薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
火宵の月 帝国オメガバースファンタジーパラレル二次創作小説:炎の后 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 9
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 1
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
火宵の月 吸血鬼転生オメガバースパラレル二次創作小説:炎の中に咲く華 1
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
火宵の月異世界転生昼ドラファンタジー二次創作小説:闇の巫女炎の神子 0
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の騎士 1
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 7
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 1
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
火宵の月 異世界ロマンスファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
火宵の月 昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説:運命の花嫁~愛しの君へ~ 0
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD 帝国ハーレクインロマンスパラレル二次創作小説:炎の紋章 3
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 6
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 6
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
天上の愛地上の恋 異世界転生ファンタジーパラレル二次創作小説:綺羅星の如く 0
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 1
天愛×相棒×名探偵コナン× クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 1
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
天上の愛地上の恋 BLOOD+パラレル二次創作小説:美しき日々〜ファタール〜 0
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 1
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
刀剣乱舞 腐向けエリザベート風パラレル二次創作小説:獅子の后~愛と死の輪舞~ 1
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
YOI×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:氷上に咲く華たち 1
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 2
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天上の愛地上の恋現代昼ドラ人魚転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 2
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
火宵の月 異世界ハーレクインヒストリカルファンタジー二次創作小説:鳥籠の花嫁 0
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
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「セーラ様、どうかお助けを!」そう言って溪檎の妻・麗華はセーラの姿を見るなり彼女の方へと駆け寄ってきたので、咄嗟に知幸はセーラを守る為に麗華の前にたちはだかった。「あなた、退きなさい!わたくしはセーラ様に・・」「申し訳ございませんが、部外者の立ち入りはお断りしておりますので、お引き取り下さい。」「まぁ、部外者ですって!?わたくしと、わたくしの夫はセーラ様と親しいんですのよ!?」そう言って知幸を押し退けようとする麗華の腕を、日下部が掴んだ。「申し訳ありませんが、お引き取り下さい。これ以上手荒な真似はしたくはありません。」「貴様、わたしを誰だと・・」「あなたはもう警察の人間ではないのでしょう、鷹城さん?いつまで過去の栄光に縋っているつもりですか?」「なんだと・・」怒りを顔を赤く染めた溪檎が日下部を睨みつけた時、騒ぎを聞きつけたセーラが彼らの元へとやって来た。「一体ここへは何の用ですか、鷹城さん?」「セーラ様、どうかお金を・・わたくし達にお金を貸してくださいませんか!?今、うちは大変で・・」「申し訳ありませんが、あなた方のような人間に貸す金はありません。散々人を見下し、蔑み、罵倒してきた癖に、それを忘れて無心に来るなど浅ましいですね。」リヒャルトはそう言って溪檎達を睨み付けると、彼らは怒りで顔をどす黒く染めながら会場から出て行った。「全く、嫌な奴らだな。」「彼らがどうなろうと、こちらの知ったことではありません。さぁ、パーティーの続きをいたしましょうか。」リヒャルトはセーラと腕を組むと、パーティーへと戻った。 翌日、東京へと戻ったセーラ達は、帰国する為成田空港へと向かった。「知幸、いつかまた会おうな。」「ああ。それまでに身体には気をつけろよ?」「わかってる。もしかしたら、今度は3人で来ることになるかもしれないな。」「え、それって・・」知幸がそう言ってセーラを見ると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて知幸に手を振りながらタラップを上り、専用機の中へと入っていった。「トモユキ様を誤解させるような発言はお控えくださいと申し上げた筈でしょう?」「いいだろう、別に。あいつだって、冗談だと受け取っているだろうさ。」渋面を浮かべた夫に向かって、セーラは満面の笑みを浮かべた。やがて二人を乗せた専用機は、成田を離陸し、瞬く間に雲の隙間に隠れて見えなくなった。「どうした?」「いえ・・何でもありません。」「戻るぞ、いつまでもこんな所でのんびりとしていられないからな。」「わかりました!」 2年後、再び来日したローゼンシュルツ王国皇太子夫妻は専用機の前で取材陣に笑顔を浮かべて彼らに手を振った。セーラは、生後7ヶ月の息子を抱きながら、幸せに満ち溢れた表情を浮かべて取材陣のカメラの前に立った。「皆さん、紹介致します。この子はガブリエル、可愛いわたし達の天使です。」―FIN―にほんブログ村
Sep 20, 2013
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ローゼンシュルツ王国皇太子夫妻が来日してから二週間が経とうとしていた。滞在13日目となる今日、彼らは京都競馬場でレースを観戦する事になっていた。「何だか不安だなぁ、長距離の移動って。」「あんまり不安がるな。」 京都へと向かう新幹線の中で知幸がそうこぼすと、日下部がそう言って彼を睨んだ。「でも・・」「それよりも山下、今のところ異常はないか?」「ありません。不審物も、不審者も見当たりませんでした。」「そうか。じゃぁ暫く席に戻って休んでいろ。長時間立ちっぱなしだと、辛いだろ?」「ありがとうございます。それじゃぁ、俺は席に戻りますね。」知幸はそう言って日下部に一礼すると、同僚達が居る車両へと戻って行った。「お、戻ってきた。」「ねぇあなた、最近日下部さんと仲良くしているみたいじゃない?」「そうですか?」知幸が座席に腰を下ろすと、山田ゆりがそう言ってじっと彼を見た。「あの、どうしたんですか?」「あなたみたいな人を、日下部さんが気に入ったとはねぇ。あの人、気難しいし人の好き嫌いが激しいし。」「そうなんですか?」「お前知ってる?日下部さんの前の職場。」「知りませんけど。」「日下部さん、警視庁の捜査一課に居たんだよ。」「ええ!?でも、どうしてSPなんかに?」「さぁな。でもあの嫌味な元キャリアのボンボンと何かあったらしいぜ?」西田はそう言うと、座席の位置を元に戻した。 やがて知幸達を乗せた新幹線は京都に到着し、セーラ達を乗せたリムジンはSPの護衛の下、京都競馬場へと向かった。「流石に京都は寒いな。」「そうですね。盆地だからでしょうか。」「ローゼンシュルツは、これから寒さが厳しくなるだろうな・・」 数分後、特別観覧席に現れたセーラとリヒャルトの姿がモニターに映し出されると、観客達が一斉に歓声を上げた。「どうやら俺達は、すっかり人気者のようだな?」「ええ。」レースを観戦し終わった二人がリムジンへと乗り込もうとした時、一人の少年が彼らの方へと駆け寄ってきた。すかさず日下部達SPが彼らを守ろうと少年を遠ざけようとしたが、セーラは手を上げて彼らを制し、少年の前に立って腰を屈めた。「どうしたの、坊や?」「写真、撮っていただけませんか?」「わかった。」 京都市内のホテルで、セーラ達はSP達を労ってパーティーを開いた。「みんな、二週間わたしを守ってくれてありがとう。今夜は気楽に飲んでくれ!」「セーラ様に、乾杯!」 賑やかな笑い声を聞きながら、セーラとリヒャルトが談笑していると、突然会場に溪檎が現れた。彼は一人ではなかった。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「ただいま。」「お帰りなさいませ、セーラ様。セイタ様とはゆっくりとお話が出来ましたか?」「ああ。途中で嫌な奴に会ったがな。」「嫌な奴?」「お前も何度か会っているだろう?鷹城溪檎。今は実家が没落して警察を辞めて、民間企業で働いているそうだ。」「ほう、随分と落ちたものですねぇ。」そう言ったリヒャルトの口端は、どこか嬉しそうに上がっていた。「嬉しそうだな、リヒャルト?」「セーラ様の敵は、わたしの敵でもありますから。」「全く、お前はとんでもない男だよ。」そう言ってクスクスと笑いながらソファに腰を下ろしたセーラの右手の人差し指には、母である皇妃・アンジェリカから贈られた指輪が光っていた。「皇妃様から、先程お電話がありました。」「母上は何と?」「どうやらあのパーティーで起きた騒動のことが皇妃様のお耳に入ったようで、しきりにセーラ様の身を案じておられました。心配は要りませんと申し上げておきました。」「そうか。なぁリヒャルト、俺は未だに母上や父上のことがどうしても思い出せないんだ。」「陛下と皇妃様は、その事でセーラ様をお責めになったりはしておりません。」「そうか・・俺はつくづく親不孝な娘だな。お前と結婚して2年半にもなるのに、未だに父上達に孫を抱かせてあげられないんだから・・」「自然に任せればよいのです。ストレスは不妊の大敵だと先生もおっしゃられておりますし・・」「余り焦るな、か・・俺達がそう思っていても、周りはなぁ・・」「セーラ様・・」 溜息を吐く妻の横顔を見ながら、リヒャルトは自分達に子どもが出来ないのは皇妃の血筋の所為だという、口さがない噂を流す連中に対して腹が立って仕方がなかった。 セーラの母、アンジェリカも、子宝が授からずに宮廷内で肩身の狭い思いをした。その娘であるセーラも、貴族達の悪意ある噂を聞き、密かに傷ついているのかと思うと、彼女に慰めの言葉を掛けるしかなかった。「もし子どもが出来なくても、夫婦だけで仲良く暮らせば良いではありませんか?世間にはそういったご夫婦が、沢山居られます。」「そうか?だが彼らは・・」「口さがない噂をばら撒く連中には好きに言わせておけばよいのです。わたし達は、悪い事などなにひとつしていないのですから。」「そうだな・・」セーラはそう言うと、リヒャルトに微笑んだ。「日下部さん、おはようございます!」「おはよう、山下。明日でお前の仕事も終わりだな。」「そうですね。長いようで短かった二週間でした。」 翌朝、知幸はそう言って日下部を見た後、溜息を吐いた。「どうした?」「いや・・1年半前は、セーラと一緒に仕事が終わると屋台のラーメン食ったり、行きつけの洋食屋で飯食いながら愚痴とか言い合っていたのに、何だか急に遠い存在になったなぁって思って・・」「だがセーラ様は、お前に対して普通に接していただろう?友人だからといって特別扱いもせず、公私混同することもなかった。身分が違っていても、セーラ様の性格は少し変わっていないと思うよ。」「日下部さん・・まさかセーラに惚れましたか?」「は!?」「いやぁ~、まさか日下部さんが人妻に興味があるだなんて知らなかった・・」「オイ、変な想像をするな!」「随分と仲良くなりましたね、二人とも。」廊下で騒いでいる日下部と知幸の姿を見たリヒャルトは、そう言うと彼らに微笑んだ。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「久しぶりだな、橘・・いや、今はセーラ皇太子様か。」銀縁眼鏡を掛けたその男は、そう言ってセーラを見ると、ゆっくりと彼女に近づいて来た。「こちらこそ、お久しぶりですね、鷹城さん。お父様のお加減は如何ですか?」セーラはそう言って銀縁眼鏡の男―鷹城溪檎(たかしろけいご)を見た。彼女の言葉を聞いた途端、溪檎の顔が怒りで歪んだ。「まさかあのような出来事が起きてしまって、未だに信じられません。」「ふん、君は相変わらず嫌な女だな。」「それはお互い様です。まぁ、今の警視総監殿は収賄で逮捕されたあなたのお父様とは違って、清廉潔白な方ですから。少しは警察組織内部に溜まりに溜まった膿を洗い流してくれることでしょうね。」「・・言いたい事は、それだけか?」「あなたの方こそ、養父(ちち)の墓に何の用ですか?」セーラは溪檎を睨み付け、昔の事を思い出していた。 溪檎とは初めて会ったその時から反りが合わなかった。キャリア組の警察官僚でエリートの溪檎は、あからさまにノンキャリア組の警官達を馬鹿にし、見下していた。そういった彼の驕(おご)り高ぶった態度が気に食わなかった。それは今でも変わらない。「いい気味だと思っているのだろう?父が収賄で逮捕され、鷹城家が没落して。余り調子に乗ると痛い目に遭うぞ?」「1年半ぶりに再会したというのに、恫喝されるとは・・まぁ、あなたのような方はいつもそうしてご自分より弱い立場の人に対してそんな態度を取っているのですね?」「何だと!」溪檎が怒りの余りセーラに拳を振り上げようとした時、背後で撃鉄を起こす音が聞こえた。「セーラ様、大丈夫ですか?」「ああ。もう用事は済んだ、帰ろう。」「はい・・」拳銃を下ろした日下部は、それをショルダーホルスターに仕舞った後、溪檎を見た。「もしや、あなたは鷹城元警視総監の・・」「君も今やSPか・・あの時地べたを這いずり回っていた同じ男とは思えんな。」溪檎は少し小馬鹿にしたような顔で日下部を見ると、墓地を後にした。「知り合いか?」「ええ。セーラ様こそ、鷹城さんとは・・」「彼とは深い因縁があってな。あの様子だと、仲が良さそうに見えなかったが。」「鷹城さん・・あの人とは、あなた様と同じように深い因縁があります。まぁ、あの人はもう警察を辞めておられるから、俺とはもう何の関係もない人ですが。」「実の父親が逮捕されても、性格は変わらないか。まぁ、あんなプライドの塊のような男は、何処へ行っても嫌われているだろうよ。」「そうですね・・この間、あいつと同じ会社に勤めている知り合いと飲んだんですがね、あいつは職場で孤立しているようです。」「まぁ、あんな性格じゃ無理もない。」「車を回してきます。」「頼む。」 日下部の姿が墓地から見えなくなると、セーラは再び養父の墓へと向き直った。「また来ます、お義父様。」 生前養父が愛していたクリスマス・ローズを彼の墓前に供えると、セーラは一度も振り向かずに墓地を後にした。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「お久しぶりです。」「神父様の・・お義父(とう)様のお墓参りにいらしたのですね?」修道女はそう言ってセーラに微笑むと、彼女と日下部を墓地へと案内した。「セーラ様、あの・・」「わたしは、母国で内戦が起きた為に、5歳で養父(ちち)に連れられて日本に来ました。養父は当時、ヴァチカンに勤めていました。」「それで、先程の修道女の方は、神父様と・・」「ええ。養父はわたしを心の底から愛してくれました。ですが、わたしの結婚式に参列は出来なかった・・養父は、その数年前に病で他界してしまいましたから。」「そんなことがあったのですか・・知りませんでした。」「いえ、いいんです。日下部さん、ご両親は?」「健在です。」「ご両親の事、大切になさってください。あなたのお仕事は、危険な仕事であるということは承知していますが、余り無理をなさらないでください。」「わかりました。」 セーラと日下部はやがて、セーラの養父である橘聖太の墓の前に立った。「墓参りをするのが遅れてしまって、申し訳ありません。」セーラはそう言って頭を垂れると、首に提げているロザリオを握り締め、祈りの言葉を呟くと、胸の前で十字を組んだ。「わたしは、教会で待っています。」「わかりました。」 墓地へと続く長い坂を下って日下部が教会の中へと入ると、そこにはキリストの生誕から復活を描いたステンドグラスが祭壇と壁に沿って描かれていた。「これは素晴らしい・・」「この教会は、明治時代初期にイタリア人の建築家の方が設計されたそうですよ。当時は外国人居留地の敷地内にあったこの教会には、居留地の住民しか入ることが許されなかったのですが、次第に住民以外の方の立ち入りも許可されることになりました。」「そうでしたか・・そんな歴史が、この教会にはあったのですね。」「わたくしは、30年ほど前に教会で隣接していた養護施設で働いておりました。今でもセーラ様がここに来られた日の事は覚えておりますよ。」修道女はそう言うと、セーラが初めてこの教会にやって来た日の事を静かに話し始めた。 それは今から23年前、横浜に初雪が降った日のことだった。教会の責任者である橘聖太がローゼンシュルツ王国から帰国した時、彼の隣には5歳くらいの小さな女の子が不安そうに彼の手を握りながら立っていた。「こんにちは。」「この子はセーラ様です。複雑な事情があってこちらに来ることになりました。シスター・鳥栖(からす)、どうかこの子の事を宜しくお願いしますね。」「はい、わかりました。初めまして、わたしは烏栖といいます。」「カラス?でもあなたは人間でしょう?」「そうよ、わたしは人間よ。でも、烏栖は名前なのよ。」「そうなの・・」「さぁ、あなたにお友達を紹介するわ、いらっしゃい。」 幼いセーラの手をひいたシスター・鳥栖は、自分の手をギュッと握って来るセーラを守ろうと出会ったその日に決意したのだった。「あれからもう20年以上も経ちました。今となっては、懐かしい思い出です。」彼女はそう言って天を仰いだ。 一方、養父の墓の前に居たセーラは、背後に誰かが立つ気配がして振り向くと、そこにはかつて自分を目の敵にしていた男の姿があった。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「セーラ様、どういうことなのか説明して貰いましょうか?」「リヒャルト、お前に心配を掛けて済まなかったと思っている。」リヒャルトともにホテルの部屋へと入ったセーラは、そう言って彼を見た。「わたしは横浜に行く事を反対してはいませんでしたが、行くなら行くでちゃんと一言わたしに断ってから行ってください。勝手に何処かへ行かれてしまっては困ります!」「ごめん・・もうしない。」「解れば宜しい。」「なぁリヒャルト、さっきわたしが会ったのは・・」「トモユキ様とそのお母様の、カズコ様でしょう?どうやらカズコ様は、あなた様の事をトモユキ様の恋人と勘違いされたようですね?」「まぁな。その誤解はすぐにとけたよ。