴き声も「じ鳴き」と「さえずり」との鳴き方があるとか、で、雌を誘う鳴き方は「さえずり」とか?)・掃除しながら真似してみたりして・・・(なんか、あれも優雅な趣があったように思う)。あっと言う間にGWも終わりやなぁ・・・、わたしはなんやかんやでレッスンしてたけど・・・。ぼつぼつ、「つつじ、さつき」が咲き出した。
2006年05月06日
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宵になると気温が落ちてまだ肌寒うなる。今年は四月も末になるというのに気候が不安定で、その上黄砂とかいうのが降ってきている。お日さんが黄色に曇っていたはる時があるからビックリする。今ひっそり、しとしと雨が降ってきてる。なんかこの頃、夜更けのひっそり、しとしと雨というのは体質的に気分が落ち着くように思う。今日、わたしんとこの「鯉のぼり」ささやかやけど縁起もんやから立てた。(一年は早いなぁ~思う)今年はモーツアルト生誕250周年でいろんなモーツアルトに関したもんが出てる。「聞いて痩せるモーツアルト」なんてのも出てるんで驚いた! 「モーツアルトと竹下夢二」というのも見つけた。モーツアルトの協奏曲第23番第1楽章は夢二の「雪の夜の伝説」雪がしんしんと降っている光景、単色の地味な世界、優しさと涙を秘めた歌、後ろ姿がけなげな女性、こんなイメージがなんとも日本的。 夢二の絵は、こんな、けなげで優しい、そしてもの哀しさを秘めた日本女性を、限りないロマンとデリカシーを込めて描いている。夢二の絵には匂うような詩情が溢れている。モーツアルトの音楽と夢二の絵とはどこか雰囲気が似ている。もしかしたら、モーツアルトも夢二も、女性以上に優しくデリケートな感性をもった芸術家だったのかも知れない。だから、二人の作品の世界に共通性があるのかも知れないこの協奏曲のイメージに合っている。モーツアルトの協奏曲第26番「戴冠式」は長調の弾きやすい曲に出来ているが、それが一層晩年のモーツアルトの雪景色を見ているような透明感を写し出している。夢二「北方の雪」は雪景色を背景に透明で優しい日本女性の姿が書かれている。奥ゆかしい美しさをもつ素晴らしい作品だと思う。晩年のモーツアルトに近い世界だと思う。本当に晩年のモーツアルトは日本的だと。「この感覚は言えてる、といおうか、うなずける。いまTVがら流れてるピアノ曲はベートーベンの月光ソナタ~愴・・・や。春に入ってから、わたしの喘息予防のための、いろいろなグッツ?を買うてる。「電池波を食べるサボテン」この間は21畳でも利く空気清浄機「イオニックブリーズ」24時間付けっぱなしでも2円というもの、これは先日からずぅ~とわたしの部屋でつけて効果を見る・・・、気分的には点けておいた方が安心な感がある。咽喉の具合はちょっと好いようになりつつあるよう・・・、まだ試験中・・・、いまのところ、わたしの部屋はサボテン大小合わせ五個、空気清浄機「イオニックブリーズ」と凝りまくりというところ。そうそう半月ほど前から今度は右耳が水が入った時みたいに、何か「ホアァ~」としてて、気にならへん時もあるんやが、何かおかしかったんで、今日、喘息のお医者さんに行った時に「耳鼻科に行ったほうがよろしいやろか?」て聞いてみたら「まだ続くようやったら行ってみなはれ」ということで、やれやれ、今度は耳鼻科かぁ~、思うた・・・。今日の晩御飯はこの頃なんか体力が落ちてるみたいやし、鰻食べよう思うて一匹を「うな重」にして食べた。ほっこりしたんか、先ほど横になったらウトウト寝てしもてた・・・。ふっと先ほど起きて気がついたら今のところ、耳が治ってる・・・。なんやろ・・・。?
2006年04月26日
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なぁんか一昨日ぐらいから花曇り~雨へとお天気がつづいてて、花冷えかなぁ、四月としたら、気温が低く肌寒い。今年は13日(木曜日)の宵から鴨川の夜桜を誘うてもろたんで寄せてもろてきた。13日の折も天気予報で夜は気温が下がると聞いてたんで、ちょうどこの頃、二部着物に凝っている(?)んで二部着物の下に重ね着よろしく多めに着て出かけて行ったけど、やっぱり夜風は少し冷たいように思えたんで、焼酎のロックを呑みつつ(ビールではトイレに忙しいんで)の花見で、久しぶりの夜桜と自然の中でのバーベキュは気分もおおらかになって美味しいし、気の合う人ばっかりなんでヤイヤイ言いながら食べてると思いのほか食が進むし、お酒も進み、話しも進む(ほんま、たわいもない話しばっかりが、又好い)此処の場所を取るのに6時過ぎ頃からする予定にラウンジのマスターは3時から場所取りに行ったはったんやと聞いて感謝感謝!で、そう言うてるうちに東山の上の空が紫色をぼかしたような、きれいな色にそまり紺色の東山、ライトアップされて白色に浮き上がった夜桜、しばらくしたら東山の上の雲にかすれたような、おぼろ月が出て来て、好いロケーションになってた。「いあやぁ~見とうみ、ええ景色やなぁ~!」てみんなで言いながらバーベキュウをほうばってるんはなんか贅沢な感じがして・・・。あんまり沢山の人出でもなく、家族づれのチームとか、カップルはひっそり仲好しで寄り添うようにいてはったりて、思うに、品の良い花見客やったように思う。よくTVで花見の後の塵の始末の行儀のなさが、映るったりしてたが、帰りの塵始末や整頓はこのあたりの場所は完璧に近いと思うた、京都人の私らは小さい時から躾られているからかもわからんが、「散らかしたもんはちゃ~んと片づけて元通りにきれいにしんと、運勢が落ちるえ」と教えられてるから、タバコの吸い殻一つ落ちてないように気をつけてるんで。ほかは知らんけど・・・。そやけど、この2,3日で桜も大分散ったことやろ。 あぁ~、そうそう、そこ引き上げてから「ほな、店に帰ろか?」てマスターが言わはったからマスターの店に行ってからカラオケやらダンスやらもう盛り上がって、我が家に戻ってきたんは明け方やった!!まぁ、年にいっぺんぐらいええか!・・・。
2006年04月16日
