奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

中小企業診断協会 協会長賞、受賞論文



「営業支援に活路を見いだす」

〔1〕はじめに
 中小企業診断士の仕事は診断に終わるものでなく受診先の業績改善にあることに論を重ねる必要はなかろう。しかしそのことと、改善勧告は作成し得ても受診側の本来のニーズである具体的な経営指導、経営支援の段階まで包括した業務をなしたか、あるいはなせたか、ということとは別の問題である。
 本稿は、爾来診断に必要不可欠とされた業界の標準モデルや指標がほとんどない包装資材卸業の経営支援事例をもとに、中小企業診断士の立場からの「経営支援」と、企業におけるその取引先に対する「営業支援」とを交差させつつ、その本質の探究を試みたものである。なお事例企業の概要と経営支援依頼にいたるまでの経緯は,添付資料Aに記載している。
[2]食品包材卸業経営支援へのアプローチ
 多岐多種のアイテムを扱い多様な形態をとる包装資材(以下包材と略称)卸業の中から、地方都市の食品包装卸業であるM社の診断後における経営支援を事例にとり、主として営業支援の考え方と具体的な手法についてアプローチを模索してみた。

1 診断後の経営支援のアプローチとその内容
 定型的な診断終了後、社長と幹部に具体的事実を踏まえて当社の現状を客観的に把握してもらうべく以下の事項を実施した。
(1)取引先(小売店・飲食店・ホテル等)の苦情収集
 納品伝票や請求書を送付する際、苦情収集カードを同封、ほぼ全取引追う役先から苦情のみを2ケ月間にわたって収集。これを分析、吟味、その結果をランダムに要約したのが添付資料Bである。
(2)社内の苦情・問題点を全従業員から収集
 (1)と平行して社内の全従業員を対象に無記名での会社への苦情あるいは問題事項の収集を実施。173通のカードを回収。そのうち11%が人事労務に関するものであったが(1)との整合性上、ここでは管理面に関する内容のみを書き出した.添付資料Cである。ご覧のとおりその結果、当社の売上高が10億円の大台を切った翌年度にも拘わらず営業不振に関するものが皆無なのである。
 このことから、当社の問題点が一つ明らかになった。すなわち社員に知らされていたのは売上ノルマだけで、会社の経営状況に関しては社長と常務(社長夫人)以外知らなかったという事実である。
(3)実地棚卸しを行なう。
 本社配送センターと4営業所の棚卸しを実施。その結果、検質と日付チェックを行い滞留商品、陳腐化商品、不良商品を摘出した。その結果aに売物にならない商品が約7百万円bまったく動きのない滞留商品が4百万円c評価下げしないと売れないであろう商品が1千万円相当d本社配送センターと各営業所の在庫内容に相当額の重複がみられる、などが判明。
 商品の検質・鮮度チェックは一切行われていないし、荒利の低下を恐れ評価の見直し(格下げ処理)を行っていないなどこれまでの棚卸が杜撰であったことが判った。
(4)ABC分析による得意先分析を行なう
 当社の得意先は2千3百社余り。1社当たりの年間取引高は約40万円足らずである。そこで取引先のABC分析を行ったところ上位3百社で売上の73%、次の5百社で15%,残りの1千5百社で12%という結果を得た。
 このことから、a販売先の過多・拡散bAランク(上位3百社)のウエイトが低すぎるcルートセールス担当8人で、2千3百店のフォローは無理である、という問題点が浮き彫りになった。


2 業務改善のための指導ステップ
 実は2の作業は、社長も含めた幹部全員にやって頂いた。これにより上に挙げたことが当社不振の元凶である、との共通認識を持たせるのに効果があった。経営指導ないし経営支援というと、つい指導する人が指導を受ける者に指摘するといった誘惑に陥りやすい。しかし経営の主体はあくまでクライアント側にあり、いかなる指導も彼らの自己変革を犯すものであってはならないと思うのである。
 以上の現状把握,問題点に対するM社の具体的改善策は、以下の通りである。

(1)取引先を整理した。
 当社の地理的要件からみて遠隔エリアを主に、暫時1千社を他社に譲った。売上はたちまち10%減少。(1年を経ずして上昇に転じた)。

(2)陳腐化商品の廃棄と倉庫の縮小を計った。
 ア-顧問税理士立ち会いの上、約2千万円の商品を廃棄ないしは見切り販売し、その期の決算で約1千2百万円の廃棄損を特別計上。(一部否認される)
 イ-年内に、常に1.7億円前後あった在庫を、最終的に8-6千万円で運営できる体制の確立を計った。
 ウ-2階倉庫は廃止し従業員の休憩所に転用。1階のラックは4台撤去。そのスペース分通路と検収所を広くとる。