それよりもリヒャルト、明日急用が出来たと、SPの方々に伝えてくれないか?」「わかりました。ではわたしは、東京に戻ります。」「済まないな、忙しいのに。」「何をおっしゃいますか、セーラ様。何かあったらすぐに連絡を下さいね。」リヒャルトはそう言うと、セーラに優しく微笑み、彼女の頬にキスした。「ではお休みなさいませ、セーラ様。」「お休み、リヒャルト。」 ホテルのドアが閉まった瞬間、セーラは溜息を吐きながらベッドに横になった。テレビを付けると、うるさいバラエティ番組しかやっていなかった。うんざりしてセーラはテレビを消し、枕を抱いて寝ようとしたが、なかなか眠れなかった。 やっぱりさっき、リヒャルトを無理にでも引き留めていればよかった。だが後悔してももう遅い。セーラはバッグから日本へと出発する前に空港の中にある書店で買ったロマンス小説を読みながら、いつの間にか眠ってしまった。 コンコン、とドアを誰かにノックされて、セーラは眠い目を擦りながらベッドから出た。「どちら様?」「セーラ様、日下部です。」「朝早くに済まない。今着替えているから少し待ってくれ。」「わかりました。」セーラは浴室でシャワーを浴び、髪をドライヤーで乾かした後、クローゼットに掛けてあったワンピースを取り出して素早く部屋着からそれに着替えると、クラッチバッグを持ってドアを開け、外で待っていた日下部に声を掛けた。「待たせてしまってすまないな。」「いえ・・」「急に予定を変更してしまって済まないな。ちょっと寄りたいところがあって。」「寄りたい所、ですか?」「ああ。」 数分後、セーラと日下部は横浜市内にあるカトリック教会へと来ていた。「ここは?」「ここには昔、わたしが育った養護施設があってな。経営難で施設は閉鎖されてしまったが、教会と墓地はまだ残っているようだな。」 教会の門をセーラが開けて中に入るのを見た日下部は、慌てて彼女の後を追った。「セーラ様、お久しぶりでございます。」 教会の中から一人の修道女(シスター)が現れ、彼女はそう言うとセーラに向かって頭を下げた。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「そんな事ありませんよ!この子ったらあたしの顔見るといつも、“うるせぇ婆!”って怒鳴るんですもの!」「それは、お袋がネチネチ小言ばかりいうからだよ!」「それは、あんたがあたしの言う事を聞かないからでしょう!」「まぁお二人とも、落ち着いて下さい。」セーラはそう言うと、知幸と和子の間に割って入った。「わたし、羨ましいなと思って。お二人のように何の気兼ねもなく本音を言い合える親子が。」「セーラ・・」知幸は、セーラが実の両親の記憶を失くしていることを知っていたから、彼女の言葉を聞いて胸が締め付けられるような思いだった。「なぁセーラ、俺はお前がどんなに辛い目に遭ってきたのか知ってる。でも俺は何もお前にしてやることが出来ない。こうして一緒に食事をして、お前と話をすることしかできないなんて、情けないな。」「そんな事を言うな、知幸。お前が俺の頼みを聞いてくれて良かったと思ってるんだ。慣れない警護の仕事を頑張ってくれて、ありがとう。」「そんな事言われると、照れるな。」知幸がそう言って照れ臭そうに頭を掻くと、セーラのスマートフォンが鳴った。「済まない、少し外に出て来る。」「わかった。」 個室から出たセーラは、リヒャルトと話をしていた。「どうした、何かあったのか?」『いいえ。セーラ様、明日のスケジュールですが・・』「それは後で確認すればいいだけだろう?今は友人と食事をしているんだ、切るぞ。」『お待ちください、セーラ様!』 突然リヒャルトはセーラがスマホを切ったので、彼女は一体何を考えているのだろうかと、セーラに対して怒りが湧いた。あのパーティーの事件以来、大きな騒ぎはなかったものの、供を連れずに外出するなどあり得ないことだ。それに、自分に断りもなく横浜に向かうなんて―リヒャルトは居てもたってもいられず、コートを着て大使館を出ると、そのまま横浜へと向かった。「それじゃぁ、また会いましょうね、セーラ様。」「ええ、またいずれ。今夜は楽しかったです、和子さん。」 レストランの前でセーラは和子と知幸に向かって頭を下げた時、遠くからリヒャルトの声が聞こえ、彼女が振り向くと、そこには息を切らしてこちらへとやって来る彼の姿があった。「リヒャルト、どうして・・」「それはこちらがお聞きしたいです、セーラ様。何故わたしに断りもなく横浜へ?」「それは後で話す。」「セーラ様!」「そちらが、セーラ様の旦那様ですか?」和子はそう言うと、リヒャルトを見た。「初めまして、わたしは山下知子と申します。夫婦の問題に口を出すのはさしでがましいと思いますけど、何処か静かな所でお話した方が宜しいんじゃありませんか?」「あなたには、関係のないことです。セーラ様、参りましょう。」リヒャルトは怒気を孕んだ顔でセーラを睨み付けると、彼女の手を掴んでエレベーターへと乗り込んでいってしまった。「ねぇ、あの二人何かヤバそうね?」「放っておけよ。ここから先は夫婦の問題なんだから。」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「済まないな、セーラ。お袋が・・」「いや、いいんだ。俺だって・・」セーラはそう言って知幸に謝ると、和子の方へと向き直った。「あなたが、知幸のお母様ですか?」「はい、和子と申します。確かセーラ様は、息子とは警察学校の同期なんですよね?」「ええ。」「今は何をしていらっしゃるんですか?」「それは・・」「お袋、昨日テレビでやってたろ。」「ああ・・確か、ローゼンシュルツ王国皇太子夫妻が来日したとか・・それがどうかしたの?」「その皇太子が・・」「初めまして、お母様。ローゼンシュルツ皇太子・セーラと申します。」「え、皇太子・・ええ~!」セーラの身分を知り、和子は動揺の余り素っ頓狂な叫び声を上げた。「申し訳ございません、驚かせるつもりは・・」「いいえ、わたしの方こそ、皇太子様に向かってとんだ失礼なことをいたしまして・・」「お願いです、お掛けになってください。」いくら個室で食事をしているとはいえ、ドア越しから周囲の客達の視線を感じたのか、和子は羞恥で顔を赤く染めて椅子に座った。「どうして、セーラ様はローゼンシュルツ王国の皇太子様になったの?」「それには深い事情があるんだよ!セーラは、5歳の時から日本で暮らしていたんだ。」「でも、それじゃぁ実のご両親は?」「セーラが日本に来ることになったのは、内戦でセーラの命が危ないと判断したセーラのご両親が、セーラを日本に逃がしたんだよ。そうだったよな?」「ああ。」「そうなの・・色々と、辛い思いをされてきたんですねぇ、セーラ様。」「もう過ぎ去った事です、時間の針を元に戻せませんし、今わたしにはわたしを愛してくれる伴侶も、家族も居ます。それだけで充分なんです。」「皇太子様、息子は少しおっちょこちょいで頼りないところがありますけど、仕事は真面目にする子なんで、宜しくお願いしますね!」「こちらこそ、宜しくお願い致します。挨拶はこの位にして、お料理を頂きましょうか?」「ええ・・」それから三人は、楽しい時を過ごした。「知幸、あんた警察学校に入学した時、あたしに電話したの覚えてる?」「そんな昔の事、忘れたよ。」「あんたが忘れていても、あたしはちゃんと覚えているのよ。あんたあたしが電話に出た途端、“母ちゃん、可愛い子が来た!”って言ったのよ?一体何のことだろうとその時は思ったけど、あれはセーラさんの事だったのね。」「だってさぁ、俺セーラを初めて見た時、女だと思ったんだぜ?男風呂に入って来て、漸く男だってわかってガッカリしたよ。」「そりゃぁお前の恋心を無残に打ち砕いてしまって悪かったな。それよりも知幸、結婚は?」「独身だよ。だからお袋がついてきたんじゃないか。最近ではいつも留守電のメッセージに“まだ結婚しないの”って何回も吹き込むんだぜ!」「だってねぇ、あんたもういい歳なんだから結婚するのが当たり前よ。手芸サークルの前田さんの息子さんは、去年結婚して孫まで生まれるんだから!」「他人の息子と俺を比較しないでくれよ、お袋!」「そんな事言ったってねぇ・・」二人の会話を聞いていたセーラは、突然大声で笑い出した。「どうされたんですか、セーラ様?」「いえ・・お二人とも、仲が良いなって思って・・」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「もしもし、山下でございます。」知幸が携帯を取ろうとする前に、和子がさっと携帯の通話ボタンを押してしまった。「わたしですか?知幸の母ですが・・はい、わかりました。」「母さん、誰から?」「日下部さんって方よ。」知幸は和子の手から携帯を奪うと、深呼吸して日下部からの電話に出た。「もしもし。」『山下、お前のお袋さん、お前の部屋に押しかけてきたのか?』「ええ、まぁ・・あの、ご用件は何ですか?」『実はな、セーラ様がお前に会いたいとおっしゃってるんだ。』「そうですか・・申し訳ありませんが・・」「知幸、セーラって誰よ?」日下部に断りの返事をしようとした知幸だったが、その途中で和子が二人の会話に割り込んできた。「お袋には関係ないだろう!」「ねぇ、昨夜食事したっていう友達がその方なの?母さんにも紹介しなさいよ!」「俺とセーラは母さんが思っているような関係じゃない!」『どうした?都合が悪ければ掛け直すが?』「すいません、母が隣で煩くて。セーラ様には、丁重にお断り致しますと・・」「もしもし、日下部さん?母の和子でございます。セーラ様というお方にお会いするには、何処へ行けば宜しいですか?」『横浜ベイホテルで・・』「わかりました、すぐに伺いますので、それでは失礼致します!」「お袋、まだ話の途中だぞ!勝手に切るなよ!」「あんた、水臭いわね!付き合っている人が居るなら居るって言えばいいじゃないの!」「だから、違うって・・」和子は早とちりなところがあり、一度こうだと決めたら相手の話など聞きもしない。結局知幸は、和子と共に再び横浜ベイホテルへと向かう事になったのだった。「知幸、そちらの方は?」「俺の母です・・」「初めまして、あなたがセーラさん?息子の知幸がいつもお世話になっております。この子ったら、もう30になろうとしているのに独身で、心配でありゃしないったら・・」「お袋!」「もしよろしかったらうちの息子を貰って頂けませんか?だらしがない子ですけど、その辺はセーラさんがビシビシと躾けてくだされば問題はありませんわ。」初対面のセーラを相手に挨拶もなく、和子は彼女に向かって早速自分の息子を売り込もうとしていた。「申し訳ありませんがお母様、わたしはお母様のご期待に添う事は出来ません。」「あら、どうして?」「もうわたしは、他の男性と結婚しておりますから。」セーラはニッコリと和子に微笑むと、左手薬指に嵌められている結婚指輪を彼女に見せた。「ま、まぁ・・あたしったら・・」「お袋、早とちりすぎだって!」知幸はそう言って和子を睨むと、セーラの方へと向き直った。「ごめん・・」「いや、いいんだ。」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「久しぶりね、何年振りかな?」「さぁな。それよりも、彼氏待たせちゃ悪いだろ?」 裕美が知幸に何か話したそうだったが、彼は彼女にデジカメを渡すと、その場から逃げるように去っていった。 彼女の隣に居た男性を見て少し落ち込んだが、いつまでも昔の事を引き摺るなんて男らしくないと、知幸はそう思いながら電車に乗り込んだ。 アパートの部屋に戻ると、リビングに置いてあるコードレスフォンの留守番電話のランプが赤く点滅していた。『13件のメッセージがあります。』 コンビニで買ってきたポテトチップスをテーブルに置きながらメッセージを再生した知幸だったが、メッセージはどれも実家の母親からだった。『あんた、ちゃんとしてるの?』『いつもコンビニ弁当ばかりじゃ、栄養つかないわよ!』『今度高校の同窓会あるんでしょ、行かないの!?』どうして母親という生き物は、とてつもなくお節介で口煩いものなのだろうか。今は仕事が忙しくて里帰りどころではないのに。ポテトチップスを知幸が食べていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。「どちら様ですか?」こんな時間に一体誰だろうと思いながら知幸がドアスコープから外を覗くと、ドアの前には裕美が立っていた。「知君、話がしたいの。」「話って何だよ?お前、彼氏はどうしたんだ?デートじゃなかったのか?」「そのつもりだったんだけど・・急に彼、仕事が入っちゃって・・」「何だよ、話って?」知幸がドアを開けると、裕美は玄関先で靴を脱いで部屋に上がって来た。「おい、勝手に入るなよ!」「随分と片付いてるんだね?」「話って何だよ?」「知君、今付き合ってる人は居ないの?」「居ねぇよ。お前には関係のないことだろう?」「そう・・ねぇ、わたしともう一度、やり直さない?」「俺、もうお前なんか好きじゃねぇから。お前彼氏持ちの癖に、よくそんな事が言えるよな?」「酷い・・少しはわたしの話を聞いてもいいじゃない!」「はぁ?勝手に人の家に上がり込んで来て、やり直そうって言われて、ハイわかりましたで済むかよ?」「じゃぁこのまま帰れって言うの?」「ああ、俺はもうお前の顔なんて見たくないんだよ。」知幸は少し苛立ったようにこたつで寛ごうとする裕美を無理矢理立たせると、彼女を玄関先へと追いやった。「もう帰れ。」「酷い人、送ってくれてもいいじゃない!」裕美は泣きながらそう叫ぶと、ドアを力強く閉めて廊下を走っていった。「ったく、何だよ・・」知幸はドアの鍵を閉めると、再びこたつの中へと潜り込んだ。 翌朝、外で小鳥が囀る声で目覚めた知幸は、こたつの上に散らばっているポテトチップスの食べカスとビールの空き缶をゴミ箱に捨てながら、シャワーを浴びた。濡れた髪を彼がドライヤーで乾かしていると、玄関のチャイムが鳴った。(今度は一体誰だよ?)ドライヤーで髪を乾かすのを止めて、知幸が浴室から出て玄関先へと向かうと、ドアの前にはボストンバッグを提げた母親が立っていた。「知幸、居るんでしょ?」「何だよお袋、来るなら来るって連絡しろよ!」「どうせ連絡しても、来るなって言うんでしょ!」知幸の母、和子はそう言うと、部屋に上がってコートとマフラーを脱いだ。「あんた、ちゃんと食事取ってるの?」「うるさいなぁ、今作ろうとしてたんだよ!」知幸がそう言って母親を睨んだ時、こたつの上に置いてあった携帯が鳴った。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「もしもし?」『知幸、あんた今何処なの?』携帯に出た知幸は、通話口越しから聞こえる母親の声を聞いて顔を曇らせた。彼女がこんな時間に息子の携帯に掛けてくる用件は、ひとつしかない。「横浜。友達と久しぶりに会ったから、食事してたんだ。」『その人、男、女?』「女だけど?」『あんた、今度その子あたしに紹介なさい!』「母さん、俺の話を・・」『あんたもう30過ぎだっていうのに、いつまで経っても独身のままなんだから!あたしやお父さんにそろそろ孫を抱かせてくれてもいい頃よ!?』母はその“友達”と、知幸を結婚させようとしている。まぁ今まで仕事一筋で、休みの日は家に籠ってゲームをしたり、読書をしたりしてゴロゴロして婚活をしない息子の姿を見て、彼女が焦るのも無理はない。 彼女の友人達の娘や息子達はとうに結婚し、孫まで居るのだから、自分だってそろそろ孫を抱きたいと思っているのかもしれない。だが知幸は、結婚する事に対して余り意識したことがないし、一人の方が気楽手でいいと思っている。 その原因は、高校時代に付き合っていた恋人・中里裕美にあった。裕美と知幸は高校一年の時同じクラスになり、剣道部に所属していた知幸に裕美がラブレターを渡したのがきっかけで、二人は恋人同士として付き合うようになった。はじめは順調だったが、次第に知幸は裕美が自分に対して抱いている“彼氏像”に合わせることに苦痛を感じていた。“オタク趣味は駄目”、“デートの時にいつもお金を払うのは彼氏”、“自分の都合にいつも合わせてくれる”・・はじめ知幸は裕美を大事にしようと思い、彼女が抱いている“理想の彼氏”を演じて来たが、素の自分を出せずにいる関係が次第に苦痛に思えて来て、知幸が裕美に別れを告げたのは高校二年の時だった。「なんでぇ、あたし別れたくない!」「ごめんな、俺、お前の理想の彼氏になるのは無理だわ。」 デートでいつも食べに行っていたファストフード店で知幸がそう言って裕美に別れを告げると、彼女は別れないでと泣き喚き、しまいには店から出ようとする知幸に取り縋った。「お前に何を言われても、俺はもうお前とは付き合えないから。」裕美と別れ、知幸はその後友人達から色々と言われたが、高校を卒業してから彼らとは疎遠になり、次第に知幸は裕美の事を忘れていった。観覧車の前で記念撮影をするカップルを横目で見ながら、あのまま裕美と別れなければ今頃どうなっていただろうと知幸は思った。自分が抱く“理想の彼氏”のイメージを知幸に押し付けていた彼女のことだから、結婚したら結婚したで、今度は“理想の旦那様”像を押しつけて来たに違いない。“誕生日にはブランド物のバッグを毎年プレゼントすること”、“年に一回は海外旅行に連れて行く事”、“家事・育児に協力してくれること”・・ざっとこんなものだろう。だがそんな“理想の旦那様”に会えるのは、かなり難しい。「すいません、写真撮ってくれませんか?」「ええ、いいですよ。」観覧車の前を通り過ぎようとした知幸は、突然一組のカップルに声を掛けられた。知幸は男からデジカメを受け取ると、観覧車の前でキスをするカップルの写真を撮った。「どうぞ。」「ありがとうございます。」連れの女がそう言って知幸からデジカメを受け取ろうとした時、彼女が一瞬知幸の顔を見た。「知君・・」「裕美・・」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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横浜ベイホテル内にあるフレンチレストランで、知幸がそう言ってセーラに謝ると、彼女は苦笑して知幸の手を握った。「お前があの時助けてくれなければ、こうして食事をする事も出来なかったんだ。」「俺、足手纏いじゃないか?」「またあの日下部っていう奴にイビられたのか?」「うん、まぁ・・」「あんな奴、気にしなくてもいい。」グラスに入れられたミネラルウォーターを一口飲むと、知幸は前から気になっていたことをセーラにぶつけてみた。「君の旦那さん・・リヒャルトさんって、日下部さんに辛く当たっているようだけど、何かあったの?」「リヒャルトは前にも話したように杓子定規でクソ真面目で、融通が利かない男でね。自分のルールに外れたことをしている人間がどうしても許せないんだそうだ。」「それが、日下部さんだったってこと?でも日下部さんは、リヒャルトさんと同じような性格だと思うけど?」「まぁ、それもあるんだろうさ。いわゆる同族嫌悪ってやつだな。」セーラがそう言って知幸を見た時、店員が前菜の料理を二人のテーブルへと運んできた。「ワインは如何なさいますか?今夜はボルドー産のものが手に入りましたので・・」「じゃぁ、その白を頼む。知幸、お前は?」「俺も同じもので。」「かしこまりました。」前菜の料理をナイフとフォークで細かく一口大に切り、知幸がそれを口の中に放り込むとセーラがくすくすと笑いながら彼を見た。「どうした?」「いや・・さっきまで緊張していた癖に、食べ物を目にした途端いつものお前に戻ったなと思って・・」「だってさ、お前と俺は確かに警察学校の同期で、一緒に築地署で働いて来た仲間だったけど、今は身分が天と地ほどの違いがあるじゃないか?」「昔の仲間に気を遣わせるほど、皇太子という身分は煩わしいものだな・・」セーラはそう言って溜息を吐くと、前菜の料理を平らげた。「今はスーパーマーケットへ買い物に行くにも誰かの許可を得なくてはいけないし、一人で大丈夫だと言っているのに外出する時にはいつも数人の護衛がつく。その所為で目立ってしょうがない。」皇太子となったセーラは、皇族となった代わりに自由を奪われてしまったようで、食事の間中、そんなことを知幸に愚痴っていた。「セーラ、今日は食事に誘ってくれてありがとう。」「いい気晴らしになっただろう?」「ああ。」「今度はリヒャルトと三人で食事しよう。あいつは自分以外の男と食事に行った事を知ると、嫉妬に狂うからな。」「そんなに嫉妬深いのか、旦那さん?」「ああ。それじゃぁ、またな。」