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毎年四月の第二日曜日はここら辺の京都の地域は「やすらい祭り」がある。聞くところによれば、今宮神社では京の三奇祭(きさい)の一つに数えられてる。このお祭りは今宮神社の祭礼で、京の祭りの先がけとされて、この日が晴れると、あとの祭は晴れると言う言い伝えがあるらしい。今日は幸いに好い春日和で風も穏やかで、ほんまに良かった。お祭りの始まりは平安時代に桜の散りはじめる3月頃に疫病が流行したのきっかけで、人々が趣向を凝らして歌い踊り、無病息災を祈願したのが始まりと言われているらしい。この南東隣に玄武神社があって、この玄武神社は北位(玄武)の神でこの神社では「やすらい祭り」のことを「鎮火祭」と書きますが、いわば今宮神社と共同開催となるらしい。今宮神社が大国主命なら、こちら玄武神社は惟喬親王(これたか)となるとのこと。わたしのところの氏神さんは玄武神社になる。高さ2メートル、直径1.5メートル程の赤い日除け傘が同行しその中に入ると、1年間無病息災を得られると言われているんで何時も表を通らはる時に入れてもろてる。この傘けっこう重たいらしい。傘の中にも入れてもるたしと、今日は京都知事さんの選挙の日で投票に小学校まで行ってきた。校庭のしだれ桜がちょうど満開で、ほんま、春、はんなり~の日やなぁ・・・と、思わず空を見上げたら青空に大きい刷毛ではいたような白い雲・・・、どこかの写真好きの方かプロかは知らんが、おっちゃんがシャッターを切ったはった。
2006年04月09日
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今年の誕生日(4月3日)もまぁ無事に過ごさしてもろて、気の付いた人達からは「お誕生日Happy birfhdayカード」頂いたり、いくつになっても自分の誕生日というものは、一年の内で一番目出度く思われる日なもんで・・・。小学校からのお友達のKちゃんは4月6日なんでいつも二人一緒にお祝いをしているんやが、今年は二人とも風邪ひいたり何やかんだで祝い日を送らすことにした。先だっての話ではまた嵯峨野の温泉、えらい近場やけど日帰り温泉や思うて半日行ってこか、ということになってる。今日はまた’お湯や’に行ってきた。大体は同じ顔ぶれになってるけど、時間によって少々変わる。今日はちょくちょく会う九十過ぎのあの’ばぁさま’に会うた。相変わらずお達者で「こんにちは、ちょっと春らしゅうなりましたなぁ」言うたら「ほんま、ちょっと過ごしやすうなりましたなぁ」言うたはった。耳もしっかり聞こえてはるし’バスグッツ’もなかなかオシャレなんを持ってきてしっかりシャンプーもしたはるし、ビックリするんは髪の毛が白髪がない!まだまだ現役で和裁をしてはるそうやから、この’ばぁさま’に会うと勇気づけられる。それから、もう一人ちょいちょい会う’熟年?ばぁさま’がいはる。この’熟年?ばぁさま’は七福人の恵比寿さまに似てはる、’女恵比寿さん’みたいやなぁ、といつも思う(おなかの出かたもやが)なんせ笑顔がこよなく好い、美人ではないが、こういう女性が出かけやら、帰って来た時なんか「おはようお帰り」「おかえりやす」言うてくれはったら、ほっ、とするやろなぁ、と思える’たおやかぁ~’な笑顔・・・で、(そや!あの笑顔は何か亡うなった’おかぁちゃん’に似てはるようや・・・)この婦人と合うと何時も思う笑顔の好い人は得を積まはるなぁ~、と、思い、心する「お湯や」での人、色々。
2006年04月08日
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先日やったか、咽喉の調子が悪く用心して早寝していたら久しぶりに知り合いのラウンジのマスターからTELが かかってきて、「お花見いかへんか?鴨川あたりの・・・」 わたしが「まだちょっと寒いんちゃうか・・・」言うたら「散りかけぐらいに、思うて・・・」と、「そやなぁ~もうちょっと温いほうが好いわ・・・」言うたりしてた。二三日前に近所のばぁさまが「植物園に行ってきましたんや、まぁ~梅と桜が一緒に咲いてて綺麗でっせ! お弁当持って行ってきたんどす」言うたはったが・・・。京都の植物園の桜は何と云うたか変わった種類らしく見事らしい。植物園は近くやのになかなかに、ゆっくりとは行ったことはない。一度ゆっくり行って見たいと思うけど。今年の桜の開花は早いと聞いていたけど、ここ京都はまだまだ一、二分咲きぐらいか、先日TVで祇園の丸山公園のしだれ桜の下でお花見してはる人が映ったはったが、一二分咲きぐらいかなぁ~、ライトアップは綺麗で、映えていたが、花より団子で、えらい盛り上がったはった様子やったが、しかし日本人の心にぴったりとくる花はなんといっても桜の花のような気がする。日本人は桜の花によって癒され励まされ愛する心を養わされるような気がする。桜の花は咲き誇る頂点は一年に一日だけやそうで、それから花がはらはら舞い散るようになり、散った後は新緑の葉っぱ、になり、また来年の開花に向うて支度を始めはる・・・。(桜を見守って世話をしてはる桜守りさんも大変と思うが、) 毎年桜の季節になるとなんとなく、桜色にうらら~な心持ちになる気がする・・・、「はらはらと 桜舞い散る午後のひととき・・・宵のひととき・・・ものおもう」
2006年04月01日
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王ジャパン!おめでとう! よかった!よかった! 今日は朝も早いTVニュースの「朝ズパッ!」から何べんも再現映像を見てた。こうなったらあの審判員のボブもご愛嬌に思えてくる。あの初めからの波乱万丈のようなんが、こうなったら値打ちがあったようにも思える。王監督もすごい人物やと思うた。わたしはもうイチローの表情を見落とさんとこ思うてTVに食いついてた。いやはやスゴイ、すばらしい!! これど侍の魂を持った日本男子やなぁ~、あのバットをクルッとまわして肩のところをちょっとつまむで構える姿は、なんか柴田錬三郎の「眠り狂四郎」円月殺法、見たいに思われたわ。イチローのあの異常なパワー熱気はブラウン管を通じて伝わってきてた。ほかのみなさんも、ほんと一体となって素晴らしかったなぁ~。人間、何事でも本気の積み重ね、初心忘れず、磨き上げられた人物の心意気、魂はすごい!思う。 今日のレッスンに熟年女性奥様(この人は定年から大学に行かれ今、大学院生になってはる)の生徒さんが来はったんで、この話をしてみて、盛り上がってた。それから、フギュアースケートの荒川シーちゃんの話しになって、「イチローとシーちゃんにハマッテますんや」言うてたら、その奥様も「わたしもですんや!、ちょっと見てください」、て定期券のとこに荒川シーちゃんの写真が入れてあるのを見せてくれはった。久方ぶりに、この二人で日本中が喜びの熱いパワーをもらい一体となった時、日々は、ほんと、感謝する気持ちになる。おおきに!!!
