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それゆけ!派遣社員! ~研究所編~
山中さ~ん帰ってきて
コーヒーを飲んでいると、数人がグラウンドに出てきた。
そして、バットやボールなどを運んできて、準備運動を始めた。
ここの野球部の人達らしい。
彼らを見つめているうちに
ふと、涙が出てきてしまった…。
今日のことで、悲しくなったのではない。
半年前の、失恋を思い出してしまったのだ…。
彼の趣味は草野球だった。
そして、私はそのチームのマネージャーを
していた。
私は彼のユニフォーム姿が
大好きだった…。
笑うと、日に焼けた肌に白い歯が
とても眩しく感じられた…。
私は彼と結婚したいと思っていた。
結婚できると思っていた…。
でも、彼は別の女性を選んだのだった…。
忘れたいのに、忘れられない…。
半年経った今も、そんな心の痛みを抱えていた…。
( あ。 いけない。 もう5分前だ。 )
時計を見て、ヒヤッとした。
ボーっとし過ぎてしまったようだ。
職場での、私情は禁物。
私は慌てて涙を拭き、自分の部署に戻った。
山中さんは、まだ戻ってきていなかった。
すると、近くで歓声があがった。
( なんだろう? )
私は、歓声があがった場所へ近づいていった。
すると、数人で1台のパソコンを囲んでいる。
「あの…。何してるんですか?」
私は、その輪の中にいる1人に声をかけた。
髪をキレイに七三に分けた、まるでコントに出てきそうな人だ。
「ゲーム。 車のレースゲーム。」
その七三男は、私の顔を見もせずそっけなく答えた。
人と人の間から、覗き込んでみると、
確かに1人の人が、ゲームに熱中していた。
カーブにさしかかるたびに、体が左右に動く。
よほど、熱中しているのだろう。
(ふ~ん。 案外子供っぽい一面もある人達なんだぁ…。)
「君、名前何だっけ?」
七三男が、質問してきた。
( だからぁ、朝、挨拶したっちゅーんねんっ!!! )
と思いながら、「磯野です。 よろしくお願いします。」
そう、笑顔で答えた。
七三男は、にこりともせず、
「あとで、図書館に行ってコピーしてきて欲しいものがあるんだけど。」
「あ…。はい。わかりました。」
( そんな、無愛想な顔で言わなくてもいいのに…。 )
と思いながら、歓声を後にした。
すると、ちょうどチャイムが鳴った。
「磯野さん。 これ。 これをコピーしてきて。」
七三男が、早速メモを持ってきた。
「はい。わかりました。」
本当は、山中さんを待っていたかったが、
仕事の時間も始まったことだし
とりあえず山中さんのデスクの上に
「図書館に行ってきます。」とメモを書いて
図書館に行くことにした。
歩きながら、頼まれた本のタイトルを見てみると、
英語だらけのタイトルの本だ。
( なんか、見つけるの大変そうだなぁ…。 )
午前中に、図書館に見学に行ったとき、
とても広い場所で、膨大な本の量が
あったことを、知っていたからだ。
( まぁ。なんとかなるでしょ。 )
そう思って、図書館に行った。
…が、そんな甘いものではなかった。
見学の時には気がつかなかったが、図書館内にある本の
ほとんどが、英語のタイトルの本だったからだ…。
しかも、分野ごとに分かれているのだが
頼まれた本がどの分野にあるのか、さっぱりわからない。
観念した私は、図書館にいる女性に助けを求めた。
その女性は、ベテランの方らしく、メモを見ただけで
「こっちよ。」と、案内してくれた。
そして、その本を差し出してくれた。
「ありがとうございます。」
「いいえ。あなた、新しい人?」
「はい。○×研究チームの磯野と申します。」
「そう。私は三村。よろしくね。」
少し無愛想だけど、意外とやさしそうな人だ。
「コピー機はあそこ。カードは持ってきた?」
「カード?いいえ。何のカードですか?」
「ここのコピー機は、各研究チームに配布してあるカードを