「う、うん・・」 レストランの前でセーラと別れた知幸は、ホテルを出て駅へと向かった。クリスマスシーズン真っ只中とあってか、みなとみらいにはカップルの姿が目立った。(なんだかんだ文句を言っていても、セーラは旦那さんと上手くいっているようだなぁ・・)知幸がそんな事を思いながらホームで電車を待っていると、突然スーツの胸ポケットに入れていた携帯が鳴った。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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日下部は、病院の手術室の前でじっと知幸の手術が終わるのを待っていた。数分前、知幸は不審者からセーラ皇太子夫妻を守って負傷し、そのまま病院へと搬送された。「全く、無茶しやがって・・」日下部はそう言うと溜息を吐き、煙草を吸おうとしたが、院内が禁煙であることに気づいてやめた。やがて手術室の「使用中」のランプが消え、ストレッチャーに乗せられた知幸が手術室から出て来た。「先生、こいつは大丈夫なんですか?」「ええ。幸い内臓は損傷していませんでした。ただ傷が腹腔にまで達していますから、暫く入院が必要になりますね。」「そうですか。」薬を打たれ、眠っている知幸の顔を見た途端、日下部は安堵の表情を浮かべた。「日下部さん、あいつは大丈夫だったんですか?」「ああ。ただ、暫く入院する事になるがな。」「全く、人騒がせな奴だよな。俺達の足を引っ張ってばかりじゃん!」「馬鹿野郎、お前はあの時、ボケっと突っ立っていただけだろうが!」知幸のことを馬鹿にした西田の胸倉を、日下部はそう言って掴んだ。「日下部さん、やめてください!」そのまま西田を殴ろうとする日下部を、神崎登が止めた。「西田、お前頭冷やして来い!」「何で俺が怒られなくちゃならないんですか?」「いいから、俺と来い!」「いてて、耳を引っ張らないでくださいよ!」神崎は西田の耳を引っ張ったまま、病院から出た。「お前なぁ、こんな時に人を馬鹿にしていられるのか?あの時、お前ならどうしてた?」「それは・・」「俺達の仕事は、マルタイの身の安全を守ることだろう!素人のあいつが、お前より先にそれをやってのけたんだぞ!」「俺、あんな奴に負けたくないです。」「西田、お前の気持ちは解るが、はやまるなよ。」「わかってますって。俺、日下部さんに謝って来ます。」 知幸が病室のベッドの上で目を開けると、そこには半ば呆れたような顔をした日下部の姿があった。「すいません・・」「何を謝る?」「俺の所為で、みんなに迷惑を掛けてしまって・・」「そんなこと、気にしなくてもいい。お前はちゃんと仕事をした、それだけだ。」「日下部さん・・」「俺はお前を褒めている訳じゃないからな、勘違いするなよ!」そう言って自分にそっぽを向いた日下部の顔は、耳まで赤く染まっていた。「わかっていますよ、そんなこと。」「生意気だぞ、お前!」 初めて会った時、何処か近寄りがたいなと思っていた日下部だったが、この事件をきっかけに、知幸は彼の事をもっと知りたいと思うようになった。そんな時、セーラから連絡を受けたのは、事件から数週間後の事だった。『俺の命を助けてくれてありがとう。そのお礼と言ってはなんだが、横浜ベイホテルで食事をしたいんだが・・』 病院から退院した知幸は、横浜へと向かった。「元気そうでよかった。」「ごめんな、セーラ。」「命の恩人が言うべきことじゃないだろ、それは。」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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知幸は、熱気に包まれているパーティー会場の中で、時折額の汗をハンカチで拭っていた。周りを見れば、政財界の大物や芸能人などがおり、彼らの周りには自然と人が集まって来ていた。セーラ達の前にも、自ずと人が集まって来ていた。「皇太子様、まだお子さんのご予定は?」「いずれは持とうと思っております。」「そんな悠長なことをおっしゃってはいけませんわ。若いうちに産んだ方が何かと楽ですからね。」訪問着姿の女性は、どこか上から目線でセーラにそう話しかけた。「セーラ様、リトアニア大使がいらっしゃいました。」「そうか。すいません、ではこれで失礼致します。」「え、ええ・・」セーラに相手にされなかった女性は、憮然とした表情を浮かべて会場から立ち去っていった。「セーラ様、あの方を放っておいて宜しいのですか・」「いいんだ。」「どうせどこからかこちらに潜りこんできた方でしょう。よくあるのですよ。」「そうなんですか・・」「まぁ、このような場にはそういった迷惑な輩が居りますから、注意しておいてください。」「わかりました。」「知幸、久しぶりだな。」「は、はい・・」「何を緊張しているんだ?」「だって、俺達はもう身分が違うから・・」「だからってそんなにかしこまることはないだろう?今まで通りに接してくれ、そうでないとやりにくくなる。」「でもなぁ・・」「山下、ここに居たのか?」知幸がセーラと話をしていると、日下部が持ち場を離れて彼の方へとやって来た。「何をサボっている、持ち場に戻れ!」「すいません・・」「全く、お前という奴は・・」「すまないな知幸、俺の所為で怒られて。」「いいえ・・」「セーラ様、こんな奴に構わないでください。」「そういう訳にはいかないな、クサカベ。彼を呼び留めたのは俺なのだから、彼の仕事を妨害してしまったことを謝らないといけないし・・」「いえ、わたしは別にそんなつもりでこいつを怒ったのではなく・・」「では一体、どういうつもりで彼を怒ったのだ?ちゃんとした理由があるというのなら、納得はするが・・ただ単に相手が気に食わないからという理由で怒るというのは、筋違いだとは思わないか?」「申し訳ございませんでした・・」「謝らなくてもいい。」セーラはそう言うと、にっこりと日下部に笑い彼の肩を叩くと、リトアニア大使の方へと歩いていってしまった。「セーラ様に助けられたからって調子に乗るなよ!」日下部はキッと知幸を睨み付け、自分の持ち場へと戻った。 数時間後、パーティーが終わり、パーティー会場から出て来たセーラとリヒャルトのツーショットを撮ろうと出入り口の前にマスコミが殺到した。「危険ですからさがってください!」「危険です、さがってください!」セーラ達を安全な場所へと誘導した日下部達がパトカーに乗り込もうとした時、セーラ達に向かって一人の男が刃物を振り回しながら突進してきた。日下部は慌てて二人の元へと駆け寄ろうとしたが、遅かった。「危ない!」知幸は咄嗟に男とセーラ達の間に割って入り、腹で男の刃を受けた。「トモユキ様!」「早く行って下さい・・」苦痛に顔を歪めながら、知幸はセーラ達がリムジンへと乗り込むのを見た後、地面に蹲った。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「いい加減にしないか、二人とも。リヒャルト、お前も大人げないぞ?」「すいません。」「まぁ、今日は予定が詰まっていないからホテルの部屋でゆっくりするか・・」「なりませんよ、セーラ様。今夜はパーティーがある事をお忘れですか?」そそくさと応接室から出て行こうとするセーラの肩を掴むと、リヒャルトは彼女を自分の方へと引き寄せた。「パーティーには出たくないと言っているだろう?」「パーティーも、立派な公務のひとつですよ?皇太子たるもの、公務を怠ってはいけません。」「わかった・・」「あなた方も、パーティーに相応しい服装に着替えてください。」「わたし達はこの恰好で結構です。」「おやおや、SPであるあなたが、TPOをご存知ないとは呆れましたねぇ。」(何かこの人、日下部さんをからかってる?)先程の日下部とリヒャルトの会話を聞いていると、リヒャルトはわざと日下部を怒らせているようにしか思えなかった。「SPにとって一番大事なことは、依頼主の命令は絶対だということをお忘れなきよう。」「わかりました。」「ならば話は早いですね。これからわたしが贔屓にしているテーラーが銀座にございます。今すぐ向かいましょう。」「じゃぁわたしはここで待っている。」「なりませんよ、セーラ様。わたしが留守にしている間勝手な事をされては困りますからね。」「わかったよ・・行けばいいんだろ、行けば!」 数分後、知幸はリヒャルトとセーラが乗っているリムジンを警護する為、日下部が運転するパトカーの助手席に居た。リムジンの周囲には、日下部達SPが運転する数台のパトカーがリムジンを取り囲むかのよう走っていた。それらにはそれぞれ、SP達が乗っていた。(何か、気まずいなぁ・・) 銀座のテーラーに着いた日下部達は、リヒャルトとともに店の中へと入った。「あれ、山田は?」「彼女ならセーラ様と一緒です。彼女にも、パーティーに出席して貰います。」「リヒャルトさん、我々がパーティーに同席する事について、異論はありません。ですがわたし達のやり方がありますので、余計な口出しは御免被りたいものです。」「そうですか。まぁ、あなた方のやり方とやらを一度拝見致しましょう。」菫色の瞳を煌めかせながら、リヒャルトはじっと日下部を睨んだ。日下部も負けじと、リヒャルトを睨み返した。 その日の夜、都内のホテルで行われているパーティーに出席したセーラ達の警護をしつつも、日下部達もパーティーを一応楽しんでいた。「日下部さん、何だか人が多すぎて、誰が不審者なのかわからないですね?」「ああ。テロリストはパーティーの招待客の中に潜んでいる可能性があるからな、気を抜くなよ。」「わかりました。それよりも日下部さん、リヒャルトさんは一体何故、日下部さんに辛く当たるんでしょうね?」「馬鹿だな、お前。俺がこのまま黙っていると思うのか?」「ですよねぇ。」西田はニヤニヤと笑いながら、知幸の方を見た。「あいつが居ると、これから面倒な事が起こりそうですね。」にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「あの・・」「セーラ様からお話は聞いておりますよ。何でも警官時代、良くしていただいたと。」そう言ってニッコリと自分に微笑むリヒャルトを見た知幸は、愛想笑いしか浮かべることしかできなかった。 日下部達の視線を背後に感じながら、知幸はリヒャルトを見た。「あの、俺は要人警護の経験は皆無なんですが・・足手纏いにならないように頑張ります!」「宜しくお願い致しますね、トモユキさん。」リヒャルトはそう言って知幸に右手を差し出すと、彼はその手をしっかりと握り締めた。「皆さん、お茶が入りましたよ。」「ありがとうございます・・」 数分後、大使館内にある応接室で日下部達と紅茶を飲みながら、知幸は彼らの様子を窺っていた。すると、ゆりが恐ろしい目で自分を睨みつけて来たので、慌てて知幸は彼女から目を逸らした。「どうかされましたか?」「いいえ・・それよりも皇太子様は遅いですね?」「ええ。まぁ原稿を書き終わり次第こちらにいらっしゃるようなので、お待ちしましょう。」「あの、俺・・」「リヒャルトさん、何故SPの経験が無い者を指名されたのですか?万が一の事が起きたら、わたし達の責任となります。」「それは承知しております。まぁセーラ様とわたしは護身術を習得していますから、あなた方の手は煩わせないだろうと思いますので、ご心配なく。」口調こそは穏やかだったものの、リヒャルトの言葉の端々には棘があった。彼の言葉を聞いた日下部の顔が少し引き攣ったかと思うと、彼はソーサーにカップを置いた。「リヒャルト、待たせたな。」その時、応接室にスピーチの原稿を携えたセーラが入って来た。「もう書き終ったのですか?」「ああ。」「これで問題ありません。もっと早くに準備していれば、お客様を待たせずに済んだというのに・・」「原稿など要らんと言ったのに、お前が用意しろと煩いから仕方なく用意したんだ。」「そうですか。セーラ様、国際フォーラムにご出席した後、横浜で一泊する予定です。その後都内に戻られて、大使館内に於いて内閣府の方々を招いてのパーティーに・・」リヒャルトが淡々とした様子でセーラのスケジュールを読み上げるのを聞いた知幸は、慌てて手帳にそれをメモした。「何をしている?」「あの、メモを・・」「そんなもの、頭で覚えればいいだけだろう。」「すいません・・」険を含んだ口調で日下部にそう言われた知幸は、彼に申し訳なさそうに俯いた。「人間の記憶力というのは曖昧なものですよ。メモを取っておけば自分がすべきことや、相手の予定なども大体把握できますからねぇ。」「リヒャルトさん、何故彼を庇うのです?」「わたしは庇ってなど居ませんよ。ただ、メモを取らせずに後で色々と煩くあなたが言うのだろうと思いましてねぇ。」リヒャルトはニコニコしながらも、目は全く笑っていなかった。「ほう・・わたしのやり方に文句でも?」「いいえ。」二人の間に火花が散るのを見て、知幸はこれから面倒な事になるなと思った。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「ちょっと、モタモタしないでよね!」「すいません・・」「ったく、これだから素人は困るのよ。」ローゼンシュルツ王国大使館内へと入った知幸は、もうすぐ旧友と再会するという緊張の所為で、ケアレスミスを繰り返してはその度にゆりに怒鳴られていた。「これ以上ヘマしたら、許さないからね!」「わかりました・・」ゆりに怒鳴られて落ち込んでいる知幸の姿を横目で見ながら、日下部の隣で西田比呂がクスクスと笑った。「ダセぇ。」「西田、お前も気を緩めるな。仕事中だぞ。」「すいません・・」「コネで“特別に”SPになった奴に構うな。お前は選ばれた者なんだからな。」「わかってます・・」「それでいい。」日下部はポンポンと西田の肩を叩きながら、ローゼンシュルツ王国大使の執務室のドアをノックした。「失礼致します。」「どうぞ、お入りください。」執務室に日下部達が入ると、ローゼンシュルツ王国大使・アレキサンダー=クロイスは書類から顔を上げ、ゆっくりと彼らの方へとやって来た。「本日はお忙しいところをお越しいただき、ありがとうございました。」「いいえ。次の間で皇太子ご夫妻がお待ちです。さぁ、どうぞ。」アレキサンダーはそう言うと、日下部達を皇太子夫妻が居る部屋へと案内した。『皇太子様、SPの方がお見えになられました。』『通せ。』ドアが開き、日下部達が部屋に入ると、そこには真紅のチンツ張りのソファに座ったローゼンシュルツ王国皇太子・セーラと、彼女の夫であるリヒャルトがセーラの隣に座っていた。 セーラは長いブロンドの髪を上品なシニョンに纏めており、紺色の上品なツーピースにさりげなくエメラルドのブローチをつけていた。「皇太子様、お会いできて光栄です。」「忙しい所をわざわざ来て貰って済まないね。アレキサンダー、彼らにお茶をお出ししなさい。」「かしこまりました。」アレキサンダーが部屋から出て行った後、セーラはさっとソファから立ち上がると日下部達の前に立った。「これから一週間、警護の方を宜しく頼む。」「セーラ様、のんびりとお茶をしている暇などないでしょう?」「黙れリヒャルト、客人の前だぞ。」ソファに座っていたリヒャルトがセーラにそう言った時、彼女は手を上げて彼を制した。「あの石頭の事は気にするな。どうも杓子定規(しゃくしじょうぎ)なところがあって少し鬱陶しい所があるが、そこはまぁ目を瞑(つむ)ってくれ。」「は、はぁ・・」「セーラ様、まだ国際交流会の原稿が出来上がっておりませんよ!」「後でやると言っているだろう、うるさい。」「うるさいとは何ですか!」リヒャルトは端正な美貌を怒りで歪ませると、セーラに詰め寄った。「良いですか、あなたは王国の代表として来ているのですよ?原稿を早く仕上げてください!そうしないとあなたは祖国に泥を・・」「わかった、わかったら耳元で怒鳴るのは止めてくれ。申し訳ないが、わたしは急いで仕上げねばならない仕事があるので、失礼する。」 白いハイヒールを鳴らしながら、セーラは少し不満そうに執務室へと入っていってしまった。「あなたが、トモユキ様ですね?」「はい、ええっと・・」突然リヒャルトに自分の名を呼ばれ、知幸はどうすればいいのかわからなかった。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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「すいません、遅れました!」 山下知幸がそう言って警視総監室に入ると、そこには冷たい目で彼を睨んでいるダークスーツ姿の男女5人の姿があった。「君が山下君だね?」「は、はい・・」「まぁ、そこへかけ給え。」「失礼します!」知幸は警視総監に向かって敬礼すると、ソファに腰を下ろした。「さて山下君、わたしが何故君をここに呼んだのか、わかるかね?」「ええ・・」「君も知っての通り、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ様がご来日なさっている。その警護を、君に任せたいと思ってね。」「ですが、俺よりもそちらのSPの方達にお任せした方がよいのでは?」「そうですよ、何故要人警護の経験がない素人に・・」そう言って警視総監に食ってかかったのは、男女の中でも一際目立つ長身の男だった。「日下部君、落ち着きなさい。わたしは決して、君達を蔑ろにしている訳でではないんだよ。」「だったら、どうして・・」「山下君には確かに、要人警護の経験はない。だが彼がセーラ皇太子様の警護を担当する事になったのは、皇太子様たっての希望なのだ。」「皇太子様たっての希望とは、一体どのような・・」「君達は、かつて皇太子様が日本で暮らしていたことを知っているだろう?」「ええ。それが何か?」「山下君は、警察官として皇太子様がお働きになられていた頃の同期なんだよ。」「つまり、コネってわけか。」知幸にしか聞こえないような声で彼にそう言った若い男は、ジロリと知幸を睨んだ。「君達にとっては非常にやりづらいと思うが、どうか山下君をサポートしてくれたまえ。」「わかりました。」警視総監から日下部と呼ばれた男は渋々と頷いたものの、その顔は何処か納得していないといったような表情を浮かべていた。「では我々はここで失礼致します。」「そうか。では君達の健闘を祈るよ。」警視総監はニッコリと笑いながら、部屋から出て行くSP達を見送った。「あの、待って下さい!」「はじめに言っておくが、俺達はお前を歓迎していない。だから俺達に助けて貰おうなんて考えるなよ、わかったな?」 警視総監室から出た日下部は、そう言って知幸を睨みつけた。「はい・・」「ついて来い。その格好だと目立つ。」非番の日にTシャツとジーンズという私服姿のままで警視庁へとやって来た知幸に冷ややかな視線を送りながら、日下部は彼を自分達のオフィス―すなわち警察庁警備部警護課へと連れて行った。「これに着替えろ。」「わかりました。」ダークスーツに白のワイシャツとネクタイを日下部から手渡された知幸は、着替えをする為にトイレへと向かった。「課長、あんな奴にSPが務まりますかね?」そう日下部に聞いて来たのは、チームの中の紅一点、山田ゆりだ。今だ男性優位である警察組織の中で、ゆりは熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜き、念願のSPとして日下部達といくつもの修羅場をくぐり抜けて来た。「まぁ、いつまでも居る訳がないだろう、あいつは。」「そうですよね。何だか彼、目障りなんですよ。」ゆりはそう言って柳眉をつりあげると、着替えを終えた知幸がオフィスへと入って来るのを見た。にほんブログ村
Sep 20, 2013