2006年03月22日
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やっぱ!イチローは「ええなぁ~」この頃のわたしはフギュアースケートの荒川シーちゃんと、イチローに気合入れてる。いつものことやが、その時期に輝いてる人のパワーにあやかるかがごとく、自然と気合入れたフアンになってる。しかし昨日のイチローはもう惚れなおした。冷静、クール、なイチローのあんなに喜怒哀楽の激しい表情を見たのは初めて見たように思うた。しかし、わたしは思うが、あれもイチローのみんなの気を燃え上がらせる気合の演出ではなかったか、と、明日・・・たのんまっせ!!!。 そうそう門口の葉牡丹の先カットの具合の葉はナカナカに新種の葉牡丹か、はたまた新種の何かの花か、のごとく思うたより可愛く、絢爛になってる。(誰かこの葉牡丹カット気がつかへんかなぁ~)特価品で買うたビオラをちょっと添えてみたから、春の気風になったように思う・・・。 わたしんとこのガーデニングもまずは春感じに成功したし、と、 明日のジャパン・ガンバレ!!! この頃の情けない日本国に熱い勢いの良いパワーを走らしてほしいし・・・! たのんますせ!!! と。
2006年03月20日
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天気予報どうりに昨日とは打って変わり朝から雨~;; 昨日は小春日和のこよなく好いお天気やったから、去年の暮れからお正月用にと思い植えていた葉牡丹が伸びてきてる。(どこの家のも背が高う伸びてる)毎年背が高こうなるのをそのままにしておくやが、なんか季節遅れの感じがする。毎年気になっていたが、まだ元気ように咲いてるし抜いてしまうのは可哀想やし、何とかならへんかなぁ~と、思うてじっ~と見ているうちに、そや先の方をカットしては! と思い伸びている上のほうをカットしてみた。割合上手にカット出来たようで、上の方の切った’先んちょ’はベランダの方の植木鉢に挿してみた。どうかなぁ~と、カットして並んだ葉牡丹を見たらイヤハヤなかなかに葉牡丹の新種かな?ハタマタ何の花か植物か?とちょっと見た目には見えるかなぁ~? と、気にいった葉牡丹になった。ベランダの方もイエローパンジばかりやったんで、葉牡丹の先っちょのローズ色がちょいちょい入って好いコディネーターになったから面白うなった。さて今日の雨でどないになるか楽しみと不安(ちょっと大げさ)やけど。 先日から二部着物の凝り出してる。これからの季節、ちょっと外への気楽なお出かけとか、気分転換のおしゃれに、楽しんでみようと・・・、今年は桜の花が咲くのが早いそうらしい。 しかし今日近所の奥さんが「今年の梅の花は咲きが遅おっせ」と言うてはった。梅と桜が一緒になるんとちがうやろか思う。 小唄の「梅は咲いたか~桜はまだかいなぁ~♪」・・・や。
2006年03月16日
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今日は三月末頃の陽気とかで、ほんま朝から好いお天気や、一昨日にもう三月三日のお雛さんの日も過ぎてしもた。わたしのお雛さんは、わたしの誕生日が四月三日で丁度その年は旧暦の三月三日にあたってたんで旧雛さんに祝うことにしている。今年の旧暦の三月三日(旧ひな祭り)は三月三十一日になる。一昨日の「お雛さん」の時はちょうど、わたしのHPでやってるアフィリエイトサイドで気に入った二部着物を見つけ買うておいたんで着てみた。さらさらとしてて、なかなかに気持ちが好い(丸洗いも出来る)。咽喉がわたしは弱いんで襟が開いてるとまだ気候的に、すこすこするようで、むかしのお貰いもんであった風呂敷を襟首にもっていったら、なかなかの、おしゃれ!になって、うん!これはイケルと、以外な発見をした。凝り性やからこれから二部着物と風呂敷に凝るんではなかろうか? という前兆?? オリンピックは終ったが、オリンピックのおかげで、寝んとTVを見てたり時間が不規則になってたんで、風邪をひてしもたんか、また咽喉が芳しくなく、せっかく順調やった喘息がまた出てきて、おおじょうする。 先ほどTVを見てたら作家の山本一力さんが面白いことを言うてはった。生きる過程には四つの生き方がある・・・ようなお話しやったかな~?で、一つ目は「金持ちで金持ちぶってる」二つ目は「貧乏でもそれなりに金持ちぶっている」三つ目は「金持ちで貧乏ぶっている」四つ目」は「貧乏で貧乏ぶっている」人に分かれるそうな。さしずめ、わたしはどれに入るかなぁ~と、思うた・・・、二つ目かなぁ~、とも思う。「金持ちで金持ちぶる」のは、しかたない。こういう金持ちはおごるってくれはるし、ふるまいも好い。「貧乏でもそれなりの金持ちぶってる」これは金持ちの金持ちぶる人のような豪勢なことは出来ひんけど、それなりに気配り、心豊かに過ごす方法を見つけるような気する。「貧乏で貧乏ぶる」のはこれはしかたないけど、惨めな感じがする。人格までギスギスになるみたいで、「金持ちで貧乏ぶる」のは一番いただけへんように思う。餓欲、餓愛になるようで、ここで山本さんが言うてはる「ぶる」というのは心配り、気持ち、のことやと思うんやが・・・。これから春うらら・・・、やなぁ~。
2006年03月05日
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今日、と云うても昨日になったが、久しぶりの好いお天気で、気温もなんか三月末~四月並やったけど、今、えらい風が吹いてる。 一昨日やったか前々から友達と行ってみようと云うてた(嵯峨の方に新しゅう出来た温泉で)「天山の湯」という所に行ってきた。「久しぶりにバスに乗って行かへんか?」と友達が言うんで京都バスに乗って。友達が「なんや懐かしい感じがするなぁ~」て言わはんので、ほんま京都に長いこと住んでるけど、京都の碁盤の目の中に住んでいるもんは京都バスというのはなかなか乗らへんもんで、「ほんまや、たまにこんなんもええなぁ~」言いながら、「有栖川」のバス停で降りて、ちょっと歩いたとこにあった。ここら辺も以前から見たらなんかコロッと変わったように思う。「天山の湯」の門口から階段を上がるとなかなか広いところで、まだ新しいから気持ちが良い。露天風呂がたっぷり広いしサウナが二つあってこれも広い。いろいろな効能があるようで、朝10時~夜1時までの営業とかなんで、(中にお食事処、エステ、等あるから)一日ゆっくり出来る。入浴料1000円。この頃は京都にも温泉があちこち出たんで「温泉お湯屋さん」が沢山出来てる。わたしはお風呂好きなんで一通り回ってみるのもええなぁ~と思う。友達は「いっぺん京都のバスを全部乗ってみたい思てんねん」と言うたはった。まぁそれも面白いかもわからんと思う。京都に生まれてどっぷり浸かってんのに知らんとこが沢山あるなぁ~思う。地方の人のほうがよう知ったはることがある。今日いつも行ってる近くのお湯屋に行って「天山の湯」のこと話ししてたら「あそこは、お食事処が美味しいそうですけど、お食べやしたか?」言うたはったから、今度は朝からいってお昼を食べてみようかと思う、が・・・。まぁええとこ出来た。
