第3章 ユキコ


第3章 ユキコ


 ユキコのバイトしているコンビニはさっきの公園から坂を下って橋を渡った所にある。サチの家からは自転車で30分くらいかかるだろうか。
 途中、その公園の中を横切った。この方が少し近いらしい。
「あ、あの男の子、今日もいるんだ…」
突然サチがつぶやいた。
「男の子?ああ、ホントね。知り合い?」
「知り合いっていうか、話したことはないんだけどいつもあそこのベンチにかなり遅くまで寂しそうに座ってるの。声も掛けにくくって…」
二人は横目で少年を見ながら公園を通過した。
「あの子、きっとなにか悩みを抱えているはず…」
「気になる?」
「うん。私と同じ顔してるもん」
確かにピーチが見てもわかるくらい、少年は暗い顔をしていた。もしかしたらあの子も…。
ピーチは鞄の中が気になったが、今はユキコのコンビニへ急いだ。

 「どう?いる?」
 夕方のコンビニは割と忙しそうだった。客層は学校帰りの学生が多いようだ。
「あのレジの中にいるコよ」
ユキコはサチよりも背が高く、すらっとした女の子だった。ただ、ちょっと気が強そうな目をしていた。しかし、仕事は熱心でレジの前に列になった客の対応をテキパキとこなしていた。
「へーぇ。真面目そうじゃん」
駐車場の車に隠れながら店内を覗く二人組の女の子ってちょっと変だったろうけど、夢中で覗く二人は全くそのことに気づかなかった。
「うん。そうだね。もともと真面目さなら私なんかよりずっと上のコだから…」
店に出入りする客が二人を邪魔そうな目で見ながらすぐ横を通る。それでも二人、特にサチの方はより夢中になって覗いていた。
「やっぱり…私が悪かった。何てことしちゃったんだろう…」
気がつくとサチの目には大粒の涙が溢れ出していた。
「さっきも言ったけどユキコはホントに真面目なコなの。中学校まで部活の練習も休んだことがないくらい真面目で、音楽が好きだった。絶対高校に行っても続けようって言ったのもあのコの方だもん。きっと悔しかったのよ。それなのに私ったら、無神経に…」
 レジの客がひとしきりいなくなると、ユキコは買い物カゴを持って店の入り口の方へ来た。
「来たっ、来た!隠れてっ!」
いつの間にか二人が身を隠していた車はなくなっていた。とっさにピーチは別の車に、サチは店の横側に回り込んで身を隠した。どうやらユキコには見つからなかったみたいだ。でも、冷静に考えると、ピーチは隠れる必要はない。入り口の所に重なっているカゴに、今清算が終わった客が使っていたカゴを重ねると、ユキコは店の外に出てきた。ゴミの分別の途中だったらしく、ゴミ箱の横に置いてあった空き缶の入った袋を持って店の横の方へ…あっ、そっちには!サチが…。ピーチは焦って二人の方へ回り込んだ。
 予想通り二人は出会ってしまっていた。
「ユキコ…」
思ってもいなかったサチの姿にユキコは一瞬驚いたようだったが、目線をそらすと無言のまま作業を続けた。
「私、あなたに謝りに来たの…」
サチの目には涙が溢れ、顔はもう真っ赤になっている。でも、口調はしっかりとしていた。
「……」
ユキコは作業をしながら、背中で話を聞いているようだった。
「ホントは一緒に吹奏楽、やりたかったんだよね?私、レギュラーに選ばれていい気になってた。ユキコのことも考えないで…」
「どいて!」
ユキコはうつむきながら、振り向きざまにサチを突き飛ばした。
「ユキコ!待って!」
「もう、ウザイんだよ!!」
 うつむいてたユキコが顔を上げて叫んだその時だった。
 プスッ!
ピーチの放った矢がユキコに刺さった。これにはサチの想いが込められている。
 その瞬間、ユキコの表情が変わった。そしてユキコの目からは大粒の涙が溢れてきた。
「私の方こそごめん!サチのことがうらやましかったの…。私ったら、ホントにひどい事してた。謝ってももう遅いよね!」
ユキコは泣きながら崩れ去った。
「ユキコ…」
 サチがユキコに抱きつこうとしたその瞬間、
プスッ!
 2本目の矢だ。今度はユキコの想いがサチに刺さった。