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成田空港の出発ロビーで、愛子は光子に見送られてガブリエルとともにローゼンシュルツへと旅立とうとしていた。「じゃぁお母さん、行ってくるわね。」「身体に気をつけてね。セーラ様に優しくされたからって、余り調子に乗っちゃだめよ。」「わかってる。それより母さんも、余りのみ過ぎないようにね。」「わかったわ。」「そろそろ時間だから、もう行くね。」光子と抱き合い、愛子は背を向けてガブリエルと共に出発ロビーの中へと入っていった。「足元にお気をつけてくださいませ。」客室乗務員にそう言われ、愛子は王国専用機のタラップを静かに上がっていった。 機内はまるでホテルのロビーのように広く、腰に負担が掛からない座席があった。「お飲み物は、如何致しましょうか?」「あの、アイスコーヒーをひとつ・・」「かしこまりました。」「余り緊張しなくていい。アイコ、これから長旅だから、暫く横になって休んでいた方がいいぞ。」「はい、わかりました。」セーラはそう言いながら、ファッション雑誌のページを捲った。「セーラ様、アイコ様のことをやけに気に掛けておられてますね。」「そうか?何事も最初は肝心だからな。それにアイコの不安を少しでも拭ってやるのが、姑であるわたしの役目というものだろう?」「そうですね。わたしも見習わなければ。」 リヒャルトは溜息を吐くと、飛行機が離陸体勢に入ったことに気づいた。『皆様、当機は間もなく離陸いたします。シートベルトのご装着をお確かめになられ、リクライニングの位置を元にお戻しください。』愛子はリクライニングの位置を元に戻し、シートベルトを装着した。数分後、轟音とともに専用機は滑走路から離陸していった。『最終目的地・リヒト市内の天気は曇りのち雪。天候の悪化に伴い着陸時間が遅れる可能性がございますので、ご了承ください。』機内アナウンスが流れ、ベルト着用のサイン消灯後、愛子はトイレへと向かった。「疲れていないかい?」「ええ・・」「もうすぐ機内食が出るから、待っていろ。」「わかりました。」愛子が座席に腰を下ろすと、客室乗務員が機内食を運んできた。「どうぞ。」「ありがとうございます。」客室乗務員が去った後、愛子はステーキを一口大に切り、それを良く噛んで肉の旨味を味わった。少しの間だけ、彼女は心の安らぎを得ていた。―FIN―にほんブログ村
Mar 10, 2013
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数時間後、愛子は溜息を吐きながらセーラ皇帝夫妻と向かい合わせになってイタリアンレストランの個室に座っていた。「余り緊張しないで。」「はい・・」「あの、わたし・・これからいいのでしょうか?」「何が?」「わたしは英語も話せませんし、社交術も心得ておりません。それに母子家庭ですし・・こんなわたしが、皇太子様の嫁として相応しいかどうか・・」「そんなことを言うな。英語や社交術なんて自然に身につくものだ。それに、ガブリエルに教えてもらえばいいじゃないか。」セーラはそう言って満面の笑みをガブリエルに向けると、彼は静かに頷いた。「君は何も心配しなくてもいい。僕が君を支えてあげるから。」「ありがとうございます。」そう言った愛子は、ガブリエルの手をしっかりと握った。 一週間後、ガブリエルとともに、愛子は婚約記者会見の席に臨んだ。 美しい刺繍が施されたタペストリーの前で微笑み合う一組のカップルに、世界中が注目した。「アイコさんの何処に惹かれたんですか?」「優しくて包容力があるところです。」「そうですか。皇太子様は以前、一人の女性を死においやったという噂がありますが、それは本当ですか?」意地悪な一人の記者が、そんな質問をガブリエルに向けると、彼は笑顔を浮かべてこう答えた。「確かに、わたしは以前、ある女性と付き合っておりました。しかし、価値観の違いからすれ違いが多くなり、自然消滅してしまいました。」事実はガブリエルの話とは全く異なっていたが、愛子はガブリエルの話に口を挟まなかった。「彼女には本当に済まなかったと思います。以上です。」過去を隠蔽(いんぺい)せず、自らの非を認めるガブリエルに、その記者はぐうの音も出なかった。「この度はご成婚、おめでとうございます。最後の質問です、お二人はどのようなご家庭を築きたいとお思いになられますか?」「そうですね。互いに支えあえる家庭を築きたいと思います。皆様、本日はお忙しいところ、ご足労頂きありがとうございました。」その様子は全世界で生中継され、愛子の母・光子はその時初めて娘が外国の王家に嫁ぐことを知った。『愛子、一体どういうことなの!?』「お母さん、ごめんね。何も知らせないで・・」『あたし、どうすればいいのか・・』「あたしだって色々とわからないわ。それよりも来週の土曜、時間ある?向こうのご両親が会いたいとおっしゃっているのよ。」『わかったわ。』母との通話を終えた愛子は、溜息を吐いた。ガブリエルとの婚約が発表された以上、これまでの平穏な日々が180度以上変わってしまうのは当然である。大学にも、普通に通学できないだろう。(わたし、頑張らないと・・)一抹の不安を抱えながら、愛子は結婚式に向けて準備を始めた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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元彼が結婚すると聞いたところで、愛子の心は微塵も動揺しなかった。篤と過ごした高校時代は、愛子の中では捨て去りたい過去だったから。自己中心的な性格で、裕福な家庭に育った甘ったれの篤に、愛子は散々振り回された。次第に彼に愛想が尽きて、愛子の方から別れを切り出したのだ。そんな彼が結婚するなんて、どうせ結婚相手は親同士が決めた相手に決まっている。愛子は自分のテーブルに戻ると、コーヒーを飲みながら焼きたてのパンを一口大にちぎって食べた。「ここ、いい?」愛子がスクランブルエッグを食べていると、料理の皿を持った篤がテーブルの前に立っていた。「嫌よ、どこか他を当たってよ。」「そんなこと言わないでさぁ・・」「あなた、一人じゃないんでしょ?だったら、愛しい彼女のところに行きなさいよ。」愛子がそう言った時、ガブリエルが空いている椅子の前に腰を下ろした。「愛子さん、ごめんね。遅れちゃって。」「いいえ、まだ食べ始めたばかりですから。」「そう。それは良かった。」ガブリエルがそう言って微笑んでいると、篤がジロリと彼を睨みつけた。「おたく、誰?俺の愛子に何か用?」「君こそ誰?愛子さん、あなたはこの人に見覚えがありますか?」「いいえ、全く。さっきからしつこく纏わりつかれて迷惑してるんです。」愛子の言葉に篤は赤面し、婚約者が居るテーブルへと戻っていった。「ありがとうございます、助かりました。」「あれ、元彼でしょう、君の?随分と未練たらたらなんだな。」「わたしの方は全然未練なんてありません。こちらから振ってやったので。」愛子はそう言うと、フレンチトーストを平らげた。「今日の正午、父上と母上がここに来る。その前に大事な話があるから、僕の部屋に来てくれないか?」「ええ、わかりました。」「じゃぁ、待ってるよ。」ガブリエルはそっと愛子のほうへとメモを滑らせると、彼女にウィンクして去っていった。(大事な話って、何だろう?) 上りのエレベーターを待ちながら、愛子はバッグの中からガブリエルが自分に渡したメモを取り出した。そこには、ホテルの部屋番号と思しき数字が書かれてあった。「すいません、待たせましたか?」「いいえ。」愛子がガブリエルの部屋に入ると、彼は読んでいた文庫本から顔を上げた。「あの、大事な話というのは・・」「僕と結婚してくれるかい?」「え?あの、わたしでいいんですか?」「何を言っているの。君と知り合ってから、君以外、妻に相応しい女性は居ないと思っているんだ。」ガブリエルはそう言って、スーツのポケットからビロードの箱を取り出し、愛子の前に跪いた。“Do you marry me, Aiko?”愛子は、ガブリエルのプロポーズに感激し、“Yes”と答えた。それが、彼女のシンデレラ・ストーリーの始まりだった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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韓国・ソウルで行われた環境シンポジウムに出席したセーラ皇帝夫妻は、良く朝早く仁川(インチョン)空港から成田へと向けて出発した。「セーラ様、これからアイコ様がお泊りになられているホテルにご滞在する予定ですか?」「ああ。あそこのホテルは支配人やオーナーとも親しいし、客のプライバシーを最優先してくれるところだからな。久しぶりの日本だから、ゆっくり滞在するとしよう。これから息子の結婚式のことで忙しくなりそうだし。」「それは、一体どういうことで・・」「さてと、少し疲れたのでわたしはもう寝る。成田に着いたら起こしてくれ。」セーラはそう言うと、座席のリクライニングを倒してそこに横になった。リヒャルトは彼女の意味深長な発言を聞いて首を傾げながら、鞄から文庫本を取り出してそれを読み始めた。 愛子はホテルのベッドから起き上がると、朝食を取りにレストランフロアへと向かおうと下りのエレベーターに乗り込んだ。丁度年末年始の時期で、愛子が乗り込んだときはホテルの宿泊客と思しき数組のグループがそこに居た。彼らが自分の方をジロジロと見ていることに気づいた愛子は、少しムッとして彼らに声を掛けた。「あの、わたしの顔に何かついてます?」「えっ・・」まさか話しかけられるとは思ってもいなかったようで、グループの男性陣が少しバツの悪そうな顔をして愛子を見た。「ちょっとぉ、彼女に失礼でしょう、謝りなさいよ。」男性陣の無礼を咎めたのは、彼らの連れと思しき数人の女性達だった。「ごめんなさい、礼儀を弁えない連中で。後でわたし達のほうから叱っておきますから、わたしに免じて許してやってください。」「はい、わかりました。」女性達と話している内に、愛子達を乗せたエレベーターはレストランフロアである2Fに到着した。愛子は女性達に礼を言って降りると、朝食のビュッフェがあるカフェへと入った。「吉家様ですね、あちらの奥のテーブルへどうぞ。」レジで食事券を愛子が提示すると、案内係の者が奥のテーブルへと案内してくれた。 奥のテーブルからは、都心の風景が一望できるいい場所だった。愛子はチェーン付の財布をバッグから取り出すと、それを肩に掛けて料理を取りに行った。(いっぱいあって、どれを取ろうか迷っちゃう・・)愛子がサラダを皿に載せながら、メインメニューの料理が並んでいるテーブルの方へと移動しようとしたとき、誰かに背後から突然肩を叩かれた。「愛子、愛子じゃないか。」「篤・・」 愛子が振り向くと、そこには高校時代付き合っていた元彼の相沢篤が立っていた。「何でお前がこんなところに居るんだ?」「ここに泊まっているからに決まってるでしょう?あなたこそ、どうしてここに?」「ちょっと結婚式の打ち合わせにね。結婚するんだ、俺。」「ふぅん、そうなの。それはおめでとう。」愛子はもうこれ以上篤と話したくなくて、くるりと彼に背を向けて再び料理を取り始めた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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一体この人達はどこからわいてきたんだろうと、愛子は混乱する頭で自分を取り囲んでいるマスコミを見ていた。「君達、一体そこで何をしているんだ!?」アパートの外が騒がしいことに気づいたガブリエルは、マスコミに取り囲まれている愛子の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。「皇太子様、そちらの女性は?」「君達には関係のないことだ!もしこんなことをしたら不法侵入で訴えるぞ!」ガブリエルがそう言ってマスコミを睨みつけると、彼らはすごすごと引き下がっていった。「大丈夫、あいつらに何か言われなかった?」「ええ、大丈夫です。それよりもガブリエルさん・・」「後は僕に任せて。」ガブリエルはタクシーを停めると、愛子をそれに乗せた。「君のアパートにもマスコミが待ち伏せしているかもしれないから、ここに書かれてあるホテルで僕が来るまで待っていて欲しい。」「はい、わかりました。」ガブリエルからメモを渡された愛子は、そこに書かれてあった住所を運転手に告げた。「じゃぁ、気をつけて。」「はい・・」 愛子を乗せたタクシーが次第に見えなくなると、ガブリエルは携帯を開いた。『ガブリエル?』「母上、これから込み入ったお話となりますが、今お時間よろしいでしょうか?」『そうか。丁度韓国でシンポジウムがあってな、明日には日本に行けるだろう。』「ありがとうございます、母上。」『詳しいことはナターリアから聞いている。例の彼女は?』「都内のホテルへと向かっています。」『そうか。わたしたちもそこに滞在する予定だ。余り神経質になるなよ。』「わかっています。それでは。」 数時間後、愛子は都内のホテルの一室で寛ぎながら、溜息を吐いた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。愛子はホテルの客室に置いてあったミネラルウォーターをグラスに注いで一口飲むと、神戸に居る母のことが気がかりで仕方がなく、彼女の携帯にかけた。「もしもし、お母さん?」『愛子、今何処?』「事情があってホテルに居るの。今そっちは大丈夫なの?」『大丈夫よ。もう店は閉めたから、今からマンションに帰るところよ。』「そう。」母が無事であることを確認した愛子はほっとして、母と他愛のない会話を交わした後、携帯を閉じた。シャワーでも浴びようかとバスローブに着替えて愛子が浴室に入った途端、客室に備え付けの電話が鳴った。「もしもし?」『吉家様、ルームサービスのご注文を承りましたので、係りの者をそちらに向かわせております。』「あの、ルームサービスなんて頼んでませんけど・・」フロントスタッフは愛子の言葉を聞いた途端、“申し訳ございません、こちらの不手際でした。”と彼女に陳謝した。(一体なんなの、気味が悪いったらないわ・・)暫く電話の受話器を握り締めながら、愛子は薄気味の悪さを感じていた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「随分、やつれましたね。」「うん、あんまり食べてなかったからね、ここ数日。」「カレーでも作りますけど、いいですか?」「何でもいいよ。」ガブリエルはそう言うと、気だるそうにダイニングテーブルに腰を下ろした。「じゃぁ、そこで待っていてください。」袋からにんじんと玉ねぎ、じゃがいもを取り出すと、愛子はそれを水で洗って包丁で皮を剥き、まな板の上で切り始めた。それらの動作には鮮やかにガブリエルの目には映った。「君、料理とかするの?」「ええ。まぁ、うちは母子家庭だったんで、殆ど外食やコンビニ弁当ばかりでしたけどね。でもそういうのも次第に飽きてきて、自分の弁当は自分で拵えるようになりました。」「そう。色々と苦労してきたんだね、君も。」「わたしは母子家庭だからって、周りから同情されたり哀れまれたりするのが嫌で、必死に両足で踏ん張ってきて生きてきました。」愛子はそうガブリエルと話している間にも、水に入れた鍋に火をつけ、肉と野菜を煮込んでいた。「僕も色々と苦労をしたもんね。皇太子ってだけで、色々と周りからうるさく干渉される。あれをしろ、これをしろと、いちいち僕が何かするたびにうるさく言う女官たちに四六時中まとわりつかれて、嫌気が差したよ。」ガブリエルは鬱陶しげに前髪をかき上げると、グラスの中に注がれた水を飲んだ。「まぁ、自由を満喫したのは日本に来てからだね。けれど、今回のことがあって色々と落ち込んだよ。」「元気出してください。あと少しでご飯出来ますから・・」愛子は溜息を吐いてカレー皿を食器棚から取り出し、炊き立てのご飯を炊飯器からそれに移し替えた。「どうですか?」「美味しいよ。初めてにしては上出来だね。」「ありがとうございます。」愛子は照れくさそうにそう言って笑うと、椅子の上に腰を下ろした。「今日はありがとう。」「いいえ、こちらこそ上がらせていただいてありがとうございました。またご飯つくりに来てもいいですか?」「構わないよ。君ならいつでも大歓迎だよ。」「ありがとうございます。」愛子はそう言ってガブリエルに頭を下げると、彼の部屋から出て行った。(良かった、元気出して貰えて・・)ガブリエルの身におきたことを愛美から聞き、愛子は居ても立っても居られず彼の部屋へと来てしまった。迷惑な顔をされて追い返されるのかと思ったのだが、彼は意外にも自分を温かく歓迎してくれた。このまま彼が元気になってくれればいいのだが―愛子はそう思いながらガブリエルのアパートを後にしようとしたとき、突然カメラのフラッシュが光った。(え、何?)一体何が起こっているのかわからず、愛子は必死にフラッシュから目を守ろうと、両腕で両目を覆った。「あなたがガブリエル皇太子様のフィアンセですか?」「ここにいらしたのは皇太子様を心配されてのことですか?」マスコミから矢継ぎ早に質問され、何本ものマイクを自分の前に突き出された愛子は、どうすればいいのかわからなくなった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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図書館に入ると、ガブリエルはそこでも冷たい視線を感じた。(一体何が起きてるんだ?)ガブリエルはPCの前に座りながらフェイスブックにログインすると、そこには信じられないものが画面上を埋め尽くしていた。 それは、自分への中傷コメントだった。“死ね。”“人殺し。”“死ね死ね死ね・・”延々と続く中傷コメントをマウスでスクロールしながら見ていると、ガブリエルは吐き気を覚えてフェイスブックをログアウトした。一体何が起こっているのかがわからず、ガブリエルは逃げるようにして図書館から出て行った。「ねぇ愛子、これ見てよ。」「これ、ガブリエルさんのページ?」「そうよ。この前森林公園で自殺した島田ゆかりって子、居るじゃない?あの子のページにガブリエルさんへの恨み辛みのメッセージがあったのよ。」愛美はそう言って愛子に島田ゆかりのページを見せると、彼女の自作と思しきポエムが何篇か載せられていた。そのどれもが、ガブリエルに対する恨み辛みを表現していた。「何これ・・」「ガブリエルさんのページ、中傷コメントに溢れてるよ。あたし朝練習のために今朝早めに大学に行ったのよね。そしたら、こんなものが大学中に貼られてて・・」愛美がコンビニのレジ袋から出したのは、A4サイズのビラだった。そこには、ガブリエルに対する誹謗中傷が書き連ねてあった。“ガブリエル皇太子は人命を軽視している。すぐさま廃嫡すべし”「酷いわ、一体誰がこんなことを・・」「知らないわ。でも、単独犯じゃないと思う。ネットに誹謗中傷の書き込みをしたのだって、誰かが扇動してやったのかもよ。ほら、“人の不幸は蜜の味”っていうじゃない?」愛美はそういいながら、オムライスを一口食べた。「セーラ様、先ほど大使館のホームページのサーバーがダウンしました。」「そうか。」「まさか、こんなことになるとは・・」「勝手に騒がせておけばいい。こういった輩は暇な人間が多いんだ。他人を中傷することで、持て余した時間を満たそうとしている。」「ガブリエルはどうしているのか、心配です。真っ先にあの子を抱きしめてあげたいのに。」リヒャルトは紫紺の瞳を潤ませながら、ノートパソコンをシャットダウンした。「もう、そんなものを見るな。見れば見るほど、お前が辛くなるだけだ。」「そうですね・・」「ガブリエルはこんなことで負けやしない。そうだろう?」セーラはそう言うと、そっと夫を抱きしめた。 ネット上でのガブリエルに対する誹謗中傷は、ますます酷くなっていくばかりだった。(どうして僕ばかりを責めるんだ、僕は何も悪いことはしてないのに!)ガブリエルは怒りや苛立ちを感じながら、誰とも会話を交わさぬまま一日を過ごした。ファミレスのバイトを暫く休むことを店長に電話で報告すると、店長はゆっくり休みなさいとだけ言ってくれた。今は誰とも会いたくはなかった。「・・エルさん、ガブリエルさん!」ある日の朝のこと、ガブリエルが眠い目を擦りながらベッドから起き上がると、誰かがドアを叩いている音がした。(誰だよ、こんな朝早くに・・)ガブリエルがゆっくりとドアを開けると、そこにはスーパーの袋を提げた愛子が立っていた。「どうしたの?」「あの、大学休んでるって聞いたから、心配してしまって・・上がっても、いいですか?」「構わないよ。」ガブリエルはそう言うと、ドアを開けて愛子を中へと招き入れた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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ゆかりの消息がわかったのは、ガブリエルが赤ん坊を預かってから数日後のことだった。『ガブリエルさんですか?こちら、S警察署の者ですが・・』ゆかりの遺体は、近くの森林公園のはずれにある雑木林の中で見つかった。発見したのは、犬を散歩した老人だったという。彼女はロープで首を吊り、その根元にはハイヒールが二足きちんと揃えられており、遺書らしきものもあった。