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奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳
ニットの美和ー杉美和子さん
~商業界田上執筆より
オリジナルニットを作り続けて三十有余年。杉 美和子さんの店は、今日も彼女を囲んだ常連の女性たちの笑い声ではち切れんばかりである。
「人との出会いが私の財産です。これまで、いろんな人に助けられてここまでやれてきました。お店は人の集まる場所。地域の人たちと泣いたり笑ったりして仕事できる。こんな楽しい仕事はありません」。
創業以来の付き合いという常連客たちは、仲間であり、杉さんの支えでもある。その交流こそが、商売に無知だった自分を育てた源と、彼女は言い切る。
杉さんとニットの出合いは18歳の時。勤めていた会社の近くの編み物教室に通い始め、1年で師範の資格を取得。文部省の検定試験にもパスした。後は独学である。
その後、退職。結婚後10年後、友人の勧めで手芸・毛糸材料店を開いたのが昭和50年9月。経営とか商売とかわからないので、毛糸が売れると嬉しくなってお客の体型を採寸して製図、編むのを手伝い、できた製品をアイロンがけして渡すという、いわばオーダーメードを糸代だけで、何の疑問も抱かずやっていたという。このことが評判になり、店が軌道に乗る契機となったというから、何が幸いするかわからない。
H5年、現在地に移転。屋号も改め手芸・毛糸の材料店「オリジナルニット美和」とした。この10坪足らずの店から誕生したニットウエアは「Monaco-KNIT COLLECTION」のブランド名で、県内のみならず、県外まで広く知られるようになった。
「実際に編んでみていいなと感じたものしか展示しない。お客様にお勧めしないと売れない商品づくりや売らんがために流行を追ったり、デザインに流されたり、といったものは私の仕事ではない。何年着ても大丈夫、という商品を作りたかとです」。
毛糸を買うと、採寸、編み方からラッピング、保管方法まできめ細かな指導をおこなっている。このひたむきさは、30余年前と何も変わっていない。それは誰しも敬遠するリフォーム、修理に力を入れていることでもわかる。当店の強みは、まさに毛糸がリフォームしても使えない糸くずになるまでの完全なアフターフォローにあり、といってよい。たとえば、和服のニットヘのリフォームである。
「タンスの中に眠っているものに息を吹き返させ、ジャケットやスーツといった洋服に直して再び着られる。それも着物の良さをずっと残せる。また資源を生かすことにもなります。もともとニットはほどけば一本の糸に戻るからリサイクルできる長所があるんです」
こんな煩わしいことまでやってくれる店はどこにもないから、最初の頃のお客が次のお客を呼び、さらに次のお客をといった形で常連客になる。こうして増えた常連客が、いわば杉さんの親衛隊となってクチコミするのだから、その効果は大きい。この不況下で前年対比20%の伸びがその証である。
平成3年の天神イムズでの「春のニットミニ展」を手はじめに、住宅モデルハウス展示場、それに金融機関や郵便局などのロビーでと、最近ではほとんど毎月のように展示会を開催している。「私よりも手編み教室の生徒さんが発表する機会を増やしたい」と、生徒の作品を銀行ロビーなどで積極的に展示している。
ところでこうした場所の交渉、企画と、会場の飾り付け、展示、来訪者の応対など一切を、娘さんの和美さん(25歳)が一定に引き受けている。
「娘が、顧客管理するためパソコン教室まで通ってくれているんです」。和美さんの話をするときは、杉さんも母親の顔になり、いかにも嬉しそうである。
「不特定多数をねらって、チラシを打つといった商売はやりとうなかとです。初めて見えるお客は100%といってよいほど常連客の紹介です」。
ここで杉さんが行っている“常連客優遇策に触れておくと、次の通りである。
(1)来店客すべてにサービスカードを発行。常連客に商品券進呈。
住所、氏名、TEL、生年月目を書いて頂くという簡単なカード。500円買上毎に1個のポイント、20,OOO円で満額になり、500円の当店オリジナル商品券を贈呈。
(2)初めてみえたお客には、どんなに忙しくてもその日のうちに手書きの礼状を書く。
(3)お客様を紹介者くださった方に、その日の内に礼状を書く。
そのお客様がお支払の時、支払金額の1割を紹介者に商品券でお礼をする。
(4)オーダーのお客様には時々、商品の着心地などの問い合わせをする。
これは売り込みでなく、あくまでアフターフォローに徹している。 一人一人のお客の商品を編み、それが古くなり、それをリニアルして新しい商品として再生する。
ちなみに杉さんのアフターは徹底していて、ニットの洋服の丈を詰めるといったことから、ほつれや虫食いなどのお直しもやっているのである。
(5)店のイベントを時々企画し、お客さんであるなしを問わず、誰でも参加できるようにしている。
これは当店の従業員やニッターさんたちスタッフとの花見、忘年会、新年会、バスハイク等々といった社内行事がいつのまにか常連客も加わり店をあげてのお楽しみイベントになった。友達を連れてくる人や、家族ぐるみ.男性の参加も増えたという。会費は頂くが、それ以上の得した気分になるような企画を心がけていることが人気の秘訣だ。
こうしたことが作る人、売る人、買う人の立場の垣根を取り壊し、ニットが好きという共通の話題を通して三者の仲間意識を涵養していることは間違いがない。これは「お客は“着用する”という役割分担を担ったニットづくりの共同製作者」である、といったいわば「ものづくり」の理想形といえるのではないか。だから、常連客は当店のいわば社外スタフみたいなものだという意識が双方に感じられるのである。
だからといって、常連客で占められた店や小規模店にありがちな、初めてのお客が感じる、一種独特の入りづらさ、居心地の悪さ、といった抵抗感がまったくない。また買わないで出るときの後ろめたさがないのである。
最近、杉さんは依然からやりたかったというニット編みの教室をはじめた。その「オリジナルニット倶楽部」では、店先で教える内容より奥深いカラキュラムである。
趣味の世界になった感の強い編み物業界だが、少しでも編み物人口を増やし、後継者としてのプロを育成していきたいと考えてのことだ。それに現在はまだ余力があるが、技術者が高齢化している為、不足してくる可能性がある。それに今から備えておかないと、「私の命のニットが消えてしまうかもしれない」という杉さんの危機感からである。
「今後の夢ですか。まず男性用を定番化、拡大したい。それに妊婦さんに、赤ちゃんニットの指導もできると面白いですね。いろんなことをどん欲にやっていきたいし、編む時間も欲しい。後ろにも手が欲しい。どなたかプレゼントしてくださいませんか」。
さらに「オペラなどの異業種と交流し、合同イベントを開催したいと」と杉さんは、娘の和美さんと眼をあわせた。
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