2006年02月26日
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まぁトリノのオリンピックのお蔭でなんか寝不足なんか中途半端な睡眠になり、身体の調子がどうも・・?みたいで、今までのところではあんまり日本の成績は芳しくないけど、今日は女子フギィアースケートがあるんでこれは見んと!と、期待してる。今度生まれ変わって来たら英才教育はフギィアースケートや!と思うぐらい気をいれて・・・。先日わたしのHPのアフィリエイトに紹介する商品に何か面白い品物はないかなぁ~と検索していたら、「電磁波と戦うサボテン」というのを見つて、パソコンや電磁波の出る電化製品のそばに置くと電磁波をサボテンが吸い身体によく頭もすっきりする、とのことの、この「サボテン」を購入して、置いてみたら、(パソコンに長く向かうようになると喘息がきつく出るように思えたんで)この「セリウス・サボテン」をパソコンの側とベットの横に置いてみたら、不思議に喘息の咳が出なくなり、咽喉がなんか楽になった。なんか嬉しいので、吸うても咽るしたばこを控えていたんやがちょっとメンソールのを吸うてみた、久しぶりにおいしいかった。でももうやめんとと思うてる。もう少し調子を見て「セリウス・サボテン」をもう2・3・鉢、買うてみようかなぁとも思う。 昨日からやっと喘息が楽になったと思うたら、今度は歯やぁ~、昔治療した奥歯があかん!今度は歯医者通いで、わたしは「おかき」「するめのあたりめ」なんかが好きやから歯はきっちり治しておかんと・・・、と思うてるが、まぁ次から次ぎえと・・・トホホ・・・。や。
2006年02月21日
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昨日の早朝の4時、トリノのオリンピックの開会式を見ようと頑張って、目がふさがりかけていけどTVを点けっ放しにしてて見た。この頃のTVのニュースなんてのは、もうなんともイヤなんが多く、久さ方に秋篠宮さまのところの「おめでた」でちょっと、ほんわか気味になり和んだ気分になったけど・・・。しかし今度のトリノのオリンピックの開会式は眠い目を開けて見たかいはあった。ああいうのを見ると人間というのは素晴らしいもんや!!と、人間に生まれて来て良かったなぁ~と、大げさではないが、思う。途中で’ふぅぃふぅぃ’と眠気がさしてきていたけど、一生懸命、目を開けて最後まで見られてほんと、よかった! 「えらいエエカッコウの女性が出てきはったなぁ、思うたら’オノヨウコさん’やった。ジョンレノンの「イマジン」も荘厳に編曲してあってよかった。現実の祭典ではあるが、なんか映画の中のシーンに思えたなぁ・・・。旗を6人の女性が持って出てきはったが、その中にソファヤローレンさんが入ってはったんにもびっくりした。お年を感じないでやっぱり大きな美しさは失うてはらへん! ますますカッコ好い女性で! 式典をあそこまで仕上げるには、なみなみならん事柄があったと思うけど、ああいうのを見てると世界中が仲良しになって「持ちつ持たれつ」と平和になってほしいとつくづく思う。 終わってからまた普通の朝のニュース番組になったら、また現実に戻ったみたいに不愉快な話題のニュースが出てきて・・・もう、なんとかならんか! アホたればっかりが・・・と、つい声になる・・・。ほっ、
2006年02月12日
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ちらちら、はらはら、雪模様、早朝より辺り一面真っ白、雪景色で。この頃は喘息の調子がなかなかすっきりせず、今日の朝もうとうとしたところ咽喉の具合がもうひとつで、目がさめた。お医者さんから薬も貰っているが、いろいろと自分でも良くなる方法を試しているんやが、まだ、もうひとつで・・・気候、温度差が今年はおかしいからかなぁ~と、思う。「コンコン、コンコン」しているうちに節分も過ぎた。縁起のもんやから「恵方巻き寿司」を今年は南南東が「歳徳神」丙の方に向って(この方に向って行えば何事も成就すると云われる)ほうばって食べた。夜、ぎりぎりやったが、豆まきもやっておいた。体力がまだよれていたが、やっておかんと、何か気がすっきりしない性分やから、まあまあ、やれやれである。日本という国は季節月々にうまいこと行事を織り込んであるので、感心するし文化の深さも改めて思い知らされる。今度は京都では二月二十五日北野の天神さんの梅花祭が賑やかなことやと思う。この二月の花とも言える梅の花は、さっきTVで’みのもんたさん’が言うたはったが、梅の花の咲く時は「ほころぶ」と云うて、散るときは梅の花だけは「こぼれる」と云うんやそうで、今日は咳で起こされたけど、早朝のTVで情緒ある良い言葉を覚えた・・・。今日のニュースもなんかもうひとつやなぁ・・・。
2006年02月04日
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なんかこのとろ「うたかた」と云う言葉が・・・・。懐かしく、なんか恋しいような柔らかい響きが気になるというか、好きになってますなぁ・・・。この冬~春にむかい・・・、なにごとも「うたかた」かいなぁ~、と「うたかたの光りのどけき春の日に しずこころなく花の散るらん」好い歌やなぁ~、早いこと「花の散るらん」になってほしいなぁ~・・・、と、いまどき思う。他の人は「うたかた」と云う言葉はどう思う、受け止めるはんのかなぁ~。