そこには“恨む”とだけ、書かれてあった。「ガブリエルさん!」「愛子か・・済まないね、忙しいのに来てくれて。」 警察署の待合室でぐずる赤ん坊をあやしながら、ガブリエルはゆっくりと愛子を見た。彼の両目の下には黒い隈が出来ていた。「ゆかりさんが自殺って、どういうことですか?」「それは僕にも解らないよ・・何がなんだか・・」ガブリエルがそう言って溜息を吐くと、あの女子高生と彼女の両親と思しき中年の夫婦が彼らの方へと駆け寄ってきた。「あんたが姉ちゃんを殺したんだ!」女子高生はガブリエルを憎悪に満ちた目で睨みつけると、彼の胸を拳で殴った。「あんたが姉ちゃんを殺したんだ、この人殺し!」「みちる、やめなさい!」母親と思しき女性は必死に女子高生を止めながら、涙で顔を濡らしていた。「この度は、娘がご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありません。」 数分後、夫婦はそう言ってガブリエルに頭を下げた。「お願いです、どうしてゆかりは死んだんですか?」「実は・・」夫婦はぽつりぽつりと、ゆかりが自殺に至った経緯を話し出した。 ゆかりは高校生の頃、女癖の悪い彼氏と付き合い、その男に弄ばれた挙句に捨てられた。だが彼女は男に騙されてもなおその男を信じ、挙句の果てには妊娠してしまった。中絶をした彼女は精神が不安定な状態となり、高校を卒業後は家に引き籠ってしまった。そんな中、ゆかりが偶然読んだのは、ガブリエルに関する週刊誌の記事だったという。「娘は、“この人がわたしの運命の人だ”といつも言っていました。私たちは娘が元気になればいいと思ってました。けれども、彼女の異変に気づいてあげられなかった。」言葉の端々に娘の異変に気づけなかった悔しさを滲ませながら、母親はそう言って俯いた。「そんな時、娘の妊娠が判ったのは一年前のことでした。“この子の父親はあの人よ”と、娘はそう言うばかりで、お腹の子の父親のことは何も言いませんでした。」「そんなことが・・」「あなたにはご迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ありません。この子は責任を持ってわたくしどもが育てます。」 夫婦は赤ん坊を抱き、警察署から出て行くまで何度もガブリエルに頭を下げた。「もう帰りましょうか?」「ああ。何だか、彼女は色々と辛い目に遭ってきたんだな。もっと彼女と話し合って誤解を解けばよかった。」「自分を余り責めないでください。あなたは何も悪くないんですから。」「そうかな・・」ガブリエルは涙を堪え、空を仰いだ。『そうか。今はゆっくり休め。色々と整理したいことがあるだろう。』「申し訳ございません、母上。ご迷惑をお掛けいたしました。」『こんな結果になって残念だと思う。ただ、お前は色々と一人で物事を抱え込むことがあるから、周囲の雑音には耳を塞げよ。』「わかりました。おやすみなさい、母上。」ガブリエルは部屋の電気を消して、ベッドのシーツに包まって眠った。 翌日、ガブリエルが大学へと向かって教室に入ると、皆ガブリエルが入ってきた途端潮が引いたかのように人垣が二つに割れた。(何だ?)講義を受けている間も、冷たい視線を背後に感じながら、ガブリエルは首をかしげながら図書館へと向かった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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その記事がインターネット上に載ったのは、ガブリエルが謎の少女から赤ん坊を押し付けられた日の夜のことだった。『一体これはどういうことだ、わかるように説明しろ!』案の定、ガブリエルの携帯にセーラの怒りの着信が何件も来ており、赤ん坊が寝入った後にガブリエルが怒り狂う母の声を聞いたのは、もう日付が変わろうとした真夜中のことだった。「僕も何が何だかわからないよ。突然ぶつかろうとした女の子から赤ん坊を押し付けられたの!」『それで今、その子は?』「僕が面倒見てるよ。真冬の路上に赤ん坊を放り出すわけにもいかないだろ?」『警察に届けたらどうだ?』「そうするよ。」ガブリエルは携帯を閉じると、布団の上に寝かせている赤ん坊を見た。 さっきおむつを交換したとき、この子は男の子だとわかったが、身元が判るものは何もなかった。それにさっきの少女は自分に何も名乗らずにさっさと立ち去ってしまった。警察に届け出た方がよさそうだ―そう思いながらガブリエルは目を閉じた。 翌朝、ガブリエルが赤ん坊を抱きながら警察署へと向かうと、年末年始のパトロールで出払っているのか、数人の警官しかいなかった。「すいません・・」「何でしょう?」「昨日、女子高生から突然赤ん坊を押し付けられたんです。」「そうですか。あなたの氏名をお教えいただけますか?」「はい・・」ガブリエルは赤ん坊と少女の身元を調べてくれるよう警察に頼むと、警察署を後にした。 警察署から出て彼が自宅アパートへと戻ると、大家さんがやって来た。「ガブリエルさん、その子は?」「ああ、この子は昨日、突然押し付けられたんですよ。」「押し付けられたって、誰に?」「全く知らない人ですよ。ああ、でも彼女、T女学院の制服を着ていたなぁ。」「T女学院?ここから電車で15分くらいかかるところで、超お嬢様学校じゃない。そんな子が、どうして赤ん坊なんか?」「それがわかれば苦労しませんよ。さっき警察にその子の身元を調べてくれるようお願いしましたよ。」「そう。連絡あればいいわねぇ。ガブリエルさん、見つかるまであたしが赤ちゃんの面倒見るから。」「すいません、ご迷惑をおかけして・・」「いいのよ。それよりもね、うちに上がらない?この間あなたのこと待っていた女の子について、話したいことがあるのよ。」「そうですか、それじゃぁお言葉に甘えて。」 大家の家のリビングに上がると、そこは中央にこたつが置かれており、その前にはテレビが置かれ、本棚には家計簿と生け花の本が数冊、置かれていた。「さぁ、どうぞ。」「お邪魔致します。あの、この間僕を待っていた女の子というのは、島田ゆかりっていう子じゃありませんでした?」「ええ、その子よ。確か、“子どもが出来たから責任を取って欲しい。”とか何とか訳のわからないこと言ってたわ。」大家はそう言って湯飲みに茶を入れながら、ガブリエルを見た。「老婆心を出すようで申し訳ないんだけどね、うちは女性関係のトラブルがある人はお断りなの。ガブリエルさん、相手の子が変な事しないように、一度彼女と話し合ってみたらどうかしら?」「そうします。」大家さんからゆかりに関する有力な情報を得たガブリエルは、彼女と連絡を取ろうと彼女の携帯に掛けたが、繋がらなかった。(一体どうしたんだろう?)ゆかりの携帯が繋がらないことに不審を抱いたガブリエルは、妙な胸騒ぎを覚えた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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クリスマスパーティーから一夜明け、大学の冬休みもあと少しで終わろうとしているとき、愛子は再び神戸の実家に帰省しようとしたが、あいにく新幹線の切符が取れなかったため、新年を東京で過ごすことにした。大学入学を機に上京して以来、愛子は一人で年越しをするのはもはや慣れていたが、神戸の実家で母と正月を過ごせないのが少し残念に思えてならなかった。 上京する前は、いつも母と些細な事で喧嘩をしていたが、それすら懐かしく思えてしまう。(どうしようかな・・)一人で過ごすのだから、お節を作らずに済むし、雑煮を作るのも面倒だから、三箇日は外食か出来合いの惣菜を食べようと愛子がそう思い始めていると、玄関のチャイムが鳴った。「どちら様ですか?」ドア越しにそう愛子は声を掛けたが、返事が返ってこず、彼女は不審に思いながらもドアチェーンを掛け、ドアを半開きにして外の様子を覗き見た。すると、そこには赤ん坊を抱えた中高生と思しき少女が立っていた。冬休み中であるのに、お嬢様学校として有名な私立女子校の制服を纏った少女は、何処か思いつめた表情を浮かべながら赤ん坊をあやしていた。「あの、うちに何かご用ですか?」「・・すいません、こちらに薗崎さんという方はいらっしゃいませんか?」「いいえ。その人はもう引っ越しました。」「そうですか・・」少女に詳しい事情を聞いてみたかったが、前の住人について何の情報も持っていない愛子は、そのまま少女が立ち去るのを待ってドアを閉めた。 一方ガブリエルは、ファミリーレストランでのアルバイトを終え、疲れた身体を半ば引き摺るようにしながら自宅アパートへと自転車を走らせていた。あと少しで着くというときに、不意に住宅街の角から一人の少女が飛び出してきた。ガブリエルは咄嗟に自転車のブレーキを掛け、少女にぶつかりそうになるのを辛うじて避けた。「いきなり飛び出してきて、危ないだろ!?」そう少女に怒鳴ったガブリエルだったが、彼女は謝るどころかジロリとガブリエルを睨みつけてきた。「君、こういうときは“ごめんなさい”と謝るのが普通でしょう?それなのに相手を睨みつけるなんて、パパとママからそういう事をしろと教わったの?」ガブリエルは少し腹が立ってきて、少女を非難したが、彼女は無言のままガブリエルに近づくと、腕に持っていた何かを彼の方へと突き出した。 それは、生後2ヶ月と思しき赤ん坊だった。「これ、あなたの子どもだから。」「は、何言ってんの!?君は一体誰?」「暫く預かってよ、この子。あんたの所為で、家の中滅茶苦茶なんだから。」少女はガブリエルに赤ん坊を押し付けると、元来た道へと戻っていった。「おい、待てよ!」慌てて彼女を追おうとしたが、腕の中で赤ん坊がぐずり始めたので、ガブリエルは彼女を追うことを諦め、自転車を路上に置いて鍵を抜くと、近くのドラッグストアに駆け込んだ。「すいません、ベビー用品売り場は何処ですか?」「店の奥にございます。お客様、差し出がましいようですが、お子さん見ましょうか?」「すいません、ありがとうございます。」店員に赤ん坊を預け、ガブリエルは粉ミルクと哺乳瓶、紙おむつを買い物カゴに入れ、レジへと向かった。「すいません、本当に。」「いえ。ミルクは人肌程度に温めてください。詳しい作り方は缶の裏に書かれてますから。」店員の優しさに触れ、ガブリエルは彼に何度も頭を下げると、赤ん坊を抱えながらドラックストアから出て行った。その姿を、パパラッチのカメラが捉えていた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「どうしたの?」「あの、わたしここに居ていいんでしょうか?」「何を言っているの?僕が招待したんだから、君はここに居ていいんだよ。」ガブリエルの言葉に、愛子は泣きそうになった。「大丈夫、何処か気分悪いの?」「いいえ。わたし、これから頑張ります。ガブリエルさんに相応しい女性になるために。」「それは告白しているの?」愛子は顔を上げると、ガブリエルは照れ臭そうに笑いながら彼女を見ていた。「さてと、今日は付き合ってくれてありがとう。」「こちらこそ、貴重な時間をくださってありがとうございました。」パーティーが終わり、愛子をアパートの前まで送り届けたガブリエルは、そっと彼女の頬にキスをした。「ナターリアがまた君に会いたいって言っていたよ。あいつは人の好き嫌いが激しくてね。滅多にあいつに気に入られた者はいないんだ。君はラッキーだよ。」「そうだったんですか・・」やけにナターリアが色々と気遣ってくれているのは自分を気に入っているからだという理由がわかり、愛子はほっと安堵の表情を浮かんだ。「わたし、彼女に嫌われたのだと思いました・・」「まぁ、初対面の人間に対してあいつはかなり手厳しいからね。多少誤解を招くような言動をするかもしれないが。あれはあいつにとっての一種の“テスト”のようなものなんだ。」「ではわたしは、その“テスト”に合格したということですね?」「そういうことだ。だから、自分の無学さを恥じたりすることはない。わからないことは色々と聞いて。」「ありがとうございます、お休みなさい。」ガブリエルは愛子がアパートの部屋に入るのを見届けてから、リムジンを出すよう運転手に命じた。「あの子・・確かアイコさんといったな。ガブリエルとは相性がいいかもしれん。」「何故、そのようなことがわかるのですか?」滞在先のホテルでセーラが寛ぎながらそうワイングラスを傾けていると、リヒャルトはそう言って妻を見た。「男女の仲というものは、本人ですらわからないものだ。わたしたちだって、そうだろう?」「まぁ、そうですね。それよりもアイコさんは、これからご苦労なされることでしょう。」リヒャルトは、愛子がローゼンシュルツ宮廷に入ると、皇太后・アンジェリカが皇太子妃時代に味わった苦労をするのではないのかと懸念していた。「今はもう血統を重んじる時代ではないし、平民出身だからとあれやこれや言う輩も居ない。いまどきそんなことを言うような輩は、黙らせておけばいい。」セーラはそう言うと、ワインを飲んだ。「やっぱり日本に帰ると、宮廷に居るよりゆっくりできるな。」「またそのようなことをおっしゃられて・・そろそろお休みになられては?明日もスケジュールが詰まっておりますし。」「それもそうだな。」セーラはワインをテーブルの上に置くと、寝室へと入っていった。「リヒャルト、お休み。」「お休みなさい、セーラ様。」寝室のドアを閉め、リヒャルトはテーブルの上に置かれたワインを飲んだ。今年のローゼンシュルツ産のワインは良作だ―彼はそう思いながらほくそ笑んだ。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「何するのよ、離してったら~!」 一方、大使館の警備員にゆかりは両脇を固められ、外へとつまみ出されそうになっていた。(どうしてわたしがこんな目に遭うのよ!わたしはガブリエルの彼女なのに!)「わたしは将来のローゼンシュルツ皇太子妃となる女なのよ!こんな無礼な振る舞い、許されると思ってるの!?」ゆかりはそう警備員達に抗議したが、彼らはゆかりを完全に無視していた。「申し訳ございませんが、お帰りください。」警備員達は慇懃無礼な口調で、ゆかりを外へと放り出した。「ちょっと、待ちなさいよ!」仕事を終えた彼らは、ゆかりが再び大使館内に侵入できぬよう裏門の鍵を締めた。「開けなさい、あたしはまだガブリエルに話があるのよ!ここを開けなさいったら!」ゆかりの叫びは、誰にも届かなかった。「それにしてもさっきの女は一体何者なのかしら?」「何だか訳のわからないことを喚いておりましたわね。しかもあのドレス、下品なデザインでしたわね。」「ええ、本当に。まるで場末の酒場で働いている娼婦のような格好だったわ!」大広間で貴婦人達はゆかりのことを散々けなしながら、社交界のゴシップに花を咲かせていた。そんな中、愛子は壁際に立って一言も発さずにシャンパンを飲んでいた。この場で話される会話は政治経済や時事問題など、ハイレベルなもので、碌に新聞を読んでいない愛子にとってついていけないものばかりだった。ガブリエルは学友達と盛り上がっているし、皇帝夫妻はロシア語で大使夫妻と何やら談笑していた。とんでもなく自分は場違いな場所にあると、愛子は痛感していた。「あらあなた、こんなところに居たの?」不意に頭上から声が聞こえ、愛子が俯いた顔を上げると、ナターリアが怪訝そうな顔をして自分をじっと見ていた。「お兄様たちのところへは行かないの?」「ええ・・わたし、もう帰ります。」「そんなことおっしゃらないで。わたしね、普段こういう場所に出るのは苦手なの。余り堅苦しい話とか振られてもどう答えたらいいのかわからないし、かといって下手なことを言えば後で色々といわれるし・・一国の皇女って、結構大変なのよ。」「そうだったんですか・・」「ただ綺麗なドレスを着てシンデレラみたいに優雅な生活を送るのなんて、そんなの嘘。毎日決められた時間に起きて、分刻みのスケジュールをこなして、様々な行事に出席して・・毎日寝不足よ。それに四六時中誰かから見られるのよ。」ナターリアはそう言うと、愛子を見た。「こんなところに来てしまって、場違いなんじゃないかと思うんです。皆さんが話されている事が全然解らなくて・・」「勉強するのは今からでも遅くはないわ。だから、頑張ってね。」ナターリアは愛子を励ますかのように彼女の肩を叩くと、皇帝夫妻の方へと向かった。(勉強するのは今からでも遅くはない、か・・)今のままではいけない―愛子はそう思いながらゆっくりとガブリエルの方へと歩いていった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「何処まで聞いたの?」「あなたが自分のことを話したがらないのは、高校時代に嫌な目に遭ってきたからだって・・」「母上は、そんなことを君に話したのか・・」ガブリエルは呆れたように笑うと、そう言って溜息を吐いた。「一体高校時代に何があったんですか?」「余り詳しくは言いたくないし、話せば長くなると思う。」「構いません。誰にも話しませんから。」「そう・・」ガブリエルはそう言うと、高校時代に起きた、忌まわしい出来事を話した。 ハプスブルク家のアンジェリカ皇子とともに日本へと留学したガブリエルだったが、彼らが留学していることがマスコミにバレてしまい、ガブリエル達は毎日マスコミに取り囲まれ、勉強どころではなくなってしまう生活を送る羽目になった。その上、同級生達やその保護者達からの苦情が殺到し、ガブリエル達は志半ばで母の母校を追い出されるようなかたちで去った。それからガブリエルは別の学校で勉強し、高校を卒業した。高校時代のトラウマからか、ガブリエルは極力人付き合いを避けるようになった。600年続く王の血を継いでいる皇太子という地位に縛られ、母国では息をすることすらままならぬ日々を送っていたが、日本では誰も自分を知らないし、誰も自分の行動を止めたりはしない。生まれて初めて感じた自由を、ガブリエルは日本で満喫していた。「だから僕は大学を卒業するまで日本で暮らしたかった。」「そうなんですか。そんなことがあったなんて、知りませんでした。」「知らなくてもいいんだよ。それよりも、こんな茶番に付き合わせちゃってごめんね。ここはもう寒いしもう戻ろうか?」「はい・・」愛子とガブリエルが建物の中へと戻ろうとすると、誰かが動いた気配がした。「ガブリエル、誰よその女!」茂みから突如として現れたのは、ガブリエルに交際を迫った島田ゆかりだった。警備の薄い場所から忍び込んできたのか、それとも誰かに連れられたついでに来たのか、薔薇色のパーティードレスを纏っていた。「あたしと付き合っているのに、パーティーには他の女を連れて来たのね!」逆上したゆかりはそう言ってバッグからナイフを取り出すと、それを握り締めてガブリエルの方へと突進してきた。「一体何の騒ぎだ!?」中から外の様子を見ていたセーラが数人の女官を従えながらプールサイドに現れると、ゆかりはナイフを投げ捨て、セーラの前に跪いた。「お初にお目にかかれて光栄ですわ、陛下。わたくしは・・」「お騒がせしてしまって申し訳ありませんでした、母上。君、この子を外へ。」「かしこまりました、皇太子様。」警備の者がゆかりの両腕を掴み、プールサイドから出て行った。「あれが、昔お前に付き纏っていた女か、ガブリエル?」「はい。一方的に自分達は付き合っていると言っては、僕に付き纏って・・」「ガブリエル、お前は彼女に自分の本心を話したのか?」「ええ。話しましたよ。」「だが、さっきの様子を見る限り、彼女は納得していないようだぞ?一度、彼女と話し合ったらどうだ?」「ですが、母上・・」「このまま何もはっきりさせずズルズルとしていたら、向こうが勘違いするだけだ。わたしの言っている意味はわかるな?」何も反論できないガブリエルの肩を叩くと、セーラはプールサイドから去っていった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「父上、母上。」「久しぶりだな、ガブリエル。そちらが、お前のフィアンセか?」そう言って自分達の方へと振り向いたセーラ皇帝は、カールした金髪を揺らしながら愛子を見た。「いえ、わたしは・・」「母上、申し訳ありません。この度は・・」「何を誤ることがある、ガブリエル。言わせておきたいやつには言わせておけばいい。」ガブリエルの言葉を途中で遮り、セーラはそう言うと、そっと愛子の手を握った。「息子の気まぐれに巻き込ませてしまって申し訳ない。」「いいえ、あの・・」「まぁ、詳しいことは後で話そう。」