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第5章 想い
第5章 想い
天気が良い為か、ピーチの空色の自転車のペダルは軽快だった。
朝から昼までに6件の想いを届け、昼にサチのおいしいお弁当を食べたあとも、3時頃までに4件の想いを届け終わっていた。
そして5件目の想いを届けにピーチが来たのはもとの公園だった。
「あれーっ?どうしてここに?こんな所に人なんて…」
いた。いつものベンチに少年が一人。モトヤだ。
ピーチは慌てて5件目の想いの手紙を見てみた。
(モトヤへ、お母さんより)
やはり想いの届け先はモトヤだった。
「へぇ~っ。なんて書いてあるのかな…」
何となく中身を読み始めた。
「これって…」
読み終えると慌てて鞄の中身を探った。
「あった!」
(モトヤへ、お父さんより)
「…やっぱり…かわいそうな子…」
二通の手紙の内容はほとんど同じだった。離婚したら自分の方へ来て欲しい。と、いうことと、お互いの悪口が書かれていた。
「あの子の両親、離婚するんだ…こんな想い届けたくないよ」
手紙を胸に押し当て、天を仰いだ。
「何を言っとるか、それがお前の仕事じゃ」
ピーチの頭の中に神様の声が聞こえた。
「神様、こんな想いを届けたら、あの子、ますます悩んじゃうよ。どうして私がこんなことをしなければいけないの?」
「天使だからじゃろ。ほかの天使はいちいちそんなことは言わぬぞ」
「だって、あの子はもう十分不幸なのにもっと不幸になるかも知れないのよ」
「そうかのう…ワシはそうは思っとらんのじゃが」
「……」
ピーチは反論できなくなった。今までピーチはキューピッドとして人々に想いを届けてきた。だけど、一度として想いが届けられたことが原因で争いが始まったことはなかったのだ。むしろ、想いは争いをおさめた。逆に想いが届けられなかったことが原因で争う人々はたくさん見てきた。
「神様…ひょっとして人間って想いが通じたら争わなくなるの?」
「そうとはかぎらんさ。立場が違えば、お互いの想いを知りつつも、争わなければならない時はある。ただな、お互いの想いがわかってるかぎり、それがより悪化するということはない。…はずじゃ」
最後の部分は神様も少し弱気になっていたようにピーチには聞こえた。
「神様も自信なさそうじゃん…」
「ムッ…確かに、100%とはかぎらんじゃろう。人それぞれ人格というものがあるのじゃからな。ただな、誤解が原因となる争いは100%なくなる。ワシはそれだけでも上出来と思っておる」
「頼りないね。神様って…」
ピーチは少しふくれた。
「神様は見守るものじゃからな…。お前たちはワシの代理として想いを届けるだけでよいのじゃよ。わかったらさっさと行くがよい」
「わからないけど、わかった…」
ピーチは二つの想いを連続してモトヤに放った。
プスッ。プスッ。
二つの矢は確かにモトヤに命中した。
しかし外見上、何の変化もなかった。
「あれ?神様、何の変化もないってどういうこと?」
「もしかすると、あの少年はすでにその想いに気づいていたのかも知れんな」
「そんなぁ!結局私には何もできないってことなの?」
「そうかな?もう一度鞄の中をよく見てみるのじゃな」
ピーチは神様の言うままに鞄の中の未配達の手紙をよく調べてみた。
「あっ!これは…モトヤ君からの想いだわ。しかもほかにも…これも、これも、これも…」
モトヤの想いを綴った手紙は10通以上あった。
宛先は父と母、両方であった。
内容は二人の仲直りを望むものだった。
「神様っ!先にこっちを届けるべきだった。すぐ行ってくる!」
ピーチは橋を渡ってすぐにある、モトヤの父が勤める工場と、そこから更に30分行った所にあるモトヤの母の勤める事務所を4回も往復することになった。
矢も初めは一本ずつ放っていたが、最後にはありったけをいっぺんに放っていた。それでもモトヤの時と同じく、モトヤの父と母にもなんの変化も表れなかった。
「これだけあの子の想いを届けたのに何の変化も起きないなんて…。もう手遅れってことなの…?」
ピーチは絶望にうちひしがれ、自らの力のなさを悔やんだ。もっと早くこの想いを届けていればこうならずに済んでいたかも知れない。そう思うと自分への後悔で涙が溢れてきた。
「天使の仕事をないがしろにしたことを後悔しとるのかね?」
気がつくと目の前には神様の姿があった。オレンジ色のチェックのスーツの上下を着ていた。おしゃれというより、おかしなセンスだった。普段のピーチならそれを見て感想のひとつでも言うところだが、今はそれどころではなかった。
「神様…私、私…後悔しています。どうして今までもっと真面目に仕事しなかったんだろうって、私のせいでモトヤ君は…」
ピーチは神様にすがりついた。
「ホホホホホ…。よしよし、今回はそれがわかったでけでもよい。次の教訓にするのじゃぞ」
肩を落とし、涙ぐむピーチの姿を見て、神様は満足げだった。
ボトボトボトッ……
ピーチの周りに大量の想いの手紙が現れた。
「神様…、これは?」
ピーチは神様の行動を疑った。こんな状況下での仕事の追加なんてモチベーションが上がらない。
「ワシ宛の想いじゃ。あの少年からのものじゃよ」
手紙は確かにモトヤから神様へ宛てたものばかりだった。しかも量がものすごい。軽く100通はあるだろうか。
「内容はみな同じじゃ。両親の仲直りを願うものじゃ。一日に何通も届くものじゃから、ワシも目を通すのが大変でな…。あの少年は学校が終わると、あの公園でずっと祈ってたのじゃよ」
大量の手紙を見てピーチはひらめいた。
「神様、これ、あの子の両親に届けてもいい?」
ピーチの目に輝きが戻っていた。
「それは反則じゃ。ダメじゃ!」
「それでもいい!!行ってくる!」
ピーチは神様の制止も聞かず自転車で飛び出した。
「コラー!ピーチ!!反則じゃから、ノーカウントじゃぞ!!」
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