昔の



「そこに、毒蛇がいるぞ。かみつかれぬように」

「ハイ、心得ております」

釈尊に従って歩いていた阿難が答える。
その会話を聞いた農夫が、怖いものみたたさにのぞいてみた。
なんとそこには、まばゆい金銀財宝が、地中から顔を出しているではないか。

「昔、誰かが埋め隠したのが、大雨で洗い出されたにちがいない
こんな宝を毒蛇と間違うとは、釈尊も、まぬけやろうだ」

農夫は喜んで持ち帰った。

いっぺんに生活は華美になり、国中の評判になった。
王様の耳にも入り、あやしまれ、厳しい詮議を受けて白状した。
かかる大枚の財宝を横領するとは、許せぬ大罪。死刑に処するが
三日間の猶予を与える、と、いちおう帰宅させた。

次第にきいて家族は、嘆き悲しんだ。
「ああ、お釈迦様は偉い。間違いなく毒蛇だった。
 オレがかみ殺されるだけでなく、妻子にまで毒がまわりたいへんなことになった。
 家族そろって平和に暮らせるのがなによりだ。
 財宝が、かえって身を責める道具になった」

農夫は心から懺悔した。


翌日、呼び出しがかかった。

死刑が早まったのかと、青ざめて法廷に出ると、

「おまえの罪はゆるす」

との大恩赦。

理由は、

 「おまえが帰る前に床下に家来を忍ばせて、すべてを聞いた
 釈尊からのお言葉から、おまえの懺悔。
 考えてみるとおまえばかりが毒蛇にかまれるのではなかった。
 とりあげるオレも、酒色におぼれ、国を破滅させるところだった、
 財宝は釈尊に使ってもらおう」

とのことだった。
一部始終を聞かれた釈尊は、微笑されながら、

 「この世の宝は身を苦しめる道具になることが多い。
 さっそく、みんなが絶対の幸福になる仏法を伝えるために使おう」

と、お預かりになった。

大臣や総理までつとめたものが獄舎につながれ、毒にあてられ、悩んではいないか。


毒蛇の被害者は、周囲にみちている。




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