(3)新しい社是の設定と長中期経営計画の作り直し
 ア-得意先(小売店)の売上と利益の向上に貢献することを当社の社是として定めた。その具現のため、品揃え、集荷・分散、商品開発力、情報提供力、小口配送、情報化を整備するべく長・中期経営計画を立案し直す。
 イ-小売店の組織化を進める。
 当面、本社直轄のB営業所管轄の有力取引先50数社に呼びかけ、取引会を創設した。会の目的は年,2回の講習会、展示会の開催、親睦である。
 ウ-逐次各営業所の倉庫を卸売センターに改装。地域の業務店を対象とした現金問屋の機能を持たせた。
 エ-食品包装資材のフルライン化を計る。
 原則として食材の取り扱いは止め、包材専門卸として徹し得る商材を拡充する。
 オ-ラックジョパー業に徹することを全社員に徹底させる。
 包材卸は、小売店が販売する商品を卸すのではない。取引先の扱い商品に付随する包材を卸しているのである。まずこの当然のことを全社員に徹底、浸透させることが、経営支援体制に着手する前提として不可欠と考えたからである。

(4)お得意様支援室を新設
 営業部を廃止しお得意様支援室を新たに創設。元大手スーパーの店長経験者をスカウト、同室長に据え、室員14名でスタートする。当室の主要業務は、第一に卸店である当社の方で取引先店内の包装資材ストッカーを適正に管理し、それによって卸も、小売が協力しあってコスト削減ができることを実行しよう、ということである。第二に、自社の営業活動ではなく、取引先に営業を支援する、この2点である。手順として上位5百社の取引先に呼びかけ話し合いの結果、一割の50社に、次に述べるお得意様支援室の2大主要業務のモデル店舗として協力して貰った。有力取引先といっても業種業態は様々。規模も中小の域をでていないところばかりだから、最初からPOSなどによる情報ネットワーク化というわけにはいかない。すべてお得意様支援室総勢15名の人海作戦に依存である。
 ア-取引先包装資材ストッカーの管理を任せてもらう
 これは、まずM社の担当が小売店に行き過去のデーターや売上情報を聞き取り、備品リストアップを作成する。次に資材置き場をみて、包材アイテム毎の棚割りと適正在庫を見積もる。店のキッチン等後方関係の備品、消耗剤等の購入リストも作成しておく。その上でM社担当に包材に関する受発注管理や作業を全面的に委任してもらおうというものである。取引先にしたら自店の売れ行き情報が,他社に把握されるわけで当然困惑がみられた。一方取引先にとって面倒な包材の管理や発注作業の手数から開放されるメリットがある。このプラス面を強調するとともに守秘や過発注等に関わる問題については当社に大きなペナルティが課せられる誓約書を呈示し一店,一店,社長自ら説得して回った。
 その結果,最終的には50店舗余の協力を取り付けることができた。M社はこれらの店舗分の発注数を集約しアイテム毎にメーカーに発注することで、相当の在庫圧縮ができ、またその結果上位50社の取引額が急上昇した。その増額相当分の下位取引先を他社に譲る、というやり方で、取引先を1年かけて2千社まで絞り込めたのである。
 イ-取引先の営業支援
実は営業部を廃し営業支援室を設けることに関しては筆者の強い提案によるものである。そこでなぜ相手先の営業支援なのか、その理由に触れておきたい。
 包材卸業に限らず取引先との関係は運命共同体関係にあるのが本来である。とりわけ包材卸の売上は、取引先での扱い商品の売れ行き個数に正比例する。だから魚用トレーの販売実績を伸ばすには、トレーを売るより魚屋の魚が売れるようにすればいい。これが営業支援の本質である、というのが筆者の持論である。これは他のどの業種においても同じであり、中小企業診断士とクライアントの関係もそうであろう。
取引先の方が卸の売上拡大に協力することはまずない。しかし自社の売上向上に協力してくれる卸業には,諸手を挙げてどの取引先も歓迎するに違いない。利益を上げるには少数品種を多量に取り扱うのがよい。逆に多くの品種の商品を少量ずつ頻繁に収めることは面倒だし非効率である。では取引先が歓迎するのは前者か、後者か。こう考えれば取引先に選択される卸業の戦略は見えて来る。
 営業支援とは、取引先にとって卸業としての自社の役割、存在機能を明確に訴求してa取引先が我が社を選択してくれることb取引先の売上を伸ばすことを支援し、その伸びに正比例させ(あやかり)自社の売上増を図ろうというしたたかな戦略である、と考える。
 一度取引が開始されると、後は永続的に、いかに多く、頻繁に「繰り返し発注」してもらえるかである。つまり返り注文を多く取ることで卸としての利益があがる。だから卸業としてはユーザーの営業支援を積極的に行なうことが,自社が繁栄し続けられる戦略になる。『ユーザーの商品が売れるためには、当社として具体的行動として何がやれるか』がM社の新たな社是に付加えられた。