使わないと、使用できないの。」
「そ…そうなんですか? わかりました。
すぐに取りに行ってきますので、本を預かってもらえますか?」
「いいわよ。」
( はぁ…。 疲れるなぁ。 もう。 )
図書館から自分の部署へは、一度建物の外に出てから
行かなければならない。
自分の部署と図書館は、かなり遠い場所にあった。
( やっぱり山中さんを待っていればよかった…。 )
そう思いながら、自分の部署へ帰った。
するとさっそく、七三男が寄ってきた。
「早いね。ありがとう。」
「あ。 すみません。 カードが必要だとかで、コピーできなくて…。
カードの場所、わかりますか?」
そう言うと、七三男はムッとした顔をして
「山中さんに聞いてないの? まったくコピーもできないのかよ…。」
と、大きな独り言を言って、ぷいっと行ってしまった。
私はちょっと悲しかったが
( だいじょうぶ。 こんなことは、今までたくさん
経験してきているのだ…。)
そう、自分に言い聞かせた。
山中さんの席を見ると、まだ帰ってきていない。
私が残したメモもそのままだ。
仕方がないので、近くに座っている
まだ若そうな、メガネをかけた色白の人に
「図書館で使うカードはどこですか?」
と聞いてみた。
すると「知らない。 山中さんに聞いて。」
という素っ気ない答えが返ってきた。
他の人達にも聞いてみた。
みんな、同じ答えだった。
(はぁ…。 結局、山中さんが帰ってくるまで何もできないのかぁ…。)
私は、悲しい気持ちで自分の席に座った…。
しかし、だからといって何もしないわけもいかず
とりあえず、トレイに入っている書類を出してみることにした。
書類をまず、種類別に分けてみた。
トレイにあったのは全部で、11種類の書類。
その中で、私が見たことがある書類は3つだけ…。
「出張伝票」と「結婚のお知らせ」と「訃報」
それだけだった。
他の8種類は、聞いた事もない名前の書類だった。
( やっぱり山中さんを待つしかないな…。
それにしても、どこに行っちゃったんだろう? )
再び、メガネの色白くんに、
「すみません。 山中さんは知りませんか?」
と、聞いてみると「今、会議中だよ。」と言われた。
( か…会議~??? 聞いてないよぉぉ~!!!
…まるでダチョ○倶楽部のようなセリフが
頭に浮かんでしまった…。 )
( もう…!「じゃぁ、午後ね。」って言ったのにぃ…。 )
なんだか、広いフロアーの中で何も出来ずにいる自分が
とても孤独に感じた…。
すると、そこへ別の人がやってきた。
顔が少し四角い、色黒のおじさんだ。
口の右側に、大きなホクロがあるのが目に入った。
「ねー、この書類、早く処理して欲しいんだけど。」
「すみません。 まだお仕事教えて頂いてないんです。」
「じゃぁ、総務にでも聞いて早く処理してよ。」
と、怒った口調で言ってきた。
「わかりました。」
「頼んだよ。 早くね。」
ホクロおじさんは、あきらかに機嫌が悪そうだった。
総務の電話番号は、席に貼ってあったのですぐにわかった。
さっそく、総務に電話をした。
「○×研究チームの磯野と申します。
お忙しいところ申し訳ありませんが、
○%&@*の書類について教えて頂けますでしょうか?」
すると、思いがけない答えが返ってきた。
「その書類は、まず、そちらのチーム内で処理をして頂いて
こちらに回ってくるものなので、チームの方に聞いて下さい。」
「…。そうですか…。 わかりました。 ありがとうございました。」
私は、力なく受話器を置いた…。
はぁ…。
思わず、大きなため息がでてしまった。
( どーすりゃいいのさぁ~!! )
もうヤケな気持ちである。
私はまだ、この会社の組織の構造自体さえ把握していない。
( 山中さ~ん!!! 早く帰ってきて~!!! )
私は、半べそ状態だった。
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