はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2015.02.24
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カテゴリ: カブラ
  • かぶらら.JPG



昨年の蕪

hcで カブラの種をかってきた
さあ 今年も カブラ じゃんじゃん作ろう

日曜に種まきを開始だーーーー
09月08日 庭で種まきをしておいた 16potsx2=32pots
09月15日 発芽している ok
09月16日 畑に移動 g-22の畝に植え付けておいた

第二弾
09月15日 庭で 種まきをやっておいた 発芽したら また 畑に移動する

09月23日 m-07の畑に移動した

10月05日 g-22の蕪 1か月がすぎて まあまあ 順調に育っている

かぶらさん  いい 感じになってきている
11月04日 やっと 2個 収穫をした   まあまあ 大きくなりだしてきている

昨年は11月10日が 初の収穫
今年は 11月04日で 初の収穫
これから カブラさん 大きくなってきつつある 来週からも 収穫できそう

11月10日 2回めの収穫は3個
11月17日 3回目の収穫をした 5個
11月30日 4回目の収穫をした 6個
12月08日 5回目の収穫をした 5個

12月22日 7回目の収穫をした 6個
12月29日 8回目の収穫をした 6個


今年
01月05日 9回目の収穫をした 8個
01月12日 10回目の収穫をした 6個

01月26日 12回目の収穫をした 9個
02月01日 13回目の収穫をした 10個
02月09日 14回目の収穫をした 15個
02月16日 15回目の収穫をした 10個
02月23日 16回目の収穫をした 10個

そろそろ おしまいかな




今年の秋
hcでの カブラの種をかってきた
いつもとおりの 聖護院のかぶら

9月より 種まきする予定

08月31日 庭で種まきをした
09月04日 発芽してきている
09月06日 畑に移動した G-03の畑の畝に植え付けた

第二弾の種まき
09月07日 庭でまた 種まきをしておいた
09月11日 発芽した
09月14日 畑に移動した g-7-09などに植え付けわしておいた


第三弾の種まき
09月15日 庭で種まきわしておいた
09月18日 発芽した
09月20日 畑に移動した m-07などに植え付けた

弾四弾の種まき
09月21日 庭での種まき また やっておいた
09月25日 発芽した
09月27日 畑に移動した   m-06の畑に移動した


10月12日 かぶら 第一弾のもの かなり 大きくなってきている
10月19日 その後も かぶら 大きいものはおおきくなっている カブラもみえてきている
10月26日 その後 かぶら 大きいのが出てきている  収穫できそうだなあ


収穫できるのは 来月くらいかな

まあまあ 順調なり
11月02日 初のかぶら 収穫をした 2個
11月09日 2回目の収穫をした 2個
11月16日 3回目の収穫をした 4個
11月17日 4回目の収穫をした 2個
11月22日 5回目の収穫をした 2個
11月29日 6回目の収穫をした 4個
12月06日 7回目の収穫をした 3個
12月13日 8回目の収穫をした 3個
12月23日 9回目の収穫をした 4個
12月31日 10回目の収穫をした 3個
01月03日 11回目の収穫をした 3個
01月10日 12回目の収穫をした 4個
01月12日 13回目の収穫をした 2個
01月18日 14回目の収穫をした 3個
01月24日 15回目の収穫をした 3個
02月01日 16回目の収穫をした 4個
02月08日 17回目の収穫をした 8個
02月15日 18回目の収穫をした 4個
02月22日 19回目の収穫をした 4個


東日本大震災 3月11日発生
02月24日は既に3年と11か月と13日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から21年目に
どちらも想定外ということで 既成概念の見直しが必要 武田さんのコメントを参考にしている


立派なイスラム・豪快な日本(3) 日本人と宗教

イスラムについてはまだまだ整理しなければならないことが多いのですが、
ここで「日本」をすこし考えてみたいと思います。
日本人の宗教観についてはすでにこのブログでも出しましたが、「宗教を信じていますか?」という問いに「信じている」と答えた人はほんのわずかなのに、日本の宗教施設に関係している人は2億人と言われ、人口の約2倍です。

つまり「神様は信じないけれど、結婚式ではイエス様に愛を誓い、初詣には行くし、お葬式ではお坊さんにお経を上げてもらい戒名をもらう」というのが標準的な日本人ですから、こんな数字になるのです。

それでは日本人は本当に神様を信じていないのでしょうか? 
それなら、初詣で手を合わせたりしないし、手を合わせるときには多くの人は心の底から神様にお願いします。

でも、かくゆう私も「どの宗教ですか?」と聞かれますと、「どの宗教にも属していません」と答えますが、
「神様に手を合わせるとき、神様をバカにしていますか?」と言われれば「とんでもない。
そんな罰当たりなことは考えません。真剣にお願いします」と言います。

つまり日本人は「神様はいないと思うけれど、いると思う」という心をもっているのです。
でもこれは「日本人のいい加減さ」ではありません。

日本にはもともと「宗教」という言葉がなく、明治維新前後に欧米の書物を翻訳するときに、宗教という英語やドイツ語に相当する言葉がなく、やむを得ず作ったのが「宗教」という言葉です。

宗教の「宗」の時は「あまりに厳かで文字にすることができないこと」で、たとえば「神様の御技」のようなものです。だから「文字にできないほど尊いものを教える」という意味で、昔の人は偉いと思います。

日本では仏教に「宗門」という言葉があり、宗教に似ていますが、かなり意味は違います。でも日本には神道、仏教、そして一部ですがキリスト教もあり、「違う宗教があるな」という状態でした。それを日本人はどのように考えてきたのでしょうか?

農作業の時には神道の神様にお願いする。

新年のお祝いには神道の神様にお願いする。

●一般に、毎日の生活は神道の神様。

人が死んだり、死後の世界を考える時には仏教にお願いする。

病気になったり、危機が訪れると仏教にお願いする。

●一般に、生死や病気などは仏教。

結婚の時にはキリスト教の教会でイエスに愛を誓う。

恋人に思いを伝えるにはキリスト教のバレンタインデーを利用する。

仲間と遊ぶ時にはキリスト教のハロウィンを利用する。

●一般に、男女関係や遊びはキリスト教。

このように日本人は、「神様に分業をお願いする」というスタンスで、全ての神を受け入れ、半分は信じ、決して神様を裏切らず、どの神様も尊重するということをしてきました。それは決して「いい加減」ではなく、もっともっと深淵な理解力があることを示していますし、「戒律がいらない」というのも「四方が海」という生活環境にあると私は考えています。

日本人の宗教観については、さらに2,3回の整理がいりますが、このような日本人の考え方でイスラム教を見ると、すでにほとんど同じものが神道として日本にあるので、特に分業をお願いする必要はなかったことや、イスラム教には神道や仏教のように「中間管理職」がいないし、アラビア語を読むことができなかったというだけで、特にイスラム教を排斥しようとか、そういう意識は日本人は本来、持っていません。

私がこのシリーズに「豪快な日本」と付けた理由は、これほど宗教の本質を理解している民族は日本人しかいませんし、従って日本人はイスラム教に対して受け入れることができる民族であり、さらには、それを世界に向かって発信できる力のある国ともいえるからです。

世界がギスギスしている現在、「平和主義」を標榜している日本は宗教に対して
狭い了見を持った他国に、大らかで豪快な日本の宗教観を世界に発信すべき時でもあります。

そのためには、「原罪」、「一神教」、「お祈りと成就」、「最後の審判」のような厳しい宗教上の違いをよく理解しておく必要があると思います。

(平成27年2月18日)ふむふむ

はた坊






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最終更新日  2015.02.24 05:04:31
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