銀色猫の部屋

銀色猫の部屋

「タイムアップ」


 裏話バーションです。本編の脇役(高道)の過去ということになります)

 プロローグ

 時間切れだ。

 高道は空を見上げた。

 高層ビルの隙間から見える夜空は暗く、白い雪が舞い降りてくる。
 高道は不器用に胸に抱きかかえた布の包みを、抱きなおした。
 布が少し乱れ、そこから白い赤ん坊の顔が覗いた。
 自分の子供というよりは、実験動物。
 そうとしか思えなかった。
 この子の母親が生きていればまだ真っ当な暮らしが出来たかもしれない。
 ただ、もう時間切れだった。
 母親は生きてはいまい。

「悪いが、お前の運命は決まったようだ」そして時計を見る。
「12時と9分。お前の名前は129号。母親ならお前を愛して人の名をつけただろうに、不憫な子供だよ」

 赤子はなにを言うわけでもなく高道を見た。
 兎のような黒くつぶらな瞳。
 ここで殺してしまった方がこの子のためか?
 けれど殺すには母親に似すぎていた。自分にはできない。
 なら、やはり監禁か。
 自分に出来ることは、この子が死なないように生命を維持すること。
 そのために地下に子供を育てるプログラムを組んだ施設を作ること。
 それだけだった。

 高道は音もなく涙を流しながら雪の舞う夜空を見上げた。
 あの時もこんな雪が降っていた。

 一章

 「おめでとう、高道」
 「そちらこそ、沙羅」
 二人は顔を見あわせると笑った。
 窓の外にはチラチラと初雪が舞うのが見える。
 それまで着用していた士官見習い生の紺の制服に、
 今日から仕官候補生のみが身につける紋章が加わった。
 それが嬉しくて仕方がないのだ。

 国連警察学校は早急に人材が必要だった。近年急速に増えたネット犯罪を
 世界的に取り締まる専門の専門職を育てる場として設立されたこの学校は
 東京に本拠地を持つ。
 特にCCHSと呼ばれるネットを通じて無差別に相手の意識を奪い犯罪を
 犯す、凶悪犯罪を追えるのは連学出身の仕官のみと言われていた。
 その中で士官見習い生から、仕官候補生に任じられたのは
 大変名誉なことだった。
 数日後には学校を卒業してそれぞれの配属先に勤務することが決まっている。

 「私は配属先も既に決まっているのよ。マッキンリー仕官の下よ。直接
 CCHSを追えるの。キャリアアップのメインストリームよ」
 「君は実力があるから」
 「何言ってるの、あなたこそその若さで研究職じゃない」
 「君は僕の、シンクロ率を知らないからさ。僕が捜査に乗り出してみろ、
 チームが壊滅しちまうよ」
 そう言ってまた二人は笑った。
 「これで私たち、もうチームじゃないのね」
 「うん」
 二人は物思いに沈んだようにしばらく考え込んだ。
 その沈黙もドアが開いたことによって打ち破られた。
 「上高地士官候補生、それからコーンウェル士官候補生、直ちに教場へ
 いきなさい。連絡が来ていなかったのですか?」
 徒手体操をみっちり仕込んでくれた磯崎助教だった。
 二人は模範的な敬礼をきっちりと行った。
 「アイアイサー」
 「よろしい」
 そのまま磯崎助教は宿舎を出て行った。



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