 高校の合格発表の後ユキコは合格を伝えるべく大急ぎで家に帰った。しかし家の前では荷物を持った母が出掛ける所だった。
「どうしたのお母さん?」
いつもとは少し違っていた母の様子に、合格を伝える前にユキコは尋ねた。
「大変よ。お父さんが倒れたの。今から病院へ行くわよ」
 ユキコの父は会社で倒れて、そのまま車で1時間程の市にある大きな病院に運ばれていた。
 脳梗塞だった。
 病室のベッドに横たわる父の姿には、今朝までの生気はなく、もう死んでいるのではないかと思う程であった。
 それでも幸いな事に脳梗塞の程度は軽かったらしく、多少の麻痺は残るものの、時間をかければリハビリ次第で回復も望めるというものであった。
 しかし現実はそれほど簡単ではなかった。まず入院費がかかる。これは保険でまかなえるとしても、父が働けないという事は、父の収入がまるまる家計に入らなくなるのだ。ユキコの母も父の看病をしながらパートに出る事になる、パート時間を増やすにしても家の仕事を犠牲にしなくてはならない。家庭がそんな状況だからユキコも高校からはバイトして、いくらかでも家計に役立とうと思ったのだ。もちろん、サチとの約束を破る事になるのはわかっていたが、そうするしかなかった。
 バイト先はよく行っていた、高校の近くのコンビニにした。仕事にもすぐ慣れ、店長からも信頼されるようになっていたが、高校の近くという事は吹奏楽の練習の音が嫌でも耳に入ってきた。
 そのため、ユキコはせっかく慣れたバイト先も、わざわざ橋を渡って行かなければならない、橋の向こう側のコンビニに変えたのだった。それにここならサチにと顔を合わせる心配もない。
 この頃からユキコの中でサチの存在がかわっていった。約束を破った後ろめたさから、顔を合わせたくない。というものから、顔を合わせたくないから、嫌い。といふうに。同時に学校でもサチに対する態度が素っ気なくなっていき、その雰囲気は周りのコたちにも広がり、いつの間にかクラス全体がサチの事を避けるようになっていたのだ。やがて、サチは学校にも来なくなり、ユキコは戸惑いと自責の念で押しつぶされそうになっていた所だったのだ。

 「ごめんね…サチ」
「ううん。もうわかったから、また仲良くしてほしいの」
「もちろんよ。私こそ、サチとずっと話したかったんだよ」
「わたしもよ」
 人目もはばからず、抱き合って泣いている二人を見て、ピーチも胸が熱くなってきていた。
 ただ、よくよく考えたら、こうまでコトがこじれたのはピーチのせいである。
 まったく困ったものだ。と、神様なら言うであろう。

 「ねぇ、ピーチ。聞いてよ!ユキコのお父さん、年内には仕事に復帰できるかも知れないんだって」
 ユキコのコンビニの店長が不機嫌そうな顔で二人を見てるのに気づき、二人は分かれた。もちろん、仲直りしてだ。
 「そうしたら、ユキコも吹奏楽部に入ってくれるって言ってくれたんだ。。ユキコって練習熱心だからすぐ追い抜かれちゃうかも…私も明日から練習頑張ろう!」
 コンビニから橋を渡って、あの公園のあたりまで、サチは一人でしゃべりっぱなしだった。ピーチは適当に相づちを打ちながら、今晩、どこで寝ようかなどと、まったく関係のない事を考えていた。
 「あ。あの子がまだいるよ!」
 公園までさしかかったとき、サチが言った。
 たしかに、あたりはもうすっかり夕暮れ、子どもは家に帰る時間だ。
 「ねぇ、ピーチ。もうひとつお願いきいて」
「ん?」
 案の定サチのお願いとはあの少年の悩みをきいてやって欲しいということだった。ピーチとしてはこのまま今晩の宿をサチのお世話になりたかったのだが、頼まれては仕方がない。っていうか、どこで神様が見張っているかわかったもんじゃない。渋々ながらサチの願いをきいてあげる事にした。

 「じゃあね!ばいばーい!」
 サチはもう元気いっぱいになって帰っていった。
 ピーチは乗り気じゃなかったけど…

「さーてと…きみーっ!そこの少年よ!何をそんなにしょげているのかナー?」




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