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それゆけ!派遣社員! ~研究所編~
王子様とお姫様
( よしっ! )
私は、席から立ち上がった。
隣の研究チームに行ってみようと思いたったのだ。
まだ、組織を把握しているわけではないが
他の研究チームになら、同じような事務の人がいるに違いない。
私は、ホクロおじさんが「早く処理して」
と言った書類を持って、隣の部屋に行ってみた。
違う部署に入るのは、さすがに緊張した。
「ふ~」
一度、大きく深呼吸する。
そして、軽くノックをして
「失礼します。」と言ってドアを開けた。
私がいる部屋よりも少し狭く、そして少し
明るい雰囲気の部屋だった。
私は、一番近くにいた優しそうな人に
「あの、○×研究チームの磯野と申しますが
事務の人はいますか?」
と聞いた。
すると、そこにいる人達が一斉に笑った。
「え…?」
きょとんとしている私に向かって、その人は
「ここの事務の人は、君だよ。」
と言った。
「え…? …ということは、ここも○×研究チームなんですか?」
「そういうこと。」
私は、恥ずかしくて顔が赤くなるのが、自分でもわかった。
彼は、まだ少し笑いながら
「今日から来た人でしょ? 名前は何て言うの?」
と、聞いてきた。
「磯野と申します。 よろしくお願いします…。」
私はまだ、恥ずかしさでいっぱいだった。
「山中さんからは、まだ話、聞いてないの?」
「午前中は、研究所内を見学しただけで…。
あとは、まだ何も聞いていないんです。
この書類を早く、処理して欲しい人がいるんですけど
それが、わからなくて…。」
「ちょっと見せて。 ああ。広沢さんか。
きっと不機嫌な顔して磯野さんにせかしたんじゃない?」
「あ…。 はい…。」
「あの人はいつも不機嫌だから、気にしちゃダメだよ。」
「はい…。」 私は少し笑顔になった。
「でも、山中さんの会議は長いと思うから
磯野さんも困るよね…。
うーん。そうだなぁ。 じゃぁ、僕について来て。
君と同じ仕事をしている、他の研究チームの
事務員さんを紹介してあげるよ。」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
私は頭を下げた。
( な…なんて、優しい人なの…!! )
孤独感を味わっていただけに、その人の優しさが
とても嬉しかった。
しかも、改めてみると、とてもステキな人だ。
他の会社だったら、普通の人だったかもしれない。
でも、その時の私には、窮地を救ってくれた王子様に思えた。
私は、王子様と一緒に長い廊下を歩きはじめた。
「磯野さんの席がある部屋と、僕がいた部屋が○×研究チーム。
部屋の前に、何も書いてないから、わからないのも無理ないよね。」
そういえば、どこの部屋にも、「101号室」という表示だけで
「△○研究チーム」とは、書いていなかったことに
今になって気付いた。
「どうして、部署の名前を表示しないんですか?」
「僕にもよくわからないけど、チームが、よく再編成されるんだ。
そのせいじゃないかな。
あとは…、スパイを防ぐためかな。」
「ええっっっ! スパイとかいるんですか?」
「あはは。 冗談だよ。冗談。」
「ひど~い!! 信じちゃったじゃないですかぁ!!」
「ごめん。ごめん。」
二人の笑い声が、静かな廊下に響き渡った。
私は笑ったことで、少しリラックスできた気がした。
「それにしても、こんな冗談にひっかかるなんて
磯野さんって、かわいいね。」
「もう! 新入りなんですからいじめないで下さい!」
そう言い返しながら、私はやっと居場所を見つけたような気がしていた。
「さあ、着いた。 ここだよ。」
王子様は、軽くノックをして、その部屋に入った。
私も後に続いた。
そこには、かわいらしい女性が座っていた。
私は軽く会釈をした。
王子様はさっそくその女性に、事情を話してくれた。
その女性は、快く引き受けてくれたようで
椅子から立ち上がり
「坂本ゆみです。 仕事のことをいろいろ説明させて頂きますね。」
と、優しい笑顔で挨拶してくれた。
顔だけでなく、声もとてもかわいい人だ。
彼が王子様なら、坂本さんはお姫様のような雰囲気の人だった。
「磯野愛と申します。 どうぞよろしくお願い致します。」
私は頭を下げた。
「じゃぁ、あとは悪いけど、よろしくね。」
王子様は、坂本さんにそう言い残し私達に背を向けた。
私は慌てて、「ありがとうございました。」
と、お礼を言うと、王子様は振り返り
微笑みながら「頑張ってね」と言って、部屋を出て行った。
( やっぱり、ステキかも…。 )
私は、ほんの少し心が温かくなっていた。
「山中リーダーったら、まず私のところへ連れて来て下されば
よかったのにね…。」
坂本さんは、そう言いながら、私に椅子をすすめてくれた。
「じゃぁ、とりあえず、その書類の処理の仕方を教えますね。」
「はい。」
「ええと、磯野さんのハンコは、作ってないですよね…?」
「はい…。 何も聞いていませんが…。」
「そうよね…。 これはね、あなたのハンコも必要なの。
今回は、そうね…。
代印をもらって、処理することにしましょう。
あなたのハンコの作成依頼書も提出しなくちゃね。」
「…となると、やっぱり私がそっちに行った方が良さそうね。
ちょっと待ってて。 許可とってくるから。」
坂本さんは、優しい感じの男性のところに行って
何か話したあと、すぐに戻ってきた。
「OKよ。 じゃぁ、あとは私のマニュアルをコピーするから
もうちょっと待っててね。」
「えっ。 いいんですか?」
「私が作ったものだから、見やすいかどうかはわからないけど。」
「そんな…。 助かります。」
坂本さんは、笑顔でコピー機にむかう。
( かわいくて、優しくて、仕事もできそうな人だなぁ。
よかった。 良い人を紹介してもらえて…。
これも、王子様のおかげ…。)
私は、本当に救われた気がした…。
そして、王子様に対するほんの小さな恋心のようなものが
私の心を温かくしていた…。
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