〔5〕経営支援の具体提示例
 M社のお得意様支援室長のEさんが考え掴んだ数々の有効事例が手元にあるが、紙面の都合で2事例を示しておきたい。
 [ケース1]個々取引先の繁栄に役立つ資料を作成、提案する。
多くの営業マンは皮肉なことに、自らのセールスにより客先からの値引き要求を飲んでしまうことが少なくない。飲まないと門前払いを食うからである。今までのM社はその見本であった。
 Eさんは、まず主要取引先ーの店舗周辺の徹底的な市場調査に取り組み始めた。市場調査といってもマーケット会社がやるような紙の上の数字集めではない。たとえばターゲットとするスーパーや店舗があると、その周辺競合店へ足を運び、「品揃え」を自分の目で確かめる。それから商圏(エリア)を、これも自分の足と目で確かめる。たとえば朝5時から現地を散歩しゴミ収集場めぐりをやる。何のためたというと、「包装紙やトレー」などをチェックするためである。最近では何処の市町村もゴミの分別回収を行っているが、それでもこうした作業を続けていると「どの地域の住民が、どこの店まで何を求めて、足を運んでいるのかがわかる」という。
 得意先の店内の品揃えチェックと、このような足と目で集めた消費者動向をまとめ,提案書を作る。また、取引先の繁盛につながる情報など、丹念に店別のスクラップ帖も作っている。それらをもってその店の店主を訪問する。その結果、今まで会ってくれなかったスーパーの経営者や小売店主が、彼の話を聞きたがる。なぜなら彼の示す調査資料は、自店の売上増に直結するからである。
[ケース2]厨房什器・備品の販売代行を行なう
 通常、レストランとか食堂関連の包材等の取引業者は、その大半が新規出店時に関係した厨房設備業者等の口利きで決まってしまう。だから開店後の参入は極めて困難なのである。そこでEさんは、数社の店装屋と厨房工事業者と提携し、厨房工事の営業活動を引き受け受注活動の支援をはじめた。その代わり厨房什器、備品はM社を通してもらうのである。その上でレストランの経営者にアプローチし、メニューカードの作成を安価で受注。このメニューに基づいて一品、一品、必要な備品、包材を洗い出していく。こういった要領で必要不可欠な全ての器、備品、包材等をリストに書き込んでいく。次にそれぞれの器を何個ずつ購入すべきかの作業に入る。これはメューの売れ筋と他の商品との兼用頻度の高いものとを配慮しながらその数を決めていった。必要数以上の数を見積もり、余分なものを納品した時は即座に引き取る。決して取引先に無駄をさせない。あくまでユーザーの代理人として作業を行なう姿勢を貫く。狙いは信頼を得ることでの取引先のリピートとクチコミにあることを部下にも口をすっぱく浸透させている。  

〔3〕まとめとして
 以上、M社を事例に、経営支援、それも主として営業面における対策及び手法に限定し,浅見を述べてきた。冒頭に触れた通り経営支援はこれまでも実施はされてきている。ただその多くは個人のノウハウ、企業秘密に類するものとして、秘され,あるいは脚色され,私たちが垣間見ることができたのはその一側面・一断片に過ぎなかった。取引先の繁栄に具体的に貢献するという考え方、やり方とその仕組みづくりといった経営支援の根底にあるものは、いわば「共創共栄」の思想である。としたら、それらを個人や企業秘密として、個々の中に封じ込めておくことは大きな自己矛盾であり、その閉鎖性ゆえに自らのフイールドを小さくしてしまう。この点,私たち中小企業診断士の業務も、企業の取引先との関係も同じであろう。
 21世紀における中小企業診断士業務の重点テーマは「開放システムの中での経営支援体制の構築」にあり、そしてその共創・共栄思想の具現行為でもって大きく社会に貢献するものである、と確信している。


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