ガブリエルをじろりと睨みながら、セーラは愛子の手を取って貴族たちの方へと歩いていった。「あの、わたし何も解らなくて・・」「そんなに硬くなることはない。ただ挨拶するだけだから。」「そうですか・・」「これは陛下、お久しぶりです。そちらが、未来の皇太子妃様ですか?」一人の貴婦人がそういうと、ちらりと愛子を見た。「さぁ、それはどうかな。息子はまだ、独身生活を満喫したいらしいようだから。」「あら、そうですの。それよりもセーラ様、ガブリエル様が独身ならば、うちの娘を・・」「それは遠慮しておこう。」ガブリエルは貴婦人の言葉を一蹴すると、愛子の手を掴んで料理が並んであるテーブルの方へと向かった。そこには色とりどりのスイーツや料理が並び、ローゼンシュルツの最高級白ワインが置かれてあった。「どうぞ、好きな物を。」「いいんですか?」「いきなり連れてこられて、緊張の所為で空腹を感じているんじゃないかと思ってね。わたしも、色々と忙しくて余り食べていなくてね。」セーラはそう言って笑うと、皿の上に料理を載せた。「そうですか、じゃぁいただきます・・」愛子は少しためらった後、皿の上に肉じゃがを載せた。「さてと、誰にも邪魔されないところで食べようか。」 そう言ったセーラが愛子を連れてきたのは、人気がない執務室だった。「セーラ様、わたし・・」「ガブリエルは、余り感情を表に出さない子でね。一人で何でも抱え込むタイプなんだ。だから、わたしはあの子が日本でトラブルに巻き込まれていることを全く知らず、助けてやれなかった。」セーラはそう言って俯くと、溜息を吐いた。「わたし、ガブリエルさんのこと何も知りません。高校生の時日本に来たといってましたけど、どんな生活を送っているのかは知りませんでした。」「まぁ、あの子は余り人を信じないからな。その原因は、高校時代に色々と嫌な目に遭ったからだと思う。まぁ詳しくは、本人から言えばいい。」セーラはそう言うと、執務室から出て行った。一人残された愛子は溜息をつきながら、肉じゃがを食べた。頭の中には、セーラの言葉が何度も浮かんできた。(ガブリエルさんが高校時代に嫌な目に遭ったって、どういうことなんだろう?)一体何があったのか、愛子は本人に聞きたくて執務室から出て行った。すると、貴族と思しき令嬢が何人かガブリエルを取り囲んで何かを話していた。それを見た愛子は少しムッとした。(何なのよ、勝手に連れて来た癖に他の女とイチャつくだなんて・・)愛子はつかつかとガブリエルの方へと歩くと、彼の肩を叩いた。「君達、もう行ってくれないか?」「あら、まだお話は終わっておりませんわ、皇太子様。」「そうですとも。」令嬢達はジロジロと愛子の方を見ながら、そう言って笑った。「もう君たちとは話は終わったよ。さっさと帰ってくれないか?」ガブリエルが真顔で令嬢達を見ると、彼女達はつまらなそうにそそくさと大広間から出て行った。「ねぇ、僕に聞きたいことがあるんでしょう?さっき母上から何か言われたの?」「はい。」「そう。じゃぁ、あっちで話そうか。」ガブリエルはそう言うと、愛子の手を握りプールサイドへと向かった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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その夜、愛子はアパートの前でガブリエルの迎えが来るのを待っていた。『服は普段着でいいよ。ブティックで着替えることになったから。』そう携帯で言われたのが、数時間前のことだった。だが約束の時間となっても、ガブリエルは来なかった。(どうしたんだろう、ガブリエルさん。まさか、事故にでも・・)「待たせたね。」一台のリムジンがスーッと愛子の前に停まると、中からガブリエルが出てきた。「遅かったですね。どうしたんですか?」「ああ。ブティックに行こうか。君が着替えた後話しをするから。」「わかりました。」そう言った愛子は、ガブリエルとともにリムジンへと乗り込んだ。数分後、愛子はブティックで碧いドレスに着替え、いつも下ろしていた長い黒髪はシニョンに結い上げられていた。「さてと、もう時間がないから行こうか。」「あの、ガブリエルさん。ひとつ質問があるんですけれど・・」「いいよ。」「どうして、遅れたんですか?」「それが、妹が君の顔を見たいって突然言い出してね。パーティーが始まる前に君と会いたいって言われて・・」「そうだったんですか。妹さんとは仲が良いんですか?」「まぁね。子供の頃は良く喧嘩していたけど。」リムジンが銀座から大使館がある赤坂へと向かっている間、ガブリエルは家族のことを話した。「ローゼンシュルツの皇太子様だっていうことに、全く気づきませんでした。」「気づかれないようにしてたんだよ。あれこれ詮索されるのは嫌だからね。それに、パパラッチに取り囲まれるのもいい加減嫌気がさしてきたし。」ガブリエルは溜息を吐きながら、窓の外を見た。そんな彼の横顔を眺めながら、自分には知らない世界があることを愛子は知った。「さてと、そろそろ着くよ。」「はい・・」リムジンが大使館の正面玄関前に到着しようすると、そこには多くの取材陣が陣取っていた。(これは、厄介だな・・)愛子を連れてリムジンから降りたら、彼女はマスコミの餌食となってしまう。自分の所為で愛子が醜聞に巻き込まれることは、絶対に避けたかった。「すまないが、裏に回ってくれないか?ここは渋滞しやすいから、妹との約束に遅れるかもしれない。」運転手はガブリエルの言葉に頷くと、Uターンして裏口のほうへと回った。「どうしたんですか?」「マスコミが待ち伏せしてたんだ。でもここからなら、彼らも追ってこないだろう。」ガブリエルは愛子をエスコートしながら、大使館の中へと入っていった。『お兄様!』 大使館の中へと入るなり、一人の少女が艶やかな黒髪を揺らしながらガブリエルの方へと駆け寄ると、彼に抱きついてきた。『ナターリア、久しぶりだね。ナターリア、こちらは・・』『あら、あなたがお兄様のフィアンセ?』少女はまるで値踏みするかのような視線を愛子に送ると、頭を下げた。「初めまして、妹のナターリアと申します。」「は、初めまして・・」「まさかあなたのような方が兄のフィアンセだなんて、思いもしませんでしたわ。だって兄の好みとは全然違う・・」「うるさいぞ、ナターリア。済まないな、こんな妹で。」「いえ・・」「さぁ行こう。両親が向こうで待ってる。」「わかりました。」ガブリエルにエスコートされながら、愛子はパーティー会場となっている大広間へと向かった。 白鳥と白薔薇の彫刻が施された大広間の扉を開けた途端、プロの管弦楽団の生演奏と盛装した男女の笑いさざめく声だった。それが、自分達が入ってきたことでまるで水を打ったかのように静まり返った。愛子は居心地の悪さを感じ、俯いた。「大丈夫だよ、僕がついてる。」愛子の緊張が伝わったのか、ガブリエルはそっと彼女の手を握って微笑んだ。彼らは、奥で談笑しているセーラ皇帝とその夫・リヒャルトの方へと向かった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「アイコさん。」「ガブリエルさん、あの・・」「こっちだよ、ほら。」ガブリエルに連れられて愛子は、高級ブティック店へとやって来た。「ここでドレスを?」「ああ。」「でも、高いんじゃないんですか?」「そんなこと言わないの。ここは貸衣装も扱っているから、心配要らないよ。」「そうですか・・」店に入ると、美しい店員が数人、ガブリエルに向かって微笑んだ。「いらっしゃいませ、今日はどのようなものを?」「この子に一番合うドレスを選んでくれ。」「かしこまりました。では、こちらへ。」店員に連れられ、愛子は試着室へと向かった。「あの・・」「アイコさんですよね?あなたのことを、よく存じ上げております。」「え、そうですか・・」「余り心配なさらないでくださいね。」店員は満面の笑みを、愛子に浮かべた。 数分後、試着室から出てきた愛子は、碧いドレスを着て出てきた。「良く似合っているよ。」「そうですか・・」「自分で見てごらん。」「はい・・」鏡の前に立った愛子は、溜息を吐きながら初めて着るドレスを恐る恐る摘んだ。まるで、シンデレラになったような気分だった。「あの、本当にいいのですか?わたしみたいなのが、一緒にパーティーに出ても。」「いいに決まってるだろ。ああそうだ、パーティーのときに妹が日本に来るんだ。その時、君を家族に紹介するよ。」「え・・」それはまるで、告白しているようなものではないか。「あの、それはどういう・・」「他意はないから、気にしないで。」ガブリエルはそう言って愛子に微笑んだ。 2週間後、ローゼンシュルツ王国皇帝一家が来日し、沿道には皇帝夫妻に向かって旗を振り歓声を上げる群衆が並んでいた。その様子をテレビで見ていた愛子は、皇帝夫妻の隣にガブリエルが立っていることに気づいた。(もしかして、ガブリエルさんは・・)慌ててノートパソコンを起動させ、愛子がフェイスブックを開くと、そこにはセーラ皇帝夫妻のページがインターネット検索語上位に入っていた。そのページを開いた愛子は、ガブリエルが皇太子であることを初めて知った。何だか、今夜のパーティーに出ることが怖くなってしまった。「ねぇ、パーティーには行くの?」「勿論よ。」「愛子、どうしたの?」「ううん・・なんでもない。」「そう。食欲ないなと思ったから・・」「ちょっと、ね。」食堂で愛子は言葉をそう濁しながら、トレイを持ってそれを返却口へと持っていった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「ねぇ君、ちょっと時間あるかな?」「え、はい・・」愛子は突然廊下でガブリエルに話しかけられ、首を傾げながら彼の後をついていった。「あのね、実は君に頼みたいことがあるんだ。」「頼みたいこと?」「2週間後に、ローゼンシュルツ大使館でクリスマスパーティーがあることは知ってる?」「ええ。みんなお洒落するって張り切ってますけど、わたしはそんな余裕ないので・・」愛子が所属する英文学科の学生達の何人かはローゼンシュルツ大使館のクリスマスパーティーから招待されてはいるものの、実際に出席するのは数人くらいしかいない。それに愛子は、あんな華やかな場に自分は相応しくないと思っている。母子家庭で、子どもの頃に友達から誕生日会に呼ばれても、着ていく服がなかったから断るしかなかった。そのうち誰も誕生日会に呼んでくれなくなり、それと比例して友達と余り遊ばなくなった。“ねぇ、あの子・・”“ああ、あそこ母子家庭なんですって?この間、若い男と歩いているの見たわよぉ”“いやぁね。”大人たちの会話から垣間見える自分達親子への蔑みの視線。それが嫌で、地元の短大ではなく東京の大学を選んだ。「どうしたの?」「いいえ、何でもありません。」ハッと我に返ると、ガブリエルが訝しげな顔をして愛子を見ていた。「あの、それでわたしに頼みって・・」「ああ、そうだった。実はね、一緒にそのクリスマスパーティーに行ってくれないかなと思って。」「クリスマスパーティーに、ですか?」「うん。もし君がよければ、の話だけど。」「わたし、ドレスも何も持ってませんし、場違いじゃないでしょうか?」「そうかな?ドレスなんか貸衣装でも大丈夫だよ。それにパーティーだからといって、やけに着飾るだけが目的じゃない。」「でも・・」更に言い募ろうとした愛子を手で制して、ガブリエルは微笑んだ。「君は自分ではまだ気づいていないだろうけど、君は魅力ある女性だよ。ダイヤの原石だ。」「そんな・・」「もしパーティーに行く気があるのなら、ここへ来て。放課後、待ってるよ。」ガブリエルはそう言って一枚のメモを渡すと、颯爽(さっそう)と去っていった。(どうしよう・・)ガブリエルから渡されたメモを見ながら、愛子は溜息を吐いた。「どうしたの、溜息なんか吐いて?」「あのね、ガブリエルさんからクリスマスパーティーに誘われたのよ。それで、どうしようかなって・・」「あら、行っちゃいなさいよ!何も遠慮することないわ!」「じゃぁ、行ってみようかな・・」「そうよ、その意気よ!」愛美はそう言うと、愛子の肩を叩いた。(え~っと、ここかなぁ・・) 放課後、ガブリエルから渡されたメモに書かれた住所をたよりに愛子は、銀座へとやって来た。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「そんなに、怒鳴らなくたっていいじゃない。ただ、ガブリエルのことが心配で来たのに。」女性はそう言って涙で潤んだ目でガブリエルを見ると、彼は冷たい目で彼女を見下ろしていた。「心配?心にもないことを。知ってるんだよ、付き合っても居ないのに君があることないこと大学内で言いふらしてるの。」「だって・・」「言い訳はもう聞きたくない。それに君の顔も見たくないから、さっさと消えてくれる?」ガブリエルは女性に背を向け、ドアを開けて中へと入った。「ねぇ、お願いだから部屋に入れてよ!」ドアの向こうで、女性が泣きながらドアを叩く音がしたが、ガブリエルは無視した。ドアを開ける代わりに、彼は警察に通報した。「もしもし?今家の前で不審な女がうろついているんですけど・・」 数分後、警官と女性が口論する声を聞きながら、ガブリエルは夕飯を作った。(全く、ここに引っ越してからはもう彼女に付き纏われることはないかと思ったのに・・詰めが甘かったな。)ガブリエルは溜息を吐きながら、出来上がったハンバーグを皿の上に載せた。あの女性は、ガブリエルと同じ大学に通う女子大生・島田ゆかりだった。ゆかりとの出会いは、アルバイト先のファミリーレストランだった。 ロイヤルファミリーの一員でありながら、ガブリエルは留学中はアルバイトをして生活費を稼ぐと決め、両親からの仕送りを一切拒否した。今住んでいるアパートの前は、学生寮に住んでいた。食堂で三食食べられるし、光熱費は寮費の内に入っていたので、ガブリエルは学生生活を満喫していたのだが、その生活に暗雲が立ち込めたのは、ゆかりが自分と付き合っているという嘘を大学内から言いふらし始めた時からだった。“あたし、ガブリエルさんのお嫁さんになるの。”突然そんなことをバイト先で言い出したゆかりは、周囲をドン引きさせた。ガブリエルはバイト仲間には先に根回ししていたので、ゆかりは暴走することはなかったのだが、困ったのは大学内でガブリエルとゆかりが公認のカップルだと思い込んでいる連中が少なからずいたということだった。たまたま同じ講義を受けているからといって、『結婚はまだ?』と冷やかしに来る学生達にうんざりしていた。やがてそれは寮生活にも支障をきたすようになり、ガブリエルは大学から一駅分ほどの距離にあるアパートを借り、学生寮から出て行った。 それからゆかりはガブリエルの周辺をうろつくことはなくなり、漸く平穏な日々が戻ってきたと思った矢先のことだった。一体彼女は、何処まで自分の生活をかき回せば済むのだろうか。いい加減自分の周辺をうろつくのはやめて欲しい。ガブリエルがゆかりへの怒りを募らせていると、玄関のチャイムが鳴った。「ガブリエルさん、いるの~?」「はい、何ですか?」ドアを開けると、大家が困惑した表情を浮かべながら玄関先に立っていた。「あのねぇ、アパートの外階段の前であなたに会いたいって言ってる女の子が座ってて、迷惑してるのよぉ。」ゆかりのことだと、ガブリエルは思った。「大家さん、彼女が居座っているようなら、警察を呼んでください。」「そう?でも警察はねぇ・・ご近所さんの目もあるし・・」なるべく揉め事を起こしたくないと遠まわしにガブリエルに伝えた大家は、少し渋い顔をした。彼女の腕に抱かれている小型犬は、ガブリエルを威嚇するかのように唸っている。「僕は彼女とは何の関係もありません。では。」「あ、ちょっと~」大家が抗議する声を無視し、ガブリエルはドアを閉めた後、チェーンをつけた。何だかどっと疲れてきて、ガブリエルは浴室で冷たいシャワーを頭から浴びた。髪をドライヤーで乾かしていると、こたつの上に置かれてある携帯が鳴った。「もしもし?」『もしもし、お兄様?』「ナターリア、どうしたんだ?」『お兄様がまだ起きていらっしゃるかなぁっと思って。もうすぐクリスマスパーティーね。』「ああ。お前も母上と父上と一緒に来日するんだろう?」『ええ。お会いできるのが楽しみだわ。ヴァイオリンの腕も上がったのよ、わたし。』「そうか。お前と会えるのが楽しみだよ。おやすみ。」『おやすみなさい、お兄様。』妹からかかってきた久しぶりの電話に、ゆかりのことでイライラしていたガブリエルの心が少し落ち着きを取り戻し始めていた。 (問題は、クリスマスパーティーの相手を決めることだな・・)溜息を吐きながら、ガブリエルは翌日大きな賭けに出た。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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ガブリエルはふと壁に掛けてあるカレンダーを見ると、クリスマスパーティーまでまだ時間がある。だが、母の言葉の裏に隠された意味は重い。“結婚する気があるのかないのか、はっきりしたらどうだ?”フェイスブックで母があの忌々しい司教たちによって集中攻撃されていることは知っていた。その原因が、いつまで経っても自分が結婚せずにいるということ、それが宮廷貴族たちの反感を買っているということも。“皇太子様はガブリエル様を甘やかし過ぎなのでは?”“ガブリエル様のわがままを何でもお許しになって・・漸く授かられた男児だから仕方がないとは思いますけれど、余りにも度が過ぎるのではなくて?”“日本へ留学させるなんて、一体セーラ様はどうお考えなのかしら?これではますます婚期が遅れるばかりですわ。”廊下ですれ違った時、女官達が聞こえよがしに自分に向かって嫌味を言う度に、ガブリエルは腸が煮えくり返るような思いを隠して上手くやり過ごした。お前達に何がわかる。何も知らない癖に勝手なことを言うな。そんな思いを抱えながら、ガブリエルは生きてきた。「はぁ・・これから、どうしようかなぁ。」悩んでいる暇は充分にあるものの、行動にはまだ移せないでいた。ガブリエルは溜息を吐き、ベッドに寝転がった。 翌日、ガブリエルが大学を歩いていると、何だか周囲の態度がおかしいことに彼は気づいた。「ねぇ、何見てるの?」「あ・・」その謎が解けたのは、講義の空き時間、PC実習室でフェイスブックを見ている時だった。数人の学生が一台のPCの前に集まっていたので、ガブリエルがひょいと画面を覗き込むと、そこには案の定セーラのページが表示されていた。「なぁ、お前ってローゼンシュルツの皇太子なの?」「もうバレたから仕方がないか。ああ、そうさ。僕はローゼンシュルツの皇太子だよ。そこに映っているのは僕の母親で偉大なローゼンシュルツ王国現皇帝。これでもういいかな?」いずれバレるのは時間の問題だと思っていたが、こんなタイミングでバレてしまうとは。溜息を吐いたガブリエルは、PC実習室を後にした。(あ~あ、日本で平穏な生活を送れると思ったのに、これでパァだね。)ガブリエルは講義を終え、アパートの近くにあるスーパーへと向かった。今日はハンバーグにしようと思い、彼が精肉売り場に行くと、そこには愛子の姿があった。「やぁ、久しぶり。」「ガブリエルさん・・どうしてこんな所に?」「何それ?僕だって買い物に行くよ。今日は挽肉が安いから、来たんだよ。君も?」「ええ。実は母が上京していて、それでハンバーグ作ろうかと思って・・」「そう。実は僕もなんだよ。まぁ、一人分だからね。毎日コンビニ弁当や外食ばかりじゃ飽きるからね。」「そうなんですか。」 その日は大安売りの日で、レジの前は混雑していた。「なかなか終わりませんね。」「まぁ、仕方ないじゃない。今は不景気だから、節約しないとね。じゃぁ、また大学で。」「さようなら。」サッカー台で荷物を詰め終えたガブリエルがスーパーを出てアパートへと戻ろうとしたとき、自分の部屋の前に誰かが座り込んでいる気配がした。「誰、そこにいるのは?」「ガブリエル、帰ってくると思った!」ふんわりと毛先をカールした巻き髪を揺らしながら、黒いロングコートの裾を翻して一人の女性がガブリエルのほうへと駆け寄ってきた。嬉しそうな女性の表情とは対照的に、ガブリエルは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。「それ、重たそうだね?あたしが持って・・」「もう二度とここには来るなと言っただろう!」