2006年01月29日
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なんかこのとろ「うたかた」と云う言葉が・・・・。気になるというか、すきになりました。この冬~春にむかい・・・、なにごとも「うたかた」かいなぁ~、と他の人は「うたかた」と云う言葉はどう思う、受け止めるはんのかなぁ~。
2006年01月29日
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一月も二十日(大寒)が過ぎ二十三日の朝をむかえている。まぁ今年も二十日間足らずの間に世の中、ややこしい、いろんな事柄が起こるもんで・・・、ニュースを見ててもこの頃のTVは何かもう疲て・・・。このところ、喘息がお正月からの少しの間は、まぁまぁ順調な体調やったが、ここのところの、温度簑が合わんのか、ひどくはないが、なかなかにすっきりせず、家にこもっているんで、一週間の日が経つのがあっ・ちゅう間に過ぎてしまうように思える。むかしからふっと、思う時があるんやが、一日が48時間やったらゆっくりするのになぁ~と思う時がある。以前友人にそんなこと云うてみたら「あほかいな、そんなしんきくさいこと!」と云うてはった。わたしは、そんなほうが、のんびりする気がしたんやが・・・。わたしは小さい時からあんまり身体が強い方でなかったから、せかせかする時間とか感覚はどうも体調に合わんように思うのかな・・・?とも、まぁ今はやりのスローライフが合うているみたいに思うが、そんな今、世間が云うている先端の肩張ったスローライフみたいなもんと違うてわたしのは自分なりのボツボツと、あわてんと、気長に・・・が合うてる。おばぁちゃんが云うてはったなぁ・・・、「何でもコツコツと気長にしていくのが身につくんや、短期に気荒うするのは長続きせえへんし、身にもつかへん」「人さんより目立つということは人さんより陽の分を多く持つということとなるさかい、その部分比例して陰の部分もたんとう持つということやし、その陰の部分をよう考えてしんと・・・、」わたしが「ほな大きゅうなった陰の部分はどないするんぇ?」て聞いたら「それは陰徳を積む云うて陰(人さんのわからんとこ)で得(良い)ことをする事や」・・・言うたはったんを思い出した。
2006年01月23日
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昨日今日と気温は上がって暖かい日が続いてる。お天気ではなくなんとなくどんより天気。今日は一月十五日、小正月となり朝あわててお正月もんの飾りもんを片付けた。早いこと日のたつことやなぁ・・・思う。暦によると、この小正月というのは、元日を大正月と呼ぶのに対してこのように呼び、中国式の太陰太陽暦が導入される以前は、満月から満月までを一ヶ月定めていたため、その旧式な正月の名残りが現代にも受け継がれているそうで、(今年の旧正月は一月二十九日である)各地によって違った行事があるが、この日の朝には小豆粥を食べる習慣がある。古くは『土佐日記』や『枕草子』などにも、小正月に小豆粥を食べたことが記されている。年神や祖霊を迎える行事の多い大正月(一月一日)に対し、小正月(一月十五日)は豊作祈願などの農業に関連した行事や家庭的な行事が中心となり、松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、女正月という地方もあるらしい。十四日に門松、七五三縄をとり去り、この日焚く。このごろは、お飾りもんを家で焚くというわけにはいかんので、神社に持って行くことになっている。まぁまぁ今年も無事小正月を迎えた。そやけど大正月からはあっという間やった。玄関の絵と、このプロフィールのとこもお正月もんやったけど、旧正月くらいに咲く福寿草の絵に変えた。コンビニに行ったらもう節分の丸かぶり巻き寿司の予約をすすめられた。やれやれ・・・せわしないこと! や。
2006年01月15日
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昨日初詣でに氏神さんから御旅神社までお詣りに行ってきた。お正月の三日間は寝正月してたんで(こういう時は一人もんは気楽で)、五日の日は丁度わたしの密教27宿星の「成宿の日」にも当るんで何事も無事成し遂げられるようにとの思いもあって。 ちらちらの雪模様の日で寒いこと寒いこと・・・、やったけどシィ~ンとした空気は身が引き締まるようで何か気持ちは良かった。さすがに五日になると人けは少なくもう貸切やなぁ~思いながらのお詣りで・・・、通り道になる大徳寺さんの竹が青々と清々しく空に向うて伸びて竹というのはやっぱり、縁起ものに使われるだけあって元気がでるなぁ~、て見ながら歩いてた。わたしの所の氏神さんは「玄武神社」、御旅神社は「今宮神社」で、この二つの神社のつながりで京都でも有名な「やすらい祭り」がある。氏神さんの「玄武神社」の文様は亀と蛇が絡んだ文様で、亀は長寿を表し蛇は金運(財運)を表すというものでこの絵馬、お守りを家も北に吊るすと良いとされている。方位の気学でも北の方位を「玄武」という。毎年一年間お守りいただいた去年の古いお神札を神社に納めて今年の新しいお神札をいただいてきた。おみくじを引いたら、初めの玄武さんでは「末吉」で神歌は「事しあれば うれしかなしと 時々に うごく心ぞ 人のまごころ」というもの、次の今宮さんのおみくじは「吉」であった、なんか尻上がりで縁起良いなぁ~思いながら、あぶり餅屋さんのとこ通り、あぶり餅は買わんとお持ち帰りのお寿司さんで「かにちらし寿司」を買うて帰ってきた。今日もTVで大雪でものすごくなっている所が映ってたけど、おじいさんが「大自然にはかてません」云うたはったが・・・。今年もこうして月日は過ぎていく・・・んや。
2006年01月06日