ガブリエルの怒声で、空気がビリビリと振動するのがわかり、女性は恐怖に震えた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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セーラが玉座で放った言葉を聞いていたであろう貴族の一人が、“皇太子が男色家でも構わない”という発言を若干歪曲した表現で聖エステリア教会の司教達に伝えた。すると案の定、彼女が予想していたとおりになった。とはいっても誰も不整脈を起こさず、セーラの発言に激怒し、こんな声明を各国メディアに向けて発表した。“わが国の未来ある皇太子様に対して、現皇帝は何ら責任を持とうとしていない。これはまさに遺憾である。”司教達は更に、セーラが男子を一人だけしか産んでいないことや、ガブリエル皇太子の日本留学を許したことなどを論い、“無責任な母親”像を勝手に作り上げた。「酷いわね、これ。お母様、どうして何も反論なさらないの?」日に日にフェイスブックに於けるセーラへの非難が高まりつつある中、ナターリアは怒りを感じながらノートパソコンを閉じた。「今更わたしが何か言っても、彼らは信じやしないだろうよ。“沈黙は金なり”だ。」「そうだけれど、言われっぱなしじゃ悔しくないの?ただ黙って耐えるだなんて、お母様らしくないわ。それに、お母様が男の子を生まないからって、何もそんなに責めることないじゃないの!」「今はわたしに対して同情的な者も多いが、母上のことを未だに悪く言う輩のことを考えてもみろ。」「そうね・・」 セーラの母である前皇妃・アンジェリカは、会社員の娘で、当時は珍しかった“民間出身の妃”であった所為で、血統を重んじる宮廷貴族たちから一挙手一投足を論われ、更に不妊に悩んでいることに対して姑である皇太后やその取り巻き達から陰湿な嫌がらせを受けたという。不妊治療の末、アンジェリカは双子の男児を出産したものの、彼らは両性具有者の上に王家では“忌み子”とされる双子であったため、弟のミカエルは王家と姻戚関係にある貴族に養子に出された。 その後、アンジェリカは夫との間に一男一女を授かったが、彼らは既に鬼籍に入っており、ミカエルの消息も未だ不明のままだ。アンジェリカの実子として残ったのはセーラただ一人で、それ故に貴族たちは彼女に対して跡継ぎを望むのだった。「確かに、お祖母様にとっては辛いことが多かったでしょうけれど、それとこれとは関係がないじゃないの。一体あの人たちは何が気に入らなくてお母様を目の敵になさるのかしら?」まるで解せないといった顔をしているナターリアに対し、セーラはフッと彼女に微笑んだ。「まぁ、人の心の奥底は誰にもわからないさ。それよりもナターリア、もうヴァイオリンの稽古の時間じゃないのか?」「ああそうだった、忘れていたわ!お母様、わたくしはこれで。」ナターリアは優雅にセーラに向かってお辞儀をすると、執務室から出て行った。「今日はこの辺にしておきましょう。」「ありがとうございます、先生。」ヴァイオリンの稽古が終わり、ナターリアはそう言って教師に頭を下げた。「先生、クリスマスパーティーまでこの曲を弾きたいのですけれど・・」「ナターリア様ほどの腕前ならば、大丈夫ですよ。ただ、何度も同じところをミスしておりますから、それを直しましょうね。」「はい、先生。」東京で開かれる大使館のパーティーで、ナターリアはヴァイオリンのミニコンサートを開く予定だった。「そうですね。それよりも先生、今から兄に会えるのが待ちきれませんわ。だって、何年も会っておりませんもの。」「そうですねぇ。ナターリア様は皇太子様のことをお慕いしておりますものね。」「あら、そのような言い方をなさっては嫌ですわ、先生。」そう言ってナターリアは鈴を転がすような声で笑った。彼女にとってクリスマスパーティーは楽しみだったが、何よりも兄に会える事が一番楽しみだった。幼い頃は喧嘩ばかりしていたが、兄のことがナターリアは大好きだったし、彼のことを誰よりも尊敬していた。(早くお兄様にお会いできないかしら・・)ナターリアはそう思いながら、ヴァイオリンの練習に熱が入った。 一方、ガブリエルは溜息を吐きながら数週間後のパーティーに連れて行く相手を未だに決められず、どうしようかと悩んでいた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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(たったの二週間で結婚したい相手をパーティーに連れてこいだって!?無茶振りにもほどがありますよ、母上!)昨夜母・セーラからとんでもない“無茶振り”を振られたガブリエルは、その後一睡も出来なかった。これまで彼は、今まで結婚のことなど考えたことがなかった。その理由は、大学生となり一人暮らしを始めてから、一人であることに何ら苦痛を抱かなかったからだ。 一生独身でもいいとガブリエルは思っているのだが、皇太子という身分故、故人の我が儘(まま)が通る筈がなく、セーラがあんな電話をしてきたのは周囲から何か自分のことで言われたに違いない。(どうしようかなぁ・・)ガブリエルは欠伸を噛み殺しながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。コーヒーが出来るまで、何か最善の策を考えなければーガブリエルは冷蔵庫から昨日コンビニで買ったサンドイッチを取り出してそれを一口食べようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。 一方、ガブリエルの母・セーラは、日本で苦悩する息子のことなど露知らず、優雅な朝食の時間を過ごしていた。「セーラ様、何処か楽しんでおられませんか?」「何をだ?」「わたくしがいちいち申さなくても、ご自分でわかっていらっしゃるでしょう?」「そうかな。最近年の所為か物忘れが酷くなったようだ。」セーラは飄々(ひょうひょう)とした態度をリヒャルトに取りながら、ナイフで器用にベーコンを一口大に切った。「失礼いたします。陛下に謁見願いたいと申す者がおります。」「こんな朝早くに誰が俺に会いたいのだ?」「それが、相手は素性を明かさないのです。ただ、“複雑な事情を抱えている”といえばわかると・・」「やれやれ、このベーコンは焼きたてが美味いのに。」セーラは溜息を吐くと、ベーコンの切れ端を口に放り込むとダイニング・ルームから出て行った。「陛下!」 セーラが謁見の間に入ると、玉座の前に跪いていた男が俯いていた顔を上げた。「誰かと思ったら、お前か。今日は一体どうした?」「実は陛下・・巷ではガブリエル様の噂が絶えません。」「ガブリエルの噂とは、一体どんなものだ?」「実は・・ガブリエル様がいつまでもご結婚されないのは、ガブリエル様が男にしか興味がないからではないかと・・」男の言葉に、セーラは思わず噴き出してしまった。「そんなことはない。まぁ、いずれあいつは運命の相手を見つけるだろうさ。」「と、言いますと?」「わたしがあいつにそうさせるようけしかけたと言ってもいいのかな。あいつはマイペースだから、母親がその尻を叩かねばならぬときもある。」「はぁ・・」「まぁ、わたしはガブリエルが男色家でも構わん。そんなことを聞いたら、教会の司教どもが不整脈を起こしそうだが。」セーラはクスクスと笑いながら、玉座から降りて去っていった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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数分後、ガブリエルと愛子、愛美は大学内にあるカフェテリアに居た。「ねぇ愛美、あの人達、わたしが愛美を裏切ったって・・」「ああ、それは完全に美砂達の誤解なのよ!あの子、誰かに変な事吹き込まれたんだわ、きっと!」愛美はそう言うと、愛子の顔に残る痛々しいあざを見た。「酷いわね、それ。後で手当てしないと。」「大丈夫よ、痛まないし。それよりも愛美、お母さんの様子はどう?」「ママはまだ留置場に居るわ。室田先生が色々と動いてくださっているようだけれど、示談では纏まらないって。」「じゃぁ、裁判するってこと?」「ええ。ママが正気を失っていたとしても、相手を殴ったことには代わりはないから、実刑を食らうかもしれないわ。」愛美はホットチョコレートを一口飲むと、溜息を吐いた。「そう・・わたしは何も出来ないけど・・」「いいのよ。わたしも感情的になっちゃって、あんたに酷い事言ったわ。ごめんね。」「愛美・・」自分と顔を合わせたら、愛美から罵倒されるのではないかと思っていた愛子だったが、それは杞憂に終わった。「まぁ、君たち二人の誤解は解けたけど、勝手に突っ走って暴走した子達の始末はどうするつもり?」「美砂達にはわたしからちゃんと言っておくわ。ガブリエルさん、あなたも巻き込んでしまって、ご迷惑をお掛けしました。」「ふぅん、君が頭を下げるところなんて、初めて見るなぁ。」ガブリエルはそう言うと、愛美を見ながら紅茶を一口飲んだ。「じゃぁ、僕はもう行くね。」「ガブリエルさん、ありがとうございました。」愛子の言葉に、ガブリエルは手を振って答えた。『・・そうか、そんなことがあったのか。』「ええ。全く、女っていうのは面倒臭いことばかりが多いですね。女同士の友情って、一歩拗れれば憎悪の連鎖みたいになるんですから。」『まぁ、女には色々とあるからな。ま、わたしは嫁姑関係といった煩わしいものがないからいいが。』セーラがクスクスと笑う声を聞きながら、ガブリエルは母が今どうしているのかが急に知りたくなった。「母上、今どちらにおられます?」『父上と一緒に風呂に入っている。というのは冗談だ。』「満更冗談に聞こえないように思えますが?」セーラと父・リヒャルトの夫婦仲が良いことをガブリエルは知っていた。『ふん、そう返されたら何も言えないだろうが。いつからお前は人の揚げ足を取るようになったんだ?』「申し訳ございません、母上。それで、ご用件は?」『クリスマスパーティーが来週の水曜に、大使館で開かれる。そこでお前に命令する。お前が将来結婚したいという相手をパーティーに連れて来い、以上だ。』「お待ちください、母上。もしもし!?」セーラからの突然の無茶な命令に、ガブリエルは彼女のスマートフォンに何度も掛けたが、全然繋がらなかった。「ガブリエルの意思とは関係なく相手を連れて来いとは、少々無謀過ぎませんか?」「いいんだ。これくらいしないとあの子は婚活すらしないだろうよ。今頃焦っているだろうな。」そう言ってセーラは嬉しそうな顔をしながらパソコンのモニターへと向き直った。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「失礼いたします、お嬢様。」「ねぇ、ママはどうしているの?」「奥様は、いまだ留置場におられます。」「そう。今日は誰もここには通さないで。ゆっくり休んで考えたいことがあるの。」「そうですか。かしこまりました。」執事はそれ以上何も言わず、愛美の部屋から出て行った。 愛美はシーツを頭から被りながら、これまで自分の身に起きていることを少し頭の中で整理してみた。愛子が自分の腹違いの姉であると知らされ、その所為で母が発狂して暴れたこと。そんな状況に耐えられなくなり、愛子に対して一方的に絶交を言い渡したこと。愛美は溜息を吐いて寝ようとした途端、携帯が鳴った。(誰からだろう?)液晶画面には、テニスサークルで知り合った篤の名前が表示されていた。 篤は女癖が悪く、同じサークル内に浮気相手が何人か居たが、彼女達に飽きると一方的に捨てている悪名高い男だった。愛美ははじめワイルドな印象の篤に惹かれたが、彼の本性を知って一週間もしないうちに別れた。そんな彼が、今更自分に何の用なのだろう―そう思いながら、愛美は通話ボタンを押した。『もしもし、愛美?』「何の用なの?」『あのさぁ、美砂って覚えてる?お前と仲良くしてた子。』「覚えてるわよ、その子がどうかしたの?」『あいつがさぁ、何か誤解してお前の友達・・愛子ちゃんだっけ?彼女を締めておこうっていう話を聞いてさ~、何かヤバイなと思ったんだよね。』「何なのよ、それ!?一体いつ聞いたの!?」『え~っと、今朝早く・・』「何でもっと早く言ってくれないのよ、馬鹿!」愛美は携帯を閉じると、部屋着を脱ぎ捨てワンピースへと着替えた。「迫田、車回して!今すぐ大学に行くわ!」「かしこまりました!」愛美は愛子の無事を祈りながら、大学へと向かった。 一方、愛子は図書館に避難した。(どうしてこんなことになったのかしら?わたしが一体いつ愛美を裏切ったっていうの?) 愛子は溜息を吐くと、バッグの中で携帯が鳴っていることに気づいた。「もしもし?」『愛子、あたしよ、今何処!?』「図書館だけど・・どうしたの、愛美?」『あたしの所為で、美砂が暴走しちゃったみたい!お願いだから、あたしが来るまでそこに居て、いいわね!?』「え、ちょっと・・」一方的に電話を切られ、愛子は状況が全くわからずに携帯を握り締めた。「愛子、どうしたのその傷!」図書館に着いた愛美は、愛子の顔に残るあざを見て叫んだ。「ちょっと、転んだの。」「美砂たちがやったのね!?そうなんでしょう!?」「違うわ・・」「そうだよ、彼女達は集団でこの子を取り囲んでリンチしてたんだ。僕が偶然中庭を通りかからなかったらどうなっていたか。」にほんブログ村
Mar 10, 2013
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数日後、愛子は大学に行き講義を受ける為教室に入ると、そこには愛美の姿はなかった。「ねぇ、愛美はどうしたの?」「広田さんなら、体調不良で暫く休むって。」「そうなんだ。」昨夜のこともあり、愛子は余り、愛美とは顔を合わせたくはなかった。彼女から一方的に絶交を言い渡され、愛子は訳がわからぬまま、ドーナツ店でコーヒーを飲んだ後、そのまま自宅アパートへと戻り、朝を迎えた。 講義が終わり、愛子が教室から出てくると、数人の女子学生たちが彼女を取り囲んだ。「ねぇ、あんたが広田さんの友達だった子?」「そうですけど、あなた方は?」「あんたに用があって待ってたのよ。ねぇ、ちょっと顔貸してくんない?」女子学生たちに愛子が連れて行かれたのは、人気のない中庭だった。「あなた達、一体誰なんですか?」「あんた、広田さん家の愛人だって?」「え、そんなことは・・」「しらばってくれてるんじゃないわよ!広田さんは精神的に参ってて、精神科に通院しているのよ!それなのに、どうしてあんたが平気な顔してのうのうと大学に来てる訳!?」女子学生の一人がすっと愛子の前に歩み出た。確か、彼女は愛美と同じテニスサークルに所属していた筈だ。「あなたって、本当に厚かましい人ね。平気な顔して親友を裏切れるだなんて、よく出来るわね。」「わたしは、裏切ってなんか・・」一体この人達は何を言っているのだろうか。愛子は一度だって愛美を裏切ったことはない。それなのに、どうしてー「黙ってないで何とか言ったらどうなの!?」ヒステリックな声が聞こえたかと思うと、女子学生たちが愛子を突き飛ばした。それからは、愛子は彼女たちから一方的に殴る・蹴るの暴行を受けた。「ねぇ、認めなさいよ。広田さんを傷つけましたって、言いなさいよ!」「一体何を言っているのかわかりません・・」「まだシラを切るつもりなの!?」女子学生はそう言って愛子の顔を覗き込むと、彼女の頬を打とうとした。「寄ってたかって集団で一人を苛めるなんて、卑怯者しかいないのかい、この大学には?」そう言って彼女達の前に現れたのは、ガブリエルだった。「何よ、あんたには関係ないでしょう?」「悪いが、僕は見てみぬふりができない性格でね。君たちは誰?それに、この子をリンチするよう、誰に頼まれたの?」ガブリエルは冷たい眼光で女子学生たちを睨みつけながら、愛子を自分の方へと引き寄せた。「後は、僕に任せて。さぁ早く。」「ありがとうございます・・」「ちょっと、待ちなさいよ!」女子学生たちの怒声を背に、彼女は自然とその場から逃げ出していた。 その頃、愛美は房総半島にある別荘で療養していた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「お嬢様、どうぞ。」「ありがとう。」 自動販売機で室田から缶コーヒーを手渡され、愛美は彼に礼を言うと缶のプルタブを引き抜いた。「あなたが居てくれてよかったわ。パパの携帯は繋がらないし、一人だとどうしようかと思ったわ。」「お嬢様、ここでしか言えませんが・・数年前、奥様は精神疾患を患っておりました。」「精神疾患を、ママが?それは本当なの?」「はい。」由利恵が精神疾患を患っていたことなど、愛美にとっては初耳だった。「一体どういう病気なの?」「ストレスが溜まりに溜まってしまい、突然激昂したりする病です。奥様は精神科に通われておりましたが、快方にはいまだ向かっておりません。」「そうなの。ねぇ、ママはどうしてわたしにそんなことを隠してたの?」「それは・・」「あんたには言いたくなかったからよ。」室田が次の言葉を継ごうとした時、取調室から由利恵が出てきた。「ママ・・」「あんたには、あたしの弱みを見せたくはなかった。それだけよ。」「ねぇママ、ちゃんと話してよ。どうして精神科にかかることになっちゃったの?」「あの子の所為よ、あの子があたしの全てを狂わせたの!」由利恵はそう言うと、愛美の背後に立っている愛子を指した。「あんたが、あたしの存在を狂わせた!あんたさえ生まれなかったら、あたしはこんな病にならずに済んだのよ!どうしてくれるのよ!」「落ち着きなさい!」警官が慌てて由利恵を制したが、彼女はお構いなしに愛子に向かって怒鳴った。「どうして今更、あたし達の前に現れたのよ!何で生まれたの!」「すいません・・」「謝って済む問題じゃないわよ、この疫病神~!」「ママ、お願いだから落ち着いて!」「あんたの所為よ、あんたの所為であたしはおかしくなったのよ!」「やめてママ、お願いだから!」由利恵は泣き喚きながら、床を拳で叩いた。その姿はまさしく常軌を逸していた。「愛子、どうして来たの?」「室田さんからお電話を頂いて・・心配になって来たのよ。」「余計なことをしないで!あなたはうちとは関係ないでしょう!?」愛美の剣幕に、愛子は恐怖に身を震わせた。こんなに怒った親友の姿を見たのは、初めてだった。「ごめんなさい、もう帰るわね。」「ええ、そうして頂戴。それと、もうわたしには近づかないでよね。」一方的に絶交を言い渡され、愛子は警察署へと戻っていく愛美の背中を呆然と見つめるしかなかった。アパートへと帰る道すがら、突然土砂降りの雨が降ってきた。折りたたみ傘を持っていなかった愛子は、ずぶ濡れになりながら近くのドーナツショップへと入った。店内に客はまばらで、ホットコーヒーを注文した愛子が暫くテーブル席に座ってボーっとしていると、彼女の前に一枚のタオルが差し出された。「そんなに濡れてると風邪ひいちゃうよ?」「ありがとうございます。」「外はすごい雨だから、暫くここで雨宿りしていこうよ?」そう言うとガブリエルは、にっこりと愛子に微笑んだ。「ガブリエルさんは、どうしてここに?」「まぁ、誰しも一人でいたいときがあるもんだよ。君も今、そうだろ?」「はい・・」「ここ、コーヒーはお代わり自由だから。」ガブリエルはさっと立ち上がると、自分の席へと戻った。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「ママ!」 警察から連絡を受けた愛美が駆けつけると、そこには警察署で暴れる由利恵の姿があった。「一体母が何をしたんです!?」「すいません、あちらでお話を。」一人の刑事がそう言って指したのは、取調室だった。「お母様ですが、コンビニで買い物をしていた時、一組のカップルと口論になり、腹立ち紛れにコンビニのガラスを割り、業務を妨害したということです。」「そんな・・」愛美の記憶が確かなら、母は突然キレて暴れるような性格ではない。「母は、そんなことは絶対にしない人です。何かの間違いではないのですか?」「いいえ、間違いありません。コンビニの防犯カメラにお母様が暴れている様子が撮影されておりますから。」刑事はそう言うと、一枚のCD-ROMを取り出した。「そうですか・・では、再生をお願いいたします。」「わかりました。」刑事がCD-ROMをノートパソコンで再生させると、母が口汚い言葉でカップルを罵倒している姿が写った。『あんた、人にぶつかっておいて謝りもしないわけぇ!?』 今までに聞いたことがない、ヒステリックな母の声だった。顔を怒りに赤く染め、カップルに向かって美しく磨かれた爪を振りかざすその姿は、まるで童話の中に出てくる恐ろしい魔女のようだった。『何を言うんですか、そっちからぶつかってきたんじゃないですか!』『うるさい!』