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2006年の歳が明けた! 思うたらもう四日も過ぎてしもうた。三が日は何をしていたか、というと、もうもう寝て寝て寝てた。ここらの「お湯屋さん」は大晦日から元旦~ずぅ~と営業してはるんで、今わたしの住んでいる所からはほん近所なんでいつもちょっとした温泉の気分で行かれる「お湯屋」やから、大晦日~(一、二日は寝ぱなした)今日も行ってきた。何故か大晦日の「お湯」と歳が明けてからの「お湯」とは同じ「お湯屋さん」の「お湯」やのに感じが違うもんで・・・。この夜中に今またTVのNHK杯フギャァスケートを見ているんやが、真剣で緊張の中、優雅、華麗な映はこれもお正月らしいように思う。中野ゆかりちゃんの演技と笑顔がまこと素晴らしい! いやぁ~あんまり良い点数が出たんで嬉し泣きの顔になった!「ゆかりちゃん」よかったなぁ!! そうそうわたしの家の玄関のとこに置いた「ペンジャミナ」の葉が暮の雪の日とこの寒さで色がベージュに変わってるんやが・・・、雪の時に袋をかぶせてやっといたらよかったと思う。また気温が上がったら緑色に変わってくれはるんやろうか・・・?見るたんびに「ごめんなぁ、頑張れ、頑張ってや」云うてるんやけど・・・なぁ。2006年はどういう風に、行くのか行くべきかと思うたりしたが、今のところなんでも「腹八文目」「なにごとも持ちつ持たれつ」を忘れんように、と、この「腹八分目」「持ちつ持たれつ」と云うのはこの宇宙、地球、自然界、すべてにおいて、これのバランスによって保たれていると思うし・・・、難しいけど、まぁこの修行? かいなぁ・・・、と、しかしいつも思うんやが、この頃いただく年賀状は自分とこのPRばかりの年賀状の多いこと!こう云うのもなんやけど印刷だけのも味気ない、それから思うに、やっぱり年賀状は元旦に届くように気配りするほうが同じ50円使うんやったら良いと思う。が。
2006年01月04日
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やれやれ今年も今日(28日)で仕事収めとなり、明日と云うても、もう今日(29日)になったが、ちょっと休みになる。今年のクリスマスイブはもう何処にも行かんとこ、思てたんが、夜が更けてきてTVでチャンチャカ、チャンチャカ、囃されてると何か出ていかんと、あかんみたいに思うようになり、知り合いのラウンジから案内もきてたんで、よしゃ!と出ていった。いやはやこの頃はあんまり呑まなくなったんやが、久しぶりに出かけたんでか、少しハシャギ過ぎた。カラオケで歌うはダンス踊りまくるは、で、三日酔いぐらいになって、ヘタッテた。いつも「過ぎたるは及ばざるが如し」「腹八分目」に注意と思ってるんやが・・・、まだまだ修行が足らず・・・トホホ・・・、になる。 これからぼつぼつ掃除にかからんと・・・。と思うけど、毎年思うんやが、なんでこうも一銭にもならんもんばっかりがたまるんやろ、思う。この一銭にもならんもんの整理してほかし、わたしは大掃除ではなく、小掃除ぐらいになるか、なんせ何時も途中で「もうそこそこでええがな」と思うてしまうから、そうそう先日Y奥様にシクラメンの「カムリ」という種類を頂いた。まぁシクラメンとは思われない鮮やかなピンクの優雅な花で、寝室の窓際に置いてみたら部屋がはぁ~と華やかになった。これは来年も咲くようしんと勿体ないなぁ・・・思う。昨日お正月用のお茶を買うてきた。吉例お正月用「大福茶」というて「笑門来福」という栞が入ってた。’うれしいこと たくさん。’ ・笑うかどには福来る・笑顔がしあわせ、連れてくる。毎日の暮らしの中に散りばめられたささやかな、うれしいこと拾い集めて笑顔を交わす しあわせ。こころ微笑む おいしい時間をお楽しみいただきたくてお届けする逸品でございます。ゆっくりとたっぷりと笑顔でお召し上がりください。 という栞。お正月の元旦には結び昆布、小梅を入れ合わせ、祝茶としていただく。ことわざにも「朝茶はその日の厄逃れ」とも言われているから、毎日の朝にはコーヒーも良いけど、一服のお茶をゆっくり笑顔でいただくのは富貴長命になり「チョイ、スローライフ」にもなるなぁ~、と。
2005年12月29日
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まぁ~!えらい雪景色になってた。12月22日は冬至で一年の中で昼の最も短い日になるから、こんどはぼつぼつと昼が長ごうなって行くんで気分がちょっと軽うなる。この頃のもうすぐに暗うなるのは忙つろしい感じがするからなぁ~。京都でこんなに雪が降り、積もるのはめずらしい。一昨日のお天気やった日に葉牡丹の薔薇のような形をした品種が売ってあったんで、ほかのより少し値段が高かったけど買うといた。(縁起が良い末広がりの八苗買う)ん、を植えておいたんは正解やったと、思うた。こんな雪の多い日が来るとは思わんかったから、植えこんでおいてよかった。葉牡丹の上も真っ白雪がふんわぁ~り、ぼったぁ~り、と雪。世の中真っ白になって、見ているぶんには、今、ここら辺は人とけがなく、ほどよくシィ~ンとした美しさの景色になってる。(TVのニュースではあちこちもすごい雪で事故も起っているらしいが・・・。)夕方に時間があったんでサウナでも行ってこうか・・?と思うて外を見てみたらまだまだ、雪の道になって、凍てて、やめた。ちょっとづつ片付け掃除しんと、と思っているんやけど、今日は暖房のきかんとこは寒いいんでやめや!。
2005年12月22日
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いゃぁ~えらい雪やった。TVでもあちこちの雪模様のことを報道してて、雪もびっくりしたけど、昨日のTVでのフギァースケートの浅田真央ちゃんの可愛いし華麗やし、あの素晴らしい笑顔の真央ちゃん、よかったぁ~なぁ、この頃の ろくでもないニュースばっかりの時にほんとによかった!「笑う門には福来る」て云うが、見ていてこちらも一緒になってスカッ~ッ!と晴れ晴れと笑うてた。幸運は明るく笑っている人のところにやってくる。うまくいくから笑顔になるのではなくて、笑顔やからうまくいく。と云うのはほんまや! ほんまもんの笑顔は「わきあがる幸福の泉」とも云うそうやが、真央ちゃんの演技を見ていると一緒に幸せな気持ちになるわ。あぁ、それから、何とも面白いボクシングがあった。なんせボクサーが「カヅラ」をかぶったはって、それが、ポカンと打たれはるたんびにカヅラがずれていくんやから・・・。そのカヅラボクサー身内の人たちがきたはって妹さんが「お兄ちゃんカヅラもう取り~!」って声かけはるし、そこの おばぁちゃんが「わたしゃもう80年も生きているから、たいがいのことは驚かへんが、これはびっくりした!たまげたぁ~!」て中継中に出てきはるし・・・、もう、わたしゃ笑うた!笑うた!、カヅラをつけた小口ボクサーはカヅラを剥してからはまともになり、強うなってまぁ勝たはったけど、しかし相手のボクサーは何か、ふに落ちん顔したはった・・・。いま思い出しても笑えて~笑えて~、たびたび、またそのニュースをTVでやらはるから、昨日、今日と、世の中を可愛い笑顔の渦とした真央ちゃんと、爆笑のカヅラボクサーの笑いで久しぶりに愉快なTV中継(ニュース)やったなぁ~。「ニコッ!」・「ウッハハハハァ~」♪♪♪
2005年12月20日
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寒波が来たようで、もう「ちゃぶぅい、ちゃぶぅい」!ポストを開けてみたら、今年最初の[X'mas,カード」が入ってた。 輸入品ばかりの小物や雑貨屋さんをしてはるNちゃんからで、なかなかに気のきいた可愛くてチョイ、セレブ?な感じの「X’mas.カード」で、ニコッ!と嬉しい!! わたしも、もうそろそろ出さんとあかんなぁ~、思う。この年末というのは何かと忙しなく慌ただしい感じでもあるけど、その中にクリスマスやら忘年会やら、年賀状書きと、おもちゃ箱ぶっちゃけたみたいな感じになって、なんとなしに面白い?・・・?月やなぁ~思う。夜にちょっと時間があったんでまた銭湯に行ってきた。やはり寒いんか空いてた。いつも着物を着て来てはる、ばぁさまが来たはった。「いつも 着やすそうな おべべ、着たはりますなぁ」言うてみたら「へぇ おおきに、わたしは着物しか着やへんで」て言うたはった。「わたしの おかぁちゃんも死なはるまで着物でした」言うたら「お幾つで亡くならはりました」て聞かはったんで、あんまり言いとうなかったけど「八十四歳で・・・」と云うたら「わたしは今、八十五歳です」言うたはった。ここら辺のばぁさまは、しっかりしたはる。そうこうしていると、今度はいつもの時間に来はる九十過ぎのばぁさまが来はった。このばぁさまが、また耳も目も話し方もしっかりした、模範的ばぁさまで!。なんか今日の銭湯は、高齢しっかり’ばぁさま’オンパレードで・・・わたしなんか、まだまだ・・・と、励まされるようでもあり、あおい、あまい、思うてみたり・・・。帰ってきてPCのアフィエイトに何か良いのないかいなぁ思い見てたら、「コロコロ犬のお手玉」という可愛い「2006年の戌にちなんで干支のお手玉」が出てた。「いやぁ~懐かしいし、かわいいし、また今風のお手玉で、お年玉に上げても良いしまた部屋のちっちゃなインテリアとして置いても可愛いし、おこたのとこで、友達と懐かしんでお手玉遊びしても好いしと思い、買おうかいなぁ~・・・と。
2005年12月17日
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昨日気温は寒かったけどお天気がよかったんで、ふらりと出てみた。お花屋さんの店頭はポインセチヤのいろいろな種類のもの、それにこの頃は屋外用のシクラメンの可愛い小さなのが出ている。お正月用の葉牡丹も出始めてる。パンジー、ビオラ、というのはちょっと一時期が過ぎたか安売りの苗があった「まだまだ咲きます」と一苗50円の札が付いてたんで、15苗ほど買うてきて夏場の植木の枯れかけたんと植え替えてみた。これがうまいこと根がついて花が咲いてくれると好いんやが・・・、今、マリーゴールドが遅がけに咲き誇ってる。いつも思うんやがわたしの処の花はよそさんの処より一足遅く咲くように思われる。コンビニに寄った時に本売り場の隅っこに「ラッキー!」という可愛い本があったんで買うてみた。「夢を持つ」というところに、夢はみるのは大切やが、「みる」だけでは夢は叶わない。夢は「持つ」ことが大切で、大きな夢、小さな夢、「持ち続ける」「継続は力なり」ていう事でたいがいは叶うということが書いてあって、これはわたしもいつも大事に思うてる。この持続によって「一滴のたれ水が岩も通す」から教わっている。今日のわたしの夢は、枯れかけた植木を生き生きとしたパンジー、ビオラ、に植え替えること、それも出来れば、お値段安く!で!、はい、今日の夢は叶えられましたか?・・・いやいや、この安売りの苗がお利口に花をいっぱいつけてくれた時や・・・。小さい失敗やらちょっとした成功を繰り返して、まぁ経験を積んで成長していくんやなぁと、思うわ・・・。次のわたしの小さいな夢は何になるんやろ。大きい夢・・・なぁ。大きい夢は命のある限り、見たいこと、やりたい事、いろいろあると思うなぁ・・・。あわてんでも良いゆっくり考えて、そや、スローライフ(いろいろな意味で)。
2005年12月16日
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しとしと・しと・シトシト・シト・なんか今日も早朝から冷雨模様で、ここんとこ冷たいお湿りの日がつづく。先日、今年のクリスマスカードを作ってみたんで、ちょっと気のついた人やら子供に送ってみようかと思ってる。昨日レッスンに来たGクン(Gクンとこはまだよちよち歩きの妹ちゃんがいてはる)に「妹ちゃんにクリスマスカード送ったげようか思うんやけど、何ちゅう名前やったいなぁ」て尋ねたら「かなちゃん、や」と、「どんな字書くんえ」と云うと「叶うという字なんや」と、「ええ名前やなぁ」云うてたら昔おばぁちゃんか誰かが云うたはった事を思い出した。「夢とか希望とかが叶うように、とか思うたり云うたりしますやろう? その叶うという字はなぁ口と十と書きますのんや、毎日自分の夢やら希望を口に出して十回云う(唱える)たらその夢は叶えられると云うんでなぁ」みたいなことを云うたはったんを思い出したんで、Gクンにその話しをしたら「ふぅ~ん」てびっくりしたような嬉しそうな目をしてちょっと上を見はった。云うたわたしも、不思議な、なぁ~んか、’ぽぉ~っ♪’とした感覚がした。久しぶりに’夢’叶、ぽぉ~っ♪’と好い心持ち・・・。