彼らと口論した後、由利恵は目を血走らせながら恋人の隣で震えている女性の顔を引っ掻いた。『何するんだ!』『うるさぁ~い!』由利恵はヒステリックに叫び、喚きながら店内に陳列されていた商品を手当たりしだいカップルに投げつけた。『やめてください、警察呼びますよ!』『うるさぁい!呼びたいんだったら呼びなさいよ!あたしを誰だと思ってるの!』由利恵は金切り声を上げると、コンビニのドアをハイヒールで蹴飛ばした。ガラスが割れる音が鋭く店内から鳴り響き、レジカウンターに居た店員が110番通報し、パトカーから制服警官が出てくるところで、映像は終わっていた。(ママ、一体どうしてしまったの?わたしの知っているママは、何処へ行ってしまったの?) 穏やかな母が、人が変わったかのように狂うだなんて、思ってもみなかった。一体何が、母を変えたのだろうか。「このたびは、ご迷惑をお掛けしました。」「映像をご覧になったとおり、お母様は相手の方に危害を加えておりますから、今向こうの方の弁護士が参りますので、暫くこちらで待機して頂けませんでしょうか?」「はい、わかりました・・」取調室から出た愛美は、震える手で携帯を取り出し、父の携帯に掛けたが、繋がらなかった。「愛美お嬢様!」「室田さん・・」数分後、警察署から連絡を受けた広田家の顧問弁護士・室田の姿が見え、愛美は安堵の表情を浮かべてへなへなと床にへたり込んでしまった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「ガブリエル、やっと来たのか。」そう言うと、セーラ皇太子はガブリエルに微笑んだ。「あなた・・」「あれぇ、君も来てたんだ。」ガブリエルはちらりと愛美を見ると、セーラの方へと向き直った。「ちょっと待ちなさいよ!どうしてあなたがここに居るの!?」「どうしてって?それは僕達が大貫家から招待されたからさ。母上が今年のクリスマスは日本で過ごしたいからって言ってね。ミスター・オオヌキがクリスマスパーティーの場所を提供してくださったのさ。」「そうなの。それにしてもまさか、あなたのお母様がセーラ皇太子様だったなんて、知らなかったわ。」「僕は家柄に鼻をかけて威張ることが大嫌いでね。それに皇族だとわかれば、誰からも特別扱いされるから、嫌なんだ。」「変わっているわね、あなた。わたしだったら、そんな事気にしないのに。」愛美がそう言ってシャンパンを飲むと、ガブリエルは呆れたような顔をした。「君って、本当に嫌な女だね。ま、僕は相手にしないけど。」「何ですって!?」侮辱された愛美は怒りで顔を真っ赤にしながらガブリエルに掴みかかろうとしたが、既に彼は自分の前から去ったあとだった。(何よあいつ、ムカツク~!)「さっきはあのお嬢さんと楽しそうに話をしていたな、ガブリエル?」「何をおっしゃいますか、母上。彼女は余り気に入らないんですよ。上手くは言えないのですが、何だか家柄を鼻にかけているようで・・」「まぁ、そんなことを言うな。それよりもお前、まだ国には帰らないつもりなのか?」「ええ。来年は卒論に就職活動と、色々と忙しくなりますから。せめてそれらが一段落してから帰ろうと思います。」「そうか。お前はひとつのことに取り掛かると、夢中になる性格だからな。お前のことを恋しがっているナターリアにあと1年我慢しろと言っておくよ。」「ありがとうございます、母上。」「いいんだ。さてと、わたしは少しトイレに行ってこようかな。」セーラ皇太子はそう言うと、ドレスの裾を摘みながら大広間から出て行った。「セーラ皇太子様は、おいくつになられてもお美しいわね。」「そうね。来年50歳となられるのに、スタイルは20代の頃のままだわ。」「元は警察官として働いていらしたし、スポーツもなさるから、美しい身体を維持していらっしゃるのね。」「羨ましいわぁ。」ご婦人達は口々にセーラ皇太子の抜群のスタイルを誉めそやしながら、カナッペを食べていた。「皆様、ご無沙汰しております。」「あら、愛美さん、御機嫌よう。お母様は最近お元気かしら?」「ええ。」ご婦人達の中で和服姿の女性がそう言うと、意地の悪い笑みを浮かべながら愛美を見た。「そう、それはよかったこと。昨日、銀座のカフェで大暴れしているところを見てしまったから、どうなさったのかしらと思って。」「そうそう、訳のわからない言葉を喚き散らしていましたものねぇ。」ご婦人達は含み笑いを浮かべながら、愛美を見た。「あの、わたくしお手洗いに行ってまいります。」「あら、そう。」愛美が大広間から出て行くと、ご婦人達が何かを話してドッと笑い出した。彼女達から聞いた話が、本当であることを愛美は信じられなかった。 最近母の様子がおかしいと思っていたが、公衆の面前で暴れるほど精神的におかしくなってはいないと愛美は信じたかった。しかし―『広田愛美さんですね?実は、お母様がコンビニで暴れてガラスを破損しまして・・』にほんブログ村
Mar 10, 2013
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(何だかあの人、やっぱり苦手だわぁ。) 大貫邸のバルコニーに出た愛美は、12月の冷気を肌に感じながら溜息を吐いた。匡との結婚は考えていないというのに、周囲はすっかりその気になってしまっている。匡のほうもまんざらではないようだったし、このままいけばいつの間にか結納の日を迎えてしまうかもしれない。(そんなの嫌よ、好きでもない人と結婚するだなんて!愛のない結婚なんて、したくない!) 愛美の両親は政略結婚で結ばれたカップルで、母は大貫家出身だった。仕事人間である父は全く家庭を顧みず、母もまた家庭的な女性ではなかったため、愛美は専ら家政婦の手で育てられた。経済的に何不自由ない生活を送ってはいるものの、愛美はいつも愛情のない生活を送っていた。余所の家の両親のように、何故自分の両親は自分を見てくれないのか、愛美はそんな一抹の寂しさを抱えながら成長していった。そしてそのまま、大学生になった。人肌が恋しくて、愛美は色んな男と付き合った。いつも彼女が付き合うのはイケメンだったが、ギャンブル癖があったり、女癖が悪かったりと、問題を抱えている男ばかりだった。だがそんな男達でも、愛美にとっては大事な恋人だった。どれほど問題のある男と付き合い、何度も彼から殴られても、愛美は文句ひとつも言わなかった。しかし、相手の男はそんな愛美の態度を「重い」と言って次々と離れていった。(わたしの何が気に入らないの?こんなに尽くしているのに。)愛されたいと思っていても、相手はすぐに自分に背を向けて去っていってしまう。一体自分の何が間違っていたのだろうか。愛美が溜息を吐いてバルコニーへと戻ろうとしたとき、大広間から歓声が響いた。(え、なに?)思わず彼女が大広間の方を見ると、そこにはSPに警護されながらセーラ皇太子が大広間に入ってくるところだった。「セーラ皇太子様が、どうしてこんなところに?」状況が全く把握できずに愛美が大広間へと戻ると、そこにはセーラ皇太子と匡が楽しく談笑していた。「お久しぶりです、セーラ様。」「マサシ、来春から外務省に入省予定だってな。夢を叶えたな、おめでとう。」「ありがとうございます。わたしは夢へと一歩ずつ近づこうと思っております。」「そうか、応援しているよ。」セーラは慈愛に満ちた目で匡を見ていた。「匡さん、どうしてセーラ皇太子様がここに?」「愛美さん。」不機嫌そうな顔をした愛美に初めて気づいた匡は、少しうろたえながらセーラ皇太子のことを彼女に紹介しようとしたが、その前にセーラ皇太子が愛美に右手を差し出した。「初めまして。」「初めまして、セーラ皇太子様。広田愛美と申します。あの、どうしてこちらに?」「ああ、実は・・」「母上、こちらにいらっしゃったのですか?」愛美の背後から、神経を逆撫でする声が聞こえた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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“その人”と出会ったのは、まだ匡が中学生の時だった。その頃、ローゼンシュルツ王国皇太子・セーラ夫妻が日本へと表敬訪問したことが話題となった。それはセーラ皇太子が日本で生まれ育ち、長男であるガブリエル王子も日本の大学に留学しているという、日本と深い繋がりがあるからであった。 セーラ皇太子が母校である聖ミッシェルを訪問した際、皇太子に花束を手渡したのが中等部に入学したばかりの匡だった。「学校は楽しいですか?」「はい!」「そう。将来あなた達が、この国を支えてくださいね。」セーラ皇太子はそう言うと、そっと匡の手を握ってくれた。その手の温もりを、セーラ皇太子はいまだ忘れたことがなかった。セーラ皇太子との約束を果たす為、匡は勉強もスポーツも頑張ってきた。そして彼は現在、東大を首席で卒業し、来春外務省に入省予定である。「匡、広田さんは遅いな。」「うん。」「広田さんのところの愛美さん、来春卒業予定だが、父上の会社に入られるそうだな。」「ええ。ですが愛美さんの就職と、僕との結婚は別問題です。それをお忘れなく。」「何を言う、結婚はビジネスだ。現に広田家と大貫家は閨閥という太いパイプで繋がっているだろう。」「それはそうですが・・」「外交官になりたいという夢を叶えたお前は偉いが、息子としては不十分だな。」亮輔はそう言ってシャンパンを飲むと、匡から離れた。(息子としては不十分、か・・)何を以って父は自分のことを認めないのか、匡はわからなかった。ただ匡は、外交官になるという夢にひたすら邁進し続けただけで、父には迷惑を一切かけていない。父は自分の地盤を引き継いで国政に息子が携わることこそが“理想の息子”であると信じている。だから、政治家以外の道を歩んだ息子のことを認められないのだ。自分は父の操り人形ではないし、彼との確執は今に始まったことではない。「匡様、御機嫌よう。」匡が物思いに耽っていると、突然一人の令嬢から話しかけられた。彼女は大貫家と懇意にしている広田コンツェルンの会長の一人娘で、父が自分の妻にとあてがった女だった。「ご無沙汰しております、愛美さん。今夜のあなたはとても綺麗ですね。」「まぁ、お世辞でも嬉しいですわ。」愛美はそう言うと、にっこりと匡に笑った。「匡さん、お久しぶりねぇ。」「小母様、お久しぶりです。今年もあと少しで終わりますね。」「ええ、そうねぇ。あっという間の一年だったわね。来年も宜しくね。」「ええ。」「愛美、あちらで匡さんと踊っていらっしゃい。」「少し気分が悪いのよ。」「まぁ、そう言わずに・・」「愛美さん、わたしは大丈夫だから少しあちらで休んでいてください。」「わかりました。では。」愛美は匡に頭を下げると、人気のないバルコニーへと向かった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「ねぇお母さん、愛美のお父さんのこと、何か知ってる?」「何よ、いきなり?」愛子がノートパソコンでレポートを書きながら、そう母を尋ねると、光子は持っていたグラスを落としそうになった。「大丈夫?」「ええ。愛美ちゃんのお父さんと、あたしが知り合いだって誰に聞いたの?」「愛美のお母さんからよ。どうしたのお母さん、何処か変よ?」「あんたの気の所為よ。さ、レポートはそれくらいにしてピザ食べなさい。」「はぁ~い。」何処かおかしい光子の態度を愛子は訝しがったが、それ以上彼女に何も聞かないことにした。「ねぇ愛子、あんたいつまでここに居るの?」「三箇日まで居るよ。」「そう。じゃぁ寂しくないわね。毎年お店開けてたけど、今年は閉めちゃおうかな。」光子はそう言うと、嬉しそうに笑った。「そうしちゃえば?正月は休んで当然なんだから。」「そうね、そうする。」光子とともにピザを頬張りながら、愛子は愛美との関係は姉妹ではなく、友人として接しようと思った。「愛美、いつまでそうしているの?早く着替えなさい。」「はぁ~い。」 一方広田家では、部屋着姿の愛美に対して由利恵が苛立ちを募らせていた。今夜は代議士である大貫家のクリスマスパーティーに招待されているというのに、愛美はリビングのソファに寝転がっていて着替えようとはしない。「さっさと着替えてきなさい。」「わかったわよ。」愛美は溜息を漏らすと、自室に入った。「お嬢様、失礼いたします。」彼女が自室に入ると、既にそこには専属の美容師達が数人待機していた。「家でゆっくりしたいのに、パーティーになんて出るの嫌だわ。」「そうおっしゃらずに。大貫先生とは懇意になさっておられますし。旦那様のお顔を立てなければなりませんよ。」「ええ、わかってるわよ・・」広田コンツェルンが繁栄した陰には、大貫の支援なくしてありえないことくらい、愛美は理解していた。しかし、大貫の一人息子・匡(まさし)との縁談が持ち上がっていることを知った愛美は、今夜のパーティーで彼と顔を合わせるのが嫌だった。185センチの長身の持ち主で、まるで武者人形のようなキリリとした目鼻立ちをした匡のことを密かに狙っている女性が多いと聞いたが、何故か愛美は匡のことが余り好きではなかった。父の会社のために、政略結婚する気などさらさらなかった。「お嬢様、出来ましたよ。」「ありがとう。」美容師達に礼を言い、真紅のドレスを纏った愛美が部屋から出ると、由利恵が煙草を吸いながら愛美を待っていた。「やっと身支度が終わったのね。さぁ、行くわよ。」「ええ、わかったわ、お母様。」リムジンに乗り込んだ愛美達が一路大貫邸へと向かっている時、そこでは豪華絢爛なクリスマスパーティーが行われていた。プロの管弦楽団による生演奏が流れる中、盛装した男女がワルツを踊っている様子を眺めている一人の青年が居た。彼の名は、大貫匡。代議士・大貫亮輔の一人息子で、いずれは父の地盤を引き継ぎ国政に携わることになっている。だが本人は代議士になるよりも、外交官になることを望んでいた。それはひとえに、ある人との約束を果たしたい為だった。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「じゃぁ、行ってくるね。」「気をつけてね。」 翌朝、大学が冬休みに入ったので、愛子は東京駅の改札口で愛美に見送られながら新幹線で神戸にある実家へと向かった。年末年始の帰省ラッシュで指定席が取れないことに愛子は当然だと思っていたのだが、愛美があらかじめ予約してあった指定席の切符を譲って貰ったので、何とか指定席でゆったりと神戸まで過ごせた。「あの、すいません。」「なんでしょう?」iPod nanoで音楽を聴いていた愛子は、突然声を掛けられ、窓の外から通路へと視線を移した。するとそこには、3歳らしき男児を連れた女性が立っていた。「その席、譲っていただけませんか?」「すいません、指定席料金を払っているので。」「そうですか、わかりました・・」女性は残念そうな顔をすると、男児の手をひいてデッキへと向かった。変な親子だなと思いながらも、愛子は再び目を閉じた。 新大阪を過ぎ、新神戸駅に着いたのは昼過ぎだった。「もしもし、お母さん?」『愛子、あんた帰ってきたの?今どこ?』「新神戸駅。家まではタクシーで行くから・・」『何言ってんのよ、車で迎えに行くから。』「うん、わかった。」待つこと数分後、愛子の母・光子が愛子に手を振って彼女の方へと駆け寄ってきた。「久しぶりねぇ、愛子!まだお昼何も食べてないんでしょう?家で何か作ってあげるわね!」「ありがとう、お母さん。」光子とともに駐車場へと向かった愛子は、その途中で誰かの視線に気づいた。「どうしたの?」「ううん、何でもない・・」(変ね、今誰かに見られていたような感じがしたんだけど・・)「奥様、あの女は娘と一緒に居ました。」「そう。引き続き見張っておいて。」 一方東京では、由利恵がそう言って通話の相手に指示を出した後、携帯を閉じた。「奥様、そろそろお時間です。」「わかったわ。」携帯をハンドバッグの中にしまった由利恵は、それを持ってソファから立ち上がった。「まぁ奥様、ご無沙汰しておりますわ。」「まぁどなたかと思ったら、田中さんではありませんか。お子さん、来年受験ですって?」「ええ。でもちっとも勉強しなくて、これから先どうなるのか心配しておりますの。その分お嬢様は来年会社にお入りになられるんでしょう?」「まぁ、本人がその気ならば経営を学ばせると主人が申しておりましたわ。でもあの子、筋の通らないことは嫌だとはっきり言う子でしょう?ですから、社会人として多少融通が利かないところがあるんじゃないかと・・」「それは、困りましたわねぇ。今はあたくしたちの時代とは違って、会社でバリバリ働く女性が増えましたもの。うちの息子には幼少の頃から家事を手伝わせておりますの。近頃じゃぁ、家事の出来ない男は結婚相手から外されるのですって。」「そうねぇ、女が外に働きに出るなど、わたくしたちの時代では非常識だと思われておりましたものねぇ。」由利恵は友人と話しながら、ふと夫がまだあの女のことを想い続けているのではないかと疑い始めていた。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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「あなたが、あの汚らわしい女の娘ね?」 翌朝、朝食の後に愛子が愛美に持ってきてもらったノートパソコンでレポートを書いていると、突然病室に訪問着姿の女性が入ってきた。右手の中指には大粒の真珠の指輪を嵌めており、髪は美容院で美しくセットされており、まるで古きよき貴婦人といった風格を女性は漂わせていた。「あの、どなたですか?」「あら、わたくしのことを知らないなんて、あなたのお母様から聞いていらっしゃらないのかしら?」女性はそう言うと、ジロリと愛子を睨んだ。「あの、母がどうかしましたか?」「あなた、お母様と最近連絡を取り合ったのはいつ?」「さぁ。母とは大学進学の時から連絡を取り合っていません。」「そう。じゃぁあなた、お母様に指図されてうちに来た訳じゃないようねぇ。」女性の言葉を聞いた愛子は眉をしかめた。一体彼女はさっきから何を言っているのだろうか。やけに自分にしつこく絡んでくる。「あの、他にご用件がなければ・・」「これだけは言っておくわ。あなた、広田家の一員になりたいがためにわざとうちで倒れたようだけど、そうはいきませんからね。あなたのような下賤な女の腹から生まれた子どもなんか、絶対に認めませんから!」女性は半ばヒステリックにそう叫ぶと、病室から出て行った。「何なの、あの人・・」愛子は首を傾げると、再びノートパソコンの画面へと目を向けた。「愛子!」「愛美、どうしたの?」昼食前に愛美が息を切らしながら病室にやってきたのを見て、愛子がそう言って彼女に声を掛けると、愛美が愛子の両肩を掴んだ。「ねぇ、ママに何か酷い事言われなかった?」「ママって・・朝ここに来た人、愛美のお母さんだったの?」「ええ。ねぇ、何か言われなかった?」「あの人早口で何言っているのかわからなかったわ。ねぇ愛美、あなたのお父さんが言っていたことだけど、わたしがあなたの姉だっていうのは本当なの?」「ええ。でもママは詳しいことは話してくれないの。あなたの名前を口にした途端、拒絶反応を示すくらいなのよ。ねぇ愛子、冬休みに入ったら一度実家に戻ったら?あなたのお母さんなら、何か知っているかもしれないわ。」「そうね、そうするわ・・」 大学に進学して以来、愛子は一度も実家に帰っていない。あの女性が何故母に対して憎悪を抱いているのか知りたいし、愛子の腹違いの姉であるという事実は確かなのか、母に聞いてみたかったので、退院を待って愛子は実家に帰省しようと思った。「今は身体を休めて、実家に戻ってからレポートを書けば?」「そうだね。締め切りまでまだ時間あるもんね。ねぇ愛美、一緒にアパートまで行ってくれない?変質者に遭遇するのは嫌だし・・」「わかったわ。」無事退院した愛子は、愛美とともにアパートに数日振りに戻り、帰省する為に彼女と荷造りした。「ノートパソコンよし、USBメモリよしっと。後着替えもスーツケースに入れたわよね?」「うん。新幹線の切符、指定席で取れるかなぁ?」「大丈夫よ。今夜はあたし、ここに泊まっていい?」「いいわよ。でもお家の人と寮の人には・・」「もう連絡してきたわ。だから着替え、持ってきたの。」そう言って愛美は少し大きめのハンドバッグを愛子に見せた。「今夜は色々と語ろうよ!」「そうだねぇ。」たまには女二人きりで過ごすのもいいなと、愛子はそう思いながら冷蔵庫を開け、冷えた缶ビールを取り出した。にほんブログ村
Mar 10, 2013
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