2005年12月06日
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先日より一週間ほど薄風邪と喘息で家に閉じ込んでいたら、外はもう十二月に入り何かと慌ただしくなってる。久しぶりに近所の商店街に行ってみたらもう商店街の通りがクリスマスのイルミネーションで綺麗になってた。夜になるとほんま賑やかな感じで京都のど真ん中ほどではないけど、それなりにクリスマスの季節感はただようてる。なんかこれを見ると毎年あぁ今年も師走になったなぁと思う。昨日わたしんとこもささやかながらクリスマスの飾りつけをしてみた。日本でもこの京都と云う所は季節感(四季感)がはっきりと出るんでその点情緒の移り変わりが豊かで好いと思うし、この自然と一緒に季節感の変化を生活にちょっとした昔からの習慣を入れて生活出来るのは気分も変わりささやかではあるけど楽しい。毎年十二月に入ると一年間の間になぜか、これは何かに使えるとか、みようなところに勿体ない精神が出て溜め込んでるもろもろの物がある、毎年ではあるけどそれらはそう思うて残しているだけで、大体は使うことはないので、この十二月の事始(十三日)頃になると整理して処分することになるが、たまに残しておいた物が役に立った時はなんかみょうな快感というか徳したみたいな気になるもんで、やめられへんのかなぁ・・・。まぁ今年も事始(十三日)ぐらいからぼつぼつ一年の整理にかからんと、と思うが、それがなかなかに進まず暮れも間際になって車力になってしまうんで・・・、今年は・・・と思ているが
2005年12月04日
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このところ風邪気味でなかなかすっきりしない。治ったかなぁと思うてると、なんかぶり返したようなあんばいになって、まぁ、あんまり無理をしたらあかんと用心している。(むかしから御身大切な人やから)先日『「頭のいい人」と思われる話方・「バカ」と差が出る一言』という本を買うてみた。まえがきに、話し方は、その人のイメージを決定する大切な要素です。とあるが、これはほんとに重要なことと思うた。TVその他、身近の人々の話し方というもの、ちよっとそう思って見たり聞いたりしていると、大部分の人は(わたしのことはまぁおいといて)「頭のいい人」の話し方とはほど遠い。簡単に気使って話す「頭のいい人」の話し方は「1」人の話を聞ける人・会話の途中に割り込まない(これ政治などの討論ではもうはちゃめちゃや!)「2」相手を立てる人・「頭のいい人」と思われる人の共通点は威張ってない。「能ある鷹は爪を隠す」「3」自慢しない人・「自分を知的に見せるなら自慢話をはやめること」これは云えてます。会えば自慢話をする人に言いたい、「あなたは人の自慢話を聞くのが好きですか?たとえそれが真実だとしても、ずっと自分の話ばかりされれば、イヤになってしまいませんか?」と、自分は人の自慢話を聞くのはイヤなのに、他人は自分の自慢話を楽しく聞いていると思っている人、あんがいたくさんいたはります。これはどんな一流大学を出ていても自慢のできる優秀なことを多くもっている人でも「あの人は頭が悪いのでは?」と思われてもしかたない。自慢話というのは人に自慢したいような実績をもっていても、それは、人から聞かれない限り、言わないほうがいいということ。など、フムフムと思うこと肝に命じること多し多し・・・の本で。
2005年11月28日
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朝から岡崎の方にデザインのことで出かけた。秋日和、ほんま好いお天気やった。あっちこっちに警察の方がいてはるんで、なんでやろうなぁ? 思てたら今日ブッシュさんが京都に来はるんやった。ここまでえらい警備で大変なことで。今日十一月十五日は紀宮さまのご結婚式やから早いこと帰ってTVを見んと、と思い、急いで帰ってきた。皇居をゆっくりと、おくるまが出て紀宮さまが可愛く小さく手をふられるご様子はほんとに可憐で上品なことで、ドレスも清楚でシンプルなんが、まことに見ている者の心が清々しくなるようで、お式からTVのインタビュー、ご披露宴の時の美智子妃殿下からお借りなさったお着物など、これど最高のセレブ(セレブとは失礼かもわからないけど)の心構え嗜みのように思えた。また天皇陛下、美智子皇后様の柔らかい優しい愛に満ちたお顔はふっと熱いものがこみ上げてきた。これこそ日本人の心の持ち方、気持ちの配り方の最高の模範やなぁ、思うて見せていただいてた。久しぶりに心が和み清々しく思えた日やった。今日は日本人本来の心構えを改めて勉強させてもろうたように思います。「紀宮さま おめでとうございました。末永いお幸せをお祈り申します」
2005年11月15日
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十一月の「お一日」、久しぶりにまぁ好い秋日和で、秋の真っ蒼な空というのは気持ちが好いもんで、植木も生き生きと見えて。夏頃からセラニュームを植え出したんやが、このセラニュームという色鮮やかな葉っぱだけの植物は挿し枝ができるんで、沢山になり背が高うなってきたら切ってあっちこっちに挿し枝をしてみたら沢山ついて葉っぱだけであるけど、なかなかに今日の好いお天気のなかに華やかになっている。なかにはつかないのもあるが、これもそこの位置、日当たりとか、相性があるように思う。この植物も自然の生き物やなぁ~、と、時々ふっと分身のように思う時がある。よくペットを飼うてはる人が犬や猫に「この子」とか言うてはるが、わたしは、わたしんとこの植木やら花が「うちの子」なんかなぁ、と思うたり・・・。さっきから亀田の「柿の種」をぽりぽり食べ出したんやが買うておいたんが大きい袋やったんで、やっぱり途中では止められず大きい袋、みんな食べてしもうた・・・。やっぱりミニ袋のんやないとあかん。もう夜も更けすぎても二日になってしもうたわ。
2005年11月01日
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